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第三部 第四話


撮影は順調に進んでいく。

日本からも翔が希佐と茜を連れて渡米してきており、

撮影をしばらく見てからワシントン支社に行くという。


テキサスからハリウッドに戻っても何事も無く撮影は進んでいった。

でもそれは嵐の前の静けさ・・・であった。沙希は沙希なのだ。

とんでもない事件が待ち受けていた。


ハリウッドに戻ってあきあの男嫌いと身体の秘密が

女優や女性スタッフ達に知れ渡ると女優達の間で連日、

あきあを呼んでのパーティが開かれるようになった。


あきあの酒の弱さを知っても容赦が無いのがハリウッド女優である。

あきあに酒を勧めることなくそばにいるだけでも満足するので、

困った顔のあきあだが相手の気持ちを思うとどうしても断り切れない。


パパのジョージやママのジェーンに相談しても

「サキ!私達はサキのことが皆に受け入れられているのが嬉しくてたまらないんだ」

といって笑顔でパーティに送り出すのだ。


そんなある日、ちょうど撮影が昼の食事時間にかかろうとした時、

真っ青になったジェーンが走ってきて

ちょうど出番が終わってカメラの映る自分の演技を確認していたあきあに抱きついた。

あきあの腕の中でブルブル震えているジェーンに横にいたジョージが慌てて立ち上がって

「ジェーン!・・・どうした!・・・」


そういうルーク監督を

「パパ!」

と呼んで沈黙させ、胸の中で震えているジェーンが握っていた携帯電話を急いで耳に当て、

「ハロー・・・」

と呼ぶ。


携帯の向こうから聞こえてきたのは

「こちらはワシントン州立病院のERですが、あなたは?・・・」

「私はジェーン・ルークの妹でサキといいます」

「ああ、妹さんですか」

「はい、姉の・・・姉の容態は?・・・」


「今、手術を行っていますが予断は許さない状態です。

一緒に運ばれてきたコトミ・イシカワ・・・彼女も容態は同じです。

出来ればご家族の方にすぐにでもこちらに来ていただきたいのですが・・・・」

と最後に言いにくそうに言葉が消える。

それで二人の状態がどういうものなのか把握できた。緊急を要するのだ。


「あっ!・・・少々お待ちください・・・」

といきなり女性の声に代わって、男性の声に・・・・、

「ハロー」

その声は思いもよらぬ人だった。


「ロバート・・・・ロバート・オーエン政務次官・・・・」

「ミス・サキ・・・・良くわかったね・・・・」

「ええ・・・・でも、どうしてあなたが?・・・」

「いや、そのことは君と会って直接話す。今は二人の身体のことだ。

大至急、君にこちらに来てほしい」

「わかりました。直ぐに飛んでいきます」

「じゃあ、待ってる」

それだけの会話だったが、その切迫した状態に心がはやっていく。


電話を切った沙希がジェーンを両手で支えながら、

「ママ!・・・ジェシー姉さんと琴姉は絶対に助ける。心配しないで!」

「サキ!お願い・・・ね」

「パパ!私・・・・今から行くわ。だからお仕事のことは・・・・・」

「仕事のことなんて考えなくていい・・・とにかく直ぐに行ってくれ。

・・・・・・・・そして、二人を助けてくれ。わしらも後からワシントンに向かう」

「はい・・・」

といって表に飛び出そうとする沙希だったが

「待って!・・・沙希!・・・まずはこっちよ!」

と瑞穂が隣のスタジオを示す。


「判った、瑞姉」

と隣のスタジオに走りこむ沙希。見学にいた全員が後に続こうとするが

「ストップ!」

と扉の前で押しとどめるコーデリアとべス。


「この向こうは男子禁制よ。男性の入室は絶対ダメ!・・・判った?」

「そんなあ・・・・」

という声が聞こえるが

「いいこと、いくらサキのことを知っているといっても男性にサキの全てを見せるわけにはいかないの」

「じゃあ、私達は?・・・」

「女性記者ならOKよ!」

とニッコリとして女性達を通すべス。


不満をあげる男性報道陣だが、構わずスタジオに入り後手で扉を閉めるコーデリア。

「うわ~・・・・・」

と声を上げる女性達。

コーデリアとべスが沙希取り囲む女性達をかき分けて進むと

前に見たシキと呼ばれる女性3人と一匹の白い虎の姿があった。

そして今、サキの身体の中から、あのヒズル・アマギの洋服のエンブレムから

二匹の蝶がヒラヒラと舞い降り、日本の和服を着た二人の少女の姿になったのだ。


サキの日本語と重なってゆりあの同時通訳の声がスタジオに響く。

「直ぐに病院に行って二人の姉の命を留めていてほしい」

その声でその姿が小さな5つの光の玉となって壁をすり抜けていった。

「あ~~」

と初めての不思議の体験が悲鳴となってスタジオに広がる。


「じゃあ、サキ!あなたも急いで!」

というコーデリアの声に

「ええ」

と言って唇の前で右手人差し指を2度3度左右に振るといきなり

沙希の身体がブロンドの碧眼で美人というより可愛いその姿に変身。

青いレオタードの胸の部分には赤い”S”のマーク、赤いミニスカートに赤いブーツ・・・・

そして真っ赤なマントはスーパーガールそのもの。


「うわ~スーパーガールだあ・・・・」

「話に聞いていたけど目の前で見ると・・・もう信じられない・・・・」

「感激!・・・感激!・・・大感激よ」

「普通の時だったら、とっても嬉しいんだけど・・・・」

「そうよ、早く行って・・・・・」


女性達の声に後押しされてスーパーガールはスタジオのドアを開けた。

「おお~・・・・」

男達の悲鳴とも言えぬ叫び声があがったときスーパーガールは両足を揃えて飛び上がった。

男達の頭上を飛んでいくとスタジオのドアから飛び出し、上空高く飛び上がった。


その後を追って一番に飛び出したのはいつも沙希に張り付いてフィルムを回しているスタッフ達だ。

追いつけないのは当然だが早くワシントンに行って沙希を撮り続ける役目が彼らにはあった。

又、モバイルでこの様子を残った者達に知らせる役目も持っているのだ。

何しろ女優達やスタッフの女性達、一人残らずモバイルを持っているのだから。


スタジオ外ではスーパーガールの姿を見た一般の客や他の映画のスタッフや俳優達が空を指差し、

口々に何やら叫んでいる横を後を追うスタッフ達が駐車場に向かう。


そして・・・・・・


                      ★


ここはワシントン州立病院、手術室の横で壁にもたれて立っている男がいた。

そしてその男から離れているが3人の屈強な男が周りを油断無く見張っている。


今、あの手術室の中では二人の女性が最高の医療スタッフ達の手で

その命を繋ぎ止めていた。・・・ジリジリするような時間が過ぎていく。


1時間が過ぎた。本当は最初運ばれてきたのは隣の建物のERだったが

彼女達の持っていたバックの中にあった手帳に大統領の名前があったことから

慌ててホワイトハウスに連絡があり、

大統領の命を受けてロバート・オーエン政務次官がこうしてここにいるのである。

心はせくがどうにもならない。


そのとき廊下の向こうの端から4人の女性が走ってくるのが見えた。

壁から離れて良く見ているとそのうちの二人には見覚えがあった。

(そうだ・・・・あの女性達・・・・あの会議で会った

ミス・サキの双子の姉達・・・・そうFBI研修に来ていた日本の捜査官・・・)

あとの二人は見覚えはなかったが身元はわかっていた。


当然SPに止められた4人だったが

「その女性達はいい」

というオーエン政務次官の声で目の前にやってきた女性4人。さすがに双子の女性の顔色は真っ青だ。

「ミスター・オーエン・・・で、どうなんですか?」

つたない英語だが意味はすぐに理解できた。


「まだ、手術中だ。途中出てきたナースに聞いたが二人とも内臓の損傷が激しいらしい」

と正直に話す。

「ああ~」

といったっきり項垂れて長椅子に座り込んでしまう二人。


痛ましそうに見つめるオーエン政務次官・・・・。

でも気を取り直して見知らぬ二人の女性に目をやる。


「君たちは?・・・・・」

「はい、私は・・・」

と背の高い金髪の女性が素早くバックの中から黒い身分証をだして

「FBI捜査官のカリア・ファーガーソンです」

「私は・・・」

とブロンドのファッション誌のモデルのようなもう一人の女性が

「CIAのエバ・クリスです。・・・すいません。こちらの油断で二人の身が・・・・」

と言葉も出ない。


「そのことは後で・・・・今は二人の手術の成功を祈るだけだ」

と二人の女性に椅子を示し、再び壁に身を預ける

双子をはさんで椅子に腰掛ける二人の女性・・・。ジリジリするような時間が過ぎていく。


・・・・そして、いきなり天井を通り抜けて廊下に降り立ったのは・・・・スーパーガールだ!

何も聞かされていない二人の捜査官は口をあけたまま固まってしまっている。

「沙希!」

双子の姉達の言葉に

『シッ』

と人差し指で言葉を封じてしまう。

SP達はこの間のことで慣れているんで慌てることはない。


マントを翻してオーエンの元にやってきたスーパーガール。

「その姿で?」

というオーエンに

「ええ、今はこのほうがいいでしょう」

と笑うがその視線はオーエンに当てられたままだ。

オーエンから何もかも読み取ったスーパーガールは静かに手術室のドアに手をかけた。


廊下にいた者達の視線に入ってきたのは

部屋中央に並べられた二つの手術ベットに向かい合う医療スタッフ達・・・

周囲に並べられた医療器具がものものしい。


「あなたは!・・・」

ドアが開けられる気配でこちらを見たナースが大きな声をあげた。

振り向く医療スタッフ達・・・・が固まってしまった。

その間を掻き分けながらスーパーガールは進み、

素早く見つけた戸棚のビーカー・・・が右手を伸ばすとその手の中にいきなり現れた。

小さな声で何かを唱えるスーパーガール。

ビーカーの底から湧き出す透明の液体。それを口に含んだスーパーガールは手術ベットに横たわる

姉達に次々と口を押し付け液体を飲ませていく。

それはそれは厳粛な光景となった。・・・・・ただ・・・そのあと・・・


奇跡を目にすることになった医療スタッフ達・・・勿論、あの二人の捜査官も例外ではない。

手術中の臓器が見る間に回復していき、

メスで切り開けられた皮膚が傷ひとつないきれいな肌に戻っていく。

医師もそんな光景を目を真ん丸にして思わず1歩下がり

補助のナースにぶつかる・・・という状態があちこちに見られた。

ありえないことを目の前にすると愕き慌てるということより、

こうして固まってしまうというのが本当らしい。


「先生達!あとの処置はお願いね」

とニッコリ笑うとそのまま飛び上がり天井をすり抜けていった。


しばらくの沈黙のあと

「キャ~・・・・」

という若いナースの叫び声で阿鼻狂乱・・・というか何と言ったらいいのか・・・・。


その1時間後、この病院のVIPが入院する病室に二つのベットが運びこまれ、

傷が完全に治ったとはいえ失血した分の輸血と事故のショックで

まだ目覚めない二人の病人を4人の女性と一人の男性が見守っていた。


事故が仕組まれた事を考えれば部屋に誰も入ってこられないよう面会謝絶にし、

SPの3人が部屋の外で油断無く見張っているのはこの段階では大袈裟と思われても仕方はあるまい。


「サキはどうしたのかな?」

ロバート・オーエンがポツリと言った。

「あの子なら今・・・」

とジェシーが眠るベットの横で腰掛けて青白くほっそりとした手を握る泉が顔をあげた。

「現場に行ったんです」

同じく眠る琴美の手をにぎっていた京が答えた。

つたない英語ながらもさすがにFBIに研修にきた双子だ。

ロバート・オーエンの言葉にそう答える。


「現場?」

「二人の身体をこうして治療したことで安心して現場に行ったんだと思います」

「だからどうして現場なんかに?」

「あの子がいろんな事件を解決したのはご存知ですか?」

「聞いてはいるが詳しくは知らない」


そこで双子は過去の事件を簡潔に話しだした。

話ながらも泉と京は沙希を心に想い、沸きたつような気持ちが強くなってきた。

そんな女心は何も知らない二人の女性捜査官にもビンビン伝わってくる。


実をいうと始めはほとんど眉唾物の話から捜査に投入された二人の捜査官。

FBIとCIAと属するチームは違うが同じ州ということから

いろんな事件の捜査の段階で顔を会わせてきた二人、

ライバル心はないが負けたくないという気持ちは強い。

そんな二人が唖然として言葉がでなくなったのが天井を通り抜けてきたスーパーガールの登場からだ。

それからあれよあれよという間に時間が過ぎていくがそんな実感は今はない。

フワフワとした雲のジュウタンの上にいるかのようだ。


手術で開けられた皮膚や折れ曲がった手足が自然と治癒していく奇跡・・・

それを当たり前のように眺めているこの日本人の双子とロバート・オーエン政務次官・・・・

あんた達は一体何者なんだ!・・・・ってそう大声で叫びたい。


その時、『コンコン』とノックの音、

「はい!どうぞ」

という返事とともにドアが開いて入ってきたのは

背の低い東洋系の美少女・・・・その少女がかもし出すその雰囲気・・・

何なんだ!この少女は?・・・・


犯罪という殺伐とした世界でいろんな人種、

人間にかかわってきた二人にとって初めて会った天使?

・・・二人に対してニッコリと笑ったその笑顔ったら・・・

『ドキン!』一挙に心臓の鼓動がはねあがってしまった。

もうそれからはドキドキと心臓の高鳴りの連続だ。

十代の乙女に戻ってしまったように・・・二人は今動けなくなった。


「沙希!」

と声を上げる泉と京。

「どうお?」

並んだ二つのベットの間に入って寝ている二人の額に両手を当てる。

「可哀相に・・・・怖かったよね」

そういって静かに額を撫でる。病室に暖かく爽やかな空気が流れてくる。


二人の捜査官の心に何か不思議な既視感が浮かび上がってきた。

そう、幼い頃ママに抱かれていたあの感覚だ。

自然と微笑みが浮かんでくるが自身には気づいていない。


「ロバート・オーエン政務次官!」

「ロバートでいいよ、ミス・サキ」

「わたしもサキで良くてよ、ロバート」

「じゃあ、サキ。今までどこに行っていたんだい?」

「私、姉さん達が襲われた現場に行っていたの」


「現場に?・・・・で、何か判ったのかい?」

「ええ、犯人達は」

「犯人達?・・・じゃあ、複数の人間がやったのか」

「そうみたい。姉さんの車を前後左右から取り囲んで何キロも連れ回したの」


「どうしてそんなことを?・・・」

「姉さん達を殺そうというよりも、恐怖を味あわせることが目的よ」

「恐怖を?」

「そう・・・・短い時間だったけれど怖かったでしょうね。私・・・絶対に許さない!」

キッと前を見つめるその顔・・・美しいだけによりいっそう・・・壮絶な美しさがそこにあった。


『ゴクッ』と喉を鳴らしたロバート

「で、目的は?」

「当然、アメリカでのBBXの権利です。

そして最終的にはBBXを手中に収める気なのが判りました」


「誰なんですか?」

沙希はその質問に答える前に

「ロバート、私やってもいいですか?」

「何をです?」

「犯人達を捕まえることです」

「犯人を?」

「ええ・・・私一人でもいいんですけど、出来ればカリアとエバに手伝ってほしいんです」


えっ?という顔の二人。

どうして名前を知ったのか?自己紹介をした覚えはないのに。


「沙希!私も行く!」

「私も」

泉と京が叫んだ。


「駄目よ!泉姉も京姉もジェシー姉さんと琴姉のことパパやママ達が来るまでここに居てほしいもの」

「でも・・・」

「泉姉、京姉・・・・病院に収容されたっといってもまだまだ油断はできないのよ」

「どういうこと?」

「殺したりはしないだろうけどこちらを脅迫するため、

いろんな悪戯をしかけてくるかもしれないっていうこと」


「わかった!沙希!・・・安心して。二人は私達が守る!」

「さすがに泉姉と京姉だわ」

そう言って二人の捜査官と病室を出て行く。


                      ★★


赤いBMW、運転するのはCIAのエバ・クリス、

後部座席でじっと前を見てなにやら考え込んでいるのは沙希だ。

隣のFBIのカリアはそんな沙希をじっと見つめ

(この少女は一体何者?・・・・あのオーエン政務次官が

『サキ』と呼ばれたこの少女と話すのに何か畏敬のようなものがあったのはなぜ?・・・)


車内の沈黙はエバによって破られた。

「ねえ、あなた。この車をどこに走らせたらいいの?」

「このまま真っ直ぐ走らせてください」

「真っ直ぐたって・・・・ねえ、目的地はどこなの?」


一瞬の間が空いて沙希の口から発せられたのは

「クルーズ!」

その言葉の効果は絶大だった。


「ク・・・クルーズ!・・・・」

「だって、あそこは・・・・」

「そう、アル・カポネの直系のマフィア最大のエドガー一家が束ねるバーよね。

ギャンブル、ドラック、売春・・・何でもありの巣窟」

「クルーズは私達でもそう簡単には手が出せないのよ」


「ええ、知ってる」

「だったら・・・・」

「でも、姉達をあんな酷い目に合せた犯人達は許せないもの」

「許せないって、あなた・・・相手は屈強な男達よ」

「判ってる・・・エバもカリアもなんだったら車に残っていてもいいのよ」

「車に?・・・何を言うの!私はFBIの捜査官よ」

「私だってCIA・・・今までも命がけの事件の捜査をしてきたんだから」


「だったらついて来てもいいわ。でも私から離れては駄目よ」

「あなたって・・・・一体何様なのよ」

「そうよ、勝手に私達を連れてきて私から離れては駄目だって・・・・」

「だって、エバとカリアに一緒に来てもらったのは私がやりすぎないよう見張ってもらう為だから」

「やりすぎ?・・・わからないわ、言っていることが・・・」


「私、男は嫌い・・・特に女性をあんな風に怪我をさせる男って虫唾が走るくらい大嫌いなの」

と沙希が吐き捨てるのを

「あなたってレズ?・・・いいえ、そもそもあなたは誰?」


「そうね、自己紹介していなかったわね。

私はサキ・ハヤセ、スクリーンネームはアキア・ヒノ・・・一応女優よ」

「女優!・・・・」

カリアは隣を・・・エバはバックミラーで、この幼い美少女を驚いた目で見つめる。

まさか・・・・思わぬ美少女の言葉に唖然としていた。


「詳しくは今日一日、一緒にいたら私のこと知ってもらえると思う」

と言うと口を閉ざしてしまった。

あきらめて運転席のエバを見るカリア・・・・

仕方ないかと肩を窄めるのはさすがにアメリカ人だ。


車は繁華街の一角に止まる。

まだ昼間だから人通りは少ないし、ネオンという装飾品が点灯していないので

華やかさはなくうらぶれた町並みがただそこにある・・・という風景だ。


3人は車を出ると10段ほど階段を上がった両開きのガラス戸がある

『バー・クルーズ』の出入り口を見上げた。階段を上がろうとする沙希に

「ちょっと待って!」

とエバとカリアがバックの中から拳銃を取り出すと両手に持つ。


「そんなもの必要ないわ」

「冗談じゃないわ、こんな危険な場所、身を守るためには絶対必要よ」

「大体、こんなところにくるの気が触れたとしか思えない。

いいから私達の言う通りにしてちょうだい」

語気強く言うのは何も知らぬ二人には当たり前なのだ。


二人は沙希より先に階段を駆け上がるとドアの左右に別れ、

壁に身を預けると拳銃を持つ腕を折り曲げて

耳のところに位置すると開いた手でドアを両側に押し開けた。


薄暗く細長い廊下の両側の壁に二人の捜査官は身を預けてジリジリと進んでいく。

二人の調子に合せて沙希は進んでいく。


一番奥にあるドア・・・鋼鉄製のドアで目の高さに覗き窓があり要塞を思わせる強固さだ。。

ゆっくりとドアノブを回すカリアだが、こちらを振り向くと首を振る。堅固に施錠されていた。

沙希は両手でエバとカリアをドアから離れるように指示をした。


二人の捜査官は何をするんだろうと壁側に身を置いたが頭から?マークが飛び出ている。


廊下の真ん中で両手を下ろして自然体に立っていた沙希がゆっくりと右半身に構えなおす。

そして右手を上げて、開いた手のひらをドアに向けると

「はあ~!・・・」

と声をあげた。


するとどうだろう・・・二人の捜査官の目には青白い閃光が手のひらから飛び出したかと思うと、

あの分厚い鋼鉄製のドアが『バア~ン』とホール側に飛び散ったのだ。


一体なにがあったのか・・・目の前で見せられたエバにもカリアにも訳がわからなくて、

生まれてはじめての経験だが腰が抜けてしまって下半身がいう事が聞かない。

だから四つんばいのままソロリソロリと廊下を進み

ドアがあった空間から首を出してホール内を覗いた。


このホールも照明が少ししか点灯していなくて明るくはないが沙希の後姿はよく見える。

不思議はその沙希の体の周りを赤、青、黄と小さな光が飛び回っていることだ。


「・・・」

と沙希がなにやら言った。

姿をあらわす一人の少女、


「・・・」

また沙希が何か言った。

するとその少女がエバとカリアに近寄ってきて二人を立たせてから壁に寄りかからせて座らせる。

その上で手のひらを二人に向けると何やら金色の壁が空間にできた。

二人の身を守るためのバリアーだ。

「そのバリアーの中には危険はありません。しばらくそこから様子を見ていてください」

と見事な英語で言った。二人は知らなかったがこの少女はましろであった。

英会話力は沙希に習って一生懸命勉強した結果だ。


エバとカリアはFBIだ・・・とも、CIAだ・・・とも、頭にはなかった。

この常識外の出来事をじっと見ているだけだ。

そうでないと訳も判らない事で狂乱してしまいそうになる。


二人には気づかなかったが、

ホールの反対側から奥の部屋から飛び出してきた男達が手に武器を持って近づいてきていた。

女に対しても何の容赦もない男達だ。


「お前達だな!私の姉さん達をあんな目にあわせたのは」

「姉さん?・・・何を言ってやがる」

「お前達が車で囲んで事故を起こし瀕死の重傷を負わせた女性達だ」

「ああ、あの女達か・・・・」

「へへへ・・・ねえ兄貴!泣きそうなあの女の顔、今も思い出してたまんないぜ」


「許せぬ!」

「へえ~・・・そんなに怒るなんて、何かあの女達死んだのか」

「いいや、私が助けた!」

「助けた?」


「変な女だ」

「ねえ、兄貴!頭がおかしな女だけど別嬪だぜ、高く売れるんじゃないですか」

「ふふふ、俺もそう思う。それにほれ、もう一人の女も別嬪じゃないか」

「じゃあ、兄貴!」

「ああ、やれ」


「皆!捕まえろ!」

そういうと飛び掛ってきた。でも、マフィアの下っ端といえども所詮はただのチンピラだ。

その道の達人である沙希にかなうはずもない。次々と倒されていく。

でも仲間を呼んだのか裏の部屋から男達が現れた。


男達の手に握られた銃・・・じりじりと近寄ってくる。怖くはないのだろうか?

沙希は平気な顔で立っているのだ。いや、笑顔さえ浮かべている。


「くそっ」

と一人のチンピラの銃が火を噴いた。それに合せて次々と拳銃が撃たれたのだ。

思わず目を閉じる二人の捜査官。だが、一瞬の間が空いて

「あははは・・・おほほほ・・・」

沙希の笑い声が響いた。


恐る恐る目をあけると

自然の形で立つ沙希の体の周りに何やら小さなものがたくさん浮いている。

よく見ると拳銃の弾だ。思わず金色のバリアーに顔を押し付けてしまう。


『パチン』と指を鳴らすと『バラバラ』と弾が床に落ちる。

もう一度指を鳴らすと沙希の体から三人の着物を着た女性と1頭の白いタイガーが飛び出したのだ。

先の少女と共に男達に襲い掛かった。

「うわ~」

「ぎゃ~」

男達の叫び声と拳銃の音がホールに鳴り響いた。それも一瞬に静まった。


振り向いた沙希の顔には笑顔があり片手を挙げると金色のバリアーが消え、

先ほどの少女が二人を立たせてくれる。

ふらふらと立ち上がった二人、1ッ歩踏み出すのに足元がおぼつかない。

何なのだ・・・これは一体・・・夢?・・・いいや、そうではない。


こうして手を持ってくれる少女の少し冷たい感触は生身のものだ。

立ち上がって判るホール内の壮絶な有様。

あちこちに散らばる男達・・・それに天井や壁に張り付く男達の体・・・ん?・・・天井・・・・壁?・・・・

思わず目をこすってみる。これって現実?・・・呆然と立ち尽くすエバとカリア。


「主殿!」

と紅葉が何やらかついで奥から戻ってきた。

テーブルの上に寝かせるとチャイナ服を着た30過ぎの女性だった。

「こやつ、少々手強かったので手荒いまねをいたしました」

と床に座って報告する。


「紅葉さんは大丈夫だったのですか?」

「私は大丈夫です。でもこの女・・・・」

「どうしたのですか?」

「泣きながら歯向かってきたのです」

「泣きながら?・・・・わかりました。後は私に任せてください」

「ははあ」

と言って頭を下げる。


「じゃあ」

と沙希が声を上げると3人の女性と1頭の白い虎が小さな光の玉と変わり沙希の体の中に消える。

「あきあ様・・・私は?」

ましろが英語で言った。

「ましろちゃん、あなたはこの女性を車に乗せてそばに付いていてくれる?」

「はい、わかりました」

と答えると軽々と女性を抱えホールを出て行った。


「サキ!あの少女って・・・」

「あの子は私の友達なの。詳しくは私のそばにいたら判るってことぐらいしか、今は言えない」

というと又、後ろを向いて倒れている男達のほうに向かった。


「う~ん・・・」

倒れている男達が気が付いて首を振ったり、立ち上がろうとしていた。

慌てて拳銃を構えようとするエバとカリアに

「いいのよ、彼らって今までの彼らじゃないから」

といってニッコリ笑う沙希。


正気を取り戻した彼ら、でもどこか表情が違う。チンピラの顔ではない。

呆けたように沙希を見ていたが

「さあ、あなた達。これからは生まれ変わったの。仕事を探しなさい。

勉強したければ大学へいくといい。さあ、おいきなさい」

男達は立ち上がると

「はい!」

と大きな声で返事をして走ってホールを出て行く。


「ちょっと、ちょっと。どういうことなの?これって・・・・」

「私、彼らの悪心を取り除いてやったの。

世の中の仕組みやしがらみから悪の道に入ってしまったけど、彼らは正業に就くと思う」

「悪の心を取り除く?・・・・そんなことできる筈ないじゃないの」

「でもエバ、彼らがここから出て行くときの表情って本物だと思うわ」

といってカリアは沙希に向き直ると

「あなたって、神?」


「ううん、人間よ。・・・・ただ少し力があるだけ」

と言ってこの問題はここで打ち止めというように天井と壁に張り付いている10人の男達を見て

「ただ、彼らは姉達に行ったことを思うと許せないの。彼らに罰を与えてやるわ」


「サキ!リンチは駄目よ!」

「そんなことしない。でも彼らは一生嘘がつけない身体にしてやるの」

「嘘がつけない?」

「そうよ、今から少し変身するけれど驚かないでね。私は私なんだから」

といって何やら呪文のようなものを唱え始めた沙希。よく見ているとその額が割れて目が現れたのだ。

その目から出た紫色の光線が男達を照らした。金縛りにあったように身体が動かない2人の捜査官。


唖然としていた男達だったが、

「うう~」

とうなったかと思うと失神してしまった。

気が付いた時は天井からも壁からも男達は下ろされており、

ホールの真ん中で後ろ手錠をかけられて座らされていた。


「これで、いいわ。後はエバ!カリア!連絡をお願いね」

エバとカリアの目にはもうあの恐ろしい額の目がなくなっており、

魅せられていた沙希の笑顔にホッと一息つくのだった。


「ねえ、サキ。嘘の付けない体ってどういうこと?」

FBIの支局に携帯で連絡を終えたカリアがそう沙希に聞く。

「嘘を言っても考えても体中に失神するような痛みが走るの。

だから彼らへの質問は彼らの体の状態で嘘か本当か全てわかるのよ」

「本当?面白そうな取調べになりそうだわ。そんな取調べやってみたいな」

「やってみたらいいじゃない」

「いやよ、今はサキのそばにいるほうが何万倍もいい」

カリアもエバもこうして沙希と会って半日も経たないうちに離れられなくなってしまったようだ。


駆けつけたFBIや警察に男達を引き渡した沙希達は再びカリアの車に乗り込んだ。

今度はエバが助手席に座り、後部座席はあのチャイナ服の女性を真ん中に

左右から沙希とましろが挟んで座っている。


沙希の指示で走り出した車は市街地に向かう。

「う~ん」

どうやら女性が気が付いたようだ。

「はっ」

と気が付いた女性・・・最初は呆けていたがこの場の状態に気づいたのか急に暴れ出した。

でも相手は沙希とましろである。勝てるはずもない。

静かになった女性に対し助手席のエバが尋問するが女性はなにも答えようとはしない。


「ちょっと待って!」

と言ってエバの言葉を封じてから沙希は女性の顔をじっとみる。そしてその口から驚くべき言葉が発せられた。

「チェ・エドガー、エドガー一家の一人息子で去年亡くなったケイシーの奥さんね。

香港マフィアのスー家の長女であるあなたが駆け落ちまでして、

ケイシーと連れ添ったのに、ケイシーをマフィア同士の抗争で殺されてしまった。

でもそれはあなたのせいだとエドガー一家のドンである義父のアルはそう思い込まされているわ。

ケイシーとの間にできた子を人質同然にとりあげられ、

あのクルーズのオーナーママに据えられた理由は、

あなたの拳法の腕を利用できるのが目的だけど、

最大の理由は息子を死に追い遣ったと思っている義父のあなたへの罰。

あなたの子供は今、命の瀬戸際にいるわ。どうしてその腕に抱いてやらないの」


目を真ん丸くして、恐れるように沙希を見つめるチェ

「子・・・子供を殺すと言われて身動きができないんです。

ジャクリーヌは先天的に心臓が弱いんです。

それに今、いろんな疾患を併発していてベットからもう動けないんです」

そういうと涙をぽろぽろと泣き出した。


「だからなのね、嫌で嫌でたまらなかった売春やドラックに手を染めたのも

自暴自棄になっていたあなただったから・・・。

だから死んじゃおうと涙を流しながら殺されようとしたのよね」


女性同士ならわかる女性の心理なのだ。


「わかったわ、あなたもジャクリーヌも助けてあげる」

「助けるって?・・・でもどうやって・・・どうしょうないじゃないですか」

「どうしょうもあるの。私を信じて・・・としか言いようがないけどね」

と少し笑う。

「だったら義父も義父も助けてください。義父は弱愛していたケイシーを亡くして気が狂いました。

ケイシーも父が好きだった・・・本当は父子の心は繋がっているんです」


「わかっているわ。エドガー一家はもともと売春もドラックも扱っていなかった。

ドンが息子が死んで気が狂っているうちに手下の誰かが一家を牛耳ろうと仕組んだものよ」


「サキ!・・・それって・・・」

「ええ、エドガー一家は今や誰かの手によって奪われようとしている」


車は市街地を通りお城のような広大な屋敷の一角に止まった。

さすがにマフィアのドンの屋敷だ。門の横にはカメラが設置されて屋敷の警備は万全だった。


けれど沙希はカメラを無視して、車の窓を開けて手のひらから

青白い光線を出して門をぶっ飛ばした。


「さあ、行って」

沙希の言葉に

「行けっていったって・・・こんなの、いくら命があっても足りないわよ」

とブツクサ言いながらカリアは車を敷地内に入れた。


大きな洋館の玄関前に車を止める。バラバラと男達が飛び出てきて銃を構えて車を取り囲んだ。


「カリア!トランクを開けておいて!」

と言ってドアを開けて出て行こうとする。

「トランク?・・・ちょっとちょっと・・・サキ!」

最後は悲鳴のようなカリアの叫び声。


後ろ手でバイバイするようなちゃめっけたっぷりの沙希のジェスチャー・・・

チェは初めてのことだからこんな無謀な沙希の行動に目を丸くするだけで固まってしまっている。


ドアの横にスクッと立った沙希が

「出迎えご苦労」

と言って右手を天に真っ直ぐに上げた。

男達は何をしているのか判らないから油断無く拳銃やライフルを構えている。


沙希が呪文を唱えると車の下の地面に光の五芒星が出現した。

沙希の手が下から上を示すと、その光の五芒星が浮き上がっていく。

光が車を覆い尽くすと、五芒星が3Mほど浮かび上がって再び沙希の腕が天を示すと光の上昇が止まった。


「ええい!」

沙希の気合が周囲に響き渡る。するとどうだろう男達が宙に浮き上がったのだ。

車の周囲を取り囲んでいた男達も、庭の監視塔にいた男達も、

屋敷の1,2,3階の窓からライフルで狙っていた男達も、屋上にいた男達も、この術から逃れた男はいない。


男達は全て地上から5Mほどのところで全て集められ宙に浮いているのだ。

車にいたエバもカリアもチェも車外に出てきて呆然と宙を見上げている。


手下達の手から離れた銃やライフルやサバイバルナイフも・・・・機銃さえある。

車のトランクに飛び込んできてうず高くつまれるが、

入りきらないものはトランクそばの地面に集められ

あの金色のバリアで覆われてしまった。これで何者にも取られる心配はない。


「これは屋敷中にある武器よ」

と包丁や果物ナイフさえある。

「あなたは・・・あなたは・・・・」

香港では信じられている魔術の一端を目の当たりにして

チェの沙希を見つめる瞳には恐れや怯えというよりも不思議な喜びが湧き上がってきた。

そのチェの手をしっかりつかんでいるのはましろであった。

ましろもチェの心がわかっているらしくしっかりと・・・そして暖かく手をつかんでいるのだ。


「白虎丸!」

と呼ぶと沙希の体内から白い光が飛び出してきて、あの白い虎に姿を変える。

『ガオウ~』と一声吼えてから沙希の下ろした左手に頭をすりつけて

『クウ~ン』と鳴いた。まるで猫だ。

その様子でいかにこの恐ろしげな虎がいかに沙希を好きなのかがわかる。


「案内を・・・」

というと白虎丸が2歩3歩先をノシノシと歩き出した。

でも時々沙希の姿を確認するように立ち止まったりしている。

姿は恐ろしげだがその様子が可愛い・・・と、3人の女性はこの虎が大好きになってしまった。


屋敷の奥の奥、あるドアの前で白虎丸は止まって後ろに続く沙希を見上げた。

「ここなのね」

その言葉に

『クウーン』と啼くと座ってしまう。

「よくわかったわね、あなたはここで見張っていてね」

そういって一度振り返ってから女性達に笑顔を見せるとキッと表情を引き締めてからドアをあける。


プーンと薬品の匂いが香ってきた。部屋も温度を少し上げているらしくあたたかい。

部屋には白い上っ張りを着た医者と白い制服を着た看護師がベット横で静かに立っていた。

ベットの向こう側では年取った一人の男が患者の手を取って泣いていたのだ。


後ろからチェが

「お・・・お義父さん!・・・ジャクリーヌは・・・ジャクリーヌは・・・」

「チェか・・・す・・・すまん。わしがついていながら

たった今・・・たった今じゃ・・・息を引き取ったのは・・・」


「ジャクリーヌ!・・・」

ベットに飛び込むようにして飛び掛ったチェは大きな声で泣き裂けんでいる。

まるで気が狂ったようだ。掛けられた布団を引き剥がし、その手で娘をさすっていた。


「先生!」

と医者に向かって沙希が話をする。枕元にあった水差しを取り上げ、

「この水差しの中の水を調べてくれませんか」

「水を?・・・」

「ええ、これ万が一つも間違いはなく鉛が含まれている可能性が大です」

「鉛?」

「ええ、即効性はありませんが取り続けていると鉛中毒になり死にいたると言う毒。

ましてやジャクリーヌは心臓に疾患がある娘さんです」


「わかりました、調べてみましょう」

という医者に水指しを渡すと

「ましろちゃん!その男を捕まえて!」

と声をあげた。

「は!」

といってベットの反対側で壁に寄りかかり薄笑いを浮かべていた

背の高い痩せた男にとびかかるましろ。

男がいくら喧嘩が強くてもましろにかなうはずもなくあっさりと組み伏せられてしまった。


「エバ!その男に手錠を」

という沙希の声に即座に反応するエバ、もう慣れたものだ。


「白虎丸!」

とましろが呼ぶとドアの向こうからノシノシとあの虎が現れる。

「この男を!」

というましろの言葉に『ガバッ』と後ろ襟首に噛み付き座り込んだ。

これでもう男は身動き一つ出来なくなった。


「じゃあ、こいつが・・・」

ドンのアルとチェが叫んだ。

「何もかも、チェに対する横恋慕が生んだこの男の計画なの。

エドガー一家の乗っ取りのためケイシーを殺したのもこの男、

チェを手に入れるため、ジャクリーヌを殺し、その後でアル、

あなたまでも殺そうとしていた・・・恐ろしくて陰険な男よ」


「畜生!」

といってチェは振り向きながら飛び掛ってその長い爪で男の喉下を

掻き裂こうというのだ。まるで手負いの山猫のように。


「やめなさい!チェ。それにまだ間に合う」

「間に合う?」

何やら胸騒ぎをおこすような沙希の言葉。


「ベットから少し離れてください」

そういうと沙希はベットの足元に回りこんだ。

九字を切り呪文を唱える沙希の姿はまるで東洋の魔女だ。

いきなりジャクリーンの頭の上に丸い鏡が現れた。

そこに写るのは少女の後姿、その後姿に向かって

「ジャクリーヌ!」

と沙希が呼びかけた。


振り向いた少女は・・・そうここに眠るジャクリーヌそのものだった。

「お姉さんは誰?」

「私?・・・私はサキ・ハヤセっていうの」

「サキ・ハヤセ?・・・・」

「サキでいいわよ」

「私どうしたの?」

「ジャクリーヌはね、悪い奴の手によって死んじゃったの」

「そう、死んじゃったの・・・」

と寂しげな影が幼い顔を覆う。


「でも安心して」

「えっ?」

「ジャクリーヌはね、悪い奴に無理に死なされてしまっただけでまだ寿命が来ていないわ」

「寿命?」

「そう、人にはねそれぞれ寿命があるの。

ジャクリーヌの場合はね、うんとお婆さんになるまで死んじゃあいけないの」

「死んじゃあいけない?」

「そうよ、神様が決められた寿命がくるまで自分で死んじゃったら

恐ろしい地獄というところにいってしまうの。そんなの嫌でしょ」

「うん、嫌!」


「じゃあ、戻ってきなさい。ここにママもいるし、爺のアルもいるわ」

「うわ~、ママもいるんだ」

「そうよ」

「あっ!」

「どうしたの?」

「帰り方が判んない」

「大丈夫よ、お姉ちゃんの言うとおりにしてね」

「うん」


「まず目を閉じて」

「うん」

と鏡の中の少女は素直に目を閉じる。


これを見ている周囲の者にとって、奇跡としかいいようがない。

エバもカリアもただただ祈るだけだ。アルは初めて会ったこの少女に対し神の姿を重ねていた。


チェは・・・チェは、もうサキの足元にひれ伏すように膝まづいている。

ジャクリーヌが生き返ったらサキのために命を捧げる気なのだ。

医者は・・・看護師は・・・目の前に繰り広げられる信じられない光景・・・

おざなりのキリスト教徒だったが、これはもう・・・・


「う~ん」

ベットのジャクリーヌの身体が動いた。

「先生!」

という沙希の言葉に手を震わせながら診察していく。


「もう大丈夫です。すぐに目覚めます」

「あ・・・ありがとうございます」

と沙希の足元に膝まづいて礼をいうチェ。


「でもまだ、心臓疾患が・・・」

という医者に

「その心配もいりません」

と言ってから

「ましろちゃん!」

「はい、あきあ様」

と沙希の手にコップを渡したのはさすがだ。


沙希の持つコップからブクブクと液体が溢れてきたのはそう時間はかかっていない。

でもそれを見ていたエバとカリアにとって先ほど見たスーパーガールの姿が重なる。

(そんなあ・・・)と思うのだが、こんなことできるのは二人といない、

沙希だから・・・沙希だからこそスーパーガールと納得してしまった。

そしてこの先も沙希のそばから離れない・・・とあらためてそう決心する。


コップの液体を気が付いたジャクリーンに飲ませた沙希は残った液体を庭にばら撒く。

ここにいる医者に検査させないためだ。


「チェさん、今の液体で心臓疾患は少し改善されましたが完全ではありません。

どうです?ジャクリーヌの健康のために日本に行ってきませんか?」

「日本に?」

「ええ、日本の京都に私たち女性だけの病院があります。スタッフも全て女性です

そこでだったらジャクリーヌの身体を完全に健康にしてあげられます。いかがですか?」


アルのほうに振り向くチェに

「チェ!わしはあの男に騙されてお前をないがしろにしてきた。

おまけにお前が愛するわしの息子も永遠に取り上げられてしまった。

これは神があんな男を信じたわしへの罰なのだ。

行ってきなさい日本へ、そして元気な孫の顔を取り戻してほしい」

「わかりました、私・・・日本へ行ってきます」


「決まったわね・・・それじゃあ、改めまして・・・チェ姉さん」

「えっ?」

「京都の病院に行くってことは私の家族になるってことと同じなのよ。チェ姉さん」

「姉と呼んでくれるの?」

「当たり前じゃない。誰がなんと言おうとあなたは私の姉さんよ。

それに日本に行ったら判ると思うけどチェ姉さんの姉達や妹達がたくさんいるから

楽しみにしていてね」


「何だかうれしい。ねえジャクリーヌ」

「ママ!私も日本に行くの楽しみよ」

「そうだ、ましろちゃん。こちらにいらっしゃい」

「はい、あきあ様」

「あなた、ジャクリーヌが日本に発つまで世話をしてくれない?」


「はい、でも・・・・」

「私のことは心配いらないから。

それにもう大丈夫だと思うけどどんなはねっかえりがいるかも知れないから

ジャクリーヌを守るってことあなたの使命よ」

「私の使命ですか・・・わかりました」

というと白い蝶に姿をかえ、ジャクリーヌの髪の毛に止まって

髪留めに姿をかえた。

えっ?・・・という顔をするがもうここまできたら驚きはもうない。


「そうだ!・・・ねえ、アルパパ」

「アルパパ?・・・わしをそう呼んでくれるのか?」

「あたりまえよ、チェ姉の義理とはいえ父親なんだから妹である私にとって父と呼んで問題ある?」


アルは強く首を振る、思いもしなかった嬉しさが胸にせまる。

幸せがこんなに突然訪れるなんて・・・昨日まで・・・・

いや、先ほどまで一欠けらもなかったことだ。


この幼さが残る東洋の少女が目の前に現れるまで・・・

彼女によって夢でも見ているように次々と嬉しい出来事が持ち上がっていく。

それに・・・それに・・・アルパパなんて・・・・

先ほどまでのやつれた面影が嘘のように若返るのを自覚できる。


「アルパパ!もう悪いことはしないでね。手下の人たちも正業に就かせて」

「わかった、もともとわしの代ではマフィアというだけで

人に後ろ指をさされることはしたことはないんじゃ。

ケイシーが亡くなってからじゃ、何もかも嫌になってあの男に家業をまかせっきりにしたのは・・・」


「うん、判ってる。私、アルパパを信頼している」

そう言ったときだ。


『パタパタ』とヘリコプターの音がしてきた。

それも一機ではない・・・二機・・・いや三機・・・か。

機影がこんもりした庭の木々から姿をあらわした。

庭の上空でホバリングするとヘリコプターからロープが下ろされ

スルスルと人間が地上に降りてくるのがみえる。


この部屋にいる皆はもう目を丸くして見ている。沙希にしてもそうだ。全く予想もしていなかった。


一番大きい機体のヘリコプターが地上に降りてきた

。いつのまに集まったのか庭にはたくさんの車が止まっていた。

ほとんどが軍隊の車だ。軍人達が整列している。


「あっ、あれはロバート・オーエン政務次官・・・・・えっ?嘘っ!・・・」

エバが驚いた顔をして窓にしがみついている。


沙希が窓をあけてベランダに出ると向こうでも気がついたらしく

ヘリコプターを降りてきた皆が手を振っている。

「なんだ、皆来たんだ」

そういうと沙希は皆の方に走っていった。


「沙希~」

「あきあ~」

「サキ~」

「アキア~」

日本の、アメリカの、姉妹達が沙希に飛び掛る。

今日の昼に別れただけなのに、こうして沙希の姿を見ると涙が出るくらい嬉しい。


「ジェシー姉さん!琴姉も・・・・もう大丈夫なの?」

「サキが助けてくれたんだって?ロバートから聞いたわ」

「沙希!又あなたに助けてもらったのね」

ジェシーも琴美も沙希の正面からと背中から抱きついて泣いているのだ。


「もういいよ、姉さん達。こうして元気な姿が一番だからね」

といってから

「ハリー、忙しいでしょうに。ここまで来ていただくなんて・・・」


「いいや、サキ!今日は幾度心臓が口から飛び出したかわからないよ。

君の顔を見るまでは安心出来なかったからね」

「すいません」

「サキ!」

「あっ、ミランダ!」

「今からサキの警護の任務につくからね」

といって6人のSPが敬礼する。


「でもどうしてここが?」

「沙希が持つモバイルが居場所を教えてくれたのよ」

「瑞姉!・・・杏姉も沙里姉も綾姉もゆり姉も・・・翔姉も茜姉もひづるちゃんも

希佐ちゃんも・・・・皆いるんだ」

「わしらもいるよ」

「あっ!パパとママ」

とジョーンとジェーンに飛び掛る沙希。


「ああ、サキ・・・ありがとうジェシーを助けてくれて・・・」

「あたりまえだよ。姉妹だもん」


「ウオホン!」

という咳払いで振り向くとアルが立ってまぶしそうにこちらを見ている。

「サキ!こんなところで立ち話もなかろう、皆さんを部屋に・・・」

「判ったわ、アルパパ」

その沙希の返事に驚く全員。


アルパパ?・・・沙希が家族として迎い入れるのは心から信じた人だけだ、

ましてや相手は男であるマフィアのドンのアル・エドガー・・・

でも彼に向ける信頼した沙希の笑顔は皆の警戒心を解いてしまった。


部屋にいたエバとカリア、そしてチェとジャクリーンは部屋に入ってきた顔ぶれを見て吃驚仰天だ。

大統領はいるわ、アメリカの誇りである映画監督のジョージ・ルークもいる。

そしてあの天才女優のコーデリア・ビーナス・・・

そして海外の芸能ニュースでよく見るフランスのジュラン首相の娘で

フランスの天才女優といわれるソフィー・ジュランもいるのだ。

何という顔ぶれなのだ。この人達全てがこの少女・・・サキのために来たというのか・・・

凄い!としか思えない。


「皆!紹介するね。アルパパ・・・マフィアのエドガー一家のドンよ。

でもアルパパは私に約束をしてくれたの。悪事には決して手を染めないって。

もともとパパは悪いことをしたことはないの。

でも長男のケイシーが殺されてから何もかも嫌になって

手下の男に家業をまかせてしまったってわけよ。

でも全てはその手下の男の罠だったのよ。あら・・・あの男は?」


「FBIとCIAが身柄を引き取りにきたから今引き渡したところよ。

あの男はいろんな悪事をしていて、刑務所で一生を暮らすことになるでしょうね」


「そう、・・・で今発言したのはFBIのカリア・ファーガーソン捜査官、

こちらはCIAのエバ・クリス捜査官よ」


「皆さん、よろしく」

緊張一杯の挨拶だ。


チェやジャクリーンに姉妹達を紹介すると

皆、チェやジャクリーヌのそばに集まり談笑をはじめた。

こうして和気あいあいと時間が過ぎていく。


「ハリー、あなた私に何か言いたいことがあるんじゃないの?」

その沙希の言葉に皆ピタッと口を閉ざして

部屋のコーナーにあるソファに向かい合って座る沙希と大統領を見る。

実を言うと全員がこんなところまで大統領自身がくることに驚きというか不信感を隠せないでいた。


「サキ!少しだけ待ってほしい」

といって口をへの字にして閉ざした。


時間が刻々と過ぎていくが皆は咳音一つたてずにただ二人を見つめていた。


『コンコン』とドアがノックされ、ロバートが入ってきた。

額に刻み込まれた深いシワでその深刻さがわかる。


ロバートから大統領に渡されたメモ書き、

大統領は一度目を通すとポケットからライターを取り出し、その紙片に火をつけ灰皿の上に置いた。

大統領が燃えるのを見ながら

「サキ!事は容易ざるものとなってしまった。頼む!」

といって沙希にむかって頭を下げる。


「ハリー・・・いえモーガン大統領!私に指示してくださればよろしいだけですわ」

「ありがとう、サキ!君はそう言ってくれると想っていたよ。実は・・・」

「待って!・・・ここで話してもいいの?アメリカの大事でしょ?」

「構わないよ。ここにいるのは全員が君の家族だ。そうだろう・・・サキ」

頷く沙希に

「だけど今からいうことは口外は禁止だ。約束できるね・・・」

大統領の言葉に全員が頷くのを見て、再び話し出した。

「実は3日前に宇宙空間で船外活動をするためのロケットを打ち上げたことを

諸君は知っていると思う。

そのロケットが船外活動中に連絡を絶ったのだ。船になんらかの故障が発生したと思われる。

ただ『燃料が・・・燃料が・・ない』という乗組員からの報告が最後だった」


その事件が沙希とどうつながるのという皆の表情・・・

「つまり私に救助に行けと?・・・」

「あっ!」

と叫ぶ姉妹達・・・


「ハリー!娘にそんなことをさせろっというのか?」

ジョージがそう叫んだ。

「私も反対よ、サキをそんな危険な所にやることなんて・・・」

ジェーンが沙希の背中から抱きついた。


「宇宙船には6人の乗組員が乗っているのです。

そして彼らは救助を待っている・・・判ってください」


「でも・・・でも・・・それでも嫌!」

とベット脇からチェが立ち上がって叫ぶように言う。

「私、サキとは今日初めて逢いました。そしていろんなことがあって

姉って呼ばれるようになったんです。

嬉しかった・・・この子が産まれた時と同じぐらい嬉しかったんです。

短い時間でしたけれどここにいる姉さん達や妹達にサキのことを聞きました。

実際サキの不思議なパワーをこの目でも見ました。

だからサキしかこの役目を果たせないことも判ります。

それであってもそんなところへサキを行かせるなんて嫌です!」


「わしもじゃ」

とアルが言う

「今日初めて逢っただけなのに、わしをこの地獄のような生活から救い出してくれた。

優しい子じゃ・・・・おまけにパパと呼んでくれる。わしの寂しい生活に光を与えてくれたのじゃ。

サキとはここでずっと一緒に暮らしていけるわけじゃない。

日本に帰っても、よその国に行っても同じ地球上じゃ我慢は出来る。

しかし、行くのは宇宙じゃ。わしらの手が届かないところなんじゃ。

そんなところに平気な顔をして見送る親がどこにいる!」

と大統領に怒りをぶつけた。ジョージ・ルークはそんなアルの肩に手を置いた。


黙って聞いていた沙希が立ち上がった。

「パパ・・・ママ・・・アルパパ・・・チェ姉・・・そして姉さん達・・・私行きます。

6人を救いに行きます。そして彼らを家族の元に返してあげるんです。

この仕事は私にしか出来ません。私にしか出来ないのならばやるしかないじゃないですか。

無論、無事に帰ってきます。どうか行かせてください」

と言って頭を下げた。


シーンと静まり返った部屋の中・・・

「そう言うと想ったよ、サキ。行って来なよ。そして無事に帰ってきて」

といって沙希に抱きついたのはコーデリアだ。さすがに頬を濡らしている。


姉たちに取り囲まれた沙希に

「日本の首相には連絡しておいた。君によろしくって伝えておいてくれと言われたよ」

大統領がそう言った。


「ねえ大統領。NASAに行くんでしょ。私たちも絶対行くからね」

「あははは、そういうと思ってあの大きなヘリにしたんだ」


結局残ったのはアルパパとチェとジャクリーヌと翔だ。

屋敷はCIAとFBIが警護するし、

ジャクリーヌの心臓疾患を思うと日本に行くのは早いに越したことはない。

チェとジャクリーヌに翔が付き添うことになった。

沙希のことを思うと後ろ髪をひかれるとはこのことだろう。

だが3人はパスポート取得のために大統領専用車に同乗した。


パスポートは大統領の一声ですぐに発行されるし、

そのまま乗ることになった航空機もVIP待遇で日本までいけるから

ジャクリーヌの身体の負担も軽くなるだろう。


                  ★★★


NASAの基地に降り立った沙希は出迎えの中に

ジョン・ロバートとスコット・アルダの姿を見つけて手を振る。

2人ともヘリコプターのローターが止まるのを待って走り寄ってきた。


「Oh!・・・サキ!お待ちしておりました」

と握手をするのだ。スコットはこの女だらけのグループに顔見知りを見つけて抱きついた。


「ジョージ!ジェーン!・・・あっ、ジェシーも来たのか」

と一人一人に抱擁する。

「大事な娘を危険な場所に行かせるんだ。見守るためについてきてどこが悪い!」

ジョージの機嫌はすこぶる悪い。


「まあまあ、あなた。今度のことは別にスコットのせいではありませんよ」

「いいや、責任はある。大体NASAの連中がしっかりしないからこんなことが起きるんだ」

ジョージの剣幕にたじろぐスコット。


「ふふふ、スコット!今度のことでは私、仲裁には入らないわよ」

とジョージとスコットの間でおこるちょっとしたトラブルにいつも仲裁に入るのがジェシーだったのだ。

「だって、大事な大事な妹なのよ。こんな危険なことをやらせる

ホワイトハウスもNASAも私は気にいらないわ」

ジェシーも怒り心頭だ。あの事故で沙希に命の瀬戸際で救われたことで

心の思いは沙希に傾いているのをもう止められないでいた。その視線はいつも沙希を見続けている。


「さあパパもママもジェシー姉さんも、もうその辺でお止めになって」

とがんじがらめにされたスコットを救いだしたのは沙希だった。

「スコット叔父さん!」

叔父さんと呼ばれてビクッと身を震わせたかと思うと突然破顔した。

叔父と呼ばれて物凄く嬉しくなったのだ。


「私、これからどうしたらいいの?」

「ああ、そうだね。ジョン!」

と同僚を呼ぶ。このグループの輪の外で戸惑いながらも

ついニヤニヤとしていたジョン・ロバートが飛んできた。


「君が立てたスケジュールをサキに聞かせてやってくれないか」

「判った!サキ。君は今からこのNASAのトップと会って貰わなければならない。

その上で宇宙飛行士に必要な訓練を受けてもらう。

事故機の事故の状態はわからないが、もし空気発生装置の故障も含まれるなら

残量を考えて48時間以内に救出しなければ彼らの命はない」


「48時間?」

「そうだ、打ち上げは明日の早朝になった。何もかもが初めてのことだか訓練も手探りなんだ。

とにかく時間がない。

サキには気の毒だが自由は拘束され、分刻みのスケジュールになる」

「そんなこと何の苦痛でもありません。

あなた達の言うとおりしますからどんなことでも言ってください」


トップとの会見は緊張感の中で開始された。

軍人からの叩き上げでこうしてトップになったオルガー・ヒューストンは

幼さを残した美少女のサキが堂々と話すことに感銘を受けた。

大変なことが待ち受けているのに笑顔を絶やさない。

決して馬鹿ではない・・・いやむしろこのNASAで採用したモバイルをこの少女が開発したという。

おまけに不思議なパワーを持つ少女のことは大統領からも折り紙つきなのだ。

会見の最後にはもうすっかり緊張感は解け、なごやかに終了した。


沙希は早速スコットとジョンに案内されて訓練センターに向かった。

両親と姉妹達とは会見前に引き離され、皆は広報室というところで沙希の様子をTVで見ている。


訓練センターの前で沙希は20数名の軍人達と今回同乗する乗組員6名に紹介された。

彼らは一様にこの少女の幼さに驚き、そして小馬鹿にしたような笑いをうかべる。


でもスコットにしたってジョンにしたって沙希のことは良く知っている。

いわばここにいる全員・・・いや、世界中の軍隊がかかっても勝てはしないのだ。


だから言った。

「諸君!あと15分で訓練を開始するが、道場で少しサキの身体をほぐしてやってくれないか」

皆えっという顔をするがすぐにニヤニヤ笑いに変わる。

こんな突然現れた少女に何が出来んだ・・・と勢いこんでいるのだ。

だがスコットもジョンも顔を合わせてニヤニヤ笑いだ。結果が知れているからね。


白い道着であらわれたサキに、このNASAで一番力が強く身体もでかい軍曹が立ち向かった。

でも1分も持たなかった。

あのでかい体をサキが片手で持ち上げ道場の壁板に投げ飛ばしてしまったのだ。

軍曹は一瞬に失神した。


「諸君!時間がない。全員でサキと戦うんだ」

そんなジョンの言葉に皆は顔を上げたが今の強さを見てそれもありなんと全員で飛び掛っていく。

だが全員がかかっても3分も持たなかった。

皆、畳の上で倒れこんで荒い息をしている。その強さって・・・

よく知っているスコットやジョンにしたってもう呆然だ。


同乗する6人の乗務員はというと全員壁にもたれかかって口をアワアワと動かしているだけだ。


「諸君!後から聞かせて悪いが、

サキはここにくるまでに一人でマフィアを一つぶっ潰してきたそうだ」

倒れこんでいる軍人の一人が声を上げた。

「そんなの酷いですよ。そのことを知っていれば戦わなかったのに」


「あははは、悪い悪い。でも君達はサキの見目に惑わされていたんだからね。

だから一度その身でサキの強さを味わっておくといい・・・と思ったんだ。

これからはもっと慎重になるだろうよ。それに言っておくけどサキは大の男嫌いなんだ。

サキをどうのこうのしようと思っても今味わっただろう、誰にも負けない強さって」


もう誰もサキを軽んじる事はしない。スコットとジョンの目論見は成功だ。

サキにはいらぬことに神経を使って欲しくは無かった。だからの道場での試合だったのだ。

サキもそれが良くわかっていただけに何も言わない。


一方の広報室に押し込められた皆は沙希の行動に一喜一憂だ。

特にその目で沙希の素手で戦うのをみたことがないアメリカでの姉達はもううっとりだ。


「ねえ、パパ。サキってあんなに強かったんだ。凄い!」

とうっとりとしていう。

「ああ、最強だよ」

というジョージにむかって

「うふ・・・」

なにやら意味ありげな笑いをうかべる。そんなジェシーに戸惑うがさすがは母親のジェーンだ。


「ジェシー!まさか・・・あなた・・・」

その言葉にジェシーはママを真っ直ぐに見て頷いた。

「私サキに抱かれたわ。あんなに可愛い妹なのに・・・我慢ができなくなったの。

そして今日ね。お医者さんにいわれたの。妊娠してますって。

まだまだ初期の段階だから小っちゃな小っちゃな赤ちゃんだけど私、この子達がたまらなく愛しいの」


「知っているのは?」

「FBIの研修に行ってしまった。イズミとケイだけよ。

妊娠が判った時、イズミに言われたの。ケイトに連絡しなさいって」

「で、連絡したの?」

うんと頷くと

「一度日本にきなさいって」


「日本に?」

「そう、日本のお姉さん達や妹達が子供を産んだのは京都の病院よ。

男女の一卵性双生児なんてありえないから、どこの病院でもってことはいかないでしょ。

だから一度日本で診察してもらって先生にアメリカのお医者さんを紹介してもらいなさいって」


「じゃあ、いつ日本に行くつもりなんだ?」

「う~ん、実を言うと迷っているの。この事件が終わってからすぐに行こうかと

思ったんだけど、コーデリアはまだまだ撮影が残っているんでしょ」

「コーデリア?コーデリアって・・・・えっ、まさか・・・」

「そう、私とコーデリアとべスの3人よ」

この話は全員が聞いていた。話の途中から輪になって囲みだしたのだ。


「うわ~」

と言ってコーデリアに飛びつくひづるや瑞穂、べスにはゆりあや杏奈が飛びついている。

よほど嬉しさを我慢していたのだろう、2人とも泣き出した。

結婚は出来ないとはいえ、2人とも孤児として育った身だ。

家族が出来た嬉しさはもう何ものにも変えることは出来はしない。


この輪から離れていたのは沙希と今日あったばかりのエバとカリアだ。

沙希と離れがたくなってついこのNASAまで付いてきてしまった。

でも皆がこうして騒ぐのはわからない。あのコーデリア・ビーナスや

さっき紹介されたサンフランシスコ市警の巡査のエリザベス・ターナーが泣いているのだ。

判らないことばかりだ。でも、あとでゆりあに教えてもらった沙希の身体の秘密、

妊娠した3人が羨ましい。嫉妬さえ覚える。


一方沙希は訓練着に着替えて訓練用の装置の前に立っていた。

6人の乗務員はそれぞれ器具で身体を動かしていた。

さすがは長年訓練してきた技術だ。すっかり手の内に入れている。

でも沙希の目から見ればまだまだ甘いと言えた。


乗組員と次々と交代する沙希。それからの時間って沙希の独断場になった。

呆然とするスコットやジョン、6人の乗組員、そしてスタッフや医療スタッフ達、

全く・・・全く・・・何と言うことだ。

この装置の能力を100%出せたのならこんなことが出来るのか・・・


沙希は次々と訓練を行なっていくがこれは全て予想を遥かに超えた運動能力を示したものだった。

アメコミでいえばヒロイックファンタジーの世界だ。

躍り上がったのは医療スタッフ達だ。こんな人間みたことはない。

検査だっと勢い込んだがスコットが止めた。

「沙希を検査なんかしても無駄だよ。無駄だからしなくていい」


沙希と同乗する乗組員達・・・船長のビル・トーマス、一人娘のいる優しい父親だ。

操縦士のシイナ・エバンス結婚したばかりの優しい奥様。

副操縦士のジム・アムルは恋人がいるまだ25歳の黒人青年。

船外活動をするセリナ・イボンは1歳の子供がいるシングルマザーで、

船内で研究活動をするウエス・タッチとクロウ・エドバンスの2人は将来有望な若手学者だ。


出会い時のいろんな悪印象は消え去り皆と仲良くなった沙希、

その沙希からこの先重大な使命を負わされているという気負いは微塵もない。

笑顔が素晴らしく素敵なナイスガールだった。

皆沙希の幼さから自分の娘や妹のように思えてしまう。


軍人達とも仲良くなった。特にあの軍曹・・・レイ・カルホーンは

大きな身体に似合わず沙希に猫のように引っ付いて離れない。印象はまるで比叡山の天鏡のようだ。


分刻みのスケジュールだったはずなのに2時間も経てば

もう沙希に行なう訓練は全てなくなっていた。そんなこと初めてのことだ。

そこでNASAの技術者達が沙希を会議ホールに連れ込んでしまった。

沙希の開発したあのモバイルに関する講義を受けるためにだ。


NASAの人間が全て集まったのではないかと言うほどホールの中は盛況であった。

その片隅には沙希の家族達が手に手にモバイルを持っている。

それを目を丸くして見ているのはエバとカリアだった。このモバイルのことは耳にしたことがある。

いつ捜査員達に配給されるのか心待ちにしていた。

それがどうだ会場にいる全員が・・・沙希の家族までがモバイルを持っている。


そして知った・・・このモバイルを開発したのが沙希だと・・・この少女は一体どうなっているのだ、

少し離れているが同乗する6人の乗組員や軍人達も技術者に混じって会場にいる。

彼らにしたって沙希を知ったことで会場に紛れ込んだのだろうが

口をぽかんと開けて壇上の見つめるだけだ。


沙希は技術者達の質問に的確に答えていった。言葉につまることもない。難しい計算もすぐに答える。

いかに頭脳も優れているのかこれでわかる。一人の若い技術者が手を挙げた。

「今日初めて貴女にあったが、いかに優れた人なのかようく判った。

そんな貴女だ、このモバイルを日々進歩させない筈はない。

もし良かったらどんな新しい機能をつけたか教えてください」


その質問に会場の全ての人が思わず身体を乗り出す。

「えっと・・新しい機能はただ一つだけです」

と言って言葉を切った。


沙希は会場内にいるはずのスコットとジョンの姿を探し・・・見つけた。

スコットとジョンは沙希の物言わぬ表情にただ頷いた。

沙希もそれを見て自身も頷いたことから口を開く。

「その機能とは私の双子の姉がアメリカにFBIの研修にきています。

その姉達の要望によって私の作った装置の機能をモバイルにも応用したんです」


「その機能とはなんですか?」

今度は別の学者が質問する。

「DNAです」

「DNA?」

「はい、DNAを検査する機能です」


「それはどういった機能です」

「はい、姉達は警察官です。このモバイルを開発したのも姉達の要望でした。

現場で指紋を検出したらすぐに本庁のスーパーコンピューターに連動して

犯人を割り出せばすぐに逮捕できるといわれたのです。

そのモバイルに私が作った装置の鍵となるDNAを検査出来る機能をつけました」


「すいません!そのDNAを検査できる機能ってどんなものですか」

「そうですね、それじゃあ言葉で説明するよりも見てもらいましょうか」


「見るって・・・今ここで?・・・それってどれくらいかかるんです?」

「そうですねえ、3分待って貰いましょうか」

「3分?・・・たった3分でいいんですか?」

「はい・・・すいませんがどなたか工具を・・・」

顔を見合わせていた研究員が慌ててホールを飛び出していった。


「べス姉!」

沙希の呼びかけにべスは紙袋を持って立ち上がった。

心得たものだ。沙希との息はぴったりと合っている。

サキの必要な部品類の調達は全てべスの役目となっていた。


用意された工具と部品を手に取る。改造するのは一番前の席に座っていた学者のものだ。

ノートパソコンも接続ケーブルもテーブルに乗っている。


沙希が工具を持つと・・・・早い、早い・・・モバイルに部品をつけるや

もうネジを締め出した。『ゴクッ』誰かが唾を飲み込む音がする。

そして、接続したノートパソコンに何かを打ち込み始めた。

早い・・・早い・・・

「おい、見てみろ彼女、目を閉じてキーを叩いているぞ」

そんな声があちこちからあがっている。


『パタン』ノートパソコンの蓋を閉めた。

「えっ?・・・もう終わったんですか?」

頷く沙希に研究員は『ガタン』と腰を下ろしてしまう。

唖然として言葉が出ないのだ。


「こちらにプロジェクターはありますか?」

その言葉にもう研究員達は急いで立ち上がって準備にかかる。言葉がでないから行動に移すだけだ。


プロジェクターにモバイルを接続した沙希はスクリーンに

モバイルの液晶を映し出す。

「このアイコンがDNAの検査をするアプリケーションです。

これをダブルクリックするとダイアログが出てきます。

すいません前の席の2人。毛根のある髪の毛をぬいてくれます?」

沙希は渡された髪の毛をスキャナーに作られた2つの枠の中に別々に置いて蓋を閉める。


しばらくして表れたのがチェーンのようにつながったDNAだった。

「右と左・・・チェ-ンが全然違うのが判るでしょう」

「そんな馬鹿な・・・DNAの検出がわずか1分ですか。

これでは犯罪捜査や医学の分野が50年も100年も進んだことになる」


その言葉、今ホールの片隅にいるエバもカリアも捜査官だから身にしみてわかる。

あのDNA検出もモバイルもあの可愛い沙希の手によって生みだされたってこと初めて知った。

特にFBIのカリアは今聞いた双子の捜査官って誰だか知っている

イズミとケイのことだ。彼女達が持っていたモバイル・・・こうして作られたんだ。

羨ましい・・・いやモバイルのことではなくて沙希と姉妹だということが・・・


そんなエバとカリアに声をかけた日本の女性がいた。確かサキの姉であるユリアという女性だ。

「あなた達も沙希のこと好きになったんでしょ」

直にそんなことを聞かれて吃驚してしまった。


「えっ?わ・・私?・・・」

「いいのよ、正直に言えば。私達ってね、沙希を好きになった人ってすぐにわかるの。

私だって好きで好きでたまらないもの。だから日本に帰ったら沙希に子供をつくってもらうの」


「えっ?子供って?沙希って女性でしょ」

「ふふふ、聞いていなかった?ジェシーもコーデリアもべスも沙希の子供を妊娠したって」

「えっ?」

といって見るのはジェシーとコーデリアとべスだ。


「ねえ、沙希って・・・」

「不思議でしょ、あんな可愛い少女なのに1箇所だけ男なの。

だから私達沙希に子供を授かるってわけなの」

「ねえ、あなた達って一夫多妻制?」

「ううん、ちょっと違うの、本当はね一言では言い表せない。

だって1000年もの女の悲しい歴史があるアマゾネスよ」

「アマゾネス?」

「そう女だけの一族、女しか産めない一族だったけど

1000年たった今、沙希があらわれたの。沙希は神の子。

沙希が授けてくれる子供は全てが男女の一卵性双生児なの」

と言ってから、指差すのは希佐だ。


「彼女わかる?沙希に良く似ているでしょ。

彼女はキサ・ユウキっていうんだけれど彼女は沙希の子孫なんだ」

「子孫?・・・う~ん、全然意味がわからない」

エバもカリアも頭を捻っている


「沙希は神の子って言ったでしょ。だからある事件を解決するために

140年前にタイムスリップしたの。そこで結婚して出来た子供の子孫がキサというわけ」

「もう・・・頭が混乱する」

「だからさ、沙希のことはゆっくり教えてあげる」


壇上では沙希が困りきっていた。自分のモバイルの改造を依頼する声が相次いだのだ。


「べス姉!あと部品はどれぐらい残っているの?」

「そうねえ、あと10台分ぐらいかな」

「判った」

と言って会場を眺める。


「今聞いたとおり部品は10台分しかありません。

そして、誰のものを改造するのか私には決められません。

ジョン!スコット!あなた達におまかせします」

と言われて困ってしまったのは指名されたジョンとスコットだ。

仕方がないから各グループごとに代表を決めた。


すったもんだでようやく10台のモバイルが沙希の目の前のテーブルに集められた。

そこで沙希は不思議なことを始めた。空中に手で何やら書き始めぶつぶつとなにやら言っている。


そこで不思議が起こった。

工具箱からドライバーが飛び出し、モバイルの蓋を開け始めたのだ。

全員が椅子から飛びあがり、目を丸くしながら急いで壇の前に集まってきた。

壇上に上がって沙希の横でみている者もいる。モバイルは次々と改造されていった。


改造されたものから沙希はノートパソコンに繋ぎソフトを打ち込んでいく。

1台3分、10台で30分・・・ですべてが終わった。

改造されたモバイルを渡された学者、研究員、軍人、パイロット達

それこそ頬をこすりつけるようにモバイルを撫でている。羨ましそうにするほかの者達。


「今のは何だったのです?」

そんな質問がでたのは静かになったタイミングを合わせてのことだ。

「オンミョウジュツといいます、日本に1000年前から続いているいわば魔術です。

科学の先端を行くNASAでこんな話はなかろうと思いますが、これは事実です」


「魔術?・・・あなたは魔術も使えるのですか?」

「人にはいろんな顔を持っています。私もそうです。

アキア・ヒノというスクリーンネームを持つのは女優という一面です。

サキ・ハヤセではこうしてモバイルを作ったりゲームソフトの開発が仕事です。

又、アキア・アベノという名の私は皆さんは信じられないでしょうが

幽霊や化け物と戦っています。いろんな一面を持つのが私です。どうです、怖いですか?」

シーンとする会場に少し寂しそうな表情の沙希だが

『パチパチ』と拍手が広がっていくのにパッと明るい笑顔が広がっていく。

やはり沙希には笑顔が似合う。

日本でいうと歌舞伎で見栄を張っている・・・そんな姿が重なる。


「やはり、サキは素敵な女性だ」

スコットは立ち上がって拍手をしながら隣のジョンにそう言った。


こうして慌しかった1日が過ぎていく。


                    ★★★★


NASAでの早朝、VIPの部屋のベッドの中、沙希を挟んで眠る2人の女性・・・

エバとカリアだ。昨日逢ったばかりなのに今朝こうしてベッドで朝を迎える。

別に淫乱なのではない。考えて考えた上の仕儀だった。

人と人の出会い・・・愛を知ってそれを高めるのは時間ではない。いわば感性の問題なのだ。


2人にとって沙希との出会いは驚きの連続であった。

超人的な武技、不思議なパワー、NASAで知った頭脳・・・

どれもこれも捜査官として働いていた世界とは別次元の出来事だった。


そして知った。沙希のすべてを・・・沙希の笑顔の下に隠された寂しさとと悲しみ、

それは人としての苦悩であった。でもそれだけではない。

それを知ってもあまりある・・・心のそこからあふれ出る優しさ・・・2人はそれを知ってしまった。

心のタガがはずれたように沙希への想いが堰を切って流れ出した。

こうして2人は沙希の部屋をノックしたのだ。

沙希の全てを教えてくれたゆりあの後押しがあったのも支えになった。


「あら、遅かったじゃない。エバ姉さん、カリア姉さん・・・」

沙希は知っていたようだ、でも2人はどれだけ苦悩したかわからない。

姉さんと呼ばれるうれしさがあったが、何だか悔しくなって2人して沙希に飛び掛っていった。


でもこんな小さな身体なのに、こんなに細い身体なのに2人を支えて揺るぎもない。

思い切り交互にキスをした。崩れ落ちる身体・・・そして、細胞一つ一つに

凄いエネルギーが染み込んでいく・・・ゆりあに教えてもらった通りだ。

飛び上がった2人が目にしたものは、ベットの真ん中で横たわる沙希の姿。

2人は服を脱ぎ捨てながら、まるで女ヒョウのように沙希に飛び掛っていく。


2人は28歳と30歳だ勿論初めてではない。その2人がまるで処女のように沙希に翻弄される。

めくるめく快感の中、改めて沙希の凄さを知った2人・・・

失神する寸前、沙希と交わったどの女性も感じたように子供が出来たことを知った。


時間となってホールに降りていく3人。沙希はまだスッピンだ。

慌てて化粧をしている2人の捜査官にゆりあが聞いた。

「どうだった?」

椅子に座って杏奈に化粧をされる沙希を横目に

「凄かった・・・あんなの初めて・・」

「私・・・何もいえない。

とにかくユリアが教えてくれたサキの男って強烈過ぎて何も覚えていないもの」


「でも妊娠したのって判ったんでしょ」

頷く2人に

「じゃあ、こちらにいらっしゃい」

とホールのコーナーのところの椅子に座っていたジェシー、コーデリア、べスの

3人のところに連れて行った。


「おはよう」

「おはよう・・・あら、どうしたの?」

2人の捜査官の表情に『幸せ』というものを目ざとく見つけたべスが言った。

「あっ、まさか・・・」

とコーデリアが立ち上がった。

頷いた2人に

「昨日、サキの部屋に行ったの?」


「で、どうだった?」

コーデリアは2人に腰掛けるように指示し、自分も腰をおろす。

「凄かった・・・」

「あんなの初めてよ。女でよかったって何度思ったか知れない」


「私、聞いてられない。5人で相談してね」

とゆりあが皆のところに行ってしまった。

「あの~、ゆりあは?」

「あの子はまだ、日本に帰るまで我慢しているみたい」

「そうなの」


「で、どうする?」

「私、まだまだ撮影があるし、これから大事な場面だからね」

「だったら、どうしよう。出来れば皆で行きたいからね」

「行きたいってどこへですか?」

とエバが聞く。


「勿論、日本へよ。・・・あら、聞いていない?」

頷く2人に

「ジェシー教えてあげて」

「わかった」

といって

「実はね、いとこのケイトから聞いたの。ケイトってもうすぐサキとの子供を産むんだ。

そのケイトがね、日本に来て診察を受けなさいって」

「日本で診察を?どうして」

「サキとの間に産まれる赤ちゃんは全員が男女の一卵性双生児なの」

「男女の一卵性双生児?」

「そう、これってありえないことなの。もし、近くの産婦人科で赤ちゃんを産んだとしたら?」

「まさか・・・」

「マスコミの餌食か研究材料よ」

「嫌よ、そんなの」


「だからさ・・・だから日本に来いって。

そこの先生ってサキの叔母さんに当たる人だけどサキの子供を産んでいるんだって。

それにそこの病院って女性専用の総合病院で設備は世界一って自慢してた」


「ねえ、さっき全員って言ったよね」

「そう、今産まれているのって9人のお母さん。だから18人の赤ちゃんよ」

「凄い!」

「もうすぐ産まれる人って6人よ」

「じゃあ、子供は30人になるんだ」

「違うよ、もっともっと増えるわ。だって私達・・・」

「あっ、そうか・・・ここにいる全員でも10人だもんね」

「子供達の親戚が40人も50人もなるの?・・・凄い!」

「一桁違うんじゃないの」

「えっ!100人以上?日本とアメリカでそれだけの親戚?」

「フランスも・・かもね。だってソフィーもサキを狙っているもの」


「ふふふ、凄いこと教えてあげようか。

9人のお母さんの中にサキと正式に結婚する奥さんがいるの」

「奥さんが?」

「まだ結婚式をあげていないけどね。リツコっていうんだけど、

そのリツコ、1000年前はサキのお姉さんだったの。

そしてサキが140年前にタイムスリップしたの聞いたよね。

そこで結婚したのカズハっていうんだけど、それリツコの前世だって」


「じゃあ」

「そう、リツコはサキと結婚するのは決まっているの。神様が決めたのよ。

だから私、リツコを羨ましいとは思わないわ。私だってサキの妻に違いないもの」

「妻かあ・・・そうね、私だって妻だよね」

「そうよ」

「うわ~嬉しい」

まるで少女達の集団だ。


その集団に声をかけた男がいた。ジョージだ。

「コーデリア!君に報告することがあるんだ」

「報告?」

「そう、今ハリーから連絡があった。今日のことを心配してな。

それと撮影の再開を1ヶ月ほど伸ばさなければならなくなった」

「撮影を延ばす?」

「ああ、日本の首相から連絡があったそうだ。

フランス、オランダ、ベルギー、イタリア、スペイン、イギリスと

大至急の招待があったそうだ。他にもたくさんの国からの招待が来ているが

1ヶ月以上も撮影を伸ばされたら堪らんからな。

今回はそれだけの国に絞ってもらった。それ以外は撮影が終わってからだ」


「凄いわ!それって」

「勿論、モバイルとBBXのことだ。VIP待遇の招待だよ」

「私も付いていきたいけど・・ねえ、皆。この間に日本に行かない?」

「ねえ、パパ。それっていつから?」

「今日無事に終わったら2~3日後だよ」


「じゃあ、私達同じ日に日本に行こうよ」

「私、休暇届け出してくる」

「私も」

「パパはどうするの?」

「わし?わしは勿論随行するさ、スタッフ達と一緒にね」

「フィルムに取ってくるの?」

「ああ、楽しみにしていてくれ。あのサキのことだ、

ヨーロッパでも平穏無事なんてことあるわけないしな」

「サキのフィルムのヨーロッパ編ね。楽しみだわ」

「だからその間にミオにきちんと診察を受けてきなさい」

「ミオって沙希の叔母さんで女医さんよね。判ったから心配しないで」

これで5人の日本行きは決まった。


サキは呼びに来たNASAのスタッフに連れられてクリーンルームでまずは除菌だ。

地球のウイルスが地球の外でどんな変化をするか判らない。


宇宙服に着替えて部屋を出る。

待機室にはもう6人の乗組員が座っていた。

スコットもいる。ジョンもいた。

沙希が入っていくと皆立ち上がって拍手で迎えた。もう侮りなんてない。


そして、全員が宇宙船に乗り込んでカウントダウンが始まった。


「60、59、・・・・10、9、・・・3、2、1・・・」

エンジンが点火され轟音と共に猛烈な炎と煙が排出され、

ロケットの機体が徐々に浮き上がっていく。マスコミや見ていた一般客が歓声をあげた。


そんな中で祈るように見送るのが沙希の家族達だった。

(絶対に無事に帰ってきてよね)と祈る言葉は皆同じだ。


マスコミはこの急に決まった打ち上げを疑っていた。

ついこの間、打ち上げたばかりなのに又今日の打ち上げだ。

それにこの間のロケットの情報が昨日から入ってこない。


マスコミ用の広報室、

「よお!」

と言って自社のブースに入ってきたのは昨日まで急に病気になった記者の代わりに

ルーク監督の撮影に取材に行っていたアラン・ベーコン記者、

そこで凄い体験をしたことはおくびにも出さずにこやかに挨拶する。

昨日急に撮影が中止になり、午後になって当分延期と聞いたのでNASAに戻ってきたのだ。


「又、打ち上げがあったんだって?」

「今、終わったところさ」

「でもどうしてなんだ?4日前に打ち上げたばかりじゃないのか?」

「そうなんだ、でもそれが不思議なんだ。昨日から船からの情報が入ってこない」

「情報が入らない?最後の情報は?」

出てきたメモを読み上げるが

「チェッ」

と舌打ちした。


「これじゃあ、何も判らない」

と言って集まってきていた若い記者に声をかける

「今日打ち上げた乗組員のデーターは?確かNASAからは回ってきているよな」

「えっ?・・・はい」

と渡された読み上げたアラン記者、

「あっ」

といって立ち上がってしまう。


「サキ・ハヤセ?・・・・この名前は?・・・」

「そうでしょ、俺達NASAで取材しているけど、そんな名前聞いたことがないですよ」

「おい!写真はないのか!写真は?」

「俺のデジカメに入っています」

とカメラを渡す。写真に写っている一番前の少女は・・・


「俺・・・知ってる・・・」

「知ってるって?サキ・ハヤセをか」

「ああ、昨日までルーク監督の撮影に取材に行ってたの知ってるだろう」

「前評判の高い映画だろ」

「その主役の女の子さ」

「そんな馬鹿な!そんな女の子がどうして宇宙船に乗るんだ?」

「いや、彼女ならやりかねん」

そんな話を聞いていた若い記者が

「俺、昨日ルーク監督が軍隊のヘリから降りてくるの見ました」


「何?そんなこと初めて聞いたぞ・・・おい!」

「いえ、ルーク監督以外数人のスタッフと女性が10数名だけでしたから、見学に来たんだと・・・」

「馬鹿やろう!お前それでもブン屋か!」


「俺もルーク監督見ましたけど」

「いつだ!」

「さっきです」

「どこでだ!」

「上の階のVIPの広いほうの部屋です」


「よし、おい!取材だ」

とさっき怒鳴られたばかりの若い記者に声をかける。

「他の者はNASA中を取材しろ!昨日から変わったことが無かったかを徹底的に聞きだせ。

・・・いいか、くれぐれも他社に気づかれるな!」

と言って2人飛び出して行った。


広いほうのVIPルーム・・・A室と呼ばれる部屋だ。

アラン記者は『コンコン』とおざなりなノックをしてサッとドアを開けた。

そこは図々しい新聞記者だ、ズカズカと部屋の中に入っていく。


しまった・・・という顔のルーク監督だがさすがは老練の監督だ。さっと表情を消す。

「何だね、君は」

「私はA社の新聞記者でアラン・ベーコンといいます」

「新聞記者?・・・わし達はただ見学に来ただけなんだ。取材を受けることは何もないよ」


「撮影を延期してまでですか?

何もないのにコーデリア・ビーナスやソフィー・ジュランを連れてまで見学に来ますか?

・・・実を言うと私は昨日まであなたの撮影に付き合っていたんです。

伝説になっているクランクインのあの日も私はあの場所にいました。

だから判るんです。今日打ちあげたロケットの乗組員に彼女が乗っています。

一体このNASAに何があったのですか?」


「そうか、アランはあの時あの場所にいたのか。・・・

よろしい、お聞かせしよう。だがあの時大統領から聞いたよね。

彼女のこと発表してもいいこと悪いことがあるってこと覚えているかい?」

「はい!私もまだまだ生きていたいですからね。君もいいね。

さっきの女の子のことは公表は出来ない」

「どうしてですか?」

「合衆国の最高機密だ。いや、今に全世界の機密になる。そうすればもう逃げも隠れも出来なくなる」

「そんなあ・・・そんな女の子なんですか」

「そうだ。俺もこれには大賛成なんだ。

へたなことをしたら世界が滅びる。そう思っている」

若い記者は『ゴクッ』と唾を飲み込んで何もいえなくなる。


「そうかあ、では君には何も隠せなくなったね。でも私が勝手には話せない。

少し待っていてくれないか」

「わかりました。楽しみに待っています」


                   ★★★★★


「えっ?では昨日宇宙船が行方不明になったのですか?」

A室のソファにアラン記者とその上司、ソファの後ろには同社の若手の記者が3人立っていた。

向かい側にはNASAのトップであるオルガー・ヒューストンとスコットとジョンがいる。

ルーク監督はソファの後ろに並べられた椅子の真ん中で

妻のジェーンと娘のジェシーに挟まれて座っていた。

その周りには女性達が座っている。


「そうなんだ。手を尽くして探したんだが全然見つからない」

「大変なことじゃないですか」

「ああ、乗組員の6人が生きているのか亡くなっているのか判らないんだ」

「だからサキ・ハヤセを呼んだのですか?」


「ああ、だが最初は私は信じなかった。

でもここにいるスコットとジョンがサキ・ハヤセをすぐに呼べと言うんだ。

その上、ホワイトハウスに事故のことを連絡した時、即座にサキ・ハヤセの名前が大統領から出た。

サキ・ハヤセって誰だ?・・・だが、昨日初めて逢って得心したよ。これは大変な少女だってね」


「あははは、でも正解ですね。これは彼女しかやり遂げることが出来ないでしょうね。

ねえ、ルーク監督?サキ・ハヤセは宇宙空間でも活動出きるんですかね」


「ああ、出来るんだ」

「宇宙空間での活動?なんだねそれは・・・」

と聞くオルガー・ヒューストン。

「いやだなあ・・・あれ?・・・知らなかったんですか?

あのスーパーガールがサキ・ハヤセだってこと」

「何だって!あんなのデマではなかったのか」

「アラン君、そのことを知っているのは映画関係者と君達マスコミだけだ。

おっとホワイトハウスの関係者もだ」


「ジョージ!どうしてそんな大事なこと黙っていたんだ」

「こんな大事にせず、サキに救い出させようっていうんだろ」

「そうだ、こんなに時間をとらなくても、彼らの命を救える」


「実を言うと、昨日のホールでの講演が終わったあと、サキは飛んだんだよ。

嘘だと思うならここに座っている女性達に聞けばいい」

「飛んだあ?・・・」

「そう、夜空に向かって飛んでいった。なあ・・・」

頷く女性陣。


「どうなったんだ・・・」

「どれぐらいだったかなあ、3時間か4時間か」

「ちょうど3時間だったわ。パパ」

とジェシーが言った。


「わしらはサキの話を聞くために集まった。全員だ。

あとはわしが下手な話をするよりコーデリア、君が話しなさい」

「はい」

と言って立ち上がった。


「サキは宇宙空間に出てから、ようやくと故障した宇宙船を見つけた時には、

たっぷり1時間はかかったそうです。それほど宇宙は広いって言ってました」


「それで乗組員は?乗組員は無事なんですか?」

ジョンが聞く。

「かなり疲労されていたといっていました。事故の原因は隕石との衝突です。

衝突で開いた壁の穴は彼らが補修していましたが、

船体にかなりのダメージを受けているそうです。

電気系統が駄目になったことで空気の発生装置が作動出来ていません。

それと壁が破れて空気が流出したことで、

生命を維持するための空気量の余裕はあと2日だそうです」


「あと2日・・・・、少しは時間ができたな」

「それとエンジンの修理が必要だそうです。修理の上で空になった燃料を補給すること」


「スコット、今聞いたことをどれぐらいで修理できそうだ」

「わかりません。故障がどれぐらいのものか・・・

それに宇宙空間での修理です。地球上でいくら訓練していても

その通りにはならないことは判って貰えるとおもいます」


「やはり、サキ・ハヤセ一人が頼りか」

オルガー・ヒューストンはそう言葉を吐いてしまった。


「でも」

とソフィーが言いながら立ち上がった。

「サキが言ってました。自分ひとりで助け出せるならすぐにやるって」

「お嬢さん、それはどういうことかな」


「はい、サキはこう言っていたんです。

宇宙空間なら宇宙船ぐらい簡単に一人でも運べる。

でも大気圏に入ったときのパワーは私でもかなわない。

へたをすれば宇宙船もろとも焼き尽くされてしまう。それほど凄いパワーですって」


「そうか、大気圏突入の時か」

「サキだって人間なんです。怪我もすれば血も流します。

スーパーガールだから無敵だなんて思わないでください」


「わかった、もっと慎重に考えてくれってことだね」

「はい」

と返事をするのは女性全員だ。


「所長!」

と飛び込んできたのは管制員の一人だ。

「今、大気圏を出ました」

「わかった」

と立ち上がった。そして皆を見て

「君達も来るかい」

「はい」

と立ち上がって管制室に向かう。


管制室の中は数十人の男女がコンピューターに向かって働いていた。

その慌しさはよくテレビや映画で見るシーンと酷似していた。

邪魔にならないよう皆が入れられたのは一番後ろにあるガラス張りの部屋だった。


一番前の壁には大きなスクリーンが3つ並べられており、

一番真ん中は大画面がその左右のスクリーンはそれぞれ画面が4つづつに分けられていた。


管制官達の耳にはヘッドフォンが口元には小さなマイクがセットされており何やら話し続けていた。

画面が切り替わった、船室内が映された。


「船長、運行状況はいかがですか?」

「全てが順調です」

「故障船の方は?」

「はい、今はこの船の前方1kmのところにあります。微かですが目視もできます。

それに故障の原因もどこがどのように故障しているかも聞いております」

「聞いていている?誰からですか?」

話しているのはスコットだ。何もかも承知の上なのに・・・

やはりルーク監督の義理とはいえ弟だ、しらばっくれるのも良く似ている。


「彼女ですよ」

と言って船内カメラの斜め上方を見た。

すると一瞬画面が青一色にかわるが、それは直ぐにマントの色だとわかった。

船長の前に座り込むとその人物があの映画で見たスーパーガールなのだ。

管制官達に衝撃が走り、ザワザワと騒ぎ出す。

「画面の中にサキ・ハヤセがいないが彼女はどうしたんだ」

「サキですか?サキはご存知のようにコンピューターの専門家です。

だからスーパーガールに真っ先に故障船に運んでもらいました。

今電気関係、コンピューター関係の修理中です」

どうやら口裏を合わせている。


「もう修理にかかっているのか」

「はい」

「向こうの乗組員とは連絡がとれないのか」

「これもスーパーガールにいわれたんですが、

空気発生装置が故障しているため空気の残量が残り少ないそうです。

だから彼女が言っています。乗組員全員を眠らせたと」

「眠らせた?」

スーパーガールが話しだした。

「眠らせることによって空気の吸収量は少なくなります。

早く空気発生装置を直すことに越したことはありませんが

もしものことを思うと安全率を高めなくてはなりません」

「安全率ですか?」

「ええ、何事も考え付く限りのことをやることが大切です」


「それで今後どのように故障を修理するのですか?

こちらでもいろいろ考えたのですが、地上での修理と宇宙空間での修理とでは

自ずから違ってきます。安全でしかも早く修理する方法があったら教えてください」


「私が昨夜この宇宙空間に来て一番印象に残ったのは思った以上に隕石群が多かったことです。

地球の周囲では引力の影響なのか隕石が吸い込まれるように大気圏に突っ込んでいきます。

だから私は故障船を地球からの影響がない今の場所に停止させました。

その上でもしものことを考え、バリアを張っています」

「バリア?・・・あなたはそんなことも出来るのですか?」

「いえ・・・その・・・」


「あははは、あなたのその恥ずかがり方は誰かさんとそっくりだ」

「えっ?誰かさん?」

「その人の名前は言わぬが花ですよね」

「からかわないでください」

「これ以上いうとあなたは消えてしまいそうだ・・・では聞きます。

これからどのようにされるつもりですか?出来れば地上からもお手伝いしたい」


「わかりました。では、エンジンの専門家を出来るだけ多く集めておいてください。

セリナのこと信頼できないのではありません。ただ、どんな故障か判らないのです」

「わかった、至急手配しよう」

といって近くの管制官達に合図する、慌てて2人が飛び出していく」


「今からここに船を停止させます」

「停止?どうして?故障船までは・・・」

「大気圏から離れたくないのです」

「でも、さっきあなたは・・・」

「すでにこの船にバリアを張ってあります。その上で私は故障船をここまで運んできます」


「えっ?運んでくるんですか?」

「真空内ではそんなに難しくはありません。船を2隻並べます。その上で各々の船を囲んだバリアを1つにします」

「バリアを1つにする?・・・では」

「そうです、船外での修理はバリア内でするので安全です」

「バリアが消えることは?」

「ありません、私自身が消さない限り。そして、これ出来るかどうかわかりませんが

この大気圏の近くに船を置いた訳・・・ここから空気をバリア内に注入してみようかと思います。

これが成功すれば宇宙服を脱いで地上と同じ修理が出来、時間が大幅に短縮できるのです」

皆、目を真ん丸にして聞いていた。そんなことが出来るなら救出は成功だ。

でもそんな常識外・・・いやとんでもない出来事なのだ。

それを今、ここで見られるなんて・・・皆腰を下ろしてじっと画面を眺める。


「アラン君、今のを君はどう思うかね」

「こんなの見られる幸運一生ありませんよ。

でもそれ以上に彼女の力のこと絶対に漏らしてはいけないと改めて思いました」

「そうよ、絶対に絶対によね」


「はい、あなた達が彼女を思う気持ち良くわかります」

「あら、どうして?」

「あんな場面を見せ付けられればね」

「いやだ、わかっていたの?」

「あからさまだったじゃないですか」

そこで

「あははは」

と笑ってごまかした。


「では、行って来ます」

と立ち上がって壁に進むとふっと消えてしまった。壁を通りすぎたのだ。

驚かないのは沙希の家族だけだ。

乗組員さえも慌てて窓の外を見ている。

シイナとセリナはデジカメをもって展望室に飛んでいった。


やがて窓から覗いている乗組員の目に点のようだった故障船がぐんぐんと大きくなってきた。

この船とならんだかと思うとスーパーガールがぐっと引く。

ゆっくりと手を離したらもう動かない。

スーパーガールが2隻の船の間で片手を挙げて何かを言っている。

すると瞬間的に金色のバリアが2隻を囲んでしまった。


スーパーガールは宙から何か取り出した。モバイルだ。それを乗組員に示している。

慌てて全員がモバイルを取り出して操作した。

船内の映像を見ていた地上の管制官達もモバイルを取り出した。操作をすると鮮明な画像が映る。


「これまでは順調です。今からバリア内への空気の注入をおこなってみます」

といって連絡を絶った。

見ているとバリア内の大気圏側ギリギリに位置し、手を組んで何やら言っている。

そのうち『プシュー』と音がして何やら流れ込んでいるようだ。

空気なのか・・・やがて終わったのか再びモバイルで連絡がくる。


「終わりました。成功です」

「えっ?バリア内では呼吸ができるのですか?」

「はい出来ます。ただ空気濃度がチョモランマの頂上ぐらいしかありません。

これでは酸素ボンベなしでは高山病にかかる恐れがあります」

「そうですか」

とガッカリするが、

「そこでです。昨夜作ってみました」

「作った?・・・なにをです?」

スコットも家族達もドキドキしだした。

沙希のことだから又、とんでもないものを作ったのに違いない。


「セリナ!その座席の間に黄色い袋があります。出して見てください」

セリナは黄色い袋を取り出した。

「これですか?」

「中身を出してください」

袋から出てきたのは白の衣装とベルトだった。


「それはセリナ用に作ったエアパックです」

「エアパック?」

「衣装は行動的にするためレオタードにしました。

材料はNASAの宇宙服の素材を使っているので太陽光を遮断します」

説明はあとで・・・とにかく着換えてください。シイナ!手伝ってあげて」


2人は袋の中身を持って展望室に上がる。

やがて降りてきたセリナを見て男性達は

『ピーピー』『ピユーピユー』と口笛や指笛を吹いて囃し立てる。


首から下は全身のレオタードで足もレオタードの中にローヒールが仕組まれている。手は指先も隠している。

「どうです?」

「何だか裸みたい」

「恥ずかしい?」

「いいえ、私バレエをしているからこんなの平気です」

「よかった。じゃあ、その少し太めのベルトをしてみて」

「こうですか?」

白いレオタードに黒いベルト、コントラストがばっちりだ。


「ベルトの横の赤いボタンを押して見て」

赤いボタンが押されると皆あっと声を上げた。

首の周りから出た透明なものが顔全体を覆った。ヘルメットだ。

「そのヘルメットの右の耳のところにあるボタンを押して見て」

ボタンを押すとサッと目の辺りが黒く変わった。

それは目を守る黒い偏光レンズだ。


「次は緑のスイッチを押して!」

スイッチを押すと微かに『ウー』と唸る音がした。

でも何も変わらない。不振げな目でモバイルの液晶画面のスーパーガールを見る。


「何も変わらないように見えるけど、セリナの身体を今バリアが覆ったの。

例え拳銃でセリナを撃っても身体を傷つけることなんか出来ないでしょうね

それと共にベルトにつけられた空気発生装置が作動しているから、

真空でとは言いませんが、今の濃度の薄い空気の中では平気です」

「どうして真空の中では駄目なんですか?」

「駄目ではないかもしれませんが、昨夜慌てて作ったから自信がないんです」

「ただそれだけ?」

「はい、自分の自信がなければ他の人に危険な事をさせることできません」

「マア・・・あなたって本当に天才ね」

とセリナが言った。


スーパーガールは照れながら話を続けた。

「今、セリナの声はヘルメットの中の受送信装置がモバイルと連動しています。

ベルトの白いスイッチを押すとモバイルの連動を止め、直接人と話が出来ます。

たとえば2人の船外活動の時が便利です。黄色いスイッチを押すと両方出来るようになっています。

ベルトの横のレバーは今まで押したスイッチのロックが上で解除、下でロックがかかるようになっています。

最後です。残った腕時計型の装置を左手に嵌めてください」


「これは?」

「バッテリーパックのインジケーターです。

残量が少なくなればアラームがなります」

「バッテリーってどれ位持つの?」

「今のところ4時間です。もっといいバッテリーがあれば10時間は持つようになると思います」


セリナの準備が出来た。いよいよ船外活動が始まる。

エアロックの部屋でエアが抜かれた。ドアが開き船外へでる。

セリナにとって2回目の乗り組みだった。前回も船外活動をしたが

訓練をつんだといっても冷や汗ものだった。

でも今回は違う。エンジンの修理なのだ、実戦といってもいい。

けれど不思議な気持ちだった。こんな軽装な宇宙服は初めてだ。

動きやすい・・・とにかく身体が軽いのだ。目の前にスーパーガールがいる安心感なのか。


さっきはとにかく吃驚した。大気圏に出たとたん

「今から変身するから驚かないでね」

と言ってスーパーガールに変わってしまった。幼い時から大好きな映画だった。

何回見たかわからない。

それがあのときのままの姿で目の前にいる。宇宙空間でなければ腰を抜かしていただろう。


そして今セリナ自身が着込んでいるこの服・・・もうたまらない。

シングルマザーの自分だけど自身のジェンダーが変わってしまったのか。

女性を好きになるなんて思ってもみなかった。自分に勇気があれば告白できるだろうか。

セリナは首を振った。

駄目だ!駄目だ!今は修理に集中だと故障船のエンジン部に泳ぐように飛んでいく。


でもこのセリナの気持ちに気づいたものがいた。

基地のガラス張りの部屋でこの様子を見ていた女達だ。

「ねえ、あの子」

「うん、きっとそう」

「ほっとく?」

「あの人、1歳の女の子のいるシングルマザーだって・・・だからほっとけない」

「どうして?」

「えっ?」

「どうしてさ、サキの周りにあんな人ばかり集まるの?」


「あのね、サキって肉親がいないの。子供の頃から悲しい運命ばかり。

だから5歳の時死のうとして喉をナイフで刺したの。あの声はそのときの後遺症だって。

母親からは大学のとき捨てられたのよ。だから肉親の情ってわからないの」

「サキってそんな育ちをしてきたの?」

「あんな明るいのに」

「ハヤセのアマゾネスとの運命の出会いでかわったのよ」

「大嫌いな男を捨て女として生まれ変わったの。神様が引き合わせてくれたそうよ」

「神様が?」


「そう、でもサキは神様よりもっと上から生れ落ちたの」

「神様より上?」

「そうこの宇宙の意思そのものだって」

「何よそれ」

「神様がそういっていたもの」


「神様が?」

「そうよ、私達だって何回も会ってるよ」

「そんなこと聞いてないよ」

日本人の姉妹達を囲み聞き耳を立てるアメリカの姉妹達。

わたしも近いうちにはと思っているソフィー、サキのヨーロッパ招待には付いていくつもりだ。


「神様にあったって本当に本当?」

「そうだよ。その神様をサキったら慌てさせているし、

それに昔の偉人たちがサキの守護をしているの。

でもその人たちもサキは右往左往させているもの。

本当私達にも事後承諾だし、うちのお婆様も泣いているわ」


「お婆様?」

「そう日本の人間国宝よ。京舞というダンスの先生」

「あなた達にもグランマザーにあたる人。日本に行ったら会えるわ」

「京舞ってジョージが言っていたでしょ」

「パパが?」

「サキに舞わさせる為にカーネギーホールを借りているって」

「あっ!そうだった。私絶対見る」


目の前の管制室では集まったエンジンの技術者達が食い入るように作業を眺めていた。

時々、喉を鳴らす不埒な男もいた。作業を進めるセリナの身体がちょっとした身体の動かし方で

時々妙に色っぽく映るのだ。わざとしているじゃないかと思うぐらいだ。


わざとしている・・・その通りだった。スーパーガールに見せつけていたのだ。

女性相手では勝手が違うからどのようにたらいいのかわからない。

告白もできない。なんだか恥ずかしさでヘルメットの中の顔が真っ赤になった。

偏光レンズで見えないのが幸いだ。


「セリナ!」

ドキッとする。手に持ったスパナを落としてしまいそうだった。

「これから皆をおこしてくるから、スーパーガールは消えるね」

「消えるって・・・」

「心配しないでスーパーガールが消えるだけで、私は消えないよ」

「中での修理のほうは?」

「それはほとんど昨日のうちに終わっているの」

「ほとんど?」

「ええ、空気発生装置の部品がどうしても手に入らなくて直せなかったけど今は大丈夫、

基地から持ってきたから」

「じゃあ、後はエンジンの故障だけ?」

「そう頑張ってね」

「うん。やってみる」


くるっと後ろを向いたスーパーガールが

「ねえ、セリナ。私あなたが好きよ」

「私・・・」

「言わなくてもいい、あなたの想い私にはわかっているから。

私にはね、基地に帰れば今5人の妻がいるわ。

彼女達は来年には10人の子供を産むの」


「えっ?子供が??」

「そう、わたしは90%は女性だけど後の10%は大嫌いな男なの。

その男の部分には使命があるのよ。1000年続いた女の悲しい一族。

女しか産まれない為、一族を末の世に引き継ぐためには

嫌いな男に身を任さなければならなかった。そうして1000年女達の血は生き延びて来た。

そこに私が現れたの。私は一族を繁栄しなければならない。

血を流して戦いに明け暮れる男達の世を・・・

戦争というものをなくすため子供を産ませなければならない。

いいえ、血のつながりだけではないわ。

女の苦しみや悲しみを背負っている人は誰でも一族になれるのよ。

今日本には9人の妻と18人の子供がいるし、もうすぐしたら6人の妻が12人の子供を産む・・・

産まれる子供は例外なく全員が男女の一卵性双生児。私はそんな一族の人間よ」


「私・・・私・・・それを聞いても・・・あなたが死ぬほど好き!

好きで好きで・・・もう死んじゃいたいくらい」

「わかったわ、じゃあ帰ったら私の部屋に来て・・・」

頷くセリナに

「早い時期にアリサに逢わせて・・・妻となったセリナの子だったら、私はアリサの父親よ」

そう言ってスーパーガールは船の中に消えていった。


ヘルメットの中で頬を伝わる涙・・・アリサに素晴らしいプレゼント。

大きくなったらどう言おうかと悩んでいたのが嘘のようだ。

素晴らしく優しい人だから、アリサを抱いて喜ぶ姿が浮かんできた。

つい

「うふふふ」

と笑ってしまう。

そして、ハッとして気がついた。

白いボタンを押し直しモバイルとの通話が出来るようにしてロックをかける。

あの人が素早くロックを解除し白いボタンを押しての2人だけの会話・・・

誰にも聞かれてはならない。


基地の女達には判りすぎるほど判っていた。エンジンを直しながらスーパーガールと何やら会話。

でもセリナの身体が何もかも語っていたのだ。


「ねえ、あの人も一緒に日本に行くことになりそうね」

「いいじゃない、賑やかで」

「不思議よね、普通こんなこと嫉妬しなければならないのに・・・」

「そうよね、でもサキの子供を産める喜びってそんな変なもの吹き飛ばしちゃうものね」


「いいなあ、私も早いこと抱かれちゃったら良かった」

「よく言うよ。今度のヨーロッパへの招待、ソフィーがサキを独り占めじゃない」

「そうはいかないわよ。あのサキのことだからどんな事件に巻き込まれても不思議じゃないもの」

「そうよね。サキって平穏無事なんてことあり得ないもの」

これはカリアだ。サキを知ったのは昨日なのに大事件が2件だもの。

・・・本当に大変な子だ。


セリナの作業は中々進まなかった。真っ黒に焼きただれた部品・・・

これがなくてはどうにもならない。

モバイルへの報告はもう済ませてある。地上では大騒ぎだろう


「どうお?」

そう言って小柄な宇宙服が寄ってきた。

サキだ。正体が判っているセリナの心臓が一度に跳ね上がった。

もう乙女のようにサキを見るだけだ。駄目だ!この人には何も隠せない。

「大丈夫?・・・セリナ!」

最後のはしっかりしろっというサキの励ましだ。はっと自分を取り戻す


「この部品がなければどうにもならないの」

と手の中の黒く焼きただれた部品・・・それはまるで忍者の十字手裏剣のような形をしていた。


「ちょっと待って・・・その部品ってどこかで見たわ」

「えっ?本当?・・・ねえ、どこで?」

「う~ん・・・」

「ねえ、サキ。思い出してよ」

セリナはサキを呼び捨てにしているのに気づかない。

「はっ」

と顔を上げた沙希・・・思い出したのだ。

急いで沙希はモバイルで乗ってきた船の船長を呼び出した。


「船長!座席のところに黒いリュックがあるんだけど」

すぐに見つけたらしい

「これかい?」

とモバイルに映す。

「それです、それです。それに部品がはいっているんです。

出来ればそのままこちらに渡して欲しいんです」

「わかった。エアロックに入れておく」


「ねえ、サキ!・・・一体どういうこと?」

「うん、昨日ある作品を作ったときね。いろんな部品を持ってきたの」

「それじゃあ、何のことかわからないわ」

「その作品っていわば試作品でしょ。なにかあったらいけないと思って備品倉庫からガメてきたの」

「ガメてきた?」

「うん、その辺に合った部品を手当たり次第にリュックにいれて持ってきたの」


「それがこれ?」

「廊下を歩いていた研究員の人に聞いたら、

備品倉庫の係りの人ってビスの一個一個を台帳に控えているんだって。

時間がなかったから断っていないんだけど帰ったら怒られるかなあ」


2隻の船内も地上の管制室もこの沙希の言葉に腹から笑い出した。

一分の隙のない備品倉庫の苦虫を噛んだような係りの顔と

そんな男の元からたくさんの部品をようも黙って持ち出したと

喝采したいのとそのギャップに可笑しさが倍増したのだ。


「ねえ、どうかオルガー所長。地上に帰ったら係りの人に怒られないように出来ないでしょうか」

「あははは・・・サキ!あなたは凄い人だ。それと共に人としての素晴らしさは驚嘆に値する。

きっとぴったりそのものの部品を持ち出したのは運が良かった、

偶然だと言う人間がいるかもしれない。だが、サキの今までの功績を考えると

あなたをどうのこうのと言えるものではない。きっと神がついている神の子だ私は思う。

科学の先端をいくNASAの責任者の私が言う言葉ではないかもしれないが」


こんなこと言われるのは苦手な沙希だ。だからリュックをひっくり返して

宙に浮く多々の部品から目当ての部品を取り出して

「はい」

とわざと明るくセリナに渡す。


早速セリナは部品を取り付け、ばらしていた部品を次々と取り付けていく。最後のネジを締めて修理が終わった。

「じゃあ、セリナ燃料をいれようか」

「わかった」

2人して船底の外側にとりつけられていた細長いタンク型のカセットをはずした。

こういうときは引力がないのが便利だ。軽がると持ち運びが出来、燃料用のノズルに差し込んだ。

『プシュー』と音がして燃料が入っていく。


空になったカセットは宇宙のゴミとなる。だから2人で太陽にぶつかるように狙いを定めて押した。

沙希の術によりバリアーを通り抜けて真っ直ぐ太陽に向かった。

帰りはサキは故障していた船に乗り込む。

まだ安心は出来ない。大気圏突入を無事に果たして基地に着いたとき喜びの声を上げるのだ。

セリナとハイタッチで分かれた。船内の座席に落ち着いたサキ。モバイルに向かって言った。

「さあ、帰りましょう」


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