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第二部 第十六話


元方の事件が終わった後も剣術の試合等、いろいろと忙しかった沙希、

ようやく落ち着き祖母に約束していた舞の映像化・・・

これがあきあにとってドラマ以外の大きな目標となった。

早乙女薫事務所にとっても大きな仕事であり、

又、まゆみ社長も順子、律子というマネージャー達も

今は妊娠2ヶ月目という母体の不安定な時期でもあった。


まゆみ社長と順子マネージャーは東京事務所に詰め、

1週間に1度京都に検診に来ることを明子医師に約束させられているし、

律子もひづるのマネージャーとして又、家庭教師として

東京に詰めて京都にはまゆみや順子と同じ日にやってくる。

もちろんひづるが付いてくるのはいうまでもない。


大空圧絵には吉備洋子が、薫には司ゆりあが、あきあには瑞穂というマネージャーがついている。

つまり早乙女薫事務所のマネージャーが手一杯の状態なのだ。だが、世の中よくしたものだ。


飛龍高志、九条麗香という夫婦につく2人のマネージャーは

元からいた女性マネージャーがそのまま続けることになった。

女性マネージャー達、個人事務所のときは先行きをとても心配していたらしいが

今回の早乙女薫事務所に移ったことをとても喜んでいるのだ。

この女性達が初めて早乙女事務所に出勤した日、間仕切りしているとはいえ

タレント事務所としてはあまりの広さに驚き、中で忙しく働いている女性達の多さにも肝をつぶした。

そして各人一人一人の前にある最新式のパソコンを操っているのには驚きだ。


「おっ?君達が?・・・・」

と電話をしていた初老の男性が電話をおいて立ってきて、

「さあ、こちらにどうぞ」

とパーテーションで間仕切った応接室に案内された。


そこで渡された名刺には、

『株式会社 早乙女薫事務所メディア部門部長 城田幸三 』

と書かれてあった。

「あのう、質問よろしいでしょうか」

飛龍高志のマネージャーの志田貴恵が手をあげる。

「どうぞ・・・」

「このメディア部門というのは?」

「ああ、その前にこの事務所のこと説明しておこうか」

といって居住まいをただす。

「この事務所の男はわしと、飛龍高志、片岡新三郎の三人だけなんだ。

社長や早乙女薫、そして日野あきあ自身が男嫌いということもあるが

特別な一族ということだけをいっておくよ。それ以上は女の君達が社長達に聞くといい。

それとわし自身タレント業は全くの素人だから、君達に相談されても困るんだ」

と正直に話す城田に目をぱちくりする志田貴恵。


「あのう、私タレント事務所でこんなに大勢の女性達が働いているなんて今まで経験がないんですが」

と聞いたのは九条麗香のマネージャーの吉田礼子。


「ああ、彼女達はタレント部門ではない。わしのメディア部門の部下なんだ。

メディア部門・・・タレント事務所では聞かないと思うが

この事務所が入っている(株)オクトのある人物の開発するソフトや新しい通信機の

広告宣伝などすべてをまかされているのさ。


わしらが相手にする企業は警察庁、警視庁、アメリカのNASA、

それと世界の各航空会社。しかもわし達は売るための営業は一切していない。

向こうからの発注だけで四苦八苦の状態なんだよ。これ以上の注文があるとお手上げになってしまう。

君達の事務所にいた女の子達も今日から出勤していて、

今は向こうで研修中なんだけど、明日からは戦力になってもらうからね」

思わず

「よろしくお願いします」

とつい昨日まで同僚だった女の子達のため頭をさげる二人。


「城田部長。この会社のある人物といわれるのは?・・・・」

「君なら判る筈だよ。飛龍君のマネージャーの君なら・・・ね」

「えっ・・・・じゃあ・・・・日野あきあ・・・」

「そうだよ。あきあが開発するソフト・・・通信機・・そしてナビゲーターのROM、

これからもどんなもの開発するかわかりゃしない。戦線恐々だよ」

「凄い!・・」

女二人顔を見合わせて驚嘆している。


「今、社長以下タレント部門全員が京都に行っている。大変な事件が起こったためにね」

「それ、私も知っています。実はあの時私も飛龍の近くにいたんです。

奥さんのことも愛子ちゃんの笑顔もこの目に焼き付けています」

「実は私、志田さんに電話で呼び出されてTV局にとんでいきました。

一足違いで麗香には会えませんでしたが、

飛龍高志が日野あきあさんに涙をうかべて頭を下げるのを私見ました。

そこでずっと見つづけていました。日野あきあという天才を・・・」

「だから知っています。夜空一杯のあの恐ろしい男のことは・・・」


「私、次の日麗香から電話をうけました。彼女・・ずっと泣きどおしで・・・

でも里の温泉で元気な身体をとりもどしたって・・・それだけいうのに・・・

それだけ聞くのに・・・もう涙が枯れるぐらい泣き通しでした。

検査の結果癌組織きれいに消えていたって聞きました。

彼女のお母さん、もう里から離れないって言うから

せめて愛子がもう少し大きくなるまで待っていてちょうだいって

説得するのに苦労したって言って笑っていました。

だから1ヶ月に一度里に里帰りするそうで、私にもそうできるようスケジュールの調整頼むわね。

って最後に」


「君達、女性はいいなあ・・でも女の悲しい歴史は聞いたかい?」

「ええ、男の理不尽な仕打ちの結果の女の血を吐くような悲しみは・・・」

「わしだって、男だよ・・・しかし、わしもここにきて考えさせられることが多くなってね。

でもうらやましいよ。早瀬の里っていいところらしいなあ」


そんなとき、飛び込んできた女性社員により知らされた京都の事件の無事な解決・・・

いそいで電話をかける城田。

仕事の手をとめて歓声をあげる女性達に混じって貴恵も礼子も飛び上がっている。


話を戻そう。天城ひづるの母親の天城鶴世、父親の片岡新三郎につくマネージャー2人は

まゆみ社長と順子マネージャーが相談の結果、

ヘッドハンティング2名と一般公募2名の両面で募集を図った。

それがあたった。大きなタレント事務所にいた女性マネージャーが2人、

会社の方針との食い違いから嫌気が差して止めようと思っていたのだ。

一般公募の一人はタレントを目指していた女性が

その才能のなさから方向転換してマネージャーを目指すことになった。

どうしても芸能界から離れ難いからだ。もう一人はOLからの転身だ。


ヘッドハンティングされた女性マネージャー達は天城鶴世と片岡新三郎の

女性マネージャーとして働いていた。

一般公募の女性達はその下でアシスタントについて日々勉強に明け暮れ、

そして今、その4人は仕事のやりがいから大きくはばたこうとしている。


これが東京事務所での出来事だった。


                     ★


一方、京都では・・・・・・・・・・・・・・


『あきあの舞を映像化したい』という話を京都で編集作業にあたっていた

小野監督の元に話を持っていったまゆみ社長と順子。、

一番最初に飛びついたのは小野監督と一緒にいたジョージ・ルーク監督だった。

「私、『ステーション』からあきあの姿、今回も前回も見ていた・・・とても美しい動きだった。

手を動かすだけでもひきつけられていくんだ。

戦いの最中にあってもまるで幽玄な舞を舞う妖精みたいだったよ。

だから、あきあの舞のフィルム、私も撮ってみたい」

ということで日米合作ではなく、日本製・アメリカ製という・・・人種が違えば

あきあの舞を撮る視点も観点も違うだろう・・・

という小野監督の意見で同時に別々に撮ることになった。


場所は南座、観客を入れての撮影になる。

監修として歌舞伎役者で人間国宝で有名な尾上吉三郎に依頼した。

この人一倍、気難しいので有名な尾上吉三郎、果たしてあきあの舞を見てどうなるのであろうか?


フィルムを撮る以上、その内容を知らなければ舞台装置や照明が出来ないという

南座からの舞台監督などの要請もあり・・・・

本当は舞台装置も何も要らないのだがそんなこと言えるわけはない。

だから小さな劇場であきあの舞を見てから南座での本番に備えるというのが今日の舞の会だ。


でも相手は日野あきあなのだ。ただ単に舞を見せるだけということでは終わらない。

あきあの舞を一度見てしまったら・・・どうなってしまうのだろう。

その実例が観客席の一番前に陣取っている婦警達だ。

あきあの舞を見るまで舞そのものを見ること自体初めてだった婦警達全員が、

勉強をしたのか日本舞踊の○○流はXX流はなんていっぱしの口を聞いている。

でも話の後で言うことは皆同じだ。


「・・・・でもね。確かにきれいなんだけど・・・あきあさんの舞を見た後の胸が熱くなって、

・・・ぐっと締め付けられるものが感じられないの」

今回の事件で活躍した彼女達、京都府警の署長のいきな計らいで舞の舞台を見られることになった。

無論、東京へ帰った3人の婦警達にも報告済みだが、

3人の口惜しがりようったら並大抵ではなかった。

だから、南座での本番には彼女達の席をとり招待することを約束させられたのだ。


そして・・・・・・今日の小劇場の表には日野あきあの名前を出すと騒ぎになるということで

『舞妓の小沙希・舞の観賞会』というポスターを会場入り口に張っておいた。


この劇場小さいといっても300名ほどのキャパシティがある。

その会場に開幕1時間前だというのに、客がもう7割方入っている。こんな状態は初めてなのだ。

劇場の支配人が場内を見回りながら客の顔ぶれの凄さに圧倒されている。


真中の席には京舞の家元で人間国宝の井上貞子が高弟を引き連れて陣取っていた。

横には結城希美子・希佐の母子と蓮昌と妙真の二人の尼僧、

相良明子、篠原良子は無論、東西テレビの沖幸造、楓夫婦と緑、茜の姉妹が座っている。

勿論、三味線屋の三好屋と職人の上原宗太郎親子の姿もあり、

そしてあの試合で知り合った荒巻重蔵と川原剛三もいた。


その下段には同じ人間国宝であり監修を務めることになった尾上吉三郎、

無論、小野監督とスタッフ達、そしてジョージ・ルーク監督と再び来日したスタッフ達もいる。


ルーク監督の姪ッ子で一流の女流カメラマンであり、

ワシントン・ポストの名物記者であるケイト・マイアーも沙希との愛を体に刻み込んでから、

一度身辺整理のため帰国していたが予定通り来日して京都の地下に居を構えた。

というのも今度入社することになった早乙女薫事務所の京都支店をつくることを

まゆみ社長にまかされていたのだ。

この京都に脈々と流れる歴史という風味にケイト・マイヤーという

生粋のアメリカ人を足せばどんな事務所を選ぶのか・・・・。


だがケイトは冷静だった。

普通のアメリカ人が選ぶのはうなぎの寝床みたいな京都の古くからの家だったが、

ケイトが選んだのは京都駅近くにある超近代的な商業ビルの5階だった。


どうしてここを選んだかとケイトに聞いて見ると

「これから世界を相手にする事務所がいまさら京都の古い家でもないでしょう」

と笑いながら言うのだ。

ワンフロアーの半分を借りた早乙女薫事務所、それでも東京の本社より広い。

後は中身の充実だ。京都にはいろんな人種の人が住んでいる。社員は日本人に決めることはない。

そういうまゆみ社長の言葉にケイトはあらゆる手を使って人を集めた。


結局、日本人10名に外人25名の35名が京都支社創業時の社員として決定した。

間仕切りをして、机が運び込まれ(株)オクトの静香専務により

各人の机には最新式のデスクトップパソコンが配置され、

なおかつ、ノートパソコンとあのモバイルが各人に配られた。


京都事務所の社員達は日本人に関係なく近くの関西国際空港を使って

世界に飛び出していかなくてはならない。

だから最低英語ともう1ヶ国語ぐらいは話せなくては入社はとても無理だ。

日本人にスチュワーデスや商社出身が多いのは当然といえる。


そのケイトが35名の京都支社の社員を引き連れて座っていた。

司ゆりあがケイトの横にいるのはいづれはメディア部門に移ることが決定しているが

当分はタレント部門の京都支社の人員として籍を移されたからだ。

ゆりあも京都の家の地下に・・・ケイトの隣に部屋をもらっている。


すっかり身体もよくなり、東京のスタジオであきあの作ったドラマの挿入歌の

レコーディングを手早く仕上げた九条麗香、母と娘の愛子と勿論その隣には夫の飛龍高志がいる。

今回、あきあに手伝って欲しいと言われた琵琶法師の謡は里でインターネットや

レコード会社のスタッフに調べてもらって判ったが、とても難しく困難なのだ。


あとは早乙女薫や大空圧絵は勿論、天城ひづるは歌舞伎役者の父と女優の母にはさまれて座っていた。

映画で共演した幸田朱尾達やドラマで共演している岩佐メグや糸川早苗もいる。


華やかなのが置屋『菊野屋』の舞妓や芸妓達だ。他の置屋の女将や芸妓達にうらやましがられたが、

「今日はリハーサルだから・・・ご免ね!」

と謝って出てきていた。この様子では南座での本番は祇園が空になってしまうことは請け合いだ。

他はテレビ局各局の社長や首脳が・・・そして番記者の顔もちらほら見える。


ちらほらというのは『舞を見る会』と名をうった招待状・・・

日野あきあとは書かず祇園の舞妓の小沙希と書いて、送ったのが番記者だけだ。

こうして番記者への日野あきあの挑戦が始まったのだ。

四方八方にアンテナを張り巡らせているあなた達ならば

私がこの招待状に仕掛けた罠を見事見破って御来場くださるでしょう。

招待状の文面以外にこんな内容が含まれているのだ。

そしてその数少ないながらも不安げに来場してきた記者達、

観客の豪華さに驚き、又その顔ぶれに自分の読みが当たったことを知った。

また、番記者の多くが来なかった事で空いた席は入り口に

小沙希の舞妓姿の写真と共に『舞のお披露目です。ご自由に御鑑賞ください』

と張り紙をして一般客を招き入れたのだ。


ふらっと立ち寄った人が客席を見て、吃驚したのはいうまでもない。

こんなに大勢の有名人が何故?・・・ただの舞妓の舞の披露だけではなさそうだ。

慌てて外に電話をして家族や友人を呼ぶもの、

又結構日本舞踊を愛好する人達もいて如々に席が埋まってくる。

また外人の観光客が多いこの京都、小沙希の舞妓姿に魅せられて、

この会場に入ってくる団体客や友人連れもいる。

そんな外人達も物珍しげに観客を見渡してびっくりしたのが世界的な映画監督が二人もいたことだ。

今から何があるんだろう、と不安にはなるものの、異国での興味はつきない。


開場30分前には全席が埋まり、10分前には立ち見が出た。


今ではすっかり着付けの技術も習得した杏奈の手によって舞妓の化粧や着付けをする沙希。

勿論、杏奈にとって師匠となる志保のお目付けがあってのことだが・・・。

でも満足そうな志保の笑顔を見るともう立ち会う必要もなさそうだ。


時間となった。・・・幕が序々にあがっていく。

舞台装置も何もない舞台上にはただ1人、あでやかな着物姿の舞妓が座って頭を下げている。

「キャ~!・・・小沙希ちゃ~ん」

とはでな置屋の芸妓や舞妓の上げる嬌声に顔を上げてニッコリ微笑む小沙希。


その姿にオヤッと思った一般客が多かった。どこかで見覚えがあるのだ。

「ねえねえ、舞妓の小沙希って書いてあったけど、あれ日野あきあじゃない?」

「日野あきあ?・・・嘘だろう、日野あきあがこんなところで・・・」

と話すカップルの言葉を聞いた他の観客のざわめきが広がっていく。

又、日野あきあといえば最近剣の試合であの宮本武蔵と戦って武蔵を打ち倒したと聞いた。

眉唾ものだと思うが実際に試合を見たものに聞くとそれは凄いものだったと口を尖らせていうのだ。

テレビの中継もしていて高視聴率ときいたが

「おいおい、日野あきあってあの早乙女薫が認める天才女優だぜ。

剣の達人にみせるなんざあ、朝飯前だよ」

と信じない者達が大部分だ。結局目の前で見ていた人は自分だけの思い出として胸に刻んでいる。


そして今、舞台上の舞妓の姿にお互い顔を見合わせた一般の観客達、

慌ててオペラグラスを取り出す人達もいて、その静かな中の喧騒が大きくなっていく。

だが・・・・・・・・・・・・・・・


「みなさん!」

といった小沙希の一声に一度に静まりかえる客席。

この声はやはり日野あきあ、

・・・やっと得心がいったが、席から乗り出した身体はもとに戻らない。

だってそうだろう。一般の人にはあきあの他の才能は現実に見たことがない。

・・・いや、一度だけあった。あきあがドラマの中で横笛を吹くシーンがそうだ。

でも素人でもわかる達者さ、吹き替えだろう。誰か横笛の専門家が

吹き込んだものだろう・・・誰しもそう思うのが常識だ。

舞妓は普段から舞の稽古をしているのだから、こんな発表会をしても不思議がない。


でも日野あきあとはいえ女優なのだ。本当にこんな専門家や有名人を招いての

舞の発表会をしてもいいんだろうか・・・そんな心配をする一般客。

あきあの能力を知るのがマスコミ業界の中だけというのが逆の不思議さだ。


「今日はようこそ、うちのためにお越しいただき、ほんにありがとうさんどす」

と軽く頭を下げてから

「今日の舞は那賀杜姫ながとひめ様がうちためにつくってくれはった舞どす。

この舞のことを、少し皆様にお渡ししました『舞の栞』に書いておきましたが、

舞は日本の四季に合わせて4部構成になっているんどす。

主題は恋!この舞は現代に伝わっている日本舞踊とも京舞とも少し違っているとは思うんどすが、

それはそれで楽しんでください。では、ふたときほどの夢をごゆっくり・・・・・・・」

といって頭を下げると場内がフェードアウトした。


そして暗くなった中から

「ジャーン・ジャン・・・・ジャン・ジャン・・」

と楽器の音・・・・琵琶の音色が流れてきた。パッとスポットライトが舞台中央を照らす。

その光の中にはちらちらと花びらが舞う桜の木が・・・・

そして桜の木を背に座り込んだ琵琶法師が琵琶を弾き鳴らしている。


「嘘?!」

南座の舞台監督が体を乗り出して叫んだ。

フェードアウトして何秒もたっていないのに、舞台の空間はどうだ。

桜の木に敷き詰められた白砂、・・・どうしたら出来る?・・・こんなこと。

不思議な空間に・・・観客すべてがその空間の共有者となった。


「栄枯盛衰、桜華散るらん、人の心の奥には鬼が住むという・・・・・・・・」

低いが良く通る声が会場内にながれてくる。音響装置を使っていないがこの声量。

低いがよく聞けば男の声ではない。女のテノールといったところだ。

よくこんな声が出せる・・・九条麗香はそう思う。

里で聞いたあきあの体の秘密、そして幼いときに自ら死を選んだことを聞いた。

思わず腕の中の我が子と比較してしまい嗚咽を洩らしてしまった。

だからあの声も自ら死を選んだ神の罰・・・そうあきあがいっていると聞き、

あきあの天使のような優しさの秘密を垣間見た思いだ。

平安時代の10年間の修行のことも聞いた。

あきあの天分もあったろうが余程の厳しい修行をしたのであろう。

だが、観客全てが心で考えられたのはそこまでだった。

・・・・これは一体?・・

今”舞の世界”に引き込まれていく・・・・・


紫苑は目の前で見る沙希の琵琶と謡に鳥肌がたった。

やはり沙希にはかなわない。本当の天才とはこういうものなのだ。

こんな真似とうていできるものではない。・・・そして・・・


どうしてこんなことが?・・・・舞台上がゆっくり回り出した。

この劇場に回り舞台があるとは聞いていない。


琵琶法師が桜の木の陰に・・・・。

すると、その桜の木の陰から現われたのが狩衣姿の美しい公達、

片手に桜の小枝を持って舞う男舞・・・。

小枝には数片の桜の花びら。

だがどういうわけかひらひら舞い落ちるのに枝からは桜の花びらが消えない。

すると一陣のつむじ風が・・・・えっ?・・・つむじ風?・・・・

桜の花びらが会場全体に舞い上がり・・・そしてひらひら観客の頭や

肩に舞い落ちる。手の平に受け取る人もいたがスーっと淡雪のように消えた。


これは幻?・・・・目の前の舞も幻?・・・・・それでもいい・・・・

このままずっと見ていたい・・・・この幽玄の世界に囚われていく・・・・・


どういうわけか公達が舞うのは琵琶法師の琵琶と謡に合わせてだ。

舞いながら謡っているのか・・・いや、それでは琵琶は?いや、もう余計なことは何も考えまい。

舞は続いている。無駄な動きは一切ない完璧な舞。優雅でしかも切れ味が鋭い。

興味のない人も舞に囚われ・・・もう夢中になる。


外人も夢中だ。外国には誰もがバレエを鑑賞する素養が古くからあり、

舞もバレエに共通するものがある。

かえって外人のほうが舞いを見るのに適しているのかも知れない。


公達が桜の木の陰に隠れると入れ替わるように桜の精が現われ女舞に変わる。

始めは童子の姿だったが舞う内に少女に変わり乙女と成長する。

桜の精でも人と同じだ。その成長する姿が具象化されていく。


公達を見て恋を知り、乙女とかわった桜の精、その恋に身をこがれつつ花を咲かせ散らしていく。

振向きもしなかった公達もやがて桜の精の心を知り自分もいつしか恋の虜に・・・

でも人と桜の精が恋することは自然の摂理に反している。二人の想いは悲劇となった。

桜は益々元気に花を咲かせている・・・・・・が、公達は床から起き上がれぬ病に。

これは桜の精という妖精に生気を吸い取られた結果だ。人と妖精は交じり合えぬ。

昼は眠り夜は家人の目を盗んで這うように恋人に会いに行く公達。

でもそれもとうとう、明日をも知れぬ身に・・・・。

ただ一人なのに・・・見える・・・二人の哀しい口付けが・・・


這ってでもきていた恋人がまだ来ぬ深夜、恋人の枕もとに座った桜の精、

その恋人の気配に薄っすらと目をあけた公達

「すまぬ、わたしはもういけないようだ。こうなったらわたしをあなたのそばで死なせてほしい」

と息も絶え絶えにいう。

「でも・・・・」

「いいんです。それが私の幸せなんです。あなたのそばに永遠にいたい。

寂しく1人で死んでいくのは絶対に嫌だ!・・・・・これが最後のお願いです」

そういうと最後の力を使い切って目を閉じる。『ハアハア』と息をするのも苦しそう。


桜の精は力を使って恋人を桜の木の下に運んだ。

そして、寄り添うとすでに冷たくなっていた恋人の上に覆い被さる。

そして慟哭の嘆きが・・・・いつまでも・・・・いつまでも・・・・


激しい桜吹雪が舞台の上・・・いや会場内を包み込む。もう前も見えないほどの激しさだった。

そして・・・それがすーっと消えて行くと・・・・舞台上では・・・・・・

枯れ果てた桜の木とこんもりと盛り上った桜の花びらの山。

こうして桜の精の恋の一幕目の舞は終わった。


ーーーーーー暗転ーーーーーーーーー


第二幕・・・・・・・夏


いきなり舞台上が屋敷の庭に変わった。こんこんと水を湛えた池の辺に立つ公達、

池には上空の満月が映っている。


(何?・・・舞台に池だって?・・・それに満月・・・・?

こんな短時間で舞台装置をかえられるわけはない。ああ~~・・・もう考えるのよそう。

今は舞台に集中だ。いままで多くの舞台を見てきたが、こんな舞台を見たことない)


小沙希扮する公達は懐から『緋龍丸』を取りだした。

満月に向かって眼を閉じ横笛を吹き始めた。その調べを聞いた瞬間だった。

口をポカンとあけてしまったのは今まであきあの横笛を直接聴いたことがない観客達だ。

あまりにも強烈過ぎた。

まさか?映画やドラマでも誰か横笛の名人が吹き替えをしていると思っていた。

だからまさか・・・なのだ。まさか本人が吹いていたとは・・・・。


口をポカンとあけている尾上吉三郎にしたってそうだ。

歌舞伎の世界でも日本舞踊の世界でも過去名人という人は10指にあまる。

でもこんな舞を舞う女性は初めて見た。舞にしたって今まで見た事がない舞だ。

自分自身の舞の人生を振り返っても、人間国宝としても頂点に立った今にしても

この女性の前では素人同然なのだ。そんな自分が嘆かわしい。

いまさらながら京舞の井上貞子師匠にさっき言われた言葉を思い出した。


「吉三郎はん、うちもそうやったけど、あんたもや。・・・気いつけなはれ、

いくら名人や人間国宝やいわれてもそんなもん二束三文になりまへん。

うちの小沙希ちゃんをみたらな。・・・見るんやったら肝を据えて見なはれ。

でないと自分が情けのうなる」


言われるとおりだった。あの女性は天から使わされた舞踊の神なのだ。

とても自分が監修だなんてそんな大それたことを・・・・

自分こそ三顧の礼をして教えを請わなければならない。

だが、あれは教えられて舞えるものではない。あれこそ天女。自分はもう見ているだけでいい。

そう・・・・あの方の舞、一瞬でも見逃してなるものか・・・


観客達の思惑を別に、舞が再びはじまった。

舞台の景色が変わったのだ。遠くに笛を吹く公達の姿。

それを隣りの屋敷の境界線である塀から覗く1人の姫。

ここは昇格したばかりの右大臣の屋敷、越してきたばかりの広大な庭、

右大臣の姫が庭を散策中、笛の音に惹かれてここにきたのだ。

笛の音も見事だが月の光に照らされた公達の美しさ、白い狩り衣のよく似合う事。


恋もしたことがない姫が一度に恋焦がれてしまったのも不思議がない。

名が判らぬので勝手につけた字名が『月光のつきひかりのきみ』、

こうして毎夜毎夜、恋しい『月光の君』を一目みんがため、姫の忍び通いがはじまった。


だが、いくら姫が隠していても女官達にとっては手に取るような乙女の恋。


毎日退屈な女官達にとってかっこうの退屈しのぎとなった。

昇格したばかりの右大臣、雇われたばかりの女官達に恩義はない。


ある日、女官が持ってきた手紙・・・どうして判ったんだろう・・月光の君からだった。

ギュッと胸に抱きしめ、慌て御簾の奥の部屋に駆け込む姫。


二ヤッといやな笑いの女官が後ろで覗く同僚達にうまくいったと合図をおくる。


手紙にはこう書かれてあった。


『わたしが庭での散策中・・・・いつの日かあなたのこと気がついておりました。

その可愛い瞳のあなたにいつ声をかけようか・・・

毎日苦悶の日が続いておりました。・・・そうです、私の心の奥・・・

いつの日かあなたの面影ばかり追いかけていたのです。


しかし、平穏な日ならいざしらず・・・母が病に倒れお茶を断ち、

魚などの生ある食べ物を絶っている身、

どうして女性のあなたに我が心を面と向かって打ち明けることが出来ましょうか・・・。


こんなわたしがこうしてあなたに、わたしの気持ちを認めた手紙を差し上げたのは

どうしてもわたしを知ってほしかったからです。

このまま何も知らないあなたを見つづけるなんて我慢できないのです。


私の気持ちを知ってもらった上で、あつかましいお願いですが

わたしの願掛けが終わるまで毎日欠かさず私を見つづけてほしいのです。

いえ、決して声はかけないでください。全てを含んだ上の願掛けなのです。


わたしの願掛けが明けましたらあなたとの婚礼を帝に願い出る次第です


                         かしこ  』


月光の君の手紙を持って舞い踊る姫、乙女の純粋な気持ちの可愛い舞、

だが悪辣な女官達の企みを思うと

暗澹たる空気が流れる観客席・・・舞の世界に引き込まれているのだ。

姫の純粋さが哀しみを倍増さしていく。


姫の恋のしのび通い・・・・・、

月光の君の心・・・・知らぬ素振りの彼の君の心・・・手紙の中にあり、

姫の恋心も手紙と共に膨らんでいく。


だが、姫の体は恋の負担に耐え切れなかった。

病を発しながらも、しのび通いは止めない。

やつれた身体を彼の君に見せぬよう、含み綿までする姫。


とうとう心有る女官が実は・・・と訴える出た。

怒り心頭の右大臣の父と嘆く母。聞きたくなかったと嘆く姫。

今ではあの手紙が姫の心のよりどころだったのだ。

あの手紙が嘘だったなんて・・・もうなんの希望もない。


女官を全て放逐した右大臣、里に帰った乳母を呼び戻し姫の看病を・・・。

変わり果てた姫に呆然とする乳母。


だが、乳母が目を離した隙に月光の君を見ようと再び庭に出る姫。

気づいた乳母があとを追いかける。

姫は垣根のところで座り込んで泣いていた。


「君が・・・・月光の君が・・・この七の日ほど姿がないの・・・」

そういって乳母に訴える姫・・・。その可憐さに思わず姫の手をとってしまう乳母。


「判りました。姫様。明日お隣で君の様子を伺ってきます」

と約束する乳母。


「でもわたしは月光の君の本当の名前もしりませぬ。ですから、わたしのことは言わないで」

乳母は可憐な姫を抱きしめながら、こんな可愛い姫を騙した女官達も憎いが、

姫の心をここまで奪った男が憎い!・・・憎い!・・・月光の君が憎い!・・・

ええい!・・一言いわずにおられぬものか。隣の屋敷を睨み付ける乳母。


その夜より意識が混濁し明日をも知れぬ重症に・・・・。

ひっそりと静まりかえり薬の匂いが充満する屋敷、

陰陽寮の陰陽師達が姫の魂をこの世にとどめる為の術も施されていく。


やっと落ち着いた屋敷に戻ったのは夏の暑い日ざしが姫の部屋の軒下まで照り付けてだした頃だ。

朝だというのに蝉時雨がうるさいほどだが魂魄この世に留めた姫の耳にはなんだか心地よい。


目の前に手をかざしてみるとあれだけ日に焼けて黒かった皮膚がもうすっかり真っ白になり、

やせ細った腕は痛々しいがなぜか姫のもつ雰囲気がガラリとかわったのである。


少女から大人へ・・・・

そして恋を知ったことで乙女から大人の女性へと変貌していたのだから・・・・・。


東雲しののめ、手鏡を出してたも・・・」

と乳母に頼む姫。声ももうすっかり大人のたおやかさが漂っている。


「姫様!・・それは・・・」

「ううん、いいの。・・・私が自分で仕出かした親不孝のあとをこの目でしっかり覚えていたいの」


「わかりました、姫様。その前に少しお庭の風を身体に浴びてください。

薬師様に部屋にばかり留めてはいけない。毎日自然の中に身をおいてください。と言われてますので」


乳母は姫の手をひいて、軒下に出来ていた陰の中に姫を座らせた。

まだまだ暑い日ざしは身体に毒なのだ。

少し生暖かい風が今の姫には心地よい涼風に思える。


ニッコリ笑って庭先を眺める姫、

今までの少年のように走り回る姫はもうこの先あらわれることはない・・・・


すると・・・目の前の・・・庭先の陽炎の中から・・・黒い人影が・・・・

ニッコリと笑いながら歩いてくる・・・そう・・夢にまでみた月光の君だ。


「よかったですね・・・本当に・・・元気になって・・・」

そう言って姫の隣に座ると姫の片手を自らの両手でしっかりと重ねる月光の君。

「月光の君・・・・・」

「月光の君かあ・・・・あなたにそう呼ばれていたなんて嬉しい限りですねえ」


「おおこれは、重盛様・・・・」

「重盛様?・・・」

不信そうな顔で乳母を見る姫。


「そうですぞ、姫!この方は帝の5男坊の重盛様といわれますのじゃ」

「帝の・・・・お子様・・・・」

「あははは・・・姫。そんな目で見られるな。ただの5男坊じゃ。

だから、どこぞの養子に行ったとしてもどこからも文句は出ぬ。現に今も1件・・・」

「えっ?ご養子先が?」

「そうなんじゃ、右大臣の藤原道長と言われる方からな・・・」

「えっ?父が?・・・・」

と言ってからはっと気づく。


「わたしの・・・・重盛様が・・・わたしの・・・」

「そうじゃ、だから姫よ。はやく元気になってくれ」


「重盛様、わたし嫌いなものでも身体に良いものは全てたべまする。

だから・・だから・・・もう少しお待ちを・・・・」

「姫よ・急いではならぬ。・・・気ままにゆっくりとじゃ。無理をすれば元の木阿弥じゃ」

といって懐から横笛を出す。


「わたしの可愛い姫、わたしは毎日ここにきてこの笛を吹く。

陰陽寮の陰陽師にいわせれば、わたしのこの笛は退魔の笛というらしい。

姫に巣くっていた魔・・・それらをを消滅させてやる。

だから姫よ・・・時々わたしをその・・・・月光の君と呼んでくれぬか」


ニッコリと笑った姫。

「いいですわ。月光の君・・・いくらでもそう呼んで差し上げます。

だってあなたはわたしにとって月のように素敵なお方」


陰からそっと覗いていた乳母の東雲、

ほっと一息つくがあの日のことを思い出しては笑いが止まらなくなる。


怒り心頭で隣に怒鳴り込んだ東雲が目にしたものは、

新しく雇い入れた料理人が間違って卵を使った事により、

病床で唸りつづける重盛、その体が湿疹のため真っ赤に・・・2倍に醜く膨れ上がった身体。


「駄目じゃ・・・こんな姿隣の姫には見せられぬ。

父の帝には許しを得ていた我が思い人・・・許してくれい・・・姫よ・・・許してくれい・・・・」


もう大騒ぎだったのだ。もう最近の若者は・・・

と少し腹が立つがこの両想いを壊してたまるかと部屋にとびこんだ東雲、

オロオロする家人に命令するは

「早く大量に清い清水を・・・」

怒鳴るようにいうと慌てて家人達が飛び出していって直ぐに用意された清水。


「さあこれを飲めるところまで飲んでくださいまし」

いきなり飛び込んできて怒鳴るように命令し、水の杯を渡された重盛、

膨れ上がった瞼の隙間から見る東雲に・・・唯々諾々としたがった。


お腹が膨れるほど飲む清水。

・・・するとどうだろう膨れ上がった赤い湿疹からドロドロと灰色の液体が流れ落ちてくるのだ。

大きな盥を用意させ、その中で重盛を座らせ、これも清水で身体を拭く家人、

結局、清水を身体が受け付けず身体の湿疹がきれいに消えたのは明け方近くであった。

湯浴みし身体をきれいにした後、ほっと一息ついたとき思い出すのが先ほどの老いた女性だ。


「だれぞ、先ほどの女性こと知らぬか」

古くからいるこの屋敷の爺やが隣の姫の乳母だという。

「何?姫の・・・・そうか、姫の乳母か・・・。

そうなればわしは姫に命を助けられたと同じ事・・・」

そういう重盛に

「申し上げます」

「なんじゃ」

「隣の姫・・・今病床におられ、明日をも知らぬ身・・・」

「なんだと!」

「はっ、以前知り合った陰陽寮におられる陰陽師の方に聞き申した」

「わかった。少し休ませてくれ」

「はっ」

といって出て行こうとした家人達。


「待て!・・・爺やよ。お主は日が高くなってからあの清水を乳母殿に渡してほしい。

そこでこう伝えるのじゃ。

この清水で姫の口を濡らしてほしいとな・・・そしてここからが肝心じゃ。

わしのこの退魔の笛、

姫に巣くう魔を退治するため隣との境の垣根の扉を開けてくれるよう頼むのじゃ。

わしが・・・わしが・・姫の病・・なおして・・・くれん・・」

そういって眠りについた。


こうして舞は最後の二人の夫婦の宴で終わりをつげた。ハッピーエンドで終わったこの第二幕、

舞の中からこの話が手に取るように観客達にわかったのは

全編に流れる謡と心の中に刻み込まれる一字一句の会話の不思議。


みんな、ホーっとため息をつき、前のめりになっていた体を背もたれに預けるのだ。


                     ★


照明がついた。二幕と三幕の幕間は休憩となった。


その中で知った同士顔を見合わせため息をつく、そんな様子があちこちに見られる。


「日野あきあって本当の天才ね。・・・こんな人が芸能界にいたなんて」

「おいおい、日野あきあは早瀬沙希って名前であのゲームソフトを作ったし

いまだ世界で売れつづけているビジネスソフトを作っているんだぜ」

「全く・・・どうなっているのよ。彼女・・・」

そんな言葉がかわされる会場。


番記者といわれる記者達、顔を見合わせて

「おい・・俺達、とんでもない人を相手にしているんだよな」

「お前・・・おじけついたのかよ。誰かにかわってもらうか?」

「馬鹿な!そんなもったいないこと出来るかよ」

「あははは・・・そうだろう。おれはあの人にかなわないってこともうとっくに悟っているんだ」

「だったら・・・」

「よく聞けよ。あの人、俺達に真剣に相手をしてくれているんだ。

でないと、こんな招待状出すわけないよ。この文面彼女が考えたんだ。

だから、こちらも真剣に・・必死にならないと失礼なんだよ」


「ねえ、高志さん。このあとの幕、彼女のそばで見ていていい?」

飛龍高志は麗香の顔を見てその真意をくんだ。

「ああ、いいよ。しっかり見ていろよ」

「うん、わかってる。あの謡の事、そばで見ていてもわからないと思うけど」

といって

「母さん、愛子を頼むね」

と腕に抱いていた我が子を母に渡す。

「麗香!沙希姫様のことしっかり見守っているのよ」

母はもうすっかり早瀬の女だ。


それに愛子までもがあきあのことをいうと本当にわかっているのか

それまでむずかっていても急にニコニコし、言うことを聞く。

日野あきあという女性・・・ほんとうに天使だと実感する麗香。


舞台袖にいくと事務所の社長やマネージャー達がじっと舞台を見ている。

「どうしたんですの?」

「あっ麗香」

といってまゆみ社長が、舞台を指し示す。


舞台の中央部に舞妓姿のあきあが正座をして座っているのだ。

だがその姿の美しさ・・・芸能界でもまれてきた麗香だがこんなに自然でうつくしい女性の姿、

初めて見る。声も掛けられない。


そのとき

「麗香ちゃん!」

と声がかかった。振り向くと早乙女薫が椅子に座ってニコニコ笑って手を振って招いているのだ。


「どうしたのですか?薫さん。こんなところに座っているなんて」

「ええ、ここで改めて沙希ちゃんの凄さを感じているところなの」

「えっ?」

「だって観客席にいるとどうしても身体に力が入ってしまうでしょ。

それに今、一番身体に触りがあるからって先生にいわれて今皆でここに避難していたの」


「昨日検診日だったから、昨日皆こうして集まったのよ」

「えっ、では・・・」

「そうなの、私には羨ましい限りだけれど、本当にいい妊婦さんの隠れ家だわよね」

と言って入ってきたのが圧絵だ。


「妊婦さんて・・・・」

「あら、聞いてなかった?・・・ここに座っている9名全員が妊娠しているのがわかったの、

皆2ヶ月だからまだ不安定な時期なのよ」

「じゃあ・・・・」

とちらっと舞台上のあきあを見る


「ええそうよ。全員沙希ちゃんの子供・・・・幸せそうでしょ」

よく見ると全員ニコニコしてとても幸せそうだ。

まゆみ社長なんか別人のように表情にあったキャリアウーマン特有の険がすっかり払われている。


「みなさん、お幸せなんですねえ」

「そうよ、とってもでもねえ・・・麗香ちゃん。これ世間には内緒よ」

「勿論、そんなこと言いませんわ」


「そうそう、あの場に居なかったから紹介が遅れているわね。

私の姉で長女の真理、今早瀬一族の長をしているけど、

現在は京都の貞子お婆様が決してはなそうとしないの。

井上家のマネージャー兼あの施設のオーナーだし、

舞妓ちゃんや芸妓さんのお琴の先生でもあるの。ママって呼んだらいいわ」


「本当にママって呼んでいいんですか?」

「いいわよ、麗香ちゃん。京都の地下には里のあの温泉もあるしあなたのお部屋も用意してあるのよ」

「えっ?私の部屋?」

「そうよ。麗香ちゃんとお子さんの愛子ちゃん・・・そしてお母さんのね」

「私・・・京都にくること多いです・・・」

「ええ、ホテルを取るなんてもったいないことおやめなさい。

京都にはあなたのお家があるんですからね」

「嬉しい!・・・」

本当に飛び上がっている。


「でも旦那の部屋も・・・っていわれたら困りますけどね」

「わかっていますわ、ママ。こう見えて私も早瀬の女ですからね」

「おほほほ・・・」

と全員が笑う・・・なんだかホンワカとした良い雰囲気だ


「じゃあ、次紹介するね」

と薫が促す。

「次女となる姉、操よ。東京にあるレストランと里と京都の家の料理の総責任者よ」

「わたし、東京のレストラン何度も食事にいったことあります」

「よく覚えていますよ麗香さん。これからレストランに行ったらお金払わなくてもいいわ」

「でもそれでは・・・」

「麗香さんは早瀬が裕福なこと知っているでしょ。身内にはお金とらないわよ」

その言葉に主婦としてなんだか得した気分だ。


「こら!麗香・・・こんなところで食費の計算するな!」

という薫の怒りの声・・・でもニコニコした表情ではそれが冗談だと大判りだ。


「次はママの長女であのあきあの姉になる理沙よ。

母も娘も同じ人の・・しかも妹に・・・娘にあたる人の子供を産む。

一般の人からみると随分と淫らな関係にうつるけど早瀬の女は特別なんだからね」

「薫さん・・・・いえ薫姉さん・・・そう呼んでいいですね」

「とても嬉しいわ・・・」

「私・・里に行っていろんなこと学んできました。

その哀しい女の歴史・・・心がそわぬ相手の子供を産む・・・

女にとってこんな嫌で哀しいことありません。

でもそうしなければ早瀬はなかった。それを思えば皆さんはとっても幸せですよね。

大好きな人・・・しかも二人といない特別な人の子を妊娠したのですから」


皆立ち上がって一人一人麗香に抱きつく

「麗香ちゃん、あなたはやはりわたしの大事な娘ですよ」

とママに言われ

「麗香姉さん、わたしあなたの大ファンでした。

でもそれは外側の九条麗香という歌手でしかなかった。

今は・・・今は九条麗香という人間が大好き・・・」

と理沙に言われた言葉だ。


こうした本音を言われて面食らってしまったがこれが早瀬なのだ・・・

早瀬の女なんだと思うと胸が熱くなってくる。


「杏奈と紫苑ちゃん、いらっしゃい」

と呼ばれて遠くから麗香を見ていた二人。薫に呼ばれて麗香の前にくる。

「こっちが千堂杏奈、私の末の妹の千堂ミチルの次女よ」

「えっ!あのミチルさんが薫姉さんと姉妹・・・・」

「そうよ、杏奈は自分から進んで沙希ちゃんのファッション・コーディネーターになった

変わり者・・・今から思えば先見の明があったといっていいわね」

「凄いわね、杏奈さんも」

「いいえ、沙希のおかげです」


「麗香ちゃん、こっちが紫苑ちゃんよ」

「紫苑ちゃん?」

「ええ、訳があって今のところ紫苑って名前だけなの」

「訳があってということは、今は何も聞くなってことね」


「さすが麗香ちゃん。その通りよ。でも紫苑ちゃんはあなたに凄く役立つ人よ。

紫苑ちゃんは琵琶と謡いの天才なの。沙希ちゃんに本当に似ているしね。

今度の南座の時、沙希ちゃんを助けるために琵琶をひくことになっているのよ。

それに、沙希ちゃんは東京でドラマ収録があるしいろいろと忙しいのは知っての通りよ。

だから麗香ちゃんの謡いは紫苑ちゃんに習うといいわ」


「本当?良かった。自分で練習するの、かなり辛いものがあったの」

「麗香さん、よろしゅう。お役にたてれば嬉しいどす」

「あら、紫苑ちゃん結構挨拶できるじゃないの」

「もう、薫姉さんたら・・・けど、うち麗香さんの大ファンどすえ」


その時、女達がぞろぞろとこの舞台袖に入ってきた。

「あら、どうしたんですか?」

「ちょうどいいわ、あなた達もこっちへいらっしゃい」

そうママに呼ばれた女達、

「あなた達、九条麗香さんは知っているわね・・・あっケイトは?」

「勿論、知っています。わたし音楽好きでCD一杯持っています。

来日して以来、初めて聞いたあなたの歌とても心に響きます。

とくに麗香さんのジャズナンバーのあのCD、我々アメリカ人にはたまりません。

あの歌にはソウルがはいっています。

あんな歌歌えるのはアメリカでも少なくなっているんですよ。

それに最近緊急発売されたあのシングルCDには

もう呆然・・・・・あれって・・・・・」

麗香は笑いながら、舞台を指す。


「えっ?・・・では・・・・」

「そう、あきあが即興で作った私の娘への曲なの。

ここに居られるほとんどの方がその現場で目撃されてますよ」


「じゃあ・・・」

「そうなんです。優しさにあふれ聞いている人に幼い頃の自分と親を思い出させる素晴らしい曲。

現に一番最初にあのルーク監督が世界で売り出せばいいといわれたの」


「えっ?ジョージが?」

「ジョージ?」


「麗香ちゃん、ケイトはねルーク監督の姪なの。

本人もワシントンポストでコラムを担当していた記者の上、世界に知られる女流カメラマンなのよ。

でもそんな地位も名誉も皆捨てて

早乙女薫事務所の海外メディア部門・京都支社の総責任者になった変わり者よ」


「薫姉さん、記者は辞めたけどカメラマンは私のライフワークよ。止めたわけじゃないわよ」

「じゃあ、ケイトはあきらめずに沙希ちゃんを狙ってる?」

「ええ、狙ってるいうのは少しオーバーだけど、

私のスチールカメラに沙希を生かしたいの。

映像でのあんな魅力がだせるかどうかまだ自身がないんだけど」

「あきらめちゃ駄目ですよ。一生懸命やっていればいつか必ず・・・」

「ええママ・・・わかってるわよ」


「なんか、凄い人が集まっているんですねえ」

「そうでしょ・・・沙希ったらいろんな女性を引き付けてしまうの」

と理沙。


「希美子さん、希佐ちゃん」

と呼ぶ。

「あなた達は九条麗香さんは?」

「ええ、よく知っていますわ。特に希佐が・・・」

といって希佐の後ろに回ってその肩を押し出す。麗香の前に出た希佐は

「私歌手では麗香さんが断然好きです」

「ありがとう・・・」

「ねえ、麗香ちゃん。この親子みてどう思う?」

「えっ・・・どう思うって・・・」

といってじっと見る・・・よく見ているとこの二人の親子の面影がある女性にそっくりなのだ。

しかも、その女性・・・今舞台にいる・・・はっとした麗香に

「どうやら判ったようね。そうなの、あなたが思った通りよ。

でも、その後は想像を越える話になるのよ。

この二人、結城希美子さんと希佐ちゃんはね。沙希ちゃんの子孫なの」

「ええ~?・・・し・・・子孫?・・・」

「そう、沙希ちゃんが幕末に行ったとき結婚してできた子供の子孫・・・

ねえ、希美子さん、希佐ちゃん。

後ろに椅子があるから麗香ちゃんにあなた達のこと説明してあげてちょうだい」

と言ったとき天城ひづるが飛び込んできた。


「ひづる!どうしたのよ」

薫のきつい言葉にも

「わたし一人じゃないの。明子先生も一緒よ」

というと一人の女性が入ってきた。


「私の患者さん達がここに避難していると聞いてね」

「ちょうどいいわ、私たちの妹で九条麗香です」

と明子に紹介する薫。


だが

「誰が妹やねん」

とみんなにつっこまれる薫だった。


「ひづる!・・・もうすぐ時間よ。席に戻らなくては・・・」

「ううん、もう私の席はないの」

「席がない?」

「ええ、観客席がもう凄いことになっているの。

だからお婆ちゃまが危ないし、顔がさすから皆のところに行っていなさいって」

「わたしも貞子お婆様に『あなたの患者さん達が行っているから

何かあったらいけないから見てきてちょうだい』と言われたのよ」

と明子先生。


「観客席が凄いことって?」

と覗きにいくまゆみ社長。


「ちょっと・・・ちょっと・・なんなのあれ・・・」

見てみるともう席は全て埋まり、舞台から客席まで2m程空いていたスペースも

いつのまにかパイプ椅子がおかれここもぎっしり・・・階段式になっている

歩廊も肩を押し合いして座り込んでいるし、一番後ろは何なのだ、

もうドアはあけっぱなしで・・・というより閉められないのだ。


「もう驚きを通り越して・・・呆然ね・・・」

「舞が始まる前に電話していた相手が飛んできたり、あきあの招待状に気づいたり

同僚が呼んだりした番記者達がかけつけたりでもうおおわらわらしいわ」


「あら・・・うちの旦那さん、あんなに小さくなっているわ。

母さんも愛子も・・・・母さんと愛子だけでもここに連れてきたいわ」

「旦那さんのこと、いいんですか?」

「ええ、ここは男性は禁止よ。だから・・・・」

「判りました、麗香さん。任せてください」

と出て行くゆりあ。


「ゆりあもすっかり早瀬の女になったわね」

「ええ、誰かさんの言うことをこなしていけば誰でもああいうふうになるわよ」

「澪!誰かさんて誰よ・・・」

「これ!・・・二人とも・・・」

と叱る真理に

「二人ともお腹の子供にさわることをしてはいけません。

でもいろんな場合の検査の結果が得られれば、少し嬉しいかも」

という明子に

「ねえ、澪!・・・明子先生って・・・もしかしたらマッドサイエンス?」

「そう・・・いろんな学生が被害にあってね・・・・」

という澪の言葉に真っ青になった薫。


「嘘よ・・薫さん」

「だって先輩・・・・」

「ああ、そうか・・・・ちょっとだけね」

という二人の会話に顔色を何度も変える薫。


それを見たひづる

「薫姉さんて信号みたい」

といって薫にひっぱられて膝に乗せられ体中をこそばされるひづる。


「ひゃっひゃっ・・・あはははは・・・」

と笑い転げるひづる。

「ええい!・・・二人ともうるさい!・・・」

とうとう順子が堪忍袋をきったから、慌てておとなしくなる二人。

それを見てプッと吹き出したみんな。相変わらず元気だ。


「さあ、愛子ちゃん。お母さんですよ」

といってゆりあが愛子を抱いて部屋に入ってくる。

麗香の母の直子も・・・

そして、驚いたことに篠原良子が西沢恵子とそして高弟の志保と勝枝までが入ってきた。


「はい愛子ちゃん。ママですよ」

愛子は麗香に身を乗り出すようにして抱きつくが、何か気になると見えてキョロキョロしている。

そして舞台の上の沙希に気がついたのか大きく腕を振るのだ。


それまで目を閉じて身動きひとつしなかった沙希が目を開けたかと思うと

スッと立ち上がってこちらを見るとニッコリ笑った。

近寄ってきて舞台の端に座り込んで愛子に指を握らせると『キャッキャ・・・』と笑う愛子に

「愛子ちゃん。うちの舞どうどした?まだ難しおまっしゃろ。

えっ?・・・二幕目のハッピーエンドが良かったって?

おほほほ・・おしゃまな愛子ちゃん。三幕目は鬼女と旅のお坊さんの恋の物語なんどす。

ちょっと怖いんどすけど、とっても哀しい恋のお話なんどす。・・・よう見ててね」

と立ち上がってから

「お姉さん達・・・休憩時間少し長うとりましたけんど、そろそろ始めたい思います」

といって舞台中央に歩き出す。


そこにいた女性達、もう客席には戻れないのでパイプ椅子を出して

全員がその舞台袖で観劇することになった。


                     ★★


沙希が頭を下げると、スルスルと上がりだす幕・・・照明が消え、スポットライトが沙希にあたる。


もし照明の部屋に誰かがいたなら腰を抜かすに違いない。

勝手にスイッチが入ったり切れたり、マジックというより魔法をみているようなのだから・・・。


「みなさん、お待ちどうさん。少し長めの休憩のあいだ

こんなぎょうさんのお客はんに入っていただいてほんまありがとうさんどす」

と言ってから驚いたのが同じ挨拶を流暢な英語で・・・そして、フランス語で挨拶したことだ。


ポカンとしたのは舞台袖の女達だ。英語が流暢なのは知っている。

でも、フランス語までなんて・・・

「ねえ、ケイト。沙希がフランス語が出来るなんて聞いていた?」

「いいえ、沙希が英語のなまりが話せるのは知っていたけどフランス語までは」

「えっ?沙希って英語のなまり話せるの?」

ゆりあが聞く。

「知らなかった?沙希はアメリカ中のなまりを話せるんだって、ジョージが言ってたわよ」

「ルーク監督が?」

「でもジョージも沙希がフランス語を話せるなんて知らないわよ」


「どうしてフランス語まで話せるのですか?」

一般の女性客からそんな質問が飛んだ。


小沙希はニッコリ笑ってこう答えた。

「へえ、うちらのお座敷、けっこう外人さんが多いんどす。

お座敷いうたら、お酒飲むところとお思いの人多いんどすが、それだけやおへん。

舞や音曲と共に会話を楽しんだり、お遊びして日ごろのストレス飛ばしてもらうんどす

言葉が通じな決して面白いところやおへん。

そやから、うちら舞やお琴、三味線と共に英語を習ってます。

うちがフランス語しゃべったんはただうちが語学がすきやからどす」

とシラっと答えたが、ここにいるほとんどが舞妓の小沙希があの天才女優日野あきあと知っている。


それがこうして舞妓の小沙希として答えられるとどう言っていいのか判らない。


黙ってしまった観客に小沙希はニッコリ笑って

「それでは残り三幕四幕の舞をお楽しみください。

それから4という数字が縁起が悪いんであと一つ、これはこの会場にいられはる

人間国宝の井上貞子先生が過去井上家三代を通じて総仕上げされはった京舞で締めさせてもらいます」

といってフェードアウトした。


そして、いきなり出現したのはぼうぼうと伸び放題の野中の一軒家。そこから聞こえるのは

「ポン・・・ポンポポポポポン・・・・」

と心地よい鼓の音で始まった。


「凄い!・・・やっぱり、小沙希ちゃんって凄うおす・・・・」

「もう小沙希ちゃんてうちら舞妓の代表どす」

そういう菊野屋の舞妓や芸妓達の騒ぎが納まり舞が始まるのだが菊野はもう飛び上がりたい心境なのだ。

こんな子もう二度と現れない。幕末の大看板の幾松にも千代松にもそう評される小沙希なのだ。

それが仮とは我が娘・・・もうなんだかたまらない気分だ。


この三幕の舞・・・圧巻だった。鼓を打ち謡ながら舞う、美しい女。

先日、祖母達の前で完成した樹沙羅の舞・・・人と鬼の愛、肉親の愛・・・

さまざまとした情感が込められた悲しい舞・・・先日見たとはいえあの時より又、舞が進化していた。

最後に能面が割れ、僧侶と鬼女との永久の別れ・・・・

鬼女樹沙羅の姿が観客の心に哀しい恋と共に残り

終了後にあの樹沙羅の姿が忘れられない、プロマイドがないのかと詰め掛けられて、

四苦八苦した瑞穂達、

今度南座で公演するこの舞をビデオとDVDで発売するからと説明して許してもらったほどだ。


物悲しい三幕目が終わった後はガラリと変わった御殿の中の女官の部屋。


そこには音曲はなかったが、高くて可愛い声の謡が流れる。

この声、この歌い方、もう一流のミュージシャンだわ。

そう麗香が思うほどの歌手としての才能。もう・・・日野あきあにはあきれるばかりだ。


四幕は女官の帝の語り部である斑鳩式部が夢の中で見聞きしたことを

書き記すにつれて夢かうつつか幻か・・現世と見分けがつかぬほど

美しい殿御に心をひかれていく様子を意地悪な同輩との対立を

コミカルに入れての恋の物語、物悲しさの中にわらいがあり

外人をも笑い転げさすこの舞、もう才能の豊かさには参ってしまう。


四幕の終わった後、ようやく何もない舞台で京舞が始まった。

何もないと思ったのは早計で舞妓姿の美しい小沙希が

フッと手を出したところに現れた一本の桜の木が小沙希の身体を支えるのだ。

ひらひらと舞い落ちる桜の花びらの中小沙希の身体がとまった。


そして、正面を向いてお辞儀をする。


『ウオ~・・・・』

この劇場がゆれるような歓声は、外まで聞こえ何事かと中を見る人たちが多数いた。

そして、全員がスタンディングオべレーション・・・貞子や高弟達・・・尾上吉三郎までもが立ち上がって拍手をしている。


その拍手の中、再び腰を折って挨拶をする小沙希。

音響設備も使っていないのに隅々まで聞こえるこの小沙希の声、舞台もこれからやれる実証だ。


「このたびのうちの舞の会、実は2週間後に行なわれます南座での公演

・・・といいますのはここに居られる二人の名監督、小野監督とそのスタッフのみなさん、

そしてジョージ・ルーク監督とスタッフのみなさんがそれぞれの視点でうちの舞を

フィルムに収められます。

だからうちの舞を知らなければフィルムに撮ることができんのどす。

今日の公演はそういった意味での舞の会どした」


「はあい」

と客席からの質問だ。


「その南座での公演のチケットはいつ発売されるのですか?」

小沙希はチラッとまゆみ社長を見てから

「明日からどす。出来るだけ足を運んで頂きたいので、この京都と大阪と神戸の三都だけの販売どす」


「その~・・フィルムを撮られるということは何か販売されるんですか?」

「へえ、ビデオとDVDどす。

それも舞のフィルムということなので出来るだけ安く・・いうんがうちの希望どす」


「はあい!・・あきあさん」

「へえ、でも今うちは舞妓の小沙希なんどすえ」

「じゃあ、小沙希さんに伺います」

「へえ・・」

「この舞の公演、南座で終わりなんでしょうか。東京でも・・ということは?」


「今のところ南座で終わりどす・・・・けんど・・・」

その後の言葉を皆聞き漏らすまいと耳をそばだてる。


「もし、求められればその限りではおへん。うち、舞が好きどす。とっても好きなんどす。

けんどうちには同じぐらい大好きなこといくつもあるんどす」

こういうと笑いが漏れる。


いくつもある?・・・ありすぎるのだ。会場のほとんどがすでに知っている。


「記者の皆さんとの知恵くらべも面白おす。これからもうちの挑戦受けてくれはりますか?」


「あきあさんの挑戦難し過ぎるんだなあ。もっとわかりやすく出来ませんか?」

「へえ、けんど優しかったらみなさんわかってしまいます。そんなん面白おへん」

記者とあきあそんな面白いことやっていたのか。


「それって、不公平です」

若い女性から声が上がった。


「あきあさんと記者さんとでそんな面白いこと。一般の私たちも混ぜてください」


そんな声に一瞬目を白黒した小沙希だが

「うち、うちの番記者さんに追い掛け回されていたんどす。

そんな番記者さんに敵討ちしとるんどすえ」

「敵討ちはひどいなあ」

という番記者。


「うちの言葉がおかしやすか?・・・だったらごかんべんを。

別に番記者さんをどうのこうの言うつもりやおへん。

けんど追い掛け回されたり逃げ隠れたり・・・時々辛うなることあるんどす。

これが芸能界にいるものの宿命言われたら終わりどす。だからうち、考え方変えました。

辛い思うんもうちが受け身やからどす。受身の変りには・・・それが挑戦なんどす。

挑戦をしてからうち楽しゅうてたまりまへん」


「挑戦ってそんなんどすけど・・・」

と客席に向かって言ったが

「私たちにも挑戦受けさせてください!」

「へえ~っ?」

と驚く小沙希。

「番記者さんて、男の人が多いんでしょ。だからあきあさんに負けるんですよ」

そんな過激な声が女性から出て目を白黒する番記者達。


「わかりました。記者さん達とは別の挑戦になりますけど、よろしおますか?

そうどすなあ・・・その挑戦は今度始まるドラマの中で公表しますさかいよう見ていておくれやす。

そやけどこれが挑戦どす・・・なんて言いまへんえ。

そやさかいドラマの前か、本編の中か、エンディングかよう見てないとわかりまへん。

それと、挑戦権はおなごはんだけどす。はっきりいって、うち男はんが大嫌いなんどす。

ただ男はんが自分の彼女に答えてもらう。これはOKどす」


「あのう・・・もしその挑戦に勝ったら・・・・」

「そうどすなあ・・・うちと夜の食事会・・・これではどうどす?」

「あきあさん!・・・それ僕らもいいんですか」


「仕方おへん。けんど記者さんの挑戦はこちらから社にFAXどす。

うんと難しゅうしてさしあげます」

「そんなあ・・・」


「あきあさん・・・さっきの男の人ですけど・・・」

「えっ?・・・ああ・・・男の人正解したら彼女同伴だったらOKどす」


話が変わった方向へいってしまったがもう満足して帰る客達を舞台上で見送る沙希に

小野監督とルーク監督がとんできた。


「あきあくん、君の舞の素晴らしさはようくわかったよ。

カメラは据え付けて撮ろうかと思ったけど

君の舞にはやはり『ステーション』で取らなければその凄さが出てこないんだ。

貸してくれるね。『ステーション』6台と瑞穂くんを」


「ルーク監督は?」

「おお・・・わしも同じ理由で『ステーション』6台とゆりあを貸してくれないか」


「瑞姉・・・ゆり姉・・・そういうことなの・・いい?」


頷く二人を見てから

「お二人ともカメラワークの計画書をできるだけ早う出してくれまへんか?」


「計画書?・・・ああ、そうか・・それがなかったらいくら君でも

『ステーション』は動けせないか」


ルーク監督も納得して小野監督と共にスタッフを連れて慌てて出て行った。


「沙希!」

と声をかけてから

「ちょっと、あんた達」

とガラガラになった客席に声をかけると固まって座っていた女性達が立ち上がった。


ケイトに声をかけられて小走りに近づいてきた女性達。


「沙希!今度出来た京都支社の海外メディア部の社員よ」

「ごくろうさんどす」

という沙希に

「私この人のテレビ見ました」

というのをニコッと笑った小沙希が

「で、どうどした?ジョシア」

「えっ?」

急に自分の名前を呼ばれて面食らってかたまってしまうジョシア・カーター。


「おほほほ・・・昨日言ったでしょ。この早瀬沙希・・・

日野あきあの前に出ると何も隠せないわよ・・・て」


「ええ、聞きました。でもこんなことって・・・」

「そんなに、怖がらないで・・・シンシア」

こんど固まってしまったシンシアが舞台上の沙希に視線を移す。

思わず引き込まれるその瞳の暖かさ、でもそこに小さな悲しみの色が・・・

「あっ!・・・違うの!」

「えっ?」

「わたし、少し驚いただけよ。決してあなたのこと怖がっていないわ」

「本当?」

「ええ、あなたの瞳見ていたら私、まるで心地よい春風の中に立っている様だったわ。

こんな経験初めて・・・。

日本で今『癒し』って言葉がはやっているけど私には判らなかった。

けれどあなたを見て、その言葉ようくわかったわ」


「ありがとう、シンシア。あなたのその言葉でわたしも救われます。

ねえ、みんなも聞いて!・・・私けっして怖くはないのよ。

ただの普通の女の子だし、後で私のことそこにいるお姉さん達に聞いたらいいわ。

それに、私今18歳よ。名前は呼び捨てにしてちょうだい」

というのを聞いて何かほっとして肩から力が抜ける。けれど本当不思議な少女だ。


「この沙希が、今あんた達が扱っているソフトや通信機を開発した張本人だから

判らないことあったら、どんどん聞くのよ。

私に聞かれても判らないってしか言えないから・・・」

といって皆を笑わす。押したり引いたり・・・さすがキャリアウーマンのケイト。


                     ★★★


この10日間、とにかくあきあは忙しく立ち働いていた。神出鬼没ってこのことだろう。

マネージャーの瑞穂はもう後を追うだけで大変なのだ。


だから、今京都の家で謡の練習で明け暮れている九条麗香のマネージャー吉田礼子が

勉強のため瑞穂の下についているのだが、

とにかく瑞穂が帰ってきたら倒れるように寝てしまうのが礼子にはようくわかる。

京都なら温泉に入って元気を取り戻すのだが、東京ではそうはいかない。

が・・・あきあから元気が出るキスを受ける特典は物凄く嬉しい。

初めてのとき、キスを受けてくたくたと崩れ落ちる瑞穂が急に元気になるのを驚いた目で見ていたが、

実際自分があきあからキスを受けてみるともう驚異だった。

その効果は抜群で元気が自分を引っ張っていくそんな感じだ。


京都でのあきあは本当に凄い。ついていくだけで大変だ。

家では舞を舞妓達と舞い、真理ママとの横笛とお琴の演奏をする。


撮影所には両監督から呼ばれてカメラアングルの打ち合わせと

『ステーション』を広いスタジオの中に出して総点検。

『ステーション』に乗り込んでの試乗、日本側6台とアメリカ側6台が

カメラマン等乗員全てを乗せて撮影所から飛び立つ。異次元からの撮影。

まるで人間業とは思えない瑞穂のスイッチング。あれもこれももう目を見張るだけで動けもしない。


『ステーションは』南座で所定の位置についた。計画書通りに配置を変える沙希。

日本側とアメリカ側で『ステーション』同士、接触を心配して瑞穂にいうと

「ちょっと待ってね」

といってから目を閉じる瑞穂。


「ええ、今の質問は?・・・・・・うん、わかったわ。そこまで考えていたのね、沙希」

と口に出してこういう瑞穂・・・まるであきあと会話をしているようだ。


「礼子さん。この日本側とアメリカ側のステーションの配置は

異次元でも違う次元にされているのでぶつかる心配はないんだって」


「えっ?今あきあさんと会話されたんですか?」

と驚く礼子。


「ええ、どうしてこんなこと出来るのか判らないけれど、

最初のドラマから何かあったら話し掛けも出来るし、話し掛けてくれるの」


「凄い!」

これ以上声が出ない。


『ステーション』の試乗は毎日ように行なわれた。

日本側の中央となるモニター室には小野監督が、

別のモニター室にはアメリカ側のルーク監督が控えていた。


日本側の『メインステーション』には例のごとく瑞穂、

アメリカ側には英語を話せ前回2回の怨霊との戦いに乗っていたゆりあがその任にあたっている。


そしてもう1箇所、京都駅近くの超近代的な商業ビルの5F、

1フロアー全てを借り切り、ビルの真中のエレーベーター部を挟んだ両側の廊下の

片側が早乙女薫事務所の海外メディア部門と役員室、

応接室、会議室と間仕切っており、残りの廊下の半分は株式会社オクト・・・

つまりあきあが本名の早瀬沙希として働くパソコンソフト会社の京都支社で、

役員室、会議室、応接室を除いて全てを見渡せるフロアーには

たくさんのパソコンが設置され新人達の入社を待っている通信機部門の部屋となる。


東京の本社では新しく開発した通信機やナビの対応はスペース的にも

人員的にもオーバーフロー状態でもうお手上げだった。

何か打開策をと探していた時の早乙女事務所の京都進出だったのだ。

「いい事務所を見つけたんですが広すぎるんです。

半分もあればうちの海外メディア部門は十分なんですが、・・・・・

知らない会社と同じフロアーというのは嫌なんです」

と言う言葉に飛びついたのが社長と静香専務だ。


さっそくまゆみ社長を案内に京都に向かった社長と静香専務、無論秘書2人も帯同していた。

京都駅で迎えたのはケイトだ。


ケイトの見事な日本語に驚く社長だったが、案内されたそのビルには目を見張った。

「ちょうどいい・・・これは思い描いていたうちの支社そのものだよ」


さっそく即契約することになったが、

ビルの持ち主の会社がくる間に早乙女薫事務所に案内された社長達。

研修中の入社したばかりの女性達の姿にはさすがに驚いた。


日本人もいるが80%は外人の女性だからだ。

おまけに日本語以外に2ヶ国語を話せるのが入社条件と聞く。

日本人も同じだ。2ヶ国語以上話せなくては入社できない

厳しい条件を突破してきた彼女達、きびきびして気持ちいい雰囲気だ。


「静香専務そこでお願いがあるの」

というまゆみ社長にニッコリと笑うと

「それ以上言わなくてもいいわ。パソコンでしょ」

「ええ」

「彼女達、ここで仕事をするの?」

「いいえ・・・四分六分ぐらいになると思う」

「じゃあ・・・」

「ええ、ほとんど海外を飛び回っているでしょうね」

「では、ここにディスクトップと持ち運びできるノート・・・

それから相手に見せるあのモバイルがいるわね」

といってから

「社長いいでしょ」

「ああ、急いでくれ!彼女達も慣れる必要があるからね」」


「岡島さん、大崎さん。会社にある予備の台数を聞いて頂戴!」

「専務!発注する台数はどれぐらいしますか?」

「そうねえ・・・まゆみ社長、彼女達何人いらっしゃるの?」

「35人よ」

「35名か・・・ケイトもいるし・・・予備もいるでしょうから・・

40という数字では縁起が悪いわね。・・・50にしてちょうだい。

あっちょっと待って。社長、うちもそれぐらいでよろしいでしょうか?」

「ああ、ちょうどいいんじゃないかな。ノートパソコンも外で飛び回るかもしれないから必要だしな」


「あっ、専務、モバイルですが改造したものは数少ないんですが」

「いいわ、モバイルはどれぐらい発注しても足らないから1000の単位で注文して

京都支社に入れるようにしてちょうだい。

モバイルを改造できる会社を今2~3社に絞っているところだから。

それまでは早瀬さんに改造していてもらいましょ。

1000ぐらいの改造だったら半日もかからないでしょうから・・・」


「わかりました。モバイル1000にディスクとノートを100台づつですね」

「あっ、それと、サーバー2台ね」

「わかりました。岡島さん、あなたにはモバイルの発注を頼むわ。

わたしは会社に電話して予備の数をつかんでからディスクとノート、サーバーの発注をかけるから」

「わかったわ」

といって二人して携帯電話を取り上げた。


こうして即契約をした社長達、社長は急ぎまかせられる会社の選定を

警察庁とするため2人の秘書を連れてとんぼ返りだ。


残った静香はまゆみにきちっとケイトを紹介された。

「やっぱりあなたも沙希ちゃんに惹かれたのね」

「ええ、まだ私からは赤ちゃんの鼓動は聞こえないんですって」

「よかったわね」

「はい」

「ケイト、静ちゃんはね、沙希の会社の専務だけど平安時代は沙希の姉上だったのよ。

言わば純粋の早瀬の女なの。

だからケイトも仕事を離れたらお姉さんって呼べばいいわ」


「えっ?いいんですか?」

「勿論いいわよ。それにそんな他人行儀な言葉使いもやめてね。

ねえ、ケイト。外人の人には名前にちゃんなんかつけると変なかんじになるわね」


「ええ、わたしも呼び捨てにされたほうが・・・」

「じゃあ、ケイト」

「はい」

「沙希ちゃんのことだけど、私も主人がいるし会社もあるから、

いつも沙希ちゃんのそばにはいられないの。

あの子のこと頼むわね。もういつも無茶をやって事後報告だから

みんなの心が休む暇が本当にないのよ。ねえ、・・・まゆみ姉さん」


「わたしも東京と2重の生活だし、今はこんな身体だから無理が出来ないから」

「羨ましいわ」

「羨ましい?」

「ええとっても・・・私だって愛する旦那様がいるから出来ないけどもし一人だったら、

沙希ちゃんの胸に飛び込んでいるわ」

「静ちゃんも?」

「あたりまえよ、女ですもの。自分の赤ちゃんをこの手で抱いてみたいの。

でも、仕方がないわよね。いくらがんばっても出来ないもの」


聞けば凄い内容の話だが、

ケイトも女として静香の悲しみが判るから傍によって固く抱きつくだけだった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


そして今、この株式会社オクトの京都支社の役員室・・・

この部屋にある社長、専務とともに並ぶ早瀬部長の机・・・

そして社長、専務秘書の机に並ぶ瑞穂の机、そして部屋の隅にある応接セット。


沙希は机の上でパソコンを叩き、

瑞穂はノートパソコンに今日までの経過をメモ用紙から移しこんでいた。

そして長ソファに座るのは礼子と杏奈・・

特に礼子の目は長テーブルの上で忙しく働く工具に釘付けだったのだ。


静香専務に頼まれたモバイル1000台の改造、

ここで専念ができないので余った時間をこの3日間に分けたのだ。

最後の10台が工具によって改造され、あとは沙希によってプログラムを打ち込まれるだけになった。

それも、あれよあれよと見ているうちに改造が終わっていく。

「凄い!・・・」

あきあについてこの数日、

この言葉どれぐらい使ったかわからないほど信じられぬことを自分に納得させていくのだ。


そして、それが起こったのは全てが終わり部屋を出ようと立ち上がったときだ。

ブラインドを下ろして室外の光をシャットアウトして室内の照明だけの中、

赤い小さな光の玉が窓を通り抜けて入ってきたのだ。


呆然と立ち尽くす礼子に

「大丈夫よ」

と礼子の肩を抱く杏奈、こんなこと慣れっこなのだ。

「あなたは良子様!」

まだ光の玉なのにそういう沙希。玉が十二単姿の女性に変わったのはその後だ。


「これは沙希姫様にはご健勝のことお喜び申し上げます」

「良子様・・どうされたのですか?・・・将門様は?」


「主人は沙希姫様のご守護役、

とてもとても身体が休まらぬと申しまして、天で忙しく立ち働いておりまする」


「あっ・・・・それは・・・」

「沙希姫様、よろしいんでございます。もっと主人や坂本竜馬殿、沖田総司殿や

他の方をもっと忙しくしてやってくださいまし」


「といっても・・・」

と口ごもる沙希に

「おほほほ・・・やはり、沙希姫様はおやさしいお方・・・・」


沙希は照れながらも

「今日の良子様の御用というのは?」

「おう、そうでした。わたしにとって遠い昔の話でしたのでつい忘れておりましたが、

先日はた織りをしていましてフッと思い出したことが・・・」

という良子。


「沙希姫様のために舞をおつくりしたのは那賀杜姫ながとひめと申されませんでしたか?」

「ええ、そうです。那賀杜姫様には大変お世話になっております」

「やはり、そうでしたか。那賀杜姫はわたしの乳母の娘なのです。

主人が謀反をした罪で亡くなった後、私は乳母を連れて山裾野の庵に篭りました。

そこへ那賀杜姫は平気で乳母を尋ねてきたのです。

そこでいつもお名前が出たのは沙希姫様あなたのことです。

その頃は安倍晴明殿の弟子の安倍あきあという名でおられましたが

舞や横笛はこの世のものでないといつも言っていました。


でもあるとき、沙希姫様に那賀杜姫が作った舞をお教えしていたとき、

乳母が病気で寝込んでしまったことがあります。

那賀杜姫も庵に飛び込んできて必死に看病した結果、

病も峠を越してホッとして月明かりの中に出たときです。

その月明かりの中で舞を舞う那賀杜姫の姿・・・・・・・・・・・

那賀杜姫は私の姿を見つけてニコッと笑いながら舞を止めて私に近づいてきました。

『良子様、あなたにあの安倍あきあ様に4つの舞をお教えしたといいましたね。

実はあの4つだけではまだ舞は不完全なのです。

最後の5つ目の舞を舞ってこそ、この舞が完成します。

でもこの舞、お教えしょうかどうかまだ迷っています。

それにこの舞、あきあ様にお教えすれば私から離れてしまいます。

どうです、私が舞える最後の舞、見ていただけますか?』

私は凄く興味があったので見たい・・・といいました。

でもそれからは・・・じつを言うと良く覚えていないんです。

凄い哀しみ喜びが回転するように次々と浮かんでは消え・・・

心が熱くなったのは覚えているのですが・・・」


「そうですか、やはり舞は不完全なのですか」

「知っていらしたの?」

「いいえ、知ってはいませんでしたが、疑ってはおりました」

「えっ?」

「舞を舞っていて最後が何か尻切れトンボなんです。何の訴えかけもないといえばよいでしょうか」

「でも私が見たのは果たして舞だったのでしょうか」


「良子様、お願いがあります」

「えっ?なんでしょうか」

「良子様のその舞の記憶読ませていただけないでしょうか」

「舞の記憶?沙希姫様にはそういうことが出来るのですか?」

「はい」

と答えるのを少し躊躇していたが

「いいでしょう、でも他の記憶は・・・」

「判っています。私がほしいのは5幕目の舞のみでございます」

「わかりました・・・・どうぞ」

というと目を閉じる。

沙希は近くに寄って九字を切り真言を唱えた。


礼子はこんな沙希の姿を見るのは初めてだから握る手はもう汗でびっしょりだ。


「わかりました」

「えっ?もういいんですか?」

「はい!これで舞が完成できます。良子様、ありがとうございます」

「なんの、これしきのこと沙希姫様のお役に立てれば・・・おほほほ」

「とても嬉しいですわ」

「あっ・・・もうすぐ主人が帰ってくる頃です。もう帰らねば・・」

と腰を折ると再び赤い光の玉に戻ると凄いスピードで窓から飛び出していった。


「せ・・・先輩・・・今のは?・・・・」

と瑞穂に聞く礼子。

「えっ?・・・ああ、あの人はね。平将門様の奥様で良子様っていわれるの」

「えっ?じゃあ・・・・」

「そうよ、沙希と戦ったあの首塚の主だった平将門そのひとよ。

でもすっかり心を入れ替えられて今では沙希の守護をされているの。

でもあの沙希でしょ。将門さんも大変みたい」


「瑞姉・・・もう何を言ってるのよう・・・」

と言ってから

「これから帰るから志保さんにお稽古場使えるかどうか聞いてくれる?」


『あきあさんのマネージャーっていろんなことしなくてはいけないし

とんでもない世界をみなければいけないので物凄くたいへんだわ』

というのが礼子の感想だ。

あきあのマネージャーが出来ればどんな人のマネージャーもできるいうのが結論だった。


地下の温泉にゆったりとつかって、軽い食事をとってからお稽古場にあがった沙希、

瑞穂達マネージャーと杏奈も興味があるからついていく。


お稽古場には勿論祖母と高弟達、ママの真理と希美子、希佐の親子。

そして九条麗香と紫苑が座っていた。

無論、その横には今日も通院と称して温泉に入ることと一目沙希姫様にと

妙真と蓮昌の二人の尼僧が来ていた。

特に蓮昌は温泉で身体が治ったことで貞子に請われて日本舞踊を教える・・・

ということになったが何しろブランクが長い。

だから今は高弟たちに手伝ってもらって必死に元に戻ろうと練習に励んでいた。

妙真にはその姿をみるのも楽しいらしい。そして入り口近くに座った瑞穂と礼子と杏奈。


舞台に上がった沙希が座って祖母に向かい合う。


「小沙希ちゃん、これからの舞は?」

「へえ・・・・」

と話し出したのは先ほど聞いた将門の妻良子の話・・・・


「その良子はんに話した那賀杜姫はんの5幕目の話。うち判るような気がするんどす」

「さすがお婆ちゃま、そうどすえ」

「あの一幕から三幕まではそれは素晴らしい舞どした。

けんど四幕の舞あれはいけまへん、まったくの尻切れトンボなんどす。

けんどその尻切れトンボの四幕目が五幕目の序章だけとしたら

なんかとんでもないもの見れるそんな気がするんどす」


「お婆ちゃまのその期待破られることないとおもいます。

けんど、普通の舞や思うたら少し期待はずれどす。ある意味舞より凄いもの・・・・」

といってから

「この舞、途中でどんなことあっても止めたらいけまへんえ」


そういって立ち上がった。普通の浴衣姿があっというまに変わる十二単姿。

そして舞い始めた・・・・ん?・・・それは舞というより流れる謡に合わす・・・

そう能のような動きなのだ。


コミカルな四幕目の斑鳩式部の女の内面をあらわすこの舞・・・段々と変わっていく

・・・・・・・変わっていく。

周りが暗くなり・・・真っ赤に光る目・・・長い髪が蠢き・・・

鋭い角が前頭部より生えていく・・・。

語り部という立場で平気を装っていたが内面はドロドロとした醜い女の性が蠢いていたのだ。

嫉妬で女の幸せを憎しみの心で喰らい尽くす般若。


昼間の明るい語り部の斑鳩式部。夜の女を喰らう般若。

『両面宿那』・・・そう両面宿那という妖怪に変化したのだ。背中あわせで人の両面を表す。

平穏な語り部として帝の近くで暮らしていた女が同輩の小さな嫉妬から

自分の内部の暗い心に気づいていく。

明るく振舞い夢の中から恋を知り語り部として語っていくが・・・夢でしか恋を知らぬ・・・

夢の中でしか殿御と話せぬ情けなさ・・・


語り部なのに現実に恋も語れぬ。

殿御と明るく語る女には地獄の業火のような嫉妬で焼き尽くせよと狂い回るのだ。


両面宿那は夜、女を襲いその魂の中から恋の炎を喰らい尽くす。

都に流れる不穏な空気・・・追いかければ帝近くの御殿で消える不思議。


鬼が徘徊する都の路地に待つ男達・・・いづれもが恋しい女達の魂を喰らわれた男達。

今、姿をみて不用意に飛び出した・・・が、決して般若の顔を見てはいけないのだ。

身体が固まり、魂を引き抜かれる恐ろしさ。魂を食われてしまえば肉はチリと化す。


だがこんなこと、仏は黙って見過ごしにはしない。


恋人を失った悲しみで何気なく御殿を散策していた公達、

木立の中に踏み入ったとき、何やら書き物をしていた女性とめが合ってしまッた。


「あっ!」

と言って手にしていたものを落とす女性・・・・斑鳩式部であった。

慌てて駆けつける公達・・・今宮中で売り出し中の文武両道の若者、藤原家定であった。


筆と紙を拾い上げ女性に渡す。どうしたわけか動かないというより動けない式部に家定が声をかける。

「どうしたのですか?」

「あっ・・・いえ、私・・・殿がたに話し掛けられること初めてなので・・・」

「ほう・・・・あなたのような、美しい方が・・・・」

「嫌ですわ・・・・ご冗談を・・・私みたいな醜い女を・・・」

「醜い?・・・これは驚いた。あなたに向かって誰がそういうのですか?」

「えっ?・・・・・」

「私はいろんな女性を見てきました。あなたはその中でも3本の指に入る美しさだ」


「私が・・・美しい・・・?」

「誰があなたを醜いっていうのですか?」

「あっ・・・いえ・・・同輩達が醜いものは早く去れ!・・・・と」

「あっははは・・・それは皆あなたに嫉妬しているんですよ」

「えっ?・・・私に嫉妬?・・・でもそんなこと・・・」

「あなたが、自分で自信を持たなければどうするんですか」


「私って・・・そんなに・・・」

「そうですよ、同輩の嫉妬をそのまま受け入れてしまって自分をおとしめているのですよ」

「私、殿方とお話するの生まれて初めてです。

こんなことならもっと前から積極的にお話すればよかった」


「今からでも遅くありませんよ」

「いいえ・・・もう遅いのです・・・・・あっ、家定様・・・一つお教え願えませんか」

「はい、なんでしょうか」

「先ほどおっしゃられた、3本の指に入ると言われたあとのお二方とは?」


「ああ、そのことですか。一番目は私の母です。もう幼いときに亡くなってしまわれたが、

子供心にわたしの母は仏のように優しく美しかった記憶があるのですよ。

・・・そして、もうひとり私のとても大切な女性だった・・・・」


「だった?・・・」

「ええ・・・・・くそっ・・・・」

と木の幹を素手で殴る家定・

「殺されたのですよ・・・・」

「えっ?・・・・・」

「ついこの間殺されてしまったのです・・・・『両面宿那』という化け物に!」


呆然と立ち尽くす式部・・・そのあまりにも哀しい家定の後ろ姿に、

はっと気づくと慌ててきびすを返して走り去った。


「あっ・・・もし・・・」

まだ名も聞かぬ女性・・・・振り返るともう姿がみえぬ。


二人の運命の出会いは、決して偶然とはいえぬ仏の厳罰、

少しでも心引かれた二人がこの後対決することになるなんて・・・。


やめようとする式部の心に巣食う魔、

あまりにも人の魂を喰らう時の美味に心の箍が閉じようとはしない。

もう式部自身がどうにもならぬ心の中の魔の誘い・・・・。


こうして最後の対決に向けての二人のつかのまの逢瀬が序曲となって舞が進む。


そして、最後の舞は圧巻だった。背後に雷光の青白い光が剣を振るう家定・・・

相対する般若の両面宿那・・・この二人の影絵の対決の舞・・・・


見ているものすべてが・・・・あの会場にいた貞子たちが・・・言葉もなく呆然と見とれていたのだ。

舞っていた沙希自身も崩れるように倒れこむ。慌てて舞台に駆け上がる高弟達・・・。


抱え起こした沙希に

「小沙希ちゃん・・・うち、こんな哀しい舞見たの初めてどす。

那賀杜姫はんが、あんたにこの舞最後の最後まで小沙希ちゃんに

伝えようかどうかを迷っていたこと判る気がするんどす。

那賀杜姫はん、小沙希ちゃんが急に消えてしまったこと本当はホッとしたんじゃあないんどすか。

そやから良子はんに舞を見せはった、まさか現代で良子はんが小沙希ちゃんに

その舞教えることになろうとは那賀杜姫はんも思ってはみなかったんどす。

なあ、小沙希ちゃん。この舞どうするつもりえ」


「えっ?お婆ちゃま・・・それって・・・」

「小沙希ちゃん・・・・この舞、舞うことやめまへんか?」

「お婆ちゃま!・・・それはどういうことどす・・・」

「へえ、うちこの舞、心の底から舞ってみたい・・・そうおもうほど未だかつて見たことおへん舞どす。

けんどこの舞どこかおかしおす。人の理性を無くす舞・・・そう思われるんどす」


「やはり、お婆ちゃま。お判りだったんどすね。

うち、この舞を舞っていてようわかったんどす。この舞には魔が取り付いているって・・・」


「えっ?魔が・・・それじゃあ・・・小沙希ちゃん!」

「いいえ、お婆ちゃま。うち、この舞止めまへん。

那賀杜姫様がうちのために作ってくらはった舞どす。

その舞に巣食った魔、うちは許しまへん。きっちり形つけさせてもらいます。

うち、今怒りで一杯どす。けんど怒りで対処したらうちの負けなんどす。

そやから、うち今から比叡山で禅を組んでこよう思てます」


「小沙希ちゃんが比叡のお山で禅を組むのうち反対しまへん。

けんど小沙希ちゃんの力に対抗できる魔・・・大丈夫どすか?」


「へえ、この舞うちの手の内にいれてきます。

このままではうちの舞やいうて南座で舞うこと出来まへん。きっちり落とし前つけてきます」


「なんだかあきあさん・・・怖い!」

「そうでしょ。普段は優しすぎるほど優しいあきあだけどあきあを怒らして無事だった魔はいないの。

怨霊だった将門様は心を入れ替えたし、あの元方は天で裁きをうけたわ」

「あきあさんて、凄いの一言ですね」

「だから判るでしょ。あきあのマネージャーをしていると気が休む暇がないって」


「ええ、身にしみて・・・」

「こら!・・・・何を納得しているのよ!・・・」

あきあのその言葉になんだか久しぶりに、この稽古場に笑みがもれる。


                    ★★★★


こんな静かな比叡山にくるのは久しぶりだった。シーンとした奥の院に降り立った沙希は

「誰だ!」

と誰何された言葉に

「天鏡お兄ちゃん、私です・・・」

「おお・・・・その声は沙希・・・・」

「お兄ちゃん、お爺ちゃまは?」

「今、修業の坊主どもに般若心経を書かせて居られる」

「じゃあ・・・お邪魔じゃあ・・・」

「いやいや、沙希をこのまま帰らせてしもうたら怒られるのはわしじゃ」

「では・・・」

と奥の院の本堂に上がる沙希。


十数人の僧侶が武者僧達に囲まれながら熱心に写経をしており

前で僧侶達に向いた蓬栄上人が厳しい顔つきで見つめていたが入ってきた沙希を見て

「おお~」

と声をあげて一度に柔和な顔になる。


僧侶達は入ってきたのが女性だったのに驚き、

そこにいた僧侶全員が女人禁制のこのお山にニコニコとこの女性を迎えたのにはまた吃驚したのだ。


「お爺ちゃま、この間はご苦労さんでした」

「おほほほ・・・沙希よ。あんな凄い試合を見せられた我等、しばらくは呆然としておったわ。

その上、武者僧達もその話で寝る間もない有様じゃ・・・のう、お前達・・・」

「はい、宮本武蔵殿との試合もさることながら、

希佐との3番勝負・・・今思い出してもワクワクしますわい」


「沙希よ、わしはあんな晴れがましい場所は苦手じゃ。ほんに身体もやせこけてしまったわ」

大げさにいう天鏡にぷっと吹き出す武者僧達。

「あら、そんなことをいうとこれからも御指名しますわよ。天鏡お兄ちゃん!」

「さ・・沙希・・それだけはもう止めてくれ~~・・・」

悲鳴をあげる天鏡に噴出す沙希やお上人と武者僧達・・・・

その様子に目を白黒するのは筆をもったまま見つめる多くの修行僧・・・


だが蓬栄上人はにこやかな表情を改めて沙希を見つめなおして言う。

「沙希よ、今日はお前から漂うその暗雲はどうしたことじゃ」

「はい・・・」

と答えたのは舞のこと。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「その将門殿の夫人から伝えられた舞から魔を悟ったのか・・・」

「はい、その魔、しぶとく舞いにしがみつき舞を舞うものの生気を奪います」

「しかし・・・・舞に魔が宿り、それに沙希の術に対等に戦える魔とは?」


「はい、早良親王の使い魔・・・・・」

「何!早良親王・・・・あの崇道天皇のか・・・」

「そうです。ですが崇道天皇が蘇ったのかどうかはわかりません。

ただ、私の舞にしがみつくあの魔は確かに崇道天皇の使い魔です」


「お上人様に伺います」

「なんじゃ、天鏡!」

「その崇道天皇のことお教えください」

「その方も知らぬか・・・・」

「お爺ちゃま、私が説明いたします」

と振り返って

「平城京と平安京との間に長岡京という京の街が作られるとき

造営工事を検分中の藤原種継が、

賊に弓で射られ翌日死亡するという事件が起きました。

取り調べの結果、家持・五百枝王・紀白麻呂・大伴継人・大伴永主・林稲麻呂らによる

皇太子早良親王を担いだ謀反であると断定されたんです。

早良親王は乙訓寺(現長岡市今里)に幽閉され、

抗議の断食をし、10日余り後、船で淡路に移送の途中、

高瀬橋(河内国、淀川の橋)のあたりで憤死し、淡路に埋葬されたのです。

792(延暦11)年6.10、陰陽寮で卜定したところ、

安殿親王の病が早良親王の怨霊の祟りと判明します。

又、延暦16年5月に宮中に怪異があって、早良親王の魂鎮めが行われます。

延暦18年2月、賀美能親王元服の時、再び早良親王の魂鎮めをし、

800(延暦19)年7月、怨霊鎮魂のため早良親王を崇道天皇と追称したのです。

しかし、天皇家に仇名す怪異が全て崇道天皇の仕業でないのは

この後、崇徳上皇という大魔王があらわれることでわかっています」


「ふ~・・・」

と天鏡は息を吐き、

「平将門といい、藤原元方といい怨霊相手に戦ってきた沙希に

まだ戦いをせよと仏は言いますのか・・・・」

嘆く天鏡に

「お兄ちゃん、崇道天皇が復活したかはまだ不明ですわ」

「おおそうか、では使い魔ごときに沙希が・・・・」

「いいえ、崇徳上皇という大魔王はいますが、崇道天皇も又魔王に違いがありません。

使い魔とはいえその力、わたしもかなうかどうか・・・」


「何!そんな力を持っているのか」

「はい・・・だからここにきました」

「沙希・・・それは・・・」

上人の顔をじっと見つめ

「古に比叡の山奥に魔が住み着いていた洞窟・・・・」


「沙希!どうしてそれを?・・・」

「阿弥陀如来様にお聞きしました。そこでの修行死ぬほどつらい・・・そうも言われました」


「如来様のお言葉・・・聞いてやりたいがそうはいかぬのじゃ」

「お爺ちゃま、それはどういうことですの?」

「行けぬのじゃ、そこに行こうとしてもいけぬ」

「それはいいのです。私にはこれがありますから」

と両手を差し出すとその掌30cm上にあらわれる龍の鱗。


『どっ』と驚く声の何も知らぬ修行僧達、

おどおどした目で回りにいる武者僧達に視線を向けるが素知らぬ振りの武者僧達。


もっともっと驚けばいいのだ。

こんな力を持つ女性を目の当たりにする幸せは何ものにもかえられない。


「おお~、それは緋龍殿の鱗・・・・」

「はい、この鱗さえあれば闇に隠れている魔の洞窟にいけます」

「沙希よ、そこでどんな修行をするつもりなのだ」


「三日三晩の禅修業、・・・この間の禅で得た通力をもっと鍛えなおしたいとおもいます」

「沙希よ、通力もいいがお前の陰陽道の術でもかなわぬのか」

「いいえ、お爺ちゃま。私の術の力このようなことで使いたくないのです」

「はて・・・それはどういうことかな?」

「はい、次元の異なった場所での戦いならいざしらず、この地での戦い私の術では強すぎるんです。

菩薩様に私の力を制御できるよう世界中の女性達のDNAに書き込んでもらって少しは弱くなった力、

でもその力、通力で見るととんでもない力・・・震えがきたぐらいです」


「そんなにか」

「はい、でもそれはこの現世で力を使って戦う場合です。戦うことさえしなければ術は使えます」


「沙希よ、何かとんでもない事になっておるのじゃな」

「はい、まったくこんな力・・・人が持つものではありません」


「うおっほほほ・・・それは沙希じゃからそう思うのじゃ。

優し過ぎるほどの、おまえじゃから・・・のう天鏡よ」

「はい、強くて優しい、それは沙希だから他のものだったらこの世、

どうなったかわかりませぬ」


「それ、買いかぶりっというものよ、お兄ちゃん。ねえ、武者僧のお兄ちゃん達・・・」

「いいや、それが沙希だからっていうのは、誰もが思うことだよ」


「もう・・・それなら、今度きたとき我儘いっちゃうから」

「ああ、どんどん言ってくれ。お兄ちゃんなんでも聞いちゃうよ」

という言葉に

「もう・・・・」

といって膨れる沙希。


そんな沙希にお上人が

「沙希よ、そこにはわしらも行けるのじゃな」

「はい、でも洞窟の中には・・・」

「それはわかっておる。・・・わしは洞窟の前で読経をあげたいのじゃ。

そうすれば沙希と共に修行をしていると言う気持ちになれる」

「けれど、お爺ちゃま、その身体で三日三晩の禅のつきあいは・・・」

「なあに、疲れれば休めばよい」

そういって笑う蓬栄。


「その変わりっといってなんじゃが、笛を聞かせてほしい」

「わかりました。それでは『翔龍丸』を・・・」

といって立ち上がって本堂の縁に立つ沙希。


身の内から取り出した横笛『翔龍丸』を唇にあてる・

ゆっくりと・・・それは素晴らしい音曲がこの比叡のお山に流れていく。

それと共に小さな光の玉が数限りなく天に上っていく美しい情景。

この比叡山で初めて吹く『翔龍丸』によって古より留まっていた魂が

天に上っていくのだ。こんな情景見たことがない修行僧達だったが

自然と手を合わせて声を合わせての読経となって音曲とともに奥の院に流れていく。

そして彼らは見たのだ。この少女の姿と重なって菩薩様の身姿が見えるのを・・・

勢い目を閉じ読経の声が大きくなった。


やがて笛の音が消える。清々しい風がこの奥の院の本堂に吹き込んでくる。


「おうおう・・・その退魔の笛のおかげでこの地に留まっていた御霊が天に帰られた。

・・・・沙希のおかげじゃ」

「いいえ、これは『翔龍丸』の力です」


「お・・・お上人・・様に・・・お伺いします」

「なんじゃな」

「この方に・・・被さるように・・・仏様の身姿が見えたのですが・・・」

「ほう・・・お主たちにも見えたか」

「では・・・・」

「そうじゃ、この沙希には仏がついておられる。さきほど見られたのは菩薩様じゃ」

「ヒエ~~~・・・ぼ・・菩薩様~~・・・・」


「お爺ちゃま、私その菩薩様に叱られましたの」

「何?・・・菩薩様にか」

「はい、あまりにも無理をいうから天から離れられないって愚痴られました」

「おほほほ・・・菩薩様も沙希には手を焼いておられるか」

「嫌な、おじいちゃま」

とこの様子を伺う僧侶達、奇異なというより驚きで肝をつぶしているのだ。


「けれど、変わりに私を見守ることになった阿弥陀如来様に

平安時代に消えてしまった『ましろ』という私の式を

師匠の晴明様に探すようにと言われたおかげで私のもとに帰ってきました。

大事な大事な私の友・・・もう凄くうれしくてかないませんでした」

といって両手を前に持っていった。


「ま・・まて、お前の式・・・この結界のなかでは・・・・」

「大丈夫です。『ましろ』は私が聖結界を与えた式・・・・」

といってましろを呼び出した。


真っ白な短い着物に赤い帯びの少女が光の中から現れた。


「ましろちゃん。ここに居られるのは私のお爺ちゃまとお兄ちゃん達よ。よく覚えていてね」

「ましろといいます。これからどうぞよろしゅうに」


挨拶が終わると

「ましろちゃん、その緋龍様の鱗を持って私をこの比叡山の魔の洞窟に案内してくれますか?」

「はい、たやすきこと。でもあきあ様、そこに行ったら・・・」

「あなたはお爺ちゃまのそばにいてください」

「でも・・・・」

「いいえ、もし貴女の身にもし何かあったら、私は動けませぬ」

「あきあ様・・・・」

「だから私を自由に修行をさせてください。あなた達式はわたしの大事な大事な宝・・・」


首を折って両手を前につくましろ、あきあの優しさに何もいえなくなる。


その沙希の優しさ・・・いつものこと・・といえばそうだが、

その優しさに微笑む仏が感じられるのだ。だから立ち上がると武者僧達に声をあげた。

「お主達何をしてる。急ぎ支度を・・・」

「はっ」

といって本堂をとびだしていく武者僧達。


蓬栄上人にとって思わぬことがあったのは直ぐのことであった。

修行僧とはいえ、全国に散らばる寺の跡取達。

厳しい修行をつけながらも、その身は常に気を配っていた。

武者僧達にもそう申し付けてある。その修行僧達が

「お上人様に申し上げます」

「なんじゃ」

「私もその読経に加えてください」

「私も!」

「私も!」

修行僧全てから声があがった。


「しかし、お前たちは・・・」

「いいえ、お上人さま。なにもせずこのまま修行を終えて寺に帰っても跡取だと大きな顔ができますが

一生悔いる事になりましょう。聞けばこのお方は仏の力をうちに秘めるお方、

そんなお方の修行を少しでもお力になれれば一生の思い出・・・なにとぞお許しを・・・・」

蓬栄上人、沙希を見ると僧侶達を見て少し眼を濡らしている。


「五分後じゃ」

「えっ?」

「五分後にこの本堂の前に集まるのじゃ、遅れれば置いていく」


「はい」

と飛び上がって部屋を飛び出していく。


「お爺ちゃま・・・私って・・わたしって本当に幸せ者ね。

こんなにみんなの優しさに包まれて・・・・・」


「なにをいうのじゃ、われ等こそ沙希に大きな優しさをもらっている。

その優しさがあればこそ沙希は強い!誰にも負けぬ力が出るのじゃ」


「お爺ちゃま」

と蓬栄上人の背中に抱きつく沙希。


「うち、この修行・・・絶対やりとげるさかい、お爺ちゃまは無理しちゃあかんえ」

「わかった、わかったよ・・沙希!」」


この様子を本堂の陰から見ていた天鏡・・・・『グスン』と鼻を鳴らしてから月を見上げる。

大きな目からは大粒の涙が流れていた。


                    ★★★★★


緋龍様の鱗を片手に提灯を掲げて先頭を歩くましろ。

そのうしろには蓬栄上人の手を取る沙希が続く。あとは天鏡達武者僧と最後は修行僧達だ。


ましろがピタッと立ち止まって

「このモヤの先が魔の洞窟への入り口です。魔が張った結界がこのモヤです。

これから離れずわたしについてきてください。

そうでないとこのモヤの中、迷子になってしまいます」


白いモヤをゆっくり進むましろ、あとを離れぬよう続く僧侶達。

どれぐらい進んだのかパッとモヤが晴れる地点に進み行った。


「あきあ様、ここが魔の洞窟です」

「わかったわ・・・・ましろちゃんちょっと・・・」

といってみんなから離れたところで

「ましろちゃん、お願いがあるの」

「はい、なんでしょうか」

「わたしのお爺ちゃまの蓬栄上人様、元気なようであってももうお年です。

でも、私のためなら無理をされるのがあのお方です。

だからころあいを見てましろちゃん、お爺ちゃまを眠らせてほしいの。

そしてそのことはあの天鏡兄さんに沙希にたのまれたからって伝えておいて」


「判りました。・・・・あきあ様・・・」

「なあに・・・・」

「必ず・・・必ず・・・ご無事で・・・」

「判っているわ、私、今まであなた達の期待を裏切ることあって?」

「いいえ」

「そうでしょ。それにわたしにはこれからも多くの使命が待っているの」

「わかりました、あきあ様。これからはもうグダグダ申しません。

ですから、3日後にはご無事なお姿を」

「はい」

といってニッコリと笑う。


ゴザをひき祭壇が作られる洞窟の前、全てが準備されたとき

沙希はみんなに向けて礼をすると洞窟へと進み、

2~3歩中に入るとこちらを向き結界を張ってしまった。


走って洞窟に向かうましろ・・・だが結界に跳ね返えされてしまう。

それを見て沙希が何かを話していたようが最後には手を振って洞窟の奥に入っていった。


僧侶達全員が声を合わせての読経・・・荘厳な時がこの洞窟の周りに流れていく。

洞窟の入り口の壁に背中を付けて・・・時々洞窟の奥を覗く可憐な少女の姿・・・・

式とは思えぬましろの姿。


時は思えば思うほど中々進まない。時々小さな悲鳴が洞窟奥から聞こえてくる。

ドキッとして両手を結界につけて奥を目を凝らしてみているましろ。

聖結界の持ち主だからこそ沙希の張った結界に平気に触れられるのだ。


闇が明けようとするとき、少しづつ景色が変わってくるのに気づく僧侶達、

三日三晩の読経は途中から交代制に切り替えた。

これはましろの術によって蓬栄上人を眠らせたことがきっかけだった。


その後、天鏡に沙希の言葉を添え、お上人を術で眠らせたことを伝えてから

読経は昼夜おこなう必要はなく、体力を無くすから昼間だけでよろしいです。

という沙希の言葉をも伝えた。


こんこんと眠るお上人は木陰にひいたゴザの上の布団に寝かせていた。

どうしてこうなったかは天鏡とましろの言葉で全員に伝わっている。


「だがな、ましろ殿。沙希が言った昼間だけでよいということは我らには出来ぬ。

お上人様が目を覚まされたらお怒りになるのは必定」

「ではどうするといわれるのですか?」

そうましろに言われて

「う~ん」

と唸ってしまう天鏡。


「天鏡様、よろしいでしょうか」

と武者僧の一人が声をかける。

「なんだ」

「はい、沙希がいう昼間だけの読経は論外ですが我ら武者僧は18名です。

そして今読経をあげている修行僧も18名、

それを3組に分けてたとえば6時間おきに交代すれば・・・」

「なに・・・交代とな・・・・う~ん・・・よし、すまぬがましろ殿、

お上人様をおこしてくださらぬか」


おこされたお上人・・・訳を聴かされての怒り並々ならぬものだ。

・・・天鏡は頭を下げるだけで叱られるまま。


そこに飛び込んできて天鏡の横で同じように頭を下げるましろ。

「それは何の真似だな、ましろ殿」

「天鏡様を・・・天鏡様を叱らないでください。

私のような式の言葉信じられないでしょうが・・・・」

「待て!・・ましろ!」

ビクンと飛び上がるような激しい怒りの言葉、

もっともっと縮こまってしまうましろ。

「今・・・・なにを言った・・・・何を言ったのだ・・・」


「は・・はい、・・・私のような式の言葉と・・・・・」


縮こまったましろの頭近くにお上人の足音、そこで座る気配・・・・。

恐ろしさに身が縮むとはこのことだろう。


「なあ、ましろや」

とうってかわって優しい言葉が頭の上から聞こえる。

そっと見上げるましろの目に慈悲深い上人の目がましろを見下ろしているのだ。


「わしが叱ったのはほかでもない。ましろが自分をおとしめたからじゃ。

わしは式を・・・・沙希の式を一度も侮ったことなぞないぞ」


「あっ、・・・はい・・・お上人様・・・私が悪うございました」


「判ってくれればそれでいい。ましろはよいこじゃ。

・・・・して沙希はなんといっていたのじゃ」

「はい、あきあ様はお上人様は元気なようであってももうお年です。

でも、あきあ様のためなら無理をいとわないのがお上人様です。

だからころあいを見てお上人様を眠らせてほしい、といわれました。

そしてもうひとつ、読経は四六時中じゃなしに昼間だけでいいと」


「沙希らしいのう・・・天鏡、お前はどうするつもりであった」


「はい、いくら沙希の言葉とはいえ、昼間だけの読経は論外です。

私にはどうしたらいいか判らなかったのですが、

武者僧から人数を分けて読経すればよいのではという声があがりました」


(まあ・・・この人は・・・・)

ましろにとってこんな馬鹿っ正直な人ははじめてだった。


「そうか・・・こんなこと考えるのが苦手な天鏡じゃからのう」

というお上人の声だが、天鏡を見つめる慈悲深い表情はましろが見ていてもなにか、

羨ましいほどの愛情が溢れていた。


「天鏡よ、今から武者僧を3組、修行僧を3組にわけて武者僧と修行僧を組み合わせて3時間毎に読経を変わらせよ」

「はっ」

「わしは後で沙希に怒られぬよう、もう決して無理はせぬ。

その代わりといって何じゃが、ましろよ、そなたに頼みがある」


「はい、お上人様、どのようなことで」

「読経している以外の僧侶達を眠らせてほしいのじゃ」

「はい」

「考えればこれは沙希の要望・・・・決して無理はするな。無理をすればどこかが破綻する。

そう考えるのが自然じゃ。・・・・ましろの眠りはどうなのか?」

「いいえ、式に眠りはありませぬ」

「無理はしていないのじゃな?」

「はい、決して・・・・」


「それでは悪いが3時間経つ5分前に次のもの達を起こしてくれぬか。

そして、それまでの者達を眠らせてほしい。このもの達全員をましろに預ける」


それだけましろに責任が被さってきた。

でもこれだけ信頼されては、ましろにとって嬉しさのほうが先にくる。


先ほど天鏡がくれた『目覚まし時計』というもの、機能の講釈をうけて目の前に置いた。

『カチコチ』と時を刻む音が平安生まれのましろにとって、

その物珍しい文明の利器が弾むような嬉しさを伝えてくる。


こうして時が流れていく。無理はしないと言ったお上人は自ら時がくれば床につくようになった。

僧侶達も大変だが眠りをとれれば、もともと元気な若者達だ、

唱える読経の声が洞窟奥の沙希に元気を与えているようだ。

もう洞窟からは沙希の叫び声一つ聞こえなくなった。

静まり返った洞窟は不気味だが、魔の洞窟の結界のようだった白いモヤはすっかり晴れ、

下界を望めば奥の院が目の下に見えていた。


そして、とうとう三日三晩の修行が終わる時が近づいた。1時間前には全ての僧侶をおこし、

こうして西から陽が上がってくる頃ついに沙希がはった洞窟の結界が消え去った。


まだ薄明るい光が差し込んだ洞窟に歩む足が見える・・・・・

そして皆はみた、

沙希の額に第三の目・・・天眼通アジナー・チャクラが開いた沙希が洞窟を出たのを・・・

額の第三の目と共に二つの目が開いてニッコリと笑ったかと思うと、

その天眼通が閉じ跡形もなく消えうせたのである。


「あきあ様~~・・・」

ましろが走って沙希に飛びついたのだ。まったくそんな姿、

式とはいえぬ人間らしさが滲み出ていた。


でも皆は知っていた。お上人様の言われた事をきっちりと守っていたましろが

言うに言えぬ苦しさ哀しさを漂わせていたことを・・・・


「あきあ様、もうこんなことお辞めください」

「わかったわ・・・ましろちゃん。もう二度としないわ。ううん・・・する必要もなくなったの」

「えっ?」

「この日本に巣食う魔の要因・・・全て消し去ってやったわ」


「沙希よ・・・」

「お爺ちゃま・・・」

「それはどういうことなのじゃ」

「はい、通力は修行によって飛躍的に伸ばされました。

その結果、今目覚めようとする崇道天皇の魔の要因を消し去りました。

そして大魔王といわれる崇徳上皇も・・・・人の手によって壊された封印・・・

そこから這い出た魔もその微かな痕跡を追って人に乗り移っていた魔そのものを消し去りました。

これからのことはわかりませんが、今の世に出た魔は余程のことでない限り全て消え去りました」


「では、沙希の舞の魔もか」

「いいえ、やつは私があの舞を舞わぬ限り出てこれないし気づきもしません。明日の南座の公演の中で対決します」

「大丈夫なのか?」

「はい、親玉が消え去った今、奴ははぐれ魔となりました」

「じゃが油断は・・・」

「はい、それも重々に。それに・・・この修行中、阿弥陀如来様が私のそばに・・」


「なに?阿弥陀如来様が・・・・?」

とお上人が叫んだとき沙希は沙希でなくなっていた。


1mも浮いた沙希の表情はそれはこの世のものでない微笑がうかび二重写しのように阿弥陀如来の姿が現れたのだ。

もうみんな手を合わせて仰ぎ見るだけだ。


神々しいその身姿から声が漏れた。これは沙希の声ではない。


「爺よ・・・・沙希の爺の蓬栄上人よ」

「は・・・はい・・・」

「そなたが沙希を思う心、そして式を思う心見させてもらいました。

さすがはこの比叡山での上人としての勤め、さすがですね。


天鏡達、武者僧よ、よくぞ兄としての心の支え勤め上げてくれました。そして、修行僧の若者よ」

自分達が役立ったかどうか判らない修行僧達・・・


「お前達のこの3日間は、これからのお前達に得難いものを残しているのですよ。

そして、ましろよ。久しぶりですね」


「はい、・・・如来様にお聞きします」

「なんじゃ、ましろ」

「私は本当にあきあ様の御役に立っているのでしょうか?」


「仕方がないやつじゃ、ましろよ。

お前がこんなにあきあの支えになっているのがわからぬか・・・お前達もじゃぞ、

あきあの身のうちにいる式神たちよ」

『ははあ~・・・ガオウ~・・・キエ~・・・』

そんな声が沙希の体内から聞こえる。


「そなた達はあきあの宝じゃ、そしてこれからもあきあをしっかりと守るのじゃ」

そう言って消えていく。


地上に降り立った沙希・・・フラっとしたがましろが支える。

「あっ・・・お爺ちゃま・・・これを」

とポケットからだす紙の束、


「なんじゃな・・・これは・・・」

「はい、明日の南座の公演のチケットです」

「わし達を招待してくれるのか」

「もちろんです。そこの修行僧の皆さんの分もあります」


『ウワ~・・・』と思わず声をあげてしまう修行僧達さすがは現代の若者だ。


『ジロっ』と見つめる蓬栄上人から思わぬ言葉が・・・

「せっかくの沙希の招待じゃ、いかねばならぬのう」

といってから

「修行僧のお前達は荷物をもってこの山を降りるのじゃ」

「お・・・お上人様・・・それは・・・・」

てっきり山を追い出されるとおもったらしい・


「うおっほほほほ・・・お前達は何を聞いていたのじゃ。

先ほど如来様が言われた事聞いていなかったのか?」

「いいえ、聞いておりました」

「では、わかるであろう。この三日間の読経の経験、お前達には得がたいものを得たはずじゃ。

これ以上のわれ等が行なうなまくらな修行は無駄じゃ。ただお前達に言っておく。

この沙希を知った幸運を忘れるな。そして寺に帰ってもこの三日間のこと肝に叩き込んでおけ。

わしから言うのはそれだけじゃ。あとは天鏡・・・おまえの役目じゃ」


天鏡はこの3日間でこの地に増えた用具をかたづけさせている。


「ではましろちゃん、私の中に・・・

「はい」

「待て!ましろ・・・わしがお前に言ったことゆめゆめ忘れるな」

「はい、お上人様・・・では・・・」

といって沙希の身体に入っていく。


「それでは、お爺ちゃま・・・帰ります。明日必ず・・・」

「おおう、皆を引き連れて必ずいくわ」

「峰厳和尚様も宋円和尚様もいらっしゃるはずですから・・・」

「おおう、それでは旧交を温めずばなるまい」


「では」

といって飛び上がった沙希に

『ウオ~~』と声があがる。今まで見せてきた沙希の力の集大成のようになった

飛行術・・・・まさか、空を飛んでいかれるなんて・・・・

修行僧に強烈な印象を残して沙希は去った。



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