第一話 第四話
駅まで続くゆるやかな坂道を律子は軽やかに下っていく。
その律子の腕には沙希の腕が絡みついていた。
律子は理沙に借りたスーツをビシッと決め、
沙希は昨日、専務に買ってもらったワンピースを着用して、
今日早くに来た杏奈にヘヤーのセットとメイクをしてもらったのだ。
済まなそうにする沙希に
「いいから、いいから。これが私の仕事よ。気にしないで」
と笑う杏奈、今日これからママの家に引越しをしてくるという。
「ねえ、沙希」
「なあに、律姉」
会社では今まで通りに『沙希ちゃん』『律子さん』と呼び合うことにしているが、
外に出たら『沙希』と『律姉』だ。
「沙希。ママに私も早く引っ越してきなさいっていわれているの」
「律姉はもう実質私の妻だし、同じお家に住むのは当然だわ。それに・・・・」
「それに?」
「一瞬でも離れて住むなんて嫌!」
「沙希の甘えた!」
「だって、しょうがないもん」
律子は組んでいた腕をほどいて沙希の手を握った。
「わたしも本当はもう沙希やママ、理沙と離れて暮らすなんて出来ない。
今日、アパートから大事なものだけとってくるわ」
「じゃあ、わたしもお手伝いする」
駅からは、昨日言われた通りに同じ電車の同じ車両に乗った。
あの三人は勿論、昨日見覚えのある女性達が・・・いやこの車両の半分以上、
女性ばかりが乗り合わせ沙希と律子を迎えた。
ざっと車両を見渡しても7割が女性だった。
男達は身体を縮めて何か居心地が悪そうにしている。
「沙希さん!!・・・凄い!」
「きらきら輝いてまぶしいわ」
「昨日の沙希さんも素晴らしかったけれど、
今日は何て言ったらいいか言葉もないって感じ・・・・」
女性達は沙希の美しさに呆然といったところだ。
「ねえ」
と律子が聞く。
「昨日より人数が多くなってるんじゃないの?」
「ええ、そうなんです。わたし会社で沙希さんのこと何人かに話しただけなんです。
でも昨日いた人達がそれぞれ話をしていたみたいですね」
「明日になったら、この車両には女性しか乗っていないんじゃないかしら」
「そうなると思いますよ。確実にね」
「沙希さんて本当に女優の沢口靖子に本当にそっくり!
・・・・ああ~もうだめ!見ているだけで卒倒しそう・・・」
「わたしも・・・」
「私も・・・」
と女性達はお互い身体をささえあっていなければ大変なことになりそうだ。
「あんた達!沙希の目を見たら駄目よ。見たら魔力に魅入られちゃうから」
と律子の注意もどこまでわかって貰えたか・・・
「私、今日カメラ持ってきたんです。駅に着いたら一緒に撮って頂けませんか?」
「沙希!いいわよね。ファンを大事にしなくっちゃ」
と沙希の肩をポンポン叩く。
多くの女性達がうらやましそうに聞いている。
着いた駅での撮影会、明日からはカメラがもっともっと増えていきそうだ。
撮影会という思わぬ出来事のため、
「はあ、はあ」といって荒い息をはきながら二人が跳び込んできたのは
仕事の始まる2分前だった。
「疲れた~~」
「律ね・・・・いえ、律子さん。明日からどうしょう」
「毎日こんな状態ではたまらないわよねえ」
お互いに顔を見合わせて
「フー」とため息をつく。
★
昨日からの沙希の変化を知らない男達、
今日改めて掲示板で知らされて戸惑ってしまったのは事実だ。
「けっ!おかまだったのか」とかいう悪口を発するのは
いづれも実力のない者達ばかりだったのは面白い。
だが、そんな男達でさえ実物の沙希を見た驚きは言葉にできないほどだ。
呆然自失といったらいいのか、はるかに想像を超えた存在、
だから悪口を言うことさえ憚れてしまう。
あこがれてしまうといったらいいのか、声さえかけられないのだ。
いづれにしろ女達にガードされた沙希は会社での立場にしても
実績と存在は特別な位置に祭り上げられたといっていい。
そんなことを誰より気づかずマイペースで仕事をする・・・それは沙希自身だった。
そんな沙希の身の上に大いなる変化が始まったのは仕事に取り掛かってから
かかってきた1本の電話からであった。
いつものように沙希のデスクにおいてある電話機を取り上げたのは律子だ。
「はい。・・・・あっ社長!・・・・では、すぐまいります」
受話器を戻しながら
「沙希ちゃん・・・・沙希ちゃん!」
と仕事に夢中の沙希の肩を強く揺さぶる。
「あっ、律ね・・・いえ律子さん」
「フフフ・・・変わらないわね。仕事に対するあなたの情熱は。
大したものね。・・・・でも、今は手を休めて行きましょう」
「えっ、どこへ?」
「社長室へよ。社長が呼んでいるの」
慌てて立ち上がった沙希へ
「バックを忘れちゃだめよ。トイレでお化粧を直してから行きましょう」
社長室のドアをノックすると
「お入りなさい」
直接、社長室のドアを開けたのは専務だった。
一歩足を踏み入れ、部屋を見回しても社長の姿がない。
でも部屋の隅のすりガラスのパーティションで区切られた応接室の中から社長の話声が聞こえる。
専務が応接室のドアをノックすると
「ああ、来たようです。入りたまえ」
という社長の声に
「さあ、お入りなさい」
専務に促されて室内に入ると、一人の女性の姿が、眼にとびこんできた。
ソファに浅く座りながらも組んだ脚の美しさ。
肩までがあらわになった鮮やかなピンクのワンピース、
胸の谷間から女の色香が匂いたってくる。
かけられているサングラスが女性の妖しい魅力を押しだしていた。
沙希は身体の奥から熱い物が湧き上がってくるのが感じられ、なぜか小刻みに震えがきた。
右手が自然と律子の左手をさぐり固く握りしめる。
律子はその手の熱さと震えを感じて不思議そうに横目で沙希を見つめていた。
沙希の五感の全てがその女性をとらえ、
小さな息遣いから、その女性の身体から沸き立つ女性の香りまでを嗅ぎ分けていた。
だから、その女性が沙希を見た一瞬に「あっ」と発した微かな声を聞き分けたし、
顔色が一瞬変わったのも知った。
(どこであったのかしら。この人私のこと知っている・・・)
はっと気が付くと社長も専務も、
そして律子までもが二人の雰囲気に呑まれたのか言葉をかけられないまま交互に見つめている。
その女性は沙希を見ながら立ち尽くしていた。
でも一番先に動いたのもその女性であった。
ニッコリ笑いながらサングラスをはずした。
「あっ、あなたは!」
その顔を見て驚いたように声をかけたのは律子だ。
「女優の早乙女薫さん!」
その女性は世間知らずの沙希であっても、日本でも指折りの天才女優だということは知っていた。
毎年の様にいろんな賞を受賞している。
「さすが社長さんね。例の件、断ろうと思っていたのに、これじゃ断れないじゃないの。
まるで蜘蛛の糸に雁字搦めにされたみたい・・・少し待っていてね」
といいながらバッグの中から携帯電話を出すとどこかにかけ始めた。
「ああ、まゆみ。CMの件OKよ。ええ・・・相手役はあの女優じゃあないわ。
ええ・・・・ええ・・・私が連れていくから・・・ええ、そう監督にいっといてちょうだい」
最後に薫は沙希を見て、ニヤっと笑いながら電話を切った。
「では、プロモーションビデオの件は・・・・」
社長が喜びの表情でソファーから立ち上がった。
「ええ、いいですわ。ただ・・・・」
「ただ・・・?」
天才女優は沙希を指差し
「その子をしばらくの間・・・・いえ撮影の期間中だけでもいいから
付き人として私につけてください。それがたった一つの条件よ」
「えっ、沙希ちゃんを?」
律子が沙希を守るように肩をだきながら叫ぶ。
「沙希ちゃん?」
「ええ、この子の名前なんです」
「わたし早瀬沙希といいますけど、何故わたしを?」
「まあ、名前まで同じ。いえね、わたしの知っている子があなたにそっくりなの。
なつかしいから少しそばにいて欲しいだけなの」
「その人、沢口靖子さんじゃあないんですか」
律子は沙希が早乙女薫に取られてしまうような錯覚に陥り、必死に沙希を庇おうとする。
「ああ、靖子ちゃんね。そういえば靖子ちゃんにもそっくりね。
あら・・・・フフフ、あなた沙希ちゃんが好きなのね。
そんなに心配ならばあなたも一緒にどうお?」
「えっ、いいんですか」
「ええ、いいわよ。でも会社の社長さんの許可を得なくてもいいの?」
律子は社長と専務のほうに振り向くと
「いいでしょ、兄さん。お義姉さん」
「律子。ここは会社だぞ。公私のけじめはどうした!」
社長はきつい声で叱る。
「今はそんなこと言ってられないの。ねえいいでしょ」
と哀願するような声で言う。
専務は笑いながら
「これは会社のためにもなることだから・・・」
専務は、まだここでは二人の婚約を知らせない。
「えっ、じゃあこの人は・・・・」
「ええ、わたしの不肖の妹です。
でもこのことは社員達には内緒ですのでどうかその点おふくみ置きを・・・・」
「律子さんっていったわね。これからよろしくね」
ニッコリと笑って握手をしてくる。
その何のくったくもない態度には
沙希を固くガードしていた律子もホッとするように全身から力を抜いていく。
「小川・・・いや早瀬くん、今度発売される君の企画開発した
あのゲームソフトに会社の将来がかかっているんだ。
幸いこうして早乙女薫さんにプロモーションビデオ出演を承諾していただくことができた。
あとは君が担当者として、開発した最高責任者として
プロモーションビデオを完成させてくれたまえ」
と言ってから
「彼女は天才なんです」
社長が大きな声で太鼓判を押す。
こうして沙希自身、口をはさむことなく次から次へ物事が決められ
大きな渦中の中心へと押しやられていく。
★★
「じゃあ、社長さん。今日からよろしいですね」
という薫の一言で、いまこうして薫の車の後部座席で律子と薫の間に挟まれて沙希は座っている。
両の手をそれぞれの女性に固く握られ、熱い視線を沙希に浴びせながらも、
女優である薫の誘導で最近の沙希の変身を律子から全て聞き出していた。
沙希の本当の性を聞いたときは、さすがに驚きの声をあげた。
「ええ~っ、沙希ちゃんて男の子だったの」
しばらく沙希の顔をのぞきこんでから
「それで判ったわ。沙希ちゃんの不思議な魅力が・・・」
「何がわかったんですか?」
「フフフ、あなたにもわかっているはずよ。同じ仲間なんだから」
そして沙希を変身に誘い込んだ新しい家族の真理、理沙・・・
そして偶然とはいえ、美容室で出会った千堂ミチルと杏奈親子。
それを聞くとニッコリと笑って頷き、
「やっぱりね」
と囁くように言った。
沙希は二人に挟まれ身動きできないし、握られた二人の手から熱い体温・・・
いや熱い想いが伝わってきて息苦しいほどだった。
だが先ほどから沙希が気になっていたのは
運転する薫の事務所の社長浅香まゆみがルームミラーでチラチラと沙希に送る視線であった。
その視線の中には他の女性と同じ熱さとともに鋭さがあった。
沙希が男性と知ってからはその視線の鋭さが余計に増していた。
先ほど紹介されたとき早乙女薫の敏腕マネージャーであり、早乙女薫事務所の社長と聞いた。
といっても個人事務所だからって笑っていたが、どうも気になるまゆみの視線だ。
「ここよ」
と薫に連れてこられたのは撮影所のスタジオであった。
広いスタジオにはたくさんの人が働いている。
「やあ、薫くん。やっときたな」
撮影カメラの横の椅子からたちあがったいやに身長が高い・・・
180cm以上あるだろうか・・・中年の男が薫に声をかけた。
「あら、小野監督。私このお話断りに行ってきたのよ。」
「ほう・・・、一度決めたらテコでも動かない君がどうして
一度断ったこの仕事を再びする気になったのかな。
まあプロモーションビデオとはいえ、この役ができるのは君しかいないからなあ」
「この子がいたからよ」
「この子?」
「ええ、この子!」
と言って律子やマネージャーのまゆみの後ろに隠れるように
立っていた沙希の手を握って小野監督の目の前に引っ張り出した。
「あっ、あのう私・・・・」
生まれて初めての雰囲気の撮影現場と付き人だという自覚から
目立たぬように隠れていたからいきなり引っ張り出されて驚いたのだ。
「君は・・、君は沢口靖子くん・・・・・・ん?」
といって小野監督は頭の先から脚の先までなめるように見つめる。
沙希はその視線に思わず身体を震わせ、身を縮める。
まるで裸にされて見つめられているような異様な視線には恐れさえ感じるのである。
「違うな、この子は沢口くんではないね」
さっきから周りを囲むようにして話を聞いていたスタッフ達が
「えー」
と驚きの声をあげる。
「沢口くんは今や日本を代表する若手女優だが、普通の女性でしかない。
でも、この子は普通の女性では持ち得ない妙な匂いがする」
その話に周りのスタッフの一人が
「監督!僕にはここにたっている方が沢口靖子さんにしか見えないんですが、本当に違うんですか。
それにその妙な匂いってなんですか」
監督は声をかけたスタッフのほうを向いて
「この子をよく見るんだ。そして感じるんだ。
そうしたら見えないものも見えてくるし、人の匂いというのも感じられるようになる。
諸君もこの先、上に登っていきたいのなら勉強したまえ」
と話を終えたが、そのスタッフを見て二ヤッと笑って
「この子を一言で言い表す言葉は・・・妖精・・だな」
「妖精?」
スタッフ達がざわめく。
「さすがね、監督」
といってから周囲を見回してから
「この子は素人だし、何も知らないからみなさんに迷惑をかけるかも知れないけれどよろしくね」
と言っている。
「えっ」
どういう意味?と首をかしげる沙希だったが
そんな小さな動作にも何か不思議な魅力をスタッフ達に与える。
「みんなに紹介しておくね。名前は早瀬沙希ちゃん。このゲームソフトを作った張本人よ」
スタッフ達から
「ウォっ」
という声があがった。スタッフ達にもこのゲームの面白さがよくわかっていたからだ。
「えっ、このソフトを作ったのがこの女性なんですかあ・・・凄い!」
「うふふ」
と笑ってから小野監督にむかって
「ねえ、監督。相手役にピッタリでしょ」
「そうだな。なにもかも怖いぐらいだな。
よし!このプロモーションビデオは評判になるぞ。そうと決まったら早く準備したまえ」
「げんきんね、監督は。・・・はいはい、じゃあ沙希ちゃん」
と手を引いて歩きだした。
「どういうことなんですか?」
広い控室に入ると沙希は薫に訴えた。
「ごめんね、沙希ちゃん。付き人だなんて嘘を言って。
わたしね、今日会社にこのお仕事お断りしようって思ってお伺いしたの。
どうしてもこのプロモーションビデオの相手役が気に入らなくてね。
社長さんが強く推薦した若い女優だったけれど、
以前一度共演したときどうしても息があわなくて役を降りたことがあったの」
薫は沙希の手をとってソファに座らせて話だした。
律子は沙希の後ろで、まゆみはドアの前で腕を組んで立って話を聞いている。
「結局、社長さんは相手役を変えることでわたしにどうしても出てほしいって。
でも、相手役を今からオーディションできっこないし、
時間もないから、やはりお断りしようと思ったときに
奥さんの専務さんからゲームを開発した社員に会っていただけませんかって言われたわ」
薫の話が続いている。
「この専務おかしいんじゃない。わたしがゲームを開発した人に会ってどうするのよ。
って沙希ちゃんと律子さんには悪いんだけれど
この人が専務だなんてこの会社大丈夫?って思ったの。
でも、部屋に入ってきたのが沙希ちゃん、あなただった。
その一瞬に『相手役はこの子しかいない!』って思ったのよ。
お宅の専務さんはたいした女性だわ。
きっと台本を読んでいらっしゃったのね。専務さんも思ってたのよ。
相手役は沙希ちゃんしかいないって」
「でも、わたしお芝居なんてしたことはありません」
「いいのよ。何もしなくて。だってこの役そのものが沙希ちゃんなんだから」
「わたしも言っていいかしら」
とドアにもたれて立っていたまゆみが
長いソファに座る沙希を薫と挟みこむように腰をおろして
沙希のあごに手をかけて自分のほうに振り向かせた。
「たいしたもんだわ、ついこの前まで男だなんて思えないわ」
「まゆみ!・・・ごめんね、沙希ちゃん。まゆみは男が大っ嫌いなの。」
「わたしも・・・。わたしも男なんて大っ嫌い!」
沙希が言い放ったとき、まゆみの沙希を見る眼が変わった。
「えっ、あなたは男が好きで女に変わったんじゃないの?」
「違います!」
「違うんです。沙希は違うんです」
同時に沙希と律子が否定した。
「詳しくは話せませんが、沙希は男が好きだから女になったんじゃないんです。
沙希は男としては生きられないんですよ。
だから、女になったんです。女になっても愛するのは女性だけなんです。
そして私は沙希の婚約者なんです。沙希、立って!」
律子は唖然とする女性二人の前で沙希を抱きしめ熱いキスをした。
それはとても長く感じられ
「わかった、もういいわよ」
とたまらなくなってまゆみが声をかけて二人を引き離した。
律子は立っているのが出来なくなって対面のソファーに倒れるように腰を落とした。
沙希も二人の間に崩れおちる。
「ねえ、まゆみ。若いって凄いわね」
と薫が苦笑いを浮かべる。
「薫、わたし勘違いしていたみたい」
「まゆみは、早瀬沙希って名前は忘れっこないよね」
「あたりまえじゃないの・・・えっ、じゃあ・・・・」
「あなた運転してたから私達の話は余り聞こえてなかったんじゃない?」
「ええ」
「どうやらこの二人、姉の真理と同居しているらしいわ」
「だとしたら・・・・」
「そう、この沙希は私達が探し求めていた伝説の人なのかも知れない」
(律姉ったら・・・・いきなりなんだから)
律子に抱きしめられ強烈なディープキスをされて
気が遠くなっていた沙希には薫とまゆみの会話は全く聞き取れていなかった。
「さあ、そろそろ着替えてメイクにかかりましょうか。
まゆみ、衣装さんとメイクさんを呼んできて」
「薫!あんなのを見せ付けられて良く平気ね」
「平気じゃないわよ。でも楽しみは後でと言うでしょ。
今夜は姉さんのところに押しかけていくんだから。まゆみ、あなたもいくでしょ」
「あたりまえじゃないの」
★★★
無理やり平安時代の女性の旅姿の壷衣装に着替えさせられた沙希は
薫に読んでおきなさいと渡された台本に眼を奪われていた。
そんな様子をメイクをされながら鏡越しに早乙女薫は軽く二度三度と頷いている。
実際に沙希は台本の中に魅入られて入っていった。
自分が企画して製作したゲームソフトとはいえ、
こうして台本を読んでいくと主人公の心の動きや立場が今の自分と瓜二つなのに驚かされる。
最後の雪夜叉との戦い、そして明かされる自分の正体。悲しい別れもある。
母との別れが思い出され自然と涙が溢れ出てきた。
「あらあら、今そんなに涙を流しちゃうと本番はきついわよ。ほら、メイクさんが待ってるわ」
まゆみがハンカチを手渡す。沙希を見つめる視線にはもうすっかり鋭い険は消えていた。
その声に沙希が顔を上げると鏡の中から自分を見つめる薫の笑顔があった。
元々の美しさにこうしてプロが完璧なメイクをすると美しさが数段と引き立って思わず
「きれい・・・・・・」
と自然に声がでていた。
「沙希ちゃんに言われると凄く嬉しいわ」
とニッコリと笑ったがそこで初めて見せるきつい表情を浮かべて
「でも、これからは敵だからね。まゆみ、これから役に入るから別の場所に移るわ。
沙希ちゃんの世話をよろしくね」
といって部屋を出て行く。
それから大きな声で
「判ってると思うけど、誰も来ちゃあ駄目よ」
訳もわからず呆然と見送っていた沙希にむかって
「心配しないで。いつものことよ。ああして薫は役になりきっていくのよ。
さあ、沙希ちゃんのメイクの番よ」
と鏡の前に座らされる。
初めてのことなので緊張して固くなっていたが、存外、人に顔を触られるのは気持ちが良く、
いつしか意識が台本の中の平安の世に飛んでいく。
沙希の手の中にある台本にはこう書かれてあった。
『妖・平安京 雪の章』
『時は平安の世、悪鬼や怨霊という妖かしが現われ人心を惑わし、
命を奪っていく。そんな時代の或る日、
雪深い山道を赤ん坊を抱いた若い妻とそんな妻を庇う様に若い夫が歩いていた。
そこを山賊に襲われ切り殺される若い夫、悲鳴をあげながらも赤ん坊を抱きしめ逃げる妻。
だが追いつかれ赤ん坊を取り上げられ、谷底に投げ捨てられてしまう。
山賊に攫われようとした若い妻だったが、
そのあまりにも深い悲しみと絶望に心が枯れ、悪鬼に変化した。
若い妻は夜叉になったのだ。
白い雪の中に立つ雪夜叉、その足元には喉を喰いちぎられ、
鋭い鎌で切り刻まれた山賊達の死体が白い雪の中に消えようとしていた。
一方谷底に投げ捨てられた赤ん坊は張り出した生い茂った木々の葉に
速度がゆるめられ、谷川で洗濯していた中年の妻の洗濯桶に嵌りこんだ。
子供のいない中年夫婦にとって天からのさずかりものとなった赤ん坊。
不思議なことにかすり傷ひとつ負わずすくすくと育っていく。
夫婦には子供は何事にも替えがたいものだが
たった一つの恐れは最近近隣を騒がす雪夜叉のうわさだった。
男の子ばかりを攫っていく雪夜叉。
「違う!この子じゃない」
といって食い殺す。そういう話が人々の口から口へ伝わっていたのだ。
夫婦は赤ん坊を女の子として育てることにした。
すくすくと育つ子供、もう自分は女だと信じきっていた。
少女が14歳になったある日、夫婦は流行り病であっけなく死んでしまう。
死の床で聞いた自分の身の上の話。
肌身離さず持っていたお守り袋から京にむかった少女。
当然そこには生みの親の姿はない。父恋し母恋しと京をさまよい歩く少女。
歩き回った疲れから一条戻り橋のたもとで意識を失ってしまう少女。
そこに通りかかったのは当代随一といわれる陰陽師『安倍晴明』だった。
少女から何か不思議な力を感じた晴明は少女を連れ帰った。
晴明は少女の世話をする式神たちから、少女は男であると教えられる。
しかし、2日たっても3日たっても眼をさまさない少女。
そのうち少女の身体が変化してきた。
盛り上がる二つの乳房、女性らしい柔らかな身体に変わっていく。
下半身には男女の二つの性器を持つ男女両性有と変化していた。
身体の変化とともに内から秘められの力が強くなっていく。
10日たってようやく眼をさます少女。驚いたことに寝ている間のことは全て知っているという。
「安倍晴明様。私を弟子にしてください」
そう言って少女は寝間の床の上で晴明に頭をさげる。
聞けば寝ている間に菩薩様から
「そなたを安倍晴明に預ける。そこで修行をして
里に帰り、雪夜叉を哀しみから解き放て」
といわれたという。
安倍晴明も雪夜叉のことは聞いていた。
男の幼子ばかりを喰い殺すと聞いて母達の哀しみに心を痛めていた。
しかし、安倍晴明がこの京からは出ることは許されない。
悪鬼・怨霊から平安京を守る要となっていたからだ。
少女は安倍晴明の厳しい修行に歯を食いしばって耐えていた。
当代一といわれる晴明の陰陽師の修行は生半可なものではなかったのだ。
とうとう式神を持つことを許され、鬼を捕まえて式神として育てていく。
力も暴走することなく制御できるようになった。
最初の頃は油断すると力が暴走して物が飛んだりして危険きわまりなかった。
そんなときには必ず悪鬼がうじゃうじゃと集まってきていた。
三度に一度は自分の式神に退治させて成長させていく。
ようやく修行を終えて許されて里に帰る少女。雪が雪夜叉との対決の舞台を用意していた。
ここからがこのプロモーションビデオの舞台となる。
山に囲まれた裾野。一瞬のうちに男達を殺していく雪夜叉。
鮮やかな赤い血潮が何もなかったように雪の白に溶け込んでいく。
駆けつけた少女、その気配に振り向くが相手が女と知ってか、
恐ろしい表情が消え無の表情に変わっていく。
そして、静かに雪の中に消えて行こうとした。
「お待ちなさい、雪夜叉。お前のこれまでの悪行の数々、許されるものではない」
と声をかけても歩みは止めない。
少女は目の前で印を結びなにやらブツブツと唱え始めた。
すると雪夜叉の白い着物がボウっと燃える。
雪夜叉は振り返って少女にむかって走りだした。表情のないままに・・・・・。
少女は式神を放った。
式神は雪夜叉を雁字搦めにし雪の上に横倒しにする。
そして雪夜叉を喰おうとしたが力はまだまだ及びはしない。
雪夜叉が内から力をいれるとブチっと絡めの縄が切れる。
「ぎゃっ」
といって式神が消滅した。
再び少女に向かう雪夜叉。
その表情は今度は憤怒の形相に変わっている。
「おのれ!おのれ!謀りおって」
少女と雪夜叉の戦いが始まった。
少女の身軽さ、武芸も安倍晴明に叩き込まれただけに
雪夜叉にひけはとらない。
しかし、16歳になったばかりの若さとはいえ
相手は百戦錬磨の妖かしである、じりじりと追い詰められていく。
「おのれは女子の格好をして・・・本身は男なのか女なのか」
「わたしは男ではない!女子じゃ」
「式神が語っておったわ。お前は男でもあると・・・」
少女の身体に宿っている男の性、少女には嫌悪するものだったのだ。
少女の心が揺れた。そして隙ができた。
雪夜叉は少女を押し倒した。
少女は押し返そうとしたが心の迷いの中では力が出ない。
男と言われての動揺は心に住みつく闇がもたらすもの。
少女の心の奥底から含み笑いが聞こえていた。
雪夜叉は少女の着物の上から小さな男根を握り
「これでも、お前は女子だというのか」
握りつぶさん勢いで力を入れてくる。
少女は襲ってくる痛みに眉根をよせて耐えていたが死の影は目前にせまっている。
それなのになぜかこうして雪夜叉に押さえられながらも
その冷たい肌からとても懐かしい匂いがしてくるのだ。
雪夜叉も何か感じているのか、じっと少女の顔を見つめている。
おのが手が男と知らせているのに
まだ硬さが残るその肌から乙女の匂いが漂ってくる。
その匂いは雪夜叉に遠い過去、まだ人だった頃、女になる前の匂いに酷似していた。
雪夜叉は確かめるように、少女の着物の胸元を広げる。
少女のまだ成熟していない雪のような白い肌と二つの乳房・・・・。
しかし、雪夜叉が見つめているのは少女の胸元にかけられている古びたお守り袋だった。
「そなた、名をなんと申す。・・・・そなたの名は!」
雪夜叉に押さえつけられ苦しい息の中から
「あ・・・き・・・・あ・・・・・」
雪夜叉の身体が一瞬ビクっと震える。そしてしばらくの沈黙!
雪夜叉が静かに声をかける。
その声の中に何故か妖かしとは思えない人間くささが含まれている。
「これはそなたのものですか」
と雪夜叉がお守り袋に手をかけようとしたが
「触るな!」
どこからそんな力が出てきたのか、勢いよく雪夜叉をはねとばす。
「これに触ってはならぬ!これはわたしのたった一つの宝だ!
そなたのような妖かしには触らせぬ」
弱々しく立ち上がる雪夜叉、その無表情の中に哀しみと喜びが渾然一体となり。
心なしかその眼が潤んでいた、妖かしとなって初めてみせた涙だった。
我が子が生きていた喜びは妖かしとしての力を奪っていく。
少女は再び印を結びブツブツと唱しはじめると雪夜叉の身体から炎があがる。
今度は雪夜叉はその場で立ち尽くしているだけで何も抵抗しない。
ようもここまで成長してくれたと、ただ二つの眼から溢れるふた筋の涙。
「ん?・・・」
雪夜叉の変わっていく変化に気づき少女は印を解いた。
その様子にわざと憤怒の形相を浮かべて抵抗するさまをみせるが、さきほどまでの雪夜叉ではない。
滅茶苦茶な攻撃で我が子の手にかかろうとする。
その心を知らず再び印を結ぼうとしたとき
『やめなさい、もうやめるのです』
と天から声が聞こえ金色の光(瑞光)が降り注いできた。
「あっ、菩薩さま」
「もういいのです」
雪夜叉は抵抗して少女を襲おうとしたが
「やめなさい、雪夜叉!そなたはこの子に親殺しの罪を着せるつもりですか」
「親殺し?・・・」
不思議そうな表情を浮かべる少女、そしてハッと悟った。
「う・・・・・嘘だ!嘘だ!嘘だ!嘘だ!嘘だ!・・・・」
少女は細い首を激しく振りながら泣き叫ぶ。
「こんな妖かしが、こんな妖かしが、わたしの母さまではあるものか!!」
激しい否定の内、段々声が小さくなっていく。
そんな少女を見つめ立ち尽くす雪夜叉・・・・・
無表情の頬に流れ落ちる二筋の涙、表情で表せないだけに何故か余計に哀しい。
静寂が訪れ、その中で少女はじっと雪夜叉を見つめている。
少女にとって恐ろしい妖かしであった雪夜叉・・・、
だが涙でかすむその無表情の中に、夢でみていた母の優しい顔が重なった。
少女の表情が突然クシャクシャにくずれて雪夜叉の胸に飛び込んだ。
「ああ~あ、母さま・・・母さま・・・・」
そして、両の手で雪夜叉の胸を交互に叩き出す。
「ひどい、ひどい・・・・わたしを捨ててこんな妖かしになるなんて・・・」
瑞光が二人を照らし出す。その中で雪夜叉の姿が変わりだした。
母として妖かしになる前の若々しい姿、
そんな母に少女は生まれて初めての母の温もりを知った。あっというまの幸せなひと時。
やがて瑞光が消え、母の姿が光だす。
「あっ、母さま、いやだ、・・・どこにも行かないで」
母のやさしい手が少女の流す涙のあとを二回三回と拭いていく。
「わたしも・・・・わたしも、一緒に連れてって・・・」
「あきあ、母は我が子恋しさとはいえ、多くの人を殺めてきました。
その罪は消えません。母は天に上ってその人達に償いをします。
天からいつまでもあなたのことを見守っていますよ」
優しい母の笑顔が少女の心に刻みつけられる。
やがて母の姿が小さな光の玉となって天に上っていった。
★★★★
「カット!」
という声が聞こえてスタッフ達が緊張を解いた。
「フー」
全員が息を吐く。リハーサルとはいえ二人の演技の凄まじさ。
雪夜叉の早乙女薫と対等に・・・いやそれ以上の演技をしていた早瀬沙希というこの女性、
いったい何者なのか。素人なんてとても思えない。
スタッフの目がこの若い女性に集中する。
沙希は呆然と立っていた。
自分がいったい何をしていたのか覚えていないが、ただ何故か幸せの中にいたことは確かだった。
薫が沙希を抱きしめる。
「よくやったわね、沙希ちゃん。期待以上よ。いえ、想像を越えていたわ」
まゆみも律子も沙希をだきしめた。
「沙希、よかったわ。ほんとうに良かったわ」
という律子の声だが、沙希が小さな声で言ったのは
「律姉、わたしの胸がもう少し大きかったらなあ」
と胸を着物の上から両手で触っている。
「まあ、なんて子、こんなときに」
と律子が沙希の頭を軽く叩く。
「ホホホ、そうねえ、もしかしたら少しぐらいなんとかなるかもね」
「ほんとう?」
「本当よ、でも少しだけよ。あとは自然のままにね」
薫の手が沙希の頭を撫で上げる。先ほどの母の手と一緒だ。
「薫くん、本番はもっと先に延ばしたいんだ」
「えっ?」
「こんな舞台装置では駄目だ。君達の芝居に全然ついていっていない」
監督の言葉に薫が頷く。
「そうね、本当は映画にしてみたいわ」
「よし、考えてみよう。ところで、早瀬くん。君の役名なんだが」
「あきあ・・・」
「えっ?」
「あきあって名前なんです」
「あきあ?、変わった名前だね」
「このソフトをつくっているときからその名前で呼んでいたんです。
それに名前はゲームを買ってくれた人が各々でつけますから」
「あきあか、・・・うん、いいだろう。この主人公は”あきあ”でいこう」
車に乗ってすぐに薫の胸にもたれるように寝入ってしまった沙希。
両手は薫と律子にしっかり握られている。
「う~ん、本当に可愛いわ」
薫は空いている手で垂れている前髪をかきあげると
汗ばんだおでこに髪の毛がべったりと張り付いていた。
「ウフフ、赤ちゃんみたい」
バックからハンカチを取り出すとそっと汗をぬぐう。
そんな様子を律子は横眼でみていたが、もうすっかり敵意はなくなっていた。
「薫さん、沙希の男時代のお話してあげましょうか」
「男時代?」
「ええ、沙希の男時代ってもう箸にも棒にもかからなくて」
「そんなに悪かったの?」
「いいえ、人嫌いが激しかったんです。眼をみて話しをしない。
声が小さくて何を言ってるのかわからない。
ただ、コンピューターを扱ったら本当に凄かったんですよ。
だから、いつのまにか私、大好きになっていました。
でも、わたしには昔男にレイプされる過去をひきづってどうしてもこの人に告白できなかった。
それがいつのまにかこんなに可愛い女の子になっちゃって」
泣き笑いになった律子に薫が手を伸ばして肩をだきよせ沙希とともに律子も慈しむように
「いいわよ、ここで泣いて悪い思い出なんて流し出しちゃいなさい」
しばらく泣いてからやっと落ち着いたのか
「わたしさっきの沙希のお芝居みていて何故か
わたしの手が届かない遠くに行っちゃったみたいに思えたんです」
「そんなことないわ。沙希ちゃんは沙希ちゃんよ。
何も変わることがないのよ。だってさっき聞いていたでしょ
この子ったら演技の感想も言わないで乳房をもう少し大きくしてほしいって。
正直言って演技している途中から沙希ちゃんのこと怖くなっていたわ。
どんどん私にせまってきて追い抜こうとしてるもの。
いままでどんな有名な女優とお芝居しててもそんなことなかった。
沙希ちゃんのお芝居にどんどん引き込まれていくの。でも、今度の本番では負けないわ」
「薫のそんな言葉初めてきいたわね」
「まゆみ!駄目だからね。この子を女優に引き釣りこもうとしているでしょ」
「だってうちの事務所って薫だけでしょ。せっかく凄い戦力が
目の前にあるっていうのに手をこまねいてはいられないわ。
それにきっとスタッフの口からこの子のことがもれる。
よそのプロダクションに取られてなるものですか」
「ウフフ、まゆみさん、がんばってくださいね」
「あら、律子さんは反対しないの?」
「ええ、素人のわたしからみても、沙希は凄いって思いました。
有名な天才女優の早乙女薫とお芝居してても少しもひけをとらなかった。
それどころか・・・・・・・あっ!」
「いいわよ、遠慮しないでどんどん言っちゃっても」
「すいません。・・・わたし、途中からどんどん沙希のほうに引き込まれていきました。
こんな才能もってるなんて気づかなかった」
「本当にそう思う?」
「えっ」
「沙希ちゃんの才能に気づいていなかった?」
「どういうことですか?」
「だって沙希ちゃんってつい最近まで男だったんでしょ?」
「はい」
「今のこの子から男を感じる?」
「いいえ」
「律ちゃん、さっき言っていたわねえ。夢であった沙希ちゃんと同化したから
完璧な女性になっているって・・・・でも果たしてそれだけかしら」
「どういうことですか?」
「確かにそれで今の沙希ちゃんを論じるのって簡単よ。
でもこの子の才能って恐ろしいものだわ。長年女優をやっている私が震えるぐらいよ」
「沙希ってそんなに?」
「そうよ、この子って根っからの女優なの。
だから人を魅入らせる目を持っているのよ。・・・それに」
「それに?」
「この子の才能はわたしなんて足元にも及ばないわ」
「天才女優と言われる薫さんよりですか?」
「この子には演技の神様がついているのよ」
「薫!それって・・・・」
まゆみは呆然と薫の話を聞いている。
「でも、今のお仕事もやめて欲しくない」
「そうね。・・・・ああ、まいったな。わたしがこの子の大ファンになっちゃったわ」
「あっ、そういえば・・・・」
と通勤電車の中での増えつづける沙希のファンのことを話す。
「えっ!もうファンがいるの?」
「はい、女の子達はどういうわけか沙希にひきこまれていってしまって」
「まゆみ、こうなったら・・・・どうする?」
「もち、即契約よ。別に今の仕事を続けていてもいいわよ。そして、お芝居もね」
「まゆみ、今度の本番までにこの子の身体検査するわよ」
「わかったわ。澪さんのとこね。さあ、着いたわよ」
「あれ、ここって」
律子は周囲を見渡す。
「ふふふ、沙希ちゃん・・・沙希ちゃん・・・着いたわよ」
薫が沙希を身体を軽く揺すって声をかける。
「う~ん・・・」
といって両手を上げて伸びをすると目をパッチリとあける。
「あ~あ、良く寝ちゃった。・・・あれっ、ここって・・・」
沙希は律子と同じ反応をして車から飛び出した。