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第二部 第三話


Bスタジオの中はあきあの横笛の影響から爽やかな空気が流れていた。

早乙女薫事務所のマネージャーや若い女優達が用意した軽食と熱いコーヒーが

立ち働いていた皆に人心地をつける。


あきあは峰厳和尚と用意されたソファに座り込んでみんなの作業を見ていた。

手伝おうとしたが邪魔にされ、怒られてこうして座っているのだ。

「あきあさん!あなたは少しでも身体を休めておくべきです」

「そうですよ。あまりうろうろされては邪魔です。

このソファに座っておとなしくしていてください」

と若い女優達やマネージャーにいわれこうして手持ち無沙汰でいるのだ。


「千賀子殿、いい若者ばかりではないか。テレビに出ている者は

ちゃらちゃらしたものばかりだと思っていたが、これは認識を改める必要があるようじゃな」

「和尚様、みんな若いけれど目的に向かって一生懸命に努力していますわ。

わたし、これから彼女達とドラマを一緒にしますけれど本当に楽しみなんです」


「あっ!いたわ。ここよ!」

と大きな声がして入ってきた5人の女性。


「あら、ごくろうさん」

と女性達に近付いていく静香専務。

「専務!大崎さんにも手伝ってもらいました。これでいいんですね」

と秘書の岡島直子と社長秘書の大崎恵に渡された紙袋を4つ。瑞穂と律子が慌てて受け取りに走る。


「専務!社長が心配していますから至急、お電話を」

という大崎恵の伝言に

「わかったわ、すぐ電話します。・・・・ところであなた達はどうしてここに?」

二人の秘書の後ろに立っているのは理沙と鳴海京子と大原智子の3人だ。

「お昼過ぎまでゆっくりして、京子と智子と一緒に里から帰ってきたの。

3人で早乙女事務所に顔を出したとたんにあの『般若童子』騒ぎ・・・!

あちゃぁ、沙希がまたやってる・・・・と思ってみていたら

岡島さんと大崎さんがどこかへでかける様子でしょ。だから声をかけたのよ。

そうしたら静香専務にモバイルを持ってくるよう電話があったというじゃない。

これは・・・と思ってついて来たの。やはり、正解だったようね」


「この『ステーション』どうするんですか?」

と智子が聞く。

「しょうがないわね」

と静香がスタジオの片隅につれていき、いままでの経過を説明する。

「ええ~~」

「じゃあ・・・」

「・・・・というわけなの、・・・私社長に電話してくるからね。

・・・岡島さん、大崎さん一緒に出ましょうか」

「あのう・・・・私達もう少しここにいてもいいですか?」

「別にいいけど・・・」

しかたがないわね・・・というジェスチャーをしてから

急いで電話をかけにスタジオを出ていく。


5人は広いとはいえ、このBスタジオに球体の『ステーション』がところ構わず

並べられ、その一台一台にスタッフや早瀬の女達がつきっきりになって

チェックしている様子に異様な緊張感を覚えていた。


あきあのそばにいる峰厳和尚に気づいた大原智子。

智子は5人の中で峰厳和尚を知る唯一の女性だ。


「和尚様!・・・どうしてここへ?」

「わしか?・・わしはあの紅龍と千賀につれてこられたのじゃ」

「えっ?紅龍様と千賀さんに?・・・」

驚く智子に

「智姉、明日になったら比叡山のお上人様と天鏡さん達も来られるのよ」

とあきあがいう言葉にサッと顔色を変える智子。

だってそうだろう、比叡山で一番位が高い蓬栄上人があきあのために

比叡山の結界の中からこの東京にかけつけるのだ。

あきあの相手となる平将門がいかに恐ろしい怨霊なのかが思い知らされたのだ。


あきあの前のテーブルの上では先ほど渡されたモバイル10台が並べられ、

工具達が忙しく飛び回って改造を始めていた。

早瀬沙希の不思議な術を目の当たりにして、目を白黒している岡島直子と大崎恵。


その二人を置いて

「では、和尚様。後ほど・・・」

と智子が挨拶して京子と理沙を『ステーション』に急いで引っ張っていった。

智子は何事かを京子と理沙に耳打ちしてから早瀬の女がいない2台の

『ステーション』に京子と理沙を乗り込ませた。


そして、智子自身は杏奈のいる『ステーション』にむかい、杏奈になに何事か言っている。

口を尖らせて文句を言っているようだが、見ていると智子には敵わないようで

頬を膨らませ両手を腰に当てて抗議をしていたが

智子にいいようにあしらわれた結果、2度3度と地団太を踏んでから日和子のほうに戻ってきた。


電話から戻った静香がこの様子を見て

「あら?」

と声をあげる。

「ふふふ・・・静香ちゃん。あなたの乗り込む予定の『ステーション』は

理沙ちゃんにとられてしまったようよ、それに杏奈ちゃんも智ちゃんにね・・・」

「仕方ありませんわ、お母様」

と静香らしくこう答えた。

静香は前世での母であった日和子叔母を最近こう呼ぶようになっていた。


けれど杏奈は若いから頬を膨らませながら

「本当!智姉はずるいんだから・・・」

とまだ怒っている。


「杏姉!」

と横から沙希が声をかけた。

「智姉の言う通りだと思うわよ。杏姉の仕事は時間ギリギリまで残っているわ。

だって今日着る戦闘服であるセーラー服もメイクだって杏姉がいなくちゃ誰もしてくれないもの」

そう沙希に言われてしまうと、何もいえなくなってしまう杏奈。


「判ったわ、これ私の我儘だった。智姉もそれがわかっていたから、私のところに来たのね」


「さすが杏姉、わかってくれたのね」

「沙希!私ここで見ているから絶対に勝って!」


「うん、皆のためにも負けるわけにはいかない。絶対に勝って帰ってくるわ」



                     ★


「和尚様・・・ここは?」

「ここには、わしの弟子がおっての」

と永龍寺の山門にたたずむ二人。


早朝、沙希は峰厳和尚に誘われてこの山深い寺にやってきた。

勿論、沙希の陰陽師としての力がなければこんな遠いところまで一瞬にして来られるわけはない。

今日はとても大事な一日なのだ。そんな日に峰厳和尚が沙希をここに連れてきた

理由とは・・・・いったい?・・・・。


山門に一歩足を踏み入れた沙希は

「ん?・・・」

と不審な表情を浮かべて周りを見渡した。


「どうされた?千賀子殿」

「和尚様、この地の気が(よどんでいます」

「ほう・・・さすがじゃ。一瞬にしてこの地の気を読み取るとは」

そう言った峰厳和尚に沙希はにっこりと笑う。


「和尚様。この気の澱みは隠れ蓑・・・・そうですね」

峰厳和尚は愕然とその場で立ち止まってしまう。

「千賀子殿!・・・どうしてそこまで・・・」

和尚の厳しい目が沙希につきさささるが、平然と受け流す沙希。


「この地の自然の息吹が私にそう教えてくれました」

「これはいかぬ。自然まで千賀子殿に味方されては何も隠せぬわい。お~い!・・・宗円!」

峰厳和尚が大きな声をあげる。


本堂より一人の僧が出てきて小走りに近づいてきた。

峰厳和尚の弟子と聞いていたのでどんな僧かと思っていたが三十前後のまだ若い僧侶であった。


「これは、これは峰厳様。久方ぶりにございます」

「宗円!お主も元気そうで何よりじゃ」

二人の師弟の挨拶はしごく簡単なものだった。

いつも突然現われては知らぬ間に去っていく師に慣れた弟子であった。


「峰厳様、こんなに早朝のおいで・・・はて?なんぞありましたか」

「おう・・・その前に紹介しておこう。世俗にうといお主は存知てはおらぬだろう。

今もっとも有名な女優の日野あきあ殿だ。わしは千賀子殿と呼んでいるがな。

千賀子殿、これがわしの弟子であった宗円と申す」

「女優?・・日野あきあ様?・・・・は~て?」

師である峰厳和尚から女優を紹介されようとは不思議な面持ちの宗円であった。


「宗円!千賀子殿はなあ・・・」

といって『ククク・・・』と笑う。

けげんな顔で師をみつめる宗円。

「比叡山の結界を破り、奥の院に殴りこみをかけてあの天鏡等とやりあったのじゃ」

「えっ?比叡山の結界を破ったですと!・・・そしてあの荒っぽい武者僧達と?」

宗円は驚いて峰厳和尚の横に立つ沙希をみつめる。


「和尚様、そのことはもう言いっこなしですわ

頬を真っ赤に染めた沙希が峰厳和尚にうらめしげに見上げる。

「あははは・・・朝早くから千賀子殿を困らせてはいかぬな。・・・宗円!

その千賀子殿に来てもらったのは、お主が念願だったこの寺の結界を正すこと」

「えっ?でもそれは・・・」

沙希を見つめる不審な表情はあたりまえといえばあたりまえだ。

いくら師の言葉とはいえ、こんな少女に長年問題となっていた結界の乱れを直せようとは思えない。


「千賀子殿は寺に一歩入っただけでこの気の澱みが隠れ蓑と気づかれておるのじゃ」

「ええ~~!」

峰厳和尚は沙希を振り向いて

「千賀子殿、この寺の気の澱みはどこぞから・・・・」

という峰厳和尚の言葉を押し留めて沙希は宗円に言う。


「宗円様にひとつお伺いいたします。この寺のご本尊は?」

「本尊?・・・本尊の不動明王像は本堂に安置されておりますが」

「では、そのご本尊はこの寺が建立されたおりのものなのでしょうか?」

「いや、この寺に伝わっておる古い書物にはなんでも江戸の初期に

盗まれたらしいのです。だから今のご本尊は二代目となります」


「やはり!」

「やはり?」

「はい、この寺の本堂に安置されたものは盗難にあってもよい飾り物。

江戸初期に盗まれたといわれる不動明王像もそうでしょう。

そしてこの寺の気の澱みは真のご本尊を守るための目くらましです」

「真のご本尊?」

「はい、この寺の境内の一箇所だけ清廉な気があります。

・・・いえ、結界ではありません。ご本尊からかもし出される気なのでしょう」


二人の僧は沙希の言葉を聞くだけでもう何もいわない。


「寺全体の結界はわざと方角を反対にして張られてあります。

だからの気の澱みでしょう。まずはこの寺の結界を破ります」

といって九字を切る。

「『臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前』」

そして唱えるのは真言。

「ナウマク・サマンダボダナン・アビラウンケン」

二人の僧の目に天に向けて上げた沙希の右手の平から赤い光線が出るのが見えた。

赤い光線は100m程あがったかと思うと

『メラメラ』

とまるでドームの天井が焼け落ちるように透明のバリアが燃え落ちていく。


それまで澱んでいた気が霧散し、山の清廉な空気が流れこんできた。

「おおう・・・」

思わず宗円の口から声が上がった。


沙希は半眼になりあげていた右手を寺の境内の在る一点に向けた。

「ナウマク・サマンダ・バザラ・ダンカン」

そう真言を唱えると今度は手の平から金色の光が出て

古ぼけた石仏に当たった。石仏は金色に輝きその様子が変化する。

等身大の不動明王の立像が石仏に変わり現れたのだ。


「これは・・・・・」

宗円はもう目の前で起こったことが信じられなかったが

信じないわけにはいかない。


沙希と二人の僧は出現した不動明王立像のもとに進んだ・・・が、突然!

不動明王の目から光が出て沙希の体を包み込んだ。

突然のことで驚く沙希!・・・でも温かく心地よいその黄金の光の中で

沙希は心の中の全てを開放したのだ。沙希の身体の中にいる3人の式神達も

あのハエ次郎も光の中で沙希の身体の周りをぐるぐると飛び跳ねている。


そして、沙希自身が不動明王に変化する。

見守る二人の僧は思わずその気高さに膝まづき両手を合わせて経を唱えはじめた。


右手に利剣、左手に羂索を持ったその姿が薄れはじめ、やがてその身体から

金色に輝く沙希の姿がくっきりとあらわれたのはそう時間もたっていない。

沙希の大きな目がパッチリと開いたとき、その口から真言が流れた。

「ナウマク・サマンダ・バザラ・ダンカン」

すると沙希の身体のまわりを回っていた式神達が姿を現したのだ。


玉藻、葛葉、紅葉の姿は着物姿ではなく赤、白、青の甲冑をつけた凛々しい女戦士の姿で、

あのハエ次郎は筋骨たくましい白虎となって姿を現した。

『ガオウ~!』と一声鳴いてのっそりと沙希に近付くと

その足元にゆっくりと座り込む。そして、沙希に手を出すものあれば食い殺す・・

というように鋭い目で周囲を見渡す。


3人の女戦士達は沙希を中心に正三角形の位置で膝まづき、沙希を仰ぎ見ている。


二人の僧の読経が終わった。

二人の僧の目に映るこの光景は不動明王の姿こそ普段の沙希の姿に戻っただけで

その荘厳さはなんら変わりはなく感動さえ憶えていたのだ。


「和尚様、どうぞお立ちください」

と沙希に声をかけられてもどうも身体が動かない。

でも沙希に手をとられてやっと立ち上がることが出来た二人の僧。


「和尚様?・・・あなたはこのことを・・・」

「いや、予想はしていたのだが・・・ここまでとは思っていなかった」

「では・・・」

「そうじゃ。昨夜、紅龍殿と千賀さんに頼まれてのう」

「紅龍様と千賀さんに?」


峰厳和尚はひとつ頷いて、

「今宵の怨霊の調伏までに千賀子殿をこの寺に連れてきて結界を正すようにとな」

和尚は沙希の顔を見ながら言うのだ。

「わかりました。・・それで、これは?」

と現実に右手に持つ両刃の剣と左手に持つ縄を指し示して尋ねた。


「宗円。これはおまえが答えるのじゃ」

「はい。・・・でも、なぜか恐れ多くて・・・・」

と震える声でいうのを沙希はニッコリ笑って

「宗円様。私は私なのですよ。それ以外の何者でもありません。

ねえ・・・お願いします」

その言葉で宗円はこの女優日野あきあに強烈に引き付けられてしまった。


「そ・・その右手にお持ちの御剣は迷いや邪悪な心を断ち切る利剣でございます。

そして・・・そしてその左手にお持ちなのは羂索けんさくといいまして、

悪い心をしばり善心をおこさせるものなのでございます。

いづれも不動明王・・・とは仮の御姿、大日如来様がお持ちのものでございます」


「大日如来様?」

「はい、いつも身近にいらして迷いを絶ち、苦難から救い、楽しみを与えて下さる

それは尊い仏様でございます」

という宗円の言葉に引きついて

「千賀子殿、迷いを断ち苦難から救い楽しみを与えるという大日如来の御姿は

今の千賀子殿そのものではござらぬか」

「私が・・・?」

「そうじゃ、千賀子殿の類まれな才能で世の人々を導いているし、

『般若童子』として人々の苦難から救い、女優日野あきあとして人々に

楽しみを与えておられる。その上、千賀子殿には本当に不動明王と菩薩様がついておられるのじゃ」


「そんなあ、・・でも不思議な事に今宵の平将門の怨霊との戦い・・・

今の今まで怨霊を調伏しようと思っていましたが、なぜかできるなら天に導いてやりたいと思います」

「お・・おう~・・・その御心こそ御仏様の御心・・・やりなされ!

拙僧は微力ながら拙僧が出来る事、経を読むことで千賀子殿を少しでもお助けできれば・・・」

「峰厳様・・・今のお言葉はどういうことでしょうか?」

と聞く宗円に

「そうじゃ、宗円。お主にも今宵の怨霊との戦い手伝ってもらわねばなるない」


沙希は隠されていた寺の本尊を現在の本尊の胎内に移した。

こんなこと出来るのは沙希だけだったから誰もこの本尊の胎内に

真の本尊が隠されているとはおもうまいが

何故だか自然と手を合わせてお参りするようになっていた。


現実に結界も張りなおしたあと、この山寺に登ってきた村人達は

その清浄な空気に触れ、疲れが取れ本尊の前では座り込んで手を合わせて

長い間自分達で経を読んでいた。今日までおざなりに参っていた村人達がだ。


この寺、今に全国からお参りにくる人達で溢れかえるだろう。


沙希は式神達とハエ次郎・・・ハエ次郎改め白虎丸とは本人の弁・・・・を

元の姿に戻し、両刃の利剣と羂索けんさく共々体内に隠した。


そして峰厳和尚と宗円和尚の手をとって一瞬のうちに姿を消したのだ。


                     ★★


「あきあ!どこへ行っていたのよ」

「えっと、少し和尚様と散歩よ」

「散歩?・・・こんな日に散歩だなんて・・・あきれた!」

「律ちゃん。散歩けっこうじゃない。それでこそ沙希ちゃんだわ。

常に平常心を忘れていない。素晴らしいことだわ」

「だけど日和子叔母様!散歩に行くのなら行くって前もっていってもらわなくちゃ

・・・心配で心配で・・・」

「そうね。沙希ちゃんの悪いところは事後報告をするってことね」


「ご・・ごめんなさい」

頭を下げるととたんに律子の機嫌が良くなった。回りにいる姉達も同じだ。

そんな女達の様子を驚きの目で見つめている宗円和尚、

師の峰厳和尚に何事かささやかれて、頷くと用意された椅子に師とともに腰掛けた。


ここはVテレビのBスタジオ。

昨夜よりこのテレビ局の隣りのホテルに泊り込んでいた共演者やマネージャー達、

テレビ局の仮眠室にはスタッフ達が。・・・誰1人帰ろうとはしなかった。

ジョージ・ルーク監督までも自分が泊まっている一流ホテルに帰らずに

隣りのビジネスホテルで小野監督とツインの部屋で泊まっていたのだ。


そして、朝早くから皆このBスタジオに集まってきていた。

スタッフ達も何度も今宵の本番に向けての機器の調整に余念がない。

また共演者達はこの特別番組用に急ぎつくられた出来上がったばかりの

台本に目を通していた。午後から『美少女戦士天聖ルナスペシャル編』の

録画撮り本番があるからだ。

本当は後日に撮影すれば良いのだが、それでは今宵の怨霊との戦いが

絵空事になってしまう恐れがあると強く小野監督がのぞんだためである。

ルーク監督もそれを指示した。女優がいくら芝居がうまくても

戦いが終わった後で戦いの前の芝居をするとどこか迫力が違うし不自然なのだ。


女優や男優達はBスタジオの片隅で台本を憶えるのに必死だった。

早乙女事務所のマネージャー達はまだぺーぺーの共演者の女優達を

事務所に所属するしないは関係なく自然と世話をしている。


「ようし、それでいいだろう。あともういちど『ステーション』のチェックは

今宵の本番前におこなう。みんな、いいな!」

「はい!」

と勢い良い返事がBスタジオの中をとびかった。


「それではみんな『ステーション』からはなれろ。

あきあくん!しばらくしたらここで撮影にはいるので『ステーション』を

どこかに移動してくれないか」

「わかりました。では隣りの次元においておきます」

と印を結ぶとBスタジオいっぱいにあった『ステーション』が 一瞬のうちに消えてしまった。


「おおう~」

いくらあきあの術に慣れてきたとはいえ思わず声をあげてしまう。


「ようし、みんなその場にすわれ!」

と小野監督が声をかけてから

「あきあくん、君ばかりに注文してすまないが、

みんな夕べからのことで疲れがたまっているようなんだ。

ひとつ君の笛を聞かせてくれないか」


「いいですわ」

といって『緋龍丸』をとりだすとおもむろに唇にあてがうあきあ。


素晴らしい音色が流れ出した。

でも今日の音色はいつもと違っていた。

一本の横笛だけなのに高い音色、低い音色が鮮やかに混ざり合って

・・・いや素晴らしいハーモニーを奏でていく。

聞いているもの達の身体にたまっていた疲労や心理的な不安感が氷解していくのだ。

もちろん昨日の笛で雑霊達は消え去っていたのだが

土着していた霊や人の不満などで出来ていた生霊までもがこの音色で完全に消え去った。


「何と・・・・何という笛の音・・・」

宗円がつぶやいた声を峰厳和尚が聞き及んで

「ほんに・・・いくら徳の高い高僧でもこの音色には毛ほども値打ちがあるまい」

峰厳和尚にはわかっていた。先ほどの寺での出来事によってあきあの持つ力が爆発的に上がったのだ。


あきあの唇から笛がはなれた。

聞きほれていた皆がふっと我にかえり『ほっ』とため息をついたが

その瞬間に全員が驚いたように見つめあい、元気よく立ち上がったのだ。


「不思議だ!さっきまでの疲れはどこへいってしまったんだい?」

「俺の胃痛も吹き飛んでしまったよ」

口々にスタッフ達が叫ぶ中、

「え~!」

と声をあげた一人の女優。


「どうして?・・・・どうして台詞がこんなにスッと私の中に入っちゃうの?」

「うそ!・・・・・あっ、本当だ」

と女優陣達も騒ぎだし、男優も女優の言うとおりだとわかるとみんなあきあに視線を集めた。


「私は何も術を使ってないわよ」

「だって、物覚えが悪い私がこんなに速く、こんなに長い台詞を台本を読んだだけで

覚えられるわけないんですもの」

この女優はあきあのクラスメート役だが、今回姉が怨霊に犠牲になったため

学校を休んで姉の死を調べるという・・・

つまり司ゆりあをモデルにして設定を変更した女子高生役なのだ。


と、その時、

「あきあ!私も聞きたいことがあるの」

と薫がテーブルの台本をパタンと閉じて言う。

「私はあきあの笛を幾度も聞いているわ。あなたって本当に素晴らしい吹き手よ。

でも今の笛は違った。鳥肌がたつほど凄過ぎるの。だってほら・・・」

と横に立つまゆみ社長の鼻先に自分の腕をもっていく。


薫のそんな行動にびっくりしたまゆみ社長であったが、

奇妙な顔をして薫の腕を嗅ぐ。そして、薫の背中を嗅ぎだした。

「薫に・・・薫に乙女の頃のラベンダーの体臭が戻ってる!・・・うっ!」

まゆみの横っ腹に薫の肘のカウンターが入り悲鳴をあげる。


「まゆみ!余計なことは言わなくていいの」

Bスタジオに緊張の中で一瞬の笑いが起こる。

その間に早瀬の女達が薫を囲み

「本当だ・・・」

「あきあの体臭と同じ・・・」

と口々に話す。


今度は立ち上がった薫があきあの前まで進み、

「ねえ、あきあ!・・・体の不調が治ったり記憶力が増したり

無くなったはずの体臭が戻ったりって普通ではないわ・・・こんなこと」

薫はあきあの両肩に手をおいて

「ねえ・・・何があったの?・・・朝の散歩で・・・」

何もかも見抜かれているようだ。

でもあきあの口は開こうとはしない。だが、一瞬チラっとあきあの視線が峰厳和尚に走る。


ここであうんの呼吸というのか

「どうも拙僧の出番のようじゃな」

と峰厳和尚が立ち上がった。

「千賀子殿の口が重いのは察するに、

ご自分のなされた事をお話されるのを潔しとされてはいないのじゃ」

そうじゃなとあきあを見るとコクンと頷く。


「今朝のことを説明する前に・・・・」

といったとき・・・Bスタジオのドアが開いて松島奈緒警視に導かれて僧侶達が入ってきた。

「おお~~、峰厳!」

と大きな声をあげたのは19名の武者僧に守られる蓬栄上人。

「蓬栄!よう来たのう。お前があの比叡山の奥の院から出てくるとは・・・」

「ふおっふおっほほ・・・。なんのなんの・・・」

「ちょうどいい。蓬栄・・・お前達も聞いていてくれ」

というとマネージャー達が用意してきた椅子に蓬栄上人達が腰を降ろすのを待って

横にいる宗円をたたせた。


「ここにいるのはわしの弟子で宗円といって、今はあの山の中腹にある永龍寺の住職をしておる」

「おおう~~」

と声をあげたのは比叡山の武者僧達。


「峰厳様!・・・永龍寺といえば奇怪な噂のたえない・・あの寺ではありませぬか」

と声をかけたのはいつも蓬栄上人の横にいる天鏡だった。

「ほう~・・天鏡の耳に届いておるとは・・・これは、これは・・・・」

「ほ・峰厳様!・・・それはあまりも・・・」

と言ったとたん周囲の武者僧達から思わず『プッ』と笑いが噴出す。


「こらっ!・・・お前達!」

と顔を真っ赤にして怒鳴る天鏡。

「も・申し訳ありませぬ。・・・でも久方ぶりの峰厳様と天鏡殿の面白問答・・・

ついこらえきれませんでした」

と一人の武者僧の言葉に

「うっ!」

といって目を白黒している天鏡。ついに蓬栄上人までもが『プッ』と噴出してしまわれた。

どうもこの二人の問答は昔から比叡山では有名であったらしい。


「すまぬすまぬ、天鏡。おぬしの顔をみたらつい昔に戻ってしまったわい」

と峰厳和尚はあやまってから話を戻し、今朝からの寺での出来事を語った。


沙希の身体が不動明王に変化したくだりになると

ザワザワと皆の『やっぱり・・・』とか『・・・だと思った』という声が聞こえる。

「・・・・・というわけで千賀子殿には御仏から下しおかれた神器を使って

今宵、平将門と戦われるのじゃ」


こんな現実離れした話は本当なら誰も信じないのだが、

相手が日野あきあだと何の違和感も無く信じられる。


「あきあ殿!」

と声をかけたのは蓬栄上人だ。

「すまぬが冥土の土産に御仏の神器を拝ませてくださらぬか」


断る理由もない。沙希は両手を前で広げると

『ボッ』と小さな光が灯り、やがてそれが沙希の両手を包む大きな光になり

その光自身が形をかえ右手には利剣、

左手には羂索が現実のものとして現れたのである。


目の前に現れた現実の御仏の神器・・・

『おおう!』と比叡山の僧侶達は声なき声をあげ感動であきあを伏し拝んでいる。

「これでいいでしょうか?」

僧侶達の行動がまるで自分が仏になったように思われ、面映くなり

慌てて声をあげた沙希はすぐに神器を体内に消してしまった。


                     ★★★


あきあのせい?ですっかり台詞を自分のものにしてしまった俳優達は

軽い食事のあとドラマ撮りの準備にとりかかった。


広いBスタジオ、片隅に比叡山からの僧侶達、警察関係者、テレビ局の上層部が見守る中、

小野監督の大きな声で録画撮りが始まった。

何もないBスタジオ空間に突如現われた舞台となる校舎、

その中で今夜おこなわれる怨霊との壮絶な闘いが予想される

ドラマのプロローグがこうして進行していく。


たった一人の身内の姉が何者かに殺されたことによってガラリと性格が一変し、

学校へも登校しなくなった少女を心配したクラスメイト達が

少女の行方を探すことからこのドラマが始まる。


クラスメイトの必死の捜索にもかかわらず彼女・・・佐野麻美の行方はようとして知れなかった。

2週間が過ぎ、3週間が過ぎ・・・そしてある日のこと、

暗くどんよりとしたクラスの空気に我慢を重ねていた担任の江口京香が

キレて怒鳴りつけようとした瞬間だった。


『キャ~』

と突然の大きな悲鳴に思わず怒鳴り声を飲み込んでしまった京香が

震える生徒の指差す方向を見ると、向かいの校舎の屋上のフェンスを乗り越え

両手を広げて今にも飛び降りそうなセーラー服の女生徒の姿が目に入ったのだ。


思わず窓のガラス戸をあけて声をかけようとしたのだが、

その行為が最悪の事態を迎えるかも知れないというとっさの判断で慌てて教室を飛び出して行く。

勿論生徒達も後に続いた。


ただ1人、聖奈だけが皆と逆の方向に駆け出していくのだ。

その姿を見送っていた沙月、祈るように一瞥をおくり、

(頼んだわ!聖奈)と密かに声をかけてから皆のあとに続いた。


コの字型に建つこの校舎が何故こんなに広い!・・・と走りながら悪態が口につく京香、

ぼやいても仕方がないが学生時代に鍛えたこの脚が思うように動かない。

1人・・・又1人と生徒に抜かされながら息が上がって思わずよろけてしまう。

だが、横を走る生徒達に助けられささえられながら階段を昇っていった。


                     ★★★★


『バタン!!』という大きな扉の音でフェンス越しに振向いた佐野麻美、

「来ないで!!」

という麻美の必死の叫びに思わず脚を止めた京香やクラスメイト達。


「佐野さん!・・・駄目!そんなことしちゃあ・・・」

「いいの。・・・・もういいの。わたし・・・生きていたって何の楽しみももう無いもの・・・・」

「どうして?・・・・どうしてそんなこと言うの?・・・・わたし達クラスメイトがいるじゃないの。

わたし達じゃあ駄目なの?!」

クラスメイトで一番仲の良かった菅野優が悲鳴に近い言葉で叫ぶ!。


「優ちゃん・・・・ごめん・・・・わたし、もう疲れたのよ・・・

死んでおねえちゃんのところに行くの・・・・」

生気のない声で言う麻美。


そんな声に思わず皆の視線が麻美に集中した瞬間、

バランスを崩した麻美が横倒しになりながら皆の前から消えていったのだ。


「キャ~~~」

「いやぁ~~~~」

叫び声が屋上に響く。

一瞬に気を取り直した京香が立ち上がったとき

落ちたはずの佐野麻美が見覚えのある少女・・・天聖ルナに横抱えにされて浮かび上がってきたのだ。


「あっ・・・・あなたは・・・・」

という京香の声にニッコリと微笑む少女。

ゆっくりとクラスメイトの前に降り立ったルナは麻美を静かに足元に横たえた。


死ぬ・・・とは言っても屋上から落ちる瞬間の心の衝撃は凄いものがある。

今、麻美はその衝撃で気を失っていた。

「佐野さん!・・・しっかりして!」

京香は麻美の肩に手をかけて2度3度体を揺さぶった。


うっすらと目を開けた麻美、まだ今おかれている状態がわからないのかボンヤリとしていたが、

クラスメイトが心配そうに覗き込む顔に気づき、

ハッとして慌てて体を起こそうとしたが、貧血をおこして再び倒れこんだ。


その体を受け止めたのが担任である京香で、

座り込んだ自分の膝にゆっくりと麻美の頭を乗せてから、持っていた出席簿で麻美をあおぎ始めた。


「先生!私がします」

といって京香の手から出席簿をとりあげたのは菅野優で

心配そうだが助かってホッとしたのか涙ぐみながらあおいでいた。


「あら、あの子は?」

といって周囲を見回す京香、

ハッとして探し始めたクラスメイト達、しかし、その姿はいつのまにか消えていた。

でもそのかわり、いつのまにか皆と同じように探すふりをしている聖奈の姿があった。


ただ1人気がついて横に並んだのが沙月だ。

「聖奈、ありがとう」

「なによ、サッキーらしくないその言い方」

そんな乱暴な言葉使いをするのは照れている証拠、

中学からの付き合っているので親友の心の内は自然と読み取れる。



「ねえ、サッキー」

と言い出したのは、保健室へ麻美を連れていく途中だ。

クラスの者に教室に戻っていなさい・・・と命令した京香先生は

「井上さんと菅野さん。一緒に来てくれる?」

「はい」

といって歩きだした京香は麻美の腕を持ってそっと歩きだした。

麻美のもう一方には親友の菅野優が同じように腕を持っていた。沙月はその後を歩いていく。


10歩ほど歩いただろうか、ふと立ち止まった京香先生が見送っていた皆を振り返り

「ルナ・・・・・いえ、星さん。あなたも来てくれる?」


その言葉にハッと表情を固くした聖奈だったが、一瞬にいつもの表情に戻って

「はい!」

といって小走りで追いつく。


「ねえ、サッキー」

「なあに、聖奈」

「京香先生、わたしのこと知ってる!」

「えっ?」

「ルナが私ってこと知ってる・・・と思うの」

「どうして?・・・」

「さあ?」

「さあって・・・聖奈!困るんでしょ、正体がばれちゃあ。

わたしの記憶を消そうとしたぐらいだものね」

「サッキーと先生だけならいいことにしたわ」

「どうして?」

「先生は他の人に話すような人じゃあないし、サッキーは親友だもん」


「さてと・・・」

と保健室に佐野麻美を寝かしつけた京香はあとを保健室の先生と親友である菅野優にまかせて

「少し先生はこの二人にお話があるから・・・何かあったら隣りの進路指導室にいるからね」

といって二人を促し部屋を出て行く。


                      ★★★★★


「さてと・・・・」

と聖奈と沙月の向かいに座った京香がきりだした。

「訳を聞かせてくれるわね、星さん・・・いえ天聖ルナ!」

やはり先生は知っていたのだ。覚悟を決めていたとはいえ衝撃が走った。

スーっと顔色が変わるのを認めた京香は

「星さん、あなたって正直ね。表情ですぐわかる」


「えっ?」

といって顔をすぐなぜる聖奈、やはり17歳の乙女は歳をくった女性には太刀打ちはできない。

「どうして・・・どうして判ったのですか?」

「判るわよ、そんなこと。平々凡々と歳を重ねてきたんじゃあないから・・・」

「聖奈、先生には話しておいたほうがいいんじゃない?」

「ええ」

と頷いてから京香先生の顔を真っ直ぐ見つめて

「お話します。でも、このことは・・・・」


「あたりまえじゃない。こんなこと他の人に話すわけないじゃない。先生を信用してほしいわね」

「信用しないなんて・・・・わかりました」

と居住まいを正して話し出した。

横で聞いている沙月にはこのあいだ聞いたことばかりなので先生と聖奈を見ているだけであった。


「・・・・・・・というわけです」

「へえ~、退魔師の家系か・・・あるのね、そんな家系が・・・・わかったわ、

では先生の秘密もあなた達に教えてあげなければ不公平ね」


「先生の秘密?・・・・・」

聖奈と沙月が顔を見合す。

「先生はね、どういうわけか幼い頃から物の本質を見分けることができるの」

「物の本質?」

「そうよ。例えばねえ・・・甘い言葉で近付いてくる人の後ろに醜い本心を表した顔が見えるの」

「じゃあ・・・・」

「そう・・・天聖ルナの後ろに必死に悪を倒そうとする星さんの姿が見えたし

先生を襲った悪霊の後ろにはその身を乗っ取られた何も知らない可愛い黒猫の姿が見えたの」


呆然とする二人に

「さあ、これでおしまい。先生と星さんの秘密もこの3人だけの秘密・・いいわね」


保健室に戻るとベットの上で身を起こした麻美が菅野優に抱きついて、

今までの心の苦しみを吐き出すように泣きつづけていた。

そばで立っていた保健の滝川美奈先生が近寄ってきて

「泣かせるだけ泣かせておいたほうがいいわ。

ああして何もかも吐き出すほうが回復が早いのよ」

といった先生役は若手というより中堅の女優糸川早苗でテレビより舞台で活躍している女優だ。


糸川早苗はテレビより舞台を選んでいたが

どうしても日野あきあと共演したくて自分の志をまげてもオーディションに合格した。

昨日より目の前でのあきあの不思議な術に一喜一憂している1人だ。  


そこにドスドスと足音が聞こえてドアが開けられた。

顔を覗かせたのはちょうど校門前にある交番に詰める警官、江川巡査だ。

もう何年も詰めているので皆、顔見知りになっている。

勿論演じるのは飛龍高志だ。どうも毎回狂言回しの役柄のようで、

飛龍高志にとってはじめての役柄なので役の幅が広がると喜んでいる。

現場に来たがっていた歌手の嫁も電話で呼び出して赤ちゃんを抱きながら

今このBスタジオで目を真ん丸くしながら撮影を見学している。


「何かあったのですか?」

「あっ、江川さん」

と京香が慌てて廊下に出て江川巡査に保健室の中を見せないようにした。

聖奈も沙月も心得て室内でドアを開けられないように体で押さえている。


「な・・・なんでもないですよ」

「ですが、あの泣き声は?」

「ええ、ちょっとした行き違いから喧嘩をしていた二人が今何もかも吐き出して仲直りしたのよ」

「でも、あんなに泣いて・・・」

「乙女だからなのね。思春期の乙女はこういう時期が誰でもあるの」

「えっ?誰にでもですかあ」

「そうよ、何なら江川さんのお母様に聞いて御覧なさい」

「母にですか?・・・ふ~む、じゃあ今晩にでも聞いてみます」

失礼しましたと敬礼して江川巡査は去って行った。


飛龍高志の出番はこれだけだった。

Bスタジオの隅にいる妻子の元にもどった飛龍高志は

「あなた、ごくろうさま」

という愛妻のねぎらいの言葉もそこそこに隣りの席に腰を落とすと

「さあ、これから落ち着いて撮影を見られるよ。君もじっくりと見ておくんだよ」

「ええ、わたしこんな撮影初めてよ。

何度もドラマに出演したけれど凄い・・・の言葉につきるわ。

高志さん、この大道具もあの日野あきあさんの陰陽師の術なの?」


「大道具なんていっては失礼だよ。れっきとした本物なんだから」

「へえ~・・・本当?・・・」

「あっと、それはそうと愛子の世話はどうするの?」

「高志さんに言ってなかったけど、母と近くのホテルに部屋をとっているの。

そしてもうすぐ母が愛子を引き取りにくるわ」

「じゃあ君は?」

「勿論、最後まで撮影につきあうわよ」

「ようし、そうとわかったら腰を落ち着けて見学だ」

といったがちょうど撮影は休憩に入ってしまった。


あきあがBスタジオの見学席まで歩いてくる。

その目は飛龍高志の妻で歌手の九条麗香が抱いている生まれて6ヶ月の愛子に向けられていた。

その優しい笑顔は九条麗香をも魅了してしまい、

赤子の愛子にもわかるのか『キャッ、キャッ』と声をあげてあきあを迎えた。


「九条麗香さん、いらっしゃい。この子が愛子ちゃんですね。

はじめまして、愛子ちゃん。わたしがあきあといいます。よろしくね」

と赤ちゃん相手というより1人に人間として挨拶をする。

そして人差し指を出すと驚いたことに今まで一度もしたことがないのに

紅葉のような手がその人差し指をぎゅっと握り

『キャッ、キャッ』と笑いながら上下に腕を振ったのだ。


『え~~』と顔を見合す飛龍高志と九条麗香夫妻。

表情に乏しく愛想も悪いと思っていた我が子が素晴らしい笑顔を

他人とはいえあきあに向けたのだ。嬉しくないはずはない。

九条麗香は涙さえ浮かべて我が子とあきあを眺めている。


「えっ?・・・あっそうか・・・そうね・・・じゃあ、お父さんとお母さんに伝えとくね」

と言ってから指を愛子に握らさせたまま、飛龍高志と九条麗香を見る。


「お父さん、お母さん。愛子ちゃんからの伝言です。

まずはお父さん。もっと愛子ちゃんとお話してあげてください。

愛子ちゃんはもっとお父さんのいろんなお話が聞きたいそうです。

そしてお母さん。愛子ちゃんはお母さんのお歌が聞きたいそうです。

子守り歌だけでなく、もっといろんな歌を・・・」

といってから再び愛子に視線を向けて

「愛子ちゃん、これでいい?」

というと『キャッ、キャッ』といいながら又、あきあの指を握った腕を

上下に2度3度強く振るのだ。あきあと会話をしているのだと信じざるを得ない。


呆然とする両親・・・その二人にニコッと笑ってから『バイバイ』と愛子に

手を振ると愛子もちっちゃな手で『バイバイ』をするのだ。

これはもう何をかいわんや・・・・だ。


「あの人・・・・天使だわ・・・・」

クリスチャンの麗香が遠ざかるあきあにむかって言った言葉だ。

そして、抱いていた愛子をぎゅっと抱きしめ

「ごめんね、そんなにお母さんのお歌を聞きたかったの? 判ったわ、もっともっと歌ってあげる」

・・・・と麗香の両頬に小さな温かい手が・・・・見ると

愛子がニコニコ笑いながら両の手に麗香の頬を触っているのだ。

たまらなくなって又、ぎゅっと抱きしめる。


そんな様子を真剣に見詰める飛龍高志、両の瞳に熱いものが溢れているのを自身気づいていない。


そこに流れてきた笛の音、こちらを向いて笛を吹くあきあの姿が視線に入る。

いつも聞いているものにとって、おやっと思うほど曲調が違うがこれもまた心に染みる。

でも初めてあきあの横笛を聞く九条麗香は夫には聞いていたが

これほどのものとは思いも寄らなかった。

横笛と歌手の違いはあっても音楽のことならだれにも負けないと自負している麗香だが、

ここに自分を震えさすほどの天才がいたのだ。


そしてわかった、この調べはわが娘愛子のために吹いてくれている。

優しさに溢れ、愛に溢れている・・・・この調べ・・・歌いたい!歌いたい!猛烈に歌いたい!

歌手として自然に立ち上がった。我が子を抱きながらあきあのほうに進んでいく。

麗香の目にはあきあしか見えていない。横笛を吹くあきあの目が、いらっしゃいと呼んでいるのだ。


「♪ラ~ララ~・・・・・」

この調べには歌詞がない。だから麗香の口で奏でるのは母の我が子への愛情だった。


「早くカメラを回せ!あの二人を映せ!」

小野監督の激が飛ぶ。


あきあの吹く調べは愛子のための即興の曲、そして母が我が子への歌は慈しみの言葉。

驚いたことに赤ん坊の愛子があきあの笛の調べに母の歌に小さな体を

左右に揺らせて調子をとっている。


比叡山の僧侶達も、警察関係者も、早瀬の女達も、若い女優達もスタッフも

呆然とこの様子を見ている。涙を流しているものさえいる。


「愛の

幾度もこの言葉が麗香の口から生まれ出る。


やっと笛の調べがやみ、麗香自身呆然とスタジオの中央に立ち尽くしていた。

いつのまにか周囲の照明が全て落ちあきあと、

その横に立つ愛子を抱く麗香にスポットライトが当たっていた。

そして今、スポットライトが消え全ての照明が再点灯する。


拍手をしながら真っ先に立ち上がったのはアメリカ人のジョージ・ルーク監督だ。

「ブラボー!」

そう声をかけながら二人のほうに歩んでいく。

彼は日本語はわからない。でも横笛の旋律と歌声は彼の心にせつせつと訴え幼い頃の、

もう今はいない母の面影を追っていたのだ。

周囲のいるもの全てが自分の幼い頃を思い出していた。

だから手を叩きながら二人を中心に自然と輪ができた。


「小野さ~ん、この曲世界で大ヒット間違いないね」

「う~ん、エンディングの曲とするか。景山、お前はどう思う?」

と声をかけられた景山だが彼は横に立つ山川プロデューサーに視線を向け

「俺は音楽の専門的なことはわからない。山川、音楽プロデューサーを兼ねるお前ならどうする?」


山川はその質問には答えず輪の中心にいた二人を引っ張ってきて

「あきあくん、素晴らしいよ。君は本当に横笛の名手だよ。

それに今の曲、即興で吹いたんだと思うんだが・・・」

「はい」

というあきあの返事に

「おおう~~」

という周囲からあがるざわめき。


「今の曲、もう一度吹いてくれといえばできるかね?」

という質問に

「はい、ここに納めてありますから」

と自分の胸を押さえた。

「ふ~む、さすがだね」

といってから今度は愛子を抱く九条麗香に視線をあてる。

いつのまにかその横には麗香の肩に手を回す飛龍高志の姿があった


「麗香くん!君はどうかね。今の歌詞を覚えているかね?」

「いいえ、先生」

山川は麗香の大ヒット曲をいくつも手がけた敏腕音楽プロデューサーだったのだ。


「景山!今の場面の撮影は?」

「ああ、ばっちりさ」

その答えに今度は小野監督のほうを振り返って

「小野さん!もしエンディングにこの曲を使うなら今の撮影分をそのまま使いましょう。

今の新鮮な輝きはもう戻ってこないから」


その言葉にジョージ・ルーク監督はゆりあの通訳で

「お~う、それ私も賛成ね。あきあさんも麗香さんも次にレコーディングしたら

もっと素晴らしいものが出来るでしょうけど今聞いた新鮮な輝きは失われています」

「よし!判った。両氏のいわれるとおりにしよう。いいですね、社長!」

そばで聞いている社長や首脳に声をかける。

「うん、それがいい。・・・だが、こうなるとオープニングテーマも作ってほしい」

その社長の声に、皆の視線があきあと麗香に移った。


「私はいいですけれど・・・麗香さんは?」

「あきあさん!私以外の者に歌わせるつもりですか!」

言葉はきついが笑いながらいうので周囲も笑い出した。


「山川プロデューサー、今夜のが終わってからでいいですよね」

「そりゃそうさ、今夜は君の大仕事だよ。余計な負担はかけたくないさ」

「ありがとうございます。・・・山川さん。でもテーマはもう決まってるんですよ」

というあきあに

「えっ?」

と声を出す。

あきあは愛子の笑顔の頬をちょっとつっついて

「オープニングテーマは”笑顔”です」

とニッコリ笑って撮影再会の準備をするスタッフの中に入っていった。


今夜の怨霊調伏までの時間が刻々と近づいていく。中断した撮影もいま再会した。

休憩中の素晴らしい出来事の余韻にひたっている暇はもうない。

みんな懸命に自分の仕事に没頭した。

そして・・・・・・・・・

「OK!」

という小野監督の声がこのBスタジオに鳴り響いた。


                     ★★★★★★


Bスタジオに作られた校舎や結界があきあによって消され、しばらくほっとした空気が流れる。


愛子を迎えにきた母に手渡した麗香はドキドキする胸を押さえきれなかった。

夫には聞いていた凄い撮影風景、でも実際自分自身が目にしたことで

何倍もの昂揚感が膨れ上がっているのだ。

己を強烈に引き付ける日野あきあ、彼女の多方面の天才ぶりを思うと太刀打ちなんか

できっこない。でもそばでもっと見つめていたい。


麗香は思い切って夫にいった。

「ねえ、あなた」

「なんだい?」

「せっかく二人で作った個人事務所だけど

私、日野あきあさんと同じ事務所に入りたい」

「えっ?どうしてだい?」

「理由なんてない・・・でも、どうしようもなく自分を押さえきれないの」

じっと妻をみつめる飛龍高志。


やがてフッと顔をほころばせる。

「実は、僕も同じ事を思っていたんだ。事務所も思っていた以上大変だし

日野あきあと同じ仕事がしたくて随分無理をしたもんなあ」

「二人の心がきまってるんだもの」

「でも事務所の女の子達が・・・・」

「ああ~、そうよねえ」

と頭をかかえたとき

「その女の子達、うちが引き取りましょうか」

という声が背後から聞こえた。


振り返ると飛龍高志は良く知っているが麗香には見知らぬ女性が

お盆に紙コップに入ったジュースを乗せて立っていた。

「まずはどうぞ」

とジュースを渡された麗香と高志、

「あとはお願いね」

と後ろに控える女性、実は瑞穂にお盆を渡しその中から自分の分をとって麗香の横に座った。


「九条麗香さん、あなたの御主人の飛龍高志さんはわたしの事ご存知ですが」

といって持っていた名刺を渡す。

「えっ?あなたが早乙女薫事務所の社長さん?」

「ええ、浅香まゆみといいます。ジュースを配っていてお話が聞こえてしまったの。

なんだか盗み聞きしたみたいでごめんなさい」

「いいえ、そんなこと・・・」

「率直に話しますわね。お二人とも本当にその気ならマネージメントお引き受けいたしますわ。

事務所の社員の方も女性ならぜひうちにきてほしいのですよ。

うちは小さなタレント事務所ですが別部門は人手が足りなくて実を言うと困っているところなんです」

「別部門?」

「ええ・・・彼女なんです」

と指差す方にはあきあが僧侶達となにやら打合せをしている。


「日野あきあさんが?」

訳が判らないとまゆみを見直す。

「これも御主人はよくご存知ですわね」

「はい」

「ねえ、何なの?高志さん」

「彼女は日野あきあという芸名のほか早瀬沙希という名でソフト開発で有名だと教えたね」

「ええ・・・えっ?そのソフトの開発で?」

「そう・・・でも今はそれだけじゃないんだ。通信部門で画期的な発明をして

アメリカのNASAや警察からの注文が殺到しているんだ」


「今はそれだけではないの。

どこで聞いたのかしら世界中の航空会社からの引き合いが来ててんてこまいなの。

彼女が本名で勤める会社と同じビルにうちの事務所もあるんだけど彼女の会社も大変だけど

メディアの折衝や営業をまかされているうちはもっと大変なの。

だから人手はいくらあっても足りないのよ」


「凄い!」

「全く!・・・あの子の頭の中はどうなっているんでしょうね」

「浅香社長!ぜひおたくの事務所に入れてください。いいわね、高志さん」

「本当?そんなに直ぐに決めてもいいの?」

「はい!」

「じゃあ」

といってまゆみはマネージャー達を集めて二人に紹介する。

そして事務所の女優達も呼んだ。


「麗香さん。これからよろしくお願いします」

と丁寧な言葉であきあに挨拶され

本人も大スターであるのに、麗香はまるで大スターを目の前にした乙女のように

おずおずと出された手を握った。

だがあきあがハッと顔色を変えたのをまゆみ社長は見逃さなかった。


「あきあちょっと・・・・」

とあきあをBスタジオの隅に連れていく。

「ええ~~」

「そんなあ~~・・・・」

と声をあげるのはまゆみ社長。

事務所の女優やマネージャー達は何事かと遠巻きに心配そうに眺めているだけだ。

そのうちまゆみが比叡山の僧侶達の後ろに控えていた澪を呼んできた。


「でもこんな事信じないでしょ」

「いいわ、いい考えがある」

という言葉が聞こえてくる。

そのうち薫が我慢しきれなくなって

「あんた達どうしたのよ」

と3人の中に入っていった。

3人が4人になっただけで話合いは続いているのだ。

皆の輪も次第に縮まっていく。


「じゃあ、聞いてくる」

と澪がBスタジオを出て行った。その後は沈黙の時間。

じりじりと時間が過ぎていく。

・・・・とドアが開いて澪が戻ってきた。


「いつでもどうぞだって」

「じゃあ」

といってまゆみ社長はまず聞いていなかったマネージャーや女優達を呼び集め何事か話だした。

その内容に顔色が段々と変わってくるのだ。

遠くからもこの様子を眺めているスタッフや僧侶達。


「じゃあ、いいわね。・・・洋子ちゃんと瑞穂ちゃん。ついていらっしゃい」

といって飛龍夫妻のもとに歩み寄る。

「飛龍高志さん、九条麗香さん。

今晩のあきあの大仕事にはまだまだ時間があります。

その間に近くの病院で健康診断をうけてほしいのです」

「健康診断?」

何をいっているのかと顔を見合わせ戸惑う二人。

「はい、タレントや歌手は機械でも消耗品でもありません。

人間なんです。人間はその時々病気や怪我をします。

うちの事務所は健康に働いてもらうことがモットーなんです。

ですからこの開いた時間にきっちり健康診断を受けて貰って

明日からの仕事に力をだしてほしいのですよ」

と言ってから後ろに控える吉備洋子と土御門瑞穂を横に並べて


「この二人も最近入ったばかりなので一緒に健康診断を受けて貰います。

いずれはどちらかがマネージメントしますから、よく話し合っていてください」

と結んでから

「澪先生!」

と澪を呼ぶ。


「こちらは小谷澪といって今日は京都から比叡山の僧侶の方たちに付き添ってきたお医者様なんです。そして早乙女薫の妹でもあるんです」

へえという顔の二人。

「この澪先生が全て手配してくれました。一緒に行ってください」

というと澪が4人を引き連れてBスタジオを出て行った。


その後ろ姿を見送りながら

「これで良かったのよね」

「ええ、あとできちっと自分の体の状態を知ってもらわなくちゃ」

「でもあの温泉に入れてあげれば・・・」

というひづるに

「どう言って連れて行くのよ。まだ京都の地下の施設はは完成していないし

早瀬の里には今は連れていけないし・・・」


「薫姉さん、大丈夫よ」

「大丈夫っていったって・・・・」

と心配げな薫の肩に手をかけて

「私には見えるわ。麗香さんの明るい未来が」

「本当?」

「ええ、だから大丈夫!」

「薫!沙希ちゃんが太鼓判押すんだもの、大丈夫よ」

と圧絵がいう。

みんな、あきあの言葉にホッと肩の力を抜いた。


その時、壁際で長いテーブルを並べた警察の詰め所から飛鳥日名子警視正があきあを呼んだ。

「沙希ちゃん、大変だと思うけど今晩の手配の状況を見て欲しいの」

と大きな地図上に赤ペンで細かく書いたものをテーブル上に広げている。


「5kmの地点で周囲8箇所のお寺や小中高のグランドに祭壇をつくったわ。

そして10kmの地点に警察官や機動隊を待機させたけれど・・・・」

「はい、これでいいです。ただ・・・・」

「ただ?」

警察官の中で体調の優れない方や精神的に弱い方はもっと後方かさもなければ休ませてください」

「えっ?」

「大丈夫だとは思いますが、お坊さん達の調伏の網をくぐって抜け出る

ずるがしこい悪霊がいないとは限りません。

今わたしが言った方々は悪霊に精神を乗っ取られやすいので」

「判ったわ。各部署の責任者に伝えておくわ」

「もし、そういう方が乗っ取られたならこれを体のどこかに貼り付けてください」

と切った半紙に梵字を書いた護符の束を渡す。

そして

「小野監督!」

と声をあげて監督を呼ぶ。


とんできた小野監督に

「これ、大丈夫だと思いますけれど、用心に越したことはありません。

あとでこれを『ステーション』の内側に貼り付けておいてください」

とこれも手書きで作った半紙の護符を渡した。


これで準備は整った。あとは病院に向かった夫妻の悲痛な叫びに

耳を傾けなければなるまい。


                   ★★★★★★★


『バタン!』とドアが開いて真っ青な顔をした飛龍高志と九条麗香が

入ってきたのは出て行ってから4時間が過ぎ、今晩の大仕事に

あと4時間とせまったときだった。

心配そうな吉こと洋子と瑞穂が付き添い、深刻な顔をした澪が後ろに控えている。


『ガクッ』と椅子に倒れこむように座る二人、

その様子を不信そうに見つめるスタッフ達。

そこに『コツコツ』と足音をならしてあきあが歩み寄って来た。

そして二人の前のパイプ椅子を逆において向かい合う形で座ったのだ。


他のものに聞かれないように早瀬の女達がそっと周囲を囲む。

「まずは言っておきます。この結果はすでに承知していました」

生気のない顔が睨むようにあきあをみる。

「でも、その時言っても信じなかったでしょ」

戸惑いの視線があきあの顔から固く握った夫との手に移った。

「ごめんなさいね。麗香さん、飛龍さん。

でも知って欲しかったの、健康がいかに大事かを・・・・・」

今度は二人はうつむいたまま動こうとはしない。


「大丈夫よ、麗香さん。

わたし達、早瀬一族からあなたに健康な体をプレゼントしてあげる」

『えっ?』という顔をあきあに向ける二人。

「今の言葉だけじゃあ駄目ね。

飛龍さん!本当は男であるあなたには話したくなの。

でも誰にも話さないということを条件に早瀬一族の・・・女の悲しい歴史を話すわ。

早瀬一族を知ってもらわなくてはさっきの言葉が嘘になっちゃう」

というあきあの話にあきあを見つめる目に段々と光が灯っていく。


早瀬一族の歴史はあの安倍晴明が男の争い事に絶望して帝の三女、

沙希姫に女しか生まれぬ秘術をほどこしたことから歴史が始まった。

全国にちらばる早瀬の女達・・・・・・、

そして平成の御世、男であった沙希が今は姉となった”早瀬理沙”との出会いが

女として生まれ変わるきっかけとなったのである。

そしてそれが早瀬一族の激動の始まりだった。

沙希を中心に集まる女達、出会いが出会いを呼び、あきあの運命を大きくかえていく。


そして・・・・

「ついこの間、早瀬の隠れ里で癒しの湯を見つけたの。

男の人には残念だけど女性にしか効かない温泉だから」

といってから

「アケ姉!・・・悪いけれどお母さんの事話してやってもいい?」

「ええ、いいけどわたしが直接話したほうがいいんじゃない?」

「じゃあ、お願いするわ」

といって話の接ぎ穂を有佐ケイに渡した。


「わたしの母は・・・・・」

と話し始めた有佐ケイは今の幸せを思ってか、時折言葉をつまらせて

飛鳥日名子警視正と上司であり、姉となった飛鳥泉警部に励まされて

母の末期癌からの回復の経過を涙ながらに話終えた。


呆然と早瀬の女達に視線を這わせながら

「でもわたし、早瀬の血を引いていないし・・・・」

「大丈夫!」

ねっとばかりに順子にウインクするあきあ。


「そうよ、わたしも早瀬の血を引いていないわ。

わたしはレイプされて偶然に、死に場所を求めて早瀬の隠れ里に彷徨い入って救われたの。

今ではりっぱに早瀬の女よ」

「わたしも」

「わたしも」

と声をあげる、土御門瑞穂、吉備洋子、鳴海京子、大原智子、天城ひづる達。


「麗香!後のことは心配しないでこの人達の言う通りにしようよ。

僕のことは大丈夫だから。それにこんなにいい事務所にはいれたんだから。

残念だけど早瀬一族には男の僕には入る資格はないけど、君は遠慮しないで早瀬の女になるといい」


「あっ、来たわ」

と手をあげて今入ってきた二人の女性に合図する。

にこにこ笑いながら歩いてくる一人の女性は誰もが知る検事総長の牧美香子ともう1人

「あっ、お母さん」

と声をあげたのが松島奈緒警視だ。


「やっとわたしの出番ね」

美香子が笑いながらあきあに抱きつく。

「叔母様、ごめんなさい。ママは京都のお婆ちゃまのところに行ったままだし、

里まで行ってくれる人がいなかったので」

「いいわよ、あやまらなくても。ちょうどあの温泉に

もう一度入りにいこうかなって思っていたところだから。

・・・あなたが九条麗香さんね。ではさっそくだけど行きましょうか」

凄いキャリアの牧美香子にドギマギする麗香。

まさかこんな人まで早瀬一族だとは思いもしなかった。


「あっ!叔母様。少し寄り道してこの近くに麗香さんの赤ちゃんと

お母様がホテルに泊まっておられるんです。その人達も一緒にお願いします」

『えっ?』とあきあの顔を見る麗香。

「麗香さん。愛子ちゃんは少し喘息ぎみだし、遠目だったけど

あなたのお母様は膝と腰を悪くしてらっしゃる。そうですね」

というあきあの言葉にただただ行き届いた手配に感謝するばかりだ。


妻を見送った飛龍高志が戻ってきてあきあに頭を下げて感謝したのはいうまでもない。


さあ、怨霊に相対峙するのはもうすぐだ!



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