表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/41

第二部 第九話


(小沙希ちゃん~・・・・・こさ・・・・・・き・・・・・・)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「沙希ちゃ~~ん・・・・」

「沙希!・・・・・・・・」


「あっ!・・・・これは!・・・・」

という声と共にパチっと目を開ける沙希。

視野には何人もの姉達の顔が沙希の顔を覗いてた。


「お婆ちゃま、沙希姉さんが目を覚ましたわ」

とひづるが叫んでいる。

「えっ?小沙希ちゃんが?」

とその歳でどこにそんな若さが残っているのか、

走りで隣りの稽古場から高弟をつれて大広間に入ってきた。


「小沙希ちゃん、よう目を覚まされましたなあ」

と大広間で寝ていた小沙希の枕元に座り、ホッとしたようにつぶやいた。


「下の病室に寝かせようと思ったんだけどまだ澪が帰っていなくて

お母様が心配だから目の届くところに寝かせておきたいっていうものだから」

と真理が祖母の横に座っていう。


「本当・・・心配したんだから・・・・」

杏奈が涙声でいった。

「杏奈ちゃんはずっと枕もとについていたのよ」


「京都府警の婦警さん達も心配されて全員残っているの。今、交代で下の温泉入って貰っているわ」

と今度は薫。

「日和子叔母様もこちらへ着いた早々、沙希が倒れたって聞いたから

急いで比叡山の仮設本部からとんで帰ってきたのよ。

忙しくてお風呂にも入っていなくて、今京都府警の婦警達と一緒に温泉に入っているわ」

と今度は奈緒。・・・と続けて

「森田さん!悪いけど下に行って飛鳥警視正に沙希が目覚めた事伝えに行ってきて

くれない?」

というと

「判りました」

と嬉しそうに襖を開けて出て行った。


しばらくするとこの大広間は入りきれないほどの女性で溢れた。

入れなかった人は廊下に座っている。

地下の病院の看護婦達や宿泊施設、娯楽施設や温泉等療養施設と

そこで働く早瀬の血を引く女たちや、早瀬一族に認められて働く女達が一堂に会している。

祇園の舞妓や芸妓も全て揃っているし、また、直接早瀬一族の長となる早瀬沙希に、

今世間で一番有名な天才女優日野あきあに会ったことのない女性達も大勢いた。

そして、自分達の頂点となる沙希を直接感じるためにこうしてここにいるのだ。


「お婆ちゃま」

と大広間に直接響き渡る良く通る声、鈴の音のような声とはよくいったものだ。

声の可愛らしさにゾクリと身を震わすものもいる。


そして・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「沙希!あなたが目を覚ます少し前、不思議なことがあったのよ。ねえ、杏奈」

と律子が言う。

「ええ、私達ここにずっといたので・・・はじめは目の錯覚かと思ったんだけど」

と隣りの吉備洋子に視線を移す。

「ええ、沙希の姿が2度3度ぶれたのよ」

と吉こと吉備洋子。

「でも、錯覚じゃなかった。少し前の沙希にはなかったわ。その背中の日本刀」

と順子が言う。

「何なのよ、沙希。この広間の隅で婦警の皆と仮眠していたけれど

皆の叫び声でとんできたら、あなたの様子がかわっていたわ。まずはその髪の鬢つけ油・・・・」

奈緒の言葉に添えて

「そうですよ、私達この部屋の布団にあきあさんを寝かせた時、

確かに私はあきあさんの今つけている陣八をはずして床の間においたんです。ねえ」

と婦警の葉月礼亜が返事を求めたのは京都府警の緋鳥礼子だ。


「わたしはその手甲・・・というのですか、それを外しました」

と沙希がつけている手甲を見てそう言い添える。


「誰か!床の間を見て!」

飛鳥日和子が声をかける。

「何も、おいてありませ~ん」

という声に沙希を見つめた日和子、

「沙希ちゃん。話してくれるわね」

「はい!」

と言って起き上がった沙希は背中の日本刀をはずして自分の左横に置いてから

正座をしなおした。

そして、皆の顔を順番に見つめてから視線を祖母の井上貞子に移す。

にっこりと笑った沙希は、

「お婆ちゃま、小沙希ただいま戻りました」

と驚くべき挨拶をして頭をさげる。


「戻りましたって、小沙希ちゃん・・・あんた・・・」

と驚く貞子に

「はい、無事に戻ってまいりました」

と再び言う。


「わかったわ、沙希ちゃん。あなたまた、どこかの過去に行っていたのね。

以前、平安時代に行っていたように・・・」

という飛鳥警視正の言葉に驚く婦警達・・・それと沙希のことを知らないここで働く女性達・・・

一瞬のざわめきも直ぐに静まる。皆その話の続きを聞きたいからだ。


「はい!・・・その前に・・・奈緒姉、これを私が使う事になるまで預かっていてほしいの」

と日本刀を松島奈緒警視にわたす。

「沙希!・・・いったいこの日本刀は何なの?」

「鬼切りといって過去に幾多の鬼を切ってきた名刀です。

でもある人の手に渡り”菊一文字”と名前をかえ、今度は多くの人の血を吸ってきたのです」

「沙希!ある人って?」

「新撰組一番隊隊長・沖田総司様」

「えっ?・・・あの有名な・・・」

「はい!」

「じゃあ、沙希ちゃんは江戸末期、幕末の世界に行ってきたのね」

と日和子がいう。

「そうです、ある品物を手にいれるため・・・」

「じゃあ、この刀がそうなのね」

「いいえ!」

「えっ?違うの?」

皆、身を乗り出すように聞いている。

幕末と聞いて何かを思い出した貞子は特に熱心に聞き耳をたてていた。


「私が手に入れたかったのはこれです」

と右手を差し出すと宙に現われた一本の横笛

「これは『翔龍丸』といいます。これは・・・」

と左手を出すと現われる『緋龍丸』

「この『緋龍丸』とはいわば平安の名工によってつくられた兄弟笛」

と話を切る。ママの真理がさしだしたお茶をおいしそうに飲んでから

「その『翔龍丸』はどこをどう巡ったのかは定かではありませんが

土佐の坂本家に鳴かずの笛として家宝にされてきました。

でも、竜馬という次男坊が絶対に鳴らすといって剣の修行のために持ち出したのです」


「その人も有名な坂本竜馬じゃない。あんた有名な人に2人もあって」

と律子がいうが

「いいえもっと会って来たわ。まずは私がお世話になった置屋の菊野屋の・・」

と聞いて驚いて立ち上がる菊野。

「ええそうよ。お母ちゃんのご先祖さまにお世話になってきたの。そこでもいろんな人に会ったわ。

花世ちゃんのご先祖のこれまた同じ名前の花世ちゃん」

「ええ~~」

と声を上げて立ち上がった花世、両手で口を囲んでいる。


「そうどす、花世ちゃん。幕末の花世ちゃんってまったく同じなんどすえ。

又危ないことをして・・・っていっぱい叱られてきました」

と京都弁に戻して笑う。

「そして幾松さん姉さん・・・」

「幾松というと祇園の名妓といわれた・・・あの桂はんの・・・」

「へえ、おばあちゃま。桂小五郎はんの奥様になられた幾松さん姉さんどす」

といってから

「そして真田屋の・・・」

「真田屋は大正のときに廃業されたんどす」

「幾松さん姉さんのライバルで親友どした千代松さん姉さん・・・

千代松さん姉さんは花江さん姉さん!・・・」

と菊野屋の花江を呼ぶ。

「えっ?」

と立ち上がる花江。


「千代松さん姉さんが転生したのが花江さん姉さんなんどすえ」

「ええ~~」

と愕く花江、だってそうだろう。今でも語り継がれる幕末の名妓とうたわれ、

幾松と争っていた真田屋の名妓千代松。

ふたりにはいろんなエピソードがこの祇園で知られているのだ、

その千代松が転生したのが自分だといわれて愕かずにはいられない。


「そして料亭玉屋の女将さんのお園母様」

「おお~玉屋といえば昭和の初期まで続いた名亭・・・そうどす、勝枝はん! あんたは・・・」

と平安期に日和子の乳母だったと晴明に教えられた玉井勝枝。

「へえ、うちの母の実家どした」

「ひぇ~、これは驚きどす。縁はどこまでも続くんどすえ」

「それはどういうことどす?小沙希ちゃん!」


「へえ」

といってから、横の日和子の顔を見てふっと笑う沙希。

「どうしたの?沙希ちゃん」

「だって、玉屋の女将のお園母様が転生されたのが日和子叔母様だもの」

「ええ~」

いつも冷静な日和子もさすがに声をあげて愕いた。

それよりもっと愕いたのが玉井勝枝だ。

平安期に乳母をしていたというだけでもありがたいのに

転生前とはいえ自分の実家なのだ。もうありがたくて声も出ない。


「それから・・・・」

と沙希の話が続く

「長州の桂小五郎様でしょ。

最後の日には道場で新撰組隊長の近藤勇様と副長の土方歳三様にもお会いしてきました。

他には相良新太郎というお医者様と・・・フフフ・・・

奉行所の同心で篠原源太郎様というおかしな人もいましたよ」


「その相良はんいうのは今この祇園では一番大きな個人病院どす」

「その病院ですよ。私達が研修にいっているのは」

というのは里から来た若い看護婦の候補生だ。

「へ~、あの相良新太郎はんの子孫の病院にどすか」

となんとなく頼りなげだった新太郎の姿を思い浮かべる。

「その篠原なにがしはんちゅうお人は知りまへんなあ・・・」


「お婆ちゃま、おかしなものねえ。私が幕末で会ってきた人って

ほとんどの人が今、何らかのつながりのある人ばかり」


「あきあさん!その人って京都奉行所の同心っていわれましたよねえ」

と京都府警の佐藤秀美が言い出した。

「ええ、そうよ。京都生まれなのに江戸で修行していたから、

べらんめえの江戸口調でね、面白い人だけど本当はとっても恐い人よ」

「もしかしたら、その人って江戸のお玉ヶ池の千葉周作って強い先生の

ところで修行したって言ってませんでした?」

「どうして、そこまで知っているの?」

「じゃあ、やっぱり・・・・」

「えっ?・・・」


「私どこかで聴いた名前だとおもっていたのよ。・・・そうか、牛尾さんかあ」

と西沢恵子が納得したように言う。

「牛尾さんがどうしたの?」

朴訥だがなぜか気になる牛尾刑事が頭に浮かぶ。


「その篠原さんって、牛尾さんのおかあさんの実家なんです」

「よく・・・いえ、毎日のように自慢を聞かされるんです。だから、名前も自然と覚えちゃいました」

と緋鳥礼子が笑う。


「剣の修行をしてから江戸の北町奉行所で同心をしていたくせに

今度は京都の奉行所に鞍替えした変な人だって」

「でも京都府警を創設して初代署長になったのは、うちの曽祖父だって自慢してました」


「そう・・・・牛尾さんの・・・源太郎様って江戸っ子気質でさっぱりしていてそれで悪戯好きなの」

と思い出すようにいう。


「それで沙希!さっき言った道場って何?さっき道場って言って少し口篭もった

ようだけど」

「さすがは奈緒姉、よく観察してるわ」

「ごまかさないで!・・・ねえ、沙希、道場で何をしたの?・・・・・・まさか!」

「ごめん!・・・奈緒姉が思っている通り・・・」

「じゃあ、沙希はあの沖田総司と試合をしたっていうの?」


大広間に

『え~~~』

と叫び声が・・・・・。

「そう、やむをえなかったの」

と沖田の延命を目的として立会いをしたことを話す。

しかも沖田はその菊一文字という真剣で、沙希は鞭という変則な形での立会い。

皆はドキドキして聞いている。

結局、立会いは沙希が沖田を倒したと聞きホッとしたが

一方、天才剣士・・・剣の鬼と言われている沖田総司を破った沙希は

一体何なのだと特にそういう訓練を欠かさない婦警達は改めて沙希を見つめる。


最後に天才の剣を肩先に受けたと聞き、あわてて沙希の身体をさする祖母に

「大丈夫よ、お婆ちゃま。うちにはこの子達がついとるんどす」

と曲げた腕を少し横に広げると沙希の身体が光だした。

目が眩むほど眩しさがすーっと消えたあと、何かが沙希の身体の回りをうねりながら

とびまわっているものがある。大広間の遠くでは良く見えないが

近くにいる天城ひづるが頓狂な声で

「あっ!龍だ!・・・龍だ!・・・可愛い・・・」

という大きく叫んだので何がいるのか判ったのだ。


「小沙希ちゃん!・・・その龍は?・・・」

「へえ」

と語ったのが鳴かずの笛といわれた『翔龍丸』に音を与えるときの苦しみだ。

油断をすると『翔龍丸』『緋龍丸』に潜む龍に身体の中から喰われ命を落とすと

聞いたとき、横笛という音曲の道具にもそんな恐ろしいものがあるのかと

貞子は青くなったが、今度は音を出すことによって命を守る鎧になると聞きホッとする。

でも、もうドキドキの連続なので一言言っておこうと

「小沙希ちゃん!あんたには仏様が守っておられる。

だから最近は心配しないようにしてたんどす。

でも今度はあんまりどす。沖田はんと勝負したり、この笛のこととか・・・・もう我慢できまへん」

と完全に祖母を怒らせてしまったようだ。もう二コリともしない。


そして

「幕末に行って皆はんの目が離れたことで自由にしてたんではおへんか?

・・・さあ、正直にいいなはれ。皆さんに聞いてもらいましょ」

と強い口調でいう。


「自由にしていたなんて・・・それはお婆ちゃまの誤解どす・・・・実は・・・・」

と話したのが世話になった置屋の菊野と幾松そして花世にこの現代と同じように

叱られ監視されていたことだ。途中から真田屋の千代松までが加わったおかげで

自由にはならなかったと答える


「おほほほ・・そうどすか。

いつの時代のお人でも小沙希ちゃんの傍におると同じ心配させられるんどす。

だから小沙希ちゃんを叱りながら絶対に自由にしとかれへんのどす。

・・・・・・・で、何をしたんどすか?」

何もかもお見通しのようだ。

「あのう・・・京に入る坂本竜馬様の目を引こうと少し京の町を騒がせました。

おかげで坂本様にお会いできたんどす」

と胸をはったが、祖母にはそんなもの通じない。

「小沙希ちゃん!もう怒らへんから言うてみなはれ」

「はい」

と語ったのが京を騒がせた食い詰め浪人の『鬼面組』を『鞍馬天狗』と

名乗ってぶっつぶしたこと。でも本当は新撰組を襲おうとしたが

舞妓の鈴音を騙した男が鬼面組に引き渡そうとした現場に行き合わせた事から

怒り心頭して鬼面組をぶった押したというのだ。


そして、酒に酔った浪人が玉屋の女将と仲居を追いかけ、狼藉しようとしたのを

沙希が倒した事を話した。しかも大勢の見物の中、舞妓ちゃんの姿で・・・。

「沙希ちゃんに幕末でも助けてもらっていたのね」

と日和子。


「でも傷ひとつつけてまへん。鞭でツボをついて身体を動かなくさせたんどす」

そして真実を言わなければ気絶するほどの痛みが襲うというと

「沙希ちゃん!それは東京での銀行強盗を捕まえたあの方法なの?」

「はい」

「あのあと、あの強盗はね。刑事達の取り調べに最初こそ痛みに泣きながら

否認していたけれど、最後にはスラスラと白状したのよ。

刑事達が皆感謝していたわよ。こんな楽な取り調べはなかったって・・・。

おかげで拳銃密売組織も一網打尽よ」


「私、相手がいくら悪党だって殺したり身体に傷をつけたりするのって

嫌なんです。だから私にはあんな方法しか取れません・・・・」

「小沙希ちゃんは優しいから・・・・」

という祖母の顔は一変して沙希を慈しむような笑顔で見ている。


「沙希ちゃん、それでいいのよ。あなたが取る方法が一番なのよ」

と日和子もあたたかく沙希を見守る。


「ねえ、沙希!向こうへ行っていたのは何日間なの?」

「3日間よ」

「こちらでは3時間だけよ」

「でも里では数分間が平安時代で10年間だったもの」

「ああ、そうだったわねえ」


「小沙希ちゃん!小沙希ちゃんは幕末でうちにきましたえ?」

と祖母が聞く。

はっとして沙希と師匠を見つめる高弟達。はっとするのは沙希だって同じだ。

「どうしてわかったんどすか?」

と聞く沙希に、

「やっぱり!」

と納得する祖母。


「うち、置屋のお母ちゃんに坂本様を探すためにお座敷に出るいうたら

そのままでは出られへん。京舞のお師匠様に許可を得る必要がある言うて

この家に連れられてきたんどす。ここでお婆ちゃまのお婆ちゃまと

お母様である祥子様、そして高弟の方々と会ったんどす」


「うちお母ちゃんが亡くなる前に一度だけ聞いたことがあるんどす。

『うち小さい時から舞を懸命に修行しました。

でもあの時以来、うちはあのお人を目標にするようになったんどす。

あのお方は仏をうちに秘めた素晴らしいお方、

結局うちはあのお方のようにはなられへんかった。

でも、貞子あんたは違う。あんたはあの方に最も近い人やだから今から精進しとくんや、

あの方があんたの前に現われた時、あんたは舞の高みにおる必要がある。

・・・うちは見たかった。あの方が玉屋で見せた舞の舞台、本当に見たかった。

その場にいた舞妓ちゃんや芸妓はんに何度も何度も舞台の様子を聞きました。

もう見たくて見たくて居ても立ってられんようになったんや。

あんたは幸せもんやで、その舞台見ようおもたらいつでも見られるんやから・・』

という母の言葉・・・これ小沙希ちゃんのことどすな。それから

『貞子』ええ名前どっしゃろ。これあの方が教えてくれた名前なんや』

そうも聞いたんどす」


高弟達は驚いたように沙希をみつめる。

師匠の母の祥子師匠は京舞『井上流』の天才と言われた方だ。

その祥子師匠からあの方と呼ばれ目標とされた沙希姫様。・・・何か感動を覚える。


「小沙希ちゃん、そのお座敷って何どす?そこで開かれた舞の舞台って?」

「へえ、うちの初めてのお座敷どした。嵯峨美屋はんいうお人に呼ばれたんどす」

「嵯峨美屋はんといえば今も続く薬師問屋はんえ」


「そのお座敷で始ったんが『菊野屋』と『真田屋』の芸事合戦なんどす」

「芸事合戦?」

「へえ、みんな舞を舞って競いあうんどす」

と『真田屋』から始った芸事合戦の様子を語る。

芸妓の舞と舞妓の舞・・・それぞれの舞は客によって温かい拍手が送られる。

沙希が小沙希として最後に舞った『菊野屋』の舞妓達の舞、

あまり自分のことを話すのは嫌だったが、ここは正直にあったことを話さなければならない。


舞ったあと直ぐに言われた千代松の

「小沙希ちゃん、ごめんやけど、あんたの・・・あんた1人の舞を見とうおす。

出きれば鳴り物もない、素の舞を・・・・これは、舞の修行をするうちの我儘かもしれまへん。

でもどうしてもあんたの舞が見てみたい。

欲・・・・そううちの舞に対する欲どす」


「ほう、千代松はんにそんなこといわれたんどすか」

「はい」

「他には?」

「はい」

「千代松だけと違います。うちも見てみたい。

お侍5人相手にあんな強かった小沙希ちゃんどすが、あの勝負のとき

小沙希ちゃんはまるで舞いを舞っているようどした。

舞を見てみたい。一度は舞を目指したうちの欲どす」

と今度は玉屋の女将のお園。

そして

「小沙希ちゃん!うちもそうえ。昨日、井上のお師匠のところで

小沙希ちゃんの舞見せてもらいました。

でも、もっと見ていたい。これもうちの欲どす。

きっとお師匠様や祥子様、高弟の皆さんも同じどす。

一日中、あんたの舞を見ていたい。

この目に焼き付けておきたいんどす。・・・・なあ、みんな」

と幾松に続いて花世が

「うち達、小沙希さん姉さんと舞ってみてよく判ったんどす。

うちらは素人で小沙希さん姉さんは本当の名人や・・・て。

だって、うち等4人の舞をたった一人であんなとこに引き上げるなんて

ただごとやおへん。小沙希さん姉さんはきっと舞いの神様なんどす」


それから客である嵯峨美屋の

「ちょっと、ちょっと。・・・・・わてにも言わせておくれ。

芸妓同士の舞は甲乙つけがい勝負でした。悪いが真田屋の舞妓達の舞は論外、

でも菊野屋の舞妓のはもう別物だす。わては舞など習ったこともないし

細々したことはわからん。でもわてには自慢することがある。

見るちゅうことにかけては専門家なんだす。

ここにいる江戸からみえられた方々も同じだす」

「そうじゃ」

「言われるとおりじゃ」


「小沙希、言われましたなあ、あんたは、わてから見てもただものやおへん。

そんなあんたに今日逢えたのはわての幸運だす。

ぜひわて等にもあんたの舞をみせておくれやす」

といった言葉を声が小さくなりながら恥ずかしそうに言う小沙希。


「ほう、嵯峨美屋はん祇園にかなり通われておったんどすなあ・・・。

で小沙希ちゃんは舞いはった・・・そうどすな。うちも見たい、見とうおます」

そう言うと

「お師匠様!時間が・・・」

「いいや、時間なんて関係ないんどす。あんたらも見とうないんか?」

師匠にそういわれて、戒めようとしていた高弟達であったが

ぐっと言葉を飲み込んでしまった。見たい!・・・見たい!・・・

本当は誰よりも見たいのだ。師匠の言葉でタガが外れたように自分達の沙希姫を見つめる高弟達。


困ったように日和子を見る沙希、

だが、日和子は転生前の自分が言った言葉を噛み締めていた。

だから、つい頷いてしまったのだ。

本当は警察官としてはゆっくり温泉に入らせてから比叡山の前線本部で

これからの方針を決めらなくてはならないのに・・・

だから隣りで驚いたような奈緒の表情に仕方なく

「ごめん!」

とちいさな声で謝った。でもその言葉に反応したのは沙希だった。


「叔母様!大丈夫よ。舞台はそんなに時間がかからないし、

あと皆に聞いて欲しい事があるの。それから行けば間に合うし、

さっき式に比叡山と晴明神社を見晴らせに行かせましたから」

と聞くとホッとする。さすがである。何もかも素早い反応・・・安心をする。

すると今度は違う心配が出てきた。


(聞いて欲しい事って何なんだろう)そんな事を心配する自分に苦笑いだ。


                    ★


お稽古場は大広間より少し狭い、だから大広間に入りきれなかった人間が

お稽古場に入りきれるはずはなかった。

だから地下からパイプ椅子を持ってきて中庭に並べた。


みんなの目が自分に集まる。急にカァッと身体が熱くなる。

いつもそうだ。舞い始めは心臓が爆発しそうになる。


「ちょっと待って!」

と祖母が声をあげた。

「小沙希ちゃんが1人で舞う前に、4~5人の舞妓ちゃんと舞ってほしいんどす」

と舞妓の名前を呼び始めた。

「初枝!・・・・貞奴!・・・小夏!・・・小菊!・・・豆奴!」

呼ばれた舞妓は驚いたように立ち上がる。

この舞妓達、実は貞子から見れば今のところお手上げ状態の実力なのだ。

置屋もバラバラで話もしたことのない舞妓達だ。


仕方なくゾロゾロと舞台に上がる舞妓達、小沙希も彼女達と同じように

髪を結い浴衣姿なのだが、なぜか小沙希だけに視線がいってしまう。

少し動いただけで、もう釘付けになってしまう。同じ舞妓でこれだけ違うのか。


貞子の希望の舞の音曲が流れ出した。

舞い始ると・・・凄い!小沙希の舞は全く次元が違う・・・・

そして他の舞妓はというと・・・・えっ?・・・・これがあの舞妓ちゃん達?

小沙希は舞の高みをぐんぐんあげる、そして他の舞妓達もそれにつれて舞の質が変わっていく。

高いところでの舞、彼女達が属している置屋の女将や芸妓、他の舞妓達もあっけにとられているのだ。

そんなはずはない舞の実力、女将達がこうなってほしいという状態の遥か上で舞っているのだ。

舞が終わった。崩れ落ちるように座り込む舞妓達、自分達が何をしたかちゃんと判っているのだ。


きちっと座って挨拶してから

「小沙希ちゃん、ありがとうさんどす。うち達舞ってこんな凄いものかって初めて知りました。

これから精進しますよって、時間があったら一緒に舞っておくれやす」

と小沙希にむかって頭を下げる。


「そんなあ・・頭をあげておくれやす。時間があったら又一緒に舞ましょ。

うち約束しましたえ」

「やったあ」

と飛び上がる現代っ子の舞妓ちゃん。


「知りまへんどした。うち、小沙希ちゃん1人だけにお稽古つけておりましたさかい。・・・

他の子と一緒に舞わせたらみんな凄い舞を舞うようになるんどすなあ。

それを身体に覚えさせたら、うちはもう左団扇どすえ」

と笑う。


その間に舞妓ちゃん5人は舞台を下りた。でももっと小沙希にちかづいていたいと

思ったのか舞台袖で立って見ているのだ。


小沙希の1人舞いが始った。いきなり釘付けになってしまう。

まさか?・・・・舞台上に座り込んだ小汚い格好の・・・今では見かけぬ琵琶法師に変身した小沙希。

その琵琶が鳴らされ、よい声の謡がはじまった。

その内容はある日公家の御曹司が桜の木の下でうたた寝をしたことが

きっかけとなる。その美男ぶりに惚れた桜の精が乙女となって姿をあらわし

その御曹司に恋を告白するが、女達に追い掛け回され食傷気味の御曹司。

適度な受け答えであしらわれたことから、桜の精の恋のアタックが始まるのだ。

最後は悲恋に終わるが、これは絢爛豪華な平安絵巻であった。


いつの間にか琵琶法師の姿が凛々しい公達の姿に変わり男舞が始まっていた。

どこでどうなっているのか、舞台上では1人で舞いながらも

琵琶は鳴り続け、謡も終わらない。いつのまにかその背景には・・・

公達姿の舞の中に女達があらそって恋に血道あげる姿や嬌声が聞こえるのだ。


やがて舞台上には何もないはずなのに1本の満開の桜の木が・・・・

その太い幹の後ろに回った公達が次に姿を現したときは

美しい桜の精に変わっている。勿論、舞うのは乙女の女舞、

恋しい公達を想って切々と舞い上げるその姿にはおもわず涙が・・・

風が誘う桜の花びらの落花舞・・・・舞台上に・・・そして見物の中に・・・


「桜の花びら?・・・・」

転生前の千代松がそうしたように『菊野屋』の芸妓花江が差し出した手の平、

その上に一片の桜の花びら・・・・それも淡雪のようにスーっと消えていく。

夢か幻か・・・・


桜の精の切々たる想いが舞となって公達にとどけられるが・・・・・

やがてそれも人とは相容れぬ・・・つくも世のしきたりなりき・・・

桜の精の想いを受け入れた御曹司も激しい恋に病み疲れ、

死の床についてしまう。

・・・・そして、桜の花が最後となる夜。


渾身の力で桜の木の元へ・・・・愛しい人の亡骸をその身体で覆う桜の精。

残ったのは枯れた桜の木と御曹司の亡骸に覆い尽くす一面の桜の花びら・・・

こうして舞は終わった。


「凄い!・・」

そんな言葉しか出ない。

置屋の女将や芸妓・舞妓達はよく歌舞伎を見に行く。贔屓の役者もいる。

でも今見た舞台はそれ以上だ。何も舞台道具もないのに

確かに見えた桜の木や背景、それに華やかな女達。

もう見とれるだけだ。こういうことに関係のない看護婦や婦警達も呆然と見ている。


「沙希って本当の役者なんだわ」

と天才女優がうらやましげにため息をつく。

この狭い稽古場が大きな舞台見えたのは沙希だからだ。

しかも、日野あきあという女優ではなく、ただの舞妓の小沙希としてだ。


「お婆ちゃま・・・」

「小沙希ちゃん!いいものを・・・凄いものをみせて貰いました。

でも、小沙希ちゃん。この舞、まだまだ続きあるようどすなあ」

「へえ、これは桜の精どすから春の巻どす。

四季の長さにあわせて舞が作られてあるんどす。時間として約2時間どす」

「それ、1人で舞うんどすか」

「へえ」

「でもこんな舞少しも伝わっておらんのが不思議どす」

「この舞は御所の舞姫、那賀杜姫ながとひめ様がうちのために創ってくれました舞なんどす。

うちもこれを舞ったのが御所で帝の前と幕末だけどした。そやから3度目なんどす」


「3度目でこの舞どすか?・・・・」

「へえ」

「あんたって子はもう・・・うちのお母ちゃんが小沙希ちゃんの舞が見れなかったと

口惜しがる気持ちわかります。一度でもあんたの舞をみたらもう

2度3度見たい欲求が高まってくるんどす。

なあ、小沙希ちゃん・・・お願いがあるんやけど」

「へえ、なんどすか?」

「この舞をフィルムに残してくれまへんか?」

「フィルムに?」

「あんたの知り合いのあの小野監督に頼んでもええ。費用はうちが出すさかい」

「お婆ちゃまが?」


「沙希ちゃん!やったらいい・・・いいえ、そうすべきだと思うわ」

と早乙女薫がいう。

「私もそう思うよ、沙希ちゃん。舞に何の関係もなく興味のなかった私でさえ

沙希ちゃんの舞なら何度も見ていたいもの」

と圧絵がいう。

「沙希姉さん、わたしもそうわ。沙希姉さんの舞をビデオ持っていたら

何度も見たいわ。映画やドラマそれにアニメなんかよりもずっと迫力があるし面白いもの」


「面白い?」

「うん、だって沙希姉さんが役になりきっている人がいろいろ見えるし

それがどんな場所なのかよく判るんですもの」

「順子!あんたの出番よ」

「ええ、わかったわ。小野監督に伝えます。

・・・おばあ様、費用のことは心配いりません。うちで出します」

「でも・・・」

「いいえ、これは沙希のことなんです。場所は南座・・・

借りるのは1日でいいわね。沙希!お客はどうする?」

「出来ればたくさん居たほうが・・・・いえ、舞台装置はなくていいわ。

音はそうねえ、九条麗香さんに謡を手伝ってもらいましょう」

「麗香さんを?」

「ええ」

なぜか判らないが沙希のいうことだ。全てメモしてマネージャー達に

目配せして立ち上がろうとした順子に

「順姉!そして皆さん少し待って下さい」

と舞台上から声をかける沙希。


皆が座りなおすのを待って

「私、まだ大事な事を皆さんに報告していません。私・・・・結婚しました」

「えっ?結婚・・・・・・え~~~まさか・・・」

驚きの声がそこかしこから上がる。

「小沙希ちゃん!・・・・結婚って・・・あんた・・・・」

律子さんはどうするの?・・・・と声にださないが咎めるような目で沙希を見る貞子。


「勿論、幕末で・・・・です。たった一夜だけの夫婦でしたが

その前の日に・・・・・・・・・・・・・・・・・」

と祇園近くにある剣術の道場主の結城弦四郎と師範代の娘である和葉、

そこに前日盗人を捕まえた気功というものを教えに行ったときのこと。

早瀬沙希太郎という若い剣士に姿を変え篠原源太郎の仲立ちで

気功を教えていた時のこと、沙希は気がつかなかったが娘の和葉が沙希太郎に

惹かれていくのを何もかも見ていた幾松。


彼女が玉屋のお園と千代松を仲間に婚礼の場を準備し、

それぞれの想いを打ち明け、一夜だけの夫婦のために婚礼を上げてくれたことを打ち明けた。


たった一夜の契り・・多くの人の好意でできた夫婦の関係は多くの感謝を産んだのだ。

「彼女はその一夜で女を捨てました。・・・・そして母になったのです。

私には聞こえました。とっても不思議なことでしたが、

二つの鼓動が和姉のお腹から聞こえてきました」

「和姉?・・・沙希!あなたは和葉さんをそう呼んだの?」

「はい」

「そう・・・・」

と寂しそうな律子。


「私が幕末で会った人、今の世でなんらかの縁があるって先ほどいいましたよねえ」

「ええ、私が玉屋さんの女将であるお園さんの転生したってこともね」

「はい!日和子叔母様」

とにっと笑う。

「えっ?まさか?」

「そうなんです。和姉が転生したのは・・・・・律姉!あなたなのよ」

「えっ?私が?」

「そうよ」

「わたしが和葉という人で沙希と結婚した?・・・そして子供を産んだ・・・の?」

見つめる律子に沙希がうなずく。


「小沙希ちゃん、確か祇園の近くの結城道場いいましたなあ」

「はい、昔は○○町といったところどす」

「誰か・・・」

と言いかけたがさっきの玉井勝枝と山野葉志保が手をあげる。

それと多くの置屋からも手があがった。


玉井勝枝が

「結城家はうちの実家とつながりがあるんどす。

なぜかうちでは結城家を見守っていくよう遺言されるんどす」


「それは和姉とうちの子供を見守っていくよう玉屋のお園母様が

遺言されたんどす」


山野葉志保は

「うちは結城家の隣りなんどす。結城家の双子の片方のお嬢さん、

うちがお乳あげたことあるんどすえ。いえ、今のお母さんが赤ちゃんのときどす。

あっ・・・・」

と今気づいたかのように

「では今の結城家は沙希姫さまのお血筋。うちは前世で沙希姫さまに・・

そして又今、沙希姫さまの御子孫にお乳をあげたことになるんどすか」

と飛び上がった。


「うち達もどす。なあ皆さん」

と声を上げる置屋『菊野屋』の女将菊野。沙希のことになると夢中なのだ。

今聞けば、この祇園の花街で代々言い伝えられ守ってきた

結城家の四季のお祭り詣出は、

沙希の血を引く子孫を見守るためと知れば1度も欠かさずやってきてよかったと思う女将達。


「志保さん!」

「はい!今、双子言いましたね」

「はい、不思議なことに結城家は双子しか産まれないんどす。

しかも男と女の珍しい一卵性で、それにどうしたわけか当主は女の子が継いで

男の子は家を出るんどす」

というと

「うちと和姉に出来た子も双子どした」

「じゃあ・・・・」

「へえ、うちの血を継いだら双子が出来るかもしれまへん」


「あっ!・・・・沙希姫様」

「どうしたんどすか?」

「今日の新聞にお嬢様の希佐ちゃん出ているんどす」


「えっ?勝枝はん!早うその新聞を持ってきなはれ」

と流行る気持ちで祖母がそういうと急いで出て行く勝枝。

小沙希の血を引き、この祇園の女達が守ってきた家族となればいわば貞子の血筋、

人事ではなくなる。


「結城の家のお嬢さん。希佐さん言われるんどすか?」

「へえ、それが?・・・・・・」

「おかあさんの名前は?」

「希美子さんいわれるんどす」


「和姉は、うちとの約束を守ってくれたんどすなあ・・・・」

「えっ?」

「自分の子供に・・・うちの沙希の一文字をつけるいうて約束したんどす。

それとうち、いつ曾孫、玄孫がうちを訪ねてきても直ぐわかるよう、

和姉にうちとの証として・・・・律姉!私が里で採れたダイヤを指輪にしたでしょ」


「あっ、私の高校時代の親友のジュリーデザイナーに細工してもらった指輪・・・」

「ええ、あれを和姉に渡しておいたの。

代々伝えそして、私の時代がきたらその指輪を持って尋ねてきてほしいって・・・」

「でもあれって凄いダイアモンドでしょ。何かあったら大変じゃない?」

「だから術でガラス細工にしか見えないようにしておいたの。勿論、和姉の目の前でね」

「そうなの・・・わたしに転生前の記憶が残っていたらなあ」

「それは仕方がないことだわ」


こんな会話を誰一人聞き逃すまいと一生懸命聞いている。

だってそうだろう、こんな不思議で心躍る話はそう聞けるものではない。

なにしろ肝心な主役が今世間の注目の的のあの日野あきあなのだ。


「さ・・・沙希姫様・・・これでございます。希佐さんが載っている新聞は」

と勝枝に渡された新聞を見る沙希、そして声に出して読む。

「京都府主催の剣道大会の学生の部において、並み居る強豪達を次々倒し

優勝を攫ったのが私立祇園学園1年の結城希佐さん。

小柄でほっそりとした美少女、彼女のしなやかな動きは、溢れるばかりの才能がなせる技、

今後の期待の星である」

その時

「あっ!」

と声を出したのは京都府警の西沢恵子。

「私も一般の部に出場して優勝したので学生の部の優勝の彼女とカメラに収まりました」

「もう!恵子ったら・・・どうして早く言わないのよ」

「ごめん!ボケッとしていたの」

「ふふふ・・・緋鳥さん、そんなに怒ったら恵子さん可哀相よ。

さっきから心ここにあらずってね。心配なんでしょ・・・・」

「えっ?」

「う・し・お・さん・・・」

カアーっと顔が見る見る真赤になって両手で顔を隠して

「知らない!・・・あきあさんのいじわる!」

といってしゃがみこんでしまう。

「あ~あ、これが20を過ぎた女の反応かしら」

と同僚の佐藤秀美の言葉が笑いを誘っていく。その上に沙希のこんな言葉が・・・


「若いっていいわね」

その言葉にすかさず

「沙希の馬鹿!あんた一体何歳のつもり?・・・あんた、まだ16でしょ」

と順子の言葉が飛ぶ。


「いけない!・・うち、幕末へ行ったりうちの子供や子孫のことが

ずっと頭にあったもんだから、自分の歳わからんようになってしもた」

と言ったものだから、みんなげらげら笑い出した。


そのとき又、運命の歯車が絡み合って沙希に身の上に、新しい光が差し込んできた。


客が来た様子なので応対に行った高弟の一人が走って戻ってきた。

「何事どす、あんたがそんなに慌てて・・・皆さんの前どすえ」

と叱るが

「今、結城希美子さんがお嬢さんを連れられて志保さんを訪ねて参られました」

みんなの視線が山野葉志保にそそがれる。

慌てて立ち上がる志保、舞台上から沙希が声をかける。

「志保さん!ぜひともあがってもらってください。そしてここに・・・」

というと頷いた志保が落ち着くように深呼吸をして部屋を出て行った。


「沙希ちゃん!私達席をはずしましょうか?」

沙希はそんな心遣いに感謝をしながらも

「日和子叔母様ありがとう、でもそんな心遣いは無用にしてください。

私のことは全て・・・少なくともここにいる皆さんには知っていてほしいんです」

とにっこり笑う。

「私達もいいんですか?今日会ったばかりなのに・・・・」

と婦警達が聞いた。沙希は何もいわずただ頷いた。


「どうぞ、こちらです」

と志保の声が聞こえてきた。

誰もがはっと息を呑む。


一方結城希美子も希佐も大勢の女性達の視線を浴びて驚いて立ち止まった。

よく見ると知った顔がかなりいる。


「そんなところで立ち止まらずにどうぞ入ってください」

たった一人舞台にいる舞妓さんが声をかける。

日本髪に浴衣姿という簡単な衣装、それもまだ若い、娘の希佐と同じぐらいか。

なんだか視線がその舞妓さんから離れない。

濃い舞妓化粧なので素顔がはっきりわからないがその美しさには言葉もない。

よく見るとどこかで見た顔なんだが。


最近希美子の身体の調子が思わしくないのを知った、お隣りの志保の強い勧めでの訪問だった。

なんとなく来て見たのはいいけれどこんな場での訪問に身の置き所がない。

でも舞台からの優しく温かい視線には何だか心が騒ぐのだ。


志保の案内で開けられた席に座った希美子、周囲に頭を軽くさげて挨拶をする。

そして、自分の直ぐ隣りを見たとき唖然と・・・いやそんな驚きではない。

この家はその人の家だとわかって来た。

チラッとお姿を拝められたらいい・・・そんな軽い気持ちだった。

でも・・・その・・人間国宝の井上貞子先生が肩が触れるぐらい隣りにいるのだ。

それに路傍の石ぐらいの他人なのにこの温かい笑顔は何なんだろう。


だが希佐はそんな母の戸惑いは全く知るよしもなかった。

希佐は舞台の上の舞妓さんに懸命に視線を注ぐ。あのドラマ以来関心を持つようになった。

新聞や週刊誌まで切り抜きストックしている。映画の前売り券も買った。

どうせCGや特撮とは思うけど、そう言い切れないものをあの女優さんは持っている。

本物の天才なんだと思う。あの舞妓さん、その女優、日野あきあにそっくりなのだ。


そんな懸命な瞳を沙希は受け入れ、そして見つめかえし微笑んだ。

「どうしたんどす?そんなにうちを見つめて・・・・」

「あっ!ごめんなさい。そんなつもりなかったんです。

でもあなたがある女優さんにそっくりだから・・・・」


「そっくり?誰なんどすか?」

沙希のソラットボケた返事に『プッ』と噴出すが、何故かみんな涙を湛えているのだ。


「私の大好きな女優さんなんです」

「誰なんどすか・・・お願い!・・・教えて!」

と胸の前で手をあわす沙希。


「日野あきあさんです」

「日野あきあ?」

「あら、知らないんですか、今一番有名な女優さんなんですが」

「ごめん!・・・うちなあ、今舞の修行に一生懸命なんで世間の事気にしてる余裕がないんどす」

「あっ!ごめんなさい。・・・そうですね、舞妓さんも修行するんですよね」

「でも希佐さん。これあんたのことでっしゃろ。優勝なんて凄い!」

と希佐の載っている新聞の記事を指差して言う。


「いいえ!私なんかまだまだです・・・・それに私には目標にしている人がいるんです」

「誰どすか?宮本武蔵はんどすか?」

希佐は首を振る。

「じゃあ、柳生十兵衛はんどすか?」


「ううん、私が目標にするのはそんな有名な人ではないんです。実はわたしのご先祖様です」

「ご先祖様?」

「ええ、そんなに昔ではないんです。幕末のころの人なんです」


『はっ』とした沙希、思わず皆も息を呑む。

「そ・・その人・・希佐さんが目標にするような強い人なんどすか」

「そうなんです。世に隠れた名人はいるっていいますよね。

その人、旅に出る前にうちの道場であの新撰組で有名な沖田総司と試合をして勝っているんですよ」

「沖田総司はんに勝っているんどすか・・・それで、その旅っていうのは?」

「ええ、沖田総司に勝つには勝ったんですが、

最後にスッと肩先を切られたのが我慢できなかったんじゃないんですか・・・

ホントは訳はわかりませんが試合をしたその日に武者修行の旅に出てしまったんです」


「でもそんな話よくご存知なんどすね」

「ええ、うちには幕末のいろんな人からの手紙が残されていますから。

みんなその人に関する手紙なので私想像しちゃったんです」


「読んでみたい!・・・・・・」

「えっ?」

「いえ、なんでもないんどす。それでその人のお名は?」

「早瀬沙希太郎っていうんです。世の中では知られてませんけれど

私のご先祖様は凄く強い方だと信じています」

そう誇らしげに言う希佐。


もう言うべき言葉はなかった。名乗りたい!・・・でも言える事柄ではない。

希美子のほうから言ってくれれば別である。

でも、もう何代も様変わりしているのだ。信じろと言っても無理な話だ。

二人の会話を聞いている女性達

「読んでみたい!」

確かに沙希はそう言った。沙希の心の中の底の底が伝わってくるようだ。


そして・・・・・それは・・・・・・希美子も聞いてしまった。

「読んでみたい!」

とその切実な想いがはるか昔から時代を超えて希美子の心に伝わってくる。

そんなこと決してあり得るものではなかった。でもその瞳が語っているのだ。

希美子自身、娘の希佐に全てを伝えていた訳はなかった。手紙も全てを見せてはいなかった。


だから希佐は母親がしている事が奇異に見えて仕方がない。

気が触れたのかとその目を見る。でも目は生きていた。

いや、その懸命の表情には近寄りがたいものがあった。


希美子は舞台に向かって左手の甲を向けた。

肌身はなさず身につけている代々伝わってきた指輪を見せているのだ。


舞台の舞妓はというと立ち上がって印を結ぶ。

「『臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前』」

と九字を切り

「ナウマク・サマンダ・バザラ・ダンカン」

と真言を唱えると指先から紫の淡い光線が出て指輪を包み込むと

指輪のガラス玉が膨張しだして、そして最大になったとき

『パリン』とガラスの板が粉々に割れた。

その中からまばゆい光を発するダイヤモンドが現われたのだ。


舞妓がおこなった不思議な術、そして闇の中からいきなり飛び込んできて

舞妓の周りを飛びつづける4つの光・・・+沙希の式神だ。

静かだった見物の女達の動きが活発になる。


何事があったのだろう。希佐は女達の動きを追った。

だからその時初めて制服の婦警さんがたくさん混じっているのを知ったし、

大勢の女達の中に有名人がいるのを見つけたのだ。

早乙女薫、大空圧絵、天城ひづる・・・いづれも日野あきあと共演する女優達だ。


「じゃあ、あの人は・・・・・」

日野あきあといいかけて・・・

「沙希!・・・これを」

と若い女性が持ってきたのはセーラー服。

「えっ?・・・・沙希?」


「そうよ、日野あきあの本名は早瀬沙希」

「早瀬・・沙希・・・・はっ!・・・・早瀬沙希太郎?でもあの人は女じゃない」

「そう、沙希は女よ・・・・でも男でもあるの」

「えっ?」

「詳しいことは落ち着いたら教えてあげる。でも今は沙希に目の前の戦いだけに集中させたいの」

「戦い?・・・」

「そうよ。人でない者との戦い、沙希でしかできない怨霊との戦い」


口で唱えた呪によって、いきなりセーラー服に着替えた沙希、化粧もないスッピンだ。

こんな沙希を見るとさすがにその血を引く希美子と希佐、よく似ている。

杏奈が急いで薄化粧を施す。


座った沙希の額に陣八をつける杏奈、手甲は吉こと吉備洋子がつける。

呪によって姿を現した式神達、

「主殿!元方めが鬼を一匹連れて朱雀門に現れました」

「何!鬼とな・・・」

「はい!その名は鬼女紅葉。わたしと同じ名ですが奴は妖術を使う恐ろしい鬼です」

「鬼女紅葉とな、名前を聞いたことはあるが詳しくは知らぬ紅葉教えてはくれぬか」

「はい、そもそも・・・・・・」

と語りだした鬼女紅葉とは・・・・・・


平安の中期の奥州会津の地に、子が出来ぬ夫婦がいた。

どうしても欲しかった夫婦は仏に祈っても授からぬことから教えるものがいたので

魔に祈ったのである。

その霊験によって出来たのが『呉葉』、長じて『紅葉』となる女の子であった。

紅葉はその美しさと才覚で両親と共に上京する。

縁あって源経基つねもとの寵愛を受け子をもうけるが、

紅葉の欲は限りがない。

経基の正妻に妖術を使って、病おこさせたことが知ることなり、

その罪により北信濃の水無瀬の里(現在の鬼無里)に流された。


だが紅葉のような欲の権化が片田舎でおとなしくしているはずがない。

都に向かいたいという気持ちが次第に強まり、次第に盗賊団を作り上げる。

略奪を繰り返す紅葉、その悪事は、都に聞こえ、

朝廷の命により「平維茂これもち」が紅葉を討伐するため戸隠村に向かった。


途中、維茂は上田の別所北向き観音を訪れ、その力を授かることになる。

北信濃のこの地は非常に地形が険しく、紅葉を探すのに難渋したが、

維茂は『弓矢八幡』と願いを込めて一本の矢を放った。

その矢が飛んだ方向に、維茂一行は向かい、

やがて、荒倉山麓へとたどり着いた維茂は、ここで酒宴をする一群と出会う。

それが妖術によって維茂一行のことを知った紅葉の罠であったのだ。


何も知らぬ維茂はその酒宴に加わったのだ。

やがて維茂は、呑まされた毒酒により深い眠りに陥ってしまった。

だが、これを案じた八幡菩薩の力により、

一差しの刀・・・降魔の剣を得て目を覚ました。

御仏による力を得た維茂は、様々な難所を突破し、

「龍虎が原」で鬼の姿を表した紅葉と最後の決戦に臨み、ついに紅葉を討伐した。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・これが鬼女紅葉でございます」


「あいわかった。・・・それにしても元方め、いろんな策を弄してくれるわ」

と言ってから希佐に視線を当て

「希佐ちゃん、ごめんね。ゆっくりとお話をしていたかったけれど時間がなくなってしまったの。

あとはここにいる律姉に聞いてね。

律姉はあなた達の先祖でもある結城和葉の転生した姿でもあるのよ」

ええ~~とも言えない。もう茫然自失とはこのことだ。


「奈緒姉!菊一文字を」

菊一文字?確かその刀は沖田総司の・・・と希佐が思ってみていると

婦警が1本の刀を下げて舞台にあがる。

そして渡された刀を両手で捧げ持ち

「沖田様!どうか私に力を」

と祈ってから背中に括りつける。


そして貞子を見て

「お婆ちゃま、行って来ます」

と頭をさげる。

「小沙希ちゃん、気いつけてな」

なんか涙声だ。

「日和子叔母様、お先に行っています。

それから奈緒姉と婦警のお姉さん達はこの屋敷と祇園界隈の固めをお願いします」

「沙希ちゃん!私もすぐに比叡山の本部に向かいますよ」

「私達はこの屋敷周辺・・・・祇園を重点的に見回ればいいのね」

奈緒の言葉に頷く沙希。


「他のお姉様方には、お婆ちゃま達をよろしく。早瀬一族の人達もあとはお願いします」

まるですべるように縁に出る沙希、スニーカーを穿くと皆に笑顔を残し飛び上がった。


呆然と見送る希美子、希佐親子。

「本当だったのね」

「えっ?」

「私達のご先祖である早瀬沙希太郎様がこの平成に生きるお方だと・・・」

「そんなあ・・・」

「いいえ、ほんまどす」

と横から口を添える井上貞子。


「小沙希ちゃんはなあ、この世でただ1人仏様の力を宿すお方やさかいいろんな時代にいけるんどす。平安時代の10年間の修行・・・天分もおありどしたんやけどそれは努力されたと思います。

だから陰陽の術も剣術も・・・そして舞も横笛も全て人を超えているんどす。

でも肝心なのはあの性格どす。どんなに力を持っていても人には人一倍優しく

その笑顔で幸せをくばっているんどす。

そんな小沙希ちゃんの血が希美子さんにも希佐ちゃんにも流れているんどすえ」


なんだか嬉しくなってしまう希佐。

「希佐ちゃん、ごめんね。

まだあなたには沙希太郎様と和葉様のお二人のことを全て話せていないの」

といって着物の袂からなにやら袱紗に包んだものを希佐に渡す。

「母さん・・・これは?」

「幾松さん、千代松さん、玉屋のお園さん、菊野さん、花世さん。

そして、篠原源太郎様、相良新太郎様、沖田総司様、土方歳三様、近藤勇様、

桂小五郎様、坂本竜馬様。肝心なのは結城弦四郎様と和葉様の手紙類よ」

「凄い!・・・ここで見てもいいわね」

と袱紗を開けて手紙を1通づつ開封するが、途中でお手上げに。

「駄目!私には読めない」

と放棄してしまう。どれどれと手紙を手にとった貞子も

「なるほど達筆どすなあ、これでは読めんは当たり前どす。

希美子さん、あんたはこれを読めるように努力さっしゃったんじゃあおへんか?」

「はい、小さい時からもう読みたくて・・・母にそんなに読みたいんなら

読めるように努力せよと言われまして・・・・」


「そうじゃろう・・・そうじゃろうて・・・おお~そうじゃった、志保さんや

小沙希ちゃんから来た・・・ほれ、読めない手紙」

「は・・・はい、あれならその文机の中に・・・勝枝さん!」

「あっ・・・はい!」

といって机の引出しの中から手紙を出して師匠に渡す。


「これじゃ、これじゃ。小沙希ちゃんったら時々こんな悪戯をするんどすえ。

読めない・・・いうたら、もうすぐこれを読める人がくるから

その人に読んでもらいなさいっていうんどすえ」

とからから笑う。その手紙を渡された希美子は

「えっ!」

と思わず声をあげてしまった。


「どうしたんどすか?」

「いえ、私はいまだかつてこのような美しい書体見たことありません」


「ええ?・・・そうどすか」

小沙希をこのように誉められて相好をくずしっぱなしの貞子。


「ご先祖の沙希太郎様はこのような字をお書きになるのですか・・・」

「待ちなはれ!・・・希美子はん!」

井上貞子の思わぬ強い口調に、はっ!っと背筋を伸ばして緊張する希美子と希佐。

「希美子はんと希佐ちゃんにとってみれば小沙希ちゃんは早瀬沙希太郎ちゅう名のご先祖どす。

確かにそういってご先祖を敬う心は本当に大切どす。

でもなあ、希美子はん。今、小沙希ちゃんは16歳どす。希佐ちゃんと同じ歳どす。

その小沙希ちゃんにご先祖様いわはっても事情を知っているうちらにも奇異に聞こえます。

どうどすやろ希美子はん。

今生きていて自然なのは希美子はんが小沙希ちゃんよりも年上いうことどす。

年上のものにとって年下を呼ぶ呼び方ちゅうもんがあるんとちがいますか?」

「年下を呼ぶ呼び方?」

「そうどす。うちはあの子の才能や性格そして前世からのしがらみを考えて

小沙希ちゃん・・・いうて心からの親しみを込めてそう呼んどります」


そんな井上貞子の言葉にはっとして・・・そして何だか大事なものを胸に抱くように

両手をそっと胸に置いた。

「あの方を親しみと尊敬をこめて、年下として呼ぶ呼び方・・・・・」


そんな希美子の様子をニコニコ優しく見守る貞子。



                     ★★


比叡山に向かって飛び上がった沙希、

その比叡山の結界の直ぐ傍でおもわぬ光景を目のあたりにする。

比叡山の前線基地のある広場からいくつものサーチライトが夜空に向かって

照らされその中に、二機の大型ヘリコプターが夜空に浮かぶ恐ろしげな鬼に襲われていたのだ。

幸いなことにヘリコプターの操縦士達の腕が確かだったことと

鬼が現代の兵器に慣れていなくて戸惑っていたので今まで助かっていたのだろう。


その証拠にヘリコプターから撃たれている機銃が鬼にあたっても何の効果も与えていないのだ。

「ガッデム!・・・・」

兵士の戸惑いの声が聞こえる。このヘリ、機体に描かれているアメリカ国旗で

アメリカの軍用ヘリと知れたが、そのアメリカの軍用ヘリがどうしてこんな所に?・・・・

だがそんなことより怒り心頭に来ていた鬼女紅葉のその口より

真赤な業火が吐き出されようとしているのを見て

沙希は軍用ヘリ二機に対して結界の術を放ったのだ。


危ないところであった。軍用ヘリに張られた結界に弾き飛ばされた炎の弾が夜空たかくに飛んでいく。

「あきあ!」

軍用ヘリからサーチライトに照らされた少女の姿を見つけたのか

そう声がかかった。ジョージ・ルーク監督だ。

急ぎ帰国した監督が自分のスタッフを伴なってどういう方法でなのか

アメリカ軍の軍用機を使った急ぎ来日したのだ。


「監督!ここは引き受けました。急いで比叡山の結界内に入って

あのサーチライトが点灯している広い空き地に着陸させるよう言ってください」

と沙希が英語で怒鳴ると、

「判った!」

とすぐ返答があり、その声が操縦士にも届いたのかスーっと二機の軍用ヘリが

比叡山の結界内に入り広い空き地に無事着陸していくのをみてから

鬼女紅葉を振り返った沙希、紅葉にかけていた緊迫の術を解く。


「紅葉!私が相手だ」

「お前は何者だ!」

「陰陽師・安倍あきあ」

「何!・・・陰陽師だと・・・これは生意気な。人の分際で我等に立てをつく者よ。

我妖術で闇にひきずりこんでやる」

そして、天に伸ばした右手が異界から長い槍を引き出してきたのだ。

その槍を目の前で8の字にグルグル回しはじめたのだ。


だが、背中の菊一文字を抜き放った沙希、上段に構えるとその冴えた本身が

月の光を吸収しはじめ、本身から青白い炎が立つ。


「こ・・・小娘・・・・その刀は・・・・」

「菊一文字・・・鬼切りともいう」

「何!・・・鬼切りとな・・・・こしゃくなものを・・・・

それを渡してもらおうか・・・粉々にくだいてやる!・・・・」

「そうはいくかな」

とそのとき小野監督に京都についてからずっとアシストしていた瑞穂から

『ステーション』の準備が全て終わったと心の通信が入った。

アメリカチームも全て乗り込んだらしい。


沙希は心の中でステーションを動かすもう一人の自分に力の1部を与える。

これはまだ誰も知らないがいつもやっていることなのだ。

『ステーション』はすべて異空間に置き、この戦いの回りに・・と要となる比叡山、

そして見張りを1台置いてある晴明神社、そして何台かはこの京都中を

巡回させた。これはマスコミ上層部と小野監督そしてルーク監督との

綿密な打ち合わせによってすでに決められていた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


ここは『メインステーション』乗り込んだのは将門の時と同じメンバーだ。

カメラマンは勿論、瑞穂、ゆりあはこの京都に来て以来、

二人共小野監督のアシストをしていたのだ。

そしてルーク監督はあくまでもこの『メインステーション』にこだわり、

新旧ステーション1台づつに乗り込んだアメリカチームにこの『メインステーション』

から指示を出すのだ。

無論日本各局が乗り込んだ『ステーション』にも指示を出すのはいうまでもない。


そして、もう1人・・・乗り込む際には他のメンバーに紹介しておいたが

ルーク監督の姪で世界的にも有名な女流写真家でもあり、

ワシントンポスト紙の名物記者でもあるケイト・マイヤーが瑞穂のそばに立っているのだ。

ケイトは若い時、交換留学生として6年間日本に滞在していたので

日本語は会話が困らない程度には出来る。


「ジョージ!・・・あの子がジョージが言っていた人なのね」

「そうだよ、女優日野あきあ・・・わしの次回作の主演に決めているんだ」

「そして・・・・こんなこと・・・これ現実よね。

人が宙に浮いて・・・そしてあんな怪物と戦おうとしている。

その上、これ!・・・これって何よ」

「ここまではケイトには説明してなかったけれど、『ステーション』というんだ」

「『ステーション』?つまり駅?」

「駅というよりも、宇宙ステーションの意味に近いだろうな。

今、我々がいるのは隣りの次元なんだ。次元が異なる位置から撮影しているから

どんな位置からも撮影できる」

「でもどんな動力を使っているの?」

「動力?・・・・動力なんてこの『ステーション』にはついていないよ」

「判らない!・・・じゃあ、動力なしにどうして飛んでいるの?」

「彼女が動かしているんだよ」

と指さすのは今、背中の剣を抜いて構えるあきあの姿。


「えっ?あんな戦いをしようとしている彼女が一方でこれを動かしているの?」

「そうだよ。しかもこれ1台ではない。24台のステーションを一度に

異なる配置をして動かしているんだ」

「信じられない!・・・・じゃあ、もしかしてこれをつくったのも・・・・」

「そう、日野あきあ自身だ」

「もう・・・・一体どうなっているのよ・・・・」

「こんなことで驚いちゃいけない。まだまだ凄い力と能力を秘めているんだ」

「彼女って神?・・・・・」

「そう・・・・神の力を秘めている少女さ・・・」


「ねえ、あんた達!・・・こんなこと信じられる?」

ケイトは日本語で言う。

「私、ビルの11階から飛び降りて死のうとしました。

でも死ねなかった。沙希が助けてくれたんです」

「沙希?・・・」

「ええ、本名は早瀬沙希・・・コンピューターの天才でもあります。

このモバイルは沙希が開発しました。

今NASAや航空会社からも引き合いが殺到しています」

とゆりあがモバイルを持ち上げていう。


「NASAが?」

「スコットだよ。あいつはもう沙希の能力に夢中なんだ」

「あの、何事も冷静なスコットが?」

「もともと、わしがあきあに注目したのはスコットが録画してきた一本のビデオテープなんだ」

「じゃあ、スコットが原因?」

「そうだよ、・・・・あっ!戦いが始る」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


真赤な炎が、その裂けた口や手から沙希に向かって飛んでくる。

だが沙希は剣で炎を切り、沙希が避けた炎は比叡山の結界に当たって消える。

沙希の動きは舞だ。その動きについていけぬ紅葉は

「ええい、ちょこまかと・・・・これでは、どうじゃ」

と紅葉は妖術を唱えると紅葉の分身が沙希を取り囲む。

そして、赤い火の玉が沙希に集中砲火を浴びせようとするが

沙希も空たかく飛び上がり剣を構える

「破邪!雷光剣!」

と剣を振り下ろすと、天から青白い雷光が紅葉の分身達に襲い掛かり

あっというまに消し去ってしまった。

本物の紅葉はこの輪の中にはいない。後方に歯軋りして怒りで体から炎が立ち上っている。


「お・・・おのれ・・・・」

「今度はこちらから行こうか・・・・忍法・影分身!」

パッとあらわれ紅葉を取り囲む沙希達・・・・


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「何よ・・・・あれ!・・・あの子もあんなことが出来るの?」

「ケイト!むしろ逆よ」

「逆?・・・」

「ええ、陰陽師という今から約1000年前にいた安倍晴明と言う方の

偉大な力を引き継ぐ人は皆無だったの。でも沙希は不思議な力で

その1000年前にタイムスリップしてその時代の10年間を修行していたの。

そして沙希は晴明様の偉大な力を受け継いだわ。

いえ、今では晴明様以上の力を持っているのよ」

「以上って?」

「だって晴明様が私達にそういって笑ってらっしゃるもの」

「1000年前に死んだ人が?・・・・そんな馬鹿な!」

「いいえ、私達はみんな逢っているわ。ねえ、ゆりあ」

「ええ、・・・とても洒脱な叔父様よ」

「わしだって会ってるよ、ケイト」

「ジョージまで・・・・・」

「ああ、会って見ればわかるが凄い力を感じさせてくれるんだ」


「ジョージ、又戦いが始るわ」

「おっと、ゆりあ。NO.3をもう少し右に・・・」

急いで、モバイルのスイッチを切り替えてNO.3と呼ばれる『ステーション』の

カメラワークを右に変えるよう指示を出す。


ケイトはそんな慌しいこの『メインステーション』内を見てから外の戦いに目を移す。

ケイトが以前、交換留学生の時の学校の制服と全く同じセーラー服の少女が

恐ろしい怪物との戦いがケイトの目の前でおこなわれているのだ。

先ほどから数100枚のフィルムを取りつづけている愛用のライカの

シャッター音が悲鳴をあげているように聞こえる。


いきなり怪物に襲われた軍用ヘリ、窓から見ていて生きた心地もしなかった。

そこに飛んできた・・・・・そう、スーパーガールのように飛んできたのだ

あの少女は・・・・・。

そして、不思議なフォースをヘリを覆ってから下の空き地に着陸するように

見事な英語で指示してきた。

軍用へりに乗る乗員の軍人達はそれぞれ湾岸戦争にも従軍したこともある兵ばかりなのに、

皆あんな怪物に襲われて呆然としていたのだ。

機銃を撃っても平然としている怪物には手出しも出来なかった。


着陸してヘリから飛び出した軍人達は呆然と上空の出来事を見守っているだけだ。

そのうちワシントンの国務省からヘリに乗っていた陸軍大佐に命令が入電された。

入電といってもアメリカに帰国した時いの一番に迎えに来ていたスコットに

渡しておいたモバイルからもう一台持っていたジョージに連絡がはいったものだ。


命令は日本側の許可を受けてこの不思議な戦いを全て記録し観察つづけること。

日本側の邪魔をすることなく・・・いやむしろその日本側の動きさえ全て記録し持ち帰ること・・・

という不思議な命令だった。

命令を受け取った大佐は即座に部下に命令してテントの設営や指揮系統の

確認をしてから警察庁が設営した臨時本部に出向いた。


警察本部の最高責任者が今京都の町に出向いて留守だということなので

間という警視が日本の警察の最高責任者である警視総監に連絡してくれた。

警視総監の言葉は

「あくまでも比叡山の最高責任者は飛鳥警視正だ。彼女の考えをもとに

そこの本部をつくったのだ。間くんは飛鳥警視正の副だ。

だから警視正がとるだろうという行動をしてくれたまえ。これ以上警察庁の許可をとる必要はない」


「ということです。ですが私も指揮官の命令を聞く身です。

全て私の考えを通すわけにはいきません。

私の権限はただひとつあの建物だけ自由に出入りする許可を与えます」

「すいません。2つだけ質問はよろしいでしょうか?」

「なんでしょうか?」

「あの空き地にころがっている丸いものはなんですか?」

「あれに関しては私は素人です。あなたがこれから会うこの建物の責任者に聞いてください」

「わかりました。ではもう一つあなたは指揮官のことを彼女とおっしゃいましたね」

「ええ、飛鳥日和子警視正とおっしゃいます。そして・・・・」

と、空を指差し

「あちらで、鬼と戦っている早瀬沙希さんの叔母様でもあらせられます」

「えっ?・・・あの少女の?・・・・」

「ええ、でも詳しくは聞かないでください。

あちらはいわばアマゾネスなので私達男は立ち入ることはできません」


「わかりました。では私もアマゾネスの1人を連れていくことにしましょう」

といって設営をしている1人の兵を呼んだ。

「ミランダ!」


走ってきて敬礼をしてから

「大佐!御用は?」

「ああ、これからこの建物に入る。君もついてきたまえ」

「はっ!」


ここまでの様子は全てケイトが目にしていたことだ。

このあとは、ケイトが『メインステーション』に乗り込む叔父のジョージ・ルークの

あとから強引に乗り込んだことから大佐達の後のことは何も知らない。


ついでだからここに書き記しておこう。

プレハブの建物のドアを開けて入った3人、間警視はもう何度も足を運んだので

判っていたが、二人のアメリカの軍人は思わず足を止めてしまった。

壁中にモニターが配置され、その下ではいろんな種類の機器が置かれている。

そうここはテレビスタジオなのだ。スタジオはこの屋外であり

ここはそれを指示して録画編集するモニター室なのだ。

そして、その機器のメインから立ち上がって振向いたその人は

サム・キャメオン大佐とミランダ・クリスティ軍曹も知っている日本の巨匠・・・

いや世界で名だたる小野栄次郎監督だった。


緊張する二人だが、間警視の紹介で快諾する小野監督。

「まあ、そんなに緊張しないでどうぞお座りください。

彼女の戦いが始ったらそうゆっくりはできないが・・・・」

「さっそくですが、あの丸いものは何ですか?」

「ああ、あれですか。あれは『ステーション』といってカメラマンを乗せて

撮影する機械なんですよ」

「撮影する?」

「はい、隣りの次元から撮影するので、障害物なんか通り過ぎます。

だから、なんら撮影に影響はありません」

「となりの次元?・・・・そんな馬鹿な!・・・・」

「ふふふ・・・それが正常な反応ですな。

・・・でもこれは彼女がおこした奇跡とでもいうべきでしょうか」

「では・・・・」

「ええ、我々はもうすでに2度『ステーション』を使って撮影しています」

「それは本当のことですか?」

「こんなこと嘘をいっても仕方がありませんな」

「では動力は?・・・・・」

「動力なんてありません。全て彼女の力なのです」

とモニターに写っている沙希を指さして言う小野監督。


「彼女・・・・あの宙に浮いている少女が?」

「はい、これは彼女が作ったもので全て彼女の術・・・・

いや彼女自身のフォースで動かすのです」

「大佐!私自身あの『ステーション』とやらに乗り込んでみます。

許可をお願います。異次元とかフォースで動くとか・・・信じられません」

「よし、わかった。・・・だが連絡はどうする」

「それは・・・・・」

「大丈夫ですよ。これをお貸しします」

「このモバイルは・・・・」

「これも彼女が開発したものです。今あなた方のお国のNASAや世界中の航空会社が

このモバイルを手に入れようとやっきになってらっしゃる」

といって操作するとパッと液晶に顔が写った。くっきりと映るその様子は本当にスムースだ。


「これはNO.24と書かれているあなた達アメリカの撮影チームが乗り込んだ

『ステーション』です。もう1人乗り込めるか聞いて御覧なさい」

と渡されたモバイル・・・戸惑っていると

「そのまま話してみなさい」


「私はミランダ・クリスティ軍曹です」

「やあ、軍曹」

「わたしもそこに乗り込んでもよろしいでしょうか」

「ああ、もう1人ぐらいいいだろう。そのかわり自分用の食べ物は持ってきてくれ、

・・・あっ、なんかきなくさくなってきた。急いでくれ」

「すぐ行きます」

モバイルを小野監督に渡すと、ミランダに見えるように仕舞い方を教える。

黒いアンテナを倒し、F1、F12と押して蓋を閉めた。


そして小野監督は大佐に渡すモバイルを開け、大事に貼り付けてあった紙を剥がすと

「乗り込んだらモバイルを起動させ、このIDとパスワードを打ち込むと

この大佐に渡すモバイルと通信ができる。こちらもそちらのIDとパスワードは

記憶させてあるからすぐにつながるよ」

「はい、わかりました」

といってから大佐に敬礼するとモバイルを大事に小脇にかかえて出て行った。


一方、ここは『メインステーション』の中、

物珍しげに眺めていたケイトだったがそこにいるカメラマンの他、

二人の女性に目を見張った。とくに1人の女性は

このステーションに取り付けられている機器の操作に人間わざとは思えない速さで

キーを切り替えて何事か確認していく。

「ゆりあ!No.12とNo.24はアメリカチームだから異常の確認はあなたにまかすわ」

「わかった!」

といって『ステーション』の確認をするゆりあ、勿論どちらも異常はない。


「小野監督!『ステーション』全て異常なし」

「わかった!・・・こちらも全て準備はOKだ。じゃあ、あきあに報告を」

「はい」

といって一度大きく背伸びした瑞穂。


「少しの間だけ静かにしてくださいね」

といってから両手を胸に交差させて少し下を向いた。


すると、いきなりスーっと『ステーション』が上昇して、いきなり次元を移った。

中にいる者にはわからないが下から見ていた者には驚異の目撃だった。

アメリカ兵で戦場を体験したものでも腰を抜かすほどの出来事だ。


警察庁の本部でもテレビ局からのモニターが配備されており、

幹部達もこの驚異にはもう何もいえなかった。


「ねえ、ジョージ。あれは一体なんだったの?」

「ああ、瑞穂のあれかい?」

「ええ・・・・」

「あれは、瑞穂があきあの心に呼びかけたんだよ。

準備が全て出来たから『ステーション』を動かしてほしいって」

「えっ?・・じゃあ彼女もテレパス?」

「いいえ、わたしは何の力も持っていないわ。

ただ、沙希と心で会話するのに慣れているだけよ。

だって、私つい最近まで目も見えなかったし、体も動けなく車椅子の生活だったの。

それを沙希が助けてくれた。わたしの体、悪い奴の呪いでそうなっていたの」

「呪い?・・・ねえ、それを聞かせて・・・」

「いいわ、でも今は駄目よ。今は私もゆりあも沙希が無事でありますように

と心の中で祈っているからね」

「ええ、わかったわ」


実はケイトの不思議の体験の発端はたったひとつの小さな出来事から始ったのだ。

それはただ単にジョージ・ルークの奥さんのマリア・ルークが好きだった

スコーンの美味しい店がこの日に限って並んでいる人がいなかったから。

ケイトは並んで買うほどの食通ではない。

けれどチャンスは2度はない。急いで店に入り、注文したあとにドッと

客が押し寄せてきたのには驚いてしまう。

店を出ると警官がケイトの車の2台後ろまで違反切符を切りにきていたので

慌てて車をスタートさせた。今日はなんという日だろう。


ジョージの家についたら、マリア叔母がメイド達とドタバタとなにやらやっている。

「どうしたの?マリア」

「ああ、ケイト。いえねジョージったらさっき電話してきて、帰ってきたら又、

すぐに日本に出かけるっですって。なにやら日本で大変なことが起きるから

それを撮影しに自分のチームを連れにかえってきたって」

「日本で大変なことって?」

「いいえそこまでは詳しく聞かないわ。例え聞いてもあの人のことだから

何も言わなかったでしょうね。

とにかくあの人ったら日本の何とかという女優に夢中なの。

あのビデオを見てから急いで日本に行っちゃうし・・・・・」


「ビデオってどれ?」

「ああ、そこのテレビの上よ」

「これかあ・・・マリア!あなたの好きなスコーンを買ってきたの。ねえ、お茶しない?」

「まあ・・ありがとう。そうね、準備はもう少しだから・・・・あんた達あとは頼むね。

荷物が出来たら。休憩しなさい」

「マリア、たくさん買ってきたから、これを彼女達に・・・・」

と渡されたスコーンの箱を嬉しそうに受け取った彼女達、

きちっとケイトに礼をして残りの作業にとりかかった。


ビデオは昔の日本の物語から始っていた。

日本語が出来ないマリアに説明しながらビデオを見るケイト。

どの女優がジョージのお目当ての女優なのか・・・・昔の物語が終わり、現在の日本に移った。

老女をかばいながら歩いてくる女性・・・・

「この女優さん、さっきドラゴンとの恋を裂かれて湖に身を投げた女優さんね」

「マリア、良く見てるわね」

「なんだかこの女優さんにばかり目がいってしまうのよ。

こんなことあのオードリーヘップバーンを見て以来だわ」

実際マリアの目は確かだ。この女優は・・・男優は・・・とマリアが名指した俳優は

全てスターの階段を上り詰めていったのだ。


「でも、この女優さん。今まで私が見たり逢ったりした女優さんとは違い過ぎるわ。

物凄い才能と力を感じるの。この人、今に世界を制するわ」

すると見事な笛の音が聞こえてきた。

「ねえ、マリア。これ日本の楽器だけど凄い演奏家がいるものね。

私の心の中にも染み込んでくるわ」

「いいえ、ケイト。これは吹き替えではないわ。

きっとこの女優さんが本当に吹いているわ。賭けてもいいわよ」

「そんなあ」

「この女優さん。きっと何をされても一流・・・いえ超がつく一流な人よ。

こんな人が東洋の日本に誕生していたとはね」


場面は凄い展開へと進んでいく。龍の心を取り戻すため異次元に入って行く主人公。

「凄いCGね」

「ええ、でも不思議ね。いつもだったらこんなの見たらどのように作るのか

想像はつくけど、これは全然想像できないわ」

マリアとケイトは顔を見合わせ

「まさかね・・・・」

と笑いあう。まさか本物だなんて・・・・・・・

「でもこれで判ったわ。ジョージの狙いはこの女優よ。

この女優でジョージが映画を撮ったら・・・・なんだか震えるほど興奮しちゃうわね」


こうして見終わって興奮も冷め遣らぬときジョージ・ルークが帰ってきた。

それはまるで嵐のようなものだった。

ケイトはその嵐に乗っかって空軍基地まで来てしまった。

「ケイトいいのかい、このまま日本に行って・・・・」

「ええ、かまわないわ。身の回りのものだって何も用意していないけれど、

アフリカのジャングルにいくわけではないでしょ。日本でカードを使えば何でも買えるわ」

ケイトが持っているものといえば、ハンドバックとカメラが3台はいっているキャリーバックだけだ。


ここで撮影チーム20名と合流したジョージは大型の軍用機に乗り込んだ。

ケイトにしてもチームの皆にしてもこれは始めての経験だった。

「一分一秒でも早く日本に着きたいんだ。だから普通の航空会社は使えないから

交渉して軍の航空機に乗せて貰うことになった」

と説明するジョージ。

「それと・・・トム!これを日本に着く間にみんなに見てもらってくれ」

とビデオテープを1本渡す。

「これは日本にいる間に君達も知っているあの小野監督と協力して

撮ってきたものだ」

「おおう!」

という声が上がる。日本の巨匠小野栄次郎監督のファンはこのチームにも多い。

その小野監督とわがジョージ・ルーク監督が協力しあって何かを撮ってきたのだ。

ワクワクと興奮してしかたがない。


「言っておくが、これは全て本物だ。CGなんて使っていないし、

特撮なんてもっての他だ。これは日本で開発されたカメラ機材を持ち込んで

撮影する乗り物で、全部で12台のカメラで撮影しているんだ。

諸君は日本に行ったら、その乗り物に乗り込んで撮影をしてもらう。

2台に別れて4名づつ計8名だ。他の者は予備要員だ」

なんだか判らないが『ゴックン』と生唾を呑みこむ音が

そこいらから聞こえるのだ。


それからだ、日本に着く間にビデオは流された。

1度見終わっても2度3度とあの戦闘シーンから巻戻されて見るチームとケイト、

最後フェードアウトしてから皆、目を閉じ声をあげるものがいない。


そっと手を上げたもの・・・ケイトだ。

「ジョージ!これすべて本物だっていったわね。・・・でもそんなこと・・・」

「そう思われても仕方はない。わし自身も何度も目を疑った。

だがこれは全て本物なのだ。この特殊な撮影の乗り物12台で撮影した。

カメラマンあわせて50名近くがこの異空間に行って撮影した。

そして、わしもその中の1人だ!」

「そんなあ・・・・」

「ああ、だがこれから京都にいけば全て納得する」

「じゃあ、あのジョージの家にあったビデオは?」

「ケイトはあれを見たのか」

「ええ、マリアは凄い女優だとかいっていたけど・・・」

「そうわしもあのビデオの女優を見て日本に飛んでいった。

あの才能は今の女優達全てを集めてもまだ抜きん出ているんだ。

だけど実際あったショックはもっと大きかった。

そしてあんな力を見せ付けられたらもう彼女なしでは映画はとれない」


「そんなあ・・・そんな女優なんですか」

「そうだよ。君なら一発で惚れこんでしまうだろう。

でも残念だったな。彼女は強烈な男嫌いだし、君よりも強い。

彼女の強さはこの地球上一番だろうな」


「強いって彼女はあんな細くて小さいんですよ」

「ああ、彼女はマッチョな強さではない。だがその身体に宿るフォースは神に近い」


その言葉が真実と思えたのは厚木基地で軍用ヘリ2機に乗り換え、

京都の比叡山というところに着く寸前だった。

ヘリの目前に着物を着た大きな女が現われたのだ。

「何だ!これは」

大きな女がヘリを掴もうとする。だがさすが従軍経験豊富な操縦士、その寸前ににうまく逃げるのだ。

そのうち騒ぎを聞きつけたのか山の中腹から何本のサーチライトが

この怪物に浴びせ掛けられた。その眩しさにひるむ怪物。


だがついに怪物の口から炎が吐き出されようとした瞬間、

ヘリが何かに包まれ怪物からの炎がはじきとばされた。

ヘリの中は大騒ぎだ。

「あっ!あれは?」

ケイトの声に窓を見る兵士と撮影隊。


「あっ、あきあだ」

ジョージの叫びにその顔を見る皆、

「ようし、これで助かったぞ」

「監督!ここは引き受けました。急いで比叡山の結界内に入って

あのサーチライトが点灯している広い空き地に着陸させてください」

という見事な英語の声が聞こえて

「判った!」

とジョージ返事をするまでもなく、ヘリ2機は広い空き地に着陸した。慌てて飛び出す兵士達。

ジョージは

「みんな先ほどチームを組んだとおりだ。NO.12とNO.24の乗組員は

急いで機材を持って乗り込んでくれ」

と指差すと慌てて走り出すチーム。

「残りは交代要員だテントを張って休憩してもかまわん。

又、あの建物はモニター室になっている。中には小野監督が作業をしているんだ。

邪魔しなければ中で作業を見守ってくれてもかまわん。

わしは『メインステーション』に乗り込む」

「『メインステーション』?」

「ああ、あの少し大きいNO.1だ」

と円形の乗り物が点在している方向を示す。

こうしてバタバタした時間が過ぎていき、『ステーション』は次元を異なった位置で

その機能を発揮し撮影を開始しているのだ。


アメリカチームの乗り込んだNO.12もNO.24も撮影にやっきになり、

最初は言葉もでなかったミランダも少し落ち着き大佐との通信も休みなく繰り返している。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「おのれもそんな術を使えるのか・・・お前は何者じゃ!」

「我は、安倍晴明様直弟子なり」

「安倍晴明だと?・・・・これは面白い。術比べじゃ」

といって印を結ぶ鬼女紅葉。

宙からくねくねとたくさんの蛇が分身した沙希の足元にあらわれた。

ところが沙希が呪を唱えるとちいさなネズミ達が蛇に襲い掛かり次々と消え去ってしまう。


「おのれ!これではどうじゃ」

と猫を出す紅葉。ネズミは先を争って逃げ出した。

「白虎丸!」

と呼ぶ沙希。体から白い小さな玉が現われいきなり大きな白虎の姿を現す。

その姿と

『ウオ~!』

という唸り声にすくむ猫達、次々と消えてしまう。


「紅葉!お前の妖術とはその程度か・・・・」

「何を!・・・・」

「では、こちらからいくぞ」

と刀を上段に振り上げ、

「飛翔!鳳凰剣!」

刀の青白い炎がいきなり真赤な炎と化し、沙希が刀を振り下ろすと

その炎・・・鳳凰(火の鳥)の姿となって紅葉におそいかかる。

『キエ~』確かにそう鳴いたのだ。


「ギャァー」

そう叫んだ紅葉、右腕を押えている。

『キエ~』と又ひと鳴きした火の鳥は沙希のもとに帰って来て

そのくちばしでつまんでいた紅葉の右腕を沙希の足元に落として刀に消えた。


「お・・おのれえ~」

ついにその本性を現し、鬼の姿になった紅葉はギラギラした目で沙希を

睨みつけている。

「今から、この腕を封印する」

「や・・・やめろ!」

もうすでに沙希の力にはかなわないと悟っている紅葉は封印をさせてなるかと

無茶苦茶な攻撃を仕掛けてきた。

全てを受けて弾き飛ばしていたがただ一つ、どういうわけか沙希をすり抜けて

真下に飛んでいく。そしてその下には沙希の目には小さな女の子が歩いているのが見えたのだ。

「危ない!」

前後の身境なく飛び下りる沙希、その優しさがアダとなった。

つまり敵に背中を見せたのだ。

間に合わぬとおもってその女の子に結界の術を放った瞬間、

沙希の体を串刺しにされたような激痛が走り、

・・・・・・・そして、力が抜けていった。もう体の自由が一切効かない

もうすぐ地面に激突というのにもう術も使えないのだ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「花世さん姉さん!・・・どうしたんえ?」

「うち、確かめたいこと出来たんどす」

「けんどいくら小沙希さん姉さんに聖結界を与えられたいうてもこんな日の夜、危ないやおへんか」

「ちょっとだけ・・・ちょっとだけどす・・・」

「仕方おへんなあ・・・ちょっとだけどすえ」

と二人が並んで歩く・・・・すると

「二人で家を抜け出してどこへ行くんどすか?」


「あっ!花江さん姉さん!・・・・どうして?」

「あんた達がこっそりと出て行くの見たんどす。こんな恐い日にどこへ行くんどすか」

と怒っている。


「へえ、花世さん姉さんが・・・・」

花江の怒りが恐いからすぐに真相を明かしてしまう豆奴。

「やっぱり花世ちゃんどすか」

花江の怒りの目は花世に向く。


「ごめんえ、花江さん姉さん。うちどうしても今、確かめなあかんことがあるんどす」

「今って・・・どうしても今でなければあかへんのどすか?」

「へえ、小沙希さん姉さんの行き先の判っている今夜がチャンスなんどす」

「えっ?小沙希ちゃん?」

思わぬ名前が出てきて驚いている花江。


でも気を取り直して

「訳を・・・訳を話してちょうだい・・・」

という花江に

「へえ・・うちと豆奴ちゃんが前に出会った女の子がいるんどす。その子、紫苑ちゃんいいます。

初めてあったとき紫苑ちゃんは八坂はんの前で座っていたんどす。

フワッとした落下傘スカートの中であぐらをかいている・・・

そんな格好で変な子やなあ・・・それがうちの第一印象どした。

うちらそのまま通り過ぎようとしたんどすが、あるもんが目にとまって

足がとまったんどす」


「あるものって何どすか?」

「へえ、布袋にくるまれたお三味どす」

「お三味?」

「うち、姿形でものを言うんは嫌いどす。

けんどあまりにお三味と紫苑ちゃんの雰囲気が違いすぎたんどす。

そやから、うちら紫苑ちゃんの元に戻って何か聞かせてって頼んだんどす」


「紫苑ちゃんのお三味もお唄もうちらが聞いても素晴らしかったわあ」

「どんなお唄どす?」

「へえ・・・確か『三千世界の鴉を殺し、主と朝寝がしてみたい』こんな唄どす」


「それ幕末の高杉晋作はんが作った有名なお唄どすえ」

「えっ?そんな有名なんどすか?」

「あたりまえやおへんか・・・それからどうしたんえ?」


「へえ・・・紫苑ちゃんにお仕事はって聞きました」

「そしたら?」

「もう一つの袋から琵琶を取り出したんどす。そして、うちは謡詠みや言うてはりました」

「謡詠み?・・・・聞いたことおへんなあ。それにその紫苑ちゃんいう子京都弁どすか?」


「へえ、きれいな京都弁やさかい京都生まれや思います」

「そんなことおへんえ、小沙希ちゃんみたいな人おるさかい」

「あっ!そうどした・・・」


「それで、謡詠みってどんなんどした?」

「へえ、紫苑ちゃんゆうとりました。謡詠みできる時とできん時があるって・・・

でもちょうどそのときどしたなあ、豆奴ちゃん」

「へえ、旅行にきてはった女のひとに、あんたの謡詠みするからって琵琶を弾き始めたんどす」


「それは凄い内容どした。男はんに騙されて会社のお金を使い込んだいうことにされたり、

住んでいる近所で変な噂流されて引越しせなあかんかったり

女の人座り込んで泣いていたさかいホンマのことや思います。

女の人この京都は最後の旅行でどこか死ぬところ探すとこやって

紫苑ちゃんが謡詠みしとりました。けどそれだけやおへんかった・・・・」


「えっ?どういうことどす?」

「女の人の友達がおかしいおもて調べはった結果、

男が騙していたいう事を突き止めはって警察に逮捕させたんどす」


「それが、その紫苑ちゃんの謡詠み?」

「へえ、紫苑ちゃんこういうとりました。

相手の心にある想いがうちに謡詠みさせるんやって・・・。

そのときも泣いている女の人の携帯がならはって

あの女の人の友達から男が逮捕されたいう連絡どした」


「つまり、紫苑ちゃんの謡詠みどおりになったんどすなあ」

「へえ」

「それで今日家を抜け出したのは、紫苑ちゃんに”怨霊・藤原元方”の

謡詠みさせようって魂胆じゃあ・・・」


「いえいえ、違うんどす・・・さっき、小沙希ちゃんの凄い舞、

花江さん姉さんも興奮しとられましたなあ」

「あたりまえどす、あんな舞見るのも聞くのも始めてどす」

「あのときの小沙希さん姉さんの琵琶の演奏とお唄・・・・」

「それも含めてどす。もう琵琶もお唄も聞き惚れて・・・・えっ?」


「そうなんどす、あの小沙希さん姉さんを見てうち思わず息を飲みました。

そっくりなんどす。紫苑ちゃんと小沙希さん姉さんが・・・・」

「あっ?・・・そうどす、そうどす。うちもそう思います」


「なんや、いまごろ気いついたんかいな、のんきやなあ豆奴ちゃんは」

とあきれる花世。


「けんど、花世ちゃんがいうように紫苑ちゃんと小沙希ちゃんが同一人物だったら

どうなるんどす?なんでそんなことせなあかんのんどすか?」

「わかりまへん。けんどうち、よう考えてみたら紫苑ちゃんの姿みるんは

小沙希さん姉さんが京都にいるときだけなんどすえ」


「でも、花世ちゃん。小沙希ちゃんは今戦いにいっとるはわかっとるんどす。

そんなとき紫苑ちゃんに逢うたら別人いうことになりますえ」

「花江さん姉さん、それでもうち疑います。

あんなにそっくりな琵琶とお唄・・・どちらも平凡なお腕なら疑いはしまへん。

けんどあんな見事なお腕のお方が二人もいるはずはない、思います」


こうして三人は黙ってこの祇園を歩き出した。

いずれも・・・花世さえも今言った言葉が頭の中を渦巻く。


「あっ!」

と豆奴が大きな声をあげたのが清水さんの近くにきたときだ。

「聞こえる・・・・」

その声に耳を澄ませる花江と花世・・・・・。


確かにこの夜空に琵琶の音とテノールの良い声が聞こえてくる。

「紫苑ちゃんやわ・・・」

と花世が叫んだ。

「これが紫苑ちゃん?・・・・・確かに小沙希ちゃんの琵琶と声に よう似とるえ・・・・・・・

でも・・・こんなこと・・・・」

呆然とする花江。


いきなり声の聞こえる方へ花世が走り出した。

裾の乱れも気にせず走る花世の耳に下駄の音が後からついてくる。


紫苑の姿は清水さんより南に、そして西に下りた川端通りの近くにあった。

琵琶を弾いて謡う紫苑の周りには不思議なことに

パジャマ姿の少女達が膝を抱えて眠っていたのである。


「紫苑ちゃん!これどうしたんどす」

「あっ!花世ちゃん!・・・どうもこうもないんえ。

うちが琵琶を奏でていたら、ちっちゃな女の子達がこうして集まってきては

座りこんで眠りだすんどす。見物していた人も気味悪がって帰ってしまうし、

琵琶も止められないんどす。止めたら、ホラ・・・・」

と琵琶が止んだとたん少女達が立ち上がって歩き出そうとするのだ。慌てて琵琶を奏でる紫苑。


「花世ちゃん!豆奴ちゃん!この子達、元方の暗示にかかっとるんどす。

早う女の子達に触って暗示を解かなくちゃ」

といって女の子に触っていく。

暗示を解かれた少女達はそのまま横に倒れてしまう。


「豆奴ちゃん!あんた携帯は?・・・」

「へえ、もってますけど・・・・」

「じゃあ、早う連絡して・・・奈緒はんに早うきてくれって」

「へえ」


花世は懐に持っていたあの短冊で一人一人女の子の額に”聖結界”を与えていく。

「花世ちゃん!うち、何か手伝えることは?」

「紫苑ちゃん!あんたはこのまま琵琶を弾いといておくれやす。

この子達、暗示をかけられて連れ去られるところやったんや。

けんど紫苑ちゃんの琵琶がそれを阻止しはった。

このまま琵琶が鳴りつづければ暗示された子ここに来て連れ去られることないかもしれんえ」


「わかった。うちこのまま弾きつづける」

といっていっそうに琵琶を引き始めた。

なるほど暗がりから暗示をかけられた少女達が次から次へと現れては座り込んだ。

連絡が終った豆奴も懐から短冊を出して女の子に”聖結界”与えている。


「あんた達!」

と声をかけられたのはそれから直ぐだった。

息を弾ましているので走ってきたのか・・・・松島奈緒警視を先頭に6人の婦警が続いていた。

「皆!短冊で”聖結界”を与えるのよ」

「はい!」

と返事の前に携帯を取り出しどこかに連絡を取り出した。


「杏奈!・・・うん、そうよ・・・・ちょっと聞きたいんだけど

あんたがリースしたあの大きなワゴン車、もう荷物を乗せているの?

・・・・そうよかった。悪いけどそこに京都府警の婦警さんがいるでしょ。

・・・そうよ、だから車を貸して欲しいの。・・・・・

こっちは暗示にかけられた女の子が大勢いるの。

うん、一応家に連れて帰りたいのよ、このまま自宅に帰せないし、

本人達も寝てしまっているから・・・・そう、真理ママにいって

悪いけど居間に出来るだけたくさんの布団を引いておいてって言ってくれる?

・・・・・じゃあ、待ってる」

奈緒は携帯を仕舞いながら花江に言った。


「それでいったいどういうことなの?」

「へえ、うち二人がこっそり家を出て行くのに気づいて後をつけたんどす。

途中で聞いたのがこの子らは紫苑ちゃん・・・・そこで琵琶を弾いている子どす。

を探してに出てきたんどす。なんで探していたかは小沙希ちゃんの舞台やって

花世ちゃんがいうんどす。小沙希ちゃんが舞台で弾きはった琵琶と

お唄が以前聞いた紫苑ちゃんと瓜二つやいうて・・・・

小沙希ちゃんの行き先がわかっている今日がチャンスで

もし紫苑ちゃんがいたら小沙希ちゃんとは別人え・・・

うちが花世ちゃんにいうたんどすが・・・・・」


一生懸命女の子達を介抱する花世に目をやる二人。

「それでも花世ちゃんはいうんどす。例え紫苑ちゃんがいたとしてもうちは疑いますって・・・・」

「どうして?」

「へえ、お2人共お腕が平凡であれば疑いません。

けんど、うちらから見てもただごとやおへんお腕・・・そんな人二人といますか?・・・・

こういうんどす」


「じゃあ、花世ちゃんはあの子が小沙希ちゃんだというの?」

「へえ、・・・だって小沙希ちゃんはあんな不思議な術をつかうんどすえって」

確かに紫苑の奏でる琵琶と謡は素人の奈緒が聞いても素晴らしいとしかいえない。


「わかったわ。ここは御婆様の判断を仰ぎましょう」

「えっ?おっしょさんの?・・・・」

「そうよ、その方が確実でしょ」

「へえ」


ワゴン車は杏奈が運転してきた。となりには京都府警の金沢明子巡査が乗っている。

後に座席が少ないこともありたくさんの女の子を乗せることができた。

そして、婦警を一人乗せる。同じことを5往復。

すでに暗示にかかった女の子達が現れなくなったことで紫苑も琵琶の演奏をやめていた。


「あなたにも一緒に来て欲しいの」

と奈緒に言われて頷く紫苑。


最後に全員が乗って帰っていく奈緒達。


井上家の玄関が大広間に一番近いから奈緒は一人の女の子をかかえて玄関を入っていく。

迎えるのは残っている婦警達と高弟達だ。


「奈緒様、これで?」

「はい、あと9人で終わりです」

「じゃあ」

と玄関から下りる婦警達。


奈緒は車に戻って花江達に声をかける。

「花江さん、紫苑さんを連れてきてくれる?」

頷く三人の舞妓と芸妓。


大広間には沢山の布団が引かれ、ママや希美子や高弟達が世話をしているが

ママに目で問い掛けると首を振る。まだ誰も目を覚まさないのだ。

「西沢さん、金沢さん。あなた達ここにいて目を覚ました子から

名前と住所と電話番号を聞いてから自宅のほうに連絡してくれる?」

「わかりました」


隣の稽古場には井上貞子は勿論、高弟達、舞妓や芸妓、置屋の女将達と婦警たちが奈緒を待っていた。


花世と豆奴に挟まれた紫苑・・・・その派手な格好に皆の注視が集まっている。


「御婆様、少しよろしいでしょうか」

と奈緒が貞子の前の席に座った。

「何え、奈緒はん」

「実は・・・・・」

と花世と豆奴がこの間出会った紫苑のことを話だした。

そして先ほど暗示を受けた少女達をその琵琶の音色で足止めしてしまった不思議と

小沙希と同一人物?という花世の疑問を話す。

貞子の鋭い目は奈緒の話の途中から紫苑にあてられていた。


「・・・・というわけです」

「わかりました。あとはうちにまかせて・・・・・」

という貞子。


「あんた、紫苑いわれるんどすか?」

「へえ」

「何紫苑いわれるんどすか?」

「うち、気が付いたら紫苑いうてました。あとは覚えてないんどす」

「なに!記憶がないんどすか?」

「へえ、どこで産まれたか?自分の家は?・・・何も覚えてまへん・・・ただ・・・・・」

「ただ?」

「気が付いたら、うち琵琶と三味線をもって謡詠みをやってました」

「謡詠み?聞いたことおへんなあ」

「へえ、うちだけや思います。

琵琶を弾いているとその人の想いがうちに伝わってくるんどす。

その想いをうちの口から吐き出すことによって

その人の苦しみや哀しみも心の底から吐き出してあげるのが謡詠みどす」


「その謡詠み、ここでやってもらえまへんやろか」

「へえ、けんどここには謡詠み出来るようなお方がおられまへん。

皆さん、幸せな金色の光の中におられるんどす。

そこでは謡詠みできまへん。謡詠みは死の淵に居られる方のみできるんどす。

けんど、この金色の光、凄うおす。うちの謡詠みなんか比べもんにならしまへん。

こんな金色の光を持つお方ってどんな人やろ」


「そんな、凄うおすか?」

「へえ」

「そんなものを見ることが出来るあんたはん、やはりただもんやおへん」


「うち、ただの女どすえ」

「おほほほ・・・そのただの人の紫苑はん、

うちのためにその舞台の上でなにかやってくれへんやろか」


「へえ」

と言って立ち上がろうとするが

「ちょっと待って」

と止めたのがさっきから興味深く紫苑を見ていた杏奈だ。


紫苑の後に立つと

「この帽子は似合わないわ」

と黒いつばひろの帽子を脱がせてしまい、

ブラシでさっさとヘアーを整えていく。

前髪で隠していたその素顔は少女といっていい幼さがあった。


「さあ、これでいいわ」

「ありがとうさん」

そういって立ち上がった紫苑は二つの袋をもって舞台に上がっていく。


「紫苑はん!それお三味どすやろ。まずそれでなにかやっておくれやす」

「へえ、なにしまひょ」

といいながら袋から三味線を出して糸巻きを絞りながら弦の音色を合わせていく。

そんな所作はこんな若い人が・・・・というほど慣れていた。


「紫苑ちゃん!『三千世界』をやっておくれやす」

という花江の声に

「へえ・・・じゃあ」

と三味線の音色がこの稽古場に流れ出した。


『♪三千世界の鴉を殺し、主と朝寝がしてみたい♪』


とても短い唄だが、その節回しといい声といい只者ではない。

そう印象を受けたのはここのいる全員ではなかったか・・・


「紫苑はん!琵琶はやはり『平家物語』どすなあ」

井上貞子の声に

「へえ」

と座り込んで袋から琵琶を取り出した紫苑。

きちっと調弦してから琵琶の響きが部屋の中を流れ出した。


『祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。

     娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす。

          おごれる人も久しからず、唯春の夜の夢のごとし。

              たけき者も遂にはほろびぬ、偏に風の前の塵に同じ』


平家物語のほんの一部だったが琵琶といいテノールの声といい

花世が疑うのは最もな話だった。


もしかして?猜疑心が部屋の中に流れ出す。


「なるほど、花世ちゃんが疑うの最もどすなあ。

琵琶といい声といいよう似てはる。小沙希ちゃんが天才なら

紫苑はん!あんたも天才どす。お三味も琵琶もようもそこまで弾けるものどす。

そしてそのお声・・・節回しも天性のものをもってはる。

けんど花世ちゃん、紫苑はんと小沙希ちゃんは別人どす」


「えっ?お師匠はん。それはどこで?」

「そうやなあ、若うて経験の浅いあんたらには判り難いやろなあ。

見極めが付けにくいのは確かどすけど・・・・」

といって舞台上の紫苑を見つめて

「皆も勉強やおもてよう聞いとくんどすなあ。

あんた達もどすえ」

と高弟たちにも言ってから

「何が違うかというと・・・・それは時代え」


「時代?・・・・」

舞妓も芸妓も・・・置屋の女将達も・・・・そして、高弟達も

いやいや、ここにいる全くの素人である婦警たちや早瀬の女たちでさえ意外な言葉に唖然としている。

姿は変われどあきあと同じ声を出し、

同じように琵琶を弾くこの紫苑という子に俄然興味を持ってしまった薫。

「お母様!時代ってどういうことですの?」

思わず声を上げてしまっていた。


「薫はん、ここに全く同じ琵琶と謡いの二本のテープがあったら

どこでどう聞き分けはりますか?・・・

普通に聞いたら全く一緒なんどすえ」


「私には楽器の演奏はわかりませんから、言葉から聞き分けようとします。

小さなイントネーション、発音の仕方・・・・そういうことから聞き分けようとします」


「そうどすなあ、言葉使いでいえばうちらより薫はんの方が専門家どす。

けどうちらは音曲に関しては専門家どす。

そのうちらが聞き分けようとするのは琵琶の演奏の仕方どす。

判りまへんか?・・・・・お三味の弾き方でも江戸からこっち

いくら伝統芸能やゆうても少しづつ変化しとるの、ここにいる花街のものは承知してはるはず」


「あっ!」

声があがった。・・・そうだった。伝統芸能といえど時代が変われば変化する。

必然演奏の仕方も少しづつ代わり、教え方もかわってくる。

漢字の書き方さえも子供に教える書き方を大人にいえば

混乱するぐらいかわってきた。昔との変化はそんなところまできているのだ。


「それで時代の違いなんですね」

「そうどす。小沙希ちゃんの演奏や謡い方は平安時代に習ったものどす。

いくらうちが前世では小沙希ちゃんの婆やいうても

今のうちに平安時代のことおぼえているはずはござんせん。

比較の元はそこの紫苑はんどす。

紫苑はんは完全に現代で教わって弾いている・・・そう思うのは

うちが幼いころに習った琵琶の引き方を踏襲しとるからどす」


「わかりました。小沙希ちゃんの琵琶の弾き方は全然違った。

平安時代と現代・・・・だから時代の違いなんですね」


「そうどす」

と言ってから舞台上の紫苑を見て

「けんど、うちの前にこうした天才が現れたこと嬉しい限りどす。

紫苑はん、あんたお家は?」


紫苑は首を振って

「あらしまへん、そやから小さな木賃宿に泊まりあるいているんどす」

「いけまへん!おなごがそんなとこに泊まっていたら・・・・。

ここの地下にはいくらでもお部屋あるんどす。

そこをあんたのお部屋にしたらええ。

そのかわり時々舞妓ちゃんや芸妓はんに琵琶や三味線を教えてくれたらええ」


「ほんまどすか?いやあうれしい・・・けんど、こんな幸せもうたら謡詠み続けられるか心配どす」


「その時はそのときえ」

貞子言葉が終ると

「いやあ、嬉しおす。これでうちの夢実現できます」

「これ!花世ちゃん。大きな声で・・・・」


「なんや、花世ちゃん。あんたの夢って」

貞子が笑いながら聞く。


「へえ、紫苑ちゃんの演奏で小沙希さん姉さんが舞いを舞うことどす」

「おうおう、そやったそやった。それが見れるんどすなあ」


「うち、紫苑ちゃんに約束したんどす。

いつかきっと小沙希さん姉さんと競演してほしいって。

紫苑ちゃんは約束してくれたんどす。

けどいつ実現するかは風任せっていわれてそれ以上は強ういわれへんかった」


「花世ちゃん、うちここにいるさかいいつでもどうぞ・・・」

「いやあ・・・・うれしいわ」


「それと、御婆様。この紫苑さんの琵琶の演奏に暗示がかかった少女達が

集まってきて座り込んだのは何故でしょう」


「うちにはそこまでわからしまへん。

けんどそんな力その琵琶にあるんとは違うおもいますえ。

琵琶を通じて紫苑はんの力が元方の暗示を封じた・・・そう思うんどす。

さっき紫苑はんが言うとったやおへんか。

謡詠みは琵琶を通じて紫苑はんの心に人の想いが伝わってくるって」


「じゃあ・・・」

「小沙希ちゃんみたいな凄い力やおへんけど、紫苑はんにも力が宿っている思いますえ」


「じゃあ。次は私の番」

といってたちあがった杏奈。

「紫苑さん!その服は?」

「へえ、うちが気が付いたときに着ていた服どす」

「どうやらその服しかないようね」

「へえ、けんど1回着たら洗いますえ。

そやから2日続けて表に出られへんかったんどす」

「じゃあ、お化粧は?」

「ポーチの中にいろいろお化粧品が入っていました。

メイク道具も一式あったんどすがほとんどが基礎化粧品どした」

「基礎化粧品を持ち歩くってこと普通しないけど・・・・」

「へえ、訳がわかりまへん」


「奈緒姉、紫苑さんの身元を調べる必要があるようね。この人きっと良家のお嬢さんだった。

だって、その落下傘のペチコートって一般の女性は着ないわよ。

それにさっきヘアーを触ったとき少しの傷みもなかったわ。きちっと手入れをしている証拠よ。

記憶がないといっても教えられた字を読むとか肌の手入れをするとか

そんな日常的なものは忘れてはいないわ」

「わかった、急いで調べてみる」

「それと先ほど御婆様がいわれた琵琶を習っていた先生がいるはずでしょ」


「ええ、その辺は手抜かりはないわ。

けど始めるのは今日の元方との戦いが終ってからね」

「ええ・・・・」


沙希の身に大変なことがおこっているのは、ここにいる誰も知らない



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ