第二部 第四話
刻々と時が刻まれていく。
Bスタジオでただ1人座禅を組んでいるのは早瀬沙希こと日野あきあ、後ろに立つのは峰厳和尚。
無心になっているあきあには雑念等ひとかけらもないので
峰厳和尚はただ立ってこの見事な禅の姿を見つめているだけだ。
弟子の宗円も師の後ろでそれをながめている。
Bスタジオにいたスタッフ達も『ステーション』に乗り込んだ者、
上にいる小野監督に付いている者と分かれていて一人の姿もない。
飛鳥警視正達はすでに10km地点の前線基地に赴いているし、
蓬栄上人達も5km地点の8箇所にて読経の準備を終えている。
共演者達は小野監督の後ろでモニターを見るためにもう姿はない。
あとこのBスタジオにいるのはすぐ横で沙希を見ている杏奈と
遠くからあきあを見守っているまゆみ社長と静香専務だけだ。
そこにマイクで小野監督からの指示が出た。
「あきあくん!君に指示された時刻がきた」
という放送で目をパチッとあけたあきあ。
首を前に向けると『ピシッ』と峰厳和尚からの気合をうける。
立ち上がって峰厳和尚に向き直り両手を合わせると
「和尚様、ありがとうございました」
と頭をさげた。
「なんのなんの、こんなに素晴らしい禅につき合わせていただき
拙僧こそ礼をいいたい。のう宗円や」
「はい、わたしこそこのような高僧も及ばない禅を見させていただきお礼を申しあげます」
「さあ、あきあ」
と声をかけたのはまゆみ社長で、杏奈が差し出す真赤な陣八を
受け取ってあきあの額の上で『パチン』と締め付けた。
そして、次には杏奈が差し出す真赤な手甲を右手にはめる。
金属でカバーされたこれらは昔ドラマで使われていた小道具。
でも女優の怪我を防止するため、より頑丈に作られているのだ。
「沙希ちゃん、がんばって」
と静香から渡されたのは被衣。
昔、牛若丸が五条大橋で弁慶と戦ったとき笛を吹きながらこの被衣をかぶってあらわれたのだ。
この衣装は小野監督からの指示で、さきほどセーラー服にこの小道具をつけた時、
共演者達から
「格好いい!」
「素敵!」
と嬌声があがった。
なるほどキリリとしてふるいつきたくなる美丈夫ぶりで
中堅女優の糸川早苗などぽか~んと見とれて周囲に笑われるほどだった。
「じゃあ、まゆみ姉さん。静香姉さん。杏奈姉さん。行ってくるね」
と言って峰厳和尚と宗円和尚の手を取るとフッと消えた。
三人共しばらく誰もいなくなった空間を見つめていたが
「行きましょう」
というまゆみ社長の声で三人の脚は上へあがる階段に向かった。
★
2度目とはいえ、あきあが言わく異次元の近道は宗円には不気味なものだった。
いわばゼリーのような中をくぐり抜けるのは、ぞっとしない。
いきなり抜け出たのは機動隊の真中であった。
驚く警官達、何もない空間からいきなり二人の僧侶とセーラー服の少女が
現われたのだからいくら豪の者でも驚く。あやうく警棒をふりあげた者もいたほどだ。
そんな中をあきあは平気で進み、そのあとにつづく二人の僧侶。
「あっ早瀬さん」
と声をかけたのはなじみになった間警視だ。
「間さん、叔母・・・いえ、飛鳥警視正は?」
「あのバスの中です。あの車が本部となっていますので」
「ありがとう」
といってバスまで進んでドアをあけた。
「あっ、沙希ちゃん」
と車の中から声が聞こえ、飛鳥警視正が降りてきた。
そのあとから見知らぬ婦人警官が3人続く。
「沙希ちゃん、がんばってね。怨霊相手はわたし達は無力だけど
応援しているから絶対に負けちゃ駄目よ」
「はい」
といってニッコリ笑うあきあ。
後ろの3人の婦人警官は両手を組んで足踏みしている。
あきあにあって余程嬉しいのだ。
「沙希ちゃん、この子達松島奈緒警視のファンらしいの。
奈緒警視は『ステーション』に乗り込んでいるでしょ。
だからどうしてもといってついて来たのよ
「奈緒姉の?・・・ありがとう」
といって1人1人に握手をしていく。
「明日の帰りの電車いつもの車両に乗っては駄目よ。葉月礼亜さん」
「いつもあなたの後をつけているのは2軒隣りの大学生だわ。森田亜季さん」
「昨日買った牛乳を飲んじゃあ絶対駄目!判った?篠田由紀子さん」
3人とも呆然として突っ立ったままだ。
「叔母様、わたしの今言った事あの人達に絶対守らせてね。
特に森田亜季さんには警護をつけてあげて・・・でないと大変なことになる」
「わかったわ。後はまかせて」
あきあはニッコリ笑うと峰厳和尚と宗円和尚の手を握ると
スーと宙に浮きそのまま速度をあげて飛んでいく。
「おおう~」
警官達から声があがる。
警官の中には今夜の取り締まりに不平を持つものが少なくなかった。
「なに!怨霊だって!ふざけるな!!」
と怒り出すもの
「へん!怨霊なんていると思うか。おかしな上司がいるもんだ」
だが、今のあきあの飛行を見てそんな声が消えていく。
ありべかざる現象なのだ。警官の中にはあきあが銀行強盗を捕まえた
般若童子であるのを知っているものも数多くいたのも確かである。
そして、5km地点道路のど真ん中にごま祈祷の祭壇が用意されている前に
あきあと二人の僧侶が降り立った。
ここには蓬栄上人以外、近くの寺から狩りだされた僧侶が大勢いたが
空からセーラー服の少女と僧侶が二人空から降り立ったものだから驚きで腰を抜かす者が続出した。
この様子をみて蓬栄上人と峰厳和尚は顔を見合わせて宙を見上げたが
ついには坊主共の腰抜けぶりに峰厳和尚が
「カァー!!」
と気合をいれた。
「情けない!それでも比叡山で修行したのか!もう一度修行をやりなおせ!」
「ああ~、この姿。世俗に安穏としていたせいなのか」
と蓬栄和尚が嘆くこと嘆くこと。
だが、あきあはニッコリ笑って
「蓬栄上人様!峰厳和尚様、今は怒りはなしですよ。悪霊・怨霊に付けこまれてしまいます」
「おう、そうだったわい。どうも千賀子殿にはいつも教えられますわい」
「ほんに・・・ほんに・・・」
蓬栄上人も峰厳和尚も普段の柔和な表情に戻ったが
「お主達、いづれ比叡の本山から再修行の知らせが行くと覚えておけ。
じゃが、今夜はお主達が昔必死に培ってきた修行の成果をださなければ
悪霊・怨霊に付けこまれると知れ」
必死な目で見上げる僧侶達の目に
「一心不乱に読経することじゃ」
さすが同じ修行した仲だ。峰厳和尚のムチ、蓬栄上人のアメと役割分担が行き届いている。
「宗円!」
「はい!」
「お主がこの者達をまとめあげよ」
「わかりました!」
宗円はだらしなく座り込んでいる僧を立たせ、読経できるようきちんと役割を手早く振っている。
さすがいわく付きの寺を守ってきた僧侶だ。ここにいるその他大勢の僧とは出来が違った。
「じゃあ、お上人様、和尚様。もう時間ですから行きます」
「おおう、あきあ殿・・・・」
「千賀子殿・・・」
頑張れとはいえない。
強大な怨霊平将門に相対すこの小さな美少女に秘められた仏の力を
知る二人だったが、いかにも可憐すぎる。
だが言葉をグッと飲み込んでただ無言で見送る。
飛翔するあきあを見送る僧達の目の恐れは常識にドップリと浸かった証拠、
ワナワナ震えながら上人に問う坊主の言葉は
「お・・・お上人様、あの・・お方は・・・」
「お主達には見えぬのか・・・あのお方の内におわす菩薩様の御姿が・・・」
「ひえ~~ぼ・菩薩さま~~」
「あの方に秘める仏の力・・・それを使って今からあの復活した怨霊・平将門を
調伏しにいかれたのじゃ。たったお1人で」
「た・・平将門の怨霊・・・・」
「そうじゃ、じゃがどれだけの坊主達が集まってもあの方にはかなう者はいない」
「なにせ、京の結界を張りなおし、比叡山の結界を破ってたったお一人で比叡山に
乗り込み武者僧とやりあったお方じゃ」
「あの荒っぽい武者僧と?」
「そうじゃ、そして自ら破った比叡山の結界をより強固に張りなおしてくださった」
「結界をはりなおす?」
自分達にはありえない力・・・やはり恐れが湧き上がる。
僧達を難なくまとめ上げた宗円、祭壇に並ぶ蓬栄上人と峰厳和尚。
そして・・・あきあからの合図を待つだけだ。
やがて
(蓬栄上人様、峰厳和尚様、宋円和尚様。今です)
と言う声が僧侶の頭の中に響いたとたん、3人の声で一片の狂いもなく読経が始まった。
あと7箇所の場所でも武者僧によって声を合わせていた。
★★
少し時間を戻す。
上人達から分かれ、一人飛んできたあきあ。
平将門の首塚から200mほど手前でおりたった。
被衣を被り名器『緋龍丸』を取り出すと
自ら『ステーション』の位置を確認しテレビ局にいる小野監督に話しかける。
(監督!0時きっかりに始めます)
「おお!あきあくんか」
この部屋にいる全員にあきあの声が聞こえているのだ。
「用意できたのか」
(はい、万全です。ではキューを出してください)
「わかった。あと30秒・・・・・・15秒・・・・・・・5秒・4・3・2・1・ハイ」
横笛を口に当てると同時に歩き出した。
退魔の笛の音が夜のしじまに流れでる。
小さな雑鬼たちが吹っ飛ぶように消滅していく。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ここはメインステーションの中
インカムをセットした瑞穂がカメラマンの横に座り小野監督の指示を『各ステーション』に流すのだ。
それとは別にジョージ・ルーク監督の横に座るゆりあはモバイルを目の前におき
ルーク監督の細かい指示を『各ステーション』にいる早瀬の女達に流す重大な役目を
背負っている。だからゆりあのモバイルにだけ11個の切り替えスイッチが付いている。
そしてもうひとつこの『メインステーション』だけ各ステーションが映すモニターがついている。
これはジョージ・ルーク監督の要望によるものだ。
「あっ、これは・・・・」
「おう、ファンタスティック!」
カメラマンとモニターをみていたルーク監督が同時に声を出した。
今、大きな月が余計に大きくなり、その月明かりの中を
日野あきあ・・・いや、星聖奈の姿が影絵のように写っているのだ。
「音はとれているのか?」
急ぎゆりあが訳した言葉を小野監督に伝える。
「音は良くとれています」
「OK!」
いくら練習したかと言ってもテレビ局の中だ。
現場ではかなり違う。細々とした指示がルーク監督からとぶ。
ゆりあも最初はスイッチを間違ったり遅かったりしていたがすぐ慣れた。
現場でのアングルは全面的にルーク監督にまかされているから
小さなことでも指示を飛ばしていたがさすがはプロのカメラマンだ。
監督の言いたいアングルをすぐつかみ、言われる前に修正していく。
ここでも日本のカメラマンの優秀さを証明していた。
瑞穂は英語は全くわからなかったが、こうして身近に聞いていると
なんとなく言っている事が判るのが不思議だ。
「ようし、出だしはOK!」
ニンマリと笑うルーク監督。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
笛の音が止まった。
首塚に向かって立つ。
そして
「平将門!」
精一杯声を張り上げてその名を呼ぶ。
「怨霊となっても己の野望のために罪無き女性を次々と殺めた所業、断じて許さぬ。
よってこのわたしが天に代わって成敗いたす。出てこりゃれ!」
すると結界の中、白いモヤが一瞬に覆い尽くし、
『コツコツ・・・』と馬の蹄の音が聞こえてくる。
馬上にい丈夫だが首の無い平将門の体から
「クックックッ・・・・女の分際で何を申す」
「あっはははは・・・男の分際で偉そうに・・・」
と聖奈が見下したようにいうと
将門は腹立たしげにムチを『ピュー』と振り下ろした。
そして、改めてじっと聖奈を眺めているようだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「こちら、メインステーション。現在の状態を報告してください」
前回で慣れているとはいえその素早いスイッチングの切り替えは感心するばかり。
ルーク監督もその様子を見てすぐにまかせきっている。
「こちらステーション2・・・現在異常なし!」
・
・
・
・
・
・
「こちらステーション12・・・現在異常なし!」
そんな報告が次々はいってくる。
そして中央となるテレビ局の小野監督に報告するのだ
「こちらメインステーションから報告します。各ステーション異常ありません」
報告を終えた瑞穂は目の前で繰り広げられる一触即発の状態を手を握って見つめる。
「頑張って!沙希!」
と思わず口に出てしまう言葉。そんな瑞穂を横目で見て元はといえば
自分が原因でこんな大騒ぎになったのだ。
唇を噛み締め目の前のあきあを見つめる。
あきあを見たのはあのドラマが初めてだった。
それまでは噂を聞くだけで耳を通り過ぎていった人。
ドラマを見て・・その時は心ここにあらずという状態でただ見ているだけだったが
大した特撮だと思った。・・・・それが・・それが・・・本物だったなんて。
ゆりあは『般若童子』に助けられ死ねなかった。
姉を殺され、その口惜しさに自分で犯人を見つけようと必死になった。
のんべでドジな姉であったが苦労して自分を大学まで出してくれ姉が大好きな
ゆりあであった。だからせっかく入った一流商社も休みがちになり
ついには解雇されてしまったのだ。
世間を甘く考えていた自分に腹も立つが、その時は自分は正義をしているのだから
姉の事件を解決したら復職できるだろうと勝手な思い込みをしていた。
それは、会社が自分の能力を買っていてくれ、自分が進めていたプランニングも
順調に進んでいたため、自分がいなければ成功しない。
だから、復職さえしたら続けることができる。
しかし、それは完全な錯覚であり世間知らずのお嬢ちゃんでしかなかった。
仕事は後輩に受け継がれ、大成功を納めていた。莫大な収益をあげ
さっそうと会社の中を闊歩している。
ついこのあいだ私物を会社にとりに言ったとき、
あれほど可愛がっていたその後輩と廊下で会った時
挨拶もせずジロリと足元から顔まで視線を移してフフンと鼻で笑って通りすぎていったのである。
口惜しくて涙がでた。自分は敗残者で後輩は成功者なのだ。
社会はこんな仕組みなのか。
でも会社をおっぱわれたは勿論自分の我儘な行動からだ。
他人にどうのこうのいうことが出来ない。
ここで死神に取り付かれたのだろう。
お金も底をつき、このニ三日は満足な食事もとれなかった。
それもあのビルの屋上に足を運ばせた原因となった。自暴自棄になったのである。
不思議と恐くなかった。何も考えずに飛び降りた。
でも地上にぶつかり死ぬはずが4階近くで宙に浮いたとき急に恐くなった。
上空からあの人が飛んで降りてきてその腕に抱えられたとき体が震えだし、とまらなくなっていた。
外聞もなく大声で泣きたかったが
地上に降り立ったときいきなり、助けてくれた『般若童子』に怒鳴りつけられたのだ。
『無限地獄』?そんなこと聞いたことがない。
憤然として立ち上がろうとしたが、腰が抜けて動けない。
ようやく助けおこされ、連れていかれたのは警視庁だ。
間警視と呼ばれたおじさんがゆりあの事情聴取を取り調べ室というより
広くて明るい応接室でやってくれた。
でも何も話さなかった。間警視は怒鳴りつけることはしなかったが
ゆりあの態度に段々表情が険しくなってきた。
ゆりあ自身どうしてなのか・・・わからない。
素直に口に出せば楽になってせいせいするのに・・・・名前すら言っていないのだ。
そのうち、あきれはてたように出て行ってしまった。
このままゆりあ自身どうなってしまうんだろう。
目の前がボウっとしてなにも考えられなくなってしまった。
お腹も『キューキュー』となりだす。
「あ~あ、お腹がすいたなあ・・・」
ぼそっと口に出た言葉・・・・
それをちょうどお茶を持って入ってきた自分の母親の歳ぐらいの婦警さんに聞かれてしまった。
「あら、お腹がすいていたの。あの間警視をてこずらせる原因はお腹が減っていることかな」
「いえ、別にそれが原因ではないんです」
「わかっているわ。でも人はね、お腹が好くと不機嫌になるし、
口もききたくなくなるの。いいわ、待ってなさい」
といって部屋を出て行ってしまった。
そして、次に入ってきたときは大きなお重と小皿をお盆を持った若い婦警を連れてきた。
「さあさ、有佐さん。広げてちょうだい。あっと、泉警部達に召集をかけた?」
「はい、飛鳥警視正。警視正が間警視に報告しておられる時に電話しておきました」
警視正?余り警察のことは知らないゆりあにも警視正がさきほどの
間警視より階級が上なのはわかる。
そんな偉い人がなぜ?・・・わけがわからない。
「松島警視にも?」
「はい、警視総監に許可を得てからすぐ来られるそうです」
(警視総監?一番偉い人じゃない。その近くにいる人がくる?偉いことになったわ)
次々と部屋に入ってきた女性達、
警察というガチガチの階級で縛られた世界・・・でも、ここにいる
婦警たちはみんな優しい笑顔の可愛い人ばかりだ。
どうして?とか名前は?とかいっさい聞かない。
あの警視正と同じ制服組が3人と私服の女性刑事が3人・・・
そのうち2人の双子が警部だという。でもそれぞれ階級に関係なく
みんなワイワイと楽しそうに食事をしている。
「でも、操姉さんがこれだけの量のお昼ごはんを用意しておいてくれて助かったわ」
「本当に・・・これだけたくさん食べられるのかしらと思っていたけど・・・ほら・・・」
もうお重の中は空に近い。ガツガツと一心不乱に食べ続け、
今も箸を動かし続けている自分に気が付いて恥ずかしくなり箸をおいた。
「あっ、ごめんごめん。悪気があっていったんじゃないの。
さあ、もっと食べてわたし達もうお腹がいっぱいだし、残ったら捨てちゃうから
もったいないでしょ」
でも、それでは・・・といってたべられるものではない。
箸を小皿に乗せてテーブルに置いてしまった。
「京、又あなた余計な事を言って・・・」
「ごめんなさい。あまりに見事な食べっぷりだったんで・・・つい・・」
からかったと言いたかったんだろうが。
「でも、あなた。余程お腹がすいていたのね。だから、死神にとりつかれたのよ」
「えっ、じゃあこの人が?」
「そうよ、沙希ちゃん・・・いいえ『般若童子』に助けられたのよ」
「あの子に?」
「そうよ、でも困った事に何も話してくれないの。名前さえも・・・」
「名前だけでも教えてくれりゃあねえ」
と皆の視線が集まってくるのでつい視線がさがってしまう。
そのとき
「ねえ、お母さん」
「これっ!公私の公よ。庁内ではけじめをつけてちょうだい」
「あっ失礼しました。飛鳥警視正殿」
といってから
「京都のお婆ちゃんに報告しないでいいんですか?」
「そうだったわ。テレビでこれだけ大々的に放映しているから、もう知っているかもしれないけれど」
と言って立ち上がって隅にある電話をとる。
「あのう・・・」
とあと片付けをしだした若い婦警達にためらいながら声をかけたゆりあ。
「なあに?・・・・」
皆の注視の中
「あのう、・・・・『般若童子』ってどういう人なんですか?」
と思い切って聞いてみると、
さきほど今電話をかけている警視正に叱られていた私服の婦警・・・娘なのだろう、
が新ためて座りなおして
「どうして?」
「えっ?・・・・それは・・・」
と言葉がつまったが思い切って
「わたしあんなに怒鳴られた事、生まれて初めてなんです」
「えっ?『般若童子』に怒鳴られたの?・・・へえ、珍しいわねえ。あの子が怒鳴るなんて・・・・」
「えっ?あの子って?」
「いえ、何でもないわ。こっちの事よ。・・・ねえ」
と周りの婦警に笑いかけてごまかしている。
不信げに見つめるゆりあの視線を受け止めた婦警は
「わかったわよ、知っているわよ。『般若童子』が誰かが・・・・
でも言うわけにはいかないの。一応国家機密になっているから」
国家機密?驚くような言葉だ。わたしって国家機密にふれている?
ぞっとしたが、一度死んだ身だし失うものも何も無い。
住むところも既に無い。ただ、こうして生き延びた以上、自分の人しての誇りだけが唯一の財産だ。
「会わせてください!」
自分を死の淵から救ってくれた『般若童子』に会いたい、強烈な想いが込み上げてくる。
「『般若童子』になら何もかもお話します」
つい声が大きくなった。
「いいでしょう。会わせてあげます」
電話を終えた警視正がそう言いながら戻ってきた。
「警視正!」
「お母さん!」
「叔母様!」
「いいのよ。京都のお母様に相談したら、
きっとその人は『般若童子』に会いたがるはずだから、その時は会わせてあげなさいって。
きっとあの子はその人を今の地獄から救ってあげるでしょうからですって。
さすが人間国宝ね。何もかも読まれておられるわ」
「心配してなかったの?」
「そりゃ心配してるわよ。でも里でのあの子を知っているでしょ。
仏様を身の内に秘めたあの力を・・・お母様も仕方がないと諦めているのよ」
「全くあの子ったら、皆をこんなに心配させて・・・」
「でも、あなたはそんなことを言えないわよ。
あの銀行の事件ではあなたはあの子のおかげで完全に死んでいたのを助けられたのですからね」
「そうよ、京は沙希を叱る資格はないよ」
「チェッ」
「あ~あ、今朝まで一緒にいたのに・・・早く顔を見たくなったわ」
「お~お、奈緒さんも言うようになったわね。おっと、今のは公私の私で言ったのだからね」
「ねえ、早く行きましょうよ」
と制服姿の婦警が皆をせかすように言った。
「結局、アケちゃんが一番逢いたがっているようね」
皆の話を聞いてゆりあがわかったのは『般若童子』がこの人達の近しい人だということだ。
そしてパトカーとあの制服の婦警、有佐ケイという婦警の車に分乗して
あるホテルに連れていかれた。
「ここよ」
とドアを開けた瞬間、部屋の中であの天才と言われる早乙女薫が
これも天才子役といわれている天城ひづるを追い掛け回しているシーンだった。
驚いたことにゆりあを連れて来た警視正が
「これ、薫!何をしているの!」
と怒鳴ったことだ。一度にしゅんとしてしまった天才女優早乙女薫。
一体この警視正さんはどういう人なのか?
その時はまさか姉妹だとは夢にも思わなかった。
一方追い掛け回されていた天城ひづるが
「京!、泉!薫姉さん怖かったよう」
と双子の私服婦警にとびついたのにも驚いた。
結局、
「誰が京じゃ」
「誰が泉じゃ」
と頬を捻られこれもまたおとなしくなった。
この部屋にいた。有名な小野監督と親しいことにも驚かされたし
今一番有名な女優日野あきあが横にいる婦警達と血縁関係にあると聞いて目を白黒させた。
そして
「沙希ちゃん。又やったんだって?」
「あっ、間さんに聞いたのね」
「そうよ。それと沙希ちゃんに、警視総監がよろしくって」
「長谷部の叔父様が?」
「ええ、市民の命を救ってくれてありがとうって。それでね・・・」
と日名子が少し声をおとして
「あなたに会いたがっている人がいるの」
「わたしに?」
「そうよ。さあ、こっちにいらっしゃい」
と言う声でゆりあは他の婦警に押されるようにそばに寄って行った。
「あのう、『般若童子』は?」
「この子がその正体よ」
「えっ?でもこの人は・・・・」
「叔母様、いいわよ。わたしが話してみる。さあここに腰をかけて」
対面に座った日野あきあの目は恐いほど澄んでいた。
でも、冷静にいられたのはそこまでだった。
顔を見ただけで自分の名前を、そして現在の自分のおかれている状態までも
あきあに言い当てられてしまった。体と心に衝撃が走った。
恐怖で手足が震え心も震えた。逃げ出したかったが体が全く動かない。
蛇に睨まれたカエルと同じで身がすくんでしまっていたのだ。
でも、そのうちあきあの優しさに気が付いた。
その笑顔で自分をあたたかく包みこんでいてくれるのだ。
自分に負い目があり急には素直にはなれないが、そんな小さなこと吹き飛んでしまった。
あれよあれよと思わぬ方向に話が進んでいくのであっけにとられて何も言う事が出来ない。
日野あきあを中心に・・・・いや日野あきあだけが皆の期待を込めた視線の中
動き回っているのだ。そしてあきあに声をかけられ、命令されるのを大勢が待っている。
それはそうだろう、あんなこと出来るのは世界中であきあだけだ。
ゆりあもあきあの不思議な術のおかげで姉の霊と逢うことができたし、
一生懸命に長い月日をかけて調べてわからなかったことが
ほんの十分で・・・・そうほんの十分で解明してしまった。
全て姉ののんべと極端な恐がりのせいで思いもよらぬ歴史上有名な平将門に
殺害されたのだとわかったのだ。
ガクっと体の力が抜けてしまった。怨霊のせいではどうしようもない。
そう思った。でもあきあは違った。あの恐ろしい怨霊を退治しようというのだ。
とにかくあきあの不思議な術は本物だった。
あきあの体から不動明王と菩薩が見えたときには
もうゆりあの信じていた常識・・・いや信じさせられていた常識なるものは
瓦解した。信じていたものがなくなるということは不安なことだ。
だが、ゆりあは一度死んで生まれ変わった身だ。
もう何も恐いものはない。そんなゆりあに幸運がもたらされた。
まゆみ社長に誘われて、いきなり早乙女薫事務所に入社できたこと。
そして、早瀬一族という女性だけの集団、・・・あきあも、あの婦警達も、
マネージャー達も、あのまゆみ社長までもが早瀬の女だと知った。
飛龍高志と九条麗香という今だれもがうらやむカップルに襲った悲劇、
それを誰よりも先に知ったのがあきあ・・・全てあきあによって麗香に救いの手が差し伸べられた。
夫妻を取り囲む女達、それを遠くから眺めていたがポンと肩を叩かれ振り返った。
そこにはどこからか戻ってきた婦警の松島奈緒が立っていた。
「ゆりあ、あなたも来なさい」
「えっ?わたしも?いいんですか?」
「いいわよ。あなたも私達一族のことよく聞いておきなさい。あなたも今日から早瀬の女なのだから」
言っている意味はよく判らなかったが、疎外感が急に消えていった。
自然と足が軽やかに奈美について行く。
そこで知った早瀬一族の歴史、平安の世から続く女としての哀しみ、
そして癒しの湯?・・・よくは判らない言葉が出てくる。
こそっとゆりあの耳に
「早瀬の隠れ里にある秘宝の温泉のことなの」
そしてそこであの若い制服の婦警の有佐ケイのお母さんのことを聞いた。
末期の癌で後半年の命だった?・・・えっと・・それが、たった3日、
温泉につかっただけで病巣が全て消えた・・・ですって?凄い!
もうこの頃にはあきあについてのことは全て信じられるようになっていた。
九条麗香も早瀬の女になった。
「ゆりあ、あなたも近いうちに里にいくことになるからね」
男子禁制の早瀬の里、いったいどういうところなんだろうか。
なんだかこの先の人生、楽しくなってきた。
・・・・・・・・と急に肩をポンと叩かれ、ハッと気が付いた。
ジョージ・ルーク監督が心配そうに顔を覗いていたのだ。
「ゆりあ、どうしました?」
「あっ、いえなんでもありません」
そんな返事をしたゆりあだが、でもルーク監督はとっくにゆりあの心の中はお見通し済みで
「ゆりあ、あなたのこれからの人生には今までと違って素晴らしいものが控えています。
でもそれを考えるのは明日からにしてください。今は目の前のあきあだけを見ていてください」
「あっ!・・・いやだ!」
思わずポッと赤くなった頬を両手で押さえる。
どれだけ自分がボウっとしていたのかが、今のルーク監督の言葉でよく判ったからだ。
追い討ちをかけるようにスイッチングしながら
「そうですよ、さっきから見ているとくやしがったり、泣き出しそうになったり
そう思っていたら急にニコニコしだしたり、まるで百面相・・・」
言葉は少しきつかったが笑いながら瑞穂がいうので腹がたたない。
そういえばまだ詳しくは知らないが、この瑞穂という人も京都で
最初に『般若童子』に助けられた人と聞いた。
「さあ、星聖奈が変身するわよ」
と瑞穂が声をかけると、急に『メインステーション』内に緊張が走った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
被衣を振り捨て独鈷を取り出した聖奈、それを見た将門が
「女!そんなもので何をしようというのじゃ」
とあざ笑うのを無視して
「『臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前』・・・変身!・・・天聖ルナ!」
と両手で持つ独鈷を胸の前で構えて言うとあきあの身体が1mほど浮かび上がる。
あきあの身体からセーラー服が離れて、細い布に変わりあきあの裸体の周りを回っている。
そしてその布が光沢のピンクに変わり、あきあの身体に張り付きだすと
あきあの身体が変化していくのだ。体が縮まり顔も髪も変わっていく。
そして・・・
「天聖ルナ!」
といって両手をあげ上で交差させると胸の位置にそのまま下ろし
両手をクロスさせたまま
「参上!」
と言って地上に降り立った。
「なに?!女!その力はなんじゃ・・・おおう、その力じゃ、その力じゃ」
将門から喜びが溢れる。
「その力さえあれば長年思いつづけていた我らもののふの国が築ける。
女!貴様の命もらいうけるぞ!」
「あはははは」
「何がおかしい!」
「もののふの国だって?・・・・そんなものお前のただのたわごとじゃ」
「なにを!」
「元来、もののふとは万民のためその命惜しげもなく捧げる男のことじゃ、
お前のように、か弱い女を己の野望のために命を奪う怨霊ごときが使う言葉ではない」
「この・・・小娘が・・・・言わせておけば・・・くそっ、この結界さえなければ・・・」
『ギリギリ』と歯を噛み締める音がきこえる。
「その結界がなければどうする?」
「この手でお前の心の臓をえぐりとって、その血をすすり・・・その肉を餓鬼どもにくれてやろう」
「ほう、面白い!ではその結界を解いてやろう」
「なに?!」
「ふふふふ・・・私は怨霊ごときにはやられない。だから、結界を解いて闘いの場を与えてやるのだ」
といって聖奈は宙に五芒星を描き、九字を切った。
「『臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前』・・・ええい!」
地を打つとそこから光が走り、首塚を覆っていた結界がメラメラと焼け落ちるように消え去った。
・・・・・・と塚の中から、怨霊・悪霊の類が喜びの雄たけびをあげながら
空へと飛び上がってくる。
いい獲物だとばかりにルナに襲い掛かってくるものがあったが、
ルナが破邪の剣を一振りした瞬間、あっというまに消え去り、光の玉となって天に上っていった。
これは手ごわいとばかりに怨霊・悪霊共は向きをかえ四散していく。
それを見ていたルナ・・・僧侶達の読経が怨霊・悪霊を調伏することを願い剣を納め両手を合わせて
「蓬栄上人様、峰厳和尚様、宋円和尚様、天鏡さん、そして武者僧さん達、
あとはおまかせいたします。何卒よろしくお願いします」
と小声で僧侶達の健闘を祈った。
こんな将門の怨霊を無視したルナの行動・・・だが、一瞬たりとも油断はしていなかった。
『コツコツ』と響く蹄の音、・・・・ぬ~っと黒い影法師が聖奈の影を消し去った時、
ルナは前方へ2度3度と回転して最後に半回ひねって着地した。
大きな馬にこれもがっしりとした体格の平将門、月明かりの中に
長い槍を持ってこちらを睨みつけている。
目が真赤に光っているのだ。
・・・・そう、ルナが結界を破ったことにより,怨霊・平将門の首が
蘇ったのだ。
「おや?、人らしくなったじゃない」
「黙れ女!世迷言もそれまでじゃ。わしにこの首が戻ったからには・・・・
天下無双と呼ばれた平将門に戻ったからには、
例え力が戻らずともお前のような女には負けはせぬ!」
「どうだか?」
「なにを?・・・もう一度言ってみろ!」
「おや?・・・あんた!首が戻っったといったが、
その首はただのでく人形の頭だったのじゃあないのかえ」
と人を喰ったようなその返事に『ステーション』に乗っている多くの人も
テレビ局のモニターで見ている人もヒヤッとしたのは確かだが、
こんなアドリブをいうあきあの映画人としての素質に舌を巻いていた。
あのジョージ・ルーク監督も眼を大きく開け、ただ眼の前のあきあを見つづけていた。そして
「かなわない」
と小さな声で囁いたのをゆりあは聞き逃さなかった。
「小娘!・・・言わせておけば・・・・ふぬ!」
と構えていた槍を繰り出してきた。
さすがに平将門、怨霊とはいえその切っ先の鋭さは
見ている者を縮みこませたが、ルナは予期していたのかふわっと飛び去り、
驚いた事に将門の背後に降り立った。
将門は見えぬ背後の敵に強烈な肘打ちを見舞ったが、
すでにルナの姿は後ろに回転しながら5mほど後ろに立っており、
その顔には笑顔が浮かんでいるのだ。
将門は正直、舌を巻いていた。
豪放磊落で天下無双といわれたこの平将門をこうして愚弄しつづけ、
恐がりもしないし緊張もしていない。ただ、自然体で対峙しているのだ。
こんな小娘みたことがなかった。目覚めるまでの長い年月・・・こんな女が
生きる世の中になったのか・・・・・・と、目の中に入る小娘の後ろから
忍び寄る数個の影、・・・・将門は見た。刀身の煌きと槍の切っ先が
天聖ルナの体を刺し貫いたと思った瞬間、ルナは宙高く浮いていた。
そして、持っていた剣を頭上高くに両手で持ち上げ、
左手の親指と人差し指で刀身の鍔元を掴み、右手でゆっくりと鞘から抜いていく。
青白く光った刀身を振り上げると、
「破邪!雷光剣!・・・・天へ帰れ!・・・・」
声が大きく響くと振り下ろされた刀身からか、雲ひとつ無い天空からか
激しい雷光が地に・・・いや、襲った将門の配下達の身を貫いた。
「殿~~~!」
「おかしら~~!」
哀しげな声が聞こえたのが一瞬、小さな光の玉となり天上へと昇っていく。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「す・・・凄い!・・・」
『ステーション』やテレビ局で見ているもの全てから声があがる。
特撮映画では良く見るシーン、しかしこうして本物の怨霊と戦うあきあ、
そして『破邪・雷光剣!』なんて台本に出てきもしない剣の技、
天を裂き地を裂き、怨霊を切り裂いた凄まじい大技・・・、
だが良く見ていると怨霊の魂が光となって昇天していく。
今は異形の者となったが生きていた頃は人だったのだ。
いろんなしがらみで地に縛られていた魂が天に帰っていく。
当たり前といえば当たり前だが何と哀しい情景なのだろう。
そして何と美しい情景なのか。日野あきあ・・・全くなんて女性なんだろう。
警察官というより愛する沙希を見守るということで乗り込んだ『ステーション』。
以前のドラマに立ち会っていた瑞穂や智子に話を聞いてはいたが
目の前でこうした人ではないものとの闘いを見ていると
修羅場を潜り抜けてきたと思っていた京も泉も洋子もとんでもない錯覚だと思い知らされる。
こんな闘い見たこと無い。現在、柔道や剣道の有段者と自慢しても一体何になるのか
相手は真剣なのだ。その鋭い切っ先、よくも自然体であんな鋭い相手の攻撃に対応できるものだ。
ましてや相手は怨霊とはいえ武将として名を馳せている平将門、簡単に倒せる相手ではない。
そんな将門を翻弄しながらも軽々とかわし、気負いもない。
計り知れない沙希の能力を思うと身体が熱くなってきた。
歯の根も合わぬほど『ブルブル』と振るえるのは女刑事達だけではない。
キャリアとして現場にいったことが無い松島奈緒警視も、内勤である
有佐ケイ巡査もそして、姉でありながら目の前で戦う妹沙希を見つめる理沙だって同じだ。
思わず眼を閉じてしまうシーンが幾度もあった。
臆病なのではない。これが”死”の淵での闘いを見つめる当然の反応なのだ。
これは10kmの地点でモニターの大画面を見つめる飛鳥日和子警視正だって
テレビ局のモニターを前にした早瀬の女達だって・・・・・。
いや、その他大勢の警察官だって、共演者だって、スタッフ達もが同じなのだ・・・・・
いや、だからこそ沙希の陰陽師としての術の凄まじさと
繰り広げる体術の見事さには開いた口が塞がらない。
一方、『メインステーション』内では一番冷静なのが、前回同じ仕事をした瑞穂だけで、
テレビ業界では超一流と言われるカメラマンはさすがプロだ。
カメラアングルはバッチリだし、その画像の美しさは小野監督もルーク監督も
賛辞を惜しまない。だが、その足は小刻みに震えているのを瑞穂は見逃さなかった。
ゆりあも体が固まってしまったように目の前で繰り広げられる剣技を見つめていたが、
いつのまにかゆりあの肩においたジョージ・ルーク監督の手が
『ギュッ』とゆりあの肩を掴みあげた為、
「痛い!」
と小さな悲鳴をあげてしまった。
その声にルーク監督はゆりあの顔と自分の手を見つめながら
「アイム・ソーリー・・・」
と答えたが、はっと我に返ったのか猛然とゆりあを通じて各『ステーション』に指令を出し始めた。
こんな一生にあるかないかの可憐な少女の闘いに立ち会えた幸運を神に感謝しながら
へたなアングルで後世に残されたらたまるかと、モニターをチェックしながら
各『ステーション』の位置を修正していく。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「小娘!・・よくもワシの家来達を・・・・」
「あら、いけなかった?だって彼らを本来の姿に戻して行くはずだった場所へ
戻してあげただけなのに・・・ああ~~」
と急に地団駄を踏んで
「あなたに叱られる筋合いはないわ」
と将門に破邪の剣をつきつけながら、そんな言葉で応酬する。
まるでただの喧嘩をしているような態度なのだ。
馬鹿にされていると思った怨霊・将門憤然と再び槍をくりだした。
切っ先が貫いたと思う瞬間、ルナの姿がそこにない。40~50cm横に移動
しているのだ。しかも円の動きなので柔らかくまるで日本舞踊を舞っているように
眼にうつってしまうのだ。そして
「おのれ!こしゃくな・・・・・・ええい!」
と鋭い気合でルナの身体を狙った瞬間、ルナは舞い上がった。
そして、驚いたことにストンと降り立ったのは将門の豪壮な槍
・・・あの細い槍の上だったのだ。
まるで『牛若丸』の八双飛び・・・相手は弁慶ではないが。
将門はこんな相手は初めてだった。天下無双と豪語していた我が身、
冷や汗が鎧の下で滴り落ちているのが判る。
小娘と軽んじていたのが悔やまれた。人は外見ではない。今までで最高の強敵なのだ。
槍をどう振ろうとも槍から根が生えたようにルナは動かない。
そして、重さをも感じない、・・・槍だけの重さしか感じないのだ。
将門自身、身の前の小娘が恐ろしい化け物のように思えてきて慌てて槍を放り投げた。
『ガオ~~~ゥ~~~』
突然、将門が天に向かって吼えた!
冷たい冷気が周囲を覆う。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「寒い!」
突然、氷点下という寒さが『ステーション』内にも襲ってきた。
カメラマンや早瀬の女達、そしてスタッフは夏の服装だけなので
『ガタガタ』震えるだけでどうしようも出来ない。
「駄目だ!・・・このままではカメラ機材が壊れてしまう・・・」
悲痛な叫びが『ステーション』内に響いた。
するといきなり・・・というか微かだが『ウ~ン』と音が流れてきて温かい空気が流れてきた。
皆、えっ?言う顔をする。
こんなエアコンが設置されているなんて聞いていない。
『メインステーション』では悴んだ手に『フ~フ~』と息をかけながら
スイッチングをしていた瑞穂がいきなり
「えっ?あきあなの?・・・・・・・・・・・うん、わかったわ。
みんなにそう言えばいいのね。・・・あのう、沙希!がんばってね。
死んだらあかんえ、みんなのためにも・・・・うちのためにも」
瑞穂自身、京都でのいやな思いを忘れるために
自身禁じていた京都弁が思わず口についてしまった。
あきあとの交信が切れる。3人の目が自分に集まっているのには気付いているが
落ち着いてスイッチを入れ、全『ステーション』に今聞いたあきあからの言葉を伝える。
「みんな!落ち着いて聞いてください。今、あきあから交信がありました。
この『ステーション』には過ごしやすくする空調がついています」
「おおう!」
という驚きの声がインカムに入ってくる。
「だから安心して撮影していてください。
・・・・あっとそれから、すぐにも異次元に闘いの場を移すのでその覚悟をしておいてください」
と言ってスイッチを切る。
「ミス、瑞穂!」
とルーク監督が厳しい顔で瑞穂に問い掛ける。
「本当にあきあから交信があったのですか?」
「はい!」
「間違いはないのですね」
「ええ、前回のドラマを撮っていたときも同じでした。あきあは常に我々を見ていてくれます。
だからみんな撮影に集中出来てあんな凄いドラマが生まれたのです」
「彼女は神なのでしょうか?・・・あんな凄い闘いをしながら
この『ステーション』を動かし、かつアクシデントを見逃さないなんて・・・」
「神に近いでしょう。あきあには仏教でいう神・・・仏を宿していますから。
でも・・・・・」
「でも?」
「彼女はそう言われるのは嫌がるでしょうね。常に人でありたいと願っている彼女ですから・・・・」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ルナは平然とこの凄まじい冷気の中で立っていた。
生身の身体にはこれでどうだ!・・・と侮りの笑みを浮かべていた将門だったが
それもルナには通じないと判ると体中から苛立ちの真赤な気が『モワモワ』と
湧き出してきたのが見える。これは破壊の気だ。
このままでは将門はこの周辺を徹底的に破壊つくすだろう。
・・・平和に暮らす人達の暮らしを壊してしまう。
今だ!・・・・ルナは九字を切った。
「『臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前』・・・・ええ~い!」
光の渦が将門を通り抜ける。
「小娘、何をする気じゃ」
ルナの光が将門の闇の気と相反しあい小さな渦を作った。
その光の渦はゆっくりと回りながら光の壁となった。
背後のことだから、まだ将門は気づいていない。
ルナは刀身が青白く光る破邪の剣を左手で垂直に持ち、右手の平を水平にして
刀身の峰を軽く当てて呪を唱えると刀身の先から光の玉が飛び出した。
光の玉は将門の頭上を飛び越えると、出来た円形の光の壁の中心に飛び込み、
その中心から光の壁が奥へ奥へと渦を巻きながら広がっていく。
チューブ状の光のトンネルがどこまでも伸びていくのだ。
「な・・・・なんだ?これは?・・・・あぁ~~~~」
怨霊・平将門は気づくのが遅かった為、馬もろともトンネルの中に吸い込まれていく。
トンネルの光の壁に映しだされる奇妙に歪んだ将門の姿、何か言っているようだが聞こえない。
「前!」
天聖ルナの変身を解いた聖奈はゆっくりと振向く。
月の光を受けたセーラー服の戦士は神々しく・・・・そして、美しかった。
やがて、眼を閉じ退魔の横笛を吹くこの美しき戦士がゆっくりと眼を開けたとき、
雑霊・悪鬼・悪霊が綺麗さっぱりと払われて清浄な空気に変わっていた。
そして、別れをするかのように周囲を見渡してから、
月を背に光のトンネルに向かって歩を進めて行く。
横笛の調べは波が引くように消えていった。
横笛が放れたその口元にニッコリと笑みが浮かんだとき、聖奈は1歩踏み出した。
目の前のトンネルの輝き・・・・いろんな色に変化していく。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「報告します。今、あきあと共に異空間に向かって移動中。
各『ステーション』も異常なし。音声のほうはいかがでしょうか?」
「こちら本部!・・・音声も各モニターの映像も言う事なし。
すこぶる快調に撮影されている。この調子でがんばってもらいたい。
瑞穂くん!・・・これからが正念場だ。ふんどしを引き締めてろ!って皆に伝えてほしい」
「嫌だわ!・・・小野監督!そんなこといえません!・・・・
それに女性カメラマンもいるんですよ。そんなのセクハラだわ」
「あっ!・・・そうか。いやあ・・・ごめん、ごめん・・・
薫くんも、圧絵さんも・・・そう、睨むなよ」
その言葉で本部の様子がよく判る。
ふと横を見ると、カメラマンもルーク監督もニヤニヤ笑っている。
(ゆりあさんったら、あんな言葉、通訳したのかしら・・・)
少し、非難の目を向けると
ゆりあはとまどった様子で『違う!違う!』と胸の前で手を振っている。
「僕が教えてやったんだよ」
とカメラマンが笑いながら言う。
「こう見えても世界中を飛び回っているんでね。・・・でも、異次元空間なんて・・・・」
と飛んでいるあきあの姿をファインダーで覗きながら
嬉々とした様子で撮影している。やはり超一流と言われるプロのカメラマンだ。
(全く男ったら・・・こんな恐ろしいところで、どうして子供みたいに喜ぶのよ)
もう1人、眼を輝かせて喜ぶルーク監督に戸惑っているゆりあに向かって
しょうがない男どもよねえ・・・・と同意を求める瑞穂だった。
永遠とも思われた光のトンネルから飛び出た瞬間!
・・・皆は一瞬にして目の前の世界に心を奪われてしまった。
さすがのルーク監督も言葉で言い表せない有様だ。
夢を見ているのか?・・・・この色彩豊かな非現実な宇宙空間が・・・・
全く・・・・こんな世界に自分達を連れて来られるなんて・・・・・。
ルーク監督自身、長い間映像の世界で創りあげてきたものが・・・・
なんと滑稽なものであったのか?
・・・今、それらの映像の世界が脆くも音をたてて崩れ落ちていくのがわかった。
そして、今・・・現実の世界となった空間に1人浮かぶセーラー服の美少女戦士、
星聖奈の額の真赤な陣八に埋め込まれた金属の星印がキラキラと光ったとき
足下から闇が襲い掛かってきた。
闇は見る間に異次元空間を覆い尽くし、無となった。
だが・・・・・・・・・
「光ありて闇があり、有がありて無がある。それがこの世の掟なり。ここに一つの光あり」
と小さな光が段々と周囲を照らしていく。
その姿は・・・一本のトーチを掲げたセーラー服の戦士・星聖奈だった。
光は闇を消していき、聖奈自身が黄金の光を発したとき、
闇の中から、ゾロゾロと悪鬼・餓鬼・幽鬼どもを引き連れた平将門が現われたのである。
モニターの前で固唾を飲んでみている者、『ステーション』の中で見守る者、
全員が光の中からの声を・・・・聞いた!
『天聖ルナ!・・・・二段変身!』
(二段変身?)
何も聞いていなかった全員が首をかしげ見守るその前で
聖奈のセーラー服が全身を覆っていた光の粒子と合体し、聖奈の身体の回りをまわっているのだ。
その美しい裸身を光の衣服が次々と形をかえて覆っていく。
そして、最後の光が額にパチッと音をさせ虹色に輝く宝玉を埋め込んだ
陣八が納まったとき変身が終わった。
『黄金の戦士』そういっても良い。
背に利剣、腰に羂索をぶら下げ、黄金の甲冑に身をおおった
眩しいような美少女戦士ルナ。
そしてその両横と前には赤、白、青の甲冑をつけた凛々しい女戦士の姿の
玉藻、葛葉、紅葉の姿が膝を折って控えており、
ルナが手を置くのは筋骨たくましい白虎の白虎丸だった。
さあ、来いとばかりに『ガオウ~!』と一声鳴いてルナに寄り添う。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「おおう・・・・これは・・・・」
予想外の展開に声も出ないルーク監督達。
『おお~い!どうなっているんだ!二段変身だなんて聞いてねえぞ!』
という小野監督の声に
「えっ?駄目なんですか?」
『馬鹿な!だれもそんなこといっているんじゃねえ』
と言葉使いもゾンザイになっている。余程興奮しているのか・・・。
『ジョージに伝えてくれ!ぜったいに撮り逃がすんじゃねえぞ・・ってな』
ゆりあを通してルーク監督に伝えると、ギラギラした眼で瑞穂を睨みつけるように
「おぅ~・・・ガッテム」
というと矢継ぎ早に各『ステーション』に細かい指示を与えていく。
いっそう早くなったルーク監督の指示にゆりあも通訳とスイッチングして
各『ステーション』に流すスピードについていくのが大変だ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「紅葉!・・・弓と矢を・・・」
と目の前に控える紅葉に指示するルナ。
「はっ、主殿!」
と下からルナを見つめる眼がギラギラと輝いているのだ。
この3人の式神達、やはり前身は鬼、こういう戦いが大好きなのだ。
「玉藻、葛葉、紅葉、お前達には充分に働いてもらわねばなるまい。
・・・そうそう白虎丸・・・お前にもだ」
3人と1頭は嬉しそうにルナを見つめる。
「わたしがこの矢を放ったときが合図だ。
ただし、将門には手出しは無用。わたしが天に送りとどける」
主の心中は充分に察する3人と1頭。
矢をつがえ弓をじりじりと引き絞る天聖ルナ。
狙いは身体が化け物のように大きいあの黒鬼、
ハッとばかりに矢を放つ。
矢は狙いを外さず鬼の急所といわれる黒鬼の一本角を破壊した。
黒鬼は悲鳴も上げず絶命し、倒れた背に押しつぶされた悪鬼は数知れず、
そして、混乱する中に飛び込んでけちらすのは3人と1頭。
戦いは終わった。殆どが光の玉となって天に上っていく。
こそこそ逃げ出したものがいるがそれも最後には天に上っていく運命だ。
「玉藻、葛葉、紅葉、それに白虎丸戻りなさい」
と声をかけると光となってルナの身体の中にとびこんでくる。
今の戦いの間無視されていた形の将門の怨霊。
『ギリギリ』と歯をくいしばって耐えていた。
「お・・・お~の~れ~~・・・・」
赤く光った目が・・・太い眉が・・・きつくへの字に噛み締めたその口が
平将門の大いなる怒りを表している。
思ってもいなかった小娘の膨大な能力の前にかすむ己の矮小な力・・・許せはしなかった。
敗れ去ったとはいえ、武士の頂点に君臨してきた己の才知と能力。
それがあんな小娘の前で全て塵と化したのだ。
もう己の存在価値はない。そう思うと自然と高慢ではなもちなかった
将門の闇の”壁”が崩れ落ち将門の能力が飛躍的にあがっていく。
目の前の将門の心の中が手にとるように判るルナにとって、
今・・・・将門は油断が出来ない存在となった。
でもこの将門を天に返す・・・そんなルナの最終目的はゆるぎもしない。
そして、将門の心に訴えるルナのさいごの手札は今の将門にはとても有効になるはずだ。
手綱をとっていた将門の右手が水平に上がり手の平がルナに向けられる。
『ボン!---』と青い炎の玉がルナに発射されたとき、すでにルナは横に移動していた。
通りすぎた炎の玉は背後の惑星の地表に当たり『ボン』という小さな音を残した。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
この様子を眺めている瑞穂達の眼からみても今の平将門が変化したのが見て取れた。
身体が非常に大きくなって写っているのだ。
「がんばって!・・・あきあ!」
思わずそう叫ぶ。
目の前のあきあは将門の砲撃を将門を中心に円を描いて逃れているのだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
そして、ルナの移動が終わったとき
「忍法!影分身!」
・・・・・となんと、将門を取り囲むように何十人かの天聖ルナから
そんな叫び声が聞こえた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「忍法?・・・・おおう・・・忍者ね。あきあは忍者もできるのか!」
そんなルーク監督の言葉に無論忍者のことは何も知らないが
「忍者は陰陽道の末から生まれたのです」
と瑞穂が言い添える。
「陰陽道?・・・おおう、あきあの使う秘術ね。
そうか・・・だから忍法も使えるのか・・・あっ!あきあが剣をぬいた!」
ルーク監督の叫びに身の前の光景に眼をこらす。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
背後の利剣を抜き、水月に構える。そして、いきなり下段に構えを変えると
ゆっくりと円を描きはじめた。昔の時代劇の剣客がおこなっていた秘剣だが
違ったのは頭上高くから斜めに切り下げたことだ。
分身したルナが全員こうして切り下げ
「秘剣・円月天空斬!」
と声をあげたとき、全員の利剣から黄金の閃光が走る。
いきなりだった。・・・・・いきなり、立ち上がった馬が将門を振り落としたのだ。
主人をかばった馬の身体は霧散し、小さな玉となって天空へと昇り始めたが
どうしたことか倒れている将門の身体を心配するように回りを飛び回っている。
「野分!・・・・野分け~~~~!」
『野分』というのは馬の名前なのだろう。
その様子を見ていたルナが分身を解き
「白虎丸!」
と声をかけると、主であるルナの心をくんでいたのだろう、
ルナの身体から飛び出した白虎丸の光の玉が真っ先に野分の玉の元にいく。
ぶつかり合い、反発しあってはいたがやがて白虎丸に引き付けられてルナのもとにやってきた。
「野分さん、あなたが御主人の将門公を思う心は良くわかりました」
ルナの言葉がわかるのか野分が点滅をくりかえす。
いつまでも・・・・いつまでも・・・まるで哀願するように。
「わかっています。あなたを悲しませるようなことはしません。
だってあなたはあの方を天に正しく導くお役目があるんですもの。
さあ、わたしの身体の中で少しお休みなさい」
野分の魂は最初は遠慮するようにゆっくりと・・・そして、白虎丸に
せっつかれるようにルナの身体の中に消えていった。
利剣を背に戻したルナはゆっくり将門と対峙した。
「将門さん!・・・もうおやめになりませんか?
こんなことをしてもあなたには心の安らぎはありませんよ」
「うるさい!・・・」
といって立ち上がると天にむかって
「我は平将門なり、時の朝廷に逆臣の汚名を着せられ一族郎党討たれた恨み
忘れはしない。我、長年の眠りの中でも恨みは膨らむばかり・・・・・
我の声を聞け!・・・・我に続く者、ここに集え!」
将門の最後の賭けなのだ。
これが失敗すれば無限地獄に落とされる・・・なにもかも覚悟の上なのだろう。
「可哀相に・・・・」
そんなルナの声に
「なに!・・・・」
と言ってキッと睨みつけるがルナの表情にある憂いに気がつき戸惑いがあらわれた。
「あなたは知らないのですね。あなたと共に討たれた方々はもうすでに
転生をくりかえされていますよ」
「嘘だ!・・・討たれた恨み忘れるはずはない!」
「はい!当初はそうだったのでしょう。
恨みと先行きを考え大変苦しまれたに違いありません。
・・・・でも・・・恨みからは何も生まれません」
そういうルナから頬をつたう大粒の涙が・・・・・。
それを見た将門の身体からふっと力が抜けた。
こんな娘なのか、我一族のために涙を流してくれるその優しさはなんだ?
戸惑いで怨霊となって初めて人間らしい表情になったのだ。
(今だ!・・・)ルナは手の平を顔の前に持ってくるとフッと息を吹きかけた。
するとルナの手の平から小さな赤い玉がふわふわと飛び出てきて将門の近くで留まると
「将門様~~!」
「おおう~、その声はもしや?」
「わたくしでございます」
ボウと赤い玉が人の形をとっていく。
「殿様!良子でございます」
「良子!・・・良子か!・・・・」
将門は走りよってガシッと妻の身体を抱いた。
「ああ~~、お逢いしとうございました。
わたくし・・・・わたくしは長い間、転生もせずあなた様をお待ちしておりました」
「悪かった!・・・悪かったのう。
愛しい良子よ。寂しい想いをさせた。許してくれい」
「殿様!もうこんなことは・・・お止しになってくださいませ。
あなた様のこんな御姿はみとうはございませぬ」
「じゃがな・・・・・」
「いいえ、殿様!・・・人の世はもう我等の生きていた頃とは違うております。
殿様がどうしようとも動かせるものではございませぬ」
とピシっといいかえす。
将門は抱いていた妻を少し放すとその顔をじっと見つめる。
そして、溢れる涙をそっと指でぬぐうと再びガシッと抱きしめて
「これからはずっと一緒だ。もう放しはしない」
「では?・・・・」
「ふむ、これから一緒に天に昇ろう。そして我はどんな罰もいといはしない。
だから待っていてくれぬか」
「いいえ!」
という良子の言葉に
「えっ?」
と驚く将門だったが
「わたくしは殿の妻でございます、だから罰を受けるのはわたくしも一緒!」
「じゃが・・・」
「いいえ、もう一時も離れるのは嫌でございます。
わたくし、この手はもう離しはいたしませぬ」
将門はもうなにも言わない。言う言葉が見つからないのだ。
ただ妻を堅く抱きしめるだけだ。
やがてルナのほうに振向いた二人、将門は見事な公達に姿を変え妻の良子と手をとりあっている。
「将門様、よう決心なされました」
「娘・・・・いや、ルナ殿、今までの我の所業・・・このとおりじゃ。許してくだされい」
と頭をさげる。妻の良子も連れて頭をさげた。
「いえいえ、将門様!頭をおあげください。
人は死しても弱うございます。あのときの将門様も弱うございました。
でも、今のあなた様は強うございます。もうわたしがかなう相手ではございませぬ」
ルナは将門をもののふとして相手をしているのだ。
その心がわかるから将門もおだやかに話をつづける。
「ルナ殿、ルナ殿と見込んでお願いがござる」
「何でしょうか?」
「ルナ殿のお力で我と妻とを天に導いてくださらぬか」
その言葉にニッコリと笑ったルナは身体から光る玉を出した。
その玉は将門と妻の良子の周りを飛び回りだした。
何故か喜びで溢れているような・・・・・。
「こ・・これは?」
「もういいでしょ。姿を現しなさい」
ルナの声に姿を現したのは羽根が生えた真っ白な馬・・・天馬だった。
天馬は喜び一杯で将門の顔をなめまわし、そして良子の手にも鼻面を
こすりつけているのだ。
「野分?・・・・お前は野分けなのか?」
天馬と変身した野分に漸く気づいた将門は喜びのあまりその馬面に顔を
幾度もこすりつけているのだ。
そして、ハッと気づく。
「こ・・・こんなことが出来るルナ殿とは・・・・?」
とルナの姿をじっとみつめるのだ。
そして、ルナの姿の中に何を見出したのか・・・・・。
あっとばかりに膝まづき頭を下げる。
妻の良子は何もかも判っているので落ち着いて膝まづき頭をさげた。
「平将門!人の心を取り戻し嬉しく思います。 わが娘、良子。よかったですね」
「はい、ありがとうございます」
「将門!」
「はっ!」
「今までの悪業、不届き至極、その罰は軽くはありませぬ」
「ははあ~」
「したが将門、あなたにはお役目がまっております。だから、早う天に昇ってきなさい」
将門と良子の手をとったルナが、二人を立たせると
「もうあのお方は戻られましたよ」
「あっ・・は・・・はい・・・」
そうは言われてもルナに宿っておられるお方を思うと自然身体が堅くなってしまう。
「さあ、早くおいきなさい。あのお方がお待ちですよ」
将門と良子を背に乗せた天馬となった野分が名残惜しむように後を振り返りつつ天に昇っていく。
長い間見送っていたルナが
「前!」
とセーラー服姿の星聖奈にもどり
「う~ん」
と両手を挙げて伸びをする。
「さあ、帰りましょう」
とスタスタと光のトンネルにむかう。
だがこの異次元空間の片隅に残っていた闇の中で
「甘い!・・・甘いぞ!将門!・・・ふふふふ
そんな甘い器で怨霊とは・・・・久方ぶりのこの世、何故か面白うなる匂いがするわい。
ふふふふほほほほ・・・・またひと暴れしようぞ・・・おっと・・」
と闇がスッと消えてしまった。
闇が消えたのは聖奈が脚を止めたため、聖奈・・・・いや、あきあは気づいていた。
どす黒く狡賢い闇の存在が目覚めたことを・・・・。
「また、ややこしいのが目覚めたものね。・・・でも・・・・」
というとニッコリ笑って再び足を進めた。