第二部 第十八話 第二部 完
9:30開演・・・12:00終演となる今日の公演。
2時間前にはマネージャー達が全ての準備を終えていた。
マネージャー達といっても瑞穂とゆりあは『ステーション』に乗り込むので
吉備洋子と吉田礼子(麗香のマネージャー)と志田貴恵(飛龍高志のマネージャー)の
3人しかいない。
だから京都支社の海外メディア部門の社員から10名が選ばれて
臨時マネージャーとして手伝っている。・・・といってもやる仕事はしれている。
沙希が作ったビジネスソフトとゲームソフト(妖・平安京 雪の章)と
ナビゲーションシステムのCD-ROMと急ぎ作られた舞のパンフレットを販売するためだ。
沙希は撮影所に行って『ステーション』を万全に整えるために、
二時間前に瑞穂、ゆりあと家を出た・・・もう舞妓姿になっている。
しばらくしてから
「あっ!うち忘れもんしてしもた。お姉ちゃん達先に行っていて・・・」
「わかった、すぐ追いついてくるのよ」
「へえ」
ときびすをかえす沙希。
さすがに今日は番記者はいないようだ。
家の門を入ろうとした沙希、スッと寄ってきた二人の男達に囲まれてしまった。
「おまえが女優の日野あきあだな」
「へえ」
「間違いないのだな」
「へえ」
おや?今の言葉おかしい・・・実際は私のこと知らないのではと思う。
「ちょっと来てもらおうか」
「えっ?・・・どこに?・・・」
「兄貴!おかしな女だ、本当にこの女であっているんですか?」
「おう、間違いはない」
と内ポケットから写真を出す。沙希が上から覗くと何のことはない
プロマイドとして売り出してる日野あきあの写真だった。
そこにさっと寄ってきた黒いワゴン車、弟分がドアを開けると
「乗れ!・・・」
と兄貴分が沙希の後ろから帯びをトンと押す。
「キャ・・・・」
といって車に乗り込む沙希。でも心の中は正反対で
(むふふふ・・・なんだか面白くなりそう・・・あっそうだ連絡しとかなくっちゃ)
沙希が心の通信をするのは受けなれている瑞穂にだ。
(瑞姉!・・・瑞姉・・・・聞こえる?)
(あっ?沙希・・・どうしたの?)
(ふふふふ・・・あのね、わたし男達に誘拐されちゃった・・・)
(えっ?・・・誘拐?・・・それって大変じゃない・・・男達かわいそう)
(何よ!・・・それ・・・まあいいわ。
急いで撮影所に行ったら皆を『ステーション』に乗せてくれない?・・
準備がおわったら・・・瑞姉・・・連絡して欲しいの。
すぐ飛ばすから・・・カメラマンの皆に十分に撮影していてちょうだいって伝えてね)
(わかったわ。こちらももう撮影所の前よ)
(あっ、このこと家にいる日和子叔母様に伝えてから京都府警で待機していてもらってね・・・・
逐一の叔母さまへの連絡はゆり姉にお願いするわ)
連絡が終ったことで腰を深く椅子にすわりなおす沙希。それを弟分が薄気味悪くみていた。
だって沙希の顔に笑顔が浮かんでいたからだ。
瑞穂とゆりあが駆け込んだスタッフルームに小野監督とルーク監督、
それと両国のスタッフがくつろいでいた。
「大変!監督・・・・あきあが誘拐されました」
「あきあが誘拐?・・・・どこのバカがそんなことしたのだ」
「今はわかりません。車で運ばれている途中です」
「おおう、犯人クレージーね。あきあにかなう人間なんていないのに・・・・」
「ほほほほ・・・誰も心配しないんですね」
「あたりまえだよ。こんな茶番。あきあはどうしてる?」
「あっ・・はい。面白がってる・・・というより喜んでいます」
「そうだろう・・・そうだろう・・・」
「あきあを捕まえた男達、下っ端みたいなので親玉と陰で操ったものをおびき寄せるつもりです。
それと・・・・みなさんに充分に撮影させてあげると言っています」
「そうだ!・・・こんな面白いこと逃してなるものか。皆用意を早くしろ!」
飛び出していくスタッフ達・・・両監督は各々のモニタールームにかけこむ。
顔を見合わせる2人だがスタッフの後を追ってかけだした。
「ゆりあ、準備ができたらわたし、沙希に連絡するから
あなたは家にいる日和子叔母様にモバイルで京都府警に待機するよう言っておいてちょうだい」
「わかった」
「えっ?沙希ちゃんが誘拐された?・・・」
「ええ、それで日和子叔母様には京都府警で待機していてほしいんです」
「ちょ・・・ちょっと待ってゆりあちゃん。どうして沙希ちゃんが誘拐されたままなの?」
「なんでも、沙希を誘拐した男三人って下っ端らしいんです。
親玉と陰で操っているものを誘き出すっていってます」
「わかったわ、京都府警での待機了解しました。
瑞穂ちゃんに言って沙希ちゃんにそう伝えておいてね」
「はい、わかりました」
とモバイルが切れた。
ここは居間だ。母とゆっくりくつろいでいた時にゆりあからの連絡だ。
だから貞子も高弟達も聞いている。もちろんまだ早いし今日は休みの婦警達もいる。
杏奈は紫苑と南座へ行くので沙希の用意をしてさっき送り出したのだ。
だから今ゆっくりと居間で貞子達と落ち着いていた。
「しまった!」
と立ち上がった杏奈だが
「いいえ、もし杏奈がそばにいたらかえってややこしい状態になっているわ。
今みたいな余裕は沙希にはなかったと思う」
と日和子がそう言って杏奈をなだめた。
「もう・・・小沙希ちゃんはゆっくり出きへんのどすなあ」
「お母様は心配では?・・」
「へえ、あきらめました。あの子がなにもせんでも事件があの子を引っ張り込むのは
うちらにはどうもできまへん。
あの子もどうもならんのと違いますやろか。
けんどしゃくなんは、こんなことになってうちらは心配せなあかん。
けんどあの子はシメシメいうて喜こんでるそう思うんどす」
全くその通りだった。それも読める日和子には何もいえない。
「おば様!私もいきます」
「母さん!私もよ」
「仕方ないわね、緋鳥さん、京都府警の捜査課にモバイルは?」
「はい、この間の事件で配備されています」
「じゃあ、泉、モバイルで連絡して手の開いている捜査員を
会議室に集めておいてくれるよう連絡頼むわ」
といって立ち上がると
「今からは公私の公・・・京都府警に行くものは制服制帽着用・・・五分以内」
と言うとさっと立ち上がって出て行く婦警達。
残された女達とモバイル一台。薫が操作してゆりあを呼び出す。
「ゆりあちゃん、忙しいところごめんね」
「えっ・・・ええ・・・」
「今はどこ?」
「ええ、奴らの車の上空よ。どうも琵琶湖の方向に向かっているみたい」
「ゆりあちゃん、悪いけどこの映像と声をこのままモバイルに流しておけるの?」
「それは出来ますけど、お婆様には?」
「ふふふ・・・もうとっくにご存知よ」
「あっ・・・・さっきの連絡のとき・・・・」
「いいから、いいから・・・」
「わかりました」
とゆりあの映像が消え国道を走る黒いワゴン車の映像に切り替わった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「えっ?・・・あきあさんが誘拐された?・・・」
「どんなバカなんです?そいつらは・・・」
「もう・・・みんなそんなに心配しないんですね」
会議室にいた西沢恵子、ゆうべ夜勤であけてから牛尾刑事の母と待ち合わせして
南座に向かう予定だった。
「そりゃ心配してるさ。・・・でもあきあさんだぜ、武蔵よりも強い。
犯人がどう料理されるか見ものだと思うけど」
「ふ~む、俺はそんな馬鹿野郎の顔早くみたくなった」
みんな勝手なことをほざいている
逆に考えれば沙希への絶大な信頼が捜査員全員から読み取れる。なんだか嬉しくなる日和子。
その時『ピー』となるモバイル。
捜査課と婦警達が持つモバイルがいっせいに開けられて通信スイッチが入る。
警察用は特別な場合をのけてどのモバイルでも見聞き出来るようになっている。
「今・・・」
とゆりあの声が聞こえる映像は停まったワゴン車に焦点があてられている。
「ゆりあちゃん、男達の顔が見えるようにできない?」
「わかりました、少しお待ちください」
というとズームというよりカメラが男達に近づいたのだ。
「あっ!・・・こいつは・・・」
「知っているのか?小野!・・・・」
呼ばれた小野刑事・・・あきあに助けられたあの事件・・・・
目を覚ましたとき目の前に我娘が・・・だまって手を伸ばす小野に飛び込んでくる娘。
ふと横を見れば我妻がニッと笑っているのだ。これは夢なのか・・・と思うほどのショックだ。
妻はもう意識もなく明日をも知れぬ身だったはずだ。
その妻の存在を頭から消し去って・・・娘のための父親の哀しい行動・・・
その妻が
「不思議なことがありましたの。三途の川の渡し場で・・・これに乗ったら苦しみが消える。
そう思って片足を船に乗せようとしたとたん『明美さん』って名前を呼ばれたわ。
振り向いてみればもう場所が変わっているのよ。
お花畑の中で座っている私の隣にセーラー服のとても綺麗な少女がいるんだけど、
綺麗とおもったのに顔がよく見えない不思議・・・その少女に
『明美さん、あなたは自分の痛み苦しみを無くすために
ご主人と娘さんを置いて逝ってしまわれるんですか?』
って言われたのよ」
「お前はどう答えたんだい?」
「なにも好き好んで逝くんじゃないって答えたわ。
だって大好きな真吾さんと久子を置いて逝かなければならない哀しみ・・・
あなたにわかりますかって言っちゃった」
「彼女、驚いただろう」
「いいえ、わたしがこう答えるだろうって知っていたみたい。
彼女、顔がみえないんだけど『ふっ』と笑ったの。そしてこう言ったわ。
実を言うとあなたの寿命は切れているの。
けれど今度の事件を解決したお礼ということで菩薩様と阿弥陀如来様に
あなたの延命を決定してもらったわ。
最後まで反対された閻魔様にも何とか許してもらって、今私がここにいるの」
「何?・・・彼女がそういったのか?」
「はい・・・・」
「やはり・・・」
「あなたはその人を知っているの?」
「ああ、知っている。凄い人だ。あの人は生身の人間だけど凄い力を秘めている。
君が会ったということでその力わかるだろう。
実をいうとこの京都で藤原元方というとんでもない怨霊が復活して
小さな女の子を浚って生気を吸うという馬鹿げた行為に出たんだ」
「まさか?・・・あなた・・・」
「ああ、久子が奴に浚われて、とんでもない命令を受けた。
娘を助けたかったら、晴明神社を破壊しろとな」
「それじゃあ・・・あなたは?・・・・」
「いいや、すんでのところであの人に助けられた。
あなたは娘さんに父親が悪事に手を染めたこと知られてもいいんですか?苦しむのは娘さんですよ。
と涙ながらに説得されたんだ。それからは覚えていない。たぶん彼女に眠らされていたとおもう」
「そうね、わたし見ていたわ。
お坊様がその観音様の像をもってこられて久子の目の前でお経を唱えられたの。
すると像の中からあなたが現れてそのベットに寝かされたわ」
「じゃあ、そのお坊さんは?」
「すぐに帰られたの」
「久子は?・・・」
「私も見ていたわ・・・パパが観音様の像から出てきたのは・・」
「じゃあ・・・・」
「ええ、わたしもそのお姉さんにパパは久子ちゃんの目の前で起こしてあげるって言われていたもの。
天鏡さんがよかったねって言ってくれたの」
「天鏡さん?・・」
「ええ、身体がとっても大きいけど優しい目をしたお坊様よ。
パパを起こしてくれたんだから・・・・」
そんな病院での思い出がふっと思い浮かぶが恩人の(窮地?)だ。
「こいつら、橘組の構成員です」
「橘組?・・・あれは解散したんじゃ」
「はい、ほとんど正業についたんですが、
一部のハネッ返りが芸能プロダクションに出入りしているんです」
「ちょっと待って・・・」
とモバイルにIDを入れ替える。
画像に出てきたのはまゆみの姿。
「まゆみ社長、少し聞きたいんだけど」
「なんでしょいか?」
「あなたのところのプロダクション、
京都のプロダクションに何か申し込まれたりいやがらせを受けたことは無い?」
「京都のプロダクションですか?・・・・そんなのありましたっけ・・・」
「まゆみ社長・・・・」
と隣から順子の声が聞こえる。
「ほら・・・映画を撮っているとき、
なんかえらそうなな男にあきあの移籍を申し込まれたことが・・・
なんか脅しのような言葉をさんざん並べていた・・・」
「ああ~思い出したわ。確か・・・プロダクション正三郎・・・っていったっけ。
ちょび髭を生やした嫌な奴だった。
・・あとで調べたらやくざや府会議員とつるんで売春みたいなことやっていること判ったから、
警察に調べた書類持っていくと脅しておいたの・・・じゃあ。あいつらが」
「そうみたいね、でもあの男達今日で終わりだわね」
「ねえ、飛鳥警視正。沙希ちゃん、楽しんでいるみたいよ」
「楽しんでいる?」
「ええ、車から出るとき一瞬だけど上空に向かってVサインしたもの」
「ふ~・・・そうなったら、あの男達ただではすまないわね」
「どういうことです?」
「あの子が真剣だったら男達の家族を考えて遊んだりしないけれど楽しんでいるなら容赦しないわ。
あの子正義感が強すぎるほど強いからね。さあ、早く出かけましょうか」
一方、楽しんでいると言われた沙希、男達の囲まれて家に入る。
居間らしき部屋で古びた椅子に座らされる。
兄貴分が隣の部屋に入っていき、弟分二人が沙希の後ろで拳銃を構えているのだ。
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「見ただけは凄い場面だけど、せっぱづまった感じもしないし、
何か滑稽に見えるのはどうしてでしょうか?」
「そりゃ、あきあの力を我々が知っているからだよ」
「あきあの真剣に笑いをこらえている様子をみていると可笑しくて・・・」
「おいおい、瑞穂くん。とはいっても危ない場面には違いないんだからね」
「あっ・・・あきあからの連絡です」
と静かになってあきあの連絡の終了を待っている。
「終りました」
「何といってきたんだね?」
「はい、向こうの部屋には今入った男をいれて三人いるそうです。
展開次第でやっつけるといっています。
ゆっくりする時間がないから遊びたいけどそれが出来ないので悔しいって。
それから、京都府警の車はサイレンを消し来てこの家の周囲を取り囲んでほしいそうです。
というのはこの家の地下に十数人の女性達が囚われていて
男二人が見張っているというあきあの報告です」
「なに!」
緊張が走った。
「瑞穂くん、急いでアメリカ側のゆりあくんに言って
今の報告をこちらに向かっている飛鳥警視正に伝えてもらってくれないか。
そして、あきあに連絡して、うちとアメリカ側の『ステーション』を二台づつ
地下室を撮れる様に配置してほしいといってくれ」
「わかりました」
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パトカーで被疑者の家に向かっていたパトカー6台、
後部座席に座っていた飛鳥警視正にゆりあからの連絡が入った。
「えっ?・・・それ本当のことね?」
「はい、今2台の『ステーション』が地下に配置されました。
確かに男二人が牢の前で見張っています。
女性達は身体中、傷だらけだし、下着姿でもその下着が破れて裸同然です。
カメラマンの人達、紳士のようでカメラは男二人を撮っているだけになりました」
「ありがとう、このままの撮影お願いね」
というとモバイルを切り替える。
「佐藤さん、今の報告聞きましたね」
「はい」
「では、少し遅れてもいいですから何か上から羽織るものを手に入れてきて欲しいの」
「わかりました。確かこの辺りに制服を置いてあるところがあるはずです。
白衣を12枚手に入れたらいいですね」
「ええ、それでいいわ。お金はある?」
「はい、それほど高くはないはずですから」
「サイズはどうでもいいからね。羽織って肌が見えなければいいから」
「わかりました・・・では」
再度モバイルの連絡先を切り替える飛鳥警視正。
「泉警部・・あなた達をそこに待機させて正解だったわ」
「えっ、どういうことですか?」
「訳はすぐわかるわ、それより署長はそこにいる?」
「はい皆さんと一緒に・・・・」
「じゃあ代わってくれない?」
「はい、すぐに・・・・」
署長の顔が写った。
「何事ですか?」
「はい、どうもただの誘拐ではないようです」
と地下の女性達のことを話す。
「何!・・・地下に12人の女性が囚われているですと!・・・」
「はい、誰か撮影所に行って撮影が終るのを待って、テープをビデオにしてもらってください。
それと残っている捜査員にこちらに向かってもらえるようお願いします」
「わかりました」
といって通信を切る。
会議室の中は大騒ぎとなった。2人の捜査員が飛び出していく。
証拠となるテープをもらうため、撮影所に向かったのだ。
残ったものも現場に向かうために飛び出していった。
「私たちも行ってよろしいですね」
と署長にいうのは飛鳥泉警部だ。
「でも車が・・・」
「いえ、東京から乗ってきた有佐巡査の車がありますので・・・」
「わかりました、じゃあ・・・お願いします」
「奈緒警視は残っていてください」
「私だって・・・」
「いえ、今は大事な身体ですから」
そう言われると反論もできない。
「西沢さん、奈緒警視をお願いします」
時間があったのでただ居残っていただけの西沢恵子、
「はい」
と返事をして4人を見送った。
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沙希は少し演技をする必要を感じたので小刻みに身体を震わせてみせた。
(おやっ?・・こいつ震えてやがる・・・なあんださっきまでのは痩せ我慢か。
いい度胸の女だとおもったのに。結局、女は皆同じか)
ドアがカチャッと開いて入ってきたのが、さっきの兄貴分と
小太りのちょび髭の男だ。兄貴分が沙希の隣に立ち、ちょび髭男が沙希の前に座る。
「日野あきあくんだね?」
このねこなで声、気持ち悪い・・・・こいつが視界にはいるだけ気持ち悪いわ。
こうなったら早くかたをつけてしまうだけだ。
警官隊も先ほどからじりじりして包囲しているのだから・・・・。
「どうだね、今の事務所からうちに移籍しないか?」
「へえ・・・そしたらどんな特典があるんどすか?」
「特典?・・・さすがは現代っ子だな、そうだな毎晩俺達が順番に可愛がってやるってのはどうだ」
「あほらし、誰がそんな汚いもんいりますかいな」
「何!汚いだと!・・・」
「へえ、うち男が大嫌いなんどす。触られるのも嫌!]
「お前、レズなのか?」
「レズ?・・・男の口から出たら綺麗な言葉でも厭らしく聞こえるもんどすなあ。
それにあんたらは、下司なことしか言われへんのどすか」
「くそっ!、おとなしくしてればつけあがりやがって!」
内ポケットに手を突っ込むと拳銃を取り出したが、その拳銃が天井に向かって飛び上がる。
弟分二人の内ポケットからも飛び出して天井に張り付いた。
「何なんだ!・・これは唖然とする男達だが、沙希は怒りの頂点に達している。
男三人・・・兄貴分と弟分の二人の身体が吹っ飛ぶように壁にぶつかり大の字に張り付いてしまう。
「あ・・・兄貴~~」
「な・・・なんだこれは・・・・しゃ・・・社長~~」
その社長も後ろ向きに倒れ・・・・というよりも腰を抜かしていたのだ。
「ば・・・化け物だ~~・・・」
「失礼なこと、言いわんでおくれやす。うちは人間どす」
といってからドアにむかって
「そろそろ出てきたらどないどす?・・・
ええ、年した男はんががなにをコソコソしとるんどすえ。仕方おへんなあ・・・」
といって指をくいっと曲げるとドアが『バ~ン』と弾けとんだ。
立ち尽くす中年の男が見る間に持ち上げられ、地上1mの位置に横たえられる。
「あんたもな」
というとちょび髭社長がぐ~んと引っ張られるように天井に張り付いてしまった。
「あんたら、うちが普通の女や思たんが間違いどしたなあ。
そこの府会議員の魚住はん。委員長いう役目をしてんのに何を馬鹿やっとるんどすか。
あっ、そうどすか、若いときからの女狂い・・・血迷ってしまわれましたなあ。
女性を浚ってきては言うこと聞かそうおもて薬漬けどすか。
可愛そうに・・・あの子ら心が死んでしまうはずどす」
「・・・わしは・・・わしは府会議員の魚住だ。こんなことをしてただで済むと思っているのか」
「おほほほ・・・アホやなあ、魚住はん。あんた議員ゆうんそんなえらいもんや思うてますのんか?
偉いんは一般の市民どす。市民の一票がなかったらあんたはただの悪党どす」
「なにをいうか、わしは市民のために一生懸命やっとるんじゃ」
「へえ~一生懸命女あさりどすか、あんたの浚ってきたおなごはん
の半数はあんたの選挙区のおなごはんとはどういうわけどすか。
それにあとのおなごはんの全部が京都に旅に来ていたお人どす。
楽しみできていたおなごはんを毒牙にかけたあんさん、うちゆるしまへん」
そういって指を鳴らすと少し先がとがった鞭が出てきた。
その鞭が魚住の周りを飛び回ると魚住の悲鳴が部屋に響いた。
指を鳴らすと消える鞭、
「今の魚住はんを痛めつけるためにやったことやおへんえ。
ほんとはそうしたかったんどすが、うちはあんたと同じになるの嫌どす。
・・・魚住はん痛いどすやろ、この痛みよう覚えとくんどすなあ。
この痛み明日には消えてます。けんど嘘をついたら・・・考えてもあかんのどすえ。
・・・痛みがぶり返すんどす。そやから、あんたは取調べに正直に答えな悲鳴どすえ。
それともうひとつ面白いもん、見せてあげまひょか」
というとテレビのスイッチが勝手に入り、
しかもそこには・・・・自分達の姿が写っているではないか。
動かせる首でキョロキョロするがカメラらしきものはどこにもない。
「カメラ探しているんどすか?・・・ふふふ、うちがそんな直ぐに見つかることしまへんえ。
じつ言うと日本のカメラマン6人とアメリカのカメラマン6人が
こことは違う次元から撮っとるんどす。
最初から映しているんどすえ。監督は世界でも有名な小野監督とジョージ・ルーク監督どす。
この映像が一般家庭にながれたら・・・。勿論、うちの力は消してからどすけど」
と言っているはいるが、その言っている意味が良く判らない男達。
「さあ・・・・」
と九字を切り真言を唱えると沙希の身体から小さな光が飛び出してきて
わざとか男達をしげしげ見るようにぐるりと一周してから、沙希のところに戻り正体をあらわした。
大きくて真っ白な虎だ。
「ひ・・・ひえ~」
そんな悲鳴が男達から漏れる。
「白虎丸!地下の男達二人を捕まえてここに連れてきなさい。女性達を驚かさないようにね。
懐に入っている拳銃からはもう玉を抜いておいたから大丈夫よ」
と右手の平からバラバラと玉が床に落ちる。
とんでもない女を・・・と思ってももう後の祭りだ。
「社長が悪いんだぞ!こんな女をわしに取り持とうとしたから・・・」
「そ・・・そんな!言ってきたのはそっちからじゃないですか」
こんな痴話げんかが始まった。
その時だ。ドドドドと多くの靴音が近づいてきた。
開け放されたドアから顔をみせたのは飛鳥警視正と泉と京、
ケイと洋子の東京組と京都府警の刑事達が率いるヘルメットの警官達だ。
「沙希ちゃん、やったわね」
「沙希!よく我慢したね。わたしだったらこのこぶしでぶっ飛ばしてやったわ」
「泉姉だったらそう言うと思っていた」
「沙希!この男らこれで一生暗いところから出られないから一発ここでぶっ飛ばしておこうか」
と京もぶっそうなことを言う。
「ば・馬鹿な・・・一生暗い所だと?・・・べ・弁護士を呼んでくれ!」
すると洋子が
「あんた!何を馬鹿いってんのよ。国家反乱罪に弁護士がつくと思うの?何甘いこと言ってる!」
「こ・・・国家反乱罪?・・・」
「警視正、今のは本当なんですか?」
東京の女刑事の荒っぽい言葉に目を白黒していた京都府警の刑事、
その中で捜査一課の大八木部長刑事が日和子にこう聞いた。
「ええ、このことは一般には知られていないけど、この間の京都の事件の後、
国会で決まったのよ。沙希ちゃんのことは国家機密、この事は沙希ちゃんも今まで知らなかったのよ」
「いやだなあ、私が国家機密だって・・・」
「沙希ちゃん、こんなことする奴がいるのよ。
普通の法律だったらこの男達、数年で出てくるわ。
そうしたらこの犯罪の傾向として又、再犯は確実ね」
「う~ん、女性のことを考えるとそれも仕方がないか・・・」
「国家反乱罪・・・罪としてはどうなるのですか?」
と今度は牛尾刑事。
「う~ん、超法規的罪状としか聞いていないわ。一生出られないのは確かだけど、
弁護士はつけられないし・・・・あとは公安にまかせるしかないわね」
「公安?公安が出てくるのですか」
「そうね、国家犯罪だもの。ローラー作戦を実行してどんな小さな犯罪も見逃さないでしょうね。
あと土地・建物や財産は全て没収いうのは聞いているけどね」
聞けば聞くほどとんでもないことをしたと悔やんでも悔やみきれない。
「わあ!」
と言う声で振り返ってみれば白虎丸が警官達の間をぬってのしのしと歩いてくる。
口には気絶した男二人が襟首を鋭い牙にはさみこまれているのだ。
沙希の足元にドンと置くとスッと光になって沙希の身体に入る。
「大八木さん。私、あの魚住という男にだけ経絡をつきました」
「あっ、じゃあ、東京の銀行強盗やあの殺人集団の首領達と同じ・・・」
「はい、嘘を言ったり考えたりすると身体中、痛みが走るようになっています。ええ、一生です」
「そうですか、でも明日には公安に引き渡すことになってしまいます」
「だからそれまでに調べてほしいことがあるんです」
「えっ?それは・・・」
「もう少し・・・彼女達が上がってくるまでもう少し待ってください」
そこに駆け込んできた佐藤婦警。
「遅くなって申し訳ありません」
「いえ、いいのよ。それより早く地下へ・・・」
飛鳥警視正を先頭にかけていく女性達。
沙希は座ったまま動かないが
向こうの部屋から顔を出した小野刑事に声をかける。
「小野さん、その部屋に覚せい剤が隠されています。よく探してください」
どきっとしたちょび髭社長が天井で目をキョロキョロと動かしているのだ。
「小野さん!」
「おおい!小野!」
と沙希を守るように立つ大八木部長刑事が声をあげた。
「何でしょうか」
「小野さん!照明器具の周りの天井板を破ってください」
「はい!わかりました」
と急いで引っ込んで約5分・・・・
「ありました、ありました・・・器具がある天井板にびっしり乗っています。
隣の天井板の一枚は取り外していた後が残っています」
「写真には撮ってあるのか」
「それは心配ありません。自分はいつもデジカメは携帯していますので」
「大八木さん!京都府警の刑事さん優秀ですわね」
「いやあ・・・・」
とテレ笑いだが部下をこう誉められて凄く嬉しいのだ。
「小野さん!・・・もう一箇所、調べて欲しいところが・・・・」
「えっ?どこでしょうか?
「これ、本当にありきたりどす。トイレの水槽の中なんどす。
密輸した拳銃が五丁ナイロン袋に入れられて沈んでいますえ」
「拳銃が?・・・わかりました・・」
ととんで行く。警官が数人後を追った。
「大八木さん、拳銃のことはあの二人には寝耳に水え。
その壁の兄貴さんが拳銃二十丁の密輸を弟分二人に手伝わせてやったことどす」
「とんでもない奴らだ。女性の拉致誘拐の上のレイプ、覚せい剤の密輸と所持、
その上拳銃の密輸ですか。この罪だけでも無期懲役に近いのに
国家反乱罪いう重罪が重なったらこりゃもう駄目だわ」
男達がっくりして言葉も出ない。
こうして晒し者のようにそのままの形なのは、
いくら重罪犯でも自分のやったことの反省を促すことだった。
それが判っているから大八木部長刑事も何も言わない。
「押収しました」
と小野刑事が持ってきたのは一丁ずつ油紙に包まれ、ナイロン袋に入れられた拳銃、
一丁一丁に二箱づつの玉が入っている。
「こんな物騒なものを・・・・」
といってからはっとしてあきあを見る大八木部長刑事。
「確か先ほど二十丁言われましたね。ここに五丁と天井に三丁の合計八丁か・・・
おい!浅沼!・・・あとの十二丁をどこへやった!」
「お・・・俺は・・・何も知らねえ」
兄貴分・・浅沼公平はしらばっくれる。
「うふふふふ・・・大八木さん大丈夫どす」
と言ってから鋭い目で浅沼を見る。視線を外そうとするが自由にはならない。
おまけに頭の中を何かが這いずり回っている気がする。
恐ろしい・・・・恐ろしい・・・なんと恐ろしい女なんだ。
弟分たちもそうして眺めてから視線を外す。がっくりと首を落とす弟分。
「大八木さん、メモ用紙もってはりますか?」
「あっ、何かわかったんですね」
といって内ポケットから警察手帳をだして空欄のページを開ける。
そこに美しい文字でスラスラと書き始めたがピタッと止めてから
「浅沼はん」
と京言葉に戻って
「うちに恐ろしい女やて三回も思いましたなあ。鬼畜のようなあんさんにいわれとうない言葉どす」
読まれている・・心を読まれているのだ。目を真ん丸くした浅沼だが
「そうどす、うちにはあんたの心の中すべて読めているんどす。
けんどうち、こんな力普段は絶対使いまへん。自分で封印しています。
けんどあんたらみたいな悪党に対して封印を解くんどす」
といってから文字を書き始めたが
「今、心を読まれんとこ思て他のこと考えようとしましたなあ。
そんなことしても無駄どす。今あんたが売った先の人のデーターが次々流れこんどります」
と言いながら書き上げた警察手帳を大八木に渡す。
「おお、判りましたか・・・こ・・これは・・・」
「買った日付で名前と電話番号・・そして屋号・・・一番最後は今隠している場所どす。
大八木さんが驚かれたんはその屋号どすな?」
「はい、この店のほとんどが昔からある京都の有名店です」
「ほんとお馬鹿さんばかりどす、京の伝統にあぐらをかきはって・・・
大八木さん、このお人達実は共通の趣味をおもちなんどす」
「趣味?」
「へえ、銃の愛好家の会員さんばかり・・・」
「えっ?銃の愛好家?・・・・・でもこんな本物持ったら・・・」
「ええ、やっておられるんどす。嵐山や日本海・・・銃を撃っているんどす」
「そんなことやられたら・・・・」
「へえ、そやから今後そんなあほなことできんようにきついお灸をすえてやっておくれやす」
「わかりました。おおい、山下!お前先に帰って署長に報告してから
礼状をとる準備をしておいてくれ。
それとこれを捜査員にわたる数だけコピーしてな」
とメモしてもらったところを破って山下に渡す。慌てて飛び出していく山下刑事。
もう男達はだんまりだ。
いつのまにかいなくなっていた牛尾刑事が白衣の女性の腕を肩にまわして部屋に入ってきた。
それから次々と女性を助けて婦警や女性捜査官達がはいってくる。
椅子になんて座らせる状態ではないので壁にもたれさせて絨毯の上に座らせる。
そんな中、泉が世話をしていた女性が急に震えだした。
「く・・・くすりを・・・」
そんな声を出して床を這いずる。
痛ましそうな顔をして初めて椅子から立ち上がって女性に近づいて腰を落とした。
床に落ちた振袖を必死に掴む女性。
「可愛そう・・・こんな身体にされてしまいはって」
と青黒くなった腕の注射あとをさするのだ。
「大八木さん、何かナイロン袋みたいなあらしまへんか」
「ナイロン袋?何するんですか?」
「へえ、この女性達から覚せい剤抜いてあげるんどす」
「身体から覚せい剤を抜く?・・・そんなこと出来るんですか?」
「へえ、前のうちには出来へんかったんどすが、
この間の事件で得た通力で出来るようになったんどす」
「あきあさん、これでよろしいか?」
と牛尾が持ってきたのは青いごみ袋。
「そうどすなあ、これでいい思います」
といって立ち上がった沙希。
「今からうちの姿、変わりますけど驚かんでください」
といって唱える真言・・・すると第三の目が開く・・・・
その目から出た光が女達を照らすと一瞬にして光につつまれるのだ。
目を閉じたまま立ち上がる女性達・・・破れた下着が足元に落ちると
一瞬にして消えてしまう。そして身体を覆い隠す白衣も足元に落ちたその身体には
前ボタンの白いワンピースにかえられていた。
真っ白な純な姿・・・これは沙希の女性達へのプレゼントだ。
それからゆっくりその場で回りだす沙希、その目は閉じられた。
回転が次第に速くなり・・・沙希の姿が消える。
そしてその空間から現れた仏像・・・・しかし、それは仏像ではなかった。
それは本物の仏・・・薬師如来の姿だ。
薬師如来は持っていた壷の蓋をとり、
黄色い粉を一つかみつかむと光の中の女性達の上に振りかけた。
すると粉はまるで水の中に沈んでいくように光の中の女性の身体に消えていく・・・・・。
光の中の透明度が段々と白濁し・・・・白濁というより真っ白になった時その空間が女性達を離れ、
ダンボールにセットした青いゴミ袋の上に移動した。
そして空間が圧縮されていくと下方から白い粉が袋の中に落ち、
空間も小さくなっていく。そして空間が消えたときダンボールの青い袋には
ダンボールの1/4くらいの量の白い粉が入っていた。
「前!」
といって元の舞妓姿に戻った沙希。
「凄い!・・・・」
そんな声があちこちから洩れる。早瀬の女達にしてもそうだ。
「これが彼女達の身体に入っていたんですか?」
「へえ、身体の隅々にあった薬をその影響力と共に粉として全てを身体から抜いてあげました。
どすから薬によって体や心が覚えていた記憶はもうありまへん」
「良かったわ、沙希ちゃん。覚せい剤を身体から消せて・・・」
「ええでも、彼女達の受けた心の傷は直せまへん」
「私、覚せい剤を抜いていただいたことで何とか生きていけます。
薬が切れた苦しみと薬をもらったあとの浮揚感・・・180°反対でしたがそれは地獄でした。
それを身体や心が覚えていないうれしさはもう飛び上がるほどです。ありがとうございます」
「沙希!さっきの仏様は?」
「薬師如来様どす。お力をお借りしました」
といってから女性達を見る。女性達も自分を助けてくれた女性だ。
縋りつくような目で全員が見ている。
「大八木さん、先ほどうちが待っていてほしいと言ったこと今から説明します。
これから彼女達に聞くことをよく聞いておいてほしいんどす」
「わかりました。・・・おおい、皆・・・手を止めて集まってくれ」
そう部長刑事にいわれて集まってくる刑事や警官たち。
何事か・・・とあきあを見つめる目・・・目・・・・。
「ねえ、あなた達に少し聞きたいことあるんどす。よろしいどすか?」
「はい・・・」
「ごめんえ、あなた達がもしかして忘れようとしていたかもしれへんけど、
彼女達の魂を天に帰してあげなくてはならないんどす。わかっておくれやす」
女性達は下を向いたが
「ええ・・・」
とはっきり返事をした。
「あの六人の女性達がどうなったか知っているのね」
「はい、男達があとで話していましたから」
「どこに遺体を埋めたって言っていなかった?」
「はい、・・・けれど、そうは遠くないところだと思います。
男達が帰ってくるのにそんなに時間がかかっていませんでしたから」
「わかった・・・ではどうして殺されるようなことに?」
「赤ちゃんです。・・・彼女達妊娠してしまったから」
そんな会話を聞く刑事たち・・・予想もしなかったことだけに聞いたショックは大きい。
男達を睨み付ける視線も多くなる。思いもしなかった言葉だけに・・・・・
「沙希ちゃん!今のは?・・・」
日和子の言葉に頷く沙希に・・・
「そんなあ・・・」
とつい声をあげてしまう有佐ケイ。
「じゃあ、彼女達のことを知ってる人・・・手をあげてほしいんどす・・・」
そういうと恐る恐る手をあげる三人の女性。
そのうちの一人が消え入るような声で
「一人は・・・私の・・・・私の姉なんです。
私・・・姉を見殺しにしてしまった。恨まれても仕方ないことしてしまったわ」
「石川綾美さん・・・あなたのお姉さん怒っていいへんえ。
それよりあなたのこと心配で心配で仕方がないんどす」
「え?・・・」
「逢わせてあげまひょか」
「え?・・そんなこと出来るんですか?」
「ええ」
というと壁際にむかって金色の光を掌から出す。
すると六人の女性が座り込んだ女性達を見ているのだ。
「きゃ~」
「お姉ちゃん!・・・」
「先輩~~」
そんな叫び声が上がる。
「うう~」
という声も晒し者の男の間から洩れている。
それだけではなく怯えまくっているのが刑事達に手にとるように判る。
目の前の女性達のことを思うと刑事といっても人間なのだ。今までの悪辣さが我慢できない。
ガタガタ手を震わせているものもいる。許されるならば今、思いっきりぶん殴ってやりたい。
そんな気持ちが判るだけに余計に女性達に対して優しい気持ちになって
「あなたがお姉さんの文江さんどすえ?」
「はい・・・」
「妹さん、お姉さんが亡くなった事は自分のせいだと自分を責めておられるんどすけど、
あなたから声をかけてあげて・・・・」
文江は座っている妹の綾美に精一杯の優しい笑顔をむける。
「綾美ちゃん、今はもうあなたに触れられないけど
出来るものならばあなたを思いっきり抱きしめてあげたい。
お姉さんね、死んだ後はずっとあなたを見守ってきたの。
自暴自棄になっていくあなた・・・見ていてとてもつらかったわ。
でもこらえきれない哀しみを味わったあなたはこれから強くなるの」
「文江姉さん!・・・でも私こんな身体になっちゃったわ。
肉体は治っても心は何もかも覚えているのよ・・・・」
「綾美ちゃん・・・だから・・・だからこれからはそのお方についていきなさい。
そのお方は仏を内に秘めるお方・・・そのお方についていけば、きっとあなたは幸せになれる」
女性達が見つめる沙希はその素晴らしい微笑で女性達をみつめるのだ。
その微笑の前で女性達の心は癒されていく。
「沙希ちゃん、私残念だけどあなたの舞の公演にはいけないわ」
「仕方おへん」
「今、澪にも伝えておいたから待っていてくれるの」
「じゃあ、・・・・」
「ええ、診察を終えたら、ゆっくり温泉に入れてあげるから」
「お願いします」
「沙希!そういうわけでわたし達もいけないからね」
「おば様・・・ましろちゃんを置いていきます」
というと沙希の身体から出てきた光が白い蝶にかわってからましろが姿をあらわした。
「ましろちゃん。この女性達の遺体の場所、わかりましたね」
「はい、間違いなく・・・」
「京姉、泉姉。このましろちゃんの案内でこの方達の遺体を掘り出してあげて」
「うん、わかった。ましろちゃん、案内をお願いするね」
「はい、まかせてください。泉様」
「あなた達を天に導いてあげる」
といって沙希が真言を唱えてからしばらくすると窓から光が入ってきた。
その光の中から月代をそりあげたりりしい若侍が出てきた。
「あっ、沖田様」
「沙希殿、先日会って以来ですか・・・」
「総司さまは昨日も希佐ちゃんのところに?・・・・」
「はい、どうも1日に一度剣を振らないと我慢が出来ませんから・・・」
「沖田さん!」
「ああ・・大八木さん。どうです?喉のほうは?」
「いえいえ、なんともありません。でもさすが沖田総司さんだ。
新撰組で何度も実践されたあの技、とてもかないません」
「いやいや、私よりこの沙希殿ですよ。
江戸の昔から強いと言われる剣豪の中であなたが一番強い!と私が言ったことから
あの日の試合になって沙希殿は見事、武蔵殿を打ち負かされた。
そして希佐殿のあの恐ろしい剣技もかわされ、
おまけに一度見ただけのその剣技で希佐殿をも負かされた。
あなたの強さはそれは遥か上の我等が届かぬものでした。
幕末から貴女が帰られたあと近藤さんと土方さんが言っていましたっけ。
『わしは沖田君との立会いを見ていてつくづく立ち会わなくてよかった』
という近藤さんと・・・ふふふ・・・あの口が悪い土方さんはねえ」
「どういわれたんどす?」
「『あんな化け物、もう出会わずにすむと思うとほっとする』。あははは」
「土方様と近藤様も、もう・・・・」
「あははは・・・私が言ったこと内緒ですよ」
「でも今日、どうして沖田様が?・・・」
「ええ、今天界がバタバタしているから、手を離すことできないんです」
「えっ?なにかあったんどすか?」
「あなたのせいですよ」
周囲のもの皆が、目を大きくして二人を見ているし耳も澄ませて一心に聞いているのだ。
「わたしの?」
「ええ、実はあなたの力の素・・・あなたを存在させたのが誰かってことが判ったのです。
あなたの力の元・・・いやあなたのその存在自体が天界に預かり知らぬことでした。
不思議に思われた菩薩様がお調べになられたのです。
そして、ようやくわかりました。宇宙の意思・・・・そのものでした。
この宇宙の創世記、たった一つの生き物・・小さな微生物・・・それが人間の素でした。
星々が誕生し、時の流れとともに環境の変化があり、その変化が生物を産み出す。
人もそうして誕生しました。でも人が多くなればなるほど戦いがあり、
それと共に限りない欲を誕生させていきます。
欲が戦いを・・・そして、戦いが欲を産む。それが人間の血の輪廻です。
でも人間は愚かであり、しかしそうではない種もいた。それが女という生き物でした。
平安時代に安倍晴明殿が戦いを無くす為という術を一人の女にかけたのです。
女しか産まれぬ一族・・・女しか愛せぬ性・・・でも一族を絶やさないために
好きでもない男に身を与えねばならぬ哀しみ・・・こうして今の世まで続いた。
そうですね、お園さん」
「はい、そのとおりです」
「このお園さんは平安期に安倍晴明殿に術をかけられた沙希姫殿を産んだ母でした。
その母が転生して幕末期にお園として生をうけた。
そして再び転生してこうして飛鳥日和子という沙希殿の叔母御としてこうしてここにおられる。
そして沙希殿は男として生を受けられ・・・」
えっという顔をする晒し者の男達・・呆然と沙希を見るのだ。
「けれどその優しさのため男達から徹底的な制裁を受け、そして幼心に死を選ぶことになりました。
けれど死ねませんでしたね。残ったのは喉の傷・・
それが沙希殿の女として転生するための一歩となった。
後年、沙希殿は早瀬一族の長の長女に逢い、長にも出会ったことが
二つの性を持つ沙希殿の誕生となります。
長の自殺した次女・・・瓜二つだったその女性の名が早瀬沙希。
その自殺も普通ではありませんでした。
仏に選ばれ沙希殿と合体するための死であり、覚醒した力を発揮できるようにするためでした。
でも沙希殿は成長しつづけます。通力というとんでもない力も得ました。
これ、全て天界にも預かり知らぬことなんです。
だから、菩薩様がお調べになった。そしてわかりました。
沙希殿は・・いえ、沙希様は天界より遥か上・・・
いわば宇宙の大いなる意思がつかわされたただ一人の人間だったのです」
「総司様!うちその先は聞きとうはおへん。うちはふつうの人間どす。
赤い血が通った人間なんどす。いろんな力あるの仕方おへん、うちあきらめました。
それによしんばうちがその宇宙の意思とやらから産まれたとしても今は人間なんどす。
もういわんといておくれやす」
「わかりましたよ・・・・沙希殿。さすが我ら天界の全てが惚れ込んでいるお方だ。
ふふふ・・・わたしはそう言われると思っていましたよ」
「もう、総司さま・・・」
と片手でぶつまねをする沙希、その場にいた全ての男女が
いや、天界の総司までもがドキッと胸を熱くしたのだ。
この人と一緒にいる。浚われていた十二人の女性全てがそう決心した瞬間だ。
例え元に戻ったとして以前の自分ではない。
さっき沖田総司から聞いた早瀬一族になら私のいる場所があるに違いないのだ。
「では総司様、この子達を天に連れて行ってあげてください」
「はい」
と前に進むと
「もうお別れはすみましたか?」
「はい!」
と言う声に白い光が総司と六人の女性をつつみこむ。
そして総司が十二人の女性に
「さっき言い忘れましたが、早瀬一族は血の結びつきだけでなく、
女の哀しみをもった女性なら温かくむかえてくれるそうですよ」
と言ってから
「では、沙希殿」
と挨拶すると白い光が小さな光のの集合体に変わり、
そして、バラバラになって窓から外に出て天に上っていく。
「おねえさん!・・・さようなら・・・」
「元気に生きていきます・・・」
窓に走りよってこんな声を張り上げる女性達・・・光はすでにもう消えていた。
「沙希!開演まであと30分よ」
「きゃっ・・・いけない・・・」
「パトカーで送らせましょうか」
「いいえ、今は事件の最中どす、個人の都合でパトカーを動かしてはいけまへん。
うち、飛んでいきます」
「そうですね、そのほうが早いですね」
「じゃあ、沙希ちゃん。あの男達を」
「へえ」
というと指を鳴らす沙希。男達は警官隊の間に次々とおちてくる。
とんでもない悲鳴をあげた魚住剛三・・・
「大八木さん、今の悲鳴どす。嘘を言ったら今の悲鳴あげるんどす」
「うあははは・・・痛いというのは気の毒だが今までの悪事を思えばまだまだ足りませんなあ。
・・・畑長さん、取調べはあんたの役目だがこれ若手だけでもやれそうだな」
「八木長さん、わしはこんな取調べは今だかつてやったことがないんだ。
この間の東京での銀行強盗の取り調べをわしが古くから知っている警部がやったんだが、
あとで電話してきて
『こんな楽で面白く、そして小気味いい取り調べやったことなかったよ。
どうだうらやましいだろう』なんていわれちゃいましてね。
今畜生思いましたが、もう一生機会が無いと思ってあきらめていました。
それがこの間の殺人集団です・・・だが又しても他の取調べでどうにもならなく
首領達を警視庁に取り上げられてしまいました。だから、今はもうワクワクしていますよ、
あんた方、娘さん達には聞かせたくない言葉だが取調べで徹底的に吐かせるからそれで許して欲しい」
捜査員達のこの事件へのやる気は凄いものだ。
だから、沙希は安心してこの現場を離れることが出きる。
「ましろちゃん、あとをよろしくね」
「はい、あきあ様。ご安心を・・・」
その言葉を聞くとニッコリ笑って1mほど浮き上がりそのまま窓の外まで移動する。
窓の近くにいた12人の女性達は窓をあけて表の沙希を見るのだ。
思いっきり大きく目を開ける馬鹿な男7人。
沙希は片手を少し振ると、飛び上がった。
歓声をあげる女性達・・・恩人であり、いまやあこがれとなった人を
見送るつかのまの幸せなひとときであった。
★
沙希が南座に着いたのは開演10分前となっていた。
小走りで控え室に急いだ沙希を待っていたのは見知ったというより京都の家にいる女達であった。
廊下の両側に一列にならび拍手して沙希を迎える。
吃驚したのは沙希だ。
「どうしたんどすか?」
「沙希ちゃんが来るのを待っていたのよ。
家にいるよりもここでいたほうが良いと思って皆でそれぞれのモバイルを見ていたのよ」
「なあんだ、見ていたんどすか?」
「あたりまえよ、最初の報告があったとき皆がいたんですからね」
薫がいう
「でも本当に心配したんだからね、沙希」
と抱きついてそういうのは着替えもメイクもバッチリの麗香だ。
「ごめんね、麗姉・・・そして、皆ごめんなさい」
開け放たれた控え室の中では祖母が高弟達を連れてニコヤカに笑っていた。
廊下に出てきた祖母に抱きつく沙希。
「うち、小沙希ちゃんの強さが判っていたけどそれでも心配でたまりまへんどした。
今回のこと小沙希ちゃんを狙ってのことどすから小沙希ちゃんのせい違います。
そやからいうて自分から喜んで事件に飛び込んでいくことはござんせん」
「ごめんなさい、お婆ちゃま」
「けんどよう我慢しました。途中から小沙希ちゃんが怒りで男達を
どうにかしてしまう思て、それが気がかりで気がかりで・・・」
「うちが我慢できたの、あの六人の女性がうちに訴える目どした。
男達への復讐なんかひとつもないんどす。
ただただ願うは後に残った女性達への無事と幸せなんどす」
「小沙希ちゃん!・・・あの子たちは?」
「ふふふ・・・お婆ちゃまはそういう思てました。
あの女性達はうちの病院は運ばれてくるんどす。
そやから澪姉はここに来てへん思うんどすけど」
「そういえば明子先生はさっきまでここにいたんだけど
悪いけど地下の病院に行かなければならないから沙希ちゃんに言っておいてって帰られました」
「沙希ちゃん!弥生さんが『せっかくもらった切符だけど明子先生に付いていきますから、
沙希さんに謝っていてください』って明子先生の後を追ってかえっていったわ」
「謝るってそんなこと・・・さすがうちの姉ちゃんや思うて嬉しおす」
「じゃあ、もうすぐ時間やから席に行きまひょか」
と言って背中を見せて歩こうとするが一度止まると
「小沙希ちゃん、うちあんたがどんな生まれであってもうちの孫どすえ」
と言って歩き出した。後を高弟達が守るように歩いていく。
「沙希ちゃん、おばあ様はね、
沙希ちゃんが仏様よりもっともっと上の世界から来たと知ってショックだったの。
天界から使命をもって送り込まれたと知ってもショックなのにより上からと判ったでしょ」
「そんなあ・・・うちはうちどすえ人間に間違いないんどす」
「うふふふ・・お婆様はわかったのよ。いくら偉いところからといっても
沙希ちゃんは今以上でもないし、以下でもないわ。
お婆様の大好きな小沙希ちゃんに間違いないって・・・」
といってから
「さあ、わたし達も行きましょうか」
と薫も歩き出した。
「ねえ、律ちゃん先生。薫姉さんも言うときはきちんというのね」
と廊下にひづるの声が響いたものだから
キッとまなじりが上がった薫が振り返った
「こら!ひづる!・・あんたこの早乙女薫を最近侮っているでしょ」
「ううん、そんなことないわ。女優として大尊敬しています。
・・・・けどそれ以外は・・・・・・」
というだけで薫のそばをすり抜けると走り去る
「こら!ひづる!・・・・それ以外はってなによ・・・」
と走りかけたが回りのものが止める。
「ほんと薫姉って子供みたい、妊娠中ってこと自覚がないのかしら」
「違うよ、沙希!・・・薫姉さん、あの囚われていた女性のことを知って本当に・・・
もの凄く怒っていたんだから。
だから、彼女達の今後の生きる道をいろいろと考えていたみたい。
でもその考えが上手くまとまらないので少しイライラしていたの。
ひづるは子供心に薫姉さんの苦しみを知って、
ああしてわざと喧嘩をふっかけて気分を紛らわしているのよ」
「全く・・・お姉さん達ったら・・・・」
そんな言葉にえっ?と思って沙希を見たら大きな目が潤んで大粒の涙が頬を伝わっているのだ。
はっとして慌てて薫が消えた方向を見直す麗香、その背に
「グスン」
と鼻をならしてから
「うちお化粧をなおしてから舞台にいきますさかい、舞台の袖で待っていておくれやす」
そう言って杏奈と共に控え室に入ってドアを閉める。
そうだった。
・・・一番苦しんでいるのは他人の苦しみや哀しさを自分のものとしてしまう沙希なのだ。
だからあの女性達きっと幸せになれる・・・だって沙希が付いているもの。
そして、わたし達早瀬一族がついているんだもの。
廊下を曲がって階段を上がろうとすると二つの人影・・・薫とひづるだ。
「ねえ、沙希ちゃん大丈夫だった?」
と心配そうな薫の顔。
「麗香姉さん・・・本当に沙希姉さん放っておいてもいいの?」
ひづるの心配げな顔・・・・早瀬の女になってほんとうに良かったと思った瞬間だ。
「大丈夫よ・・・あの沙希がこんなことでどうなるもんじゃないわ」
「うん、そうよね」
「薫姉さんも、ひづるも沙希のこれからの舞をじっくりみとくのね。
この前の時からいろんなことがあったわ。
そして今日・・・女性達の怒り、苦しみ、哀しさを味わったところよ。
今日の舞・・・それは凄まじい舞になると思うの」
といったところにバサバサという羽音・・・
「あら、チチ・・・あなた今日どうしていたの?」
「ヘエ、ウチ。朝早ウ菩薩様二呼バレテ天界二行ッテイタンドス。ソシタラ、アンナ騒ギドスヤロ。
シモタ思テモ後ノ祭リドス。
菩薩様ニモ今ハ帰ラヌホウガ良イ言ワレマシテ天界デ様子ヲ見テイタンドス。
ソシテ今、沙希ハンニ会オウ思テ部屋二入ロウトシタンドスガ・・・イケマヘン。
怒リト哀シサト苦シサガ結界ノヨウニナッテ、ウチヲ拒絶シトルンドス」
「チチも心配しないで、沙希は舞でそれらを出し尽くすわよ」
といってから大きな声で
「沙希!・・・時間よ・・・」
と叫んだ。
しばらくしてドアが開いたと思うと沙希が出てきた。後に杏奈が続く。沙希は笑みさえ浮かべている。
「あら薫姉もひづるちゃんも・・・チチまでどうしたんどす?」
「ウチドウシタライインドスヤロカ?」
チチがそう沙希に聞く。
「うちも麗姉も駄目どすやろ、ひづるちゃんは式の結界で一番あきまへん。
杏姉が一番いいんやおまへん?」
「ヘエ、ジャア」
と杏奈の肩に飛び乗るチチ。
「チチ!約束よ。まずは姿を消しなさい」
「ヘエ」
と姿を消す。
「それから声を出して話さない。もし話し掛けたかったら感応の術で杏姉の心に直接話し掛けなさい」
「ヘエ」
と杏奈に返事した。
「この子、今返事したわ」
「チチ、それでいいわ。家に帰るまでそのままよ」
「また返事したわ」
「じゃあ行きましょうか」
途中で客席に向かう薫とひづる。
舞台袖から覗く客席はそれこそ立錐の余地も無い。
事件の余波で来れなくなった捜査員の席も、
さっき帰った明子と弥生の席ももうすでに埋められつくしている。
前の舞台を見た南座の関係者も予想を遥かに越えた客の入りなのだ
・・・・・時間となった・・・・・・・・・・・・
「少し前説が長くなるけど」
と言う沙希に
「じっくり聞かせてもらうから・・・」
ニッと笑う麗香と琵琶を持つ紫苑に手を振ってから舞台中央に向かう。
勿論、照明スタッフはいない。・・・がスポットライトが沙希を当てている。
「ようこそ、みなさん・・・うちが小沙希こと日野あきあどす」
どよめく客席からの歓声・・・
「これからうちの舞を披露するんどすが、その前に話しておくことがあるんどす」
えっ?という客席の声ならぬ声・・・・。
「実は・・・・」
と話し出したのが今日の誘拐だ。
え~~という声を出してショックを受ける一般客。しまった!と思うのが番記者達。油断したのだ。
ただ家を出て劇場に来るだけ・・・そんな間に何かが起こるはずも無い。
完全な油断でトップをとりそこねたのだ。それでもメモ用紙を出す記者達。
本当のことは話せないので、撮影していたスタッフに助けられたと
小野監督とルーク監督に了承を得てそういう話に作りかえておいた。
勿論、沙希を知る人にとっては陳腐な話だ。
けれど通報によって警官隊が踏み込んだ後、地下牢の存在を知り
子分達を尋問して判ったのが浚ってきた女性が六人、
・・・その全ての女性がすでに男達によって殺されていると判ったことだ。
そして、男達を裏から操っていたのが京都府会議員議長という表の顔を持つ
魚住剛三と知って京都府民にはなおショックだった。
そういえばと思い出すのは女性に対する妙な噂・・・
でもそれは対立候補が流したものだと信じて疑わなかった。
沙希の話が終って手を上げて質問しようとする記者達に
「うちの舞が終ったら質問を受け付けしますよって舞の公演を始めさせてください」
と先手をうつ。
その大きな拍手に記者はあきらめずにはいられなかった。
けれど舞が始まったらこっそりと表で情報を得ようと考えた記者、
だがこの公演そんな甘いものではなかった。
「では今回の公演、前回のときと異なるんは謡と琵琶を別の方にやっていただく事になったからどす。
琵琶や謡をしながら舞うのは辛うおす。今回はもっと舞に専念できます。
それでは紹介します。九条麗香さんと紫苑さんどす」
みんな『えっ?』と声をあげる。全く思いも寄らぬ人選だ。
専門家を使うと思っていた。けれど売れているとはいえ普通の歌手なのだ。
果たして出来るのか?・・・そんな心配が先にたつ。
そして、琵琶を持つ女性は無名であるし、若い・・・若すぎる。本当に大丈夫なのか・
「では麗香さん。紫苑さん。用意を・・・」
麗香と紫苑は頭を下げてから花道に用意された座布団の上に座る。
そこをスポットライトがうつし出し、舞台上が真っ暗になった。
「ジャーン・ジャン・・・・ジャン・ジャン・・」
と楽器の音・・・・二つの琵琶の音色が流れてくる。
二人の天才が奏でる琵琶は奇跡のような深みを観客に与えている。
パッとスポットライトが舞台中央を照らす。
その光の中にはちらちらと花びらが舞う桜の木が・・・・
そして桜の木を背に座り込んだ琵琶法師が琵琶を弾き鳴らしているだ。
「栄枯盛衰、桜華散るらん、人の心の奥には鬼が住むという・・・・・・・・」
低いが良く通る声が会場内にながれてくる。
音響装置を使っていないがこの声量。女のテノールといったところだ。
これが九条麗香?思いも寄らぬ声量とこの声の艶はどうだ。
いままでになかった麗香の声質が会場に流れていく。絶対に凄い訓練をしてきたのだ。
Vテレビの山内プロデュウーサーは何かワクワクしてきた。
この声ならばいままでやれなかった分野の歌が確実に歌える。喜びが身体中を駆け巡っている。
そして・・・・・舞が始まった。・・・・何なんだ?、これは・・・
前回、見ていた客も・・いや二人の男女の人間国宝達もだ。
ただ呆然と舞を見ているだけ・・・・こんなことが・・・今の舞・・・・
前回と又、変わってきている。
進化・・・そう進化しているのだ・・・舞も・・・・あきあも・・・。
今回始めての客も沢山いる。・・・いろんな人から聞いて来たし、
評論も読んだ・・・でも、これは一体何?・・・聞きしに勝るとはこのことだ。
何だか、この公演での日野あきあに・・・この不思議な女優の舞を見る喜びに・・・
身体が振るえ出す。・・・だってこれから一生見られぬかも知れない舞なのだ。
えっ?一生見られないだって?・・・いくらビデオやDVDが発売されたとしても、
・・・勿論買うが、・・・このビデオの中のあきあにしても・・・
進化の通過点しかないのだろう・・・
それなら、その後のあきあを見たいと思うのもあたりまえじゃないか・・・
そうさ、今後も舞の公演をおこなってもらおう・・・
・・・・・・第一幕が終了した・・・・・・・・・・・・・・
さあ次はあの横笛だ。
あきあが今回取り出したのは『翔龍丸』つまり麗香の声を考えてのことだが
それが凄い効果を生み出した。
『翔龍丸』によって土着していた魂が除霊されて天に帰っていくのだ。
それは月夜に飛び立つ蛍みたいだった。
「ふ~む・・・沙希のあの笛の音・・・前とは違う。怒りがあり、苦しみがあり、哀しみがある。
じゃが、迷いはない。これは人間そのものじゃ。またまた、成長したようだぞ・・・宋円・・・」
「はい、峰厳様。・・・けれど沙希のこの笛の音、
きっと何かあったに違いありません。・・・余りにも・・・・凄過ぎる・・・」
「宋円、お前も成長したようじゃのう」
「いえいえ、沙希のことを見ていれば、細々したことも判るようになります。
峰厳様・・・二幕目と三幕目の間の休憩時間に早瀬の女達に聞いてきます」
「おう、そうしてくれ」
笛に舞に・・・二幕目も変わりなかった。
一幕目に衝撃を受けた観客達、どこが違うかと目を凝らしてみれば舞の所作・・・
は名人であるに違いはないが前回とは変わらない。
どこが違うのか?・・・それは舞姿から溢れるあるものだった。・・・・・
「これが・・・・これが・・・・舞の心・・・」
舞の心だけでここまで変わる・・・・その実例を見せつけられた尾上吉三郎・・・
今までどれだけ舞に対しての取り組みが甘かったか実感できたのだ。
「先生!舞の心だけでこんな凄い舞が舞えるのですか?」
「馬鹿な・・・いくらわし達が修行してもあのお方の舞の1割にもいけぬ。
この舞は見るだけでよい。真似しようとするな、真似をすると今までの修行が全て無駄になる」
「先生・・・そんなに・・・」
「そうだ!お前達にはあのお方の姿がどのように見えているか知らぬが
わしには舞踊の神に見えておる」
「舞踊の・・・・・神・・・・・」
弟子達・・・いつも厳しい師匠がまるで崇めるように見つめるこの女性・・・
確かに舞を修行しているだけにその凄さがわかる。
「薫!・・・確かに今日の沙希ちゃんは凄いって麗香ちゃんが言っていたそうだけど、それ以上ね」
「ええ、・・・わたしの両手ったら、握ったまま離れないの」
「見せてみなさい」
と手をとる圧絵・・・なるほど指が握ったまま固まっている。
圧絵はゆっくりと・・・そして優しくマッサージする、もちろん視線は舞台に当てたまま・・・・
しばらくするとようやく指の硬さがとれ、指が動くようになった。
「圧絵さん、ありがとう。もういいわ・・・片手さえ動いたらどうにかなるから」
「どうしたのよ、薫。あなたらしくないわね」
「ええ、判ってるわ。でも沙希ちゃんのあの女性達への想いが今の舞から感じられて、
もうどうしようもないの」
「圧絵はん・・・薫はん・・・小沙希ちゃんの舞・・・変わりましたえ。
もううちがどうのこうのと批評できる舞やおへん。
小沙希ちゃん、おなごはんの苦しみ・哀しみいう心の負担・・・自分に取り入れとるんどす。
ほんで舞を舞うちゅうことによってそんな負担、
全部消し去る・・・そんな舞・・・誰にも出来ることやおへん」
斜め上の祖母からの言葉で舞台に目をやる二人、
確かに舞姿からゆらゆらとかげろうのようなものが見えるのだ。
・・・・・・・・・こうして第二幕目の舞が終わった・・・・・・・・
謡の麗香はあの温泉水で喉をうるおして、その疲れをとっている。
琵琶の演奏の終った紫苑は舞台から下りた。
明るい照明の中、舞台上では沙希が舞妓姿に戻ってその中央で目を閉じ正座して座っていた。
一般の客のほとんどが何をしているのか判らない。
かたまって座る僧侶達に判る沙希の禅の姿・・・
以前沙希の禅を見知っていた僧侶以外の・・・
修行僧達には、その禅の素晴らしさはまだ判らないとしても、
自然な形の圧倒される沙希の姿にはもう言葉もない。
蓮昌尼と妙真尼の二人の初めて目にする沙希の見事な禅の姿。
妙真尼は幾多の高僧の禅を見てきたがこのような見事な姿は見たことが無かった。
蓮昌尼は先日の剣や今の舞・・・
そして禅と異なる沙希の姿に、もう呆然と言葉も無く見とれているだけでもう心が浮き立っていく。
「峰厳様、聞いてまいりました。実は・・・・」
と僧達が陣取る席の中で朝の誘拐劇での女達の悲劇を伝える宋円。
「何!・・・・そんなことがあったのか」
「はい、私が聞いたのは沙希のマネージャーの律子殿でしたが
彼女達最初から一部始終を例のモバイルとやらで見ていたそうです。
だから沙希の心の変化は手に取るように見て取れたと言っています。
最初は楽しんでいたそうですが、
変わったのは女性達が軟禁されて男達に弄ばれたことが判った時で、
それがピークに達したのは
六人の女性が殺されていて埋められていることを知ったときと聞きました」
「ふ~む、それが沙希の怒り、苦しみ、哀しみをさそったのじゃな。
よし、今夜女達の法要を比叡山で出来るよう蓬栄に頼んでくる。
宋円はわしが持ってきた警策で沙希の禅を頼む」
峰厳が立ち上がったあと、
宋円は渡された風呂敷包みから警策を取り出して立ち上がった。
舞台袖まで行くと見知った女達がじっと沙希を見詰めているのだ。
パイプ椅子に座っていた順子が立ち上がって
「宋円様・・・」
「わかっております・・・・」
その言葉だけでいい。舞台中央に進む宋円。
こんな大勢の観衆の中で少しどぎまぎしたが、美しい禅姿の沙希を見ると急速に落ち着いてきた。
背後に立つ宋円・・・すると首を曲げる沙希・・・・
警策を右肩に受けた沙希は首を戻すと頭を下げる。宋円も頭を下げた。
判らなかった一般客のあきあの姿の意味がわかり、何だか座る姿勢を正している。
結局沙希は六回警策を受けた。六回目の警策を打つ際に宋円もその意味を悟ったのである。
六人の女性に対する鎮魂だったのだ。
「ありがとう、宋円お兄ちゃん」
「朝のこと聞いたよ」
「うちの中ではまだ黒い炎がくすぶり続けているんどす」
「黒い炎?」
「ええ、まだ六人の・・・残された十二人への想いが消えることがおへん。
六人には怒りがおへんかった。ただただ残された十二人への想いだけどした。怒りはうちどす。
うちの怒りが女達への想いと重なってまだ消えてはいかないんどす。
けんど、うちこの後の舞にもっともっとうちと女達の想いを入れて舞うつもりどす。
宋円お兄ちゃん、見てておくれやす」
「わかった、充分に舞ってくれ。最後まで見届けるから」
コクリと頭を下げる沙希。
「今夜比叡山で女達の法要をするよ」
また、コクリと頭をさげる。
袖に帰った宋円、『パチパチ』と鳴る拍手・・どうやら沙希が立ち上がったようだ。
「どうでした?宋円様」
「心配ありません、沙希自身の怒りは舞の中に消し去るそうですよ」
「そうですか」
「よくやった」
席に戻った宋円にそう声をかける峰厳和尚。沙希の言葉を伝えると
「やはりな・・・優しいからのう・・・」
「はい」
「しかし、変わらず見事な禅だのう」
「はい、おかげで他の禅が堪らなく退屈になって・・・」
「ほう・・・」
「欠伸が出て、仕方ありませぬ」
「わははは・・・おまえも言うようになったのお」
「峰厳様!始まったようですよ」
・・・・・第三幕・・・・・・・・・・・・・・・・・・
背丈まで伸びる草・・・伸び放題の野中の一軒家。
そこから聞こえる小気味いい鼓の音
「ポン・・・ポンポポポポポン・・・・」
その広間で鼓を打ちながら舞い踊るのは妙齢の美女・・・・鼓に合わせて謡がはじまる。
旅の若い僧が鬼女樹沙羅の館に迷い込んだことから始まるこの物語。
物語が進むにつれ客席に白いハンカチが翻っていく。ほとんどが女性達・・・
「樹沙羅が可哀想・・・・」
「だってあいつ鬼なんだぜ、坊さんを食おうとしている恐ろしい鬼なんだ」
「そうしなければならない樹沙羅の哀しみ・・・女にしか判らないわ」
樹沙羅に対する思い入れは前回同様女性に多い。
でも今の方が遥かに樹沙羅の存在が身近に思える。
・・・涙が溢れてとまらない・・・・。
背景に流れる謡がなお樹沙羅の哀れを誘うのだ。
舞、鼓、謡・・・三位一体が奏でるこの舞は強烈なインパクトで客達にその存在を植え付けていく。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
そして・・・能面が割れ・・・白い着物が赤く染まった・・・
前回でも樹沙羅のプロマイドをという声が多かったが
今回でもそれ以上の問い合わせが多くなるだろう。
・・・・・・・・こうして三幕目が終った・・・・・・・・・・・・・・・
四幕目は少しコミカルだったが、えっという終り方・・・なんかあっけない・・・
しかし、観客にとって初めて知ることになる五幕目の存在・・・
四幕目が序章でしかないのが何故か納得できる。
五幕目の存在を知るのが早瀬の女のみ
「おおい、瑞穂くん!五幕目のことなんか聞いていないぞ」
「すいません!五幕目を完全に手の内にいれたの昨日なんです・・・・」
と五幕目の存在を知ることになったきっかけとそれからの経緯を簡単に話す。
「なんと・・・将門さんの奥方が・・・・」
「はい」
「そして比叡山での修行・・・・そして今日の誘拐劇・・・あきあくんて・・・
やはりおとなしくは出来ない・・・そういう星の下に産まれついているんだなあ」
と笑う。
「それで、監督。五幕目のことなんですが・・・・」
「あきあくんにまかせるんだろ」
「えっ?どうして?」
「そんなこと読めなくてあきあくんには付き合ってられないよ。アメリカ側はどうなんだ?」
「今、ゆりあが説明しています」
そのとき『ピーピー・・・』
とモバイルが鳴る。手早くスイッチを入れるとゆりあの顔だ。
「あっ!・・・ゆりあどうだった?」
「ええ、OKよ!五幕目の『ステーション』の配置も全てあきあにまかせるって」
「じゃあ、あとはお願いね・・・」
「わかったわ・・あっ、一言だけ・・・
ジョージが『こんな素晴らしい撮影に参加させてもらって関係者に感謝する』って言っていました」
と言ってモバイルが切れた。
「監督!・・・聞かれましたか」
「聞こえているよ。わしも素晴らしいフィルムができたら皆にお礼をいうよ」
「素晴らしいフィルムできるのはわかりきっていますわ、監督。
だって目の前に素晴らしい素材がいるんですもの」
「素晴らしい素材か・・・
そうだな、世界のどこを探してもいるはずもないたった一人の女性だもんな」
「あっ!『ステーション』が動き出しました。アングルの方は監督におまかせします」
「わかった」
五幕目は四幕目と同じく音曲はない。
バックに流れる謡は最初の何分間は高低が全く無いそれは不気味なものだった。
斑鳩式部が立ち上がると照明が消える・・・・・真っ赤な二つの目が舞台の端から端まで宙を飛ぶ。
バックに点った照明がこの『両面宿那』をおどろおどろしく見せ、
平面的な謡が舞というより『狂言』を表すのだ。
狂言が舞に変わるのは公達との出会いから・・・
公達の恋人を殺してしまった悔い、けれども『両面宿那』として
魂をむさぼり喰う快感は人としての良心を無くしていく。
『両面宿那』=斑鳩式部と公達の戦いは最後まで続いていったのだ。
・・・・・・・こうして全ての舞が終った・・・・・・・・・・・
「ほ~・・・」
と大きなため息が会場に流れると共に立ち上がった観客達、
歓声と共に拍手が鳴り止まない。何か別の踊りをと催促しているのだ。
この間舞ったあの舞でも良かったのだがフト目に入った舞妓や芸妓達・・・ニッコリ笑った沙希が
「花世ちゃん達・・・うちと『祇園小唄』踊りまへん?」
「えっ?・・・いいんどすか?」
客席で立ち上がった花世が嬉しそうな顔をするのだ。
「へえ、上がってきなはれ・・・」
そう聞くと舞妓が全員立ち上がった。
ゾロゾロと舞台に上がる舞妓達。
客席はあっけに取られていたが、これはこれで凄い演出だ。
これだけの舞妓達の京舞を見られるものではない。
「鳴り物はテープでもいいんどすが折角の舞どす。芸妓のお姉ちゃん達・・・手伝ってくれまへん?」
「うちら、小沙希ちゃんと同じ舞台踏めるんどすか」
「へえ・・・」
「けんど鳴り物のお道具がおへん・・・」
「うふふ・・・あれを見ておくれやす」
と指し示す舞台の後ろ・・・
スルスルと黒い幕が開いてバックの白い壁・・・・と思ったら
桜の木々の前に三段の台座にそれぞれたくさんのお座布が・・・そして三味線がおかれている。
喜んで上がる芸妓達・・・置屋の女将達も
「しっかり・・・」
「がんばって・・・」
と嬉しそうに声援をおくっている。
すっかりと準備ができた舞台上
「今から舞うのは『祇園小唄』どす。華やかな舞をご堪能しておくれやす」
そう挨拶した小沙希は舞妓達を前面に押し出し、中央奥に位置した。
「えっ?」
という顔をした観客達だが舞が始まってしまうとそんなのどうでもよくなった。
こんな大勢での群舞というのか・・・全く初めてだと言うのに
なんだろうこの舞は・・・・何か凄い舞だと素人目にも感じるのだ。
「凄い!・・・こんな大勢の舞妓達がそれぞれ名人級の舞を舞っている」
「先生!・・・こんなことって・・・」
「これは、あの方のせいだ・・・
あの方がお一人で舞妓達一人一人を実力以上の世界へ引き上げている」
「でも、そんなことが・・・」
「誰もが出来るわけじゃない・・・いいや、誰も出来はしない。出来るのはあの方だけだ」
と中央奥で舞っている舞妓に視線を当てる。
舞は終った。続々と舞台を降りる舞妓や芸妓達、
まだ小沙希と一緒に舞ったことが無い舞妓達は・・・胸を押さえながら・・・
ため息をついてを名残惜しそうに小沙希を振り返りながら席にむかっているのだ。
小沙希と舞った事で自分がどんな舞を舞ったのか自覚できたのだから・・・。
観客達も凄く徳した気分だった。
この舞台で都おどりの再現?を見れたからだ。いやそれ以上だったのだ。
舞台に一人立つ沙希にパイプ椅子を持って現れた吉備洋子、
「吉姉・・椅子なんかいいのに」
「今日は大活躍でしょ、いいから座って記者会見なさい」
といって袖に引っ込んでいくのだ。
椅子に座った沙希を見つめる観衆・・・誰一人席を立つものはいない。
「これからの時間・・お約束通りの質問コーナーどす」
「わたし達もいいんですか」
一般の観客なんだろう。
「へえ・・・かましまへん。どんなこともうけつけます。
けんど、人には触れてほしゅうないことあるんは判りますえ、
今度の誘拐事件も今警察が捜査中なんどす。話してもええ事悪い事あります。
それを重々考えての質問受け付けます」
「はい!」
と手をあげる記者達。
「どうぞ」
と指名すると
「日野あきあさん!・・誘拐されたとわかったときどんなお気持ちでしたか?」
「そりゃ、怖おおした。震えあがってどうしょう思うたん覚えてますえ。
けんど、うちには安心することあったんどす」
「安心すること?」
「へえ、この公演をビデオやDVDで売り出そうと小野監督とルーク監督が
朝からうちのことヘリコプターで追っていたんどす」
「小野監督とルーク監督?・・・」
「へえ、日本とアメリカでは舞を見る感性が違ういうて
日本、アメリカそれぞれで別々に作ろう・・・いうて別々に撮っとるんどす。
それに監修はあそこにおられる人間国宝の尾上吉三郎先生どす」
「ビデオやDVDの売り出しは聞いていましたが、こんな凄い布陣だなんて聞いていませんよ」
「楽しみに待っていておくれやす。日本とアメリカどんなフィルムになるかとっても楽しみなんどす」
「なんかワクワクしますね」
「けれどこの劇場、どこを見てもカメラがないんですが」
「へえ、それがうちがお願いしたたった一つの条件どした。
だってうちの舞の舞台にカメラマンの姿があったんでは興ざめどすしうちも舞に専念できまへん。
そやからお二人の監督さんに知恵絞ってもらいました。
それで決まったんがCCDカメラ使うってことどす」
「へえ~~、CCDで撮影なんですか」
「へえ、そやからうち安心して誘拐されたんどす」
「えっ?・・・安心していたんですか?いい度胸だなあ」
「へえ~・・・うちが度胸いいんどすか」
そんな会見で記者達の質問をうまくかわした沙希・・・
ようやくみんなに囲まれながら控え室に戻ってきた。
術を使えばよいのだが、普段は使わないようにしている沙希、
杏奈に舞妓のメイクをすっかり落としてもらってから大好きな黄色いパンツスーツに着替えた。
それから再び薄化粧をしてもらう。こんな時の沙希は本当に18歳という少女の姿に変わる。
こう書くと静かな控え室と思うがマネージャー含め全員がいるのだ。
先に舞台を降りた麗香もキラキラとした瞳で沙希を見つめている。
舞台が成功したことでホッとし、今後の歌手活動にも凄い効果がある謡に喜びが一杯となっている。
そこに
「沙希ちゃん!・・・お客様よ・・・」
とひづるに手を引かれた薫が入ってきた。
その後ろに続くのは娘に庇われるように入ってきた中年の女性だ
「さあ、どうぞお母さん」
と自分が座っていた椅子を進め、
「琴美さんは、こちらにね」
と空いていた椅子に座らす沙希。
「えっ?」
と立ち尽くす琴美・・・どうして?・・・どうして、私の名前を?・・・・
自分の疑問をまだ口に出来ず、沙希に視線をあてたままゆっくりと腰を落とす。
「吉姉!・・・コップにお水をお願い・・・」
吉備洋子の用意したコップは直ぐにテーブルの上に置かれる。
「琴美さん・・・お薬を・・・」
「えっ?・・・あっ・・・はい!・・・」
とバックをあけて大切にちいさな布の袋から何種類かの薬を出す。
「お母様、もうすぐお昼の食前のお薬の時間ですよ。
・・・さあ、お飲みになって」
「あ・・・あなたは・・・」
呆然とした中年の婦人だが、沙希に何かを見たのかハッとして立ち上がろうとする。
沙希は手を押さえてニッコリと微笑んでから
「お母様、その先は口にしないで・・・」
婦人はしばらく沙希を見つめていたが、テーブルの上の薬をとった。
でもその手は小刻みに震えている。
案の定、その手から白い錠剤が落ちていったが沙希が空中で掴み取り婦人に渡した。
「琴美さん。あなた達はこの京都に人探しに来られたのね。
アメリカに留学をされていたあなたはお母様からの手紙で急ぎ帰国された。
でも帰ってみるとお母様が心臓の持病で入院されていたのよね。
仕方なく一人で京都に行こうとしたけど、お母様は断固反対なされた。
だって、お母様は琴美さんのこと心配で心配でたまらなかったから・・・。
だから、お母様はこういわれた。私が一緒に京都に行くことが出来なければ
絶対に貴女を一人でいかさない。あなたは一人でも行くことは出来たけど、
お母様を放っておいてなんかできなかった。親孝行のあなたにはね」
琴美は泣き出した。
「よほど我慢していたのね。思いっきり泣いてもいいのよ」
琴美を抱きしめた沙希に思いっきり抱きついた琴美・・・我慢をしていた分大声をあげて泣き出す。
みんなもつられてハンカチを出して泣いているのだ。
ようやく泣き声も落ち着いたとき
「ねえ、琴美さん!・・・お母様の身体心配よね」
「はい、ここで退院することは命を無くすことになるって言われて来ました。
一応は診断書とレントゲン写真は持ち歩いています」
とおおきなバックを示した。
立ち上がった沙希は
「圧絵叔母様!」
「なあに」
「お母様は石川鈴さん、娘さんは石川琴美さん。いわれます。
私撮影所に寄ってから帰りますから家に連れて行ってください」
「わかったわ」
「お母様は地下の病院で診察してからあの温泉にね。琴美さんも女性特有の持病もっていますから」
といって部屋を出て行った。無論杏奈も続いていく。
「あのう・・・」
と声をかける石川鈴にとって・・・相手はいわば若いときの憧れの人・・・
「あのお方は一体どういうお方なのでしょうか?」
「そう思われるのはあたりまえね。ねえ薫」
「沙希ちゃんに、ああズバズバ言われると何も言えなくなるわね」
さっきまで気づかなかった・・・今、初めて気づいたのだ。
案内してもらった人があの天才女優早乙女薫とは・・・
そして、その横にニコニコ笑う天城ひづるまでいる、ここは一体?・・・
二人の戸惑いと驚きをよそに
「さあ、引き上げましょうか」
と言う声で忘れ物の有無を調べるマネージャー達に
「先に帰っておくからね」
と声をかけると二人を真中に歩き出した。
タクシーを拾って家にたどり着いたのはそれから30分も経ってはいなかった。
「ただ今・・・・」
その声に飛び出してくる高弟達・・・その後ろには三人の看護師の姿、
「先ほど智子様から電話があったんどす。
圧絵様たちがもうすぐ帰りはるから、お客様のお二人をすぐに病院にとおっしゃられたんどす」
「ありがとう、早く病院に連れて行けるので助かったわ。弥生さん、このお二人なの。よろしくね」
「ええ、わかりました。じゃあ、行きましょうか」
と言われて弥生と言われた看護師を先頭に二人の後には看護師が二人ついてくる。
この年代物の屋敷の中に本当に病院があるのか?
不安に思っている琴美の目に階段を下りたとたん思わぬ近代的な受け付けが・・・、
アメリカでも見たことがない超近代的なたたずまい。こんな病院はみたことがなかった。
「さあ、こちらにどうぞ」
と案内されたのがロッカー室だった。
「さあ、これに着替えてください」
琴美がよく見るとシースルーの頭から被る短い浴衣のような着衣だった。
顔をポッと赤くする琴美だが
「ここは女性だけの専門病院だから恥ずかしくないのよ」
と言ってから
「一応外にいるから着替え終わったら呼んでね」
と言って出て行く看護師。
母と顔を合わせてから服を全て脱ぎ去り、ロッカーに入れると
頭から被るシースルーの着衣。鏡に映るシースルーの下の乳房と黒い翳りが恥ずかしい
用意が出来たと看護師を呼ぶと廊下に用意された移動式のベッド。
乗せられた母に被された毛布、何だか少しホッとする。
「さあ、あなたも・・・」
「えっ?わたしも?」
耳元で
「少し恥ずかしいんでしょ」
といわれると顔が赤くなる。
仕方なくベットに乗って横たわるとさっと被された毛布に思わずため息が出る。
「あっ、これ、母の診断書とレントゲン写真です」
「わかりました、確かにお預かりしますね」
と言って看護師五人がつきそって廊下を少し行った先のエレベーターに乗せられた。
「地下二階で検診を受けてもらいますからね」
エレベーターから降りた地下二階も無機的な施設ではなく廊下の所々に
間接照明で陶器の花瓶に花が差してあるという女性らしい心使いがあちこちに施されている。
「お母様はこちらに・・・・」
と入っていく母の検診の部屋の隣に入れられた琴美。
琴美自身に検診はあっという間に終った。
「では廊下で・・・・」
と言われて渡されたのが白いガウンだった。どこまでも行き届いている病院だ。
廊下の長椅子で待っていると、母が検診されている部屋のドアが開いてベットが出てきた。
母は変わらず毛布をかけられていて、おとなしくよこたわっている。
この1週間の肉体の疲労と気疲れで、一度横になってしまうと起きられなくなったのか、
ぐったりとなっている。
「あなたは、それでいいわね」
琴美の白いガウンを見て弥生看護師がいう
「えっ?」
「さあ、行きましょうか」
「えっ?・・・どこへですか?」
「温泉よ・・・・」
「温泉?・・・」
「そう・・・・入ってみればわかるわ。わたし達も入るから・・・」
母を乗せたべっトについていく琴美。凄い不安だったが何故か少し胸が躍った。
エレベーターに乗ると地下へ地下へと降りていくのだ。
地下七階の表示で停まったエレベーターのドアが開くとそこは別世界だった。
保養施設・温泉とエレベーター内に書かれたあったこのフロアー
初めて来た者にとってそれは時代劇で見た湯治場にきたような・・・
タイムスリップしたような場所だった。
ドアを開けると広い更衣室になっていた。
そこに入った五人の看護師、ナース帽を外し、白衣を脱いで、下着までとって
全裸になるとそこに置かれていた琴美達と同じシースルーの着衣を被ったのだ。
そして看護師たちは母をかつぐようにしてからドアを開けた。
そこは広い広い温泉だった。
ゆっくりと肩までつかると
「さあ、お母様。これを飲んでください」
と看護師がもってきたポットからコップに注いだ水を渡す。
『ゴクゴク』と喉を鳴らして一気に飲んでしまった母、最近一度もなかった母の様子、
「あなたも飲みなさい」
と渡されたコップ、口をつけると休まずに飲まずにはいられない水だった。
「これ、この温泉と同じ物なの。でも飲料用として源泉から組んだものだからね」
と弥生看護婦から聞くが
「琴美ちゃん・・・琴美ちゃん・・・私、何かおかしいわ」
「えっ?お母さん・・・どうしたの?・・・」
「わたし・・・なにか・・・身体中、元気が溢れている感じなの。
心臓の痛みもないし・・・・・あっ足の浮腫みもないわ」
「お母さん!・・・それより・・・その髪・・・・」
「えっ?髪がどうしたの?」
「お母さんの真っ白だった髪の毛が殆ど元の黒に戻っているわ」
「琴美ちゃんもよ。目の下の隈もなくなっているし吹き出物なんて少しもないわ。
肌が輝いているわよ」
「看護師さん!これどういうことなんですか?」
「この温泉は女性にしか効かない癒しの湯なの。他の人に言ってもらったら困るけどね。
でも癒しだけど不老不死と思ったらだめだからね」
「お母さんの髪も元に戻ったのもですか?」
「そうね、あとでもう一度検査しないとはっきりいえないけど
心臓病から波及していた浮腫みも白髪も心臓病が治ったことで全てが元に戻ったということかしら」
「お母さん・・・」
「琴美ちゃん・・・」
抱き合う親子だが
「抱き合うのはもういちどきちっと検査してからね」
そういう弥生看護師に頷くように温泉からあがる母子。
地下二階での検診を終えて
地下一階のロッカー室で着替え終わった二人が受付のところで待っていると弥生看護師が
「こちらへどうぞ」
と案内されたのが小さな部屋だがやはり女性らしい気配りのある部屋だ。待っていたのは一人の女医、
「先生、お連れしました」
「あっ、どうぞ。おかけください」
腰掛けた二人に
「お母様はこれからの一週間入院できますでしょうか?」
「一週間ですか?」
「はい、今温泉に入ってもらったことで心臓病の80%が治っています。
でも長年の持病だったことで直ぐに完全に治ったとはいえません。
再発のことも考えて一週間の入院治療が必要なのです。そして、月に一二度の通院もしてください」
「えっ?京都まで来なくてはならないんですか?」
「お家はどこですか?」
「東京なんです」
「東京ですか・・じゃあ、あとで場所を書きますからそこに通ってもらえますか?」
「東京にもこんな施設あるのですか?」
「いいえ、うちの里があるのです。そこにはここの温泉と同じ温泉がありますから。
「判りました」
「琴美さんはどこにも以上はありません。
温泉に入る前は内臓がかなりわるかったようです。不摂生されていましたね」
「はい、すいません。留学先で一人暮らしだったので・・つい・・」
「外食ばっかりだったようね」
「はい」
「駄目よ・・・バランスの良い食事をとらなきゃ」
「わかりました
ドアがコンコンと鳴った。
「はい!」
というと琴美にとっては見知らぬ外人が入ってきた。
「ケイト、どうしたの?」
「うん、ジョージに用があって撮影所に寄ってきたの。
私、仕事で沙希の公演にいけなかったからジョージに様子を聞こうって思ってね」
「じゃあ、沙希が誘拐されたことは?」
「うん、聞いたし、編集前のテープを見せてもらった。
よく沙希が我慢していたと思うわ。特に女の子達のこと」
「ストップ・・・・その話はあとでね・・・
それより紹介しておくわ。この子はアメリカに留学しているそうだから・・・」
「琴美ちゃん、この子はケイト・マイヤー。あのジョージ・ルーク監督の姪なの」
「ジョージ・ルーク監督ってあの映画監督の?」
「そうよ・・・」
「うわ~・・感激です」
「本人は女流写真家でワシントンポストの記者だったんだけど
そこを辞めて早乙女薫事務所の海外メディア部門の京都支社長という経歴なの」
「ケイト!このお二人はお母さんが石川鈴さん、娘さんが石川琴美さんっていうの」
「石川さんって・・・・あの・・・・」
と言いかけたが澪が黙るように目配せするのでその先は飲み込んだ。
ケイトは話を変えるように
「澪姉さん、沙希が帰ってきているの」
「わかったわ、じゃあ、お母さんも琴美さんも行きましょうか」
と言って立ち上がる。
ドアを出しなに
「弥生さん、明子先生にこのことを・・・」
「はい、わかりました」
「それと、電話したらみんなをね・・・」
「おまかせください」
居間にはすでに大勢の女性達が集まっていた。
そしてその中心にいるのは・・・
はじめてこの家が人間国宝の井上貞子のものだと気づいた。
その井上貞子と親しそうに話しているのは
今日舞いの公演をやった舞妓の小沙希こと女優の日野あきあだった。
石川母子には訳が判らない。この女性達の関係が・・・・だ。
あきあが立ち上がった。
そして、貞子の方を向いて
「お婆ちゃま、初めから終わりまで話したほうがいいの?」
「小沙希ちゃん、あんたのこと最後までモバイルで見てました。
けんど、遠かったりしていろいろ画面が変わったりして小沙希ちゃんの事
あんまりわかりまへんどした。
別に興味で見せてくれ言うとんと違います。小沙希ちゃんが味わった心の内を知りたいだけどす。
うちが感心するほど我慢しはった。その心・・・・知りたいんどす」
「わかりました、お姉ちゃん達もそれでいいんですね。・・・チチ!」
その呼び声に『バサバサ』と羽音がして何もない空間から現れて
あきあの肩に飛び乗った鳥の姿に肝をつぶした石川母子。
「驚いたでしょ、でもこんなことで驚いていたんでは沙希さんの傍にいられなくてよ」
と弥生が言ってから
「澪先生!このナースキャップ・・・・」
「ああ、お部屋に行ったのね」
「はい、お部屋で留守番のカナの様子を見に行った時にこのナースキャップを見つけたんです」
「明子先輩と話がついて弥生さんは今日から正式にこの病院の総婦長よ。
明日にでも相良病院の同僚達に挨拶しておくのね」
「はい、それと先ほど言われたこと全て完了しました」
「じゃあ、あなたもここにいてちょうだい」
「はい!」
石川母子・・・チラッとみた看護師に目をやると、
なるほどさっきまでなかったナース帽に三本の線が入っている。
けれど・・・視線をあのあきあに移すとあの鳥と話しているのだ。
・・・・鳥は話すけれど会話は出来ないはず。
「あまり驚いていると心臓に悪いわよ。もっと楽な気持ちでみていなさい」
と注意をうけるがなかなか出来るはずはない。
「あの鳥はね、現世の鳥ではないの」
「現世の・・・鳥・・・ではない?」
もう一つ・・・意味がよく汲み取れない。
「あの鳥はね。金慶鳥といって天界に住む鳥なの。
そしてあの鳥は菩薩様のいわばペットだったんだけど悪い奴に浚われてね・・・
逃げ込んだのが沙希ちゃんの舞の中だったのよ。
いろいろあったけどあの鳥・・・チチというんだけど・・・・
沙希ちゃんのそばを離れるのを嫌がって、結局、今では菩薩様から預けれれているわけ・・・」
「なんだかよくわからないけど・・・凄い!」
「ここにいれば何でも平気になるわ。私だって、ここにきたの三日前だからね」
「三日前なんですか?」
「そうよ、わたしの娘の目をあの温泉で治してもらってね」
そんな話をしているうちに、あれよあれよと部屋の真中に枝がある細い木が現れた。
その枝に飛び乗るチチ、壁一面に張られたスクリーン・・・・・。
これ全てがあきあの陰陽師の術だと隣の総婦長から聞いた。
「チチ!・・・用意いい?」
「ヘエ・・・準備ハスベテ出来マシタ」
「じゃあ、データー送るね」
スクリーンに映った画像・・・・それはあきあ・・・いや沙希の目を通しての画像だった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
家の門を入ろうとしてスッと寄ってきた男達に囲まれる沙希。
「おまえは小沙希こと女優の日野あきあだな」
「へえ」
「間違いないのだな」
(おや?今の言葉おかしい・・・実際は私のこと知らないのでは?)
沙希の心の声が画面から聞こえる。
「へえ」
「ちょっと来てもらおうか」
「へえ・・・どこへ?・・・」
「兄貴!おかしな女だ、本当にこの女であっているのですか?」
「おう、間違いはない」
と内ポケットから写真を出す。沙希が上から覗くと何のことはない
プロマイドとして売り出してる日野あきあの写真だった。
そこにさっと寄ってきた黒いワゴン車、弟分がドアを開けると
「乗れ!・・・」
と兄貴分が沙希の後ろから帯びをトンと押す。
「キャ・・・・」
といって車に乗り込む沙希。
でも心の中は
(むふふふ・・・なんだか面白くなりそう・・・あっそうだ連絡しとかなくっちゃ)
(瑞姉!・・・瑞姉・・・・聞こえる?)
(あっ?沙希・・・どうしたの?)
(ふふふふ・・・あのね、わたし男達に誘拐されちゃった・・・)
(えっ?・・・誘拐?・・・それって大変じゃない・・・男達かわいそう)
(何よ!・・・それ・・・まあいいわ。
急いで撮影所に行ったら皆を『ステーション』に乗せてくれない?・・
準備がおわったら・・・瑞姉・・・連絡して欲しいの。
すぐ飛ばすから・・・カメラマンの皆に十分に撮影していてちょうだいって伝えてね)
(わかったわ。こちらももう撮影所の前よ)
(あっ、このこと家にいる日和子叔母様に伝えてから京都府警で待機していて
もらってね・・・・逐一叔母さまへの連絡はゆり姉にお願いするわ)
連絡が終ったことで腰を深く椅子にすわりなおす沙希。
場面が変わって、男達の囲まれて家に入る沙希。居間らしき部屋で古びた椅子に座らされる。
兄貴分が隣の部屋に入っていき、弟分二人が沙希の後ろで拳銃を構えている。
ドアがカチャッと開いて入ってきたのが、さっきの兄貴分と
小太りのちょび髭の男だ。兄貴分が沙希の隣に立ち、ちょび髭男が沙希の前に座る
ここで沙希の目からという画像が変わった。きちっと沙希が画像の中にいる。
「日野あきあくんだね?」
(このねこなで声、気持ち悪い・・・・こいつが視界にはいるだけ気持ち悪いわ。
こうなったら早くかたをつけてしまうだけだ。
警官隊も先ほどからじりじりして包囲しているのだから・・・・)
「どうだね、今の事務所からうちに移籍しないか?」
「へえ・・・そしたらどんな特典があるんどすか?」
「特典?・・・さすがは現代っ子だな、そうだな毎晩俺達が順番に可愛がってやるってのはどうだ」
「あほらし、誰がそんな汚いもんいりますかいな」
「何!汚いだと!・・・」
「へえ、うち男が大嫌いなんどす。触られるのも嫌!]
「お前、レズなのか?」
「レズ?・・・男の口から出たら綺麗な言葉でも厭らしく聞こえるもんどすなあ。
それにあんたらは、下司なことしかいわれへんのどすか」
「くそっ!、おとなしくしてればつけあがりやがって!」
内ポケットに手を突っ込むと拳銃を取り出したが、その拳銃が天井に向かって
飛び上がる。弟分二人の内ポケットからも飛び出して天井に張り付いた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
震える指でスクリーンを示し
「あっ!・・・あれ・・・」
と声をあげる琴美・・・・・・・・・
「凄いでしょ・・・あれが陰陽師の術なの」
冷静な婦長の声にゆっくりと指をおろす琴美・・・
その冷静さが移って急に心が落ちいてくる・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「何なんだ!」
唖然とする男達だが、沙希は怒りの頂点に達している。
男三人・・・兄貴分と弟分の二人の身体が吹っ飛ぶように壁にぶつかり大の字に張り付いてしまう。
「あ・・・兄貴~~」
「な・・・なんだこれは・・・・しゃ・・・社長~~」
その社長も後ろ向きに倒れ・・・・というよりも腰を抜かしていたのだ。
「ば・・・化け物だ~~・・・」
「失礼なこと、言いわんでおくれやす。うちは人間どす」
といってからドアにむかって
「そろそろ出てきたらどないどす?・・・
ええ、年した男はんががなにをこそこそしとるんどすえ。仕方おへんなあ・・・」
といって指をくいっと曲げるとドアが『バ~ン』と弾けとんだ。
立ち尽くす中年の男が見る間に持ち上げられ、地上1mの位置に横たえられる。
「あんたもな」
というとちょび髭社長がぐ~んと引っ張られるように天井に張り付いてしまった。
「あんたら、うちが普通の女や思たんがまちがいどしたなあ。
そこの府会議員の魚住はん。委員長いう役目してんのに何を馬鹿やっとるんどすか。
あっ、そうどすか、若いときからの女狂い・・・血迷ってしまわれましたなあ。
女性を浚ってきては言うこと聞かそうおもて薬漬けどすか。
可愛そうに・・・あの子らの心が死んでしもうてはります」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
今の言葉になにか予感があったのか母が娘の手をがっしり握り締めるのだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「・・・わしは・・・わしは府会議員の魚住だ。こんなことをしてただで済むと思っているのか」
「おほほほ・・・アホやなあ、魚住はん。あんた議員ゆうんそんなえらいもんや思うてまんのんか。
偉いんは一般の市民どす。市民の一票がなかったらあんたはただの悪党どす」
「なにをいうか、わしは市民のために一生懸命やっとるんじゃ」
「へえ~一生懸命女あさりどすか、あんたの浚ってきたおなごはん
の半数はあんたの選挙区のおなごはんとはどういうわけどすか。
それにあとのおなごはんの全部が京都に旅に来ていたお人どす。
楽しみできていたおなごはんを毒牙にかけたあんさん、うちゆるしまへん」
そういって指を鳴らすと少し先がとがった鞭が出てきた。
その鞭が魚住の周りを飛び回ると魚住の悲鳴が部屋に響いた。
指を鳴らすと消える鞭、
「今の魚住はんを痛めつけるためにやったことやおへんえ。
ほんとはそうしたかったんどすが、うちはあんたと同じになるの嫌どす。
・・・魚住はん痛いどすやろ、この痛みよう覚えとくんどすなあ。
この痛み明日には消えてます。けんど嘘をついたら・・・考えてもあかんのどすえ。
・・・痛みがぶり返すんどす。そやから、あんたは取調べに正直に答えな悲鳴どすえ。
それともうひとつ面白いもん、見せてあげまひょか」
というとテレビのスイッチが勝手に入り、
しかもそこには・・・・自分達の姿が写っているではないか。
動かせる首でキョロキョロするがカメラらしきものはどこにもない。
「カメラ探しているんどすか?・・・ふふふ、うちがそんな直ぐに見つかることしまへんえ。
じつ言うと日本のカメラマン5人とアメリカのカメラマン5人がこことは違う次元から撮っとるんどす。
最初から映しているんどすえ。監督は世界でも有名な小野監督とジョージ・ルーク監督どす。
この映像が一般家庭にながれたら・・・。勿論、うちの力は消してからどすけど」
と言っているが、その言っている意味が良く判らない男達。
「さあ・・・・」
と九字を切り真言を唱えると沙希の身体から小さな光が飛び出してきて
わざとか男達をしげしげ見るようにぐるりと一周してから、
沙希のところに戻り、正体をあらわした。大きくて真っ白な虎だ。
「ひ・・・ひえ~」
そんな悲鳴が男達から漏れる。
「白虎丸!地下の男達二人を捕まえてここに連れてきなさい。女性達を驚かさないようにね。
懐に入っている拳銃からはもう玉を抜いておいたから大丈夫よ」
と右手の平からバラバラと玉が床に落ちる。
とんでもない女を・・・と思ってももう後の祭りだ。
「社長が悪いんだぞ!こんな女をわしに取り持とうとしたからな
「そ・・・そんな!言ってきたのはそっちからじゃないですか」
こんな痴話げんかが始まった。
その時だ。ドドドドと多くの靴音が近づいてきた。
開け放されたドアから顔をみせたのは婦警2人(飛鳥警視正・有佐ケイ)と
女性刑事らしい3人(泉・京・洋子)だ。
あとは大勢の私服の刑事達とヘルメットの警官隊。
「沙希ちゃん、やったわね」
「沙希!よく我慢したね。わたしだったらこのこぶしでぶっ飛ばしてやったわ」
「泉姉だったらそう言うと思っていた」
「沙希!この男らこれで一生暗いところから出られないと思ったら一発ここでぶっ飛ばしておこうか」
と女性刑事(京)もぶっそうなことを言う。
「ば・馬鹿な・・・一生暗い所だと?・・・べ・弁護士を呼んでくれ!」
すると最後の女性刑事(洋子)が
「あんた!何を馬鹿いってんのよ。国家反乱罪に弁護士がつくと思うの?何甘いこと言ってる!」
「こ・・・国家反乱罪?・・・」
「警視正、今のは本当なんですか?」
女刑事の荒っぽい言葉に目を白黒していた男の刑事が、制服の婦警(日和子)にこう聞いた。
「ええ、このことは一般には知られていないけど、この間の京都の事件の後、国会で決まったのよ。
沙希ちゃんのことは国家機密、この事は沙希ちゃんも今まで知らなかったの」
「いやだなあ、私が国家機密だって・・・」
「沙希ちゃん、こんなことする奴がいるのよ。普通の法律だったらこの男達、数年で出てくるわ。
そうしたらこの犯罪の傾向として又、再犯は確実ね」
「う~ん、女性のことを考えるとそれも仕方がないか・・・」
「国家反乱罪・・・罪としてはどうなるのですか?」
と今度は牛尾刑事。
「う~ん、超法規的罪状としか聞いていないわ。一生出られないのは確かだけど、
弁護士はつけられないし・・・・あとは公安にまかせるしかないわね」
「公安?・・・公安が出てくるのですか」
「そうね、国家犯罪だもの。ローラー作戦を実行してどんな小さな犯罪も見逃さないでしょうね。
あと土地・建物や財産は全て没収いうのは聞いているけど」
聞けば聞くほどとんでもないことをしたと悔やんでも悔やみきれない。
「わあ!」
と言う声で振り返ってみれば白虎丸が警官達の間をぬってのしのしと歩いてくる。
口には気絶した男二人が襟首を鋭い牙ではさみこんいるのだ。
沙希の足元にドンと置くとスッと光になって沙希の身体に入る。
「大八木さん。私、あの魚住という男にだけ経絡をつきました」
「あっ、じゃあ、東京の銀行強盗と同じ・・・」
「はい、嘘を言ったり考えたりすると身体中、痛みが走るようになっています。ええ、一生です」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「これ、沙希ちゃんが『般若童子』として東京で銀行強盗を捕まえた時の話なの」
「えっ!・・・『般若童子』があの方なんですか?」
「そうよ」
「そんなあ・・・・」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「そうですか、でも明日には公安に引き渡すことになってしまいます」
「だからそれまでに調べてほしいことがあるんです」
「えっ?それは・・・」
「もう少し・・・彼女達が上がってくるまでもう少しまってください」
そこに駆け込んできた婦警。
「遅くなって申し訳ありません」
「いえ、いいのよ。それより早く地下へ・・・」
警視正を先頭にかけていく女性達。
沙希は座ったまま動かないが向こうの部屋から顔を出した刑事に声をかける。
「小野さん、その部屋に覚せい剤が隠されています。よく探してください」
どきっとしたちょび髭社長が天井で目をキョロキョロと動かしているのだ。
「小野さん!」
「おおい!小野!」
と沙希を守るように立つ刑事が声をあげた。
「何でしょうか」
「小野さん!照明器具の周りの天井板を破ってください」
「はい!わかりました」
と急いで引っ込んで約5分・・・・
「ありました、ありました・・・器具がある天井板にびっしり乗っています。
隣の天井板の一枚は取り外しいていた後が残っています」
「写真には撮ってあるのか」
「それは心配ありません。自分はいつもデジカメは携帯していますので」
「大八木さん!京都府警の刑事さん優秀ですわね」
「いやあ・・・・」
とテレ笑いだが部下をこう誉められて凄く嬉しいのだ。
「小野さん!もう一箇所、調べて欲しいところが・・・・」
「えっ?どこでしょうか?
「これ、本当ありきたりどす。トイレの水槽の中なんどす。
密輸した拳銃が五丁ナイロン袋に入れられて沈んでいますえ」
「拳銃が?・・・わかりました・・」
ととんで行く。警官が数人後を追った。
「大八木さん、拳銃のことはあの二人には寝耳に水え。
その壁の兄貴さんが二十丁の拳銃の密輸を弟分二人に手伝わせてやったことどす」
「とんでもない奴らだ。女性の拉致誘拐の上のレイプ、覚せい剤の密輸と所持、
その上拳銃の密輸ですか。この罪だけでも無期懲役に近いのに
国家反乱罪いう重罪が重なったらこりゃもう駄目だわ」
男達がっくりして言葉も出ない。
「押収しました」
と刑事が持ってきたのは一丁ずつ油紙に包まれ、ナイロン袋に入れられた拳銃、
一丁一丁に二箱づつの玉が入っている。
「こんな物騒なものを・・・・」
といってからはっとしてあきあを見る刑事。
「確か先ほど二十丁言われましたね。ここに五丁と天井に三丁の合計八丁か
おい!浅沼!・・・あとの十二丁をどこへやった!」
「お・・・俺は・・・何も知らねえ」
浅沼はしらばっくれる。
「うふふふふ・・・大八木さん大丈夫どす」
と言ってから鋭い目で三人を見る。視線を外そうとするが自由にはならない。
がっくりと首を落とす弟分。
「大八木さん、メモ用紙もってはりますか?」
「あっ、何かわかったんですね」
といって内ポケットから警察手帳をだして空欄のページを開ける。
そこに美しい文字でスラスラと書き始めたがピタッと止めてから
「浅沼はん」
と京言葉に戻って
「うちに恐ろしい女やて三回も思いましたなあ。鬼畜のようなあんさんにいわれとうない言葉どす」
目を真ん丸くした浅沼だが
「そうどす、うちにはあんたの心の中すべて読めているんどす。
けんどうち、こんな力普段は絶対使いまへん。自分で封印しています。
けんどあんたらみたいな悪党に対しては封印を解くんどす」
といってから文字を書き始めたが
「今、心を読まれんとこ思て他のこと考えようしましたな。
そんなことしても無駄どす。今あんたが売った先の人のデーターが
次々流れこんどります」
と言いながら書き上げた警察手帳を大八木に渡す。
「おお、判りましたか・・・こ・・これは・・・」
「買った日付で名前と電話番号・・そして屋号・・・一番最後は今隠している場所どす。
大八木さんが驚かれたんはその屋号どすな?」
「はい、この店のほとんどが昔からある京都の有名店です」
「ほんとお馬鹿さんばかりどすなあ、京の伝統にあぐらをかきはって・・・
大八木さん、このお人達実は共通の趣味をおもちなんどす」
「趣味?」
「へえ、銃の愛好家の会員さんばかり・・・」
「えっ?銃の愛好家?・・・・・でもこんな本物持ったら・・・」
「ええ、やっておられるんどす。嵐山や日本海・・・銃を撃っているんどす」
「そんなことやられたら・・・・」
「へえ、そやから今後そんなあほなことできんようにきついお灸をすえてやっておくれやす」
「わかりました。おおい、山下!お前先に帰って署長に報告してから礼状をとる準備をしておいてくれ。
それとこれを捜査員にわたる数だけコピーしてな」
とメモしてもらったところを破って山下に渡す。慌てて飛び出していく山下刑事。
そのとき若い刑事が白衣の女性の腕を肩にまわして部屋に入ってきた。
それから次々と女性を助けて婦警や女性刑事達がはいってくる。
椅子になんて座らせる状態ではないので壁にもたれさせて絨毯の上に座らせる。
そんな中、泉が世話をしていた女性が急に震えだした。
「く・・・くすりを・・・」
そんな声を出して床を這いずる。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「お・・お母さん・・・あれ・・・」
琴美の指し示すのは這いずり回っている女性・・・
「綾美ちゃん・・・・・」
「姉さん!・・・・・」
悲鳴のような声があがる。
身体を前に乗り出してスクリーンのほうに行こうとする琴美を
抱きしめる弥生総婦長、母の鈴にはさっき入ってきた明子が抱きしめている。
「お母さんも琴美ちゃんもつらいだろうけど・・もう少し・・・もう少し・・・
じっと見ていて・・・」
そういう弥生も涙声だ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
痛ましそうな顔をして初めて椅子から立ち上がって女性に近づいて腰を落とした。
床に落ちた振袖を必死に掴む女性。
「可愛そう・・・こんな身体にされてしまいはって」
と青黒くなった腕の注射あとをさするのだ。
「大八木さん、何かナイロン袋みたいなあらしまへんか」
「ナイロン袋?何するんですか?」
「へえ、この女性達から覚せい剤抜いてあげるんどす」
「身体から覚せい剤を抜く?・・・そんなこと出来るんですか?」
「へえ、前のうちには出来へんかったんどすが、
この間の事件で得た通力で出来るようになったんどす」
「あきあさん、これでよろしいか?」
と牛尾が持ってきたのは青いごみ袋。
「そうどすなあ、これでいい思います」」
といって立ち上がった沙希。
「今からうちの姿、変わりますけど驚かんでください」
といって唱える真言・・・すると第三の目が開く・・・・
その目から出た光が女達を照らすと一瞬にして光につつまれるのだ。
目を閉じたまま立ち上がる女性達・・・破れた下着が足元に落ちると
一瞬にして消えてしまう。そして身体を覆い隠す白衣も足元に落ちたその身体には
前ボタンの白いワンピースにかえられていた。真っ白な純な姿・・・
これは沙希の女性達へのプレゼントだ。
それからゆっくりその場で回りだす沙希、その目は閉じられた。
回転が次第に速くなり・・・沙希の姿が消える。
そしてその空間から現れた仏像・・・・しかし、それは仏像ではなかった。
それは本物の仏・・・薬師如来の姿だ。
薬師如来は持っていた壷の蓋をとり、黄色い粉を一つかみつかむと光の中の女性達の上に振りかけた。
すると粉はまるで水の中に沈んでいくように光の中の女性の身体にきえていった。
光の中の透明度が段々と白濁していく・・・・白濁というより真っ白になった時
その空間が女性達を離れ、ダンボールにセットした青いゴミ袋の上に移動する。
そして空間が圧縮されていくと下方から白い粉が袋の中に落ち、
空間も小さくなっていく。そして空間が消えたときダンボールの青い袋には
ダンボールの1/4くらいの量の白い粉が入っていた。
「前!」
といって元の舞妓姿に戻った沙希。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「あっ・・・あのお方は、神様なのですか?」
琴美はもう声も出せ泣いでいる。
「お母様!・・・私は人間よ・・・ただちょっとだけ力があるだけ・・・
これから悲しいことも味合わなければならないけど、心静かに見ていてくださいね」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「凄い!・・・・」
そんな声があちこちから洩れる。早瀬の女達にしてもそうだ。
「これが彼女達の身体に入っていたんですか?」
「へえ、身体の隅々にあった薬をその影響力と共に粉として
全てを身体から抜いておいたんどす。
どすから薬によって体や心が覚えていた記憶はもうありまへん」
「良かったわ、沙希ちゃん覚せい剤を身体から消せて・・・」
「ええでも、彼女達の受けた心の傷は直せまへん」
「私、覚せい剤を抜いていただいたことで何とか生きていけます。
薬が切れた苦しみと薬をもらったあとの浮揚感・・・180°反対でしたがそれは地獄でした。
それを身体や心が覚えていないうれしさはもう飛び上がるほどです。ありがとうございます」
「沙希!さっきの仏様は?」
「薬師如来様どす。お力をお借りしました」
といってから女性達を見る。女性達も自分を助けてくれた女性だ。
縋りつくような目で全員が見ている。
「大八木さん、先ほどうちが待っていてほしいと言ったこと今から説明します。
これから彼女達に聞くことよく聞いていてほしいんどす」
「わかりました。・・・おおい、皆・・・手を止めて集まってくれ」
そう大八木刑事にいわれて集まってくる刑事や警官たち。
何事か・・・とあきあを見つめる目・・・目・・・・。
「ねえ、あなた達に少し聞きたいことあるんどす。よろしいどすか?」
「はい・・・」
「ごめんえ、あなた達がもしかして忘れようとしていたかもしれへんけど、
彼女達の魂を天に帰してあげなくてはならないんどす。判かっておくれやす」
女性達は下を向いたが
「ええ・・・」
とはっきり返事をした。
「あの六人の女性達がどうなったか知っているのね」
「はい、男達があとで話していましたから」
「どこに遺体を埋めたって言っていなかった?」
「はい、・・・けれど、そうは遠くないところだと思います。
男達が帰ってくるのそんなに時間がかかっていませんでしたから」
「わかった・・・ではどうして殺されるようなことに?」
「赤ちゃんです。・・・彼女達妊娠してしまったから」
そんな会話を聞く刑事たち・・・予想もしなかったことだけに聞いたショックは大きい。
男達を睨み付ける視線も多くなる。思いもしなかった言葉だけに
「沙希ちゃん!今のは?・・・」
日和子の言葉に頷く沙希に・・・
「そんなあ・・・」
とつい声をあげてしまう若い婦警。
「じゃあ、彼女達のことを知ってる人・・・手をあげてほしいんどす・・・」
そういうと恐る恐る手をあげる三人の女性。
そのうちの一人が消え入るような声で
「一人は・・・私の・・・・私の姉なんです。
私・・・姉を見殺しにしてしまった。恨まれても仕方ないことしてしまったわ」
「石川綾美さん・・・あなたのお姉さん怒っていまへん。
それよりあなたのこと心配で心配で仕方がないんどす」
「え?・・・」
「逢わせてあげまひょか」
「え?・・そんなこと出来るんですか?」
「ええ」
というと壁際にむかって金色の光を掌から出す。
すると六人の女性が座り込んだ女性達を見ているのだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ね・・姉ちゃん・・・・・・・」
呆然として声が出なくなってしまった琴美。
「文江ちゃん・・・・・・・・・・・」
鈴も・・・もう何もいえない・・・・
でも娘の霊魂のなんとも言えない優しい笑みに目が離せなくなっている
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「きゃ~」
「お姉ちゃん!・・・」
「先輩~~」
そんな叫び声が上がる。
「うう~」
という声も晒し者の男の間から洩れている。
それだけではなく怯えまくっているのが刑事達に手にとるように判る。
目の前の女性達のことを思うと刑事といっても人間なのだ。
今までの悪辣さが我慢できない。ガタガタ手を震わせているものもいる。
許されるならば今、思いっきりぶん殴ってやりたい。
そんな気持ちが判るだけに余計に女性達に対して優しい気持ちになって
「あなたがお姉さんの文江さんどすえ?」
「はい・・・」
「妹さん、お姉さんが亡くなった事は自分のせいだと
自分を責めておられるんどすけど、あなたから声をかけてあげて・・・・」
文江は座っている妹の綾美に精一杯の優しい笑顔をむける。
「綾美ちゃん、今はあなたに触れることが出来ないけど
出来るものならばあなたを思いっきり抱きしめてあげたい。
お姉さんね、死んだあとはずっとあなたを見守ってきたの。
自暴自棄になっていくあなた・・・見ていてとてもつらかったわ。
でもこらえきれない哀しみを味わったあなたはこれから強くなるの」
「文江姉さん!・・・でも私こんな身体になっちゃったわ。
肉体は治っても心は何もかも覚えているのよ・・・・」
「綾美ちゃん・・・だから・・・だからこれからはそのお方についていきなさい。
そのお方は仏を内に秘めるお方・・・そのお方についていけば、きっとあなたは幸せになれる」
女性達が見つめる沙希はその素晴らしい微笑で女性達をみつめるのだ。
その微笑の前で女性達の心は癒されていく。
「沙希ちゃん、私残念だけどあなたの舞の公演にはいけないわ」
「仕方ないですね」
「今、澪にも伝えておいたから待っていてくれるの」
「じゃあ、・・・・」
「ええ、診察を終えたら、ゆっくり温泉につけてあげるから」
「お願いします」
「沙希!そういうわけでわたし達も行けないからね」
「叔母様・・・ましろちゃんを置いていきますから」
というと沙希の身体から出てきた光が白い蝶にかわってからましろが姿をあらわした。
「ましろちゃん。この女性達の遺体の場所、わかりましたね」
「はい、間違いなく・・・」
「京姉、泉姉。このましろちゃんの案内でこの方達の遺体を掘り出してあげて」
「うん、わかった。ましろちゃん、案内をお願いするね」
「はい、まかせてください。泉様」
「あなた達を天に導いてあげる」
といって沙希が真言を唱えてからしばらくすると窓から光が入ってきた。
その光の中から月代をそりあげたりりしい若侍が出てきた。
「あっ、沖田様」
「沙希殿、先日会って以来ですか・・・」
「総司さまは昨日も希佐ちゃんのところに?・・・・」
「はい、どうも1日に一度剣を振らないと我慢が出来ませんから・・・」
「沖田さん!」
「ああ・・大八木さん。どうです?喉のほうは?」
「いえいえ、なんともありません。でもさすが沖田総司さんだ。
新撰組で何度も実践されたあの技、とてもかないません」
「いやいや、私よりこの沙希殿ですよ。
江戸の昔から強いと言われる剣豪の中であなたが一番強い!と私が言ったことから
あの日の試合になって沙希殿は見事、宮本武蔵殿を打ち負かされた。
そして希佐殿のあの恐ろしい剣技もかわされ、
おまけに一度見ただけのその剣技で希佐殿をも負かされた。
あなたの強さはそれは遥か上の我等が届かぬものでした。
幕末から貴女が帰られたあと近藤さんと土方さんが言っていましたっけ。
『わしは沖田君との立会いを見ていてつくづく立ち会わなくてよかった』
という近藤さんと・・・ふふふ・・・あの口が悪い土方さんはねえ」
「どういわれたんどす?」
「『あんな化け物、もう出会わずにすむと思うとほっとする』。あははは」
「土方様と近藤様も、もう・・・・」
「あははは・・・私が言ったこと内緒ですよ」
「でも今日、どうして沖田様が?・・・」
「ええ、今天界がバタバタしているから、手を離すことできないんですよ」
「えっ?なにかあったんどすか?」
「あなたのせいですよ」
周囲のもの皆が、目を大きくして二人を見ているし耳も澄ませて一心に聞いているのだ。
「わたしの?」
「ええ、実はあなたの力の素・・・あなたを存在させたのが誰かってことが判ったのです。
元々あなたの力の元・・・いやその存在自体が天に預かり知らぬことでした。
不思議に思われた菩薩様がお調べになられたのです。
そして、ようやくわかりました。宇宙の意思・・・・そのものでした。
この宇宙の創世記、たった一つの生き物・・小さな微生物・・・それが人間の素でした。
星々が誕生し、時の流れとともに環境の変化があり、その変化が生物を産み出す。
人もそうして誕生しました。でも人が多くなればなるほど戦いがあり、
それと共に限りない欲を誕生させていきます。
欲が戦いを・・・そして、戦いが欲を産む。それが人間の血の輪廻です。
でも人間は愚かであり、しかしそうではない種もいた。それが女という生き物でした。
平安時代に安倍晴明殿が戦いを無くす為という術を一人の女にかけたのです。
女しか産まれぬ一族・・・女しか愛せぬ性・・・でも一族を絶やさないために
好きでもない男に身を与えねばならぬ哀しみ・・・こうして今の世まで続いた。
そうですね、お園さん」
「はい、そのとおりです」
「このお園さんは平安期に安倍晴明殿に術をかけられた沙希姫殿を産んだ母でした。
その母が転生して幕末期にお園として生をうけた。
そして再び転生してこうして飛鳥日和子という沙希殿の叔母後として
こうしてここにおられる。そして沙希殿は最初男として生を受けられ・・・」
えっという顔をする晒し者の男達・・呆然と沙希を見るのだ。
「けれどその優しさのため男達から徹底的な制裁を受け、
そして幼心に死を選ぶことになりました。けれど死ねませんでした。
残ったのは喉の傷・・それが沙希殿の女として転生するための一歩となった。
後年、沙希殿は一族の長の長女に逢い、長にも出会ったことが
二つの性を持つ沙希殿の誕生となります。
長の自殺した次女・・・瓜二つだったその女性の名が早瀬沙希。
その自殺も普通ではありませんでした。
仏に選ばれ沙希殿と合体するための死であり覚醒した力を発揮できるようにするためでした。
でも沙希殿は成長しつづけます。通力というとんでもない力も得ました。
これ、全て天界にも預かり知らぬことなんです。だから、菩薩様がお調べになった。
そしてわかりました。沙希殿は・・いえ、沙希様は天界より遥か上・・・
いわば宇宙の大いなる意思がつかわされたただ一人の人間だったのです」
「総司様!うちその先は聞きとうはおへん。うちはふつうの人間どす。赤い血が通った人間なんどす。
いろんな力あるの仕方おへん、うちあきらめています。
それによしんばうちがその宇宙の意思とやらから産まれたとしても
今は人間なんどす。もういわんといておくれやす」
「わかりましたよ・・・・沙希殿。さすが我ら天界の全てが惚れ込んでいるお方だ。
ふふふ・・・わたしはそう言われると思っていましたよ」
「もう、総司さま・・・」
浚われていた十二人の女性全てが熱い視線で沙希を見ている。
「では総司様、この子達を天に連れて行ってあげてください」
「はい」
と前に進むと
「もうお別れはすみましたか?」
「はい!」
と言う声に白い光が総司と六人の女性をつつみこむ。
そして総司が十二人の女性に
「さっき言い忘れましたが、早瀬一族は血の結びつきだけでなく、
女の哀しみをもった女性なら温かくむかえてくれるそうですよ」
と言ってから
「では、沙希殿」
と挨拶すると白い光が小さな光のの集合体に変わり、
そして、バラバラになって窓から外に出て天に上っていく。
「おねえさん!・・・さようなら・・・」
「元気に生きていきます・・・」
窓に走りよってこんな声を張り上げる女性達・・・
光はすでにもう消えていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
娘の成仏する姿・・・・あの娘が幸せそうに光になって天に上っていく・・・
決して見たくなかった姿・・・でも一体あの微笑はなに?・・・
琴実にはとうてい訳が判らない姉の言葉・・・・
あの人についていけば絶対に幸せになれるって・・・・・
もう呆然とスクリーンを見つめる二人の母子。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「いけない!沙希!開演まであと30分よ」
「きゃっ・・・いけない・・・」
「パトカーで送らせましょうか」
「いいえ、今は事件の最中どす、
個人の都合でパトカーを動かしてはいけまへん。うち、飛んでいきます」
「そうですね、そのほうが早いですね」
「じゃあ、沙希ちゃん。あの男達を」
「へえ」
というと指を鳴らす沙希。男達は警官隊の間に次々とおちてくる。
とんでもない悲鳴をあげた魚住剛三・・・
「大八木さん、今の悲鳴どす。嘘を言ったら今の悲鳴あげるんどす」
「うあははは・・・痛いというのは気の毒だが今までの悪事を思えば
まだまだ足りませんなあ。・・・畑長さん、取調べはあんたの役目だが
これ若手だけでもやれそうだな」
「八木長さん、わしはこんな取調べは今だかつてやったことがないんだ。
この間の東京での銀行強盗の取り調べをわしが古くから知っている警部が
やったんだが、あとで電話してきて
『こんな楽で面白く、そして小気味いい取り調べやったことなかったよ。
どうだうらやましいだろう』なんていわれちゃいましてね。
今畜生思いましたが、一生機会が無いと思ってあきらめていました。
それがこの間の殺人集団です・・・だが又しても他の取調べでどうにもならなく
首領達を警視庁に取り上げられてしまいました。
だから、今はもうワクワクしていますよ、
あんた方、娘さん達には聞かせたくない言葉だが
取調べで徹底的に吐かせるからそれで許して欲しい」
捜査員達のこの事件のやる気は凄いものだった。
だから、沙希は安心してこの現場を離れることが出きる。
「ましろちゃん、あとをよろしくね」
「はい、あきあ様。ご安心を・・・」
その言葉を聞くとニッコリ笑って1mほど浮き上がりそのまま窓の外まで移動する。
窓の近くにいた12人の女性達は窓をあけて表の沙希を見るのだ。
思いっきり大きく目を開ける馬鹿な男七人。
沙希は片手を少し振ると、飛び上がった。
歓声をあげる女性達・・・恩人であり、いまやあこがれとなった人を
見送るつかのまの幸せなひとときであった。
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母の鈴は今はもう明子にすがり付いてタダタダ声を殺して咽び泣いている。
琴美に涙はない、今はただ日野あきあの優しい笑みを呆然と見つめているだけだ。
「お母様・・・琴美さん・・・あなたたちにとってとても悲しい映像を見せてしまいました。
でもこれはあなた達に強く生きてほしかったからです。慟哭はいつまでも続かないのですよ。
そのあとにはきっと幸せが待っている・・そう信じてください」
といってから
「弥生さん・・・お願いします」
「はい、判りました」
といって立ち上がった。
もう一人看護師が後に続き、二人して襖を開けると・・・そこには十二人の女性が座っていた。
真中に座っていた一人の女性が飛び上がるように立ち上がって走ってきた。
「お母さん・・・・琴美ちゃん・・・・」
そういって二人に飛びつくように抱きついた。
「ごめんね・・・ごめんね・・・心配させて・・・・・」
とうとう琴美の大きな目から大粒の涙が流れてきた。
「お母さん・・・身体・・大丈夫なの?」
「ええ・・・ええ・・・さっきまで痛かった心臓が・・温泉に入って良くなったの・・・」
「そう・・・あの温泉に私も入ったわ。身体もしっかり良くなっちゃった」
身体という言葉にビクンっと身体を震わす母・・・」
清い娘の身体に悪魔が残した爪後・・・いくら拭っても心の傷は消えないのだ。
それが判っているだけに逆に自分を気遣ってくれる娘の優しさに余計に涙が止まらない。
「帰ろう・・・・ねえ、お姉ちゃん・・わたし達と帰ろう・・・・」
「ごめんね、琴美ちゃん。お姉ちゃん帰れない。
私・・・もう前のお姉ちゃんじゃないの。身体が綺麗になっても心が覚えているの。
・・・あの辛い時をね・・・・
でも、あの方の傍なら私・・救われるの。・・・だから帰れない・・・」
その答えは予想出来ただけに強いて一緒に帰ろうとはいえなくなった。
「じゃあ、私もこっちに住む」
「いけないわ。あなたは子供のころからの夢だった留学をしたばかりじゃない」
「でも・・・」
「琴美さん!・・・あなたの夢かなえてあげようか」
そういう沙希の言葉に
「えっ?」
と驚く琴美。
「琴美はん」
と声をかけたのが人間国宝の井上貞子だ。
「この小沙希ちゃんの言うこと素直にきいたらええ。
小沙希ちゃんはおなごの哀しみや苦しみ知ってしもたら我慢出来んお人どす。
そやからこうしてドンドンおなごはんが集まってくるんどすえ。
小沙希ちゃんにまかせておいたらよろし」
そういってニコニコと笑うのだ。
「琴美さん・・・いいえ、琴姉と呼ばせてもらうわね。
琴姉はアメリカのどこに住んでいるの?」
「ワシントンの市内です」
「ケイトのところは?」
「ワシントンの○○○よ」
「えっ?それじゃ私の通っている大学の近くです」
「じゃあ、XXX大学なの?」
「はい」
「OK!後輩よ。沙希了解だよ」
「沙希ちゃん!その子潜在的に内臓が悪いの。だから食事はバランスを取ってほしいの」
「澪姉さん、そのことなら心配しないで。
家のママ、口やかましいぐらい食材の選び方がうるさいのよ。
琴美、あんたが行ったら絶対に嫌になって悲鳴をあげるくらいの食事バランスよ」
「それで決まりね。琴姉はアメリカに行ったらすぐに今のアパートを引き払って
ケイトの家にホームステイよ」
「待って、沙希!私・・・近々家に帰って必要な荷物を持って来ようと思ってるの。
私、琴美のスケジュールに合わせるわ。一緒にアメリカに出発よ」
「あっ・・・はい・・・」
次々と目を見張る速さで物事が決まっていくこの現実についていけない琴美。
「それと大学行きながらのアルバイトは禁止です」
「えっ・・・でも・・・」
「よく聞いてください・・・早乙女薫事務所ワシントン支局社員石川琴美、
それが琴姉の身分です。勿論正式な社員です。でも条件が一つ、あくまで学業優先です。
ケイト姉さん、大学に赤点ってあるの?」
「勿論あるわよ。アメリカの大学のほうが入学してからが厳しいのよ」
「じゃあ、赤点を取ったら正社員の身分剥奪ね。アルバイトに降格よ。
次の試験に赤点がなかったら身分復活。アルバイトにはボーナスがないから少しきついわよ。
ケイト姉さんのママに監視お願いね」
「ママ、喜ぶわ。私最近ママの相手にならないから寂しがっているの」
「それと、ワシントン支局の仕事を教えてあげて」
「そんなに難しいことではないわ。日本からのデーターをMOかCD-ROMにして
ホワイトハウスや国防総省にもっていくだけよ」
「えっ?・・・ホワイトハウス?・・・国防総省?・・・・」
一生入ることがないと思っていたアメリカの重要施設だ。びっくりして沙希の顔を見る。
一体この人達は?
今日会ったばかりでそう思うのはしかたがないだろう。
「アメリカに行く予定がたったら私に言うのよ」
「はい、じゃあお知らせしますから電話番号を・・・・」
「電話番号?・・・・ほほほほ・・・琴美!あんた何行ってるのよ。
あんた達一応お母さんが一週間入院でしょ。当然あんたも泊まるわけ。
だったら毎日顔を合わせるでしょ」
「えっ?・・・じゃあ・・・・」
「そうよ、ここにいる全員といってもそこの希美子さんは違うけど他の全員は地下に住んでいるのよ」
「そうなんですか」
「じゃあ、次は綾美さんたち十二人の女性ね。貴女達はどうしても帰らないのね」
「はい、先ほど綾美さんが言われたとおりです。
私達・・もう前の私達ではないんです。身体が綺麗になっても心が覚えています。
・・あの辛さはもう一生忘れません・・・でも、沙希さんの傍なら救われるんです。
・・・だから帰れません」
「わかりました。でも条件があります。私あなた達のお家の方を泣かせたくありません。
きちっと伝えて許可をもらってください。
お仕事はあります。地下の保養施設、看護師、パソコンのプログラマー、営業、
芸能部のマネージャー等です。家はこの地下です。
しばらくはあなた達は警察での用事がありますから帰られませんが
後でお家の方と連絡しておいてください」
「もう、連絡は終ってます。ここは男子禁制ということもあって
結城希美子さんの所を家族に言っておきました」
「わかりました。・・・・お母様・・石川鈴さん」
「はい」
とさっきから下ばかりを向いていたが視線を沙希に向ける。
「綾美さんはここに住まれます。お母様も東京の家を処分されてここに来られたらいかがです?」
「でも・・・」
「お母さん、沙希さんの言われるとおりにして・・・
お母さんが一人でいると思うと心配で・・・心配で・・・」
「ねえ、お母さん。一緒に住もう・・・・」
なかなか決心がつかないようだ。
「ねえ、お母さん」
と近づいてきて鈴の前に座って両手をとった沙希。
「綾美さんは早瀬一族になられました。
平安時代から続く哀しい歴史は先ほど映像の中で沖田総司様が語られた通りです。
私は術の失敗で今は18歳なんです。一族になれば綾美さんは私のお姉さんです。
・・・・・ねえ、綾姉!」
「私をそう呼んでくれるのですか?」
「あたりまえでしょ」
「嬉しい!」
「お母様、綾姉が私の姉ならばあなたは私の母でもあるのですよ。ねえ。お母様」
「あなたが・・・・私の・・・娘・・・・」
「はい、だから心配させないでください」
この言葉が鈴の気持ちを突き動かした。
もう迷うまい。・・・うん・・・と頷くと鈴の娘と変わらない。
飛び付くように抱きついてきた
・・・背中をさする鈴の胸に熱い想いが溢れてくる。
ぎゅっと強く抱きしめると肩が濡れているのに気づいた。
驚いてゆっくり沙希の腕を引き離して顔を見てみると大きな瞳に涙が溢れているのだ。
今度こそ思いっきり抱きしめてあげる。この子は・・・この子は・・・私の子だ・・・・・・・・・
早瀬の女にとって幾度も見た情景だ。
いつも中心にいるのは沙希の姿、彼女がいたからここまで人数が増え絆が強まった。
・・・・彼女がいたからこそ新しい息吹が芽生えた。それもいくつも・・・幾人も・・・
沙希を知り・・沙希の優しさに打ち震える喜び・・・
こうして闇がせまる頃、一人で飛び立った沙希の向かう先は比叡のお山。
宙でとまった沙希の足元に比叡の奥の院で流れる法要の読経の声、
女性達への鎮霊の読経なのだ。男の身勝手な欲望で失われた大切な命。
生きていたら女としての幸せを手にしただろうに・・・・
逆に命のタイミングで生き残った十二人の女性達、
当面の早瀬の庇護・・・けれど女性としての一本立ちはこの先絶対に必要なのだ。
沙希の掌にポッと浮かぶ『翔龍丸』。
沙希が吹くこの曲、天に届け!と・・・そして女性よ幸せに成れ!と
この比叡のお山の遥か上空から流れる横笛の音色は
この宇宙の遥か彼方まで流れていった。