第二部 第五話
首塚より少し離れた場所に光のトンネルより飛び出たあきあ。
光のトンネルを消し去り、首塚に再び結界を張ってから宙を飛ぶ。
その傍に12個の球体『ステーション』が飛んでいく。
「少し待ってて」
と瑞穂に伝言してから5km地点の蓬栄上人や峰厳和尚、
宗円和尚が読経をしている地点に降り立った。
「おお、あきあ殿」
「千賀子殿・・・・・・」
何も言わなくても結果は読取れる。
「無事に天上にお昇りなされました」
「では!」
「はい、やはり将門殿はもののふでございました」
「おうおう、それは重畳それは重畳!」
蓬栄上人が満面の笑みを浮かべていたが、ふとあきあの顔に曇りがあるのを知り
「はて、あきあ殿なんぞ心配事が?」
「はい、戦いの間に少しやっかいな者が目覚めてしまったのです」
「やっかいな者?」
「はい!」といって皆の顔を見渡してから
「怨霊・藤原元方!」
「なに!・・・元方ですと・・・・」
その名前を聞いて顔を曇らせるのは蓬栄上人と峰厳和尚。
まだ若い宗円和尚にはピンとこないらしい。
「これはちとやっかい・・・」
「そうです。将門殿と違って相手は救いようの無い怨霊です」
「じゃが、あきあ殿。日本は広い。あきあ殿1人ではちと・・・・」
と言葉を濁す。言いたいことはわかるのだ。
「お上人様、元方の狙いはこの日本のただ一点です」
はっ!と顔を上げた蓬栄上人。
「まさか・・・・」
「そうです。元方の狙いは京都。平安京のあった京都を焼き野原にすること」
「こうしてはおれぬ。早く京に帰りつかねば」
「わしも行こう!」
と峰厳和尚。
「わたしも行きます」
と宗円和尚も手を上げる。
「宗円、お前は自分の寺の事が心配ではないのか?」
「いえ、今日これからすぐに立ち返りまして弟子達に後を頼んですぐかけつけます。
京都は本山の比叡山があります。そしてわたしの実家の寺もあるのです」
「そうか、わかった。好きにすればよい」
「待ってください」
と言ってから
「白虎丸!」
と呼びかける。
あきあの身体から出てきた光の玉が白虎に変わるとそばに控えていた
地元の坊主達は
「ひ~」
と悲鳴をあげて及び腰になっている。
「宗円様、白虎丸に送らせます。どうぞ背中に乗ってください」
といってから
「白虎丸!宗円様を永龍寺にお送りしてきてね」
さすがの宗円もおっかなびっくりだったが覚悟を決めて
背中に乗り、太い首に両手を回した。
白虎丸は行ってきますとばかりに
『ガオウ~~』
と一声吼えてから宙高く飛んでいった。
それを見送るのももどかしげに、蓬栄上人が
「あきあ殿!すまぬ。天鏡をここに呼んでくださらぬか」
「わかりました。玉藻、葛葉、紅葉!」
と声をかけると地面に膝まづいた着物姿の式神達が
「はっ!主殿」
と現われた。眼を白黒さす坊主達。
「すまぬが、又お前達に行ってもらわねばならぬ」
「主殿!我等に気を使うこと無用に願います」
と言って式神達は消えた。
あきあは式神達のいた場所をじっと見つめて
「蓬栄上人様、峰厳和尚様、こんな時になんですが
わたしは本当に人に恵まれているんですね。
だから、人を不幸におとしめるような怨霊は許してはおけない」
きっと宙を見上げたあきあの顔はその怒りがすさまじいほど美しかった。
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撮影が一段落してこの次元に戻ってきてホッとしたつかの間、
下に降りたあきあと僧侶達の間で何やら騒がしくなっているのを見てカメラをあきあ達に向けた。
「小野監督!何やら可笑しなことになっています」
という瑞穂の報告に
「判っている、何かに役立つと思って『ステーション』の一台に撮影をさせていたんだ。
すまんが音を拾えるか」
という指示で11台の『ステーション』が再び撮影を開始した。
「小野監督!・・・怨霊・藤原元方って何ですか?」
「聞いた覚えがあるが、詳しくは知らん。こちらで調べさす」
撮影の形態が整っていないので切れ切れと聞こえてくる話に
全員が耳をそばだてているのだ。
「えっ?京都を焼け野原に?・・・・・」
「瑞穂くん、そう言っているのだな」
「はい!」
「これはとんでもないことになった。こちらの調べでは怨霊・藤原元方は
将門どころではないとんでもない怨霊だ。帝の女御や後継ぎを呪い殺したり
落雷や地震で平安京を破壊しているんだ。
京都を焼け野原に・・・というのは奴ならやるだろう。
全くとんでもない奴が復活したものだ。・・・・あっ、少し待て」
と言って連絡が切れた。でもそれもすぐに連絡が来た。
「今、そこから5km地点の警察本部にいる飛鳥警視正から連絡が来た。
各地点にいる比叡山からきた僧侶を警察車両で迎えにでたそうだ」
「判りました。そのことあきあに連絡をとり伝えます」
といってインカムのスイッチを切ると、静かに眼を閉じる。
そんな様子を横から眺めているゆりあとルーク監督。
カメラマンは必死に撮影している。この状態ではアングルも何もないからだ。
(あきあ・・・・あきあ・・・・聞こえますか?・・・・・)
(あっ、瑞姉、何?)
(今、小野監督から連絡が来て日和子叔母様からの連絡を伝えてきたの)
(叔母様から?)
(ええ、今警察車両が比叡山から来たお坊さん達を迎えに出たそうよ)
「えっ?わかった・・・・・助かったわ)
ほっとした声で答える。
(あきあ・・・・)
(な~に?)
(お願いがあるんだけど、『ステーション』の配置を変えてくれない?)
少し間があったが
(わかったわ)
という答えで『ステーション』が動きだした。
もちろん障害があるので隣りの次元からの撮影だ。
ゆりあの通訳で現在の状態がつかめているルーク監督は
細かい指示を各『ステーション』に出している。
しかし、ルーク監督はあきあがしている配置に舌を巻いていた。
監督としてここにカメラがあれば・・・という位置にきちっと配置しているからだ。
(あきあは、女優としてだけでなく監督としても優れている)
「あっ、白虎丸が・・・・」
宗円和尚を乗せて宙に飛び上がるのが見えた。
そして、式神の玉藻、葛葉、紅葉の3人が現われ消えたのも見ていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
『ど~ん』と音がした。天鏡が宙よりお尻から落ちてきたのだ。
「イテテテ・・・・」
大声で痛みを訴えたが周囲を見渡して慌てて口をつぐんだ。
「天鏡!立ちなさい」
「はい!」
「今からすぐに本山に帰ろう」
「えっ?今からですか」
「そうじゃ、一刻も猶予はないのじゃ」
驚いた目で3人を見ていたがそのいづれの表情にも苦渋の表情があり
「な・・・なにがあったのですか?」
「怨霊・藤原元方の復活じゃ!」
「ひえ~、あ・・あの元方が・・・・」
その時
『ふぉふぉふぉ・・・・面白いのう・・・われは人が苦しむのが一番うれしい。
せっかく目覚めたのじゃ、楽しませてもらおうかのう。
そして、我を死に追いやった朝廷のあった京の都を紅蓮の炎で焼き尽くしてくれん。
炎に巻かれた人の悲鳴・・・楽しみじゃ』
夜空一杯の元方の幻影に思わず飛び上がって、利剣をとりだしたあきあに
『おっと、仏の利剣か。今はそんなもの受けるわけにはいかぬ。さっそく消えるとしよう。
そうじゃ、京の都を焼き尽くすのは3日後の今の時刻にしようぞ』
といって消えてしまった。
宙から降りてきたあきあにむかって
「千賀子殿、京都を焼け野原にするという予告は3日後じゃがあの元方のことじゃ、
それまで何も手出しをせずにおくものか。こうしておられん。すぐに比叡山に・・・・」
「わかりました」
といって膝まづいて指示を待つ玉藻、葛葉、紅葉にむかって
「聞いたとおりじゃ、このお三方を京にお連れしなさい。
だが、いくらお前達でも比叡山の結界に触れることはできん。
麓までお送りしてきなさい」
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「大変だわ。京都を焼き野原だなんて大体何人の人々が住んでいると思うのよ」
と憤りで顔を真赤にした瑞穂が叫ぶ
「瑞穂くん、260万人を超えているんだ」
「260万人も?」
「そうだ!これは大変な事なんだ。今の元方の虚像はこちらからも見えた。
大部分の人達は映画の宣伝かなにかと思うだろうがそうでない人もいる。
今ごろは京都に連絡している人もかなりいる。
京都に電話をかけてみたがパンク状態でどうにもならん」
「じゃあ、パニックが?」
「そうなってもおかしいことじゃない。でも今はそこまでは行っていないと思う。
「でも・・・」
「でも?」
「よほどうまく危機管理をしないとどうしようもなくなるだろうな」
「薫さん達は?」
「全員で今電話をかけに行ってるよ。携帯がかからないので
まだ有線の電話のほうが良いといってね」
「わかりました。あっ、今蓬栄和尚様達を紅葉さんたちが送っていったようです」
下を見ると残ったあきあと右往左往する坊さん達がいるだけだ。
「今、動き出しました。元の次元に戻りましたからそちらに着くのはもうすぐです」
「おう、早く帰ってきてくれ。
乾社長が大下社長と迅速に連絡を取り合ったおかげで
民放各社と国営放送の首脳と信頼がおけるスタッフ達が続々と集まっているんだ。
これは民放1局や2局でどうのこうのという問題では無いんだから」
小野監督のせっぱづまった声がこの問題の大きさがよくわかる。
★
Bスタジオにゆっくりと降りてきた12個の『ステーション』、
そして、遅れて着地したセーラー服の美少女に
「おおう~」
と声をあげるのがこの『ステーション』の存在さえ知らなかった他の民放と国営の首脳とスタッフ達。
『ステーション』に駆け寄って中から機材を運び出すのを手伝う者、
もの珍しげに遠巻きに見ている者、各自それぞれだが
早瀬の女達や知った民放2局のスタッフや小野監督が呼び寄せた映画のスタッフが
あきあを取り囲んでいる。
「あきあさん、わたし一生この日のことは忘れないわ」
という女性カメラマンが握手を求められたりしたが、この先のことを思うと喜んではいられない。
その時、人を掻き分けて飛鳥警視正と間警視がやってきた。
それに3人のあの婦警も付いてきている。
「沙希ちゃん、ごくろうさん。よくやったわね」
「日和子叔母様!・・・・でも」
「わかっています」
といってから
「比叡山のお坊様達は警察車両で比叡山まで送らせました」
「叔母様、ありがとうございます」
そこに電話連絡に行っていた松島奈緒警視が慌てて飛び込んできた。
「警視正!大変です」
「どうしたの?松島警視」
「総監が・・・総監が来られるそうです」
「えっ?警視総監が?」
その声で揺れるざわめき。
・・・・と、
「皆さん!今からちょうど今撮影してきたフィルムを見せます。
これは敵に塩を送る!と言う意味ではありません。
そこにいる日野あきあを知ってもらう為です。
なお、その『ステーション』は彼女が発明したものです」
「おおう~」という声が上がる。
「あきあくん、もう機材は全て運び出したようだ。『ステーション』は仕舞ってくれないか」
という小野監督の言葉に
「はい」
といって九字を切る。
「『臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前』」
そして
「オン・アブラウンケン」
と3度真言を唱えると
『ステーション』が小さな玉に姿をかえ、用意したケースに飛び込んでくる。
何も知らない首脳やスタッフ達は声も出ない。
知っっている者達は優越感かニヤニヤ笑っているだけだ。
そこにパイプ椅子を持った共演者、マネージャー、スタッフがはいってきた。
「すいません。椅子の数には限りがあります。
スタッフの方々は申し訳ありませんがその場にお座りください」
その言葉に粛々と従うスタッフ達・・・・
というよりもあきあの術に度肝をぬかれたのが本当だろう。
小野監督が言葉を続ける。
「このフィルムを見ても信じられぬ方は大半だと思います。
でも将門の首塚の周囲5kmの地点の僧侶達の読経の場所8箇所、
10kmの地点では警察の機動隊が堰を作り、
そして10kmの中の住民や犬猫一匹逃がさず避難させていたことは事実です」
なぜそんなことになったかは飛鳥警視正が立ち上がって話しだした。
「でも、このことは皆さんの胸に秘めておいてください。
もし話したらその時から警察に追われる身だと思っていてください。
日野あきあの能力のこともしかりです」
「じゃあ、映します。景山!ジョージ!」
といって3人で上にあがって行く。
その時初めて世界的に有名なジョージ・ルーク監督の存在に気がついた者もいた。
暗闇の中、写し出される内容はそれは信じられぬものだった。
眉唾・・・そう眉唾物・・・そうとしか思えなかった。
そして一旦終わったフィルムが夜空の自分達も見たかの人物がうつされたのだ。
まさか、ここのスタッフ達が?そう思ってもそんなことが出来る技術は今はない。
じゃあ、日野あきあが?・・・彼女だったら今見た不思議な術で可能だろう。
ただ、そんなことやって何の得がある。自問自答で頭が張り裂けそうになるスタッフ達。
照明がついてもシーンとして物音一つしない。
「皆さんに一つ話しておこう」
と後ろから声が聞こえた。
驚いて振向くと、時々テレビで見る長谷部警視総監が立ち上がって話しているのだ。
「日野あきあさんの能力は今では国家の機密となっているのです。
だから部外者に話してもらっては困る。先ほど飛鳥警視正が話したとおりです。
日野あきあさんの能力、それはとんでもない人知を超えた能力です。
そんな能力者だから国や警察が守るのか?それは否です。
彼女の人を愛する優しさと微笑みを絶やさない人格と・・・そして正義感。
これらがあるからこその能力。私はそう信じます。
彼女はこれまでにいろんな事件を解決しました。
京都の結界を張りなおすため一命を落としかけました。
レイプ犯も捕まえました。土御門家の恐ろしい犯人もやっつけました。
東京では銀行強盗を捕まえなおかつ拳銃密輸団達を捕まえる元を作りました」
「えっ?ではあの般若童子は?」
そんな声が回りから聞こえる。
「そうです。京都での般若童子も東京での般若童子も全て彼女なんです。
こうして知った以上、話して貰っては困る。話したら今後の人生は暗い牢獄の中
だと思っていてください。私から話すのは以上です」
こうして総監はあきあと何事か話をしてから帰っていった。
「さて・・・」
っと話を切り出したのは最初のテレビドラマを撮った大下社長だ。
「首脳の方が信頼するスタッフの人達を集めたのは今回の件もあるが、
いずれ他の局で日野あきあを使うこともあるだろう。
だから早めに知ってもらいたかったためでもあるんだ」
大下社長が切々と訴える。隣りでは乾社長が眼を閉じ、じっと聞いている。
同じマスコミでもとんでもない悪がいる、そんな奴等からあきあを守り
才能をもっともっと伸ばしてもらおうというのだ。
だから、スタッフも決められた者しか使わない。ゲストも信頼できる者でカバーする。
そしてあきあの術は『例の』という符丁を使うことも教えた。
もちろんスタジオの中は結界を張って貰うことも忘れない。
次に立ち上がったのが乾社長だ。
「今回の怨霊・藤原元方のこと、調べれば調べるほどとんでもない奴なのだ。
私は京都を焼き野原から救いたい、だがこれをやれるのは警察でも僧侶でもない。
日野あきあ、ただ1人なのだ。我々がやれるのは彼女のサポートしかない。
そして、今まで常識という枠に縛られてきたが不条理つまり常識外のことも
あるんだとフィルムに撮影して後世に残す事が今を生きる我々の役目だと思うのです。
そしてこれは民放1社2社でやれる仕事ではない。
全てのマスメディアを使ってやらなければならない」
力説したがまだ信じられない者もいる。
「すいません。そうは言われても僕自身まだ納得できません」
手首に包帯を巻いたどこかの局のスタッフがいう。
あきあは大下社長と乾社長、そして日名子警視正の目を順々に見て立ち上がった。
そしてあきあを真中に囲むように皆が座りなおす。
「ちょうど、元方のこと聞こうと思っていました」
と瑞穂が用意した半紙を人形に切って呪をかける。
すると知っているものにはお馴染みだがりっぱな公達が現われたのだ。
知らないスタッフや首脳達の驚きは声も出せていない。
「安倍晴明様です」
と紹介すると
「ひえ~」
という声があがる。
晴明は肩を回しながら座り込み
「ひづる・・・ひづる・・・」
と天城ひづるを呼ぶのもいつも通りだ。
喜んで飛んできたひづるが晴明の膝の上に座るのを待って
「晴明様、元方のこと・・・・」
「ふ~む、聞いておったわ。しかし、何故今ごろ彼奴目が・・・」
「晴明様、元方の怨霊とは?」
「わしは一度だけじゃ、ほとんどが陰陽寮の術者達と争っておったわ。あきあ、お前はどうなのじゃ」
「いえ私がいた頃はもう元方の怨霊は出ませんでした」
「おおう、そうじゃった。あきあがわしの元に来たのは元方を封印した後じゃ」
「封印?封印なされたのですか?」
「そうじゃ、京の都で封印すると、ちとやっかいなのでなあ
東のほうの寺の境内の大きな岩の下に封印してやったわ」
「東の寺?・・・晴明様・・・もしかしてそれは首塚の近くの寺では?」
「おおう、そうであった。確か・・・香琳寺・・そう香琳寺という名前じゃ」
「京姉!泉姉!」
立ち上がったのは京と泉はもとより洋子と婦警の制服姿の有佐ケイの4人だ。
「何か封印されたあとがあるはずです。それを見つけて持ち帰ってください」
「木箱じゃ・・・これぐらいの木箱に封印しておいた」
安倍晴明の説明に
「わかりました」
と頷く4人。
「あっ!モバイルは?」
「持ってるよ」
「片時もはなさないわよ」
という声を残してBスタジオを飛び出していく。
あっけにとられている他のテレビ局のスタッフ達
「おい、モバイルってあのモバイルのことか」
知り合いのこのテレビ局のスタッフに聞く。
「そうさ、でも凄い機能がついている特別製さ。日野あきあが発明したものだよ」
「どんな?」
「すぐにわかるさ」
とニヤニヤ笑うだけだ。
こんな光景を見守る各局の首脳達、なんともいえない表情となっていた。
こんな信じられないことが現実に起こっているのだ。
大下社長も乾社長も日野あきあのことを早く知っておいて良かったと思っている。
他局の首脳達、パニック寸前の顔色だ
大下社長が立ち上がって聞く。
「安倍晴明様にお聞きします」
「なんじゃ」
「はい、私達は怨霊・藤原元方という名前と伝えられた資料だけで
想像を膨らませて不安と恐れを抱いています。
実際は元方という男どういった怨霊なのでしょうか」
晴明は座ったまま大下社長の方を向き
「大下殿と言われたな」
「はい」
「さすがじゃな。まずは敵を知らなければ右往左往するだけじゃ。
・・・・・元方という男、策略家じゃ」
「策略家?」
「そうじゃ、悪く言えばずるい男じゃ。生きていたときからそうじゃった。
まずは人身を惑わす」
「人身を惑わすといいますと」
今度は乾社長から声がかかる。
「人の弱い心につけこんで、不安、猜疑心をおこさせ、そっと囁くのじゃ。
あ奴はお前を嫌っている、とか殺そうとしているとかじゃ。
弱い心の者はそうなると元方の思う壺であり、傀儡となる。それと奴は影を使う」
「影といいますと」
今度も乾社長。
「死した者を生き返らせるのじゃ。死した愛しい者達を生き返らせ
その者を使うと人は正しいものが見えなくなる。ただし影は影じゃ、陽の光を浴びると土にかえる」
「では夜気をつける必要があるのですね」
晴明は頷き
「そうじゃ。だが奴にも弱点がある」
みんなハッとして晴明を見つめる。
「奴も男じゃ、女ショウに弱い」
「女ショウ?・・・あっ、女性のことですね」
「それも小さな女ショウじゃ。ちょうどひづるぐらいの・・・・」
「ひづるちゃんぐらいの?・・・どうしてですか?」
「猫可愛がりに可愛がっていた娘を自分の不注意で死なせているせいじゃ
それからじゃ、奴が変わったのは。
それまでは学問ばかりする気の小さな男だったのにのう」
「ですが晴明様、今の元方は救いようがありません。
罪も無い幼子や女性達を呪い殺した罪は例え無限地獄に落としても
正義を成したといえるのでしょうか?」
「そうじゃ、あきあの言う通りじゃ。だがなあ、それであってもお主は
きっと天に導くとおもうぞ。断言しても良い」
「そんなことはありません。きっと調伏してみせます」
「あははは・・そうかそうか」
とそれ以降は笑うばかりだ。
その時、松島奈緒警視が膝の上に置いていたモバイルが
『ピーピー』と鳴り出した。
もう手順は慣れたもので液晶画面にさっき出て行った京の顔が写っている。
「あっ、松島警視!そのモバイルを沙希に」
「判ったわ」
といって立ち上がってあきあに渡す。
何も知らない首脳やスタッフ達、何事かと腰を上げて見ている。
モバイルを受け取ったあきあ
「京姉、どんな様子?」
「酷いものよ。寺の住職の御乱行で寺の権利を取られたあげく昨日からこの通りよ」
とモバイルを境内のほうにむける。
「あっ、待って!」
と言ってから
「ひづるちゃん、又ヤタさんを貸してくれる?」
「うん、いいわ」
といってから
「ヤタさん、ヤタさん。沙希姉さんの御用があるの。出てきてくれる?」
といったとたん
「カァー」
と鳴いてバタバタとあきあの肩に飛び乗った。
「な・・・何なんだあれは・・・・」
もうここまできたら知らないふりは出来ないと
あきあを知るスタッフ達が説明できるようバラバラに別れて座っているのだ。
「式神だって?」
目を大きくあけて驚きを通り越しているようだ。
でも技術畑のスタッフや首脳の目が注がれているのが
モバイルだった。大下社長もまだ知らないことだったので乾社長の説明を受けている。
「すいません、照明を落としてください」
暗くなるとあきあの真言によりヤタさんの目から今モバイルの写っている風景が
大きく壁に映し出されているのだ。
「世の中、便利になったものじゃ」
といいながらひづると手をつなぐ晴明だ。
画面が大きな岩がころがっている手前の大きな穴を映す。
突然の
「おお!それじゃ、それじゃ」
という晴明の声が聞こえているのか京の
「どれでしょうか」
と言う声からズームで穴の底に寄っていく
「その真中に小さな木片が見えるであろう」
「あっ、わかりました」
といって手が伸びていく。
「京姉!」
というあきあの声
「な~に?」
「出来れば素手では触って欲しくないの。あとで箱に残っている痕跡を読みたいから」
「わかったわ」
と言う声で画面を切る。
照明がつくと皆の目はモバイルにくぎづけになっているのだ。
あきあの持っているモバイルだけではない。
理沙や律子達マネージャーが持っているのにも目がいっている。
「あきあくん、こんどの事我々が出来ることは先ほど乾社長が言われてように
後世にこういうことがありえるんだとフィルムを残す事なんだ。
君の邪魔はしない。だからどうか指示してくれないか」
という小野監督に
「はい、少し待ってくれませんか?」
といってから肩に乗るヤタさんに
「ヤタさん、ごめんだけれど又比叡山に行ってくれる?」
「カァー」
と鳴いて承諾するヤタさん。
「待て!」
という晴明。
「胡蝶を連れていけ。今は元方の目が光っておる。胡蝶の聖結界は元方といえど見えはせぬ」
という声でひづるの胸から蝶がふわりと飛び立った。
そしてその蝶がスーっと可愛い女の子に変身した。
「やっと、私の出番なんですね」
といってから
「あきあ、そのヤタ公を守ってあげるから、約束して」
「えっ?なにを?」
「今度はあの3人の叔母さんより私の出番を多くして!」
「おほほほ、相変わらずね、胡蝶さんは。
あらあら、叔母さん呼ばわりされた玉藻、葛葉、紅葉がすごくお冠よ。
・・・・約束するわ。京ではあなたの力がとても必要となるとおもうから。
でも今度は私と約束してくれる?
・・・あまり無茶をしない、3人の叔母さんとも仲良くすること。いいわね」
少しプッと膨れたが素直に頷き、
「ひづる!おとなしくしているんだぞ」
と言ってから
「やい、ヤタ公!何をぐずぐずしてる。早く行かなければ日が明けちまうぜ」
といって蝶に姿をかえるとヤタさんの頭の上にとまる。
「ひづるちゃん、お願い。ヤタさんを飛ばしてきてくれる?」
ひづるは晴明の膝から抜け出すと、肩にヤタさんを乗せ駆け出した。
律子も順子も付いていく。
「あきあ!相変わらず式神達と仲がよいのう」
「あの子達は平安の時からの友達ですもの」
「おう・・そうだった・・・・さて、わしも帰るとするか。
天から元方の動向をさぐってみようかの」
といって消えてしまった。ふわりふわりと半紙で作った人型が舞い落ちる。
周囲で完全に観客となっていたスタッフや首脳達『ホウー』とため息がでる。
まるでひとつのドラマを見ていたような。
「沙希ちゃん」
と声をかけたのは静香専務。
「ヤタさんが比叡山につく間、少しお話をかえてみない?」
「えっ?どうして?」
「どうやら皆さん、このモバイルにご執心なようよ」
「モバイルを?」
「ええ、どうせもっと必要になると思ったから、昨日入荷した200台分を
全てこちらに持ってくるよう手配しているの。それとCCDカメラもね。
沙希ちゃんなら200台位の改造はあっというまでしょ」
「わかりました。じゃあ、モバイルが届く間に多くの工具類を用意してください」
というとこのテレビ局のスタッフ達が我先にとびだしていく。
そのうち、香琳寺に行っていた京達が帰ってくる。
静香専務が手配したモバイル200台が次々と運ばれてくる。Bスタジオの中は騒がしくなってきた。
「ようし、皆さん。座ってください。
もう明け方近くなっています。疲れがピークでしょう。あきあくん、頼む!」
何のことかわからないものが多かったが目を輝かした者も多い。
あきあは心得て名笛『緋龍丸』を取り出した。
ゆったりとした調べが流れる。人息で息苦しかったBスタジオにスーッと気持ちの良い空気が流れ、
皆についてきた雑霊が吹き飛ばされていく。
そして、眠気、疲れが嘘のように取り払われ、脳細胞も活発に生き返る。
「ええ~~?」
「嘘!?」
勢い良く立ち上がるスタッフ達。
「ふ~む、見事な」
これは東西テレビの沖社長。
経営者というより華道、茶道に通じ、日本舞踊にも憧憬が深い。
その社長が目を見張るほどの横笛の吹き手、日野あきあという女優に強い関心を持った瞬間だ。
それまでは不思議な術を見せられたが目くらましだと思ってずっと目を閉じていた。
初めて日野あきあをじっと見つめる。
そして、知った。
その強い目の光、明るい笑顔・・・只者ではなかった。もう目が離せなくなった。
隣りに座っていた大下社長がそんな沖社長を横目に見てニヤリと笑う。
「沖さん、日野あきあという女優、見れば見るほど目が離せなくなるんですよ」
「大下さん、確かあなたのところが最初でしたね。日野あきあという女優を使ったのが」
「いや、最初は映画でした。でもうちの社員を映画に出向させていたおかげで彼女を知ったのです。
とにかく不思議な女性です。我々の常識では測れない」
「彼女の不思議な術は本物ですか?」
「そうですね。信じられないと言っても彼女を知ってしまえば信じるほかない。
あきあは平安時代に行って安倍晴明の元で10年間修行をしたそうです。
そして術の失敗で若返ってしまった。今の年齢は16歳だそうです」
「16歳?」
「はい、そして舞いも帝に献上したそうですから相当なものです。
もっとも今、彼女の京都の家はあの人間国宝の井上貞子さんのところだそうですので
京舞も教わっているようですよ」
俄然注目する沖社長。
そして、Bスタジオの壁際に並べられた長テーブルの上に新しいモバイルが
1台、1台並べられている。
あきあの真言によって工具達が見る見るモバイルを改造していく。
それを目を白黒させて見つめるスタッフや首脳達、勿論沖社長もしかりだ。
雑用するのはこのテレビ局のスタッフ達と共演者の女優達だ。
女優達はとっくにかえっても良かったのだが誰1人帰る者がいない。
もっとも帰るつもりなど毛頭なかった。こんな経験一生に一度あるかないかだ。
中堅女優の糸川早苗しかりだ。勿論、飛龍高志もスタッフの中に座って
あきあについての今までの経験を話している。
「沙希、これ・・・」
京から渡された元方を封印していた木箱、
上に張られた梵字の封印の書が引きちぎられたように破られている。
木箱に残された元方の記憶・・・それを読取ろうというのだ。
真言を唱えるあきあ、それを見つめる周囲の目。
木箱から白いモヤのようなものがモクモクと立ち上り
ザンバラ髪の青白い顔をした中年の男が宙を睨みながら
「く~くく~・・・お・・おのれ!晴明!
この恨みいかに果たそうか。代々たたって根絶やしにしてくれん。
帝も帝じゃ我娘を寵愛していたくせに、あんな小娘を
女御としてむかえるなんて・・・ええい、口惜しや。
ふふふふふ・・泣け!叫べ!紅蓮の炎に巻かれて焼け死ね!
御所を焼きつくし、焼土としてくれん」
そういってフウっと消えた。
「元方という男、目的のため地獄の妖者をその身に引き入れたようですね」
「すいません。妖者というのは?」
「西洋でいう悪魔です。元方が引き入れたのは堕天使ルシファと同じ大魔王!」
その言葉にビクッと身体を震わす者もいる。
「そして、狙いは昔帝が住まわれていた御所と晴明神社」
「決まったね。あきあくん」
「でも油断は禁物です」
「大変です!飛鳥警視正」
「どうしたの?有佐巡査」
「はい、今京都で小学生の女の子が就寝中に次々姿を消しているそうです。
ただ1人だけ警邏中の警察官がパジャマ姿の女の子が裸足で歩いているのを
不審に思って声をかけたことで助かりました。
本人は何も覚えていないそうです」
「京都で?元方の怨霊と関係ありそうね」
「いえ、叔母様。これは元方の仕業です。もう間違いはありません。
先ほどの晴明様のお言葉・・・弱いのは若い女の子。自分が死なせた子供と
イメージを重ね合わせているのです。
元方は夢に入り込み暗示をかけ、自分の元に呼び寄せる。平安時代からの変わらぬ手段です」
「そんな方法だと警察は手も足もでないわ。
ただ夜間に歩く少女を保護するほかしか・・・」
「叔母様!京都の夜間の警戒をお願いします。
出来れば京都周辺の警察にも協力をお願いしてください。それも大々的にです。
それと一度暗示にかかった子は暗示を解かないかぎり幾度も元方の元に出かけるでしょう。
殺しはしないでしょうが、女の子達は人質として両親の手枷足枷になりえるんです」
「えっ?では?」
「はい!元方の協力者となることも考えられます」
「大変だわ!急いで対策をしなければ・・・」
「叔母様は急いで警視庁に帰って対策本部を作ってください。へたをすると・・・・」
「へたをすると?・・・」
「この日本、無くなるかもしれません」
みんな飛び上がる。
「これはおおげさではありません。元方という男そういう容赦のない怨霊なのです。
狙いを御所と晴明神社とあげたのも決して晴明様への復讐ばかりではなく、
晴明神社を焼くことで京都の結界を破れば朱雀門が開いてしまいます。
そうすれば地獄の亡者が出てきます。
小野監督!京都はこんな状態です。いえもっとひどくなるかもしれません。
これでもまだあなたはあなたの仕事を続けますか?」
「あきあくん舐めてもらっちゃ困るよ。俺達はいつも命がけで映画をつくっているんだ。
こんな状態だからこそ撮影をする義務がある。・・・おい、ジョージ、お前はどうする?」
「わしか、わしは今日一度アメリカに帰り、そして急いでチームを連れて戻ってくる。
だから『ステーション』を2台空けておいてくれ」
「こうなったら『ステーション』が12台は少ないな」
という小野監督の声に
「瑞姉!」
と瑞穂を呼ぶあきあ。
心得たもので預かっていた新しいBOXを持ってきた。
蓋を開けると真赤な玉が12個。
「これは改良品です。全てに通信機とモニターがつけられています」
「あきあくん!・・・これは・・・いつのまに?・・・だって君にはそんな時間はなかったはずだ」
「いえ、これは里に帰ったときに作っておきました」
「そうだったのか。後でチェックさせてくれないか」
「いいですわ」
ここにいる全員が日野あきあの存在がいかに大切なのか思い知る。
普通の人では手も足もでない怨霊に対抗できるただ1人の人類、もう不信感はない。
ただこの少女の戦いを邪魔をせず撮影していくだけだ。
「そろそろ、比叡山を呼ばなければ胡蝶さんが怒りますわ」
といって真言を唱えると壁に大きなスクリーンが薄暮の光景を映しだす。
「天鏡さん!」
というと天鏡の姿があらわれた。
「おお、あきあ殿!武者僧達も今たどり着いたところだ」
「それはよかった」
「飛鳥警視正殿は?お礼をいいたいのだが」
「日和子叔母様は警視庁に戻りました。京都で起こっている事件のことで」
「はて?なんぞ・・・・」
「すみませぬ、蓬栄上人様と峰厳和尚様、それと武者僧と土御門の皆様を
呼んでいただけませぬか」
ただならぬあきあの言葉に慌てて画面から消えた天鏡。
しばらくしてゾロゾロと蓬栄上人を先頭に画面にあらわれた。
「蓬栄上人様、峰厳和尚様、そして武者僧の方々。
今日は本当にご苦労様でした」
「なんのなんの・・・してあきあ殿、京都の事件とは?」
そこで少女が突然消える事件を話した。
晴明の言葉と自分の推理を話す。顔を曇らせる僧侶達。
「そこで皆様にお願いがあります」
「あきあ殿、何でござろう」
「皆様に暗示を破るお札を作って欲しいのです」
「暗示を破る?」
「はい、阿弥陀如来の真言をしたためたお札です。
聖結界の比叡山でかかれたお札には如来様が宿ります。
たくさん作って欲しいのですが、そうもいきますまい。出来るだけ作って下さい」
といってから撮影のことも話す。始めは顔を曇らせていた上人も
小野監督の心を伝えたことで協力するという言葉も得た。
「蓬栄上人様、比叡山は聖結界で守られています。元方は手が出せません。
だから警察、テレビ局の前線基地を比叡山のどこかに作らせてください」
「おうおうそういうことならば、山の中腹に京の町が見渡せる広い空き地を使いなされ」
「ありがとうございます・・・それとこれは私の思い過ごしであればよろしいのですが」
「何でござろう」
「確かに比叡山の結界は元方には手出しできません。でも普通の人には関係ないのです。
だから手枷足枷を嵌められた少女達の親が元方にたぶらかされて・・・・」
「この比叡山を襲うといいなさるのか・・・・無いとはいえんのう。
いやいいことを聞き申した。この比叡山の警護を厳重にと今から伝えます」
★★
すっかり明るくなりスタッフが買ってきた新聞に目を通すあきあ。
1面も3面も元方の記事が大きく載り、厳戒態勢のような首塚のことは隅に追いやられていた。
新聞記事としてはこれで良かったのかもしれない。
ほとんど寝ていないあきあの気分をかえようと
テレビ局の浴室で昨日の汗を流させた杏奈・・・
といっても一緒にお風呂に入ってたっぷりとあきあからのキスで元気をもらってきた杏奈・・・・
というのが真相だ。
今こうしてあきあのメイクをしてヘアーを整えている杏奈から
鼻歌が聞こえるのは無理もないところだ。
ちょうどヘアーを手櫛で最後の調整をしているときに
「沙希!どうお?」
と理沙達早瀬の女が集まってきた。
その中にゆりあの顔を見つけた。
ゆりあは早朝にルーク監督が帰国したことで役目から離れてホッとしていた。
「ゆり姉!ごめんね」
その沙希の言葉に『えっ?』という顔をする。
「ゆり姉の仇だった将門さんにああいう形で天に送った事、不満だったんじゃない?」
ゆりあは胸の前で手を振って
「そんなこと・・・・・。それより『ゆり姉』と呼んでくれるの? 嬉しい!」
涙で頬を濡らしたゆりあ、横から理沙がハンケチを渡し
「あらあら、今バッチリとメイクしてきたばかりじゃない。これじゃ、もう一度やりなおしよ」
とつっけんどんだが温かい心が含まれている。
「だって、私モヤモヤして不安でしかたがなかったの」
「だから、言ったでしょ。あなたは早瀬の女になったんだって」
「もう遠慮しないでもいいのね?」
「ゆりあ!その言葉!・・・さては猫かぶっていたな」
と律子の声。
ようやく1人浮き上がっていたゆりあだが皆に溶け込んだ今、とにかく嬉しい。
こうした時に声をあげるひづるはいまも
「ねえ、沙希姉さん。私も京都へ行ってもいいでしょ。
家に帰ってもお父さんとお母さんはロケに行っていないし、
貞子お婆ちゃまのところでおとなしくしているから」
「律姉!ひづるちゃんのスケジュールは?」
「あきあと一緒よ。ひづるはこのドラマ1本に絞っているの」
「わかった。じゃあ・・・・」
といって真言を唱えながら自分の手の平に梵字を逆さに書く。
すると青白く光る字が浮き出てきた。
「ひづるちゃん、少しじっとしていてね」
といって下がっていた前髪を横でクリップで留めて額を出す。
そしてひづるの額に平行に左手を向けると真言を唱える。
するとあきあの手の平から梵字が浮き出てきてひづるの額に描かれたのだ。
しばらくするとスーっと消えてしまった。
「さあ、これでひづるちゃんはもう暗示にかからないし、
聖結界に守られているから、この世のものでない者達からも危害は受けないわ」
と言って立ち上がった。
「さあ、お姉さま達」
といって周囲を見渡す。するとあの3人の婦警がこちらを見ているのが目に付いた。
「奈緒姉さん、あの3人の婦警さんも呼んでくれない?」
「沙希!あの子達に何かあるの?日和子叔母様から決して帰してはならない。
目を光らせていなさいなんて命令されているのよ」
「ええ、葉月礼亜さんは帰宅途中の電車が脱線して3ヶ月の重症。
森田亜季さんは2軒隣りのストーカーに致命的な傷を受けるの。
そして篠田由紀子さんは買い置きの牛乳を飲んで食中毒、これは
メーカーの不良製品を出荷してしまったためなの」
「沙希!それは大変なことじゃない」
驚いたような目で奈緒が沙希を見つめる。
「特にストーカーの大学生、亜季さんが帰ってこないことで
見境もなく若い女性を狙うかもしれない」
「じゃあ・・・」
と泉が携帯を取り出すと
「泉!ちょっと待って!この事件私達に扱わせて!」
と待ったをかける京。・・・・じっと京を見つめる泉。
「わかった!・・・でも、何かあったらうちの班が出動するからね」
京と洋子は警察庁に連絡をとるためBスタジオを出て行く。
「あなた達!こっちへいらっしゃい!」
3人を呼ぶ松島警視。
喜んで近寄ってくる3人の婦警、彼女達もやはりこの輪に入りたかったのだ。
「葉月礼亜巡査、森田亜季巡査、篠田由紀子巡査、
あなた達は今日これから我々と共に京都に出張して貰います。下着とかは京都で揃えてください。
家に帰ることは許しません」
という松島警視の命令に戸惑ったが結局
「はい!」
と言って敬礼をする。
そして先ほどから視線に入る日野あきあのおだやかな笑顔、そのあきあが
「亜季さん」
と森田巡査を呼ぶ。
「さあ」
と森田巡査の肩を押す松島警視。
あきあの前に進み、興奮で頬が熱くなってくる。
「瑞姉!」
と声をかけるだけでさっと半紙が出てくる。
あきあのすること全て飲み込めるようになった瑞穂だ。
人型に切った半紙に呪をかけるあきあ。
すると全く同じ森田巡査がその横に現われた。
驚きで下がろうとする本物の亜季。
「動かないで!」
というあきあの声でビクッとして身体が固まってしまった。
「これでいいわ」
とあきあの声で緊張感がとれる。
「亜季さん!亜季さんの式神と少し握手をしてくれない?
あきあの言葉に驚きを隠せず、それでもおずおずと手をだす。
そして、あきあがその上から両手を重ねた。
亜季にとってあこがれの人だ。柔らかく温かい感触は一生忘れないだろう。
「もう、手を放してもいいわ」
といってから、影武者の亜季に向かって
「あなたの名前と年齢、職業を教えてください」
「はい、森田亜季、21歳。警視庁交通課勤務です」
「最近、あなたの身に変わったことがありませんか?」
「最近、見知らぬ男から電話がかかってくるのです」
といってから身震いする。
本物の森田巡査はふらふらと同僚に寄りかかってしまった。
「そのストーカーに心当たりはありますか?」
「いいえ、でも家の中の様子や今穿いている下着を良く知っているのです。
もう気持ち悪くて・・・・」
「では森田亜季巡査に命令します。今日、警察庁広域班の刑事さん達とストーカー・・・・
いえ亜季さんに危害を加えるために亜季さんの部屋に進入するのですから家宅侵入、
そして銃刀法所持という凶悪犯に切り替わります。
その凶悪犯を捕まえるために協力してください」
「わかりました。森田亜季は凶悪犯を捕まえる為、警察庁広域班と協力します」
そこに入ってきた京と洋子。
「もうすぐ、うちのデカさんたちが来るわ・・・・あっ!」
二人いる亜季に驚く京と洋子だが、すぐにあきあの出した式神だと気づき
「沙希!どうして?」
「本物さんは私達とこれから京都へ行くのよ。
事件のあった時、どちらも近くにいると自然の摂理で本物さんのほうにも
同じ危害が及ぶこともあるから」
「じゃあ・・・」
「ええ、危害をうけるのは、もうどうしようもないことなの。
いくら京姉や洋子姉ががんばってもね。だから身代わりに式神をたてたわ。
葉月礼亜さんは電車に乗らなかったら大怪我もしないし、
篠田由紀子さんは牛乳を飲まなかったら食中毒にもならない。
でも森田亜季さんは違うの、犯人は亜季さん自身を狙っているのよ。
だから身代わりとなる式神をたてて事件を解決しなければならないわ」
「わかった。じゃあ、こっちの森田巡査を連れて行けばいいのね」
「あっ・・あのう、日野あきあさん。では夕べ言われたことは・・・」
葉月礼亜が大きく目を開けて問い掛けてきた。
「ええ、電車の脱線事故を止めることはできません。
でも、その電車に乗せなくすることはできます。
篠田由紀子さんが買い置きの牛乳はメーカーが不良品でこの牛乳を飲まなくすることは出来ます。
でも、こういうことは信じてもらわなくてはどうしようもないことです。
だから無理やりでもこの東京から離れるように仕向けました。騙したようで、ごめんなさい。
でもあなた達の力が必要なのは確かなの。
夕べからの京都の事件では小さな女の子が狙われています。
その女の子と話ができるのは婦警さんが適任でしょう」
そう言ってあきあはニッと笑う。
「さあ、お姉さま方・・・・輪になってちょうだい。
礼亜さん、亜季さん、由紀子さん・・・あなた達もよ」
と輪にさせてから手を差し出させてから、手の甲を上に向けるように言う。
先ほど、ひづるが額に写された梵字が皆の手の甲に青白く光っている。
あきあの真言によるものだ。
それがひづると同じく皮膚に溶けていった。
「さあ、これでいいわ。聖結界と元方の暗示をとく呪を身体に書き込んだから
お姉さん達が女の子の近くに寄ったら暗示をとくことができるわ」
その時スタッフが男性二人を案内してきた。気が付いたあきあの視線で振向いた京。
「あっ、長さん達早かったわねえ」
と笑顔で迎える。
「課長の呼び出しだから飛んできました。なあ、安さん」
「ええ」
と笑うもう一人の刑事。
「あのう、課長。紹介していただけませんか」
という菅長に
「いいわよ」
といったが真っ先にあきあが近寄ってきた。
「菅野部長刑事さんですね。姉がお世話になっています」
といって手を出し握手する
「いえいえ、こちらこそ。課長にはお世話になりっぱなしで・・・」
と頓珍漢な挨拶・・かなりあがっているようだ。
ニヤニヤ笑う外野席の様子があきあには手に取るように感じる。
「こちらは安田部長刑事さんですね」
「あっ・・・はい」
といって背広の横で手を拭いてからあきあの手を握った。
その様子が可笑しいと洋子が後ろを向いて噴出している。
「まあ、お姉さん達、失礼ですよ」
あきあが澄ましていうので余計におかしくなる。
椅子を持ってくるから、とマネージャー達がとんでいった。
もう、可笑しくて可笑しくて、我慢ができないから・・・・。
「もう・・・せっかく、お嬢様って役をしていたのに」
「無理よ、あきあには。女優としては出来るかもしれないけれど実際は無鉄砲娘だものね」
と薫。
「もう、薫姉ったら・・・」
と振向いて薫に向かって右腕を曲げて中指を立てる。
「こら!あきあ!そんなことしたら・・・もう、
ひづるの教育によくないでしょ」
と圧絵の叱咤の声が聞こえて、首をすくめるあきあ。
菅野と安田の両部長刑事はほんの数分前と今とでは随分印象が違うので
顔を見合わせて戸惑っている。
パイプ椅子が円形に並べられ皆が座った時
「京姉、私から話してもいい?」
「いいわよ、これは沙希でしか判らないことでしょ」
「じゃあ」
といってパイプ椅子に座りなおしたが
「おっと、その前に」
と左手で額を押え、右手の一人差し指を口の前で左右に動かす。
「フイーフイー」
すると向かいに座っていた安田刑事の膝の上に小さな花束と小さなお守りが現われた
「エー?」
驚く安田部長刑事。
「それは安田さんの長女のあずみちゃんへのプレゼントよ。
今日が4歳のお誕生日でしょ。そのお札はあずみちゃんの身を守ってくれます。
肌身はなさず持たせてくださいね。・・・・それから菅野さん、
あなたの奥様が無くしたといわれている指輪は
洗面台のクレンジングクリームの中に入っています。奥様に連絡してごらんなさい」
というと菅野が携帯で連絡をとるのをじっと見つめる。
「ああ、お前か・・・お前、最近指輪をなくしたと言っていたよな
見つかったか・・・・・まだか、おふくろさんの形見? そんな大事なものをまた・・・・
いや、いい・・・・・あっ、ちょっと待て!
今日、ある人がな。お前の指輪は洗面台に置いてあるクレンジングクリームの中に
入っていると言っているんだ。ああ、見てきてくれ・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・なに?あったって!・・・わかった。
ああ、詳しいことは家に帰ってから話す。じゃあな」
と言って携帯を切る。
半信半疑だったあきあの言った事がこうズバズバ当たると無気味になる。
「そんな目をしないでください。
わたしはいたって普通の女の子なんですから・・・ね!お姉さん達!」
「へ~」
という姉達の声。
「もう・・・」
と言って拗ねてみせるあきあ。
そんな姿に弱いのは男のサガ。デレッとしてしまりないこと、しまりないこと。
ようやく緊張が溶けたようだ。それを見たあきあは瑞穂に合図を送る。
実は刑事達が入ってきたときすぐに亜季の式神にスタッフジャンパーを着せて
スタジオ内に並べられている改良型の『ステーション』に隠したのだ。
緊張が溶ければ回りが良く見える。
男達の目には自分達の課長と同じ顔をした捜査一課の飛鳥泉警部や婦警の有佐巡査がいる。
交通課の婦警・森田、篠田、葉月巡査はある意味有名だから知っている。
・・・・でも、あれは?・・・制服姿で警視の紋章・・・
チラっと見たことがある警視総監付き秘書・・・確か・・名前は・・・そうだ松島警視・・・」
立ち上がろうとした二人を押えたのは二人を挟むように座った京と洋子だ。
「いいのよ。座ってらっしゃい」
「でも・・・・」
相手は雲の上の存在なのだ。
「いいのって言ってるでしょ。上司の言う事が聞けないの?」
と言われれば動くこともできない。
でも良くみれば天才女優の早乙女薫や大空圧絵それに子役の天城ひづるもいるじゃないか。
どういう集まりなのか?訳が判らなくなってくる。
呆然としている二人の刑事。
そして、フと気づくと近寄ってくる二人の女性、
1人は先ほど向こうに行った女性だ。でももう1人は?
対面に座る日野あきあの横にいる3人の真中の婦警と同じ顔をしているのだ。
(うちの課長と捜査一課の課長が双子というのは警察官なら誰もが知っている。
でも彼女が双子なんて聞いていない・・・・)
その女性は真中の婦警の後ろに立った。
「さて、今までの経過をお二人に話してくれない?京姉」
「いいわよ」
と話し出した内容はとても信じられぬものだ。
何も知らなかったら、馬鹿な!と吐き捨てていただろう。
式神だって?何をかいわんやだ。
しかし、先ほど見せられた能力とあの銀行での『般若童子』のことを思う出すと彼女なら・・・・
と納得してしまう二人だ。
「さて、今から話すことを信用するかしないかはあなた方次第です」
といってから
「今夜の0:12分に天井裏から犯人がそこに立つ森田さんの部屋に侵入します。
寝ている森田さんにスタンガンをあて気絶させた上、
持っていたサバイバルナイフで・・・・両足の腱を切り裂き、
じわじわと苦しませて失血死させるつもりです。
犯人は・・・犯人はわかっています。2軒隣りに住む荻野一郎という大学生、
いえ彼がそういっているだけで本当の大学生ではありません。
彼が何故こんな犯罪を犯すのか・・・彼はサイコパスなのです。
殺人を楽しんでいます。ここで止めないとどれだけの女性が犠牲になるのか。
すでに2人の女性を殺していますし・・・。1人は看護婦だった母親、
もう1人はキャビンアテンダントの妹です。・・・・そして今度狙う婦警さん。
お気づきですわね、彼は制服マニアでもあるのです。
森田さんが狙われたのも、どこかで違反車の摘発をしているところを見かけたのでしょう。
では何故森田さんなのでしょう。あとで、森田さんと母親と妹の写真とを見比べると判ります。
驚くほど面影が酷似しているのを・・・・」
「では、今夜、奴が動き出すまでに徹底的に調査をして先の殺人の証拠を見つければ・・・・」
「はい、あと2日ほど猶予があればあなた達には可能でしょう。
しかし、それも彼にかかればそんな証拠など何の価値もありません。
彼の頭脳は天才的です。しかも法律にはずば抜けて強い。今の最高裁の判事でもかないますまい」
「沙希!奴はそんなに頭がいいの?」
うんと頷くあきあ。
「たとえば、刑事さんが取り調べをしても10分もたたないうちに取り調べを放棄するでしょう。
立ち直れなくなって刑事という職業を辞めてしまう人もでてくるはずです」
刑事達は顔を見合わせている。あきあがこう断言するなら確実だ。
「だから、現場を押えることが必要なんです。
それでこちらが1歩リードです。それであっても彼を刑務所に送れるとは限らない。
だから、注意するのは普通の取り調べをしてはいけないことです。
警視庁・警察庁で対等に取り調べができるのは日和子おば様と長谷部警視総監ぐらいです。
それでも一進一退ですから彼を送致できるとは限りません」
「沙希!そんな奴なら取り調べ出来ないんじゃない」
「いいえ、ただ1人彼を徹底的に叩きのめすことが出来る人がいます」
「えっ?そんな人がいるの?」
「やだなあ、奈緒姉。近くにいるじゃない。
ほら、九条麗香さんを里に連れて行ってくれた人が」
「あっ!牧美香子叔母様」
「そう美香子叔母様なら彼の頭脳をぐちゃぐちゃに・・・立ち直れなくできます。
異例ですけれど、最初から美香子叔母様に取り調べをしてもらったほうがいいですね。
でなければ確実に何人かの刑事生命が絶たれます」
なんだか恐ろしい奴だ。
「可哀相な男です。彼の性格がまっすぐならどれだけ世の中に役立つか・・・残念でたまりません」
「何だか、沙希が一番奴の取り調べに合っている気がするけど」
「いいえ、わたしは駄目です。わたしは彼の闇を取り去ってしまうでしょう。
そうすれば彼は破綻します。生きた屍になってしまうんです。罪の重さに耐え兼ねて・・・・」
(そうか、・・・沙希なら出来るだろう。人の心の闇を取除けるのは沙希だけだ。
そして、沙希は自分のしたことに苦しんでもがき続ける)
「わかった。これからは私達にまかせてくれる?」
うん・・と頷く沙希に
「これから警察庁にいってくる。そして、美香子叔母様に連絡をとってみる」
「あっ、京姉!モバイルを菅野さんと安田さんに渡してあげて」
長テーブルの上の改造が終わったモバイルを2台、菅野と安田に渡す洋子。
そして、式神の森田亜季を連れた京が振り返っていう。
「沙希、事件の後始末をつけたら皆で京都へ飛んでいくから・・・がんばって」
京都のことを思うと心が曇る。あれからも少女の失踪が増え続け、その数12人!