表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/41

第三部 第三話


いよいよ週明けには共演者や残りのスタッフ達が勢揃いし、

クランクインするという緊張感が漂う週末・・・・


でもこうしてBBXの作成作業に没頭する沙希を取り囲んで見守っていると

別の意味で撮影がもうすでに始まっており、沙希の動きに引き付けられている自分達を発見する。


午前中に町中や隣町まで足を伸ばしてべスが買いあさってきた部品を使って

BBXとBBXーⅡの制作を続ける沙希は、ただそれだけで完全に皆の目を奪い、

まるで主演女優としての演技を披露しているのだと思えてしまうのだ。


見る見る間に完成していくBBX・BBX-Ⅱの総数はもう既に25台づつ。

そのうちの各10台は静香達が日本に持ち帰り、

残りの各15台はジェシーと琴美がニューヨークに支店を構えた時に

ジェーンが送ることになっている。

ついでにこの2人の当面の暮らしはアパートになるが

ケイトのママが日本から帰って来しだいママの家に落ち着くことが決まった。


そういう訳で今日は朝から沙希がBBX制作にかかっている横で、

静香を中心に緒方翔、弓の姉妹、ジェシーと琴美の5人が

ニューヨーク支店を立ち上げてからの人事のことや、

取り扱う商品の説明、そして各商品の英語でのマニュアルつくり等を事細かく打ち合わせていた。


広い居間なのでこの家に滞在する他の全員が興味深々に立ち会っており、

その視線がどうしても沙希に集まってしまうのは仕方がない。


沙希がドライバーを置いて椅子の背もたれにもたれ掛かって大きく伸びをした。

「サキ!終わったの?」

ジェーンが声をかけると

「ええ、ママ。・・・だから外でハヤテと遊んできてもいい?」

と沙希が聞くのを

「それより沙希!・・・あんた夕べ台本もらったんでしょ」

とコーデリアが横から口を挟んだ。


その言葉をゆりあの通訳で聞いたひづるが

「コーデリア姉さん!・・・心配しなくてもいいわよ。

沙希姉さんなら台本なんて一度見るだけで全部覚えてしまうんだから・・・」

と言うのを目を丸くして聞く全員。


この農場で初めてルーク監督がこの1年獲得に奔走していた噂の日本女優を

目の当たりにした女性スタッフ達、その不思議な雰囲気に引き付けられ、ただただ見守るだけだ。


「それよりさ、サキ。これを見てくれない?」

とべスが取り出した1本のビデオ、

「何よ、それ・・・・」

「いいから、いいから・・・」

と居間のテレビに映しだされたそのビデオは

あのスーパーマンのいとこだというスーパーガールの物語・・・・


「このビデオがどうしたっていうの?」

「ミランダ達に聞いたんだけどサキが正体を隠して人を助けるのって

あの恐ろしげなマスクを被ってのことでしょ。

あれじゃあこのアメリカではとうてい受け居られないわ。

だからサキ!今度からアメリカでは何か起こったときはこのスーパーガールになってちょうだい」


「えっ?・・・私がスーパーガールに?・・・」

「そうよ、それが一番いいの。・・・そう思うでしょ、コーデリア!」

「べスの言う通りだわ。・・・・ねえ、サキ!早く変身してよ。私・・・もうワクワクものよ」


「もう・・・・しょうがないお姉さん達だこと」

といって周囲を見ると全員がこれからおこることを期待するような視線を沙希に向けているし、

沙希自身だって内心面白がっているのだ。


「やれやれ・・・・」

と沸き立つ心を抑えて沙希は立ち上がってからもう一度テレビ画面に目を移す。

スーパーガールに目を移してから唇を尖らして、立てた右手人差し指に2回3回と息を吹きかけると

沙希の姿がいきなりテレビの中のスーパーガールの姿に変わった。


金髪の碧眼で美人というより可愛いその姿・・・・

青いレオタードの胸の部分には赤い”S”のマーク、

赤いミニスカートに赤いブーツ・・・・そして真っ赤なマントは

スーパーガールそのもの・・・なんだかまぶしい・・・


「うわあ・・本物だわ。これって映画じゃないのね・・・」

と声をあげ飛び跳ねるスタッフの女性達。


「こんな姿になればどうしても飛んでみたくなっちゃう・・・」

といって表にかけ出る沙希・・・皆も・・・・一人残らずその後を追ったのはいうまでもない。


テレビのスーパーガールのように空に飛び立った沙希を

それっとばかりに車と用意してあったヘリコプターに飛び乗って追いかける

カメラマンやスタッフ達・・・

おとなしく家で待つのは嫌なのだがスタッフに託したモバイルでこの様子を見る事にした女性一同。


「沙希ちゃんの行く先々には、きっとドキドキする事件が起こるのよね」

そう静香が声をあげたがアメリカにきた早々におこった事件を思うと成るほどと納得せざるをえない。

そして例外なくそんな出来事がヘリに乗るスタッフが持つモバイルから映し出されてきた。


この町の横を通るハイウエイ・・・その道路をぶっ飛ばす1台の車。

よく見るとその後ろからサイレンを鳴らして、3台のハイウエイパトロールカーが追っていく。

ニュースでよく見るカーチェイスをやっているのだ。


追われる白い乗用車は前を走る車を走行車線・・・

追い抜き車線と急ハンドルでかわしながら逃走しているので

モバイルから映し出されるその映像にハラハラしながら息を飲む皆。


祈りも空しくとうとう事故がおこってしまった。

逃走車に前に割り込まれた車が慌てて急ブレーキをかけた結果、

ガードレールに車体をこすりながら火花をまき散らし、

そして2回3回と横転して崖下へ落ちていく。


そんなドキドキする映像の中に飛び込んできたのが

赤と青のコントラストの衣装の・・・・そうスーパーガールだ。

3台のうちのパトカー1台だけが逃走車を追いかけていき、

あとの2台が急停車して事故をおこした車の運転者を助けるために

警察官4人が崖下に降りようとしていた。

早く助けなければガソリンに引火して大爆発を起こしてしまう。


そんな警官達の目の前にスーパーガールが現れ、

それはそれは現実としてありえない奇跡を目撃にすることになった。

警官達は顔を見合わせて呆然と固まる。


逆さになった車のドアを人差し指を曲げるだけで『バ~ン!』と吹き飛ばし、

その中からブロンドの髪から血を流した女性を助け出して抱きかかえながら

警官に向かって飛んできた。


「伏せて!・・・爆発するわ!」

というスーパーガールの大声に慌てて地面に伏せる4人の警官。

・・・そして同時に車の大爆発が起こった。

『バラバラ・・・・・』と車の破片が道に散らばり落ちる音がする。

しばらくしてゆっくりと顔をあげる警官達が目にしたものは

燃え上がる炎と負傷した女性を抱えたスーパーガールが警官達のそばに膝をおろしている姿だ。

そして金色に光る半円の透明なバリアが自分たちを被っていた。


スーパーガールが指を鳴らすと金色のバリアが消え、

「もう立ち上がっていいわよ」

という声に恐る恐る立ち上がる警官達。

後続の車もそれぞれハザードランプをつけて停まっていて、

今は目の前の様子を車中の人々は興味津々というより、茫然自失という感じで見ている。


「あっ!・・・早く救急車を・・・・・」

と警官の一人がスーパーガールが抱きかかえているブロンドの女性を見て

慌ててパトカー近くに伏せている仲間の警官に叫んだ。

額から流れる血や反対に折れ曲がった足・・・その怪我の酷さを知ったからだ。

パトカーに走る警官・・・その後ろから

「その前にコップはありませんか?」

「コップ?」

スーパーガールの言葉に何をいっているのかと不信げだった警官達だが

そばに停まった撮影スタッフの車からスタッフの一人が走り寄って来た。

「これを・・・・・」

と紙コップをスタッフから渡されたスーパーガールは紙コップをジッと見つめた。


すると不思議なことに空のコップの底からブクブクと透明な液体が湧き出てきたのだ。

スーパーガールは満タンになったそのコップを

ブロンドの女性の口に当てて飲まそうとするが

事故の大怪我で失神しているせいで何の反応もない。

そこでスーパーガールはコップから半分ぐらいを口に含み

失神している女性に直接口付けをして液体を飲ませようとした。

しばらく無反応だったが唇を合わせあっているせいで苦しくなったのか

無意識にゴクゴクを喉が2回ほど鳴って液を飲み込んだ。


するとどうであろう・・血が流れ出していた傷がみるみる塞がっていき、

へんな方向に折れ曲がっていた両足が正常な形で治癒していく。

これを目撃した警官や野次馬達はもう呆然自失・・・十字をきる人もいた。

驚かなかったのはスタッフ達だけだ。


「誰か下に敷くものを!」

というスーパーガールの声に今度は警官が真っ先に反応した。

パトカーのトランクをあけて2枚の毛布を取り出し、急いでスーパーガールに渡す。

1枚の毛布は地面に敷きその上にブロンドの女性を寝かせるともう1枚の毛布を彼女に被せる。


そして立ち上がったスーパーガールは警官に

「これで大丈夫です。けれどかなりの出血をしていますので

救急車がきたら輸血をするよう言ってください」

「わかりました・・・で、あなたは?」

「これからあの車を追いかけます」


「サ・・・いえ、スーパーガール!・・・

ヘリからの無線ではまだカーチェイスが続いているそうです!」

大きな声がスタッフの乗る4WD車から聞こえてきた。

「判ったわ!」

といってスーっと飛び上がっていく。・・・もう口が開いたままだ。

ただスタッフが乗った車だけは見逃さないように真っ先に走りだし、

・・・・・そしてこの一部始終を見ていドライバー達が慌ててその後を追い始めた。

こんな・・・こんな・・・・不思議でワクワクするものを見逃してなるものか。


逃走車は盗難されたものだった。

金欲しさに車を盗んだ若者だが、その運転の腕はたいしたものだ。

パトカー1台の追跡だけではどうにもならなく、

応援を呼んだがまだ姿を見せないし、

100mほど先を走る逃走車とパトカーの間隔が縮まらない。


そのパトカーの上空を物凄い勢い・・・弾丸のように飛んで行くスーパーガール。

ずっと逃走車を追いかけていたヘリコプターからは

眼下のスーパーガールと逃走車の様子が手を取るように見える。

無論この様子は映画カメラに映され、モバイルからも家に待つ女達に映像が配信されているのだ。


スーパーガールは逃走車より約100m前方に飛び去るとスピードを落とし

地上2mほどのところでUターンすると逃走車に向かう。

慌ててジグザグに運転を始めていたが時既に遅く、

スーパーガールの手から出た青い光線が逃走車を包み込みこんだ。

すると『ガクン』と急激にスピードを落とした逃走車は

腰に両手を置いて立っているスーパーガールの前にゆらゆらと進んできた。


それもそのはず地上1mの空中に浮き上がった逃走車が

それまでの速度の惰性で急激に止まれず

空気抵抗でスピードを落としてせまってきたのだ。

バンパーに左手を添えて完全に停止させたスーパーガールは

右手の親指の爪を弾くと車の4本のタイヤのナットが全て回り始め、

地上に落ちるとそれと共に4本のタイヤ共車から外れた。


ゆっくりと地上に降りる盗難車。運転席の犯人は逃れようと必死になってドアを押していたが

スーパーガールが犯人に向かって手を上げると

まるで透明のロープに縛られたように身体を硬直させて運転席の背もたれに身体を倒した。


そこにパトカーの警官達がかけつけ、

前方からも多くのパトカーのサイレンと赤と青のパトライトが見えるし

後ろからは競り合うようにして野次馬と化した車の群れが追いついてきた。


「さあ、メグ。犯人を引き渡すわね」

とスーパーガールが指を鳴らすと運転手側のドアが『バタン』というように開き、

犯人の男が横倒しのまま宙に浮いて出てきた。

『メグ』と呼ばれた婦人警官が一瞬驚いた目でスーパーガールを見たが

それより目の前の起こる衝撃的な出来事に目を奪われてしまい、

いきなり自分の名前を呼ばれた不思議は忘れてしまった。


運転席から出てきた犯人は地上1ヤードの宙をうつ伏せにされて、

その上後ろ手の姿勢で自分の方に向かってきたのだ。

まるで水面を進む流木のようだ。目の前に来て慌てて背中の腕に手錠をはめてホッと息をつく。

何やら大きな仕事を終えたような心境になっていた。


スーパーガールはにっこり笑うとそんなメグ・レバン婦人警官に

「じゃあ、後はよろしくね」

と言って飛び立つ。あっけにとられて見上げる警官たち・・・・・そして野次馬の群れ・・・・・。

こんな地方の話だけれどアメリカ中の・・・

いや世界中のセンセーショナルな話題になるのは時間はかかるまい。


                     ★


ルーク監督の家の庭に降り立ったとき、沙希の姿は元に戻っていた。

でもモバイルの中継のおかげで家に残っていた者全てが庭に出て沙希を出迎えたのはいうまでもない。


「サキ!・・・派手だったわねえ・・・・」

「私、スーパーガールが誰かってわかっているのにまるで映画の世界に引き込まれていたわ。

映画の製作に関わっているのにまるで素人ね・・・」

「サキ!これって・・・大変なことになると思うわよ」

「大変って?・・・・」

「だって、ありえないことが起きたのよ。この町に世界中の目が集まると思うよ。

それにきっとあらゆるマスコミが集まってくるに違いないわ」


「私、いけなかったかなあ・・・・」

「ううん、そんなことない。だって、サキがいなかったら

あの被害を受けた女性はきっと死んでいたでしょうね」

「そうよ。サキは気にすることないよ」

「そうね、あの女性はスーパーガールに感謝しているわね」


「まあ、何にせよ。この小さな町に世界中の関心が集まるって

かってなかったことだし、わしも望んでいたことなんだ」

「どういうこと?・・・パパ」

「サキ!わしが知る限りこの町には観光名所なんて呼べるものは一つもないんだ。

テキサスのひとつの町というだけでは人を呼ぶことはできない。

だからわしはここで映画を撮って少しは町の為に役立とうと思ったんだよ」

「へえ・・・・そうなの」


広い居間のソファに座ったサキを中心にこうして話に花を咲かす

映画のクランクインまでのゆったりとくつろげる残り少ない時間。

今夕から集まってくるであろう共演者や他のスタッフ達全員・・・・

それを思うとこうして間近でサキを見つめられる幸せ・・・

少しでも長く・・・・と思うのは至極当然のことだ。


こうして皆が見つめるサキは本当に開けっぴろげだ。

その陰りのない優しい笑顔は男女の関係なく引き付けずにはいられなかった。

この場にいる幸せは何物にも変えられない。

そしてこれから共有できる時間に一体どんなことがあるのか

わくわくドキドキ感が段々と大きくなってきた。


そして夕方になった。飛行機や車で出演者達が除々に集まってくる。

そんな彼らの目に入ってくるのが裸馬に乗り凄いスピードで

走り回ったり曲乗りをする少年のようだが栗色の長い髪が流れるようにたなびく少女の姿・・・・

全く・・・立ち止まったまま動けなってしまうドキっとする光景だ。


少女は木に手綱をかけ庭と牧場の境にある少女より背の高い垣根を一瞬に飛び越えて走りよってくる。

目を丸くするのは沙希のことを何も知らぬ彼ら達・・・。


「なあに?パパ?・・・・」

「サキ!・・・・皆揃ったようだから戻っておいで・・・」

「はあい」

と返事をしてから小指を口に入れて『ピー』と鳴らすと

大人しく繋がされていた若馬が首を勢い良く振って手綱を木から放すと

垣根を飛び越えて少女の元にやってきた。


それはそれは映画の世界にいる彼らにとっても見ほれてしまう鮮やかさだ。

少女はヒラリと若馬に飛び乗ると手綱を操り再び垣根を飛び越えると厩舎の方にかけて行く。

本当に絵になる・・・・・そんな思いが誰もの胸に焼き付けられた。


「あの子が?・・・・・」

そんな囁きが広がっていく。


結局、今日初めてあった彼ら彼女らに正式に主演女優のサキ・ハヤセ、

・・・アキア・ヒノを紹介したのはゆっくりと各々の部屋で体を休め

色とりどりのドレスやタキシードに着替えた皆がパーティー会場となる大広間に集まった時だった。


人が持つ嫉妬やあらゆる欲望が渦巻き・・・鋭い眼光が周囲を飛び交う緊張感・・・

アキア・ヒノを知らぬ人たちが持つ当然の心理といえよう。


けれどサキを良く知る人たちは皆知っていた。

パーティの終わる頃にはそんな心理なんて霧散しているだろうってことを・・・


黒いタキシードに身を包んだジョージ・ルーク監督と

腕を組んで出てきた先ほどの少女・・・・がパーティ会場に入ってきた。

薄いピンクのドレスがその可憐さを引き立て、

背の低さなど微塵にも思えなくなるその圧倒的な存在感・・・

そしてその表情に浮かぶ優しい笑顔が皆を温かく包んで離さなくなる。


後ろに続く皆も知る監督の妻、ジェーンとその娘ジェシーが監督の腕から少女を奪い去り、

しっかりと腕を組み片時も離さないし離れもしない。

苦笑いを浮かべながらも皆にアキア・ヒノを紹介するルーク監督。


「ここにいるほとんどの者は知っているが今日初めて会った者に紹介しておくよ。

私がこの1年間懇願してようやく願いがかなって私の映画に主演してくれることになった

日本の女優アキア・ヒノ・・・・本名サキ・ハヤセだ。アキア・・・・」

とルーク監督に促されて

「アキア・ヒノです。これからクランクアップの日までお世話をかけると思いますが

よろしくお願いします」

と挨拶した沙希・・・と、その身に針のように降り注ぐ鋭い視線・・・・

でも良く見ていると沙希がとっても面白がっているのがよくわかる。


ルーク監督の下には女優や男優達が挨拶に集まってきた。

そんな彼ら、そばにいる沙希に対してはお愛想ともいえる笑いをしたり、

『フン』と鼻であしらう若き女優達・・・・

こうして輪の圏外から見ている沙希を良く知る者達にとって、

沙希の誰にも比較出来ぬ才能を思うと、

そんな共演者達の態度が馬鹿馬鹿しく本当につまらない人間に思えてくる。


だからかいきなりコーデリアがツカツカと彼らを分け入って行き、

「ねえ、ジョージ。サキの紹介ってこんなの意味ないわよ。

それより今日まで撮影していたサキのフィルムを見せてくださらない?」

「わかってるよ、コーデリア!わしだってこんな茶番面白くないからね。

面白がっているのはサキだけだろうよ」

と二人してふりむくとジェーンとジェシーに両腕をとられてニコニコと笑っている沙希がいる。

本当に楽しそうだ。

そんな沙希を見ていると溜まった鬱憤がいきなり消えうせる。

コーデリアにとって本当に恋しくて可愛いハンサムガールだ。


そんな沙希にルーク監督は

「サキ!今から君の今までのフィルムを皆に見せるよ」

「だってパパ・・・それって・・・」

「いや、君が反対してもサキを知ってもらうにはこれが一番だからね。

それにこれから始まる撮影の現場をスムースにしたいんだ」

「わかったわ、パパ・・・・」


「スタッフ達が今準備しているから、それまでの間サキの笛を聞かしてくれないか」

「横笛を?・・・」

「そう、出来れば『ショウリュウマル』で出来ないかな」

「いいわよ、パパ・・・じゃあ、ママもジェシー姉さんも座っていて・・・・」

その声で壁際に置かれていた椅子を瑞穂とゆりあが持ってきて二人を座らせた。


この様子を何事かと今日来たばかりの共演者とスタッフがジッと見つめる。

沙希が両手の平を上に向けて前に伸ばすと忽然と現れる1本の笛・・・

「ええ~~?!・・・」

と声をあげる何も知らぬ共演者とスタッフ達。後ずさる者、

立っていられなくて座り込んでしまう者・・・・

でもこんな様子を見て沙希を良く知る多くの者たちはニヤニヤ笑っているだけだ。

サキを知らぬ者が最初に持つ驚愕と恐れ・・・

でも沙希のことを知れば知るほど沙希に夢中になっている自分に気づく。

これは日本でもアメリカでも変わらない。特に女性達にはもうたまらない存在なのだ。


沙希は目を閉じ、静かに唇に笛をあてた。

そこから流れ出した笛の音・・・聞いたとたん、ゾゾ~と血液が引き、

そして凍るような感覚が全身を覆い震えが止まらない。

一体これって・・いずれも生まれて初めて味合う感覚なのだ。

特に音楽担当プロデューサーは初めてあったこの天才にもう夢中になってしまった。


窓の外では暗闇の中で小さな光・・・・たくさんの光がまるで蛍の光のように天に上っていく。

土着の魂が天にかえっていくのだ。


笛の音が細く細く消えていった。

シーンと静まり返るパーティー会場・・・と突然皆が立ち上がった。

不思議そうに周りを見回し・・・そしていきなり盛大な拍手が持ち上がった。


沙希はその場で何度も何度もお辞儀をする。

ニコニコ笑うその笑顔・・・・初めて真剣に沙希を見詰める者たち・・・

まずはその笑顔に参ってしまった。


「監督!・・・この女性は?・・・・」

とルーク監督のところに急いで近づいてきたのは今日来たばかりの共演者である男優トム・ヨークだ。

彼は映画や舞台で活躍する名バイプレーヤーだ。

アメリカインディアンの父と香港の母との間に生まれたハーフといわれている。


「どうしたんだい?・・・トム」

「いえ監督、この女性のこと知りたいんです」

「サキのことか・・・サキのことは先ほど紹介しただろう」

「いえ、この女性をもっと知りたいんです」

「それを知ってどうするんだい?」

「いえ、私の祖父に聞いたスー族に伝わる伝説のことを思い出したんです」

「伝説?・・・君のおじいさんって確か・・・・」

「ええ、スー族の酋長でした。高齢ですが今も健在です。

このテキサスの山奥で隠居生活をしています」

「伝説って?・・・・いやその話は後でだ。

なあ、皆聞いてくれ!・・・今のはサキのパワーと才能の一端だ。

今からフィルムをみせる。スタッフ達が毎日サキをとりつづけているノンフィクションのフィルムだ。

それを見てこの映画を降りるといえば引止めはしない。

帰ってもらって結構だ」


その時ルーク監督の背後から

「あら・・・」

と声が聞こえた。皆が視線を向けると白いつば広帽子にシックな薄いピンクのツーピースを着た

清楚な女性が立っていたからだ。


「あっ、君は!・・・・」

「パパ、いいわよ」

と言ってツカツカとその女性に近づいていく沙希。その女性の前でスカートを持って腰をかがめる。

ケイセル・モーガン米大統領と初めて会った時と同じだ。

そしてフランス語を知るものには判ったが

沙希が見事なフランス語で挨拶をすると女性は一瞬驚いた顔をしたが、

「おお~」

といって大きな笑顔で沙希に抱きついてキスをする女性。

沙希も負けずにキスをかえす。


そして沙希は女性の後ろのほうに声をかけた。

「沙里奈姉さん、始めまして・・・」

と日本語で言ってから振り返って杏奈に声をかける。

「杏姉!沙里奈姉さんよ!」


「ええ~!・・・・」

といって声を上げて前に出てくる杏奈。

この様子はゆりあと翔と弓が英語で通訳しているから皆奇異な目で見つめている。

さすがに3人ともフランス語が出来ないので沙希と女性の会話は不明だ。


女性の後ろからショートカットの女性が現れた。

「杏奈?・・・・」

「あっ!沙里奈姉さん!」

走ってきて飛び込むように抱きつく杏奈。


しばらく抱き合っていたが沙里奈が両手で杏奈の肩を持って顔が良く見えるよう二人の間隔をあける。

「杏奈!あなた変わったわね。きれいになったわ。

目も生き生きしている・・・余程毎日が張り合いがあるようね」

「ええ、毎日が楽しくて仕方がないの。でも姉さんもきれいになったわ」


「杏姉!」

「なあに、沙希!」

「沙里奈姉さんとの積もるお話はいっぱいあるでしょ。

あとで私もお話に加えてね・・・さあ、あちらでお話してきて。

私はこの方を皆に紹介するから・・・・」

「わかったわ、じゃあ後でね」


そんな二人に不振そうな顔をする沙里奈・・・・

そんな沙里奈をパーティ会場の隅に連れて行く杏奈。時々

「ええ~・・・妹?・・・・そんなあ・・・父親?・・・」

チラチラ沙希を振り返りながら杏奈に連れて行かれる沙里奈。


にっこりと笑いながら沙希は二人を見ていたが

その笑顔で今度はパーティー会場を見回した。

「皆さん、ご紹介します。フランスの天才女優のソフィー・ジュランさんです。

彼女は若いころからトップモデルとして活躍され、

現在は女優に転向されたことは皆さんもご存知だとおもいます。

そして、フランスのジュラン首相のお嬢様としても良く知られています」

そう話を切ると皆立ち上がって拍手をする。


ルーク監督が寄ってきて握手をするとソフィーが抱きつく。

そしてすぐに沙希の手を握ってから皆に礼をするのだ。

ソフィーも会ったばかりなのに沙希に何を感じたのか・・・・。


沙希がソフィーをジェーンとジェシーのところに連れて行き紹介すると

4人仲良く腰をかけて歓談するのにそんなに時間はいらなかった。


「さて、皆。試写の準備が出来たようだ。

撮影したノンフィクションだ。どうしてそんことをするのか今は判らないだろうが

フィルムを見てもらえば納得するとおもう。

トム!君の質問の答えもこのフィルムの中にある。じゅあしばらくの間よろしく」


それはこのテキサスに飛行機が着いたところから始まった。


                    ★★


薄暗い厩舎の中だが、奥に進むアキア。その後ろからこっそりと近づく大男。


見ている皆に最初から手に汗を握るシーンからはじまった試写。


大男が飛び掛る瞬間、

「きゃあ!」

「ああ~・・・」

と悲鳴がパーティ会場から上がる。


だがアキアの強烈な肘鉄と首投げで大男が気絶すると

「おお~・・・」

と言って拍手が起きたが片手で軽々と大男の襟首をつかんで運んでいくのに

至っては声を飲み込んでしまった。でもそんなことはただの序章でしかなかった。


フィルムが進むにつれ沙希の両側に座るソフィーとジェシーは

握った沙希の手を固く握ったままもう離そうとしない。


フィルムはどんどん進む。無論撮影したすべてを試写しているわけではない。

でもアキア・ヒノを知るには適切なものだった。

そしてレッドの母を見つけるためにアキアの体から現れたシキという東洋の神秘。

ノワケと呼ばれるペガサス・・・本当にSFを見ているようだ。


その中で笑ったのはあの大きな丸い岩をアキアが蹴りつぶしたあとだ。

「あ~っスッキリした!!」

その行為がとんでもなく凄いものだったから余計に笑えた。


驚きはまだ続く。

アキアの作った素晴らしい機器を手に入れるために集まったいろんな国の人々、

モーガン大統領がいたのにはもう声も出ない。

そして休憩時間での『ステーション』とよばれる乗り物・・・・


「うわ~~」

という声が上がったのは、アキアが飛び上がった瞬間だ。

「スーパーガールだ!」

そんな声が上がるのは当然だった。


そして

「あれは絶対に買うわ」

とパーティー会場から声が湧き上がったのはBBXの紹介があったときだ。

飛行場にバリアーが張られたときは最高潮にもりあがった。


このはしょった1時間の試写の時間、皆どっと汗をかき疲れきってしまった。

でも、最後に見せられたフィルムの中身には体が全く動かなくなる。今まで見た以上の衝撃だった。

アキアがスーパーガールに変身して交通事故の女性を助けたり車泥棒を捕まえたのだ。

ショックだったのは足が折れ曲がったあんな凄い怪我をスーパーガールが

飲ました液体できれいに治したことだ。本当に神を見ているようだ。


試写が終わってパーティー会場に照明がついても誰も声を上げるものはいない。

完全に固まってしまっている。


仕方がないのでルーク監督が立ち上がってスクリーンの前で声をあげた。

「諸君に知ってもらえたと思う。

これがわしが1年前から求め続けた天才女優アキアのノンフィクションのフィルムだ。

正真正銘であることはアキアを知るスタッフ達が証明してくれる。

どうしてアキアを撮り続けているかは日本でもそうだったが

どういうわけかアキアが動くと事件に巻き込まれるんだ。

アキアが事件を呼ぶのか、事件がアキアを呼ぶのか・・・両方だろうなあ。

だから手を惜しみなくスタッフを動員してアキアを撮り続けている」


「ジョージ!ということは、これからも何かあるってことですか?」

「そうだ!これからも手をゆるめないで撮影していく」

「監督!俺、応援するよ・・・・いや、出来れば何か手伝わせてほしい」

「なんだ君達もなのか」

「あたりまえじゃあないですか。こんなワクワクすること生まれて初めてですよ。

彼女と共演するのも、こうして映画の撮影に一緒に出来るのも幸運としかいえません・・・

でもそんなに事件って・・・大丈夫なんですか?」


「フフフ・・・心配ないよ。君達、アキアが合衆国に来てどれぐらい経ったと思う?

まだ2週間も経っていないんだよ。その間に大きな事件が2件だ・・・」

「パパ!私のこと言うのその辺でやめて!」

「そうはいかない、サキ!・・・

明日のクランクインからクランクアップまではここにいる全員が家族なのさ。

いい映画を撮るためには隠し事はしない。これがわしの映画作りの信念なんだ。

だから君の事は全て知っておく必要がある。それに私が選んだ俳優やスタッフ達だよ。

君のこと公表したりしない」

「そうだよ、アキア。心配しないでいいよ」

「そうよ、約束するわ。それより映画作りがんばりましょうよ」


「わかったわ、パパ・・・・そしてみなさん・・・・」


「それで2件の事件て何ですか?」

「1件目はいまだにニュースでやっているハワイの飛行機爆発事件さ」

「ああ・・・異次元へ行って助かったというあの事件ですか・・・・

全くの眉唾物って思っていたけれど、そうかアキアだったら・・・・」

「それで監督!もう1件は?」

「そこにいるマチルダの屋敷が強盗に襲われたことさ」

「あの事件もですか?」

「そうだよ、そしてマチルダの周りにいるのはマチルダのSPだ。

ちなみにアキアの周りを囲むのはアキアのSPなんだよ」


「アキアのSP?・・・

あっ、そうか。大統領もアキアに会いにくるぐらいの素晴らしい発明があるからか・・・・。

でも、監督!SF作家のマチルダ・イルダにSPってどういうことですか?」

ルーク監督はニッコリと笑って

「マチルダがファーストレディだからさ」


「ええ~?!・・・」

と立ち上がるのは何も知らなかった者達だ。スタッフもほとんどの者が知らなかった。

呆然とマチルダを見ていたが、そのうち自然と拍手が起こりだす。

マチルダも立ち上がって皆に礼をかえす。


「でも明日のクランクインって・・・何だかワクワクするよ」

「アキアがいるし、その上ファーストレディか・・・凄いなあ」


「監督!」

「何だい、コーデリア?」

「明日のクランクインの日に例のあれをやってみたいんです」

「例のあれ?」

「ええ、女優だけでのドラマつくりを・・・・」

「ほう・・・・で、どうするつもりなんだい?」

「やってもいいなら、心づもりを話しますけど・・・」

ルーク監督はニヤリと笑って

「いいよ、わしも見てみたい」


「じゃあ、あのビデオをもう一度見せてもらえますか?」

「すぐに準備するよ」

「OK!」

と言って立ち上がったコーデリアが

「何をするかはこれからジョージがビデオを見せてくれるわ。それを見てから詳しく話すね」


「いいよ!準備できたよ、コーデリア」

「じゃあ、お願いね」


女優達でつくったドラマがこうして上映された。

”天聖ルナ”英語の字幕で始まったこのドラマ、

監督とコーデリアだけの話で始まった上映会は何も知らぬ俳優達に

不信感を与えていたがそれは最初だけでドラマの中に引き込まれていく。


日常の学校生活・・・・主役の『レイナ・ホシ』がいきいきと描かれていた。

そして彼ら彼女らは知った。ここにいるアキア・ヒノのとんでもない才能を・・・

その上あと2人の天才の演技にも引き込まれていく。


上映が終わった。監督がスクリーンの前に立ちこう言った。

「諸君!今みたとおりだ。アキアの背筋の凍るような演技を知ってもらえたと思う。

けれどこのドラマが女優達だけで、

しかもシナリオなしのアドリブだけで演じられているといえばどう思う?」


「アドリブだけで?・・・そんな馬鹿な!」

「これ、りっぱにドラマとして成立しているじゃないですか、それを女優だけで?」


「わしは、この目で見たんだ。

アキアが若い素人同然の女優達をドラマの世界に引き込んでドラマを完成した。

ヒヅル・アマギ立ってくれないか」


隣にいる緒方翔に通訳されてひづるが立ち上がった。


「ここにいるヒヅル・アマギは日本で天才といわれる子役だ。

彼女はこのドラマに出ているし、明日からの映画にもキャスティングされている。

ヒヅル!君はこのドラマに出てどう思った?」


「わたしは奇跡だとおもいました。でもあきあ姉さんのことを思えば当然だったんです。

だってあきあ姉さんのこと日本では『演技の神様がついている』とか

『日野あきあが演技をすれば全て本物になる』って言われているんですもの」


「その通りなんだ。皆にはアキアの震えるような演技力を知ってもらえたと思う。

その上彼女は日本の舞の名人でもあり、わしらはそれを撮影した」

「日本のダンス?・・・・監督!そんなこと聞いていませんよ!」

コーデリアが目を光らせて聞く。

何しろサキと知り合ってからはもう彼女に夢中なのだ。だから何もかも知っておきたい。


「すまんすまん。何しろサキにはいろんなことがありすぎるので

全てを1度に伝えることは不可能なんだ。わしらは・・・」

「わしら?・・・・」

「わしとスタッフのチームという意味だよ、なあ」

「はい!もうそれはそれは凄い経験をさせていただきました」

「あんなこと2度とないと思ってましたけど、

さすがはアキア!もう毎日毎日が充実して・・・たまらないッス」

スタッフ達が口々に言う。


「わしらチームはアキアのマイを日本の小野監督のチームとは分かれて撮影したのだ。

つまり日本とアメリカとは見方感じ方が違うだろうということで別々に撮影したんだよ」

「監督!それって・・・・」

「ああ、日本ではもう販売されている。世界ではもうすぐだ。

そしてわしはまだサキには言ってなかったが

このアメリカでマイを踊ってもらいたいと思って1日だけカーネギーホールを押さえてあるんだ」

「うお~~・・・」

とうなり声があがる。


「監督!チケットの販売は?」

「それはまだだよ。・・・サキ!君には内緒にしていて悪かったと思っている」

「パパ!そんなこといいの。でもこのアメリカで舞えるの?」

「ああ、そうだよ。

でもそれを早く発表すればツアーを組んだ日本からの客に全てのチケットを奪われかねない」

「ジョージ!そんなに?・・・」

「そうだよ。だからまだ発表しないしチケットも販売しない」

「そんなプレミアチケットあるんだ・・・絶対ゆずってよね、ジョージ!」

「判っているよ、ここにいるもの優先だよ」


「やった~~」

という叫び声。


「それではコーデリア、後はまかせるよ」

「ええ、わかったわ」

と立ち上がった。


「皆!・・・今ビデオを見てもらって判ったと思うわ。

いくらアキアに引っ張られたとはいえ相手はまだ素人同然の若い女優よ。

私達はハリウッドで、舞台でもまれてきた女優よ。

負けるなんて出来ない。ねえ、そう思うでしょ」

「そうよ、私にもプライドがあるわ」

「私だって・・・」

「ソフィーはどうなの?」


「私、フランスの女優代表として負けるなんて出来るもんですか」

「私もコーデリア・ビーナスの名前にかけて『ティーチャー』役のカオル・サオトメと勝負よ」

「あら、私もよ」

とソフィー。


「アキアと勝負をしないの?」

「だって勝てっこないもの。アキアは別格よ。

この子と勝負しようってこと神と勝負しょうってことと同じだもの」

「ソフィーもわかっているわね」


「私はあの子と勝負するわ」

「私もよ」

と女優達が指さすのは天城ひづるだ。


こうしてアメリカの女優達に指摘されるひづるも天才と言われる女優だ。

不敵に笑いを浮かべてかかっていらっしゃいと女優達を眺める。


「サキ!あなたにお願いがあるの」

「なあに、コーデリア」

「勝負の舞台として都会のカフェを設定したいの。

あなたのその不思議なパワーでその舞台を出せる?」

「カフェ?・・・・いいわよ」

「OK!じゃあ、私の考えをいうわね。

今言ったように場所の設定はニューヨークのカフェ。

各々が人物設定をしてジョージに知らせておくこと。

この舞台に上がれるのは女優だけよ」


「ねえ、コーデリア!私も口をだしていい?」

「サキ!何かいうことある?」

「その舞台もう少し細かい設定をしていい?」

「何か考えがあるの?」

「ええ、一人男優さんに手伝ってほしいわ」

とパーティー会場を見渡す。


「トム!あなたに手伝ってほしいんだけど」

「わたしが?・・・・別にいいけど」

「じゃあ、トムがそのカフェテリアのオーナーで私のパパよ。

私は高校に行きながらお店を手伝ってウエイトレスをしているの。

そして皆はそのカフェに良く来る顔見知りのお客ってのはどうお?」


「いいわね、それ。演技がやりやすくなったわ」

「おいおい、俺達も手伝えないのか」

「えっとそれは・・・・」

口ごもるコーデリア。


「手伝えるわよ」

という沙希に皆の目が集まる。


「その前にこの舞台に上がる女優さん!手を上げて!」

女優全員が手を上げた。

「OK!16人ね。ひづるちゃんは父親の転勤で初めてアメリカにやってきて

まだ英語を話せない留学生ね。だから日本語でいいわよ。通訳はゆり姉!お願いね。

ひづるちゃん以外の私も入れての15名と男優さん15名とペアになるのよ。

男優さんの数のほうが多いので喧嘩しないようにクジ引きよ。

そしてどの女優さんとぺアになるのかもクジで決めるの」


「それからどうするんですか?」

なんかワクワクする。


「勿論、男優さんは舞台に上がることはないわ。

ただ舞台上の女優さんと電話でやりとりをするだけ。

電話の内容は仕事の話でも良いし、デートの話でもいい。

女優さんがその場の心の状態で話をするから電話が続くようにしてほしいの。

男優さんに話の内容を選択する権利はなし、

だから彼女の話の内容を把握しなければ話は続かないわよ。

女優さんは電話の話が続かなくてもそのまま話をしていていいけど、

ルーク監督とゴードンプロデューサーが駄目だと判断すれば

その女優さんは舞台を退かなければならない・・・これでどうお?」


「もう・・・サキって本当に天才ね。・・・ねえ皆、今のサキの話でいい?」

「OKよ・・・」

「いいわよ」


男優達がクジ引きに一喜一憂している間にジェシーとソフィーの間に座る

沙希のもとに杏奈が沙里奈を連れてきた。

「沙希!」

「なあに?杏姉・・・」

「沙里奈姉さんが沙希に話があるんだって?」


「沙希って呼んでもいい?」

「あたりまえじゃないの、あなたは私の姉さんなのよ」

「姉さんって言ってくれるの?」

「ええ」

といって立ち上がって沙里奈に沙希が抱きついた。

横で通訳する緒方弓も明るい笑顔で二人を見つめている。


                      ★★★


ドアのノックの音で目覚めた沙希が

「う~ん」

とひと息、伸びをすると

「どうぞ」

と声をかける。


入ってきたのはミランダ達6人のSPだ。

「おはよう沙希!」

「おはよう、皆!」

「昨日は大変だったわね」

「皆もそうじゃない?」

「私達は昨日は完全に傍観者だったわ」

「たまにはよかったでしょ」

そういう沙希にミランダは

「沙希!久しぶりに元気をちょうだい!」


「いいわよ」

と両手を広げる沙希。

その上から覆い被さるようにミランダがキスをする。

元気になったら交代だ。

「沙希!入るわよ」

と声をかけて次に入ってきたのは

杏奈と沙里奈の姉妹だ。


部屋の中の様子を見て

「あらあらやっているわね」

といって笑うのは杏奈だが沙里奈は驚いて体を固くする。

沙里奈もパリに長年住んでいるが頬やおでこにキスをするのは常識だが

恋人でもないのにましてや女性同士?でこうして目の前で濃厚なキスを見るのは初めてだ。


「次は私ね」

とツカツカと寝ている沙希に抱きつく杏奈。

「今日1日の元気をちょうだい」

といってキスをするのだ。

不思議な事に昨日の疲れで目の下に隈をつくっていた杏奈なのに

急に元気に跳ね起きた杏奈にはもう疲れの象徴などどこにもなかった。

そこにあるのは晴れやかな笑顔だけだ。


「さあ、姉さんも沙希に元気をもらいなさい。パリからの旅の疲れなんて消えてしまうわよ」

と杏奈に言われ沙希に近づいていった。


「あら、皆早いわね」

という声で沙里奈が振り返ると昨日紹介されたコーデリア・ビーナスが

数人の女性を連れてたっている。

その中に沙里奈がファッションアドバイザーとして雇われているソフィーもいた。

コーデリアはニッコリ笑うと

「サリナだったわね。早く沙希にキスをして元気をもらっちゃいなさい」

といわれてベッドの中で両手をあげている沙希に抱きつく。

おずおずとしたキスだったが、いきなり口から何かが入ってきてショックで体の力が抜けてしまった。

けれど何秒もたたないうちに沙里奈の体の細胞一つ一つが活性化されいきなり飛び起きた。

「なによ!これ・・・・」

沙希と初めてキスしたもの同じく発する言葉だ。


「どうお、沙希ちゃんのキスって凄いでしょ」

と言ったのは沙希の姉のジェシーや緒方翔・弓姉妹、瑞穂、ゆりあ、綾美・琴美姉妹

そしてひづるも連れて部屋に入ってきた静香だ。


静香と緒方翔・弓姉妹は今日日本に帰国するはずだったが、

今日のシナリオのないドラマを見たくて急遽変更して明日の帰国となった。

でも翔はワシントン支局の設立の手伝いも兼ねて

夏休みにアメリカに勉強にくる予定の希佐と化粧品会社をやめて

本格的に杏奈の手伝いをすることになった茜を引き連れて

来週にも再渡米してくることが決まっている。


ジェシーと琴美はシナリオのないドラマを見てからすぐにもワシントンに行くことが決まった。

支店事務所の確保とBBXとBBX-Ⅱを製作する会社の選定を

ホワイトハウスと共に行う必要が昨日ホワイトハウスから入った電話で決定したからだ。


「ねえ、コーデリア姉さん。あの人達も連れてきてあげたら?」

と静香が言ったのは昨日来た女優達のことだ。すでにスタッフの女性達は次々とこの部屋に入ってきていた。


「そうね、誰か呼んできて」

とスタッフに頼んでから

「さあさ、終わった人は出て行く。下で食事の用意ができたそうよ。

こんな人数だから順番に食事を終わらせて・・・ってジェーンが言ってたわ」


こうして沙希が食事にありつけたのはそれから30分は経っていた。


                     ★★★★


「さあ、ここだよ」

とルーク監督が撮影隊を連れて行ったのはルーク監督の牧場から

10マイルほど離れた山の裾野に広がる小さな牧場だった。


「ここが主人公とその姉妹の住む家だよ」

「うわ~」

と喜んで走っていって舞台となる家に飛び込む沙希、そんな子供のような動作に

見ている皆もなんだかおかしくなってつい笑ってしまうシーンだ。


「沙希姉さんらしいわ」

ポツンというひづるの声を聞いたコーデリアが隣に立つゆりあに目を合わせると

すぐにひづるの言葉を訳した。


「ねえ、ひづる。サキっていつもああなの?」

「ええ、私も子供だからサキ姉さんの子供っぽい悪戯にだまされることはないけれど

家族の皆は本当に大変なの。ねえゆりあ姉さん」


「そうなの、コーデリア。この前言ったけれどサキって何かやっても事後報告だし、

又巻き込まれる事件って信じられないほど凄いものよ。

だからなのか時々皆を自分の世界に引きずりこんでうっぷんばらし。

私なんてイチコロ。あの天才女優といわれる薫姉さんも簡単に引っかかってしまうのよ」


「聞いているだけで大変な子よね」

「コーデリアもサキに踊らされないでね」

「わかった用心しておく。皆にもそういっておくわ」


「サキ!もう直ぐマスコミの連中が今日のクランクインにやってくるから

カフェの舞台を出しておいてくれないか」


「わかったわ、パパ。急いでカフェテリアを出しておく。

そして、今夜にでも消せば明日からの撮影に邪魔だから

美術のスタッフが徹夜で解体したといえば言い訳は通じるでしょ」

「さすがはサキだ。何もかも承知しているな・・・あはははは」


「もうパパったら」

とルーク監督を睨むがそんな行為も可愛くてしかたがない。


ここまでくると沙希に反感を持つものはいない。

特に女優達は今朝の沙希のキスの洗礼を受けて以来夢中になっていて

ひと時も沙希を見過ごすまいと必死に目で追いかけている。


これからどうなるのかとドキドキしながら見守っているのだ。

沙希がフーと息を吹くといきなり何もない空間にログハウス風の建物が現れた。

「うお~・・・・」

という声があがる。


皆は恐る恐る建物の中に足を踏み入れてカフェの中を眺めた。

カウンターの向こうからコーヒーの良い香りがしているのが不思議だ。


いきなりあきあがカウンターの中に入った。

とたんに薄いブルーのワンピースに変わる。白いエプロンをしているから

ウエイトレスの制服なのだろう。


昨日あきあに初めて会ったスタッフや男優女優達・・・

話を聞いたりフィルムを見せられたりしていたが、

こうして実際目の前であきあの不思議な魔術のすさまじさを見せられると

もう呆然として言葉も出ない。


あきあは沸騰した湯をサイフォンに入れてから

「ねえ、パパ!」

とトムに声をかける。

一瞬ビクッとしてから呆然と沙希を見ていたトム・ヨーク、

でもさすがは名バイプレーヤーと言われた男優だ。

あきあを見て自分を取り戻しニッコリ笑うとカウンター隅にあった濡れタオルを手に取って

カウンターを拭きだした。


「ねえ、パパったらあ・・・・」

甘えた声でトムを呼ぶあきあ。

「リズ!そんな甘えた声を出しても駄目だよ。どうせ小遣いを上げてくれという催促だろ」

と言いながらあきあ・・・いや、リズの顔を見ずに

カウンターを拭き続ける父親のジム・・・のバークレー父娘の会話だ。


「もう・・・」

といってしばらくコーヒーサイフォンを見ていたが

上目遣いでニヤリといたずらっぽい笑う。

その目の前のシナリオのないお芝居についワクワクと見つめてしまう全員。


なるほど凄い演技力だ。それが一番判るのがトム。

あきあの・・・いや、演技の上のリズ・バークレーはいまや自分の本当の娘なのだ.

それがビンビンと伝わり、その演技に引き込まれていく自分・・・

これはもう次元が違う演技力・・・全く恐ろしい。


「ここまででいい?監督!」

と声を上げたあきあにルーク監督は周囲を見回し、ニヤリと笑ってから

「あきあ・・・・」

と声を上げた。

「まだ駄目だよ。皆まだ納得していない。もう少し続きをみせてくれないかな」

「そうよ、サキ!中途半端はいけないわ」

コーデリアだ。


「OK!」

といってクルリと向こうを向き、すぐにこちらに振り向くと

もうあきあがリズに変わっていた。雰囲気が全然違う・・・・・。


コーヒーサイフォンから温めたカップにコーヒーをつぐリズの閉まった口からぺロリと舌がでる。


「ねえ、パパ。私の入れたコーヒー飲んでみて」

「リズがいれたコーヒー?・・・何か後が怖いなあ」

「いやな、パパ」

と言いながらカウンターにコーヒーカップを置くリズ。


「あら?、まただわ」

「なにが?」

と隣に立つソフィーに聞くコーデリア。

「彼女の口から舌がぺロっと出るのよ」

「ふうん。それってくせかな」

「くせ?」

「そう、サキにはそんなくせはないけれど・・・」

「だったらそれって・・・・」


二人は顔を見合わせて

「リズのくせ?・・・・・」

呆然とリズを見つめなおす。


「どお?コーヒーは・・・」

「ふ~む、とってもうまいよ。・・・でもこの味は・・・・」

「うん、さすがパパね。・・・これママの味よ」

「ママの味って・・・リズ!、お前・・・・」

「ええ、ママの味って知らないはず・・・パパはそう思っているでしょ。

そうよね、パパもママも私がいたのでは生活が出来ないからって幼いときから私は寄宿舎生活・・・。時々会いに来てくれるけど、とうとう3人で食事を囲むってことなかったわ。

ママが死んだときだって私の生活は変わらなかった・・・

結局パパが迎えに来てくれたのはママの葬儀のあとよ」


「仕方なかったんだ・・・いきなり交通事故でママが天国に召されるなんて・・・

だからパパは自分でもどうしていいのかわからない・・・混乱していたんだ」

「心配しないで、私パパのこと判っているんだもの」

「本当かい?リズ・・・」

「ええ、パパ!子供って・・・特に女の子ってとっても鋭いのよ。

親の心子知らずっていうけれど、本当は逆だわ。・・・ハイ!」

とカウンターの後ろから出してきたのは古びた1冊のノート。


「何だい?それは・・・」

「ママのレシピ帳よ」

「カレンのレシピ帳?・・・・」

「そうよ、ママがお店に出すように考えていたケーキのレシピ帳。

ママの遺品を捜していて出てきたの。

一番最初のページにママのコーヒーの入れ方が書いてあるわ」


メガネをかけてノートを読み始めたジム。

そんなジムに

「ねえ、パパ。私欲しいドレスがあるんだ。買ってもいい?」

「ドレス?いくらするんだい?」

「100ドルよ」

「100ドル!?」

と一瞬顔を上げてリズを見たが、ノートを見つめなおして

仕方ないかとワイシャツの胸ポケットから100ドルを渡す。


「ありがとう、パパ」

といいながら100ドルにキスをするリズ。

「それともう一つ、明日休むからね」

驚いて顔を上げるジム

「休むからねってリズ!・・・・明日どこへいくんだ!」


「ふふふ、買ったドレスを着て勿論、ダンとデートよ」

「ダンとデート~~・・・・待て!リズ!男とデートってまだ早い!そんなこと許さん!

・・・・金を返せ!」

「きゃはは・・・もう遅いわ、パパ」

と笑いながら走り出るリズ。


シーンとするカフェの中・・・・やがて

「うわ~・・・」

という叫び声とともに拍手がおこった。

ジム役のトムはがっくりとカウンターの椅子に腰を落とした。

トムのマネージャーが冷たいお絞りを渡す。

「監督!アキアに関することで昨日聞いたことって全て本当だったよ」

「あっはははトムも冑を脱いだようだね」

「降参ですよ。今は冷や汗タラタラってとこでしょう。とにかく少し休憩させてください」

「OK!いいよ。・・・・・お~い、サキ!」


カフェのドアから顔を出した沙希。

「なあに、パパ!」

「これからの皆の演技、フィルムに残すから『ステーション』を

12台出してくれないか。それと瑞穂とゆりあ、No1に乗ってくれるね」

頷く二人。

「じゃあ、瑞姉」

と小さなプラスティックのかばんを瑞穂から渡された沙希は表に持って出る。


当然全員が表でまたも沙希の不思議を目撃することになる。

もう驚きの連続だ。声が上がってくるのも仕方がない。


ふっと消える『ステーション』の姿、その時マスコミの車がつめかけてきた。

「間一髪セーフか」

と隣のアレックスにいうルーク監督。

「良かったじゃないか、ジョージ」

「そうだな・・・・、これから楽しみが一杯だよ」

とアレックスの肩を叩くジョージ。


「あっ、アキア・ヒノ!」

と叫んで駆けてくる記者達、その数200人以上・・・

さすがにジョージ・ルーク監督のクランクアップの日だ。


「監督!凄いメンバーですねえ、コーデリア・ビーナス!・・・あなたもですか」

「あっ、ソフィー・ジュランもいる」

と叫ぶように大声を上げる記者達の両手にはメモとペンがある。


「皆さん、どうしたの?そんなに汗をかいて・・・」

「いやあ、今日がクランクインの日だと知っていましたから

監督の家に行ってみればもう誰もいないでしょ。もう慌てましたよ」

「どうしてこんなに早いんですか?」

「ひどいですよ。今日は大切な日じゃないですか」

非難するような目がつい、あきあに向けられる。


「あら、私のせいじゃないわよ。でもあの記者会見の時に言ったはずよ。

今日から追いかけっこだって・・・・」

「じゃあ、あれって冗談じゃなかったんですか?」

「あたりまえよ。でも第一弾は時間に遅れなかったことで皆さん合格ってとこかしら」

「やれやれ、合格点ですか・・・・フー・・・これから大変だ・・・」


「ふふふ・・・あの人達、サキが相手で勝てると思っているのかしら・・・」

「私関係者で良かったわ。これから毎日こんな面白いものが続くと思うと・・・

フフフ・・・・」

「ソフィー・・・あなたも・・・・ってことかしら」

とコソコソ話す二人。


「さて、今日は皆さんアキアから合格点をもらったということで

面白いものを見せてあげよう」

「面白いもの?・・・・・」

「ドラマだよ。・・・・シナリオのないドラマ・・・」

「シナリオのないドラマ?」

「そうだよ、女優達一人一人が主人公になる」

「それって・・・」

「そう、我国では初めての試みだよ。諸君達もここにいるスタッフ全員も・・・・

俳優達でさえもね。・・・いわば奇跡への挑戦なんだ!」


「それ、俺達が見られるんですか?」

「そうだ。だから一つ約束をしてほしい」

「約束って何ですか?」

「声を上げるな!・・・・ということだ。ドラマの世界に入らなければ芝居は出来ない。

それだけ神経を使う。

大げさに言えば全身全霊を傾けなければドラマの世界に入っていけない」


「それと建物の中には入らないこと」

とこれはあきあ。

「でも、中に入らなければ・・・・」

「大丈夫、この建物の向こうとあちらは筒抜けになっているから・・・」

「ええ~」

と思う関係者だがあきあの言葉に走っていった記者達数人が

「本当だ!中が見えているぞ!」

という言葉で全員が走っていく。

どうやら良い場所をとるために急いだのだろう。


振り向いた沙希がスタッフや俳優達皆に『パチッ』とウインクをする。

(ああ、あきあはあの不思議なフォースでこのカフェを改造したのだ。全くなんて子なの)

そう思うのは当然であった。


「さあ、みなさん。準備しましょう」

と言って着替えとメイクにロケバスの中に入っていくあきあ。

 

                   ★★★★★


結局、女優達がカフェに登場したのは30分後だった。

各自いろんな洋服やメイクを決めている。

ただあきあだけはエプロンをつけたウエイトレスの制服のままだ。


「じゃあ、登場するタイミングは打ち合わせ通りね」

「OK!判ったわ」

女優たちの返事にまずはあきあが舞台に上がる。


そして、この舞台、記者達に・・・

いや、ここにいる全員にとって一生忘れることがない伝説の舞台となった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


記者達、もう目が点になったままだ。

いや舞台にいた女優達、脇役の男優達にとってさえも夢のような時間だった。

日常の世界を演じることほど難しいものはない。

それを誰もが信じられぬほど自然な演技をしていた。

いや、これが演技というものなのか・・・・。

天才といわれるコーデリア・ビーナスにしてもフランスの新星ソフィー・ジュランにしても

今までいろんな演劇や映画に出演してきた女優・男優達もこんなこと初めてだった。


これは目の前にいる東洋から来たこの少女のような女優によって

この世界に引き込まれた結果だとわかっていた。

全くなんという女優なのか・・・女達は男達の目さえなければ目の前にいる女性に飛び掛って、

朝のようなキスをせがみたいと言う欲求を抑えこむのに身を震わせていた。


「OKだ!・・・凄かったよ。なあアレックス」

「ああ、わしはこの場にいる幸運を神に感謝するよ」

といいながらルーク監督とゴードンプロデューサーが入ってきた。

「私達もですよ。ねえマチルダ」

「私、映画がとても好きだったけれどこんなの初めてよ。ここにいてよかった・・・」

カフェの片隅で椅子に座ってみていたジェーンとマチルダがそういう。


「私達、映画の撮影って初めてなんですが、こんなこと時々やっているんですか?」

という緒方翔。


「とんでもない、私達だって初めてよ。

これも皆、サキ・・・いいえアキア・ヒノという天才女優のせいよ」

「そうよ、私も自分自身こんなこと良く出来たと思っているわよ」

とソフィー。

「私、この舞台にあがるまでドキドキだった。こんなことできるのかと思ってね

でも1歩踏み込んでしまうと不思議、次から次から言葉が浮かんでくるの」

といいながら女優達、もうあこがれの目であきあを見続ける。


「ねえ、あなた達の感想も聞きたいわ」

と記者達に目を向けてそう言ったのはコーデリア。


「もう、呆然自失ですよ」

「わし、皆の実力を過小評価しとったみたいじゃのう」

「そんなことないわ。私達の実力ってあなたの思うとおりだと思うわ」

「えっ?・・・じゃあ・・・」

「そうよ、あなた達が追いかける女優が私達の能力をより高く引きあげてくれたのよ」

と言うコーデリアの視線の先には皆に囲まれているあきあの姿。


「私、選ばれてこのハリウッドに来られた喜びは言葉につくせません。

でもこの映画の主演にアキア・ヒノがおられた幸運はいくら神に感謝しても感謝しきれないのです。

これで私に目標が出来ました。彼女です・・・彼女が私の目標です。

とてもとても彼女のようにはなれませんが・・・・」

ソフィー・ジュランがこういうのだ。

女優や男優達はそれぞれ違う考えはあろうが想いは同じだ。


「さあ、記者の諸君!私が何故この1年間、

彼女を私の映画の主演にと懇願し続けたかがこれで判ってもらえたと思う。

今これを見たことで諸君達はこれから競って毎日のようにこの現場に来るだろう。

そこでこれから言うことを守ってもらいたい。これはわが国の超法規的決定事項だ。

ここで見聞きするものの中で公表してはならないものがある」


「超法規的決定事項?」

「公表できないものがある?」

「それはどういうことですか?」

「私から聞くより直接ある人物から聞いたらいい・・・

シズカ!頼んでおいたこと用意できているかい?」

「ええ、勿論!」

「数は足りるんだね?」

「300台持ってきたから大丈夫よ」

翔の通訳でそう答えると瑞穂達、女達の手によって1台1台記者に配りだした。


「これは見たとおりモバイルです。

ですがこれはある人によって発明された画期的なモバイルです」

という静香の言葉を翔が通訳する。

「これがですか?」

「ええ、このモバイルを求めて先日、

各国の航空会社と米国のトップが集まって国際会議が開催されました」

「国際会議?・・・・そんなこと知らされてないぞ!」

「それは当たり前のことです。テロの危機が叫ばれている現在、

国際会議のことを公に出来ないのは皆さんにも判る筈です」

そう言ったのは緒方弓だ。

「じゃあ・・・」

「ええ、大統領も来られていたのです」


ザワザワとその場の雰囲気が騒がしくなる。

「すいません、その発明した人物とは?・・・」

「それは私の口からいうより、ある人から聞いてください。

そして今配ったモバイルは皆さんの会社がお買い上げになったものですから

自由に使ってもらって結構です。さあ、モバイルの使い方はべスの役目よ」


「OK!わかったわ」

ロス婦警であるべスが皆の前に立ち、少し早口だがはっきりと隅まで聞こえる声で

説明を始めた。

ザワザワしていた記者達の話声が急に引き静かになった。

記者達は一言も聞き漏らすまいと必死に聞いているのだ。

「・・・・以上です。操作は難しくないでしょう。

では、実践のため今から言うIDを打ち込んでください。

なお、このIDは今回だけのIDです。次に打ち込んでも繋がりません。

念のため・・・・では、いいですか」

とべスが言うIDを打ち込む記者達。


そして

「あっ!」

という声がそこら中からあがった。

自分の持つモバイルの液晶画面に映ったその人物とは大統領だったからだ。


「マスコミの諸君!今、君達の思っていない展開になって驚いていると思う。

こうして君達と会話が出来るのも・・・・」

「えっ?会話って?」

記者の中の一人が叫んだ。


「君はXX社のウイル・カーソン君だね」

大統領は先ほどモバイルと共に配られ、自分がサインをして胸につけた名札を見て言った。

この名札が明日からこの現場に入れる証明書となる。

「あっ!・・・ハイ!・・・」

慌てて返事をするカーソン君。


大統領はニヤリと笑ってから

「このモバイルのおかげで私はテロの恐怖に犯されることなく

諸君と自由な会見が出来るようになった。

自動に設定していれば声を出した一人一人のモバイルに映像が切り替わるのだ。

今指先一つで今壇上にいるべスからのモバイルの映像で固定もできる。

そうすれば今までの記者会見と同じだ」

「凄い!」

「こんなものが発明されていたなんて・・・・」

「そう思うだろう・・・私だってあの国際会議で知ってからなのだ。

そして諸君も薄々判ったと思うが、これを発明したアキア・ヒノに感謝したいね」


大統領の言葉で、やはり・・・・・と舞台上で俳優やスタッフ達に囲まれている

アキア・ヒノに視線がいく。

こんな可愛く可憐な少女に見える女性が?・・・と誰しもが思うことなのだ。


「このモバイルの別の機能のことを少しだけ言っておく。

約10光年先までロケットの追尾装置として使える。

NASAはこれからこのモバイルを使うことが決定しているから

諸君もそのモバイルで宇宙からの光景を見ることができる」

大統領の話にはもう唖然として言葉も出ない。


「このモバイルはアキアが日本である事件に遭遇してその必要性から発明したと聞く。

そしてあきあは私の妻が強盗にあったことからある発明をした。

私自身としてはこのモバイルよりも凄いと思う」


記者達は騒然とする。

「大統領の妻ですと?・・・・」

「ファーストレディじゃないですか」

どうして今まで黙っていたのか・・・・それより知らなかった自分に腹が立つ。


「あはははは・・・」

「あははじゃあ、ないです!」

とつい記者達から文句が出る。


「アイム・ソーリー」

と謝ってから

「妻は今諸君の目の前にいる、SF作家のマチルダ・イルダだ。

マチルダとは幼馴染であり、最近あることで再会して結婚したんだ。

マチルダの意向もあり今まで黙っていた。

マチルダとの結婚発表はいま少し待っていてもらいたい。

ルーク監督の映画撮影が終了してマチルダがワシントンに来てから結婚発表だ。いいね・・・・」


「わ・・・わかりました」

記者達はそういう他はない。その約束を破ればもうこのアメリカにいられない。

いや、この地上で安住の地そのものがない。


「それでは、大統領が凄いと言った発明品というのは?」

「それは後でルーク監督にこの間の国際会議の様子を撮ったフィルムを

見せてもらうんだな。・・・・・それは物凄いものだ」

そう大統領がいうことで期待が高まる。


「その発明品のことはどんどん書いてもらっていい。

これは宣伝という事ではない。このアメリカ国民にとって素晴らしいものだ」

と言ってから表情を一変させ厳しい顔で

「これからが肝心なのだ。実を言うとこの記者会見を開いたのも

諸君にこれから言うことをよくわかってもらうためだ」

といって言葉を切った。

記者達は大統領が何を言うのか息をのんで身構えをする。


「諸君がこれから目にすること耳に聞くこと全て真実だと断言する。

アキアは神に選ばれたただ一人の人間で、この地球上でどんな男や女より強い女性でもある。

だけどアキアの持つパワーやフォースというものは一般に知られたら困るのだ。日本でもそうだった。

アキアの事を知るのは一般の人間よりも君達マスコミのほうが多い。

そのマスコミが協定を結んでアキアの力のことは秘密としていた。

このアメリカでも同じだ。いや世界中でもこれから同じとなる。

もしそのことを書いてしまったらCIAやFBI、KGBやイギリス情報局・・・

各国の情報網でいくら逃げても安住の地はないものと思ってもらって良い」


それは凄い内容だった。

言論の自由と声をあげたかったが、もうCIAやFBIの目が光っている。

そう思っていいだろう。


「アキアのパワーの一端は彼女が日本を飛び立ってすぐに発揮された。

あのハワイでの爆弾テロ・航空機爆弾テロ、妻の家への強盗団襲撃。

そして諸君がもっとショッキングだと思うのはあの車強盗を捕まえたスーパーガールのことだ」


記者達は大きな声をあげて全員が立ち上がった。

実をいうと皆このテキサスに乗り込んできたのはジョージ・ルーク監督が

恋焦がれた日本の女優を主演にして撮影を開始するという話題を追っての事だったが

最初聞いた時は眉に唾をつけた噂話・・・テキサスにスーパーガールが現れて

車強盗のカーチェイスに巻き込まれ重症を負った女性をそのパワーで治療し

車強盗をも捕まえたという事件を調べて記事にするよう会社の上層部から強要されたからだ。

今の今までエープリールフールにはもう過ぎた話題・・・誰かの冗談が膨らんだからだと思っていた。

確かに大統領の口から聞くと本当のことだと思われるが自分の目で確かめなければ信じられない。


記者達の心を読んだ大統領が

「私の会見はこれぐらいにしょう。あとは諸君の自分の目で確かめることだ」

と言ってモバイルを切った。


その場の雰囲気が騒然となった。

「ルーク監督!今の大統領の言葉はどういうことなんですか?」

そう声をかけるものがいた。


「それは今から諸君が目にしてその体で味わうことなんだよ。

だが公表は絶対避けなければならない。わかったね・・・約束だよ。

もし、それが破られるようなら大統領が言ったように安住の地はない!」

そう言って記者達を見渡してから

「サキ!そろそろカメラマン達をおろしてくれないか」


「はい、監督!」

と答えた沙希だが自分の事を公に話されることが本当は嫌で嫌でたまらない。

それが判る女達は沙希を守るように取り囲んでいた。


沙希が五芒星を宙に描き真言を唱えると何もない宙から丸い物体が12個あらわれ

スーっと着地したのだ。

何も知らぬ記者達は実際目の前で目撃すると震えが来て止まらなかった。

その丸い球体から撮影器具を持って降りてきたのはスタッフ達だ。


「今見ての通り私のチームは先ほどのドラマをこの『ステーション』と呼ばれる乗り物に乗って

撮影していた。

『ステーション』はここにいるアキア・ヒノが発明した乗り物だ。

動力はなくこのアキアのフォースで全てを動かす。

それも異なった次元からの撮影なので障害物はない」


記者達にとっていくら世界のジョージ・ルークといってもにわかに信じられない話だ。

「異次元ですって・・・・」

思わず苦笑する記者。でも監督の思わぬ言葉で皆が立ち上がった。


「話で聞くよりもその身で体験する方がいいだろう。アキア・・・頼む」

「はい!パパ」

とゆりあが持ってきたケースの改造型に真言を唱えると

飛び出した12個の球体が宙に浮き、大きくなって降りてきた。


24台の球体を指差して

「2回に分けての乗り組みOKだ。1台の定員は5名・・・さあレッツゴー!」

まるでアリの子が群がるように『ワッ』と『ステーション』に走る記者達、

あっというまに24台のステーションが埋まってしまった。

残念そうに外から撫でる残された記者。


「皆離れなさい!・・・アキア!」

「はい、じゃあ行ってきます」

24個の球体『ステーション』と共に飛び立つあきあの姿に

「ほ・・・・本当だ!・・・アキア・ヒノがスーパーガール!」


宙で消えた『ステーション』とあきあの跡を呆然と見つめる残った記者達・・・

もうすぐしたら自分もあれに乗れる・・・そう思うとワクワクとしてしまう。


第一陣が戻ってきたのは、それから30分も経っただろうか・・・・・


それぞれがとんでもない体験をしたという表情で降りてきた記者達・・・

入れ替わるように残っていた記者達が乗り込むと人数の加減で空いていた『ステーション』を見て

「監督!俺も乗っていいですか?」

「私だって!・・・」

男優も女優も、そして初めてであるスタッフ達もルーク監督の表情を見て

急いで『ステーション』へと走っていく。


精神的な疲れなのかどっかりと椅子に腰掛けた第一陣の記者達はもう呆然と

飛び上がる『ステーション』とアキアを見上げながら

「なあ・・・俺達、本当に凄い事を経験したんだなあ」

「ああ、二度とあるまいよ」

「俺、今日からアキアを追いかけるぜ」

「でも、日本の記者達がアキアは神出鬼没だって言っていたぜ」

「それはそれで面白いさ。今日初めてアキアの演技を見たけれど

あのぞっとする演技で俺達にどのようにして対応するのか味わってみたいんだ」

「きっと苦労すると思うよ」


「あっははは・・・苦労というよりもわし達じゃあ相手になるまい」

「アラン、それでもいいさ。あんな女優、俺の記者生活で初めてなんだ」

「記者生活で初めてだって?・・・・・そうではあるまい。

わしは50年映画や舞台を見てきたがこんな女優はいなかった・・・

いや女優というより人としてだ。

先ほど大統領がアキア・ヒノは神に選ばれたただ一人の人間で

どんな男女より強いと言っていたがまさにその通りじゃろうて」


「俺だってそう思うぜ」

「奇跡のような演技力・・・・

『全身全霊を傾けなければドラマの世界に入っていけない』

と、ジョージが言っていたがこれもアキアがいてこそじゃ。

アキアがいなければいくら天才コーネリア・ビーナスでもあんな演技は出来まい」


「アラン、俺はそれよりこれだ」

と大事に持っているモバイルを示す。

「いくらエジソンだってアインシュタインだってこんなもの発明する頭脳はない。

それにあの『ステーション』・・・凄すぎるぜ。

彼女がいなければ異次元?・・・あんなもの絵空事だと思っていた。

それを体験するなんて今の今まで夢にも思っていなかった。

それにだ、大統領の最後の言葉・・・このモバイルよりも凄い発明?・・・・

もう何も考えられないほどドキドキものだぜ」


「わしは仕事ばかりして家族に捨てられた哀れな男じゃ。

この先のことを思うとやりきれなさが募るばかりじゃったが

そんなわしにも光が現れた。決心した・・・わしは彼女を見続ける・・・・」


「ああ、俺だってそうだ。この間日本の記者が言っていた。

アキアのことはマスコミで協定を結んであることを隠しているって・・・・

何を馬鹿な!・・・と思っていたが事実だった。彼女のあのパワーのことは絶対に書いてはいけない」


「そうじゃ、世の中には悪い奴が五万といる。アキアを利用しようとするかもしれん。

まあ彼女に勝てる奴なんていないがどんな卑劣なこともしかねん。

天才女優・・・ソフトの開発・・・それだけで充分じゃ」


「アラン!・・・帰ってきた!・・・・」

見上げる真っ青な空から24個の球体が静かに下りてくる。

その上空ではトンネルを閉じるアキアの姿が小さく見えた。


『ステーション』から出てきた乗員達がアキアの姿を追いかける中、

地上に立ったアキアを女優やスタッフの女性達・・・

どういうわけか女性記者達も嬌声をあげてアキアを取り囲んでいる。

そして女優達がまず一人一人アキアにキスをせがみ

その背後からは2~3人の女性スタッフが女優を支える・・・・

そんな光景が順番に繰り返され、女性記者達までもがその輪に加わっているのだ。


キスを終えた女性記者達の驚いたような目・・・、

多くの男性達はその輪から1歩も2歩も離れてただ見つめるだけ・・・

こんな稀有な光景がそこにあった。


結局騒ぎが収まったのはそれから30分も経った頃か、

全員が落ち着きを取り戻し・・・まずは記者達から声があがった。


「アキア・ヒノ・・・」

「アキアでいいわ」

「OK!アキア・・・君のおかげで大変な体験をさせてもらった」

「アキアに礼かい?・・・」

「ジョージ!そうじゃよ。 わしらにとってこんな奇跡の体験二度とはないじゃろうて」


「ルーク監督!聞きたいことがあります!」

「何だい?」

「先ほど大統領が最後に言われたあの・・・・・」

「アキアが発明した凄い発明品のことだね」

「はい!・・・そうです」


「では・・・・」

と手に持つ1本のテープ。

「このテープはこの間の国際会議の様子を映したものだ。会議の様子が全て入っている。

諸君の期待をするものは後半だ・・・後半からでいいかい?」


「いいえ、出来れば最初から・・・・クランクインの日になんですが・・・」

「ははは・・・いいよ。最初からこのことは予想できたからね。撮影開始は明日からだよ」

ルーク監督はそう笑ってからあきあに向かって

「アキア!これだけの人数が入るシアターを頼むよ」

「判ったわ、パパ」


アメリカ人から見れば東洋の神秘な呪文である真言があきあの口から出ると

突如として周りの世界が変わった。


『はっ』と息をつく間も無く映画館の観客席に座る自分を発見する全員。


「パパ!いいわよ」

と言う声でルーク監督はスタッフ達にフィルムの上映を命じてから

あきあを取り囲む全ての女性達に少し苦笑いをしてから座り込んだ。


場内が暗くなり上映が始まった。

国際会議というからどんなものかと思っていた記者達、

本格的・・・というより普段の会議でもこんなに?・・・・

と思うほどの多くの各国代表の人数を見て驚きの声をあげてしまう。


フィルムは進む・・・記者達は後半に期待をしていたがその期待は大きく外れた。

実をいうと最初から夢中になってしまったのだ。

モバイルの説明は先ほどロス市警のべスという婦警から受けたが、

でも映像を伴うあきあの説明のほうがとにかく判り易かった。


そして後半の映像・・・・それは大ショックだった。

はっきりいうとあのニューヨークを襲った激動のテロの1日・・・

記者としてというよりこのアメリカに住む一人の人間としてあの日依頼の衝撃だった。


BBX・・・・あきあが作ったその機械がつくるバリア・・・・

SPの一人が放った拳銃の銃弾をそのバリアが巻き込み、

ドアを傷一つつけることなく廊下に落ちた衝撃の映像・・・・

それが記者達に生唾を飲ませ、息をする行為さえも奪い去ったのだ。

大統領の言ったモバイルよりもこのBBXのほうに食指が動く・・・納得の言葉だ。


驚きはこれで収まらない・・・・DNAの検出がわずか1分だって?・・・

ドアを開けるキーの一つとしてのDNAの採用。

犯罪事件にも関わる事が多い記者達にもそれがどんなことなのか充分に・・・

判りすぎるほどわかった。

犯罪捜査がこれで五十年も百年も進む・・・・

あきあが日本から来た双子の姉達にあのモバイルにDNA検出ソフトを入れる

場面を映像の中にみた記者達はもう呆然として動けなくなる。


この一人の少女のような女性一人の為に世界が大きく変わった・・・・

その瞬間に自分達は立ち会ったのだ・・・喜びと不安がどっと押し寄せてくる。


不安?・・・・女優や男優達、芸能界に準じる者達が持つ不安とは・・・・

今まで自分達が生活の基盤として生きてきたこの世界が一人の女優・・・

のために大きく変化していく不安感・・・・・。


記者達の持つ不安とは・・・・たった一人の女性の存在が大きく社会を変えていく不安感であった。

もしもその生き方が変わってしまったら?・・・・

アキア・ヒノ・・・・サキ・ハヤセが悪い方に変わったら・・・

いや彼女を利用する人間達が現れたら?・・・・・・ゾ~と身震いが襲った。・・・・・・

今にしてこの場にいる人達にわかるのだ。

アメリカ・・いや日本が彼女の力を隠さなければならないのは不安感が大きいのだ。


自分達でさえそう思うのに国の上層部がそう考えるのは普通だと思う。

見ていると目の前の少女・・・・何もかも開けっぴろげだ。

だから周囲の者が守る必要がある。これが大統領がこうして記者達を巻き込んだ意義であった。


映像は終わった。・・・・立ち上がったルーク監督がスクリーンの前で

「フィルムは以上だ・・・もうこれ以上何もいう必要はないと思う。

諸君が公表してもいいのは、アキアの女優としての存在とBBXの発明だけだ」

とだけ言ってあきあに合図を送る。


たちまち元の牧場に変わる不思議・・・・でももう驚きはない。


                   ★★★★★★


昨日のことで延びてしまったクランクインが今、目の前で始まろうとしていた。

朝早くなのに映画のスタッフ以外にあふれるような報道陣達・・・・昨日よりも増えたようだ。

昨日からの記者達の中には目を真っ赤にしている者も数多く見られ、そばによると皆酒くさい。

記事を送ってから相当飲んでいたらしい。

昨日のショックを思うと酒びたりになるのは正常な反応なのだろう。


そんな皆もこの瞬間・・・固唾を呑んで見守っている。


この牧場の東の小高い山に顔を出した朝日の中から、

小さな土煙の影が現れ・・・その影が山の斜面をすべり落ちるように駆け下りてきた。

馬に乗った栗色の髪の少年・・・・いや、それは良く見るとボーイッシュな少女だ。

少女は牧場の垣根などの障害物を飛ぶように駆け抜け、

朝日に映える少女の表情は喜びであふれていた。


少女は馬から飛び降りると手綱を我が家の前のケヤキにかけ、大急ぎで家の中に走りこんだ。


こうしてジョージ・ルーク監督待望の映画「スカイ・ブルー」のファーストシーンが

フィルムに収められた。

主役のスカイ・ブルーには勿論アキア・ヒノが、

ママのアレン・ブルーにはアカデミー女優のシャロン・ムーアが

女優志望の長女アンジー・ブルーにはコーデリア・ビーナス。

社交界デビューを夢見る次女のケイティ・ブルーはソフィー・ジュラン。

そして、生まれながらに歩くことも話すこともできない

四女のシンディ・ブルーにはヒヅル・アマギ。

スカイの相談役として暖かく見守る牧童役スー・アカエにはトム・ヨークが扮している。


女優への夢を捨てきれず一人ハリウッドに残った長女アンジー。

でも度重なる挫折に耐え切れずドラッグに走ってしまう。

そんなアンジーを心配して生まれ故郷でもあるハリウッドに戻ってくる三女スカイ。

偶然が偶然を生みスカイの卓越した運動能力を見たハリウッドのプロデューサーが

スカイをスタントマンに抜擢、大成功を収める。


誰にも真似が出来ないスタントに世間は驚き脚光を浴びるスカイ・・・

でもそんな生活は長続きはしなかった。

仲間からの嫉妬、スキャンダルと罠、

そして死の寸前までいった大怪我で再起不能に陥るスカイ・・・。

そんな不遇の時代のスカイを支えたのは家族の愛だった。

特にドラッグから抜け出したアンジーと物言えぬ妹シンディの

スカイへの手厚い看護は頑なだったスカイの心を癒していく。


第二の故郷であるテキサスの小さな農場・・・

アンジーとシンディと共に戻ったスカイ・・・・

を待っていたのは先に戻って暖かい家庭を作っていた

ママのアレンと次女のケイティだった。


この小さな牧場での久しぶりのママと四人姉妹の明るい笑い。

こうして映画は牧場での四人姉妹達、各々のエピソードを交えながらも

スカイは愛していた四女シンディの死から奇跡への復活に向かっていく。


数年過ぎ、ブルー家はニューヨークのシアターの席に座っていた。

目の前に流される映画はクライマックスへと向かっていく。


高層ホテルの火災でホテルのマネージャーに扮するアンジー、

客を逃がした後、思わぬ突風に火があおられた火の勢いが逃走口を遮断したのだ。

・・・手に汗を握るシーンになった!観客達、息を飲んで見ている。


『バタバタ・・・』というヘリの音と共にスルスルと降りてきた一人の災害救助隊員

・・・スカイは映画の中でもアンジーの妹役なのだ。

あれからまずアンジーが女優として開花し、

その後を追うようにスタントをやめたスカイが一から女優を目指したのも妹のシンディの死が大きかった。

スタントの出来るただのアクション女優ではない本当の女優への階段を一歩一歩登っていくスカイ。

ようやくこうして姉妹揃っての映画出演となった。

一人の男を巡っての姉妹の葛藤・・・男のエゴで捨てられた姉妹の嘆き・・・

キャリアウーマンとしての姉の生活と死の危険を顧みない災害救助隊員の妹との

対比をいろんなエピソードで飾ったこの映画、今クライマックスに向かった。


ヘリからの1本の命綱・・・・大きく風にあおられてその抵抗で

『ピシッ』とワイヤーの細い線の1本1本が次々と切れていく。


ヘリから大声で引き返すように怒鳴る同僚・・・・

歯牙にもかけない妹の災害救助隊員は姉レイの救出のためにその命をかけていた。

大きくしなった命綱が『プチッ』と切れたとき妹タミーは姉のいる小さなバルコニーに向けて宙を飛ぶ。


息詰まる瞬間だ!だが、強い風がタミーを押し戻し69階下の地上へと叩きつけようとする。

でも彼女の生への執着心は思い切り伸ばした右手にビルからはみでたバルコニーの手摺の僅かな感触を与えた。

その瞬間『ぐっ』と握る右手・・とその右手にかかる体重・・・・。


『ふ~・・・ふ~・・・』

浅く早い呼吸が命の証をタミーに与えた。

今度は左手を伸ばして手摺をつかみ、

『ググッ』と両手の肘を曲げて懸垂をしながら右肘を大きく曲げて手摺の上に押し上げるとバルコニーの中に飛び込んだ。

そして、仰向いて倒れこみ何度も何度も大きく息をする。


ふっと伸ばした左手に人の肌が・・・・

『はっ』と飛び起きて目に入ったのは失神している姉レイの姿・・・。慌てて抱き起こして

「レイ!・・・・レイ!・・・姉さん!・・・・しっかりして!」

何度も何度も身体を揺すった!


薄っすらと目を明けるレイ・・・・

「タミー!・・・・タミー!なの?・・・・」

意識が戻ったレイは妹タミーの姿に驚いた。

彼女は・・・・彼女は・・・・互いに恋愛相手が同じであることに気づき、

相争い傷つけあってその結果敗れたタミー・・・彼女はこの地を去ったはずなのに。


「姉さん!・・・・貴女を死なせはしない。私の命に代えても姉さんを助ける!」

そう大きな声で叫ぶタミ・・・・・

「タミー・・・あなた・・・・」

姉妹の心に出来ていた氷の壁が解け始めた一瞬だった。だが・・・・・・・


『パリン!・・・・』と大きな音がして窓ガラスが弾け飛び、

猛火が二人を襲ってきた。

バルコニーの端まで逃げる二人・・・・・


猛火は二人をジワジワと死への淵へとおいやる。

タミーは腰にぶら下げていた救助用の小道具を素早くレイに装着すると

今度は自分の背中に負うのだった。ちょうど赤子を背負うように・・・・。

「姉さん!私にしっかりと捕まっているのよ」

そう言いながらタミーは肩にかけていたロープをしっかりと結わえ

もう片側を自分の腰に結びつけた。


この火災の状況から抜け出すにはもう時間がなく、たった一つの方法しかなかった

幸い出火はこの階より3階したからだ。

4階下では消防隊員が必死に消火作業をしているのはわかっていた。

このロープは目測の判断で5階下までの長さはある。


顔が焼けるように熱い。時間の猶予はもう1分もない。

タミーは姉レイを背負ったまま、バルコニーの手摺を乗り越えた。

その時、猛火が二人のいた空間を襲った。


タミーは飛び降りたのだ。救助の為のたったひとつの方法・・・・

奈落の底の死へむかって・・・・ただ、信じていた。この命をつなぐロープを・・・


身体の中を通りすぎる風・・・血液が逆流する・・・・まるで夢?・・・


『ガクン』いきなり現実にもどされた瞬間、

ビルの谷間から吹き上げる強風にあおられてまるで糸の切れた凧のように

四方八方に振られつづけている。


タミーは上をみるとバルコニーを覆うようにビルの中からの火の勢いは続いている。

手摺に結わえられたロープが『チリチリ』と焼け始めているのだ。


1秒をも争う瞬間なのだ。

タミーは身体を一杯に使って大きくスイングさせる。

風の抵抗が強い!・・背負ったレイの体重が思うような行動にうつさせない!

・・・が必死でスイング続けた。

窓ガラスがもう目前だ・・・・中ではこの救出劇を知った消防隊員と

レスキュウの隊員が固唾を呑んで見守っている。


タミーは足に結わえてあるサバイバルナイフを手に取った。

これは今までいくどもタミーの命を救ってきたいわば相棒なのだ。


二人が一番ビルから遠のいたとき『カク』と何ミリか身体が下がった。

もう後はない。・・・・・この瞬間だ!・・・・

一番窓に近づいたときタミーは頭の上でサバイバルナイフを一閃した。


レイは聞いた・・・・『バリン・・・・』ガラスが割れた音を・・・

勢い良くマットの上で跳ねる自分の身体を・・・・そして大勢の歓声を・・・・・・・

レイの頬を泪が一筋流れ・・・失神した・・・・・・


こうしてクライマックスを終えてビル火災現場を遠のいていく映像・・・・

『END』マークがスクリーンの中心から大きくなってラストを飾る。


観客から大歓声と大きな拍手・・・立ち上がり挨拶をして

ママを抱きしめる三姉妹・・・・・

今度は映像の中のスクリーンの『END』マークが飛び出して

この映画の『END』マークとしてラストを飾る・・・・・

これがルーク監督の今回の映画だった。


クランクインの初日、愛馬『ハヤテ』にまたがって生き生きと牧場を駆け回る

あきあ・・・皆の目はその行動にもう釘付けだ。

報道陣はもとよりスタッフや共演者達、特にコーデリアやソフィー・・・

それにママ役のシャロンにしたって

目の前のあきあが繰り広げるシーン一つ一つに夢中になってみているのだ。


こんなことアカデミー女優としてプライドの高かったシャロンには考えもしなかったことだ。

最初はこの東洋から来た少女のような女優には鼻にもかけなかった。

でもあの不思議な術を見たり、毎日撮られ続けているノンフィクションのフィルムをみたり

・・・いやこの女優に関する事を見たり聞いたりするうちに・・・・

そして彼女とのキス・・・・これはもう驚異としかいいようもない。

アカデミー賞をとったアクション俳優の夫を持つ身だが

いまはそんなことどうでもいい、まるで乙女のようにもう夢中なのだ。


こうして映画の撮影が進んでいくが、なにしろあきあのことだ。撮影がスムースに進むわけはない。

今後、果たしてあきあにふりかかる事件とは・・・・・・



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ