第二部 第六話
昼過ぎの新幹線の指定席の車両にあきあはひづると並んで座っていた。
この車両全てが早瀬の女となっているのは里から料理人を半数と
都内のレストランのシェフを半数連れて操が乗り込んでいるのだ。
薫もいるし圧絵もいる。奈緒もあの3人の婦警も制服制帽で座っている。
顔が見えないのは今夜の事件解決のため東京に残った京と洋子・・・
そして、後方支援のため泉と有佐ケイも残った。
もっとも泉とケイは明日京都にやってくる。
あとは、まゆみ社長と静香専務も東京に残っている。
京都に来るどころではない忙しさ・・・というのが真相だ。
理沙と鳴海京子と大原智子はマスコミの代表というかたちであきあの通路を隔てた席に座っているし、マネージャー達は女優連を囲むように座っている。
他は松島奈美がみつけてきた早瀬の血をひく看護師達が10数人乗っている。
実をいうと前後の車両には各テレビ局のスタッフや技術者が乗り込んでおり
あきあを守る形をとっているのだ。
カメラ機材や機器類は各テレビ局からすでに出発しているし
各テレビ局のキー局の選ばれたスタッフ達も京都・・・の比叡山に向かっている。
つまり、日本の主要テレビ局が京都の比叡山に集結しているのだ。
こんな状態に新聞社や週刊誌が気づかないはずはない。
ゆうべの元方の夜空いっぱいのパフォーマンスがあって
新聞紙上を賑やかせている今朝なのだから。
だから、この3輌以外の車両には記者連中が大勢乗っている、
と京子と智子が知らせてきた。
別にあきあを目的に狙っているわけではないだろう・・・でも怪しんではいる。
あきあ番の記者も混ざっているから。
あきあは例によってセーラー服の佐野沙希という女子高生に顔を変えている。
そのあきあに
「ねえ沙希!あの家の地下が途中設計変更して3階から7階まで広げたということ聞いた?」
という薫の話にえっ?という顔をする順子や律子・・・井上貞子の家を知っている
女達の反応は驚きで一杯だ。
「えっ?・・・・ごめん、黙ってて」
「じゃあ、沙希の仕業なの?」
「うん、あの温泉が見つかることによって、京都で働く女性のための
ひとつの理想郷になってほしかったの。病院施設と宿泊施設そして温泉昔の湯治場みたいでしょ。
ママに設計変更を頼んだときには、まだ少し自信がなかったけど今でじゃ良かったと思ってるわ」
「へ~・・・・じゃあ途中で設計変更したんじゃ、
まだ完成とはいえないのじゃあないの?大丈夫なの?これだけ大勢で押しかけて」
「へへへへ・・・少し私も手伝ったから、もう完成しているのよ。
里の温泉のお湯も今日入っているらしいから、着いたらさっそく入りましょうよ」
「ワ~イ、又あのお湯に入れるの?ヤッター」
とひづるが喜ぶ声に女達はにこやかに笑うが、
初めての看護師達や3人の婦警には何のことかわからない。
★
タクシーを連ねて、あきあにとっては京都の実家に戻ってきた。
出迎えるのはママの真理と高弟達だ。
「お帰り沙希ちゃん」
「沙希姫様!いろいろご苦労様どした」
と苦労をねぎらう高弟の志保。
「ママ!志保さん・・そして、みなさん。お出迎えありがとうさんどす」
「沙希姫様にはお元気なご様子、本当に嬉しいどすえ」
高弟達も喜びで一杯だ。
「ママ、お婆ちゃまは?」
「舞妓さんたちのお稽古でお稽古場にいますよ」
「じゃあ・・・」
と言って玄関に入ろうとして足を止めた。
「ママ?今朝電話したことは?」
「ふふふ、もうちゃんと届いてますよ」
沙希はニッコリして
「じゃあ、着替えてからお婆ちゃまにご挨拶します。杏姉!頼むわ」
と言って杏奈と共に玄関に入った。あわてて志保や何人かの高弟達があとを追っていく。
「相変わらずね、沙希ちゃんは」
と苦笑いする真理に
「真理姉さん、みんなをお稽古場に入れてもいいの?」
と薫が聞く。
「いいわよ。でも舞妓さん達のお稽古中だから静かにね」
高弟達に導かれて家に入る早瀬の女達、総勢50数名がゾロゾロと井上家に入って行く。
道行く人達が何事かと覗き込むのを真理がにっこり笑っておじぎをする。
この通行人の中に何人あきあ達を追いかけてきた新聞記者がいるのだろう。
そう思うと『ご苦労様』と挨拶したい真理であった。
稽古中の井上貞子は厳しい人だ。
「静絵!何度いったらわかるんどす。扇は道具ではないんどすえ」
「ほら、もっと腰をおとして!」
そんな稽古場にお辞儀をしてから薫達が音をたてぬように入って静かに座る。
皆もあとに続き、薫にならって同じように座る。
50数人が見学者になっているのをみて舞妓さん達も緊張がピークになって
いつもの踊りが出来ないようだ。
「今日は終わりどす!。こんな踊りを見せられるお客はんお気の毒になあ」
そして、ふ~とため息をつく。
そのとき、お稽古場の襖のむこうから
「こんばんわ、遅れてすんまへん。お稽古お願いどす」
と可愛い声がきこえる。
はっとした貞子
「おお、その声は」
と腰を上げたが、みんなの目を気にしたのかすぐに腰を降ろした。そして
「よろしおす。入って用意をしなはれ」
その声でスーっと襖があき、お辞儀をした舞妓が1人。ゆっくりと顔をあげる。
とたんに舞妓達からざわざわと声があがるが
「これ!・・・静かに!・・・あんたはん達、よう見とくんどすえ」
シーンとする舞妓達、
「ほなら、小沙希ちゃん。前の続きどす」
「へえ、よろしゅうお願いします」
といって舞台の上で扇を目の前に置いてお辞儀をする。
小沙希の舞いは素人目にみても先ほどの舞妓たちとは全然違った。
舞いを舞う小沙希の後ろに景色が見えるのだ。
「この続きはこうなんどす」
と高弟に踊らす貞子。それをじっとみている小沙希。
「小沙希ちゃん。今のところを」
「へえ」
といって舞う姿。一度も踊った事が無いなんて思えない。
初手から間違わず、それどころか舞いのツボを押えているのだ。
「まあまあ、あんたと言う人は」
とため息混じりの驚きを与えているのだ。
「あのう、お師匠様。こことここが少し舞いにくいんどす」
「ほうほう・・・小沙希ちゃんならどうするえ?」
「えっ?うちなら・・・ここはこう、ここはこうしますとほんに踊りやすいんどす」
「ほなら、小沙希ちゃん。小沙希ちゃんのいう通りにして最初から舞ってみなはれ」
小沙希の舞をじっと見つめる師匠と弟子達、思いは同じだった。
昔から舞いにくい所作だった。ではどうすればいいのか?
・・・・そこまで考えつかなかったのだ。
今、真剣に見つめる。
舞は終わった。なるほどそう舞えば良かったのか、改めて目が覚める思いがする。
「小沙希ちゃん、こっちへ来なされ」
と自分の近くに呼び寄せた。
小沙希の座るのをまって
「小沙希ちゃん、ほんにあんたはんは舞の天才どす。うちなんか足元にもおよびまへん」
「とんでもありまへん。これはお婆ちゃまのお教えがええからきっちり舞えるんどす」
「ほれみなはれ」
という師匠の声に
「へ~」
頭を下げるしかない舞妓達。
「さあ、真理はん、小沙希ちゃん。久しぶりに聞かせておくれやす」
「はい」
と言って琴を取りに立つ真理。
小沙希は両手の平を上に向けると
ボウと『緋龍丸』が現われた。
聞いた事がある小沙希の秘術を目の前で見た舞妓達、
「キャッ」
という叫び声こそ上げないが、手を口にあて目を大きくあげて少し腰を浮かせて背をそらせ、
逆の手を畳において身を支える。そんな図がみられた。
今日始めてあった女優日野あきあ・・・今、小沙希ちゃんと呼ばれている舞妓と
同人物とは判ったが、こんな不思議な術を使うとは・・・・
いや、テレビのドラマで見たではないか・・・じゃあ、あれは本物? ざわめく看護師達。
小沙希は立ち上がって縁に出る。そしてガラス戸を開けると風が頬をなで 気持ちが落ち着く。
今はこれからの戦いのことは頭にない。ママの真理が琴爪をはめて小沙希をみている。
今は無心だ。山・海・川、自然の息吹が小沙希をつきうごかす。
真理は驚いていた。薫に聞いてはいた。沙希ちゃんの笛を聞いて昔の体臭が戻ったとか、
以前の沙希ちゃんの笛は本当に名人級だった。
でも、これは一体なに?まるで天上の音楽を聴いているようだ。
一本の笛なのに高低のハーモニー・・・
隣りの祖母の貞子が目を白黒させている。驚くことなんてない人なのに。
(いけない!無心で沙希ちゃんについていかなくては・・・・)
でもその心配は無用だ。真理もやはり天才だった。
最初こそぎこちなかったが段々と小沙希の笛に押し上げられ高みに上げられていく。
天上で仏に囲まれて演奏している真理がいる。
いや、琴をひいているのは弁天様だ。そして、笛を吹いているのは菩薩様だった。
調べは消えるように終わった。さすがに真理は肩で息をしている。
「真理はん、小沙希ちゃんこの通りどす」
といって座布団から降りて頭を下げる。
「お母様!やめてください。そんなこと」
「そうよ。お婆ちゃまが孫に頭を下げるなんていけないわ」
「いやいや、今はそうすることが、わての精一杯のお礼どす」
と言ってから両側に座り込んだ真理と小沙希の手を握り、
「今のは天上の調べ・・・・そうどすなあ。わてには見えました。
琴をひく真理はんの弁天様、そして笛を吹くのは小沙希ちゃんの菩薩様。そうでっしゃろ」
「わたしも自分が琴を弾きながら天上で弁天様になっておりました」
といってから小沙希を見て
「沙希ちゃん!やはりあなたには菩薩様が・・・・」
「いややわ、わたしは早瀬沙希という正真正銘の人間よ。仏様ではないわ」
だが、ここにいる全員が見ていたのだ。天上に導かれた自分達の目の前に
今、師匠と真理が言ったことと同じことを。
でもそんなことどうでもいい、あんな天上の調べを聞かせてもらえるなんて。
3人の婦警も訳もわからずここまで連れてこられたが、いくら現代っ子だって真実のことはわかる。
日野あきあという女の子が自分達を導いてくれているのだ。
そして、自分達も早瀬の女だと言ってくれた。
それがどんなことなのか判らないが、ここにいる人達
・・・いや、あこがれる松島警視と同等に扱われている嬉しさ。
後ろでざわざわと騒がしかった看護師達も、もう物音一つ聞こえない。
見つめるのは舞妓姿の小沙希・・・いや天才女優日野あきあ、ただ1人。
そう、こうして間近でドラマをみているのだ。
「ママ!お部屋は?」
「ええ、皆さんのお部屋は用意してありますよ。
それと、先ほど日和子さんから連絡があって京都府警に奈緒さん達の制服を
3着づつ用意させたから挨拶がてら取りに行って欲しいと連絡があったのよ」
「奈緒姉!それと森田さん、篠田さん、葉月さん・・・」
と4人を呼ぶ。
「奈緒姉、聞いたでしょ」
「ええ、じゃあ今から・・・」
「いいえ、お部屋に落ち着いて温泉にじっくりと浸かってからでいいわ」
「じゃあ、そうさせてもらう」
「富士子さん!」
と呼ぶと襖が開いて着物姿の女性が入ってくる。
「奈緒さん、この富士子さんがあなた達のお部屋の係りになるの。
なんでも言いつけて貰ってもいいけれどあまり我儘を言っちゃ駄目よ。
自分達の出来ることは自分達でやってね。ここはこれからあなた達の京都の家になるのだから」
富士子に案内され、奈緒と自分達の家と言われて戸惑いながら後に続く3人。
「次ぎは看護師さん達ね」
と今度は自らの足を運んで彼女達の傍にに座った。
「あなた達が松島奈美に探しだされた早瀬の血を引く看護師さん達ですね。
遠いところをどうもごくろうさま。
責任者である小谷澪先生は今、早瀬の里に戻っていますが
先ほど連絡があって明日には戻るそうですよ。
それまでは地下7階にある温泉にでも入ってゆっくりしていなさいね。
そうそう、地下1階と地下2階があなた達の職場となる病院施設なの。
地下3階が病院の寮となっていて、もうすでに里からのわかい人達が入寮していますけれども、
まだ看護師学校に通う未経験の人達がほとんどなのですよ。
だから、いろいろと教えてあげてくださいね。
それと、ここは人間国宝である京舞の井上貞子先生のお住まいですから
あなた達が出入りするのはそのお隣りの家となります。患者さんの出入りもお隣りとなります。
1階はレストランと休憩所、2階はシェフや料理人さん達のお部屋になっています」
と言ってから
「千佳さん、琴乃さん」
と声をかけると襖があき、二人の看護師が入ってきて真理の隣りに座る。
「紹介します。こちらが浅香琴乃さん、そしてこちらが瀬川千佳さん。
二人とも歳は若いですが小谷澪先生に教え込まれてきました。
じゃあ、二人で案内してあげて」
「はい!」
「はい!わかりました」
といって手荷物を持った看護師達が二人のあとに続く。
「あの!」
と声をかけて
「あなた達が宅配便で送ってきたお荷物はそれぞれのお部屋においてありますから
あとで荷ほどきなさいね」
「ありがとうございます」
彼女達が去ったあと、貞子の傍に戻ってきた真理に
「ご苦労さんどすなあ、真理はん」
「いえいえ、お母様。この2~3日バタバタとしていて煩くありませんでしたか?」
「ほほほほ・・なんのなんの、なんか新しい空気が入ってきはって新鮮どした」
「さあ、あんた達!さっさとお部屋に荷物を置いて、温泉につかってきたら?」
「うん、そうする」
と素直に立ち上がった薫につられて皆立ち上がる。
そしてゾロゾロと部屋に向かった。
後に残った高弟達、皆ほっと肩から力がぬけていく。
「ねえお婆ちゃま。少し出かけてきていい?」
「ああ、菊野屋はんに菊枝ちゃんのお参りどすか?」
「へえ」
といってから、面白そうに今まで様子を見ていた舞妓達のなかの豆奴に声をかける。
「豆奴ちゃん!うちも一緒どすえ」
「うわっ」
飛び上がった豆奴を羨ましげに見る舞妓達。
「さあ、皆も一緒え。うちも置屋のお母ちゃん達のとこまで付いて行きます」
という言葉に飛び上がる舞妓達。
その言葉に『ん?』と不審そうに顔をむける貞子や高弟達、真理もしかりだ。
小沙希が出て行ったあと真理は薫達を呼び出し、徹底的に追及したのはいうまでもない。
最初はのらりくらりとすっとぼけていた薫、圧絵、ひづる、
そしてマネージャーや理沙達、でも真理と貞子の涙には弱かった。
昨夜沙希がなにをしたのかを聞いて、びっくり
「ひ~・・・平将門と戦った?・・・・・」
予想だにしない事だった。
そして、今
「この京の都を焼け野原に?・・・・ええ~藤原元方の怨霊?
小さなおなごはん達がつれさられているんどすか・・・・・・そんなひどいことを・・・・・」
「よろしおす。どんなつてをたどっても、そんな非道な仕打ちをうけはった
親御はんのこと調べなはれ」
と号令をだす貞子。自分が生きてきた大好きなこの京都に卑劣なまねをする怨霊の存在・・・・
我慢ができないのだ。
一方ぺちゃくちゃと話しながら舞妓達と歩く小沙希、でも油断はしていない。
舞妓達にも小沙希ちゃんの不審な行動には首をかしげざるを得ない。
だって送っていった置屋のお母ちゃんをわざわざ呼び出し
なにやら短冊の束を渡し、額にその紙を貼るようなしぐさをしている。
始めは体よく断っていたお母ちゃんだが、小沙希ちゃんの話を聞くにつれて
見る見る血の気が引き真っ青になって今度は逆に小沙希ちゃんに懇願している。
そんな事を置屋ごとに繰り返す小沙希ちゃん。全く訳がわからない。
結局、豆奴1人になったのは15:00近くなっていた。
「ごめんえ、豆奴ちゃんにもつきあわせてしもて・・・かえって遅うなってしもたねえ」
「ええんよ、小沙希さ姉さん。でも、どうしたん?」
「ううん、なんでもない・・・・といいたいけんど、
・・・・やっぱし、お母ちゃんの前で話すえ。急ごう、豆奴ちゃん!」
ちらっと横目で見る小沙希さん姉さん。
豆奴にとって凄い人であり自慢の小沙希さん姉さんが
こんな真剣な表情で足早に急ぐなんて・・・・・。
いつも凄い事件をニッコリ笑いながら解決してきたのに。
そうおもうと胸がドキドキしてきた。物凄いことが起きる予感がして・・・・・。
「ただいま」
という声に
「これ豆奴!こんな遅うまでどこをほっつき・・・・」
と2階から降りてくる菊野。豆奴の横にいる舞妓をみて
「まあ・・・小沙希ちゃん・・・」
「えっ?小沙希ちゃんが?」
と言う声でドッドドド・・・・と階段を降りてきた花江達芸妓と花世達舞妓。
「お母ちゃん!ごめん。うちが豆奴ちゃんを引きづりまわして遅うなってしもうて」
「まあ、小沙希ちゃんが一緒なら、心配することおへんかった。さあ、早うおあがり」
「お母ちゃん、うちお話があるんどす」
と菊野の顔を見てから、
「そして、みんなにも・・・・」
小沙希のただならぬ様子にみんながドキっとした顔で居間に座る。
「小沙希ちゃん!どうしたんえ?」
小沙希の様子にオロオロする菊野。
「お母ちゃん!落ち着いて!」
と菊野の横に座りなおし、その手をぎゅっと握って座った自分の膝の上におく。
先ほどから小沙希がどこかへ行ってしまうような心細さが
こうして手を握ってくれたことでほっと落ち着いた。
でもこれで、自分が小沙希をどれほど思っているか、どれほど頼りにしているのか
・・・・もう実の娘以上だった。
「うち、これから話すこと長うなるけど・・・」
と言うと
「そんなん、かましまへん」
と花世がきっぱり言う。
小沙希が大好きな花世は今は仕事のことなんか頭にはない。他の芸妓や舞妓達も同じだ。
「里から帰って・・・・・・・」
と話し出した小沙希。
あの般若童子のことは皆承知している。
「又、小沙希さん姉さん、やってはる。うち、きつうに叱ったのに・・・」
「ダメダメ!あんなことあると小沙希ちゃんには見逃すこと出来しまへん」
新聞を読みながら話す花江と花世、そして二人を取り囲む芸妓と舞妓たち。
そんな図が昨日あったのだ。
だが、今その続きとなる話を聞かされ顔色が真っ青となるのは当然だろう。
小沙希ちゃんが以前と同じようにドラマ仕立てとはいえ、あの平将門の怨霊と戦うなんて・・・・
全くなんて子なんだろう。そしてこんなこと出来るのは世界中でこうして
温かく手を握ってくれている小沙希ちゃんだけなのだ
でも今まで小沙希の口から聞かされた話は序曲でしかなかった。
この京の都にもたらせるであろう恐怖は菊野達を震えあがらせた。
「こ・・・小沙希ちゃん・・・藤原の元方と・・・いえば・・・」
さすがに京都人である。平安期とはいえ元方がこの都にもたらした災いは知っている。
その元方が復活してこの地を焼き野原にするなんて・・・
「その日は明後日の午前2時・・・」
そう具体的な日時を聞かされ、いてもたってもいられなくなる。
「お母ちゃん!うちやります。ええどすな、花世ちゃん・・・・」
「うち、小沙希さん姉さんが危ない事すんのいやどす。
・・・でも・・・今回は別どす。小沙希さん姉さん、徹底的にやってもかましまへん」
そして、小沙希をキッと見つめて
「うちらは、小沙希さん姉さんみたいなことできまへん。
でもうちらにやれることあるはずどす」
「花世ちゃん!ええこというわ。そうや、うちらに出来る事あるはずどす」
「花世ちゃん、花江さん姉さん。さすがうちのお姉ちゃんや妹たちどす」
”姉”と聞いて驚く・・・というより飛び上がって喜ぶ芸妓や舞妓。
「お姉ちゃん・・・言うてくれるんどすか?」
「あたりまえどす、お姉ちゃん達はうちの肉親どす。
うち、本当にそう思ってるんどす」
そう、早瀬の里に行ったとき、小沙希ちゃんの姉である理沙はんに聞いた事がある。
小沙希ちゃんの肉親の情の薄い育ちを・・・・そう思うとなんかせつのうなる。
そんな時、一番年下の豆奴が突拍子もなく
「ほんなら、うちはどうなるんどすか?」
と聞く
「アホやなあ、この子なにを言うかとおもったら・・・・」
姉さん達の笑い声に
「豆奴ちゃん、あんたはうちの妹どす」
パッと顔を輝かして喜ぶ豆奴。
それを見て、からかった姉さん達はシュンとしてしまう。
「ええ~と」
っと花世がこの場の雰囲気を変えるように
「うち、なんの話をしていたんどすやろ・・・・
そうどす、そうどす。小沙希さん姉さん!うちらに出来る事、あるんどすか?」
その花世の言葉に得たりとばかりに
「へえ、うち・・・お母ちゃんとお姉ちゃん達にやって欲しい事あるんどす。
ちょうど豆奴ちゃんがお稽古にきてはったんで、他の舞妓ちゃんを送りながら
置屋のお母ちゃん達にも頼んできたんどす」
菊野は悲しくなった。どうして最初に言ってくれないのか。
そんな菊野の心は小沙希にはお見通しであった。
「お母ちゃん、そんな顔したらあきまへんえ。一番偉い人には最後に報告するんどす」
その小沙希の言葉でとたんに元気になる菊野。
花世達に『パチッ』とウインクしてから
昨夜からこの京都でおこっている少女消失事件を話す。
警察がパニックを恐れて報道を止めているのか、
記事にする時間がなかったのかどこからも報告されていないので
菊野も花江達にも寝耳に水の大事件であった。
「そ・・・そんな・・・そんなこと・・・あったんどすか」
思うてもぞっとするのだ。
でも皆、女だ、可愛い我が子が突然いなくなる。想像出来てしまうのだ。
ふつふつと怒りが増してくる。
「小沙希ちゃん。うち達、どうすればいいんどす?」
母親となる年齢に一番近い花江が怒りで顔が真赤になっている。
小沙希は横に置いていた風呂敷包みを前に持ってきて皆の前で広げる。
覗き込む皆の目に映るのは、短冊に不思議な文字が書かれた束だった。
その一枚をとった小沙希が
「豆奴ちゃん、ちょっとうちの前に座ってくれはる?」
「へえ」
と言って素直に立ち上がって小沙希の前に座りなおした。
「豆奴ちゃん、少し目を閉じてくれはる?」
頷くと直ぐ目を閉じる。
その豆奴の顔の前に短冊をかざす小沙希。すると不思議なことがおこった。
短冊の文字が浮き上がり、そして豆奴の額に移っていくのだ。
短冊をおろして見る豆奴の額には梵字が青白く光っていた。
けれどその文字が薄くなり皮膚の中に消えていく。
こんな不思議な現象を見届けた皆からは声もでない。
「豆奴ちゃん、もういいどすえ」
目を開けると立ち上がって元のところへ戻っていく。
「これで豆奴ちゃんには聖結界が張られたんどす。
聖結界は人にあらざる者をはねとばしてしまうんどす。
元方が出してくる悪鬼・餓鬼・幽者・悪霊の攻撃を受付ないんどす。
その上、元方の暗示はかからへんし
うちがこんなことする本当のことは、
例えば今の豆奴ちゃんが暗示のかかった小さな女子はんの傍に寄ったら暗示がとけるんどす」
そして、持っていた短冊を豆奴に渡し
「豆奴ちゃんは、もううちと同じことできるんどすえ。
豆奴ちゃん!花世ちゃんの顔の前に短冊をかざして! 花世ちゃんは目を閉じて!」
と指示すると
短冊から文字が花世の額に移っていく。そして文字が花世の額に消えていった。
「ひやあ・・・うち、なんや小沙希さん姉さんになった気がするわぁ」
といって舞妓の花鶴に同じ事をくりかえす。
花世もつられてか花江に術をほどこす。(これも術の一種なり)
そして、あっというまに菊野屋全員が聖結界の持ち主となっていた。
少々騒々しかったが、皆これからのことを思ってか、すぐにさっと座りなおす。
「これでうち、少しは安心しました。
うち、これからこの祇園界隈に結界をほどこすつもりどす。でも心配は・・」
「小沙希ちゃん。心配ってなんどす?」
「今施した聖結界、さっき言った人でないものには効果はあるんどすが人には効かないんどす」
「人には効かないんどすか?」
言っている意味が伝わらない。
「花江さん姉さん!花江さん姉さんがもし、あの元方に自分の子が人質にとられてしまって、
例えばこの菊野屋を襲え!さもなくば人質の子供を殺す!・・・と言われたら、
花江姉ちゃんはどうしはりますか?」
と小沙希に言われて皆は真っ青になった。
「こ・・・小沙希ちゃんは・・そ・・そこまで心配しとるんどすか?」
「へえ、うちは卑劣なあの元方のこと、いくら自分の子供をちっちゃい時に
自分のせいで死なせてしまはったと言われても、こんなに大勢人質はとらしまへん。
京都は260万人住んではります。その半分が子供はんとして、またその半分が
女子はんどす。簡単な計算どすけど65万人が人質になるんどす。
いくらうちらが頑張っても65万人の人質になるのを止める事できへんのと
違いますか」
みんなから声が出ない。数が多すぎるのだ。
「うちが先に言った人質の親御さん130万人・・・・
これ計算上でいっただけどす。
けんど1万人でも元方のいうこと聞かはったらこの京の都は焼け野原どす。もう止められへん。
いくらうちでも人質となった親御はんと戦う事できまへん」
といった。
でも・・・・でも・・・どうすれば・・・
「元方の言った時刻にまだ時間があるんどすが・・・・
ねえ、皆!人ってこんなことでつぶされるような生き物と違いますやろ」
「そうそう、小沙希さん姉さん!うちらこんな事で負けへんのどす」
「小沙希ちゃん!こうなったら人海戦術どす。
そう思ってこんなたくさんのお守りつくったんどすやろ」
小沙希はニッコリ笑う
「さすがうちのお姉ちゃんや。うちの考えている事わかるんどすなあ」
「こんな妹持って良かったのか・・・・」
とことんお騒がせやの小沙希を見つめる。
「えらい言われ方やなあ。
・・・ところでお母ちゃん、ここにお母ちゃんがいるの・・・うち心配で心配で・・・・、
直ぐにでもお婆ちゃまのところに移ってほしいんどす」
「お師匠はんのところへ?」
「へえ、もう地下の施設も完成しているんどす。
それにあの温泉も今日、里から送られてきたんどす」
「えっ?あの温泉、この祇園でもう入れるんどすか?」
「へえ、どんどん入ってもかましません。他の置屋のお母ちゃんにもいっときました。
舞妓ちゃんの中には豆奴ちゃんみたいに元方に人質にとられても
おかしいことおへん子もたくさんいます。
そやから一つのところでまとまっていてほしいんどす。
あのお家全体に、聖結界を2重に張っているんで元方には見えてはおへん。
だから安心して寝泊りしていていいんどす」
それからは、早かった。そんなにたくさん着る物を持っていく必要はなく
みんな手荷物一つで井上貞子の家に向かった。
井上家のお稽古場には他の置屋の女将や芸妓舞妓達がワイワイガヤガヤと集まっていた。
「お婆ちゃま!ただいま戻りました」
と挨拶をする小沙希。
「おお、戻ってきはった」
といって自分の横を示す貞子。
高弟達も異様な雰囲気に・・・でもさすがに自然なかたちで控えていた。
「小沙希ちゃん、あのお話聞きました。
うち、この京の都に災いをもたらす怨霊はゆるしてはおへん。
でもそんなことができるのは小沙希ちゃん一人・・・あんたが頼みの綱なんどす。
小沙希ちゃん!この京の都を守っておくれ」
そういうとしっかり小沙希の手を握る。
「お婆ちゃま、安心して!」
ニッコリ笑うと立ち上がる。
「あっ!小沙希ちゃん!」
「お婆ちゃま!うち比叡山に行ってきます。
蓬栄上人様達に女の子達に渡すお守りを作って貰っているんどす。
それを取りにいってきます。それと警察やテレビの基地を見てきます」
といって着替えに自分の部屋に戻る。
心得て杏奈が瑞穂と律子・・・それにゆりあがすっと立ち上がって後に続く。
目の端には菊野屋のお母ちゃん達が他の置屋の人達に結界を施す姿があった。
次に現われたときは小沙希はセーラー服になっていた。先夜の美少女戦士の姿だ。
一度祖母の横に座る。
「じゃあ、お婆ちゃま。行ってきます」
ときっちり頭を下げて挨拶をする。
顔をあげた小沙希見事な笑顔だ。何の屈託もない。
「ママ!お母ちゃん達にお部屋の準備を・・・」
というと祖母のお茶を入れ替えていた真理が
「もう準備してますよ。余計な事考えなくてもいいから。沙希ちゃん、がんばって」
「沙希姉さん」
と声をかけたひづるの胸からひらひらと蝶が舞い上がり、そして少女の姿になった胡蝶が
「あきあ、行くのか」
「うん、偵察と人質が何処にいるのか探してみる」
「なら、私もいく」
といって蝶に姿を変えセーラーの胸ポケットに張り付く。
菊野屋以外の女将・芸妓・舞妓達はもう声もでない。
「みなはん、いいどすか。今見たこと、これから見ること決して人に言ってはいけまへん
死ぬまでどす。いいどすな!」
と人間国宝の井上貞子にこういわれては口に出すことは出来ない。
もし違反したらこの祇園にはいられなくなる。
「沙希!」
と言って杏奈が沙希の額に陣八を『パチッ』と止める。
そして、ゆりあから渡された手甲を瑞穂と律子が左の指に通し肘まである手甲の
留め金を『パチ・・・パチ・・』と止めていく。
全て準備を終えた沙希は庭に回されたスニーカーに足を通した。
そして庭の中央に歩み出た沙希は振り返ってにっこり笑うと
「行ってきます」
という一言だけを残して飛び上がった。
吃驚仰天の舞妓や芸妓・・・・言葉も出ない。
中には感のいい子もいて
「まさか・・・・小沙希ちゃんが・・般若童子?」
と声を上げた。
「シー」
と皆にわかるように唇に一文字に人差し指を一文字に持っていく
菊野屋の女将や芸妓・舞妓達。
ここでようやくそうだったのかと愁眉を開く他の置屋の女将達。
毎日毎日お百度を踏む菊野屋の女将。死んだ娘のためとは思えないし・・・・、
とにかくチュンチュンと外野が煩かったのだ。
そして今、娘の事件を解決したのが、小沙希ちゃんであり
その身を心配してのお百度だったと判ったのだ。
・・・・・・・・・・・なんだか羨ましくなる。
★★
ここは比叡山奥の院の本堂の庭先、ストンと降り立った沙希が
「天鏡さん!」
と大きな声を上げると
「おお、沙希殿!さあさ、おあがりなさい」
天鏡に導かれて本堂への階段を上がる沙希。
廊下のところでスニーカーを脱ぎ本堂の座敷にあがった。
蓬栄上人を始め峰厳和尚・・・驚いたことにもうすでに宗円和尚の姿がみえる。
「さあさ、沙希殿。こちらへ」
と進められて蓬栄上人の前に座った。
上人は筆をおいて少し肩を動かす。肩が凝っているようだ。
いそいで立ち上がった沙希は蓬栄上人の後ろに回って膝立ちをして蓬栄上人の肩を揉み始めた。
「沙希殿!沙希殿にそんなことをさせたら・・・・」
罰が当たるという言葉を押さえ込んで
「いいえ、こんなことわたしがいえば失礼に当たると思うのですが
お上人様がわたしのお爺ちゃまに思えてしまって・・・・
わたしには幼い頃の恐ろしい祖父の印象しか残っていません。
だからいつかこうしてお爺ちゃまの肩を揉むのが夢となっていました」
「優しいのう・・・沙希殿は。・・・・そうか、聞いておるぞ。
沙希殿の肉親の情に薄かったのを・・・・」
「いいえ、わたしには今たくさんの姉と母と・・・そして井上のお婆ちゃまが
います。あっ・・・こんな事を言って失礼だったのでしょうね」
上人がうつむいてしまったで慌てて言い添える。
「いやいや、そうではないぞ、沙希殿。わしを祖父と呼んでくれるのか
いや・・・嬉しい限りじゃ」
「えっ?いいんですか?お上人様」
「あぁ、それそれ、もうそんな堅苦しく呼んでもらわなくても良い」
「いいんですか?お爺ちゃまと呼んで!・・・・嬉しい!」
「羨ましいのう、蓬栄よ」
「そんなことなくてよ、峰厳のお爺ちゃま」
と言われてパッと顔を輝かす。
本堂に温かい空気が流れていく。沙希が来て空気が変わったのは確かだ。
「ぐすん!・・・」
と鼻をすするのは天鏡だ。
この男こういう話題にはめっぽう弱いのだ。つまり感激屋なのだ。
「全く・・・・沙希殿は・・・・沙希殿は・・・・」
「あら、天鏡のお兄ちゃん。どうしたの?」
”お兄ちゃん”と呼ばれ、慌てて振向いた天鏡。
余程驚いたのか普段でも達磨大師のような大きな目がそれ以上に
大きくなっているのだ。だがその口元がぶるぶる震えているのが見て取れる。
この天鏡と言う男、赤子のときにこの比叡山に捨てられていたのだ。
拾ったのは若き峰厳だった。時の奥の院の上人に直談判して
許しが降りるまでいつまでも上人の前に座りつづけた。
とうとう上人は折れた。それも誰の手も借りずに育てるという条件つきだった。
峰厳は育てあげた。赤子を背負って修行をする峰厳をせせら笑っていた修行僧も
その姿勢に最後には真剣に見守るという姿勢にかわった。
ただ1人、上人の目を盗んで赤子の世話をしていたのが今の蓬栄上人であった。
峰厳も蓬栄の力がなければ育てることを中止したかもしれない。
だが二人を影からそっと見守りつづけた上人のこと。誰も知る者はいない。
「お兄ちゃん?・・・・お兄ちゃん・・・と呼んでくださるのか」
「当たり前じゃない。このお山にはお爺ちゃまもいるし、お兄ちゃんもいるの。
それも天鏡のお兄ちゃんにたくさんの武者僧のお兄ちゃん、そして宗円のお兄ちゃんもいるわ」
宗円も武者僧も兄と呼ばれ喜びに溢れている。
「さあ、蓬栄お爺ちゃまは終わりね」
「おうおう、楽になったわい。沙希や」
自然と孫のように思え呼び捨てにする自分を発見する。
嬉々と隣りで峰厳の肩を揉み始めた沙希を横目で眺める蓬栄上人。
(優しいのう、・・・優しすぎる。この世のものとは思えぬ優しさだわい。
この子に菩薩様が降りてくるんはわかりますわい。のう菩薩様。
こんな優しい子なのに修羅の道ばかり、守ってくだされ、菩薩様。
守ってくだされ、こんなしわがれ爺の命が必要ならいつでもさしあげますわい」
と祈らずには得なかった。
あらためて蓬栄上人の前に座りなおした沙希、
その前には僧侶達が作り上げたお守りが大事に風呂敷に入れられてある。
「ありがとう、お爺ちゃま、お兄ちゃん達。これで何人もの女の子が
元方につれていかれなくて済むわ」
「沙希や、わし達も読経とこうしてお守りつくりを出来るだけつづけるだけじゃ。
じゃが、命だけはいとうてくれよ」
「わかってます。わたしは負けはしません」
といって頭を下げる。
「お爺ちゃま、一つお願いがあります」
「何かのう」
「土御門の術者の人達の手を借り受けたいのです」
「土御門の術者?」
「はい」
「して、どういう?」
「はい、晴明神社の警護!」
はっとして峰厳と顔を見合わせる。
「わしとした事が・・・・」
気がついたのである。
「天鏡!土御門の者達をいそいでここに!」
「はっ!」
といって慌てて本堂を出て行った。
2~3人の武者僧が続いて出て行く。
蓬栄上人と峰厳和尚に苦渋の色がにじみ出る。
それをみていた宗円もはっと顔色を変える。さすがに宗円、気がついたのだ
どたどたと足音がして天鏡達が入ってきた。後ろに土御門の術者25人が付いてきている。
そこに沙希の姿を見てハッとして頭を下げる。
そこにいるのが、か弱い女の子には見えるがそうでないのは
今までの彼女の術者として強大な力を目の前で見ているのだ。
信じられないが彼女は平安時代で安倍晴明の元で修行したと聞いている。
その彼女が口を開いた。
「皆さんには怨霊・藤原元方の復活はもうすでにご存知だとおもいます。
その元方はもうすでにいろんな手をこの京の都に打って来ています。
次に狙うはこの京の結界の要となる晴明神社の破壊です」
という言葉にあっと声を上げる。そうなのだ。それが一番恐い。
結界が無くなれば朱雀門が開く、地獄の悪鬼のたくいがそれこそ数知れず出てくるのだ。
「わたしはこの間、京都の結界を張りなおしたとき、
何かの安全にと思って晴明神社そのものにも結界を張っておきました。
つまり二重の結界です」
「二重の結界?」
「はい晴明神社の結界を破らないともう一つの京都全体の結界を破れない。
だから怨霊・悪鬼のたぐいには強固なので心配はありません」
「それでは何故?」
といいかけてハッと気づく土御門の術者。
「そうなのです。いくら強固な結界でも普通の人には結界そのものが空気と同じ・・・
つまり、無いのと同じなのです。
今、京の町でこんな事件がおこっています」
と少女が次々と行方不明になっている事件を話す。
「相手は卑劣だが強大な力を持つ怨霊です。寝ている少女に暗示をかけて
自分の元に呼び寄せるなんて簡単なことです。
例えば1万人の子供が人質になるとすると親は倍の2万人です」
あきあの言う事がもう一つぴんと来ないらしくポカンと見ている術者達。
「自分の子供が人質となって手枷足枷を嵌められた親が
『晴明神社を焼き討ちにしろ』と元方に囁かれたとしたら?」
「あっ」
と声をあげる術者と僧侶達。
そこまでも考えもしなかった。
考えられたのは蓬栄上人と峰厳和尚・・・それに和尚達の表情を呼んで気づいた宗円ぐらいだ。
「これは・・・・」
といって立ち上がる。
もう一つ沙希は言い添える。
「峰で打ってください」
つまり気絶をさせろっという意味だ。
「相手は卑劣な罠にはまった一般市民なのですから。
わたしは、下の前線基地の様子を見てから、京都府警に行って打ち合わせてきます。
それから晴明神社に向かうので少し遅れるかも知れません」
といってから聖結界の文字を与えた。
これで術者としての力が上がるはずだ。
術者達が急ぎ出て行ったあと
「お爺ちゃま!お兄ちゃん達!見守っていてください。では行ってきます」
と宙に舞い上がった。
★★★
比叡山の中腹にある前線基地、なるほど広い。
今は薄暮の状態なので誰かが沙希を見つけたらしく指をさして何やら叫んでいる。
走って集まってくる人達、その中にゆっくりと舞い降りる沙希
顔見知りと全然知らない顔のスタッフ達、ローカルやこの京都のテレビ局なのか。
知らない人は信じられない者を見たという表情をありありと浮かべている。
そんな人ごみを掻き分けて小野監督が飛び出してきた。
後ろに映画の時のスタッフの手に預けておいた『ステーション』と
改良型の『ステーション』が入った箱を持っている。
「あきあくん!ちょうど良かった。ステーションをだしてくれないか?」
「はい」
といって九字をきるあきあ
「『臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前』」
そして唱える真言
「ナウマク・サマンダ・バザラ・ダンカン」
蓋を開けた箱の中から新旧24個の『ステーション』が大きくなって宙に飛び出た。
そして、ゆっくりと地上に降りてくる。
「ようし、決められたテレビ局のカメラマン!テレビカメラの準備をしろ!
そういうと我先に与えられた『ステーション』に走る各テレビ局のスタッフ達。
でも、まだ小野監督とあきあを囲むスタッフは何かを期待して大勢いる。
「小野監督!」
「何かね、あきあくん」
「監督にお願いがあります」
それ!来た!とばかりに耳をかたむける。
実は上の方から命令されているのだ。あきあの行動、言った事を逐一メモして報告せよ・・・・と。
そんな事、つゆ知らず
「実は『ステーション』を一台、晴明神社の見張りにつけて欲しいんです」
「どうして?」
「実は・・・・」
と自分の推理を話し出した。推理というより確信だろう。
「自分の子供を守るために、晴明神社を襲って焼き討ち?・・・そうか・・・・」
と考え込む小野監督、だがその顔には痛ましげな表情が浮かぶ。
「いいだろう。じゃあ、どこのテレビ局に・・・」
と言いかけた時
「はい!」
と手を上げたスタッフの1人
「ぜひうちにやらせてください。・・・いや!やらねばならないんです」
「君は何処のテレビ局?」
「はい、京都テレビです」
「ほう、地元かね」
「はい!晴明神社はわが京都の要なんです。
その要を見張ることは京都テレビの義務でもあるんです」
「わかった!じゃあ君達に交代用を含んで2台『ステーション』を預ける。
すぐにカメラ機器のセットをしたまえ。乗員はカメラマンを入れて5名だ。
あっ、そうそうモバイルを1台持っていけ」
「モバイル?モバイルなら俺、もっていますが」
「いやいや、そんなのとは比べものにならない。送受信を兼ねた最新式のモバイルだよ。
このあきあくんが開発したものなんだ」
驚きで目を真ん丸くするスタッフと外野席。
でも実物を手にした驚きはそんなものではすまなかった。
こんなモバイル聞いた事も見たこともなかった。
「ふふふ・・・そうだろう」
と説明役を買って出たVテレビのスタッフ自慢たらたらだ。
現実目の前であきあによって改造されるのを見ていたのだ。
「これを彼女が作った?もし本当なら彼女は天才だ」
「もし本当ならだって?冗談じゃない誰が嘘をつくもんか。
うちの社長だってほかの偉いさんも他50名の俺達スタッフもいたんだ。
そうだ、飛龍高志も他の共演者もいたよ」
その言葉が本当なのだと、すぐに証明する事になる。
「あきあくん、すまないが君んところの専務がモバイルとCCDカメラを
100台送ってくれたんだ。すまないが改造をしてくれないか」
「静姉が?わかりました。長テーブルを並べてその上に・・・そして工具を・・・」
Vテレビのスタッフがあっという間にセットする。
あきあが真言を唱え、呪をかけると工具箱から工具類が飛び出してきて
モバイルの改造を始めた。もうあっけにとられて見ているだけだ。
100台の改造ぐらい15分もかからなかった。
そして、あきあがDOSプロントに打ち込む速さと言ったら・・・・
例によって眼を閉じてきーを叩く速さはもう人間業ではなかった。
これも30分足らずで終わった。
テストは扱いになれたスタッフが他のテレビ局のスタッフに教えるという形で
おこなわれた。もう皆夢中だ。
『ステーション』にはカメラマンとモバイルを手にしてうれしそうなスタッフと
その助手が乗り込んだ。
明日の8:00に交代なので食料品もたっぷりと乗せている。
交代の『ステーション』の要員もカメラのセットは終わっている。
「じゃあ監督!こちらへの連絡は瑞姉に頼みます」
「わかった。気を付けて」
と挨拶され、ニッコリ笑うと飛び上がった。
『ステーション』はすでに消えている。
何も知らないスタッフ達、ただ呆然と空を見上げているだけだ。
人間が何もなしに空を飛ぶ?彼らの常識が『ガラガラ』と崩れていく。
「あっ、消えた!」
「消えたんじゃない、隣りの次元に移したんだ。
そこから撮影にはいるんだよ」
と急ぎ組み立てられたプレハブのモニタールームに入って行く。
小野監督の言う事すら彼らには通訳がいるようだ。
だから昨夜の撮影のために『ステーション』に乗り込んでいたカメラマンや
スタッフ達が自分達の体験をグループをつくって説明していく。
★★★★
『ステーション』を晴明神社のもっとも適切なアングルを撮れる場所に固定してそこを離れた。
心はせくのだが、それを留めるもう1人の自分がいる。
そして、あせりは禁物と言っている。明日、禅を組もう・・・自分を取り戻す為に。
京都府警の前に降り立った沙希。目を白黒させている立ち番の警官二人。
それはそうだろういきなり宙から少女が舞い降りてきたのだ。
「誰だ!・・・き・・君は・・・!」
と警棒を取り出そうとする。
通行人も遠巻きに取り巻いている。確かに見た。この少女が空を飛んできて
ここに降り立ったのは・・・・あれは・・・確か女優の日野あきあ!
とんでもない能力を持つ女優と日頃から噂のある女優だ。
これって・・・・これって・・・本物だぁ!
生唾を呑み込んでこの先のことを・・・・ドキドキしながら見ている。
日野あきあは平然として立っていたが、腰が引けた警官が警棒取り出そうとした時
「こらあ!・・・お前達!何をしている!お前達はこの女性を見たことがないのか!」
と怒鳴られ・・・あれえと思ったら急に腰から力が抜けて後ずさりする。
危ない!後ろはもう階段なのだ。見物人からも『きゃあ』と悲鳴があがる。
するとどうだろう、頭が下に足が上という状態の警官がふわりと浮き上がったのだ。
そしてゆっくりと玄関の床に降り立った。
へなへなと崩れ落ちる警官。自分の身にいったい何があったのか
・・・訳がわからない。同僚の警官達がかけつけ助けおこす。
しかし、そうしながらも目は少女にそそがれる。
ずっとこの奥から見ていたのだ。
セーラー服の少女が宙から舞い降りてくるのを
そして優雅な立ち振る舞いで警官と応答している。
でも何を血迷ったか警官達がこの少女を捕まえようとする。
でも自分が立ち番をしていたらどうなのか?
はっきりとは判らないが、常識外のことをいきなり見せられたら
きっと同じ事をしていたに違いない。
しかし、この少女・・・今最も有名な女優日野あきあがこんなにてだれだとは
・・・そしてハッと気づく、あのドラマすべて本物だったのでは?
今、警官・・・海野が階段から落ちて大怪我するかもしれない瀬戸際、
不思議な力で助けて上げてくれた。同僚として感謝するだけだ。
呆然と言葉も出なかった先ほど大声を上げた男・・・捜査一課長の
大高信二が自分を取り戻し、慌てて背広の内ポケットから名刺を出し、あきあに渡す
「捜査一課長さんですか。わたし生憎名刺を持ち合わせないので失礼します。
女優の日野あきあと申します」
といって頭を下げる。
ドギマギするのは課長のほうだ。
あきあは座り込んでいる警官に向かって
「海野さん!今度の柔道大会の決勝戦、豪快な一本背負いでの優勝おめでとう」
と訳も判らない事を言ってから、大高課長に
「課長さん、松島警視はどうしていますか?」
「あっ、はい!会議室で署長達とお話されています」
「わかりました、じゃあ行きましょうか」
とニッコリ笑う。
その笑顔に引き込まれそうになる。
「あのう・・・」
と声をかけられ振向くと3人婦警が緊張しながらも
「私達ファンなんです。握手していただけませんか?」
「君達!」
と声を荒げる捜査一課長だったが、
「いえ、いいんです」
とニッコリ笑って手を出す。
「交通課の西沢恵子さんですね。始めまして・・・」
突然、身体が固まってしまう。どうして自分の名前を知っているんだろう。
「交通課の緋鳥礼子さんですね」
「交通課の佐藤秀美さんですね」
と今始めてあったばかりなのに次々と名前を言われて周囲の警官達、
唖然としているのだ。
「西沢恵子さん、あなたお財布をその先のコンビニに忘れていますよ。
店長の横田明美さんが預かっていますから取りに行ってきなさい」
と言われて皆ぞっとする。階段を上がっていくあきあを見送って皆、西沢恵子の周りに集まってきた。
「西沢!本当なのか!」
「ええ、今さっき気づいたんです。だから、礼子と秀美に手伝ってもらって
探そうと思ってここに来たとたん、日野あきあさんに出会ったんです」
「不思議だ!俺はお前達をよく知っている。こんな手の混んだ事で
俺達を騙そうというやつじゃあない」
「私、今東京から来ている警視総監付きの秘書の警視さんに付いてきている 婦警の3人の人、
私達と同じ交通課なので仲良くなったんです」
「交通課の?どうしてそんな婦警がここに?」
「なんでもあのあきあさんに予知されて東京にいては危ないので京都につれて来られたそうです」
「どんな予知だ」
「1人の方は帰りがけにいつも自分の乗る地下鉄の車輌が脱線して
大怪我をするっていわれているそうです」
「そんな馬鹿な!」
といったとき、不思議が実証された。
「おお~い、今東京の地下鉄で大変な脱線事故だ」
その声で顔を見合わせた刑事や警官達、慌てて奥の休憩室にかけつける。
テレビで放映されている事故の様子、なるほど凄まじい様子だ。
特に1輌だけ乗っていた乗客の半数以上が死亡しているらしい。
呆然と見つめる刑事達、
「おい!婦警は3人といったな。あとはどんな予知だ」
「はい、その婦警さんが買っていた牛乳が不良品で食中毒になるって」
西沢恵子もボンヤリと話している。
とにかく内容が強烈すぎる。
そして、又実証がされた。
『ええ、今厚生省で記者会見が始まりました。
○○牛乳を飲んだ人が次々と病院に運ばれています。
東京、大阪で限定して販売されたこの牛乳は誤って廃棄する牛乳の入ったタンクに
移送された製品となる牛乳をそのまま販売されたものとわかりました。
患者が増え続けています。厚生省は・・・・・・』
これであきあの予知が2つも成立されたのだ。
「西沢!最後の予知は何だ!」
「えっ、それは・・・・・・・・」
「私がサイコパス・・・・つまり殺人狂に殺される・・・・ということです」
刑事達の後ろから声がかかる。
そこには見知らぬ婦警が3人、両端の婦警が真中の婦警を支えている。
「腱を切られて失血死、あの方がそうおっしゃいました。
そして、私の身代わりをつくられ、今警察庁の広域捜査官が網を張っているんです」
「君の身代わりをつくる?それはどういうことなんだ」
「どういうことと言われても・・・」
「信じられないでしょう。式神というんだそうです。
半紙を切って亜季とそっくりな人間を作られたのです」
「半紙で人間をつくったあ!・・・・アハハハ・・・君達夢でも見たのかね」
「そうでしょう、誰だって、そう思うんです」
「実際今から見られるかもしれませんよ」
もう1人の婦警がいう。
「みなさん、上の会議室に集まってください。受付の方を残して全員です。
・・・・・署長さんがお呼びです」
刑事達は顔を見合わせてから、我先に『ドドドド』と階段を走って上がっていく。
会議室に署長と誰がいるのか知っているのだ。
後に残った婦警6人、歩き始めたが再び脱線事故のニュースの声が聞こえ振り返った葉月礼亜が
「本当は私あのペシャンコになった車輌の中にいたのね・・・」
そんな声に返事をすることは出来ない。部外者である私達には・・・・。
「私だって」
という篠田由紀子。
「きっと七転八倒して苦しみながら病院に運ばれていたんだわ」
そう、この人だけが返事が出来る権利があるのだ。そして・・・・・。
まるで、お通夜のように静かに階段をあがっていく6人。
広い会議室にはもう立錐の余地も無いぐらい一杯となっていた。
6人は仕方なく前の扉より入り、東京からの3人の婦警は松島警視の隣りに座る。
京都府警の3人はその後ろに立った。
それを見て京都府警の署長は立ち上がり
「ここに君達に集まってもらったのは・・・・」
と話だしたとたん
「ちょっと待って下さい」
「牛尾くん!なんだ!」
「署長の横におられるのは女優の日野あきあさんと承知しています。
今、下で東京の婦警の方が日野あきあさんに予知された危険を回避するため
この京都に来られたと聞きました。確かに今、ニュースで脱線事故と
牛乳の食中毒が大きくやっています。そして、そのう・・・・」
「牛尾憲太郎さん、あなたの言いたいことはわかっています。
京都府警・捜査一課の刑事としてその森田亜季さんのこれからおこるであろう
事件のことが気にかかる。そうですね」
「えっ?はい」
どうして自分の名前を知っているんだろう。気を呑まれてしまう・
「いいでしょう。あなたは・・・いやここにおられる大高捜査一課長の下、
大八木弥彦部長刑事、畑野俊吾部長刑事、下田篤部長刑事、山野啓太巡査長、
川合涼子巡査長の鬼といわれる7人の刑事の一番若手ですが
東京の警視庁何するものぞという気概をもっておられる」
顔が可愛いだけに口からでる内容が凄まじい。どうして知っているのか。
こうして見る日野あきあの瞳には何か引き込まれてしまうものがある。
「いいでしょう・・・松島警視!」
「沙希!」
「いいえ、松島警視。ここにいる京都府警の皆さんが私を信じてくれなければ
少女達を誘拐するという卑劣な元方との戦いを勝ち取る事決してかないません」
「わかったわ。でも、あなたがそういうとは思ってた」
「やだなあ、奈緒姉は・・・じゃあモバイルを出してくれる?」
「はい!」
と渡されたモバイルをセットすると
「ピ・・ピ・・・」
と音がして京の映像が現われた。
「あっ、沙希!どうしたの?」
あきあが訳をいうと
「判ったわ、その刑事・・・名前は?」
「牛尾刑事よ」
「その牛尾刑事と変わってくれる?」
「牛尾さん!警察庁広域捜査課の飛鳥京警部があなたに代わってくれって」
急いで前に出てくる牛尾。
あきあからモバイルを受け取った牛尾。
どうあつかってよいか迷うが
「そのまま、お話ください」
「あっ、はい」
「おい、牛尾!ここに一緒に座れ」
大八木部長刑事が椅子を半分空けて誘う。
自分も見たいのだ。
液晶の向こうから少々きつい顔の美人が声をかける。
「君が牛尾くんね。私、警察庁広域捜査課課長の飛鳥京よ。君は何を聞きたいの?」
「はい、失礼ですが警察関係者でない人の予知をどうして信じるのでしょうか?」
「そうね。誰でも思うわね。沙希・・・いいえあきあには実績があるの、
あなたも知っているでしょう半月程前の東京であった銀行強盗」
「はい、警察官が撃たれ、般若童子が解決したという」
「そうよ、撃たれたのは私。助けてくれたのはそこにいるあきあなの」
「えっ?じゃあ般若童子は日野あきあ・・・さん」
「そうよ、これは警察庁でも警視庁でも全員が知っている事なの。
でも国家機密になっているから他の人にはなしたらダメよ」
「というと?」
「そうよ。少し前の京都でのレイプ犯の事件、土御門家の事件、いずれも解決したの
日野あきあなの」
「そんなあ・・・・」
「あきあには計り知れない能力を持っているし、
このモバイルだって開発したのもあきあ」
「ふ~・・・・」
「ため息もでるわね。でもあきあとつきあっているとこんなこと当たり前になるの。
もういい?」
「すいません、あと一つだけ。狙われているという婦警さんは
こちらにいるのですが、どのようにして・・・」
「あらいるわよ。こちらにも」
と言って引っ込んだらもう一人顔を見せる。
「えっ?」
と声を上げて目の前に座る婦警と液晶の顔に交互に視線を移動する。
全く同じ顔なのだ
「君!」
と目の前の森田巡査に声をかけて
「そこのホワイトボードに君の名前と所属と出来れば住所を書いてくれないか」
といってからモバイルに向かって
「すいません少しまってください」
スラスラと書き終えて椅子に座る亜季。
そして牛尾は液晶にむかって
「君の名前と所属と住所をいってくれないか」
液晶から聞こえてくる声はまるでホワイトボードを読んでいるかのように
一字一句間違いないものだ。
モバイルの通信を終えてもとの位置に戻る牛尾、頭をひねっている。
「では、牛尾刑事の疑問にお答えしたいと思います。松島警視!」
というと松島警視は足元のアタッシュケースを机の上に置いて
半紙をあきあに渡す。半紙の携帯は早瀬の女にとって必需品となっているのだ。
会場の皆は固唾を飲んであきあの一挙一動を見ている。
「『臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前』」
と九字を切り、そして唱える真言
「ナウマク・サマンダ・バザラ・ダンカン」
手の平に乗せた人型に切った半紙をフッと吹くすると舞い上がった半紙が
いきなり人になった。それも婦警の制服を着た女性だ。
会場の誰もがその顔を見て口をアングリあけている。一番驚いているのは西沢恵子だ。
口を手の平で交互に押えて肘を横に張ってそして目は大きく開いていた。
そうなのだ、そこに立つのは自分自身、目を閉じてはいるが
確かに西沢恵子本人なのだ。では私は誰?そういいたくなる。
「私が術で出したのは西沢恵子さんの式神です。
でもこのままではただの人形にすぎません。
すいません、本物の西沢恵子さん!こちらにきてください」
その声にふらふら立ち上がった恵子、横の礼子、秀美に後押しされて
式神の自分に近付く。
「その手を握ってあげてください」
恐る恐る手を出す恵子。思い切って握った手はヒンヤリしていたが
でも段々と人らしい体温にあがっていく。
「恵子さん、もういいわ」
その声に手を放そうとするが何か放れ難い。心が残る。
そんな恵子を見つめる森田亜季の目があなたもそうなの?
と物言わぬ言葉で訴えかけていた。
恵子が椅子に座った時、立っている恵子の式神の目がパチッと開いた。
「あなたのお名前と所属を言ってください」
あきあが聞く。
「はい」
と言った声は恵子そのものだった。
「私の名前は西沢恵子、京都府警交通課勤務です」
「西沢恵子さん。私が先ほどあなたがお財布を忘れているといったでしょ。
場所は覚えていますか?」
「え・・・ええ・・・・確かこの先のコンビニに忘れているとか」
「そこの店長の名前も言ったはずです。その名前も覚えていますか?」
「はい、横田明美さんです」
「じゃあ、今から行ってきなさい」
「はい」
といってから
「礼子と秀美に付いて行って貰ってもいいですか?」
「ダメです。礼子さんと秀美さんには用事があります」
「う~ん、残念だわ!じゃあ1人で行って来ます」
と前の扉から出て行く。
「どなたか付いていってくださる方おられませんか?」
「よし、俺が行く」
「俺も」
と3人の刑事達が飛び出して行く。
「では、恵子さんと刑事さん達が帰ってくるまで
お伺いしたい事があります。よろしいでしょうか、大崎署長」
「はい!どうぞ」
「では今朝方より小さな女の子が寝ている間に行方不明になっている事件が
あったと聞いていますが」
「あっ、そのことですか。あれは事件になっていないのです。
あとで親御さん達が訴えを取り下げにこられましてね、
どうやら娘さん達が友達を誘って夜中に遊んでいたらしいんです」
「なるほど、そういう手を打ってきましたか」
「はあ?」
「いえ・・・・・松島警視!あれを」
アタッシュケースから1本のビデオテープを出して
「どなたかビデオデッキにセットしていただけませんか?」
「はい」
といって立ち上がったのは婦警の緋鳥礼子。
窓際に置いてあるテレビキャビネットの中にあるビデオデッキにビデオテープを
差し込んだ。
「緋鳥礼子さん。先ほど出て行った刑事さん達がもう帰ってきます。
それまで少し待っていてくださいませんか?」
「はい」
手に持ったリモコンを下ろしてそこに立つ。
会場の刑事・警官達はこの場の主導権を握る・・・・
外見はセーラー服の女子高生としか見えない女優・日野あきあを不思議な面持ちで見つめていた。
何だか段々とこの人なら・・・この少女なら・・・・と、信頼感が芽生えてきているのだ。
カリスマ性というのはこういう人のことなのか。
前のドアが開いて3人の刑事と3人に囲まれた西沢恵子婦警が入ってきた。
牛尾刑事が
「西沢くん、この財布かい?」
と座っている西沢恵子に渡す。
「はい、そうです」
と受け取った。
立っている西沢恵子はそれをじっと見ているだけだ。
「牛尾さん!」
「はっ」
「どうでした?」
「全てあなたのおっしゃる通りでした。コンビニの店長の名前も・・・」
「いえ、わたしの聞いているのは西沢恵子さんのことです。
・・・・牛尾さんはその為に付いていかれたのでしょ?」
ギクッとした牛尾だったが
「は・・・はい、その通りです」
「それで、どうでした?」
そこで一度、一緒についていった同僚の顔をみてから
「いえ、普段の西沢くんと何も変わりませんでした。・・いえそう感じました。
私の目が節穴でなかったならば・・・」
「そんなことはありません。牛尾さんは優秀な刑事さんですよ」
と言われて面映くなり首の後ろを掻く牛尾。
「西沢恵子さん!」
「はい」
と二人が返事をする。
「恵子さん!西沢恵子さんの後ろに立ってください」
西沢恵子の後ろに立つ西沢恵子。
なんとも不思議な図だ。
いきなり
『フィフィ』とあきあが息を鳴らすと
スッと式神の西沢恵子が消えてしまった。
振り返った恵子が
「あっ!」
と悲鳴をあげると
「恵子さん!」
とあきあが声をかけた。
そしてその顔に浮かんだ笑顔・・・・なんともいいようがない・・・・
この会議場の全員が引き込まれてしまっても不思議が無い。
それほど皆の心に与える安心感は大きい。
「恵子さんのその心、無碍にはしないわ。式神はあなたのそのリングに封じました。
あなたの身に危険が及んだ時、あなたを救ってくれます。
だから、そのリング絶対にはずさないで!」
恵子はそのリングを見つめる。
良かった。消えてはいなかった。なんだかホッとする。
「さて」
と話題を変えるあきあ。
「今からお見せしますビデオは夕べ私達がドラマの撮影をしていたときに
とったものです。まずはお見せします」
といって礼子に合図する。
大型テレビに映る映像・・・空中から撮った僧侶達と話すあきあの姿・・・・
だがターンして夜空に映像が変わる。
ざんばら髪の男が空に大写しに映っているのだ。
『ふぉふぉふぉ・・・・面白いのう・・・われは人が苦しむのが一番うれしい。
せっかく目覚めたのじゃ、楽しませてもらおうかのう。
そして、我を死に追いやった朝廷のあった京の都を紅蓮の炎で焼き尽くしてくれん。
炎に巻かれた人の悲鳴・・・楽しみじゃ』
夜空一杯の幻影に思わず飛び上がって、利剣をとりだしたあきあの姿。
『おっと、仏の利剣か。今はそんなもの受けるわけにはいかぬ。
さっそく消えるとしよう。そうじゃ、京の都を焼き尽くすのは3日後の今の時刻に
しようぞ』
そこでビデオが終わった。
「このテープは撮影隊の撮ったテープをダビングしたものです。
なんの編集もしていないし、CGでもない。又星空にあんな映像を映す技術もありません。
この像は東京23区全域で目撃されたことは、
各紙新聞の1面に出ているので皆さんもご存知だと思います」
「では・・・今朝の新聞の内容は?」
「ええ・・・本物です」
「誰なんです。京都を焼け野原にするなんって、言っている男は・・・」
「怨霊・藤原元方!」
「藤原元方ですと!」
署長が立ち上がる。
「署長!知っているんですか」
「ああ、平安時代、時の朝廷に仇名した強力な怨霊だ。
帝の後継ぎや女御様を呪い殺したといわれている。
そして恐ろしいのはその力で地震をおこし、雷や嵐でこの京都に壊滅的な災害をもたらしているんだ」
「でも、それは・・・・」
「伝説だといいたいのだろう、でも全くのでたらめだとは言えないんだ」
「本当だとすれば大変じゃないですか」
「だから・・・だから、私達がきました」
エっという顔・・・・・でも良く考えると不思議な力を持つこの少女しかいないのだ。
自分達どう考えても怨霊を相手になんか出来はしない。
「日野あきあが・・・」
と話し出した松島警視
「あきあが参加した夕べの撮影はドラマといいましたが、
ドラマはドラマですがドラマ仕立てのノンフィクションでありました。
その危険な撮影に私達が心配のあまり無理を言って撮影に参加したのです。
その撮影があきあによって無事おわっての帰りにあの現象にあったというのが真相です」
「すいません!その危険な撮影ってなんですか?もし良かったら教えてください」
ドラマ仕立てのノンフィクションって何だ?皆、顔を見合わせている。
「怨霊・・」
「えっ?」
「怨霊・平将門との戦いです」
怨霊・平将門、東京にある首塚で有名な武将だ。
「首塚で最近、5人の女性が次々と心臓を抜かれて殺されるという猟奇事件がありました。
それが平将門自身、復活のための生贄にしたのだとあきあが見破ったのです。
ちょうど決まっていたドラマの中で平将門を退治しようとしたのが昨夜の撮影です。
ドラマは近々放映されます。普通のドラマとしてね」
「では!」
と声をあげる大高捜査一課長。
「先ほど言われた親が訴えを取り下げに来た少女の行方不明事件は?」
「ええ、怨霊・藤原元方によるもの。親が訴えを取り下げにきたのだから
少女が本当に帰っているのかは確認はしていないでしょう」
大高捜査一課長は会場の部下の顔を見る。
いづれも首を横に振っている。
「ちくしょう!」
「いいえ、大高さんたちのせいではありません。
これは人でないものの卑劣な罠・・・・・・・・・・あっ、少し待ってください」
と横のドアを見る。すると計っていたかのようなタイミングでドアがノックされた。
入ってきたのは受付の婦警で
「玉井しのぶさんがご両親と一緒に挨拶にこられました」
という。
「入ってもらってください」
直ぐに声をかけたのは、あきあだった。
「えっ?」
と目をむく婦警が視線を向けたのは大高捜査一課長だ。
大高捜査一課長はその真意を測りかねてあきあの顔を見ていたが仕方なく頷く。
それを見た婦警がドアの向こうに一度引っ込んでから、
少女の後ろから肩を押すように入ってくる。
髪が長く可愛い少女であったが覇気のない表情をしている。
両親はこんな所に呼ばれて緊張のあまり表情が硬くなっているのは当然だろう。
「葉月礼亜さん、しのぶちゃんをここに」
「はい」
といって礼亜が立ち上がって婦警にかわり、しのぶの後ろにまわる。
『なんだ?この人は?』
という顔をする受付の婦警。礼亜はかまわずしのぶの肩をさわったとき
『バチン!』という音がして青白い閃光が飛んだ。
『ギャア!』物凄い悲鳴があがって、少女が宙を飛ぶ。
警官や刑事達が気がついたとき、少女は宙で少し腰を折って両手を前に
ブランとたらしていた。長い髪の毛が顔を隠している。ありえない光景であった。
「しのぶ~・・・しのぶ~」
母親の我が子を呼ぶ声が会議室内に響く。
そのうち少女が肩を揺らし始めた。
『ク・・ククク・・・クククク・・・・』
笑っているのだ。
しかもその声は少女の声ではない。
しわがれた老人の声だ。
『お前達か・・・・お前達がわしの邪魔をしているのか』
・・・・・と上げた顔・・・長い髪が左右に分かれて現われた顔はもはや少女の顔ではなかった。
どす黒く血管が浮き上がり眼光が真赤に染まっているのだ。
「キャア~~」
母親は我が子の恐ろしい顔を見て失神してしまった。
父親はあまりのことに壁にへばりついている。
母親に駆け寄ったのは6人の婦警。
助けおこすと壁際にひっぱっていく。
腰を抜かした受付の婦警はそのままだったが、
放ってはおけないので西沢巡査達3人が引っ張っていく。
日頃のことがあったので乱暴に!・・・・引っ張ったことはいなめない。
『ワシの邪魔をする奴はこうしてくれん』
大きく口を開けて真赤な炎を吐き出した。
炎は真っ直ぐに会議室の後方に飛んだ。
婦警をかばった1人の刑事の肩に当たった炎はそのワンクッションで
後方の壁の上方に当たり穴を開け可燃物に燃えあがった。
炎は大きくなるが身動きが出来ない。
「牛尾さん!」
婦警が声を上げる。婦警をかばったのは牛尾だった。
炎の当たった個所の背広は焼け焦げ、えぐれた肩から出血が激しい。
「うう~」
脂汗を流しながら苦しむ牛尾だが刑事達はどうすることも出来ない。
「皆危ない!」
そんな声が前から飛んだ。
『第二段だ!』
誰もが首をすくめて攻撃をかわそうとする。
しかし、何の攻撃もこなかった。
そして・・・・見た。日野あきあが宙で左手で炎を受け止め、
右手で燃えている壁に向かって金色の光線を出しているのを・・・・
見上げると燃えていた壁の炎はすっかり消されていた。
金色の光線は薄い緑色に変わり、苦しむ牛尾の肩の負傷部分を照らす。
するとどうだろう皆の目の前で抉られた肉がみるみる塞がり、出血もとまった。
脂汗もひき顔色も普段の牛尾に戻った。
身体をおこす牛尾・・・でもふらつくのか再び倒れようとするのを受け止めた婦警。
「癒しの術です。でも出血した血液は戻りません。
ふらつくのは出血のせいです。金川明子さん、牛尾さんの手当てを頼みます」
そんな中、冷静ではいられない刑事が銃を撃った。
だが、玉は宙で止まっている。あきあが止めたのだ。
「だめです。この子、今精神を元方にのっとられているだけです。
肉体は普通の少女なのですよ。ここはわたしに任せてください」
といって宙で少女?と対峙する。
「小娘・・・そうだ、お前は将門と戦っていた小娘だな。
何者なのだ、お前は!・・・ひとにあらざる力を持ちおって」
「我名は安倍あきあ」
「”安倍”だと!」
「師は平安期に元方・・・・お前を封印した安倍晴明様」
「なに!・・・安倍晴明の弟子とな・・・・ふぁふぁふぁふぁ・・・・
これは面白い!安倍晴明は我仇敵、師のかわりにお前の命を貰い受けん」
といって連続に炎の攻撃をおこなったが、あきあは全て自らの身体で受け止める。
平気な顔をしているが、少しづつ苦痛の色を滲ませてきている。
それはそうだろう。屋外ならかわす事もできるし、攻めることも出来る。
部屋にこれだけ大勢の人を留めてしまったのは、
相手が少女ということで油断があったからだ。これが慢心なのだ。
今、自分にできることはただ一つ、この身体で攻撃を受け止め、
他の人達に危害を与えない事、それだけだ。
一方
「お・・・おのれ・・・」
憤怒の形相を浮かべる元方。自分の攻めを正攻法でこれだけ受け止める相手。
段々と自信がなくなってくる。そして、相手のことが恐くなってきた。
そこは卑劣でずるい元方、少女の身体を盾にして逃げようとする。
「逃がすか!」
とあきあは攻勢に出た。
『緋龍丸』を取り出すと口に当てた。
静かに流れ出した笛の調べは全く素養のない刑事達の胸にも染み渡り
日頃から溜まりに溜まった灰汁のようなものがきれいに洗い流されていく。
心が洗われるというのはこういうことなのだろう。
苦悶の表情を浮かべる元方が・・・つかの間・・・苦しげな少女の顔に変わる。
交互にあらわれる表情の変化は乗っ取っていた元方の力が弱まったせいである。
それと共に宙に浮いていた少女の身体が如々に降りてきた。
「今よ、奈緒姉!短冊をこの子の額に!」
笛を吹くあきあの声がどこからか聞こえてきた。
「判った!」
とアタッシュケースからあきあから渡されていた短冊を額の前に翳す。
刑事達は見た。短冊の文字が青白く光ながら浮かび上がり、
少女の額へと移って行くのを。
「ぎゃあ~!」
元方の断末の声。落ちる少女の身体は松島警視が受け止めた。
額の文字が薄くなり消えていった時、黒いモヤが少女の耳から出てきて宙に漂う。
あきあが笛から口を放し、真言を唱えるとモヤがボウっと燃え上がった。
『ストン』と宙から降りたあきあ、ふらっと体勢が崩れるのを
「危ない!あきあさん!」
と西沢恵子と森田亜季が跳んできてあきあを受け止める。
「少し、疲れちゃった。ごめんなさい、椅子に座らせてくれる?」
「あきあ!無茶苦茶だよ。身体で相手の攻撃を全て受け止めるなんて」
少女を介抱しながら松島警視が言う。
「でも、良かった。誰も傷つかなくて・・・牛尾さん、大丈夫?」
「はい!僕はもう平気です。でも、驚きました・・・・というより驚異です」
自分の肩の部分の焼け焦げを払いながら、なんの傷もない肩を見る。
「この子は」
とみんなに判るように説明するあきあ。
「聖結界の呪を与えました。これでもう人にあらざる者。
決してこの子に触れることさえ出来ません。
又、寝ている間に暗示にかかることもありません。
実はこのようなことを祇園の舞妓さんや芸妓さん達が率先して少女達のために始めています。
残念ながらこれを出来るのは
女性だけ・・・しかも、聖結界の呪を与えた女性しか出来ません」
「でも僕らにできることは?・・勿論、あんな化け物の相手は出来ませんが」
「あります。実はそれを頼みにここにきたのです」
皆は先ほどの騒ぎ・・・・忘れたかのように座りなおした。
もう誰も疑う者はいない。
ここであきあは自分の考えを話した。そして、
「自分の娘が人質となって手枷足枷をはめられた時
あなたなら元方の言う事拒否出来るでしょうか?」
と締めくくった。
皆・・・警官や刑事達、苦渋の色を滲ませている。
卑劣な奴!そう思って唇を噛み締めた。
「京都府警の全力をそそいでほしいのは晴明神社の警備です。
京都の結界の要となっているところです。
以前わたしがこの京都の結界を張りなおしたとき
第一層として京都全体の結界、そしてその上から晴明神社の結界を張りました。
人であらざる者、決して結界に触れる事かないません。
ですが元方の狙いはこの京都の結界を破って朱雀門を開く事」
「朱雀門が開いたらどうなるのですか?」
「地獄の門が開きます。怨霊・悪鬼・亡者が出てきて人は滅びるでしょう。
そして、人は人でなくなります」
人が人でなくなる。つまり地球の人類が滅びるのだ。
「先ほど結界には怨霊達は触れる事ができないと聞きましたが、ではどうして晴明神社の結界を?」
と若い警官が首をかしげながら聞いてくる。
「馬鹿!さっきから何を聞いているんだ!」
と大八木部長刑事が若い警官を怒鳴りつけた。
「結界を破るのは人なのだ!・・だから我々の出番なんだ。
あんな化け物、我々には手出しが出来ない。
全くの無力なんだ。あんなの相手に出来るのはそこにおられる
日野あきあさんだけだ。だから我々は人を相手にするんだ・・・ただ」
「そうです、大八木さん。あなたの胸につっかえるもの。
相手は犯罪者ではない。少なくても現在では・・・・相手もやりたくてやるんじゃないんです。
ただ、可愛い我が子のため・・・・・。
でも皆さん、心を鬼にしてください。人の手によって人が滅びるなんて
馬鹿なこと止めさせてください」
と結ぶ。
「今、晴明神社には比叡山より土御門家の術者達がつめています。
でも、相手が人では無力です。出来れば早く警備のほうお願いします」
「ようし、婦警以外全員で晴明神社の警備にあたってくれ」
署長が号令をかける。
「報告は比叡山中腹にある前線本部にな」
「前線本部?なんですそれは」
「比叡山は結界で囲まれています。
中腹にある広い空き地には現在各社テレビ局が集まっています。
又警視庁、警察庁より精鋭部隊が前線本部をつくっています」
と松島警視が報告する。
「そして、機動隊ももうすぐ到着します」
「機動隊?」
「勿論、人相手です。つまり結界に囲まれたお山を守るためなのです」
そんなことになっているのか、地元にいてわからなかった。
地元にいて見えてこない。でも地元の者にしか判らないこともある。
まずは地理だ。どこをどう行けば近道かなんて熟知している。
ただ単に晴明神社を取り囲むだけではダメだ。
男達は大高捜査一課長を中心に作戦を練っている。
「日野さん」
と横にいる京都府警の大崎署長があきあに声をかける。
「どうにかして怪我をさせずに取り静める方法はないのでしょうか」
署長はさっきからずっと考えていたのだ。
「警察にはそういうのは?」
「ありません。催涙弾なんてのはありますが、使いたくないんです」
「そうですか・・・・そう・・・・これでいけるかどうか・・・・」
と固まって相談している男達から離れて、手持ちぶたさな婦警達に声をかけた。
「婦警さん達!・・・・ちょっと」
と呼ぶと顔を見合わせながら嬉しそうに寄って来る。
「あなた方にやってほしいことがあります。でもその前に
墨・硯・筆・・・そして、水がほしいんですけれど水道水ではない・・」
と言いよどんでいると
「あのう、浄水器の水ではだめですか」
「浄水器の?・・・ええ、ちょうどいい。それらを準備していただけませんか?」
「はい!」
といって婦警達が出て行く。
西沢恵子達3人は玉井しのぶの両親を世話しているので、留まっていたが
「西沢恵子さん!ご両親をこちらに」
と呼ぶあきあ。
恐る恐る婦警達に連れられて、あきあの前にくる。
「松島警視!しのぶちゃんをご両親に・・・」
松島警視に連れられてきたしのぶが母親や父親の胸に飛び込んだ。
泣きはしない・・・大した少女だ。
「お父さん!お母さん!・・・しのぶちゃんは精神を乗っ取られても必死に戦っていました。
しのぶちゃんの強さがなければ、あんなに早く元方が出て行きはしませんでしたよ。
それに、聖結界に守られているしのぶちゃんはもう大丈夫です。
しのぶちゃん!これからは、しのぶちゃんのお友達が暗示にかかっていても
しのぶちゃんが近寄ることによって、暗示がとけて元に戻るの」
といってから、奈緒に1枚短冊を出させた。
「しのぶちゃん!さっきお姉ちゃんがやったこと心の中で見ていたわね」
うんと頷くしのぶに
「これを渡しておくから、お姉ちゃんと同じ事をして
あんなお化けに負けない友達を増やしてあげて・・・」
「お姉ちゃん、しのぶにもできるの?」
「出来るわよ。・・・そうねえ、今しのぶちゃんのママにしてみてくれる?」
「ママに?」
「ええ、ママがあんなお化けに襲われたら嫌でしょ」
しのぶはママの顔の前に短冊を向ける。
すると青白い光が目に飛び込んできた。慌てて眼を閉じる母親。
そばでは、母親の額に梵字が消えていくのを不思議な面持ちで見ていた。
「お母さん、目を開けてもいいですよ」
目を開けると、この有名な女優の惹きこまれるような笑顔に胸が高鳴ってしまう。
「これであなたもしのぶちゃんと同じ事ができます。
元方という卑劣な怨霊に幸せを奪われないようお仲間を増やしていってください。
もう帰られてもけっこうです。・・・しのぶちゃん!がんばってね」
「お姉ちゃんもね」
といってバイバイをする。両親も深々と頭をさげてから
「本当にありがとうございます。私達、自分の場所でがんばります」
といって部屋を出て行く。
受付の婦警にはもう侮りは無い。尊敬と恐れ・・・
でもあきあの笑顔にほっと息を吐き、玉井の家族を送りに部屋を出て行った
残っている婦警達にもう少し待って・・・といってから
「すいません。大高捜査一課長、大八木部長刑事、牛尾巡査長のお三方、
少しお願いがあります」
と呼ぶ。奈緒が見ているとあきあが椅子から立てないほど疲れているようだ。
机越しに3人と小さな声で話すあきあ。
3人の顔が段々と難しい表情に変わる。
そしてあきあは椅子の背もたれに身体を預けて目を閉じた。
「じゃあ、課長。わしが話します」
といって大八木部長刑事が
「ようし、みんな聞いてくれ!」
何事かと振向く刑事。腰をかがめていた刑事達も立ち上がる。
「我々は仲間だ!」
何を言うのかと目を見張る警官や刑事達。
「わしは大好きなこの京都を救いたい!皆もそうだと思う。
だから大事な警備に疑心暗鬼は持ち込みたくない。
・・・正直に言ってくれ!・・・この中で人質になりそうな女の子を持つのは!」
みんな、はっ息を呑んだ。
そうなのだ。我々の中にも女の子がいる家庭がある。
「こんなこと下に行って調べれば直ぐわかることだ。手をあげてくれ!」
大八木デカ長の声に手があがる。
「10名か・・・この中でお嬢さんがすでに行方不明になっている者は」
皆手を下ろし、残ったのは
「小野と山下か・・・・お前達には残念だがこの警備の仕事を下りてもらう」
「大八木さん!」
「デカ長!」
「お前達が悪いんじゃない!・・・・お前達が悪いんじゃ・・・」
鬼の目に涙・・・その目に涙が溢れている。
「大八木さん!ひどいんじゃないんですか」
「お前達!小野と山下の手を悪事に染めさせたいのか!」
その声に何も言えなくなる刑事達。
「大八木さん!一刻も早く残りの8名の刑事さんのところへ」
あきあの声に
「おお!そうです。牛尾、これはお前が指揮を取れ。
東京からきたお嬢さん3名を車に分乗させてあとの8名の家に行くんだ。
お嬢さん達!頼みます」
「判りました」
と立ち上がる、葉月礼亜、森田亜季、篠田由紀子の3人の婦警。
松島警視より渡された短冊を大事に持って、8名の刑事と牛尾達警護の刑事6名と
一緒に出て行った。
「小野さん、山下さん。人はやむおえなくして悪事に手を染める事があります。
愛しい我が子の為、あなた達はそれを犯そうとしています。
結局、あとで苦しむのはあなた達なのですよ。・・・・・・
いえ、あなた達はそれでいいのかもしれない。
でも、あとでそれを知ったお嬢さんのこと考えたことありますか?
深く傷を受けるのはお嬢さんなのですよ。
自分のために両親が悪事を働いたと一生十字架を背負わせるつもりですか?」
激しく人の心を突き動かすような嘆きの言葉があきあの口からほとばし出る。
「お嬢さんの事、もっと考えてあげてください」
そのあきあの言葉に膝まづき、肩を落として両手を床につく両刑事。
心の底から突き上げるような嘆きの声を吐き出す。
痛ましげに見つめる刑事達。
「小野さん、山下さん!あなた達のお嬢さんは必ず助けます。
だから・・・・だから・・・あなた達はそれまで眠っていてください」
あきあの手から紫の淡い光が出て、二人の刑事を包み込む。
ぐったりとする刑事。・・・横になって眠る刑事達の身体は光に包まれて
床から1mほど浮き上がる。
いつのまにか両手に持つ小さな観音像、その象の中に吸い込まれるように
刑事の身体が消えた。
「大崎署長、この像を元方との戦いが終わるまで
比叡山の奥の院、蓬栄上人様に訳を言って預かって頂いてくださいませんか?」
「比叡山の蓬栄上人ですね。でも、小野くんと山下くんは?」
「よくお眠りです。お二人を目覚めさせる時は必ず、お嬢さんの目の前で!」
「日野あきあさん!よろしくお願いします」
全員が頭を下げる、これで何の心配もなく警備につける。
観音像を署長に渡したあきあの目の前に、先ほど注文した水や硯が置かれた。
何をするのだろうか?
あきあは硯に水を注ぎ、何かをぶつぶつ唱えながら墨をすりはじめた。
しばらくして墨を置くと
松島警視より渡された半紙に何やら文字を書き始めた。
達筆すぎて読めないというよりは、梵字なので読むことが出来ない。
筆をおいたあきあ、今度は真言を唱える。
すると半紙がトランプ大に大きさを変えた。
「すいません、これをコピーしてくれませんか。
何枚かをコピーしてA4の紙に貼り付けてからそれをまたコピーしてください。
でも何枚かはすぐにここに持ってきてくれませんか」
婦警達が出て行く。
しばらくして戻ってきた婦警がコピーされた2枚のコピーされた紙と鋏を机の上に置く。
素早く切り取った紙を松島警視に渡すと松島警視は立ち上がって
座っている3人の刑事達の後頭部にその紙を差し込んだ。
へなへなと机に崩れおちる刑事。
一体何があったのか。
「すいません、その人達の後頭部に差し込んだ紙を抜取ってください」
あきあの声に急いで抜取られた紙。
そのとたん身体を起こす3人の刑事。
「成功しましたね。コピーしたものでいけるかどうか判りませんでしたが」
「一体何があったのですか」
大高捜査一課長が聞く。
「”半睡の術”といいます。この紙を後頭部から背中に入れる事によって
身体の自由を奪います。本人の意識は眠っているのかどうかわからない状態なので
半睡という名前がついたのです。・・・・どうです?」
「はい、なんだかボウっとしてしまって・・・・」
「どうです、これ使えませんか?」
「いいえ、これだったら・・・・」
と大崎署長、大高捜査一課長、大八木部長刑事の3人が声をあげる。
「みんな!手分けしてコピーだ。ある程度用意できたら、第一斑が出動する」
「第二班と第三班は第一斑の不足分を用意できたら出動!」
「受付など居残り組はコピーを最優先にな」
みんなバタバタと行動を開始した。
それを見届けたあきあ、我慢に我慢を重ねていたがもう限界だった。
身体の痛みに耐え兼ねて意識が遠ざかっていった。
「あきあ~!」
奈緒の声が遠くに聞こえる。