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第二部 第十話


沙希を追いかけるように家を出てきた飛鳥警視正を乗せたパトカーが比叡山の上り口に近づいた時、

突然明るい光が車を包み運転していた京都府警の緋鳥礼子の視力を奪った。


助手席の篠田由紀子、後部座席の飛鳥日和子警視正と葉月礼亜は両手で目を庇う。

緋鳥礼子がかけた急ブレーキでようやく停まった車内。

思わぬ静止の時間が過ぎていくのだ。


・・・・・そして、ゆっくりと目を開けた4人には先ほどの眩しさはもうない。


『ガチャッ・・・・』後部ドアがあく。

「あっ・・・警視正・・・私が先に・・・」

と偶然同時に声をかけた篠田、葉月両巡査・・・だが、

「あっ!沙希ちゃん!・・・」

と警視正の声を聞いた三人の巡査、もう何も考えずにドアを開けて表に飛び出していた。

沙希はあきあの名と共に三人にとってはもう大事な大事な人なのだ。

実をいうと東京と京都の6人の婦人警官のうち牛尾刑事の名を心に秘めている

西沢恵子以外の5人はもう早瀬の女として生きていく決心をつけていた。


ここで警視正が名を呼ぶということは沙希になにかあったに違いない、

自然に表に飛び出した三人と飛鳥警視正が見たものは

地上1mの地点で光に包まれて横になって浮いている沙希の姿だ。


「沙希さん!・・・」

「あきあさん!・・・」

「沙希ちゃん!・・・」

と大きく名前を呼んで駆けつける4人、だが光の中、沙希は眼を閉じたまま微動だにしない。


実はこの4人比叡山の御山のそばで繰り広げられる鬼女との戦いは車の中から見えていて知っていた。

だから心がせき早く比叡の御山に・・・・と急いでいたのだ。


それが戦いの真下になった一瞬、・・・・目を離した隙のことだ。


光の中、まるで蝋人形のような真っ白な肌の沙希、

死んだと言うのじゃなく、人工的につくられた人形のように変わってしまった沙希・・・


「いや~~!・・・」

と取り乱して泣き叫ぶ緋鳥礼子と葉月礼亜・・・そして篠田由紀子。

その3人の頬に1発づつビンタを張る飛鳥日和子警視正・・・

3人ともよくは覚えていないが確かこう言っていた。


「しっかりしなさい、貴女達それでも警察官ですか・・・・

沙希ちゃんは死ぬわけないし、死んだわけでもありません・・・」


その4人の元に・・・いや横たわる沙希のもとに天空より一筋の光が下りてきた。

その光の中・・・真っ白な着物と袴を佩いた1人の武士・・・

横たわる沙希の頬に手を置いてそして眉を少ししかめたのだ。


「あの・・・」

と声をかけようとした日和子に

「おお・・・・そなたはお園殿・・・」

「いえ、私は・・・」

「そうであったな、お園殿が転生されて今は飛鳥日和子殿・・・

今はこのあきあ殿の伯母上だとか・・・・」

「もしや・・・あなた様は・・・・坂本竜馬様・・・・」


「そのとおりじゃ、わしは生前そのような名で生を受けておったが

今では天においてこのあきあ殿の守護を命じられておる。

だが、いかんせん今回は急な出来事であっった」

といって前方を指し示す。・・・そこに、光る半円のその中に女の子の姿が・・・・


慌てて駆け寄る3人の婦警・・・

緋鳥礼子が光の中に手を差し入れると光がふっと消えた。

少女を抱きかかえ、沙希のもとに戻る3人の婦警。


「あきあ殿の優しさ・・・それがこんなことになってしまった・・・

その少女が奴の暗示でふらふらとここを歩いていた時

それた紅葉の炎の玉がこの少女に襲い掛かかったのじゃ。

それを命を科して救ったあきあ殿・・・そのかわりこのような姿になられてしまった。

紅葉の妖術の杭を身体の中に打ち込まれれば力もなにも吸い取られてしまう。

このままでは明け方までには命までもじゃ・・・

しかし、ここではなにも出来ん・・・・どこか・・・・」

といいかけたのを

「竜馬様!・・・この御山の中腹われらの仲間が大勢いる広い空き地が・・・・」

「おお・・・判った・・・」

「我らはこの少女を連れてすぐ追いかけまする・・・」

言葉もそこそこに沙希の光とともに飛び上がる坂本竜馬。


「緋鳥さん!・・・私達も急ぎましょう」

「はい!」

「緋鳥さん、女の子は私が・・・・」

といって女の子を受け取って助手席に乗り込む篠田由紀子。


パトカーは急発進をする。・・・


パトカーが広い空き地についてみると大勢が囲んでいるその中・・・

パトカーから走り出た4人がスタッフや警官達を掻き分けて円の中に入っていく。

スタッフ達が用意したらしい長テーブルにクッションをひいたその上・・・

竜馬が沙希を横たえようとしていた。


「お園・・・いや、日和子殿・・・」

「お園でかまいません・・・・で私になにか?」

「この術、あやつを倒しても消えはせぬ。わたしの力を持ってもいかんともしがたいのだ。・・・」

「そんな・・・」


「わしは・・・わしは・・・あきあはこんなことで死んだりはしない・・・

必ず復活する・・・そう信じているよ」

と声をかけたのは横にいる小野監督だ。

「だって、まだ『ステーション』が機能しているし、

今の様子をきちっとしたカメラアングルをとれるように配列しているんだ・・・」


「えっ?・・・」

といって小野監督をみて・・・そして竜馬に視線を戻す日和子。


「その証拠に2台のステーションが緊急停止した様子からのこと、

全て撮影しているんだ」

「えっ?・・・・では・・・」

「そのとおりだと思うよ・・・肉体はこのとおりだが精神がまだ生きている・・・

どうしてそんな事できるのかわからないが・・・・」


3人の婦警の顔がパッと輝いたが、飛鳥警視正はまだ慎重だ。

その視線は竜馬に移る。何やら考え込んでいる竜馬だが、その表情はさっきより明るくなっている。


だが開いた竜馬の口からは緊急を要する言葉がでる。

「それが本当ならまだ見込みがある。だがそれはわしでは出来ぬ。格の高い僧侶の仕事となる」


『それは、もういいです。竜馬様・・・』

と声が聞こえてきたのはその時だ。


はっとして見る横たわった沙希の身体・・・かすかに開いた口元から

白いモヤのようなものが立ち上がり段々と人の形をとっていく。

それは・・・見える能力を持つ人だけが見える現象ではなく誰もが”見る”ことになった。

人の形はそこに横たわる沙希の形をとった。

でもそれはホノグラムやフィルムの映像のようなものでなく

向こうが透けて見える映像であった。それだけ力が弱まっているのか・・・。


『私の身体に埋め込まれた妖術による杭はどんな力をも

奪っていくもの・・・だからこんな形にならざるをえません。

私は最後の力を使って奥の院のお上人様達を呼びました。

もうすぐここに来られるはずです。

お上人様にはどうすればいいのかお伝えしてあります。

あっ・・・もう力が・・・』

といって映像がもっと薄くなる。


『あっ、小野監督!『ステーション』はもう1人の私が動かしているから心配いりません・・・・』

「そんなこと心配してないよ。だから君も早く元に戻るよう・・・」

・・・・って、最後まで言えなかった。・・・・というのは

横たわっている沙希の肉体が身体を起こしたからだ。

動いては止まり・・・動いては止まる。まるで人形のような動きだが

それは本当に最後の力を振り絞っているに違いない。


ここにいる全てのものが沙希のこの行為を涙を浮かべて見ている。

マスコミ関係者も警察関係者も職業には関係ない。

・・・・みんな人として沙希を見ていた。


その身体は禅を組んでいく・・・そして、目を閉じているが前方を見据えるように顔を上げた。

最後にその身体が長テーブルから浮き上がり

京都の町が見あわたせる前方の小さな岩の上に降り立つ。

そして、そのまま静止・・・といったほうがいいのか・・・。


「ふ~む、あきあ殿は禅であの杭を抜こうというのか、あきあ殿らしいといえばそうなのだが・・・」

「竜馬様!・・・それはどういうことですか?・・・」


「普通、他人にかけられた術を解こうとするのはつらいもの。

その方法はいくつもあるが全て時がかかるのじゃ。

この禅というのはわしも考えぬでもなかったが・・・・禅は簡単なようじゃが、

その簡単な方法で術をとくのはあまりにも厳しくつらいのじゃ。

肉体にも精神にも負担がかかるこの方法・・・成功すれば刻が短くてすむ」


「時が・・・時間が短い?・・・それはどれほど?・・・」

「1刻ほどじゃ・・・今の時間というものでいえば2時間ほどか・・・」

「2時間も術を解くためにつらい行をつむのですか?」

「そうじゃ、だから昔から行者や陰陽師達もこの方法とったものは皆無じゃ。

いや、とったものでまだ生還したものはいないといったほうがよかろう。

だから、辛いものとしか言えぬ。誰も経験して報告したものはいないからのう」

「では経験した人達はすべて・・・」

「今まで数人だったが、皆消えてしもうた。仏がそういっておられる」


「沙希ちゃん・・・・・」

「仏・・・とくに菩薩様がいさめられたそうじゃがあきあ殿は聞かれなかった。

幼い女子のため・・・その両親のため・・・そうあきあ殿が言っておられたそうな、

あきあ殿らしいといえばそうじゃが・・・・つらいのう・・・

守護してきたわし等何も出来ぬ。ただ見守るだけじゃ。

菩薩様が出来るだけのことをしてほしい・・・そう言っておられるが・・・」


その時、結界が光った。

どうやら結界に炎で攻撃しているもの・・・

「あやつめ、どうやらわしの術を破って自由になったとみえる」

紅葉は竜馬の術によって光の中に閉じ込められていたのだ。


竜馬が飛び上がろうとしたとき、天よりもう一筋の光が・・・・

その光は沙希が残し宙に浮いていた『菊一文字』の本身と鞘のところで止まる。

その光の中から手が出て本身の柄を握る。そして、1歩進んで鞘をとるとその腰に差した。

白面の青年武士・・・竜馬と同じく白い着物と袴姿だ。

違うのは月代をきちっとそり挙げきりりとした二枚目だ。


この様子はすぐさま『ステーション』によって比叡山のモニターに映しだされた。

あわててモニタールームにかけこんだ小野監督。

沙希のことが心配だが僧侶がこなくてはどうにもならぬ。


あのままそばにいたいが仕事がある。ジレンマが小野監督を襲うが

考えてみるとこのほうがあきあが喜びそうな気がするのだ。


モニターはきちっと写っていた。声も録音されている。

「紅葉さん!このまま地獄にかえりませんか?

そうすれば見逃してやっても良いのですが・・」

「何を言う、この若造めが・・・お前こそわしが無に帰してやる!」

恐ろしげな鬼女がそう吼えた。


「仕方ありませんね・・・」

青年武士は刀を下段に構えた。

殺気はなく涼風の中にたっているような自然な構えであった。


「沖田め、死してもまだ剣の修行を怠ってないのか、

よほどあきあ殿に負けたのが口惜しかったと見えるのう・・・ふふふ・・・」


そんな声が竜馬から洩れた。

横にいた飛鳥日和子警視正・・・思わず竜馬の顔をみつめて

「えっ?・・・あのお方が沖田総司様・・・」

竜馬は天空の戦いを目にいれながら

「そうじゃ、新撰組一番隊隊長沖田総司・・

彼は死して多くの志士達の命を奪った罪を償ってから天に召されたのじゃ。

そして今はわしと同じあきあ殿の守護をしておる。

守護とはいってもあきあ殿の守護はとてもわしひとりではまかないきれん。

生きた人間でこんなに多くの天人の手を煩わすのは初めて・・・・と

菩薩様は笑っておられた。

わしがあきあ殿の守護をまかされる前は古の・・・平安期の天人達が

守護されておったが、わしがこの任につくと全てのお方が解任されたのじゃ」


「どうしてですか?」

平安期の人間と聞いて訳を聞かずにはいられなかった日和子。

他の婦警3人はその横で熱心に聞いている。


「転生じゃ・・・転生されるためにその準備にかかっておられる」

「転生?・・・」

「そうじゃ、・・・これはおぬしにとっても、その横におられる女性達にも

関係あることじゃ」

と聞いて考え込んでいた日和子・・・はっとして顔をあげる。

竜馬は日和子と横にいる婦警達にニヤッと笑いかけてから

「そうじゃ、お園殿の考えているとおり・・・赤子じゃ・・・

天人のお2人はお主とあきあ殿の間の赤子として生を受けるのじゃ」


「えっ?私もですか?」

「早瀬の血を引く者・・・血を引かずとも早瀬に認められたものは

例外が1人もいない。・・・とはいっても歳を取った者は例外じゃがな」

といってカラカラと笑う。


「もう、あきらめていた私に赤ちゃんが・・・・」

「警視正・・・とっても可愛い」

そう言ったのは篠田婦警。

「篠田さん、あなたにもでしょ」

「えっ・・・・私にも?」

と人差し指を自分の顔に向けて固まっていたがそのうち泣き出した。

「嬉しい・・・私に赤ちゃんが・・・しかもあのあきあさんとの間に・・・」

二人の婦警が篠田を慰めているうち自分達も泣き出していた。

目覚めた女の子がそんな3人をキョトンとして見つめているのも知らずに・・・


そんな3人を放っておき、さらに竜馬に話し掛ける日和子。

「では沙希ちゃんの守護は竜馬様と沖田様・・・」

「いや、二人だけではとてもとても・・・

それほどあきあ殿は生を受けた人間で二人といない存在・・そう思ってもらいたい。

だから、あきあ殿にかかわったもの全て・・・じゃが、これでもまだ足りぬ」


「沙希ちゃんが関わった者といえば・・・あとは菊枝さん」

竜馬はうなずく。

「そして・・・千賀さん:::」

「そうじゃ、そして緋龍、紅龍の龍神殿達もな」

「あとは平将門様と良子様ご夫婦・・・あとは出てきません」

「将門殿はわし等の上司じゃ。他には転生してしまったお園殿と和葉殿を退けて

篠原源太郎殿と相良進太郎殿もいるのじゃ。

他はお園殿が知らぬ女性がただ一名・・・」

「えっ?それは?・・・・」

「これは、あきあ殿に知らさぬほうが良い。

お主達の胸奥におさめておいてほしい」


頷く4人だがなんだかとても不安だ・・・。


「母上じゃ」

「えっ?・・・・」

「あきあ殿の実の母上じゃ」


「では・・・では・・・沙希ちゃんのお母様はすでに鬼籍に・・・」

呆然とする4人・・・

「数年前に事故に合われたそうな・・・」

「あきあさん・・可哀相・・・・」

そういう緋鳥礼子だが

「これっ・・・」

といさめる竜馬。

「そんなことあきあ殿のそばでいうのじゃないぞ・・・・・・・。

母上は今こう言っておられる。

『私といるよりあなた達・・・早瀬の女性達のことじゃ。

その女性達のそばにいるほうがあの子にとって幸せな事』と言っておられる」


「ではお母様には私達のこと・・・・」

「よくご存知じゃ。そして喜んでおられる。

ふふふ・・・どこの親でも同じじゃのう。

お主達・・・とくにお園殿には以前は母子だったとはいえ今は違うのだ。

だから早くお主の子が見たいといっておられる」


真赤になった頬を押える姿は少女のよう・・・だが婦警達のひやかしを思うと

わざときっとした表情をつくって天空の戦いに目を向けた。

本当はそんなことひとつも思ってはいなかった婦警達・・・

ただ日和子の可愛さを目の当たりにして目を白黒していただけだ。


天空の戦いはまだ終わってはいなかった。

だが、それももうすぐ終わる・・・そう竜馬には見えた。

沖田の冴えた剣の技は紅葉の炎を全て、その剣で切り捨てていた。


逆に紅葉はその攻撃全て狙いどおりだったのが焦りなのか疲れなのか

いまでは半分も身体に当たらない

達者だった口のほうも、ただゼイゼイいうだけで無言となっている。

これではどちらが優勢なのかすぐに判ってしまう。

ただおかしいのは苦しい戦いなのにチラチラと頻繁に後方を見る視線だ。


ははあ・・・と紅葉がなにを待っているのか察する沖田総司・・・。

そこで仕掛けた沖田の口撃・・・・言葉で相手を攻撃しようというのだから

沖田も成長したものだ。


「紅葉さん、来ませんよ・・・」

「うっ・・・」といって口を噛み締める。何が?とは言えない。

話せばわずかに残っている気がそれる。これ以上の攻撃は出来なくなのだる。


それがわかっているから、沖田の口撃は鋭い。

「あなたは捨石なんですよ。・・・元方は来ませんよ・・・」


「うるさい!・・・」

それからの攻撃はがむしゃらと言っても良い。

だから1発も当たらなくなった。


炎のつぶて・・・それだけ小さなものになってしまったが

その中を静かに歩む沖田総司、ときたま身体にくる礫は

手に持つ菊一文字が切って捨てる。


そして、斜めに振り上げた青白く光る菊一文字・・・

「このまま切り下げれば紅葉さんは・・・消えてしまわれる。

いかがします」

言葉は丁寧だがその表情は仮面をかぶったようになんの表情も浮かんでいない。


紅葉は身体極まったのかドーっと後ろに倒れてしまった。

「ええい・・・殺せ!・・・」

「では、切り下げましょう・・・」

「ま・・・まってくれ・・・待ってほしい・・・」

「どうしたのですか?」

「すまない・・・私を地獄に戻してほしいのじゃ・・・」

「ほう・・・今になって命乞いですか・・・」

「違う!・・・私はあんな男の口車にのせられた自分に腹がたったのじゃ。

このまま消えてしまえばその腹立ちが消えてしまう。・・・

私は再び地獄に戻って修行のしなおしをする。

どんな辛さも痛みも今の腹立ちを思えば乗り越えられる・・・そう思うのじゃ」


「今の言葉気に入りました。・・・・今、菩薩様が処分は私に任せてくれました。

いいでしょう。・・・あなたを地獄に戻しましょう。

ですが一つだけ約束してくれませんか」

「何でしょうか?」

「あなたが全ての・・・心からの贖罪を終えれば天に上って

私達の仕事を手伝ってくれると・・・」

「えっ?・・・こんな私でもいいのですか?」

「当たり前じゃないですか、それに・・・」

「それに?・・・」

「いかにも手が足りません。あきあ殿は人とはいえ守護をするのは

大変なことなのです」

「そんなに?」

「はい、そんなあきあ殿、あの元方など歯が立つわけがありませんよ。

それにあなたが放ったあの妖術・・・」

「あっ、さっそく私が・・・・」

「いえ、止めてください。今、菩薩様もあきあ殿のこと見守っていたほうがよい。

そうおっしゃっています。あきあ殿が今の状態を乗り越えれば又、

一段と高いところへ上られる」

そしてはあ~~と息を吐く総司。


「これで又、我々が大変なことになるでしょうね」

「沖田様・・・はやく私を地獄に戻してください」

「あっははは・・・どうやらあなたもあきあ殿に魅せられたようだ。

いいでしょう・・・・では」

といって刀を下げて片手で何か呪文を唱えると紅葉の姿が一瞬に消えてしまった。


そのあとをじっと見ていた沖田総司・・・でも何かを吹っ切るように少し首を振って

結界内に飛んできた。

あきあのそばに舞い降りた沖田総司だが大勢の見守るその中、

ちらっとあきあを見てから竜馬のところに歩いてくる。

そこで立ち止まって腰の菊一文字を鞘ごと抜くと

「お園殿・・・これを・・」

「沖田様、これはあなたの・・・・」

といいかけたが

「いやいや、今の私にとっては無用の長物です。

あなたの里にでも飾っておいてください」

といってから竜馬の横に立つ。


「あのう、これを」

ともって来たパイプ椅子。

「すまぬ。じゃがな、今のわれ等には生前にこの手で触ったもの以外は、

人の手によって作られたものは触れられぬのじゃ」


「坂本さん、ちょうどいい。あきあ殿の横のあの小岩・・・」

そういって座る二人の天人・・・

今はもうスタッフ達も警官達もそして米兵達もこの天人二人を

受け入れていた。米兵達は日本人達にこの二人は相対していた

百数十年前に死した偉人だと聞いたのだ。


                     ★


「これは、どうしたのじゃ・・・・」

そんな声が聞こえたのは天空の戦いが終わってそんなに時間は経っていなかった。


振り返ってみれば、ジリジリしながら待っていた奥の院のお上人、蓬栄上人達だ。

東京で見知った峰厳、宗円両僧侶と武者僧達の姿もある。


「これは蓬栄上人様」

「おうこれは飛鳥殿・・・、これはどうしたのじゃな・・・」

日和子はこれまであったことを包み隠さず話す。

そして傍に立ってきた天人二人を紹介するのだ。

「こちらは坂本竜馬様・・・そしてこちらは沖田総司様・・・

お二人とも沙希ちゃんを守護をされているお方・・・」

「おうおう・・・」

と上人が拝むのは仕方がないだろう。


「しかし、妖術を解く方法、聞いた事はある。

そして禅で妖術を解く方法はあるがいまだ誰も成功したものはいないはず・・・」

と峰厳和尚。

「和尚殿そのとおりです。菩薩様もそういっておられました」

「じゃが、その菩薩様がどうしてこの千賀に厳しい方法を?」

もうすっかり娘と思っている峰厳和尚、言葉が少しきつくなるのは仕方が無い。


「この方法はあきあ殿自ら選んだのです。菩薩様も見守ると一言だけ・・・」


「峰厳こうはしておられぬ、お主と宗円は沙希の禅を頼む。

天鏡と武者僧達は般若心経じゃ。わしは奥の院に伝わる秘伝の経じゃ。

お前達急いで祭壇を・・・」

武者僧達に混じってスタッフ達も手伝うのであれよあれよと沙希の座する横に

祭壇が作られた。

正式な衣に着替えた僧侶達、蓬栄上人が祭壇の前に座るや経が始った。


日本人にとっても目新しい信仰の行事なのだからアメリカ人にとってはもっと不思議な空間となる。

日本の幽玄として映るのか・・・もう夢中になって撮影しているのだ。


これから2時間見守るしか出来ない者にとって、

じりじりとしか過ぎていかない刻の不思議さ。


ピクとも動かぬ人形のようなあきあ・・・・そのうしろに立つ峰厳和尚・・・

ただ立っているようだが心を澄まして、まだせぬあきあの心の声を聞こうと自分自身を空にしている。こんなまねはその辺の坊主には到底真似は出来ぬこと。


そして、あきあの声が聞こえれば・・・それからがあきあの苦痛との戦いとなる。

この方法で・・・声が聞こえてからしばらくして全ての人が消えてしまった。

それほど、精神に・・・肉体に大きな負担がかかるのだ。


遅すぎる時間の流れ・・・でも時は変わらずに過ぎて行く・・・・

見守る人々が苦痛となったとき、今まで動かなかった沙希の身体が傾き

後ろの和尚から警策きょうさくをうける姿勢になった。

何の表情も見せず自然に・・・そう自然に沙希の肩を打つ。


見ていた者達、思わず身を乗り出した。

天人二人の横にパイプ椅子に座って刻を待つ日和子・・・

「ふ~む・・・これからじゃ辛いのは・・・・」

「そう・・・消えてしまうかいなかはこれからの時を待たなければ・・・」

二人共さすが武士だ。目を半眼にして同じように禅を組んでいる。


しかし、それからが日和子にとって苦痛の刻となった。

今まで人形だった肉体に生気が戻ったのはいい。

だが、その肉体に襲う苦痛は沙希の表情を見れば確かだ。

表情を無にして何も悟られまいとする沙希。

急にその身体が薄くなり向こうが透けて見え、

今までの努力が徒労に終わろうとしたことが何度もあった。


そのたびに竜馬も総司も

「う~む・・」

と声ならぬ声をあげる。

沙希の苦痛な表情・・・けれどそんなときには右肩をあけて

警策を求めるのだ。もう今では蒼白な顔をして右肩を打つ峰厳和尚と宗円和尚・・

彼等にとっても命を掛けたこんな凄い禅は初めてだ。

お互いに交代したあとはガックリとひかれたゴザに

腰をおとしてしまうぐらい壮絶な座禅・・・。


沙希は声をあげない・・・ただ、タラリと口元から一筋の真っ赤な血が流れ出す。


そんな沙希の顔に少しずつ平静な表情があらわれたのは2時間まであと15分と迫った時だ。


「これで大丈夫だと言いたいが、ここまで進めたものは皆無なのだ。

だからこれからなにがおこるか、わしらにもわからぬ」

そう言った竜馬の言葉に付け足して

「最後の最後まで気を抜かぬよう・・・・」

そういう沖田総司。その言葉が当たったと思われたのがあと5分と迫った時だ。

急に沙希の身体が心臓あたりから光だしたのだ。


そして身体全体が黄金色に変わったとき嵌めていた真赤な陣八が真っ二つに割れて

岩の上に落ちる。

そして・・・・・・・・・


「ああ~~沙希さんの額が・・・・」

と声を出した緋鳥礼子・・・・

額からあらわれた第三の目が青く光ったかと思うと両眼も開いたのだ。


その第三の目・・・天眼通アジナー・チャクラともいう・・・・はすぐに閉じてしまい、

普段の沙希のおだやかな表情に戻っていた。


「竜馬様・・・総司様・・・あれは?」

「判らぬ・・・判らぬがあきあ殿はひとつの壁を乗り越えられて通力を得られた。

そう思ってもよろしかろう。最も困難な方法ではじめて生還されたお方なのだから」

「かなわぬ・・・いくら修行しても沙希殿は私の前をどんどん行ってしまわれる」

総司はそう嘆息した。


最後に峰厳和尚に1発、宗円和尚に1発と警策をうけると

もう何事もなかったようにスッと立ち上がった。

その表情は何の屈託もなくおだやかであった。


青息吐息で横倒しになってしまった蓬栄上人や天鏡・・・

そして、武者僧達・・・いかに必死に経をよんでいたのか判る。

これも青い顔でへたり込んでしまった峰厳和尚と宋円和尚。

いくら座禅と坊主はつきもので毎日のようにおこなっているとはいえ

命がかかる初めての禅・・・後ろで見守っていた峰厳和尚も宗円和尚も

身体中に不自然な力が入っていたのだからもう座ることすら困難になっている。


そんな僧侶達に沙希は不思議な仕草をする。

口の前で親指と人差し指で円を描きそこに『ふ~』と息をかける。

するとそこからシャボン玉のように次から次へとピンクの小さな花びらが

舞い上がったのだ。

花びらは風に乗って僧侶達の上に舞い落ちる。


衣に落ちた花びらは一瞬ピンクの色を濃くすると一瞬に消えてしまう。

するとどうだろう、今まで真っ青な顔色で『ハアハア』とまるで虫の息だった

僧侶達の顔色がとたんに良くなり呼吸も平静に戻ったのだ。

蓬栄上人や峰厳僧侶、宗円僧侶も例外ではない。

皆驚いたように回りを見渡し、そしてニッコリと微笑む沙希を呆けたように見ている。

あっという間に元気を取り戻させたのが 鬼女の妖術で命をかけて必死に戦っていた沙希なのだ。


沙希はもう一度ニッコリと微笑むと踵を返してこちらに向かってきた

「竜馬様・・・総司様・・・お助けいただきありがとうございました。

そして、お久しぶりです。・・・・といっても私にとってはほんの半日前の出来事」


「さすがはあきあ殿じゃ、あれだけのことがあってもけろりとしておられる」

「いいえ、冷や汗ものでしたわ」

「沙希殿、冷や汗ですんだら重畳ですよ」

「いいえ、総司様。やはりあれは私の慢心が招いた結果です。

菩薩様もそう見抜いておられるはず・・・・」


「やはり沙希殿、何もかもわかっておられます。

しかしそれにしても、あなたはただではやられない。

この高い壁を越えられて通力を得られたようだ」


「はい・・・でもこの力私には過ぎたものです。

今までの陰陽術でさえ、重荷になっていましたのに」

「何を言われる、沙希殿。世界中も億といわれる人がいようとも

この力を使える現世の人間はあなた1人なのです。

そして最もふさわしいのもあなただ。

それにこれからも厳しい使命が待ち受けているのも確かです。

力に溺れてはいけないが、力を受け入れてそれを最小にして使うのもあなたの技量なのですよ」


「総司様はそれを私にせよとおっしゃられます?」

「はい!」

「竜馬様も?」

「そんなのあたりまえじゃきに・・・守護者としてあきあ殿にはがんばってくれとしかいえんのう」


「竜馬様も、総司様もズルイ!」

「あはははは・・・・」

どうして出来るのかわからないが天人の二人沙希だけには触れられるようで

二人して沙希の肩を叩くのだ。


二人の天人の沙希に対する暖かい心はそばで見ている日和子達にも伝わってくる。

けれどこれだけ心配をかけたのだ。沙希には言っておかねばならない。


「沙希ちゃん!」

「はい!・・・・」

「あなたは自分の慢心・・・わかっているのですね」

「はい、もう肝に命じて・・・」

「けれどこの場にいるたくさんの人、そしてこの模様を『ステーション』の

中から見ていた人にどれだけ心配をかけたか・・・」

「はい、判っています」

といってニッコリ笑った。

はっとする日和子。どうも今までの沙希とは感じが違うのだ。なんだか堂々としている。


「どうやらよいことありそうね」

「はい、この事件。誰一人傷をつけずに解決出来そうです」

「じゃあ・・・・・」

「はい!・・・人質の女の子達の居場所をつきとめたんです」

「さすがね・・・あんなことがあってもただではおきないなんて」

「いやだわ叔母様・・・」

と笑う沙希。


そこからが迅速だった。相手は藤原元方・・・約束などないに等しい。

元方の言った刻限はあと二十数時間あるのだが、

そんなもの待っていると寝首をかかれるのが落ちとなる。


沙希の依頼により今走り回っているのはマスコミ関係者や警察関係者・・・

そして、その間にも『ステーション』が晴明神社を見張る2台をのけて次々と降りてくる。


坂本竜馬と沖田総司は沙希の依頼によって天に戻った。

今、沙希は気持ち良さそうにする蓬栄上人の後ろで肩を揉んでいるのだ。

嬉しそうに次を待つ峰厳和尚・・・こうしてゆったりしているのは

さっき聞かされた沙希の作戦には奇想天外だが、これならば・・・と納得できる作戦だった。


まだ聞かされているのは少人数だがその時いた竜馬も総司も

カラカラと笑い・・・でもいかにも感心したように

「よくもこんな作戦を考えるものじゃ」

「さすがは沙希殿、これではいかにも小馬鹿にされたようで力を出し切れないでしょうね」


沙希があみ出した荒唐無稽な作戦は女性でなければ出来ない。

だから、今祖母の家にいる森田婦警と京都府警の8人の婦警を呼び寄せたのだ。


満足そうな蓬栄上人にかわって峰厳和尚の肩を揉む沙希。

その回りに準備を整えた者達があつまってきた。

『ステーション』に一度乗った者は交代で乗る乗員達に偉そうに教えている光景が

あちらこちらでみられる。


ジョージ・ルーク監督の元に集まったアメリカのスタッフ達。

肩を揉むセーラー服の美少女、日野あきあに視線を送るのは誰も同じだ。

「彼女が僕達を助けてくれたんですね。なんだか凄い少女ですね」

「監督が来年、彼女を使って映画を撮るときは絶対に僕を使ってくださいね。

こんなチャンス逃したくはないから・・・」

「どうやら君達も彼女に魅せられたようだね」

「勿論!」

まるでコーラスのような返事が聞こえてくる。


ケイト・マイヤーは叔父達とは離れて、瑞穂とゆりあの間に挟まれて沙希の傍まで歩いていく。

その姿を見て微笑みながらケイトに抱きつきキスをする沙希、

ケイトは驚いた・・・日本人がこんなに自然に抱きついて頬にキスをするなんて

今まであった日本人とは全然違っていた。

「ケイト・マイヤー・・・駄目よ。

私なんかモデルになっても誰も見る人はいないわよ」

といってから頬にもう一度キスをしてからちょうど連なって上がって来た

パトカーを迎えに行ったのを呆然と見送る。


「ねえ・・・どうして?・・・どうして彼女は私を知っているの?

それに思っていたことをズバリ言われてしまったのよ」

「だから、言ったじゃない。沙希には何も隠せないって・・・本当に恐い子よ・・・・

でも本当に可愛くて優しい子・・・」

そういうゆりあの顔を見てから再び沙希の後ろ姿に視線を移すケイト。


「まあ、奈緒姉・・・希佐ちゃん・・・」

沙希が跳び上がっって迎えた二人・・以外にも森田亜季婦警、

京都府警の佐藤秀美婦警、西沢恵子婦警等、計8名、総勢10名が沙希の回りに集まる。


「沙希!・・・おばあさまがね、あなたも行って来なさいって。

モバイルでのあなたは落ち着いていてとてもおだやかだったから事件も大詰めだわねって・・・」


「わたしには沙希さんの強さを良く見てきなさいって言われました。

それから、私も行くってごねられていた薫さんにひづるさんが

『薫姉さんが高校生になるなんて京都が焼け野原になるより難しい』っていわれ、

家中追い掛け回されて真理さんに酷く叱られていました」

というと全員が目撃していたことなのでうふふふとつい笑ってしまう。


「しようがない薫姉さんだこと」

とついため息がついてしまう沙希。

でもその視線が森田婦警にいくと

「そうだわ、森田さん。東京でのストーカーの事件どうなりました?」


「おかげさまで沙希さんが予知された通りに事件が解決できました。

犯人も飛鳥警部達が捕まえられ、

それと取り調べも異例なことですが沙希さんがおっしゃれた通りに

牧検事総長が最初から取り調べに当たられているそうです。

あっ、それからすでに皆さん東京を発っておられ、さきほど連絡があったときは米原からでした」


「じゃあ京姉達、もうすぐ来るのね」


パトカーの運転席から降りたのは京都府警の刑事達だ。

婦警達を送りがてらこの臨時の本部の様子を見にきたという。


清明神社のことを聞いた沙希に

京都以外からの応援が続々とかけつけているので

家族が襲い掛かることは少ないのだという。

でも、娘のために捕まるのを承知で襲ってくる家族がいるので油断はしていないらしい。

どうやらあのコピーは役にたっているようだ。


「眠ってしまった家族達は呼び寄せておいた救急車で京都市内の病院に

手分けして搬送しました」

と誰も傷つけずに清明神社の守りを固められてホッとする牛尾刑事。


「じゃあ、牛尾さん達は?」

「はい、婦警達を送ってきただけなのですぐに戻ります」

「わかりました。でもこれからの作戦、あなた達も関係のあることですから

もう少しここにいて聞いていてほしいんです」

そういう沙希の顔をじっと見てから

「わかりました。そういうことでしたら作戦会議を拝聴させていただきます」


牛尾刑事の顔を見れば婦警達に自分の先祖の話を聞いたのだろう。

何か話をしたい様だったが

「牛尾さん、ここにいればあなたにとって不思議なことがおこるわ」

と言っただけでその場を離れてしまった。


でも沙希が居るところは、皆が集まってくるので直ぐ判ってしまう。


そんなグループを横目にミランダ軍曹はキャメオン大佐に報告をしていた。

「とにかく乗り心地も素晴らしいものでした。

『ステーション』が人間によって動かされているなんて今でも信じられませんし、

異次元になんて・・・思っても見ないことでした」


「わしも彼女を観察し続けているんだ。

全く人間とは思えない能力の持ち主なのだが、

それよりも彼女が過去の人間と親しいというのは驚異だ」

「この先どうなるのでしょうか?」

「わからん。だがこのまま彼女を観察していくべきだろうな」

「わかりました」

と敬礼して沙希の周囲の女達に混ざって行く。


                     ★★


煌々と照らされていた照明が消されるとまだ少し薄暗いが

太陽の光が山の木々の間から木漏れ日が洩れてきて新しい1日が始った。


「みんな、集まってください」

とこの広い空き地に散らばっているマスコミ関係者や警察関係者を

声をかけて集めていく京都府警の婦警達。米兵達も関係なく集められた。


こういう場合『ワイワイガヤガヤ・・・』と、煩いものだが話し声は最小限でその声もすぐ消える。

ただ、僧侶達に囲まれて座る少女・・・ただ一人に焦点が集まっている。

まったくもって不可思議な存在だ。


この少女のどこにあんな凄い力があるのか。

マスコミ関係者・・・特に現場の人間と帯同してきている社長や部長達が

今後の番組編成を考えると彼女抜きには考えられない。

彼女を獲得した局が、視聴率のトップを取れるのはあきらかだった。


アメリカのスタッフ達と座るジョージ・ルーク監督も

テレビと映画の違いはあれども同じような考えだ。

彼女を撮ることはアカデミー賞の道につながる。そう確信している。


最初、彼女を知ったのはいとこが録画したテレビドラマのビデオだった。

そこにうつる彼女はナチュラルでとても新鮮だった。CGは良く出来ている。

アニメが世界的な日本ではこれぐらいは当たり前だと思っていた。


そしてこの映画をとったのが日本の巨匠小野監督と聞き、急ぎ来日したジョージ・ルーク監督。

そこでスタッフにテレビに出ていた日野あきあという女優を使って

映画を撮ったと聞き急いで京都にいる小野監督に電話をした。

実を言うとあの試写会の前日、小野監督の自宅で完成されたラッシュを見ていたのだ。


それはテレビで見ていたよりも新鮮な驚きでいっぱいだった。

正直魅了された。でも癪だったのでいいCGのスタッフを使っているね。

と言い捨てておいた。それが・・・・まさか・・・・


実物のあきあに逢ったときは・・・歳外もなくどきどきしてしまった。

それほど魅力的な女性・・・それが日野あきあだった。

それに彼女の英語といったら・・・

まだ誰も知らないことだが、あきあは西部も東部も英語のなまりを使い分けられる。

ときどきなまりで話すことがあるくらいだ。


そして、あのホテルのこと・・・それがあきあの力を知る原点となった。

英語を話すあきあがいることに安心し通訳を帰そうとしたとき

あのアイドルの悲鳴が聞こえた。皆慌てて窓に身を乗り出したり、

走り回ったりする中、不思議な呪文を唱えるあきあの衣装が一瞬に変わったとき

彼女の友人?達が口々に何かを言い、小野監督が渡した何やら恐ろしげなマスクを

彼女が被った時既に彼女はこの8階のレストランの窓から身を乗り出していた。


そして目の前であっというまに空たかく飛んでいってしまったのだ。

彼女のことを詳しく教えてほしいと小野監督に頼んだ時が笑って答えなかったのは、

こういうことだったのか。

それからの彼女の行動とにかく凄かった。

ジョージ自身ここにいることは不思議だし、人生最大の幸運と感じるのだ。

ここに到着してからもいろんなことがありすぎて、本にでも書かなければ語りつくせない。


ジョージが作った映画史上最大の傑作といわれる作品も絵空事であり

今、スタッフ達がフィルムに納めているこのノンフィクションに比べると

作り物と本当のことの差が出るのは仕方ないだろう。


ジョージの隣りに集まったスタッフ達はどうだったのか・・・本当は嫌で嫌でたまらなかった。

飛行機の中で見せられたテレビドラマも良く出来ているなあ

と思ったが心から見ては居なかったので夢中にはなれない。

かえって、おやじ・・ぼけたかと思ったくらいだ

それがどうだ、ここに来てみて驚いたの何のって・・・あの女優の力が本物だったなんて。

こんなの夢だ・・・と思うような化け物が現われ襲われたのが発端だった。


それを助けてくれたのが女優日野あきあ・・・

どちらも常識でなんか考えられないパワーの持ち主。

あきあは自由に空を飛び、化け物の噴く火を切り捨てる剣技の持ち主でもあった。

時間が経てば経つほど魅せられていき、

この女優を使って来年には映画を撮ると聞けば、

おやじ!やったあ・・・と今からワクワクする現金なスタッフ達。


一方ケイトはというと、瑞穂やゆりあとすっかり仲良くなり、

その上であきあのそばにもっと近づこうと努力していたのだ。

ケイトは叔父やスタッフとは別の意味であきあに魅せられてしまった。


ケイトが29というこの年齢まで仕事と遊びだけで恋人を作らなかったのは

結婚して縛られるのが嫌だっただけではない。

この人だ・・・と思う男性が現われなかっただけだ。

だが、今気づいたこの不思議な感情は・・・

まさか?・・・・まさか!・・・・自分が!・・・たしかにアメリカはその本場みたいなものだ。

でも自分にはそんなの別世界であり、いつかは好きになった男性と出会い、

普通の結婚・・・そして可愛い赤ちゃんを・・・・と夢見ていたことが・・・・・。


早瀬の女達・・・特に先ほどからずっと一緒にいた瑞穂とゆりあ・・・・、

女の情と哀をこの時代まで引き継いできたのが早瀬一族の特徴であり、

早瀬の血を引いていない女でも一族に向かい入れられた女は、朱に交われば・・・

というのか女の哀しみを知るのは早い。


だから

「ケイト!・・・あなたも沙希に惹かれてしまったのね」

とケイトの心の中をズバリ当てるゆりあに『ビクッ』と身体を震わす事になる。

仕事などある面では男にもズバズバ言えるケイトではあるが、

恋という心のひだには臆病な乙女のような反応なのだ。

でもゆりあの顔をみると決して冷やかしたりしている表情ではない。

同じ女として穏やかにケイトの手を握るゆりあ・・・

そして、反対からは瑞穂の少し小さいが温かい手。


「私・・・沙希が好き・・・大好き・・・

だから、沙希の子供を産むの・・・そう決心してる」

「私も・・・ゆりあ・・・ケイト。沙希とは決して結婚できないけれど

良い妻の一人になって子供を産むの。

沙希と一緒にいると虹に包まれるから・・・だから死ぬまで一緒・・・・そう決めているわ。

といってもこんな気持ち早瀬の女なら皆持っているからね」


「結婚だなんて・・・・それに赤ちゃんて?・・・」

わけが判らない?というケイト。


「そうでしょうとも・・・あなたにはまだまだ知らない事だらけだわね。

どうする?瑞穂」

「そうねえ、あなたもまだママには逢っていないわね、ゆりあ」

「ええ、こっちにきてここに直接来たから、まだ京都にお家には行っていないわ」

急に心配そうになるゆりあ。


「ママはもう全てを知っているの。さっき電話したとき

『ゆりあちゃん、早くこっちに来て温泉に入ってゆっくりできればいいのに』って言っていたから」

「本当?」

「こんな嘘言ってどうするの?」

「嬉しい・・・・私でさえこうして向かえてくれる・・・いいわ・・・・ケイト教えてあげる」

「ゆりあ・・・私でさえってそんなこと・・・」


「いいのよ、瑞穂!今までの私って情けないほど自分を持っていなかったし

他人の目ばかり気にしていたお馬鹿な女の子って自覚しているもの。

でもね、瑞穂・・ケイト・・・。私、沙希に助けられて変わったわ。

自分でもそう思うもの。強くなったし、目的も出来た。

確かにさっき、沙希がやられてしまったとき取り乱したわ。

自分でも驚くほど取り乱してしまった。瑞穂に頬を叩かれなかったら

あの『ステーション』から飛び出してしまったかもしれない。

沙希と知り合ってまだ数日なのにね。だから・・・そんな私だから、悟ったのよ。

命をかけて・・・命をかけて沙希を愛しているんだって。

確かに沙希には律姉という婚約者がいるけど、

早瀬一族って特殊な集団のなかでは、望めば長となる沙希の子供を作ることが出来るわ。

だから私は作るの沙希の子供を・・・

まだ行ったことがないけれど、穏やかな早瀬の隠れ里で子供を育てたい」


「早瀬の隠れ里かあ・・・早く帰りたいなあ・・・」

「あれ?瑞穂は京都の生まれではないのですか?」

というケイト。

「うん、そうだけどいろんな事があって大嫌いになってね・・・でも沙希に逢ってからだよ、

この京都を少し見直すことができたのは・・・。

でもね、私にとってまだ一度しか行っていないけど

早瀬の隠れ里はもう私の故郷になってしまったといってもいいわ。隠れ里ってそんなところなの」


「私も隠れ里へ行ってみたい・・・・でもその前に」

「どうして女の子の沙希が赤ちゃんをってことでしょ」

「えっ?」

「わかるわよ、そんなこと。それしかないでしょケイトの疑問って」

「えっ?・・・ええ・・・もしかしたら・・・」

「その通りよ、ケイトの考えている通り。沙希は男なの・・・半分はね」

「半分?」


「そう・・・そうね、私が里で奈緒姉から聞いた話がいいわね。

奈緒姉は早く沙希に抱かれなさいと私に言ったの。

私はそれを私を羨ましくするための話だと思っていたわ。

だってその頃は早瀬一族の事そんなに深くは考えていなかったからね。

でも奈緒姉は本気で言っていたの。その時教えてくれた沙希の身体ってね・・・・

マシュマロのような白く柔らかい肌・・・手に吸いて放れないの。

それにその柔らかなバストは・・・バストというよりお乳といったほうがいいえて妙よ。

・・・思わず口に含んでしまいそうになるの。

実際私は心が拒んだけれど身体のほうが負けてしまっていた。

夢中で乳首を吸っていたの。そして、私は捨てたはずの女に戻っていた。

昔レイプされながら感じてしまっていた汚い女にね・・・

でも女に戻って不思議だったのは私は女が嫌いでないということ

ううん、そういう意味ではないわ。

私の中で汚いって思い込んでいた私のなかの女のことよ。

ああ~私って本当に女なんだって悟った時、私は救われていた。

だから、心が軽く浮き立ったまま沙希のこと大好きだって直接本人に言ってしまっていたの。

沙希は微笑んで私をギュッと抱きしめてくれた。

その微笑の中、私は沙希に抱かれていたわ。

そして、終わった瞬間・・・出来たって感じたの。

何がって?・・・勿論、赤ちゃんがよ。

女って本能で知ることが出来るってママが言っていたけど本当だったと奈緒の言葉を伝える瑞穂。


「それって・・・・」

「嘘は言わないわ、ケイト。直接奈緒姉に聞いたからね。

奈緒姉って日本の警察の偉い警視総監つきの秘書官をしているエリートキャリアの警視殿よ」

「そんな偉い人が?」

「早瀬一族をなめたらいけないわ。まだまだ偉い人ってたくさんいるんだからね」

「わかったわ」

「わかればいいのよ。・・・・それでね、最後に奈緒姉がね」

「ええ」


「沙希の身体って99%が女だけど、1%の男ってその辺の男より凄まじいって・・」

「凄まじい?」

「ええ、あの奈緒姉の意識が遠くなって何が何だか判らなくなったんだって」

「何か、聞いているだけでも凄いわね」

「そういうことよ・・・・」


そんな話を聞かされたケイトだが、この先どうするかはもうすでに決まっている。


この会議に集まった警察官達にもそれぞれの思いがあった。

ここにいる大部分が東京から来た。京都を焼け野原にしてはならない。

もしそれをさせてしまったら次は東京だ。・・・日本に未来はなくなる。

でも本当の想いは別にあった。いくら警察官でも人でないものと戦えない。

戦えるのはただ1人だけなのだ・・・人類でただ1人・・・・

それも天才と呼ばれる女優であり、コンピューターの天才でもある1人の少女。


その彼女が戦いやすいよう後方支援するだけのためにこうして東京からかけつけたのだ。


あの銀行強盗の事件の現場で彼女の力を見せ付けられた警察官。

平将門の事件のとき警戒する彼等の前に2人の僧を連れて表れ、

準備が終わるとまた2人を連れて夜空に飛び立った少女。

常識というものが音をたてて崩れさった瞬間だ。

呆然としている彼等の前に飛鳥警視正が用意したテレビモニター・・・

そこにうつっているのは・・・・・・・食入るように見つづけたのは言うまでも無い。

だが決して誰もが出来ることではなかった。


脚の震えが止まらない。

どうしてあんなことが出来るんだ・・・そう叫びたかった。

だがその戦いがプロローグでしかなかったなんて・・・・・。


薄気味悪い夜空一杯の男の顔・・・気分悪いが忘れられない・・・。

飛鳥警視正が京都へいく有志をつのった。

志願した警察官達・・・集まってみればほとんどが昨日から見知った顔だった。

ただ二ヤッと笑っただけ・・・それだけで良かった。


アメリカ兵はというとここにきて信じられないことばかり目にした。

だから、ただ1人『ステーション』に乗っていたミランダ軍曹に皆、話を聞きたがった。

なにせあんな化け物に殺されそうになるわ、空を飛んできたスーパーウーマンに命を助けられるわ、

ともう夢でもみれぬことばかりだったのだから。

でも彼等の最大の関心事はスーパーウーマンと天空から降りてきた二人の侍だった。


彼等はクリスチャンだ。

子供の時から聖書に親しみ、日曜日に教会にいって神父の説教を聞いてミサを歌う。

神は本当にいると教えられてきた彼等の人生。

でも教えられてそのまま信じる者はいない。

だが、二人の侍を目の前にして・・・自分の日頃の行動が頭に浮かんできた。

正直、顔を上げて言える行動はとっていない。

兵士としての規律の中、1歩外に出れば飲んで騒いで女と寝る・・そんな生活だ。

人間的といえばそれまでだが、いつも見られていたと思うと身の置き所がない。


スーパーウーマンはハヤセサキ、それが本名でヒノアキアがスクリーンネームと教えられた。

彼女は女優、それも世界的に有名な小野監督に映画をとられ、

来年にはジョージ・ルークの映画の主演に決まっていると聞く。

わくわくする話だ。彼女はもう東洋の1人の女優ではない。

本物のパワーを持つスーパーウーマンで、ハリウッドでデビューが決まっているシンデレラなのだ。

彼女がもし私の靴にキスをっといったら兵士達は争ってその足元にひれ伏し

その靴にキスをするだろう。私を守ってといわれれば命を賭して守るだろう。

ただしだ・・・相手が人間ならばだ。


だが・・・そう・・・彼女は大の男嫌い、そう聞いたからこうして遠くから見ているだけ。

そのかわりミランダ達女性隊員6名はもう夢中だ。

キャメオン大佐も苦笑いするだけで兵士達に混じって座っている。

日野あきあのことはもう女性にまかすしかない・・・そう悟っているのだ。


改めて沙希は先ほどの失態で皆に心配をかけたことをを詫びてから

まずは警視庁の松島奈緒警視が警察官による人質の両親達の安全かつスムースな確保の仕方を話す。

この比叡山の各所に人員をおき、両親達の急襲から御山を守らねばならないからだ。

そこで晴明神社を守ってきた京都府警の警察官達の話が役にたった。


実際、刑事達の話は現場を踏んできただけに迫力が違う。

そして、懐から出したコピーしたものには目を見張った。

襲ってくる人達を苦もなく眠らせてしまう沙希がつくった半睡の術。


相手を怪我なく確保してしまうこの紙、アメリカの軍人達には驚異に映る。

相手を怪我さしたり殺したりするような恐ろしい武器ではない。

この紙切れ1枚でそれらの武器を凌いでしまうのだ。


警察官も拳銃という武器も使わないこの方法には同じ職業として大きな関心があった。


米兵達にはゆりあが、ルーク監督やスタッフ達にはケイトが通訳しているから

作戦会議はスムースに進んでいく。


輪になって座るみんなの前の長テーブルの上。

時折、警察官やマスコミのスタッフ達が車で戻ってきては

このテーブルの上に置いていく紙袋、そして持ってきた者達は皆の輪の中に入って座る。

どうやら言いつけられたものを揃えられてホッとしているようだ。

でもどうしてこんなもの揃えなければいけないのか、訳は聞かされていない。


「では、これから肝心の作戦を発表します。

私自身これを聞かされたとき耳を疑いました。

はたしてこんなこと可能なのかどうか・・・・でも冷静に考えて見ますと

相手は幼い女の子の人質をとってその親達に自分の目的を達成させようという卑劣な怨霊です。

私達の常識では測れない悪辣さです。

だからこの方法が考える限り一番いい方法じゃないかと考えるにいたりました。

ではその奇想天外な作戦を考え出した早瀬沙希さんにその内容を発表していただきましょう」

といって松島警視からバトンを渡され、眠らせた両親達をどうすればいいのか

この比叡山のどういったところに何人の機動隊を配置するのか。


そして、マスコミの代表として小野監督とルーク監督、キャメロン大佐とで

打合せした『ステーション』に乗り込み撮影するマスコミ関係者と

各2名づつ乗り込む機動隊とアメリカ兵士。

いろんな留意点を話し、

今日の大詰めの時を皆に思い知らしめた警察庁飛鳥日和子警視正、

僧侶達に囲まれて座る沙希を呼び出し、自分は沙希の斜め後ろに立った。


沙希は長テーブルを前にして立つ。

「作戦決行は午後12時30分です。あと2時間です。

この時間が長いか短いかは皆様の気持ちの持ちようです。

では作戦を発表します。・・・・おっと、その前に・・・」

と言って京都府警の婦警達を前に呼び出した。

沙希の前に並ぶ総勢25名、何も聞いていない京都府警の署長は目を白黒している。


婦警達は沙希に命じられて長テーブルの上の紙袋から取り出したもの・・・

左右二つの山が出来ている。片方は紺・・・片方はグレー・・・・のセーラー服だった。

沙希は話だした。


先ほどの命をかけた座禅により妖術を破ったことで通力を得、

天眼通・・・つまり第三の眼の千里眼で人質の居場所を知ったことを聞くと

思わず『オー』と叫んでしまう周囲の者達。


「元方には約束という2文字はございませぬ。

明日朝2:00というのは眼くらまし、勝負はお昼12:00を過ぎてからでございます」

といってから作戦を話し出した。

皆、その内容を聞くに連れ口をあんぐりと開け出す。


そして作戦の話が終わると、その内容について質疑応答の時間をとる。

少しでも疑問があれば作戦中に支障をきたす恐れがあるからだ。

そんなこと・・・・そんなこと・・・・出来るのか?

矢継ぎ早に質問が飛ぶが沙希はすべて簡潔に答えていく。

「50人あまりで・・・・そんな人数でできるのですか?」

「はい、最終的には元方と私の戦いです。場所もこの次元では不便すぎます。

だったら、あの異次元の世界・・・そこでは彼等の力が飛躍的に伸びる場所!」


「そしたら余計に・・・・」

といいかけるマスコミのスタッフの女の子・・・彼女はこの作戦を危惧するどころか

自分も参加したい・・・そんな思いは見え見えなのだが、彼女的に言えば

心配の種を一つ一つ潰していっているようだ。


「心配はいりません。実を言うと私もなんです」

「はっ?」

という顔をする彼女。


「私もあの世界では自由に力を解放できるんですよ」

「力を解放できるって・・・

でも今までいろんなことで凄い力を出してきたんじゃなかったですか・・・」

「はい、でもこの世界では自分で力をセーブしなければ

停電、地震など人工的なものや自然にも凄い影響を与えてしまうんです。

だから力は半分以上出ないようにこの力が私に宿ったとき自らをセーブしたんです。


皆息を呑んで聞いている。

あんな力が半分だって?・・そ・そんなに凄いことなのか・・この少女の力って。


「でも私1人で力をコントロールするそんなゲートを作ったって将来的に考えれば

かくいう早瀬沙希自身が不安材料になりえます。もしかして精神が壊れて

力をコントロールしていたタガが外れるかもしれない。

いえ、どこかの国に捕まって薬を盛られて兵器にされるかもしれない・・・」

そんなことまで・・・・そんなことまで考えていたのかこの少女は。

皆その口から出てくる言葉に驚愕の想いだ。

自らを律し続けるこの少女は・・・一体・・・・。


「そこで私は考えました。自分で自分が不安だったら私以外の人を使えばいい」

みんな一斉に沙希の顔を眺める。・・・何を言い出すのだろう。


「皆さんは先ほど驚愕されながらも逢っておられた、天上から来られた二人のお客人・・・・

どちらも維新の偉人と言われる坂本竜馬様と沖田総司様・・・・」

あとからきた京都府警の刑事達の驚きの顔・・・。

でもそれは男性だけで婦警達は先ほど明治維新のこと沙希からきいたばかりだし

沙希が言えばどんな不思議なことも受け入れてしまう下地はすでに出来ているのだ。

だからけろりとした表情で聞いている。


「お二人を私の守護に命じた宇宙の大いなる意思を持つお方にお頼み申し上げました。

世界中の女性の一人一人に私の力をセーブできる力をお与えください。・・・・と」

女性達もこの話は初めてだったのでお互い顔を見合わせて驚きを隠しきれない。


「私の半減された力・・・こうしてこの世に女性がいるかぎり

力の暴走はありませんし、コントロールが出来るのです。・・・・でも」

と話が続けられる。


「今度の事件で通力が開眼してしまった今、

自分の力を改めてみて驚きました。こんな・・・もの凄いものかと・・・・・。

これだけでも例えばこの銀河の半分を跡形もなく消し去る事ができるでしょう。

まったく現世の人間が持つものではありません。

だから、私はお二人に天に帰ってある依頼をしたついでに

わたしの力をまだまだ制限してほしいと頼んでいただきました。

そうですねえ、今の1/8ぐらいでしょうか。それでも、いま振舞っている力と変わりません」


『ふ~』とため息があちこちから聞こえる。


「でも、力の制限はこの現世だけなのです。

次元が変わればその制限がなくなります。

だから、先ほど大丈夫といったんですよ」


沙希は根拠のないことは人に話さない。確実だと判断したことだけだ。

こんな沙希が考え抱した奇想天外な作戦、誰が反対できようか。


「最初に言っておきます。このセーラー服を着て作戦に参加できるのは女性だけです。

やることは私の合図で元方の張った結界を破り、人質の女の子を助けるだけです。

元方は先ほど言ったように私が異次元に引きずり込んで向こうで戦います。

そしてその戦いは『ステーション』からの撮影でモニターしていますから

ここで見守っていただきたいのです。私も1人の女の子ですからね」


そこで口を閉じた沙希に変わって松島警視が前に出てきて

「女性の方!志願される方は集まってください!」

と大きな声をかける。


まずは並んでいた婦警達がバラバラと二つのセーラー服のもとに集まると

合ったサイズを探している。

負けずにマスコミの女性記者やスタッフがかけよってくる。


そして・・・・

「ハアイ!」

と声をかけるアメリカ兵士のミランダ軍曹、

「私達も志願できるのですか?」

何か眼をキラキラさせて質問をする。

戸惑った奈緒が沙希を振り返ると

ニッコリ微笑んだ沙希が

「オフコース!」

といったとたん立ち上がって走り出す6人の女子のアメリカ兵。


アメリカ兵の男達から

「ヒューヒュー」

「ピーピー」

と口笛などを鳴らして自分達の仲間を激励するのは、さすが陽気なアメリカ兵といえる。


「今からあのトレーナーハウスで着替えてください」

「サイズが決まったものしかないので、もし入らない人がいたら言ってくださいね。

わたしが身体のほうを服に合わせますから」

という沙希に女達の中には

「学生時代はこのサイズだったんです。この時代の身体に戻すって

可能なんですか?」

「ええいいですよ。身体だけではおかしいでしょうから

全てを以前のあなたに戻してあげる」

喜んだのはいうこともない。


「あっ!瑞姉、ゆり姉は駄目よ!」

「えっ?だって・・・」

「だってもないわ。瑞姉とゆり姉がいなければ『ステーション』飛ばせないわよ」

と沙希に言われてとぼとぼ小野監督のほうに帰る二人。

心配そうだった小野監督とルーク監督に向かい入れられた二人、

両監督に髪の毛をクシャクシャにされ、ようやく笑顔になった。


こうしてセーラー服に着替えた女性達、沙希に若返りの術をほどこされて

仲間達に冷やかされる女性スタッフ

「鍛えすぎてこの制服に合わなかったから」

と女性らしい身体に変えられたミランダ達兵士は恥ずかしそうにこう答えた。


「仮に・・・」

と声をあげた奈緒。

「こちらの紺のセーラー服が私立梁山高校、

引率するのは先生兼コーチということで飛鳥日和子警視正。

こちらのグレーのセーラー服は私立鷹の羽学園、

女性ばかりだと変だということで鬼コーチに京都府警の牛尾刑事、あなたにお願いします」


飛び上がったのは警察官の輪の中にいた牛尾刑事。

何も聞かされていなかったので驚き慌てる。

でもこのことが長い間東京の警察庁、警視庁まで語り継がれるとは思わなかった。


あとで仲間達に冷やかされて真赤になるが今はそれどころではない。女の中に男が自分ひとりだ。

おまけに憎からず思っている西沢恵子が相手高の制服を着ている。・・・全く困ってしまった。

あとでこれが牛尾と恵子を結びつけるために沙希が考えた事と聞かされて全く身の置き所がなかった。


「牛尾さん、あなたの役はしごく簡単よ。引率していたクラブの生徒が喧嘩をして

止めようとするあなたが、相手高の生徒が打ったボールを頭にうけ失神するの。

ね・・・至極簡単でしょ。

でも役柄として少し可哀相だからいいこと考えてあげたわ」

うふふと笑う松島警視が悪魔にみえる。


強行班としての捜査は得意だが知的な捜査となると苦手な牛尾、

これまでそういうことは影になって恵子が牛尾を助けてきた。

でもそんなこと男の沽券にかかわるといって感謝はしているが

恵子にわかるようには礼をしてはいない。

そんなこと沙希にとってすぐにわかってしまうことだ。

隠そうとするのがちゃんちゃらおかしい。だから少し男としてこらしめておきたい。


「西沢さん、思い切って打ってあげてね。そうすれば少しはあなたのお手伝い感謝するかもよ」

といって奈緒はセーラー服の背中をみせてしまう。西沢恵子も苦笑いだ。


でも恵子はきっと思いっきり打ってくるだろう。

この間のこと物凄く怒っているからな。

恵子は高校時代インターハイに出て準優勝したと聞いた。

そんなボールを頭に受けたらどうなるのか? 考えていたら『ブルッ』と震えが来た。


あっ!そんなこと通訳しなくていいって・・・・

畜生!ヤンキーの軍人め、俺を見て笑ってやがる。


そのとき牛尾が助かったのは天から光が幾筋も降りてきたからだ。

そうでなかったら今は穴を掘っている最中だ。


                     ★★★

                    

「竜馬様!・・・・」

「あきあ殿、済まぬ。探していたら遅うなってしもた」

「いえいえ・・・で、いかがでした?」

「いかに天上とはいえ、なにせ昔の事だからのう。

転生もせず今にも消えんとしていたので探すのに苦労したキに」

「それはすいませぬ」

「いや、なにもあきあ殿があやまることではない」

「あははは、それより坂本さん。沙希殿に早く・・・」

「おおう、そうじゃった」

と無骨そうな大きな手を広げると微かに水色をした小さな光の珠が見える。

だが本当に今にも消えようとしているのだ。


その小さな珠を受け取った沙希、その手の上でふ~っと息を吹く。

珠に再び命を吹き込んでいるのだ。

見る見る輝きが変わり、生き生きとしたのは誰の目にも明らかだ。


「これでいいわ」

といって体の中に仕舞い込んだ沙希。ニッコリ笑って総司を見る。

天上人でさえどきっとする何の屈託も無い笑顔。

「沙希殿、あなたにはこの事件をどのように収めるかわかっておられる?」

「はい、でもそれはここで言うわけにはいきませぬ。

でもこの子を見つけてもらったおかげで何の憂いもなく解決してみせます」


「それは楽しみじゃ」

竜馬が笑う。

「それより総司様、わたしのあの件は?」

「あのことは報告してまいりましたが、さすがに菩薩様も苦い顔をされましたよ。

困った者じゃとため息しきり・・・」

「すいませぬ・・・・でも・・・」

「いや、沙希殿が申される事もっともです。

沙希殿の力・・・1人の人間が持つようなものではない。でも菩薩様が申されておりました。

あなたの力って天上の方も掴みきれないそうです」


「えっ?では・・・・」

「そうです、あの力って天上から下しおかれたのではありません。

あくまでも沙希殿に備わった素質のなされる技、

今回の通力も天上の方どなたもご存知ありませんでした」

「それでは・・・」

「はい、力の制限は今の世がいわれるあくまでも二次的なものです。

あなたが力を得ることは阻止できませぬ」


「ふ~やっかいですねえ」

沙希の表情が少し曇る。

「あきあ殿、あきらめたほうが案外なんとかなるものじゃ。自然体でいかれい」


沙希は自嘲するように笑ったが、竜馬のいうように自然が良いのはいうこともない。

「沙希殿の力の制限は菩薩様が許可されましたので今回は世界中の女性達に

沙希殿の力を制限する遺伝子というのですか?それをすでに与えたそうです」


「すいませぬ、いろいろ御迷惑をかけまして・・・・・」

「いやいや、天上の方々も困惑ぎみでした。こんなこと私が天上にあがって

はじめてですよ。それだからというわけではありませんが菩薩様は天上を離れられなくなりました。

かわっては阿弥陀如来様がその任にあたり、貴女が得られた通力を見守ることになりました」


天上を巻き込んでの早瀬沙希の力の行方・・・・

じっと見聞きする周囲の者達には不思議な世界と簡単に片付けられなくなっている。

この世界でも早瀬沙希・・・日野あきあの動向は

これから見守っていかなくてはならない最重要項目だ。

マスコミの首脳陣、社長や部長達は自分の所の会社がより以上の伸びを求めるのは

無論だが、これからは利益以外、マスコミ各社でプロジェクトを作り、

日野あきあを守っていかなくてはならない必要性を感じることになった。

これは大川社長や乾社長が求めているものだ。


この場・・・今、皆が息を潜めて見守っている。まるで映画の世界のような不思議・・・・・。


周囲に集まっている者達だけでも異様だ・・・・。

まずは十数人のきれいな衣をまとったこの比叡の御山の僧侶達。

人数の半分を占める警察官、それより少し少なめのいろんなスタッフジャンパーを

まとったマスコミ関係者。

それにアメリカ人の映画関係者、そしてアーミー服のアメリカ兵。

その中には二人を除いて1人も女性はいない。


異様な一団はこれにつきる、56人のセーラー服の集団・・・

その色の違いで二つの山に分かれているが、

いづれも紺色の少し大きめのスポーツバックを足元に

カバーをしたラケットを脇に抱えているのだ。


そして、今白い衣装をまとった数人の武士がこの場に加わった。


「お父上!・・・お久しぶりです」

そう挨拶をする沙希。


「おお・・・おお・・・・」

と言葉にならない結城弦四郎。本当にいい父だ。


「妻の和葉の生まれ変わりの律子はこの場にはいませんが・・・」

といって1人の女の子を呼ぶ。

「希佐ちゃん!・・・」

ピチピチした若鮎のような結城希佐、眼を真ん丸くしてじっとこの天人を見つめた。

「父上、この子が結城希佐と申します」

「結城?・・」

「はい、ご想像とおり私と和葉の子孫です」

「おお・・・」

といって希佐の肩をがっしりとつかむ。

希佐もこの天人が自分の先祖となる沙希の父とわかったのであろう。

眼が熱くうるんでいる。


「希佐ちゃんは剣を修行しているんですよ」

その言葉に喜びは倍増する。

この様子をみている竜馬と総司は・・・いづれもニヤニヤと笑っている。

結城弦四郎の涙もろさはよく知っているのだ。


「希佐といわれるのか」

「はい、ご先祖様」

「希佐殿・・そのご先祖様といわれるのはチト・・・」

その言葉で呑み込みの早い希佐。

「では弦四郎お爺様・・・」

「おおう、それでよい」

「では、弦四郎お爺様も私のこと希佐って呼び捨てにしなくては嫌ですよ」

「わかった、わかった・・・では希佐は今もあの屋敷に?」

「はい」

「では道場も盛況かな?」

「いいえ、お爺様。今の世、剣で身を立てるなんてできません。

ですから剣を知って修行をするのはほんの一握りです」


「ふ~む、そんなに変わってしまったか」

「でも私はあの道場が大好きです。だから毎日道場を磨いています」

「希佐1人でか」

「はい、そうすると不思議と心が落ち着きます。

ときどき友人と剣をあわせますが、それはそれで楽しいんですが・・・

私は今、居合を勉強しているのです。1人でいろんな工夫しながら剣をとるのが好きです」


さすがは弦四郎の血を引く希佐だ。

「よし、これからはわしが希佐の稽古をみてやろう。いいでしょうな、竜馬殿」


「さあ・・・いいか悪いかは・・・だが、わしは暇人ではない。

1人1人の動向など見張っている訳にはいかぬからのう」

あんに認めている竜馬に、喜びの弦四郎。


「わたしも時々伺ってもよろしいでしょうか?」

「えっ?沖田様が?・・・私には沖田様に相手をしてもらえるような才能は・・・」

「そんなこといいですよ。だが希佐殿は沙希殿の血をひくお方だ。

まだ知らぬ未知の才能をもっていると思いますよ。

それに私は、剣と聞くと我慢できないたちなんです」

と笑う沖田総司。


これを聞く京都府警の刑事達、なんだかみんな結城道場に弟子入りしそうな表情だ。

沖田総司に剣をまじ合わせるなんて夢のようなことなのだから。


「ふふふ、沖田様。そんなことをいうと京都の刑事さん達・・・

いえ、お役人様たちが結城道場に弟子入りしそうな顔色ですよ」

と沙希がいったものだからたまらず沖田のもとにとんできた刑事達。


「あ・・・あの・・・沖田さんですね」

「そうですよ・・・」

「われわれ警察官は柔道と剣道が必ず必要なのです。

出来たら我々に剣をお教えください」

と勢い良くいう刑事達。


「いいですよ。でも私は現世にはそんなに長くはいられぬ身。

それにどこにでもというわけにはいきませんが、

結城道場ならときどき行ってもよろしいでしょう。そうですよねえ、弦四郎殿」

「ふむ、さようじゃ」

これもうれしそうな弦四郎。


「はっ!ありがとうございます」

と頭を下げる刑事達。それを羨ましそうに見る東京の警察官。


ニヤニヤ笑っているのは竜馬だけではなかった。

「そんなところで笑っているなんて相変わらずの源太郎様。それに新次郎様も。」

と声をかける沙希。


「相変わらずとは沙希殿のほうだぜ」

と白い着物は竜馬達と同じだが同心羽織は源太郎だけだ。


「いいえ、それはあなたのほうです。そのお着物ったら・・・」

「これは仕方がない。わしにはこれが一番似合っているだろうから・・・」

「ふふふ、でもやはりあなたも心配だったのですね」

「えっ?」


「牛尾さん!・・・いらっしゃい」

とセーラー服の中で呆然とこちらを見ている牛尾に声をかける。

何か期待があったのか急に顔を輝かして沙希の前に立つ牛尾。


「源太郎様、ご紹介しますわ。

今の京都のお役人様で牛尾憲太郎と申すお方です。

そしてあなたの血をひくご子孫ですよ」


「えっ?本当ですか」

と直立不動になる牛尾。

いつも笑顔の篠原源太郎だが、その時は真剣な目つきになり

「そなたがわしの子孫なのか」

「はい、篠原というのは私の母の実家なのです。

そして母にはあなたのことを随分と聞かされてきました。

私が京都府警の刑事になったのも京都府警の初代署長になられた

あなたのことを聞かされたからです」


「わしの血がこうして受け継がれている・・・なんだか不思議な気分だ」

「わたしもです。ご先祖のあなたにこうして口を聞けるなんて・・・」


まだまだ話がつづく二人をおいて沙希は新次郎とこの場を少し離れる。

「新次郎様」

「なんでしょうか、沙希様」

「新次郎様がこの京都にお創りになった礎はりっぱな形を残しているそうですよ」

「えっ?」

「あなたのお創りになった治療院がいまではどっしりと根を下ろして大きな病院に

なっていますわ」

「本当ですか?」

「はい、今では個人の病院としてはこの京都一ですし、評判もとてもいいんです」

「ではこの騒ぎが終わったら一度様子を見にいってきます」

「そうなさってくださいまし」


「沙希ちゃん!・・・もうそろそろ時間よ」

日和子の言葉にとたんに顔つきが少女戦士とかわる沙希。


竜馬のもとに戻った沙希、

「竜馬様達はどうなされます?」

「このまま天上に帰ってこの様子を見るのも良いが、

ここであきあ殿を待っていたいのう」

「竜馬様はあまり抹香くさいお坊様を好まれませぬゆえ・・・・

そうだわ、小野監督!」

と興味深そうにこちらを見ている小野監督を呼んだ。


「小野監督、こちらは・・・」

「聞いているよ」

背の高い小野監督より少し背の低いだけの竜馬・・・を見て

「坂本竜馬さんですね。始めまして、小野栄次郎です」

と挨拶する。


「竜馬様、こちらは以前私の映画というものを見られて判っておられますね。

あの映画をとられた小野監督です」

「監督?・・・」

「私のお仕事での一番偉い方ですわ」

「おおそうか」

と小野監督を見る竜馬。


小野監督もこの歴史上の人物で超有名な坂本竜馬を目の前にして

小躍りしたいほど嬉しくて表情が輝いている。


「監督、私たちが戻ってくるまで竜馬様を預かっていただけませんか?」

「いいのかい?」

「ええ、坂本竜馬というお方は・・・・至極新しいもの好きですもの」

竜馬は懐手でニヤニヤ笑ってこの二人をみていた。


小野監督が竜馬を連れてモニター室に消えるのを見送っていた沙希に

「沙希殿、わたしはあれに乗ってみたい」

と沖田総司が言ったのは『ステーション』だった。


「でもあれは・・・」

といいかけたのを

「沙希殿、こう見えても私も新しいもの好きですから」

どうやら沙希と小野監督の話を聞いていたらしい。


仕方が無いから『メーンステーション』の乗り込む瑞穂やゆりあ、

それにルーク監督に逢わした沙希。

初めて外人を目の前にした総司、すこしたじろいたようだが

ゆりあを通訳にして話すほどにどちらも分野こそ違え一流の人間なのだ。

笑顔で話し出している。安心した沙希は手持ち無沙汰な父の結城弦四郎と

相良新次郎のもとに・・・・。


「父上と新次郎殿はあまり騒がしくないほうがよろしいでしょうから」

と蓬栄上人や峰厳和尚の僧侶達に引き合わせる。


そして、少し離れて見ていると親しいとまではいかないが、どうやら会話は成り立っているらしい。


これで一安心と『私立梁山高校』と書かれたバスに乗り込み

「遅れてどうもすいませんでした」

とすでに乗り込んでいる女性達に謝った。


「さあ、沙希ちゃん早く座って」

と日和子に言われて希佐の横に腰をおろす沙希。


「希佐ちゃん、ごめんね。吃驚したでしょ」

「いいえ、さすがに驚きましたけど、でも・・・みんな嬉しい驚きばかりです」

若さではちきれんばかりの笑顔、これが希佐の特徴のようだ。


「でも・・・」

と周囲を見渡す希佐、心配そうだがちょっぴり面白そうでもある。

というのは高校のテニス部同士の喧嘩、ここに集まっているのは沙希以外は素人ばかりである。

喧嘩のきっかけとなる諍いやどなりあいは普通では言葉に出てはこない。

だから、先ほど小野監督やテレビ局のスタッフ達に簡単な台本を作ってもらった。

今、それを覚えようとしてみんな必死なのだ。


ミランダ達アメリカ兵やケイトにしても

ルーク監督に聞いてもらって指導をうけていたぐらいだ。


                    ★★★


喧嘩になって元方を引きずり出し人質を取り戻すまではいいが

それ以降、・・・問題の沙希の戦いのことは先ほどの話でもう大安心していたが

それ以降が大変なのだ。直接自分が任にあたるのだから・・・・。

この事件できる限り秘密にする必要があるが京都は観光の町である。

昼間歩いているのは住民より観光客のほうが多いのは周知の通りである。


その観光客、日本人も多いが外人も多い。今の日本暗い事件が多すぎるのだ。

これ以上の評判をおとしたくはない。

いや、怨霊のことを知られるくらいなら昔からあった高校同士の喧嘩のほうがいい

・・・ということで人質となっていた少女達をこのバスに隠し

自分たちは不貞腐れたり、泣き出したり、

まだ相手高の部員とつかみあいをしようとして警官に引き離されたりするような

激しい芝居を一般人に見せなければならないのだ。


さて、ここに書いておかなければならないのは平安京で作られた朱雀門のことだ。

以前より京の結界が破られれば朱雀門が開くと書いた。

だが京の朱雀門は現存しない。奈良の平城宮の朱雀門は現存するのに・・・・だ。


石碑だけの朱雀門跡・・・しかし、沙希の持つ力が

その何も無い空間に依然と存在する不気味な朱雀門を見えさせている。

そして朱雀門からは今、死人しびとの匂いが漂い出していた。

これは元方が門のある同じ場所に・・・異質な次元の穴に少女達を閉じ込め

生気をむさぼり吸っているのと、おこぼれとして小さな隙間からその生気を

門の中の地獄の住人達に与えていたのだ。


二条城近くのこの場所、ここが朱雀門跡だとは余り知られていない。


希佐は26名というテニス部員の後方にいた。

沙希はその2名ほどの前方にいて隣りの部員と仲良く話しをしているという図だ。

チラッと時計を見るとちょうど決められた時間となった。


「あっ!あなたは・・・」

という大きな声が聞こえたのはそんな時だ。


「さっきの人ね。あの試合のときのライン上の1球だけど確かに入っていたわ。

あなたもわかっているんでしょ」

「入ってなんかいなかったわよ・・・あんたの目おかしいんじゃない・・・」

「何を言うのよ。私の目2.0よ。そんな私に言う言葉じゃないわ」

言い争っているのは日頃仲の良い篠田と葉月の東京の両婦警だ。


始めはなんだか棒読みのようでおかしかったが、段々と気がはいってきたのか声が甲高くなる。

やはり女性である、夢中になってしまってそんな世界に入り込んだようだ。

もう芝居ではなかった。

片や私立梁山高校のテニス部員、片や鷹の羽学園のテニス部員、

その純粋さから先ほどの試合のおかしな判定にキレてしまったのだ。


「ガッテム!」

そんな声が聞こえた。だがそこはテニス部員だ、殴り合いとはならない。

だがこっちのほうが恐い。

いきなり猛スピードのテニスボールが相手高校に向かった。

ボールは止めようとしていた相手高の鬼コーチの後頭部に当たり

昏倒したのである。鬼コーチは当たった場所を押えて身体を丸くして失神していた。


「何をするのよ」

そんな声をあげて部員達はラケットカバーをとり、

スポーツバックからボールを取るとサーブを打つように構えた。


「あんた達!止めなさい!・・・止めて!・・・」

必死な顔の女性コーチを

「先生は離れていてください!」

そういったのは部長役の松島奈緒だ。さすがに風格がある。

「あんた達・・・」

そういうとパラパラと取り巻きのテニス部員が3人コーチを捕まえる。

そして、隅の方に押し込めた。京都府警の仲良し3人組だ。


一触即発の危機・・・


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「凄い!・・・どうなるかと思っていたけど、手に汗を握るってこのことね」

そう言ったのは瑞穂、もうこの『メインステーション』にはなくてはならぬ乗り込み員だ。


「そうね、第一高校生になるって出来るのかしらって思っていたけど

みんな本当の高校のテニス部員に見えるから不思議ね。

奈緒姉ってピッタリのはまり役だわ。

まるで『エースを・・・』のお蝶夫人みたい」


「言いえて妙だわ。これからどうなるのかしら・・・なんだかワクワクしてしまう」


「おいおい、君たち、仕事のほうも頼むよ」

そういうルーク監督だって面白がっているようだ。

素人の一団だが見事になりきっているのがとても新鮮でよかった。

特にキャプテンの奈緒がいい・・・・。


横にいる沖田総司もニヤニヤ笑いながらみている。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


しばらく睨みあっている両校・・・一般客は恐がってよってこない。

いきなり相手高にボールを打ち込んだのは私立鷹の羽学園のミランダ達

アメリカ兵・・・それがきっかけとなった。

梁山高校もアメリカ兵3人が応酬する。

こういった戦い命をかけるわけないので面白がっているのだ。


たくさんのボールが行き交う中、梁山高校の1人の部員が向きを変えた。

大きく振りかぶったラケットを思いっきりボールにぶつける。

ボールは物凄いスピードで空中に飛んだ。

そのまま消えていくと思ったボールが空中に止まった。

勢い良く回転するボールは空中にめり込み黒い墨のような色が広がる。


「みんなあそこよ~~・・・あの一箇所に思いっきりボールを打ってエ・・・」

そう叫ぶ女の子・・・・沙希だ。

沙希の声に呼応した・・・ガラリと雰囲気を変えた女性達、

両校のセーラー服が入り乱れて思いっきり空中に浮かぶボールに向かってボールが飛び始めた。


ボールは普通のボールではない。沙希が術で真言を書いた結界破りのボールだ。

なかなかうまく飛ばなかったボール、ラケットを振ったことも無い女性達がたくさんいるのだ。

それも見よう見真似で打ったボールが空中で止まる。

そんなボールが集まり空間がどす黒さがひろがったときだ。


「誰じゃ!・・・何をするのじゃ・・・」

空中に男の顔が現れる。元方だ。


「うるさい!四の五の言うな!」

奈緒は怒っていた。本当は恐いのだろうが今は怒りの方が先だ。


奈緒は知っているのだ。沙希の苦しみを・・・

人でない力を持つ苦しみ・・・人々に不安を与えないため微笑を絶やさない苦しみ、

天衣無縫に振舞っているが計算して計算して計算尽くした結果の行動・・・


私の可愛い旦那様にこんな悲しみを与えるお前を許さない!


気を込めて打ったボール、男の片目に当たる。

「ギャ~・・・・お・・・おのれ・・・」

片目を押えて睨みつける元方・・・でもそんな恐怖はもう女達にはない。


ただ、憎かった・・・元方が少女達にやった憎さが彼女達を突き動かした。

もう彼女達を止めるものはなにもない。


「ひえ~」

といって元方が逃げるように消えた。

そのあとボールが空中に留まる数が増えたときだ。

『ピーン・・・メリメリ・・・』

と音がして幾筋も斜めにヒビが入る空間・・・

それが最高潮に達した時

『パリン』と音がしてまるでガラスが割れるように空間が破裂したのだ。

粉々になった破片は地上に落ちる前に消えてしまう。

宇宙空間のようだった中が普通の空間に変わり、

立っていた大きな木が生気を失ったように枯れていく。

その木の途中、人質になっていた50人もの少女が木に取り込まれて眠っていた。


「皆!急いで!」

彼女達を助けて!・・・という言葉もいらないぐらい素早く動くセーラー服軍団。


木をひっぱがすように女の子を木から引きづりだし、抱きかかえるスタッフの女の子。


日和子と牛尾刑事が呼んだバスが横付けされた。

女の子達を運び込む女性達。こうなると一番素早く行動できるのがアメリカ兵だ。

木の上に眠っている女の子を抱いて下にいる婦警やスタッフ達に渡す。

そんなことが繰り返され全ての女の子が2台のバスに収容された。


「沙希さん!・・・これを」

やっと落ち着いた沙希の下にかけつける奈緒や希佐と中沢、佐藤、緋鳥の3婦警。

渡された新しい陣八を沙希につける希佐。

奈緒は沙希の背に菊一文字をつけ、持っていたスポーツバックから

手甲を取り出して沙希につけるのは緋鳥礼子。


沙希の少女戦士の姿は美しい、誰でもぼうっとしてしまう。

「おのれ~」

という声が上空から聞こえたのはそんな時だ。

地上では打ち合わせ通り現場に駆けつけるパトカーのサイレンの音。


これから地上では喧嘩の生徒達の芝居が始るが沙希は元方との本当の戦いになる。


見送る女性達に頷いただけで跳び上がった沙希。

『ステーション』を2台だけこの場を撮らせるよう配置してから全てを引き連れて異次元に入る沙希。

晴明神社を見晴らせていた『ステーション』も連れて来た。


初めての者も見知った者も見惚れる異次元の宇宙空間。


だが光を浴びる沙希こそは何にも勝る神々しさ・・・

一瞬に宇宙空間より沙希のほうに視線が移ってしまうのだ。


沙希は身体から式達を出した。

沙希の回りに膝まずく3人の式と沙希の身体にくっつくような白虎丸。

でも今度はセーラー服からヒラヒラと蝶がとびたち、

少女の姿を現した。


「やっと私の番ね、あきあ」

「ええ・・・元方はこの空間のどこかに身を潜めている。

私にはそう感じられるの」

「あきあって昔から感がいいからね」


「ええい、胡蝶め!うだうだ言わずに早く奴を探せ!」

喧嘩仲間の玉藻がいらいらするようにそう言い放つ。

胡蝶が主の事を呼び捨てにするのが我慢できないのだ。


胡蝶は玉藻に顔を近づけて、さもさも憎々そうに

「わかっているわよ・・・お・・ば・・さん!」

「この!・・・」

と腕を振り上げたとたん蝶に戻った胡蝶はひらひらとこの空間に飛び出した。

そしてその跡が妖精の飛んだ軌跡のように小さな光の粉が舞い落ち消える。


「玉藻さん、あなたと胡蝶さんってほんと仲がいいわねえ」

「な・・なにを言われる主殿・・・あ・・あんなこましゃくれた女・・・どうして私が・・・」

「ふふふ・・・ダメよ、隠したって。

ホラ、いつかあったでしょ。あの子が遊びすぎて帰ってこなかったのを。

私始めてのことだからとても心配していたわ。でもこっそりと晴明様に耳打ちされたの」

葛葉も紅葉も黙って聞いている。表情がちらっと動いたのは当時のことを思い出したのだろう。


「『あきあよ、おまえは心配しなくともよい。ただ玉藻だけをみていれば』

それからよ、私はあなたをじっと見ていたわ。それこそ1秒も眼をはなさずに。

だからわかったの。玉藻さんは胡蝶ちゃんを物凄く心配している。

それこそ絶えず表に気を配っていた。それは姉が妹に持つ心配りと同じだった。

だからけろっとして帰ってきた胡蝶ちゃんをあんなに怒鳴ったり、

頬を叩いたことも晴明様も私も黙って見ているだけでよかったわ」


「主殿・・・・」

「玉藻さん、心配ないわよ。あるとき胡蝶ちゃんが私に言ったもの。

『玉藻ってあんなのだから・・・自分を出すの本当にへたっぴいだから、

とっても印象が悪いと思うの。でもあんな玉藻でも私のおねえちゃんよ。

だからあきあには守っていて欲しい』って・・・うらやましいわね」


「主殿!・・・そんなこと聞かされたら・・・これから・・・」

「どんな顔をして胡蝶ちゃんと顔を合わせるのかっていうんでしょ。

そんなの今まで通りでいいのよ。喧嘩してればいい・・・・あなた達が私のそばにさえいれば・・・」


「主殿!・・」

「主殿!」

紅葉は感極まって言葉が出ない。


「私は玉藻さんが好き!・・・葛葉さんが好き!・・・紅葉さんが好き!・・

勿論、白虎丸!あなたも好きよ。・・・そして、胡蝶さんも・・・・

だから・・・・だから・・・元方にはあなた達には手出しをさせない。

あなた達もよ、ここで私を見ているだけでいいわ」

「主殿!」

と驚いたように沙希を見上げる3人と1匹。


「私は・・・私は・・全力を開放しても元方を押さえ込んでやる・・・。

決して逃がしはしない・・・」

眼がキラキラと光り、その表情には厳しい決意が浮かんでいた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「ぐすん・・・」

とハンカチで眼を押えるゆりあ。

「優しいよね、沙希って・・・」

ポツンという瑞穂に頷くゆりあ。


この異次元でなんという美しい映像であるのか・・・ルーク監督は驚嘆していた。

決して台本があるわけでもない。

だが戦いの前の映像として考えると、動の前の静・・・

美しいエピソード、そしてヒロインの厳しい決意。

見事な映像の世界ではないか。これが本物とは・・・・・。


「わたしは・・・」

と沖田が言い出した。

「わたしは、今の沙希殿の前に出て相対するなんて勇気ありませんね」

「えっ?今の沙希って・・・」

「そうよ、ゆりあ」

と瑞穂がいう。

「沙希・・・凄く怒ってる。顔にはあまり出していないけれど。

私にはわかる。・・・きっと人質になっていた女の子達を見たせいね。

あんな木に埋め込まれ、顔色が真っ青になるまで生気を吸われ

眠ったままの彼女達、その光景が今の沙希をつくったのよ」

といってからゆりあの顔をみると

「沖田様がいったように今の沙希恐いわよ。

きっと圧倒的な力の差で元方を封じ込めてしまうと思うわ」


「瑞穂殿はよくわかっておられる。

沙希殿を押えるものがあるとすれば、それは沙希殿自身しかありませんね。

わたしが見るに過去にはいろんな剣豪がおられましたが沙希殿が一番強い・・・そう思います。

剣聖といわれる方も安倍晴明様の亜流、その安倍晴明様の元で厳しい修行をされ

今では晴明様以上といわれるその力・・・もうとても相手になんかできませんよ。

・・・・・あっ!何か動きがあるようですよ」・・・・


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


ひらひらと戻ってきた胡蝶、沙希の目の前で人の姿になると

「あきあ、あなたが動く必要はないみたいよ。

むこうから仕掛けてくるわ」

「わかったわ。じゃあ、皆私の中に・・・」

「でも、・・・・」

「いいの、私の中で見ていて頂戴。

元方にはもう何もさせない。あの男に中途半端な力があるのが間違いなの。

その力はもう元方には不要のもの。だから私が消し去る。

もう二度と悪いことはさせない。・・・だから・・・」

「今日のあきあって怖いけど、でも凄く強い!・・・わかったわ」

といってセーラー服に蝶のエンブレムとしてポケットに貼りつく。


「さあ、あなた達も・・・」

沙希から何も言わせぬ強い決意がみえるので

「はっ!・・・」

といって光の珠にかえり、式神達は身体の中に消えていった。


この美しい異次元の宇宙空間に立つ沙希。その異次元の様子が今、変わろうとしていた。

周囲の色がフィルターをかけたように全てが紫を帯びた。

そして、グレーとかわり徐々に闇が進出してきた。


これが元方の術だとはわかっている。

でも沙希は動かない・・・眼を閉じてじっとしている。

いや、そうではない。左手の伸ばした人差し指と中指を右手で握り、

同じく人差し指と中指を伸ばす・・・・・そう、つまり・・・

昔の漫画本の忍術使い、或いは講談の地雷也が術を使うときのポーズと同じだ。


印を結び・・・・真言を唱え、心気を澄ませる・・・

忍び寄る殺気はすぐそこまで来ていた。

どうやら闇が沙希を包み込むのを待っているようだ。


だが、いつまでたっても沙希の周りの闇は濃くはならない。

逆に薄くなっているようにさえ思える。

いや、実際薄くなっている・・・よく眼をこらしてみると沙希の周りにある光が闇を侵食していく。


「オン サンザンサク ソワ。オン アミリタテイセイ カラウン。

オン アロリキャ ソワカ」

阿弥陀三尊の真言を唱えた。

いきなり闇が晴れる。

忍び寄ろうとする元方の姿、驚き眼を真ん丸くするが直ぐに睨みつけた。

手には長剣を握っている元方。


沙希は背中の菊一文字の柄を握るとゆっくりと鞘からぬいた。

目の前でその本身を右手の親指と人差し指ではさみこみ、

鞘から抜くのと同じ形になるのだが、違うのは本身の鈍い輝きがなくなり

青白い光の剣に姿を変えたのだ。


沙希は一気に飛び上がって回転しながら元方のそばに着地する。

その沙希に向かって長剣を振り下ろす元方・・・軽々と受け止める沙希。

元々は文官の元方、今の一振りで沙希とは差がある自分の腕を知ったのか

前を見ながらも素早い動きでジグザグと、見事に方角をかえながら

後ろに下がっていく。


この世界から身を隠そうとするこの動き、さすがといえばさすがだが

自分と沙希との実力差を見謝ったのが運の尽きだ。

沙希が鉄壁に張ったこの結界を破れる筈もない。

逃げるに逃げられない元方。見ると段々と大きく映る沙希の姿。


進退窮まって出した己の術、地獄の業火に焼かれし鬼共の一団が沙希の前に現われたのだ。

ニヤリと不敵に笑い宙に飛び上がり、そこで鬼共を見下ろす沙希。

斜めから光の菊一文字を振り下ろした。

『秘剣 光輪斬!』

その言葉と共に一掃された鬼共・・・一瞬のうちに消え失せた。


元方の術など跳ね返す冴える沙希の剣技・・・

かなわぬと知り小さな生き物に姿を変え逃げようとした。

だが沙希の左手から振り下ろされた縄が生きるものの如く、

するすると伸びていき、目に見えぬ虫に姿を変えていようとも

この縄から逃げ切れる等とは思わぬことだ。

あっというまに見つかり、縄に触れられた瞬間に術が破れ姿をあらわした元方。

きりきりと縄が身体に巻きつきそれだけで動けぬようになった。


縛られたこともあるがこの縄に触れたとたんに力が消えうせ、

逃げるという意思もなくなってしまう。

ただガクリとうなだれ、腰に力はなく立つことなどかなわぬ。


それはそうだ。この縄とは大日如来が姿を変えた不動明王の持ち物の 羂索けんさくだった。

悪い心を縛り付けるこの縄、元方にとっては最悪の武器であり、沙希は最悪の相手であった。

こうして平安の御世からの呪いの種子は消し去られた。

性質の悪い怨霊は力を消され、普通の魂となる。

この魂、今までの悪行の罰を清算するには相当の年月が必要であり

またそれ相応の善根をつまねば消え去るしか道はない。


傍に立つ沙希を恨めしく見上げる元方・・・それはもう普通の老人の姿でしかなかった。

ただその顔に刻まれたたくさんの皺が悪しきときの恨みの名残であった。

こうなっても今までの自分の行いを悔やんでいるとは思えなかった。

ただ口惜しいだけの心の襞では、この男の行く末は決まっている。


「藤原元方!・・お主の人道にも劣る所業、許せぬ!

だが・・・・たった一つだけお主に残されたものがあるのじゃ」

元方の横に立つ沙希が言う。


「残されたもの?・・・・」

元方の口がポカンと開く。


「お主はパンドラの函を存じているか?・・・」

「パンドラの函?」

「そうじゃ、・・・・決して人が触れてはならぬパンドラの函・・・・。

だが、人は開けてしもた。・・・出てきたのはねたみ、そねみ、欲など

人が持ちうる悪心の数々・・・人らしいといえばそうなのじゃが・・・・

そして・・・そして、一番最後にでてきたのが・・・今のお主と同じじゃ」

そういって沙希は斜め上の空間に視線を送った。


「パンドラの函も・・・お主も最後に残ったのは・・・・・」


この最後の言葉・・・元方、いやそれ以上に各『ステーション』の乗員、

比叡山に残り大型モニターを見ていた人達・・・

沙希の次の言葉を息を呑んで待っていた。


「希望じゃ・・・・・・」


「希望?・・・・」

それは思いもよらぬ言葉だ。最高最悪の怨霊、藤原元方にいう言葉ではなかった。


「そう・・・希望。・・・この言葉、元方に最も相応しくない言葉じゃのう」


「だがな、元方・・・。これは事実なのじゃ。これをよく見ていなさい・・・・」

といって差し出した手の平に浮きあがる小さな赤い珠。その珠に光が増していく。


珠の表面に無数にはいるヒビ・・・・。

そこから光が四方八方に飛び出す。まるで栗のイガのように・・・。

そして・・・そして・・・その赤い珠が吹き飛んだ。


そこから赤いモヤが立ち上り、その表面に青白い電光が『バリバリ』と走っていく。

元方はあっけにとられていたが・・・だが段々と驚愕の表情に変わっていく。

目の玉が飛び出すような大きく見広げられた眼は信じられないものを見ていた。

その証拠にはあの元方の身体が『ガタガタ』と震えだしたのだ。


「ああ~」

と悲鳴のような叫び声をあげ、顔を背けようとするが どうしても視線を外す事ができない。

卑劣極まりない怨霊の姿とはどうしても思えぬ、この姿は一体・・・。


赤いモヤが段々晴れてきて・・・幼い女子と中年の女性が現われた。


「父上!」

そう呼ぶ少女は、元方の不注意で死なせてしまった娘のかほる姫。

つきそっているのは、自分の不注意を転化して切り殺した乳母のうずめ。、


「旦那様、お恨みもうしますぞ。

こんなに長くかほる姫を放って置かれたのはなぜじゃ。

姫様のお嘆き・・・転生もせず消えようとしたのは旦那様のせいじゃ」


「す・・・すまない・・・」

同じ霊だというのにこの怯えようは、元方が小心者だということが良くわかる。


「旦那様は姫様のことも、女の本質ということも何一つわかっておられぬ。

男の身勝手の塊のようなお方じゃ」


「すまぬ・・・すまぬ・・・わしは何ひとつ弁解などできない情けない男じゃ。

どうされようと、もう文句は言わぬ」

と言ったあとは妙にすっきりとした表情になる。


変わった・・・変わっていく。今までの邪悪さなどもうひとかけらも残っていない。


「元方さん・・・」

と沙希の話し方も変わった・

「元方さんもどうやら人としての心を取り戻したようですね。

かほる姫!あなたは長い間、お父上の悪行の数々を見ておられて絶望されたのね。

お父上をお諌めしたいが、もうお父上の心にはあなたがいなかった。

・・・・いや、思い出そうともされなかった。

絶望されたあなたは黙って乳母のうずめ様と共に消え去ろうとなされました」


「沙希姫様!父が私を冬の寒空の中を締め出されて死なせてしまったのは欲の始まりでした。

権政欲は留まることが出来ません。

あげくは御自分がおこなった裏切りで権力を失い、失意の中で・・・

人を恨みながら死んでいかれました。

父が怨霊として帝を呪っているとき、私は幾度も接触をはかろうとしましたが

徒労におわりました。一度逢った時に『何だ、お前は』と歯牙にもかけない言葉と

冷たい表情にはもう失意しかありません。

ただ心は空のまま消えるのを待っていたんです」


「す・・・すまぬ・・・すまない・・・・」

身体が自由にならぬまま身体を折ってしまう元方。


「私はただ・・元の小心者ですが優しい父に戻って欲しかった・・・・」

といってポツリとそういったが

「沙希姫様・・・・私は知りました。沙希姫様の身体に入り

あなたの優しい御心を・・・そして、まっすぐな強い御心も・・・

これから待ち受ける厳しい道なんかきっと歯牙にもかけないでしょう。

沙希姫様に比べ、私の情けないこと。

父を諭すことも、導くことも叱咤することも・・何もしませんでした。

したのはただ嘆き悲しむだけ・・・。

一番悪かったのは・・一番悪かったのは私だったのかもしれません」


「かほる姫。それでいいのですよ。

たった一つでも人の真理さえ判れば、あとはその道をまっすぐ歩くだけですよ」


かほる姫は黙って頷くと、元方の肩に手を置くと

「父上!・・私と一緒に行きましょう。

天に上って罰を受けるのです。私も同罪なのですから」


「わかりました。元方殿はかほる姫におまかせします。

藤原元方という怨霊は許すことが出来ませんが、

藤原元方というあなたの父上が天で罪を償うというのなら私は何も申しません。

ただ一つだけ、夢の中で人質だった女の子にあやまってくださいね」


「判りました」

「では、天に導きましょう」


天に向かって

「野分~」

と叫ぶ沙希。

すると『シャンシャン・・・・』という鈴の音が聞こえてはるか上方からなにかが

やってくる。

目を凝らして良く見ると真っ白な天馬が2頭かけ降りてくるのだ。


いきなり沙希の胸元に鼻面をこすりつける野分、本当に沙希のことが好きなのだ。

「うふふふ・・元気だった?野分!」


沙希の言葉がわかるのか2度3度と首を振る野分。

「あら、あの子は野分の恋人?」

その言葉に肯定とも否定ともつかなく大きく首を振って後ずさりする野分、

不思議だが恐れや敬いという感情が野分から流れてくるのだ。


その天馬は自分のことを言われているとわかったのだろう

ゆっくりと近づいてきて野分と同じように鼻面を沙希にこすりつけてくる。


「あなた、お名前は?」

と聞くが何の言葉も流れてこない、ただ沙希を見つめる優しさだけが溢れているこの天馬。

一瞬、遠い過去の懐かしい匂いが沙希の鼻先をくすぐった。


「不思議ね、あなたからはとても懐かしい記憶がよみがえる様な気がするわ」

といって鼻面をなでる沙希、厚い心の壁に遮断された天馬の心。それ以上のことは沙希はしなかった。


「そうね、初めてあったばかりだもんね。

名前が無いのなら私がつけてあげる。・・・あらし・・・そう、嵐がいいわ。

今の私の立場と同じだもんね」

と意味不明なことを言ってから

「野分、お仕事よ。あなたたち二頭でこの二人を天に連れて行って頂戴!」


やがて天高く舞い上がった二頭の天馬と悪しき怨霊であった元方・・・その娘と乳母を見送る沙希。

でもその心の奥の感情は誰にも気づかせはしない・・・・ただ・・・・・。


「やっと終わったのう、あきあ」

「あっ、晴明様。なんだかホッとしてこのままどこかに旅をしたい気分です」

「あははは・・・じゃがそんなゆったりした時は、お前のことじゃ当分は持てまい。

少しの時でもじっとしてはしていないあきあじゃからのう」


「晴明様!良く聞いていればひどい言われ方ですわ」

「あははは・・・許せ、これもこたびのこと何事も無く無事に終わったからじゃ」


「でも、晴明様・・・あの子達のことを考えると・・・・」

「そうじゃな、だが時が解決する・・・そう信じるのじゃ。

なにもかもあきあ自身が背負い込もうとするな。

心が硬くなると砕けてしまう。あせらずゆっくりと・・・じゃ」

そういうと清明は光になって天に帰っていった。


「あせらず・・ゆったり・・・・か」

そういうと思いっきり両腕を上に伸ばして伸びをし・・・

「う~~ん」

といってから今度は思いっきり力を抜く。


そして両手で顔をパチパチとたたくと

「あ~あ、なんだかスッキリしたわ。・・・さあ、帰ろう・・・・」


                    ★★★★


次々と降りてくる『ステーション』。

異次元での戦いを撮り終えたテレビや映画クルー達、

一仕事終えた満足感と充足感で足取りも軽やかだ。。

残っていたスタッフ達が私たちがしますからと機材を運び出すと

広場中央に用意されていた椅子にどっかりと腰掛ける

『ステーション』の乗員達。


一番最後には次元の扉を閉じた沙希が舞い降りてきた。

その沙希を取り囲むように迎えたのは役目を終え

今か今かと待ちつづけたセーラー服の女性達だ。

皆ワイワイと沙希に抱きついたり握手をしたりとお祭りのような騒ぎだ。


「さあさ・・・・みんな! もうその辺にしておかないと沙希ちゃん疲れちゃうわ」

そんな日和子の言葉に急におとなしくなった女性たち。

婦警はもちろんアメリカ軍の女性兵士もマスコミの女性記者も

テレビ局の女性スタッフも皆セーラー服ながら輪の中心にいる沙希を見つめる。

勿論、早瀬の女達しかりだ。


(私・・・この人と共に戦ってこの京都を守ったんだわ)

目の前の沙希の笑顔が急にかすんだ。涙が一杯になり泣き出した女性を

周囲の女性がかばいながらもその女性達もまた泣き出したのだ。


「あらあら・・・みんなどうしたの?」

そんな日和子の言葉に

「日和子叔母様!しかたないわ。皆・・・18歳の花もはじらう女子高生だもん」

という沙希の言葉につい笑ってしまう女性達。

これで蘇った若さも今までの年齢に戻ってしまうかと思うと少し残念な気がする。


輪の外ではうらやましそうな顔の瑞穂とゆりあ、

編集作業を一時ストップした小野監督、そしてジョージ・ルーク監督、

坂本竜馬や沖田総司などの天界の人々が見守っている。


三々五々にトレーラーハウスに着替えにはいる女性達。

セーラー服を脱げば元の姿に戻ると沙希に聞かされた女性達は、

どこで買ってきたのか使い捨てカメラを片手に自分たちの姿を撮り出した。

もうそこにはマスコミも婦警もアメリカ兵士もない・・・みんな女子高のテニス部なのだ、

こうして固まっては写真に収まる彼女たち。

その中で沙希はひっぱりだことなっていた。

同じファインダーの中に収まっているスーパーヒロイン、

彼女たちの一生の宝になるのに違いない。


こうして時は過ぎていく。


蓬栄上人たちは奥の院へ、天界の人たちは天へ帰った。

マスコミ陣や警察はあとのかたずけをしてから各々の場所へ戻る。

チリひとつない撤退をするのだ。

アメリカ軍の二台のヘリは基地に帰るため上空に消えていった。

なごりおしそうに沙希の手を握ってから強く抱きしめていたミランダ達、

この激動の一日は彼女達に何を残したのだろうか。


沙希はパトカーの後部座席に乗り込んだとたん奈緒にもたれかかるようにして

眠り込んでしまった。

「あらあら、すぐ着くというのに」

そういう奈緒の言葉に

「仕方ないわよ。大変な活躍をしてきたのだから」

という日和子の言葉にもう一度沙希を見つめる奈緒。


あどけない顔をして眠る沙希・・・その手には大事そうに一本のビデオテープが。

ん?・・・ビデオテープ?・・・・



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