第二部 第二話
「きゃあ」
「うわあ」
そういう声と共にいきなり何もない空間から女性と年配の男性が転がり落ちてきた。
女性はお尻を、男性は腰をさすりながら立ち上がる。
「あ~ぁ、恐かった。でも貴重な体験だったわ」
「わしはもうこれっきりにしてもらいたいね。早瀬くん」
とあきあに向かって言う。
「お~う、城田!」
と小野監督が声をかけると、
「よお!」
と返事をする城田部長。
「静香専務!城田部長!ごめんなさい。・・・乾社長が大至急とおっしゃるので」
とあきあがあやまる。そして、乾社長や上層部のグループのところに連れて行き、
「私が本名の早瀬沙希として勤める株式会社オクトの専務です。
そしてこちらが早乙女薫事務所のメディア部門の城田部長です」
静香と城田は乾社長達と名刺交換をしてから沙希をみる。
「さあ、説明してちょうだい、早瀬部長。モバイルにどんな新機能をつけたのか」
「ごめんなさい。こんなに反響があるなんて思わなかったから・・・・
少し思いついたのでこんな機能があってもいいかなって・・・」
「思いつきで改造を?・・・じゃあ、原理は?」
と矢継ぎばやの質問をする静香専務、何かドラマをみているようで
他のスタッフや共演者達はただわくわくしながら見つめている。
「これは、ニュートリノを使っての通信機です。
宇宙からの恵としてこの地球に降り注ぐニュートリノ。
ニュートリノは何の障害も関係なく通りぬける性質をもっています。
地球という壁さえも。・・・・・
だから、ニュートリノを使えば、10m先でも地球の裏でも全て同じように通信ができます」
「あっ!」
という静香の声、
「そうです。このモバイルに付いている受信送信機能もこのニュートリノを
使っています」
「じゃあ、NASAの人は?」
「ええ、ご存知です。だからこの装置に興味をもたれたのでしょう」
「静香専務。ルーク監督によってNASAがこの新しい通信機能のことを知って
もう一度緊急に来日するそうよ。良かったら発注数も大幅に増えるんですって」
とまゆみ社長が言う。
「増えるってどのくらい?」
「10000台以上」
「あぁ~~、早瀬部長ったら、今まで以上に私達を忙しくするわけね」
「静香専務!」
「何でしょうか、飛鳥警視正」
「その新機能を知った以上、私達警察も発注数は大幅に増えるでしょうね。ただ・・・」
「ただ?」
「一般の人がこれを手にしたら悪い事をする人が必ず出てきます。
だから一般には販売しないでもらいたいわ」
「わかりました。早瀬部長、この機械の海賊版がでるようなことは?」
「それは大丈夫です。この新機能をつける時1台1台に違う数字を書き込んだ
チップを埋め込んでいます。だからこのチップがなければ機能は働きません。
製作する数量と同じ数のチップ・・・つまりモバイルの各々の番号となります。
最初からこのチップの番号を控えておけば管理ができます。
それにチップはコピーできなくしてあります。もしコピーしようとすれば・・・
いえこのモバイルから一瞬でもはずせば自壊するようプログラミングしてあります」
「凄い!・・・何を言っているのか全然理解できないけれど
日野あきあっていう人の頭脳は女優と同じ位・・・いえそれ以上に超天才なのね」
という声が若い女優陣から聞こえる。
「おい、お前はコンピューターの天才っていっていたよなあ。
俺、あきあのいっていること全然頭に入ってこないんだけど、お前判るか」
「ははは・・・馬鹿だなあ。俺は天才だよ。超天才の事が判るわけないじゃないか。
俺が判るのはあの子の頭がアインシュタイン以上ってことさ」
「すまん、あきあくん」
「あのう、乾社長。この子は女優以外のときはわが社の開発部長早瀬沙希なのです。
何しているの!・・・部長!早く名刺を渡して」
と言われ慌てて瑞穂から名刺入れを受け取ると
「申し訳ありません。まだ慣れないもので」
と名刺交換をしていく。
「早瀬部長・・・か、いやあ、たいしたものだ」
と感心される乾社長。
「あのう、乾社長。先ほど言われかけたのは?」
「おう、そうだった。このモバイルの新機能に付随して画像も送れないかと思ってね」
「出来ます。でもこれにはまだカメラの機能ははいっていませんが・・」
「いやあ、・・・あっ、君」
と部下になにやら受け取って、
「これ、CCDカメラなんだが」
と渡された沙希。少しいろいろ触っていた沙希。
顔をあげた視線はスタッフに向けられた。
「どなたか精密ドライバーとニッパ、
それとハンダとハンダゴテを持っていませんか?」
二人のスタッフが飛び出して行く。
「瑞穂さんノートとケーブルを」
沙希が揃えられた工具類でモバイルにCCDカメラをつけていく作業は
まるで手品をみているようだった。
あきあのすることはどんなことでもつい目が釘付けになってしまう。
「これでよし」
とモバイルの最後のネジを締め付けたときはわずか10分もかかっていなかった。
それからモバイルとノートパソコンをつないでノートパソコンを起動させた。
乾社長も言った先からあれよあれよと沙希がモバイルを改造をしていくのを
目を白黒しながら見守っている。
・・・・・まさかここでそんなに・・・・手早く改造するなんて!
そして、例によってパソコンのキーボードを叩くスピードったら・・・
「ねえ、見て見て!・・・彼女目を閉じてキーをたたいているわ」
ざわめきが広がっている。
最後のEnterを押してからノートのスイッチを切った沙希・・・乾社長にニッコリ笑う。
「え~、・・・も・もう・・・出来たのか?・・・・」
と呆然とする乾社長。
沙希はモバイルを立ち上げて黒いアンテナを立てた。
作業を見ていた全員が注視する中、
「飛鳥京警部!応答してください」
しばらくして
「なに?沙希。こちらの調査はもうすぐ終わるけど。
終わったらすぐにそちらに向かうわ」
「了解です。すいませんが一つだけ、やってほしいことがあります。
F3を押しながらA、T、Mとキーを押してくれませんか?」
「F3を押しながらね。わかった・・・Aと・・Tと・・・M・・・・・・
??ええ~~何よ~~・・・・いきなり沙希の顔が液晶に写っているわ。
これってテレビ電話になるの?」
「ええ、今改造しただけだからこちらの画像しか送れないけれど。どう?画像の動きは」
「びっくりよ。今のテレビ電話はコマ送りみたいな画像というのは知っているけど、
これって普通のテレビを見ているみたいにスムースよ。画像も鮮明だし・・・」
「京!」
「あっ、お母さん・・・いえ、飛鳥警視正」
「資料とともにそのモバイルを早く持ってきてね」
「はい、わかりました」
といって通信を切る。
「早瀬部長、新機能をつけたのは1台だけなの?」
「いえ、泉警部のものとで2台ですわ」
「じゃあ、泉警部にも連絡して捜査がどこまで進んでいるか聞いてくださる?」
「ええ・・」
言って再びモバイルの通信プログラムを起動させる。
乾社長と上層部の役職者達はあきあの行動をまるで夢をみているように思えて呆然としている。
「凄い!」
世紀の大発明に立ち会っているのだ。
先ほどからずっとカメラは回っている。別に放送するから撮影しているのではない。
・・いや、放送するなんてもっての外だ。これは放送局の宝として保管しておく。
「何か俺、夢をみているようだ。凄いものを目の前でみているのだろう?」
「そうだ!こんなこと滅多に・・・いや、死ぬまで見られることじゃないよ」
というスタッフに対して
「馬鹿だなあ」
と飛龍高志が笑う。
「あきあがいる限り、こんなこと当たり前なんだよ。
もしOKが出るならば四六時中あきあに向かってカメラを回しておくんだね。
まあ、放送は出来ないけれど」
「えっ?泉警部、もう一度言ってください」
「だから、夜中にフラフラと首塚に入っていく女性をみかけたというのよ。
しかも、首塚に足を入れたとたん黒い煙のようなものがその女性をつつんで
消えてしまったというの。酔っ払いのいうことだからと信用していなかったけれど
次の日の新聞を見て、確かにこの女性だったと証言したのよ。
酔ってはいても見間違えるわけがない。と断言しているらしいわ」
「それはいつのこと?」
「1週間前よ」
「えっ?」
「驚くでしょう。遺体から、やはり心臓が抜かれていたそうよ」
捜査は行き詰まっているわ。
こんな異常犯罪って今まで見たこともないでしょうから」
「泉警部。それで写真は?」
「ええ、害者の写真は全て手に入れたわ」
「それでは、急いでこちらに帰ってきてください」
と話を終えた。
少し考え込んでいたあきあ、フと顔をおこすと
「瑞穂さん、半紙を・・・」
と渡された半紙を『ひとかた』に切り、呪文をかけると現れる安倍晴明の式、
そして魂を吹き込むのは先ほどと同じだ。
晴明は座るとひづるを呼び、組んだ足に座らせると頭をなでる。
ひづるが物怖じしなく晴明になつき、可愛がられているのが良くわかるがなぜだか不思議な光景だ。
「晴明様、聞かれていた通り、将門の怨霊はかなり力を取り戻したものと思われます」
「ふ~む、怨霊め・・・しかし、今なら将門といえどもあきあにはかなうまい」
「でも、何故今になって蘇ったのでしょうか」
「わからぬ、じゃが奴は生前、理想の武者だけの世界を作ろうとしていたのじゃ」
「じゃあ理想郷をつくる為に?」
とその時
「すいませ~ん、あきあさん!準備ができました」
とスタッフが呼びにきた。
あっ、そうだったと思い出したあきあは飛鳥警視正や松島奈緒警視の顔をみる。
「あきあさん、行ってらっしゃい。警部達がここに戻るにはまだ時間があるわよ」
「あきあよ、式達を飛ばして首塚を見張るのじゃ。これ以上将門の力をつけさせてはならぬ」
「はい、我式神玉藻、葛葉、紅葉よ、聞いていた通りじゃ」
「はっ」
と姿をあらわした3人
「さっそく首塚で将門めを見張っておりまする」
といって消えた。
「ハエ次郎」
「へえ、姉御。判っておりやす。全部まで言われずとも・・・
さっそく、あの3人の姉さんの後を追っていきやす」
といって声が消えた。
そして、もう一人
「ナウマク・サマンダ・バザラ・ダンカン。
オン・ソンバ・ニソンバ・ウン・バザラ・ウン・パッタ。
オン・シュチリ・キャラロハ・ウンケン・ソワカ」
と真言を唱えるとあきあの身体から赤く光る手の平大の鱗が現れ
それに重なって女性が現われた。
「どうしたのです、あきあさん」
「はい、平安の御世に怨霊となった平将門が蘇りました。
今、私の式神とあのハエ次郎を首塚に遣わしましたが 式神とはいえ私の大事な友です。
緋龍様、お手をわずらわしますが、わが友人を見守ってください。お願いします」
「我が子、紅龍に対する恩はこんなものでは返せるとは思っておりませぬ・・・承知しました」
といって消える。
「あきあよ、やはりお前には不動明王と菩薩様が宿っておるのう」
「いやですわ、いつもそのようにご冗談を」
とあきあは否定するが
「やはり」
と納得するのは早瀬の女達だった。
それに今、アイドル岩佐メグや女優達にもあきあの姿に重なって不動明王と
菩薩の御姿が見えたのは目の錯覚なのか?
驚いて顔を見合わせた女優達。
「あなたも見えた?」
「じゃあ、あなたも?」
スタッフ達はハエ次郎と緋龍、紅龍と言う名に衝撃を受けていた。
あきあを見ると全てが本物だと信じる事ができたのだが
ライバル局でのあの凄いテレビドラマでの名前が目の前でよばれたのは
判っていてもやはりショックがある。あの素晴らしい画像と
カメラワーク、プロとしてメラメラとライバル心が湧きあがるのだ。
「さあ、みんな行きましょうか」
晴明が帰ったあと女優達に声をかけるあきあ。
「薫さん、ひづるちゃん!」
あきあが撮影に出たあとは社長や上層部の役員は静香専務と城田部長とまゆみ社長は
別の会議室に移っていった。
早乙女事務所のマネージャー達はついていった瑞穂とゆりあを除いて
会議室の一角で明日、予想されるスケジュールを検討している。
大空圧絵がオブザーバーとして控えている。
そして飛鳥警視正と松島警視は、警視庁や警察庁に対して首塚周辺の警備の強化を
促している。
そして小野監督とジョージ・ルーク監督は景山三郎と山川プロデューサー、
脚本家の谷と特別番組の打ち合わせをしている。
そして小野監督はあの『ステーション』の説明もルーク監督にしているのだ。
★
Bスタジオに入ったあきあ達、首塚のことも気にかかるが
今は待ちの状態だと辛抱をして気持ちを切り替えた。
女優陣は天聖ルナの衣装をすでに着ている天城ひづる以外は
女子高生役と先生役なので衣装もすぐに揃えられた。
台本をもらっていないので、どんな性格の生徒なのかまだわからないが
名前はすでに決まっているのだ。
あきあは杏奈に手伝ってもらってセーラー服に着替えると、
メイクも簡単に星聖奈という女子高生の役になりきっていた。
岩佐メグ・・・井上沙月に声をかける。
「ねえ、サッキー。早く食堂へいかないと昼弁食べそこねるわよ。早くったらァ」
というあきあ・・・いや聖奈にいわれ、とまどっていた岩佐メグもさすがは才能あるアイドルだ。
すぐに
「待ってよ、聖奈。そんなに早く行かなくてもメシはなくならないって」
「あ~あ。サッキ-ったら、スカーフ曲がってるよ」
といって赤いスカーフをなおしてやる。
すると聖奈から香るラベンダー・・・何故かポッと頬を染める沙月。
すると沙月の頬を『キュ』とひねる聖奈。
「はい、サッキーのおたふく顔・・・キャハハハ」
といって飛び下がって走り出て行く。
「こらあ、聖奈!・・・てめえ」
と後を追いかける沙月。
あっけにとられていた他の女優陣。今出て行ったのはあきあではなくて
星聖奈と岩佐メグではなく井上沙月なのだ。
凄い!と思ってしまうが、何故か楽しくなる。芝居とはとても思えない。
何かあの雰囲気の中に入っていきやすい。
「ああ~ん、待ってよ。聖奈!沙月!」
と一人が言うと皆が我先にと飛び出して行く。
あとに残った女性スタッフ達も、見慣れているはずの杏奈にしても
メイクの途中でその役柄に変わっていくのを見たのは初めてである。
呆然と見送っていたが、慌ててメイク道具を持ってスタジオに走っていく。
「これは・・・」
「このドラマって、きっと成功するわ」
あきあのあの自然に芝居に・・・いや、あれって芝居ではなかった。
あれは星聖奈そのものだ。スタッフ達、この先が楽しみになってきた。
何もないスタジオの中、少し我に返りかけた女子高生達。
あきあが九字を切って呪文を唱える。
すると何もないBスタジオの中に美味しい匂いと共に食堂があらわれた。
「ねえ、サッキ-、席を取っといて!」
といって食堂の叔母さん・・・ん?叔母さん?・・・のところに行って
「ねえ、叔母ちゃん。いつものやつ、うん、2つね」
四角いお盆にのせて2人分の小さな皿のカレーとサラダを運んでくる。
「あっ、サッキ-!お水を忘れてる」
「ごめん!今とって来るから」
と立ち上がって水を取りに行く。
「あれ?みんなどうしたの?早く食べないと午後の授業に遅れるよ」
「だって」
と周りで見ているクラスメイトに
「ああ、そうね。まゆみはうどんだったものね。
今見てたら、うどん美味しそうだったよ。早く行って注文しちゃいなさいよ」
「うん」
と行って
「おばちゃん、きつねうどんをちょうだい」
と注文すると
「はいよ、熱いうちにお食べ」
と叔母さんがうどんを渡してくれる。
お盆に乗せて聖奈達の座る長いテーブルに自分も腰掛けると
まずは出汁を呑んでみる
「うわあ、本物だァ・・・おいしい」
まゆみの言葉にクラスメイト達はとんで行く。
ドラマのスタッフ達はもう見つめるだけだ。とても芝居とは思えない。
「どうしたの?」
「ええ、これどうなっているんでしょう」
薫に聞かれて言ったスタッフの言葉だ。
「あの子は天才なの」
「だって天才っていえば」
「ううん、あの子こそ本当の天才よ。
あの子が演じるとすべてが本物になるの。
もう少し見ていて御覧なさい。あの子の星聖奈という少女のくせが出てくるから。・・・・
さあ、私も若い人には負けないように行ってくるね」
と食堂に向かって歩き出した。
あきあが演技の天才ならこの早乙女薫も又天才なのだ。
「さあ、あんた達!もうすぐ午後の授業が始まるわよ」
「は~い」
という元気な生徒達の声。
「うん、うん」
と頷いてから
「叔母ちゃん!私においしい紅茶を・・・ケーキもつけてね」
「は~い」
という食堂のおばさんの声。
「あっ!先生ズルイ」
と聖奈が声をかける。
そうよそうよと生徒達のブーイング。
「だって、今からは大人の時間よ。
あっ叔母さん!紅茶にたっぷりとブランデーを入れてね」
「ああ~~、いけないんだ。先生が授業の時間中にお酒を飲むなんて!」
という沙月。
「ふふふ、お子様はお黙んなさい。これが至福のひとときなの。さあ、お子様はもう授業よ」
「あら、先生は?」
「私?・・・私は午後一の授業はなし」
「あっ、さては自習にしたなあ。この不良教師」
「こら!」
といってかき回していたスプーンを投げる真似をしたら
「きゃあ」
といって逃げ出した。
そしてクラスメイト達、立ち止まり振向いて
「や~い、不良教師!」
といって本校舎に駆け出していく。
今度は何も無かったBスタジオに校舎が現れた。
そこにかけこむ女子生徒達。
「どうした!」
まるで夢を見ているようなスタッフ達に声をかけたのは小野監督達、様子を見にきたのだ。
「いえ、なにか夢を見ているようで・・いえお芝居としてではないんですが」
「撮影は?」
「ええ、していると思います」
「小野監督!」
「ああ、薫くん」
「あきあったら、又やっていますわ」
「というと?」
「はい、星聖奈という高校生になってしまっています。
これ、リハーサルではありませんわ。もうりっぱな本番です。
他の子も聖奈という少女にひっぱられています」
「君!カメラは!・・全てのカメラを動員しても今のあの子達をとっておきたまえ」
「はい」
スタッフは他のカメラマンを呼びに行った。
教室に一番最後に入ろうとした聖奈。
「あっ」
と言って足をとめる。
「どうしたの?聖奈」
「ううん、何でもないけど・・・ちょっと行ってくる」
と引き返していく。その不審な行動に後をつける沙月。
屋上に出た聖奈、祖父の遺言で肌身離さず持っていた独鈷、
スカートの中から取り出し、
「『臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前』・・・変身!・・・天聖ルナ!」
と両手で持つ独鈷を胸の前で構えて言うとあきあの身体が1mほど浮かび上がる。
あきあの身体から着ている服が離れて、
細い布に変わりあきあの裸体の周りを回っている。
そしてその布が光沢のピンクに変わり、あきあの身体に張り付きだすと
あきあの身体が変化していくのだ。体が縮まり顔も髪も変わっていく。
そして・・・
「天聖ルナ!」
といって両手をあげ上で交差させると胸の位置にそのまま下ろし
両手をクロスさせたまま
「参上!」
と変身が終わったとき
「あっ」
という声で振向いた。
そこには呆然と立つ沙月の姿が。
慌てて屋上から飛ぼうとしたルナに
「待って!聖奈!」
足が動かなくなるルナ。
「聖奈!その姿は一体・・・・」
「サッキ-、こんなこと何れは判ってしまうって思ってたの。
でも悪霊退治をする最初の日になるなんてね」
「悪霊退治?」
「うん、家に流れる血のせいなんだって。でもこんな変身は私が初めてなんだ。
母も祖母も巫女として悪霊を退治していたんだけど私だけそんな能力はなかった。
でも、幼い時祖父に渡された独鈷で変身ごっこで遊んでいた時、本当に変身してしまったの。
そしたら、凄い能力が出てしまって・・コントロールができなくなったの。
それ以来、変身はしなかったけれど、祖母に育てられながら厳しい修行をさせられて
ようやく昨日に変身する許可をもらったのよ」
「でもその姿は?」
「ええ、これは力をコントロール出来るようになった結果なんだって」
「では、今は?」
「うん、悪霊の波動を感じたから。普段の私、力はないんだけど感じることだけできるんだよ」
といってから
「沙月、私あなたの記憶を消すわ」
「まさか・・・嫌よ!」
「嫌?」
「そうよ、記憶を消されるなんて絶対嫌!
聖奈!もし記憶を消そうとしたら私、そこから飛び降りて死んじゃうから。
私、そんな能力ないけど、聖奈の役にたちたい、私はあなたが好き!・・・・だから・・・」
「わかった。じゃあ、これを渡しておくから」
と渡されたもの。
「あっ、これコンパクトじゃない」
「ええ、これはあなたとの通信機器よ、もっと他にも使い道はあるけどまた今度ね」
「わかったわ」
「じゃあ、行ってくる」
といって走ると屋上のフェンスを飛び越えた。
慌ててフェンスから覗きこむと聖奈は地上ですくッと立ち、食堂の方向に走りだした。
沙月は屋上から飛ぶように階段を駆け下りていく・・・後を追いかけるつもりだ。
演出家も監督もましてや台本もないドラマが・・・いやこれがドラマといえるのか
女優達だけで芝居が進んでいく。
カメラマンが呼び集められ、いろんな角度から撮影をしている。
ルーク監督はこんな現場にたちあったことはなかった。無論、小野監督も演出家景山三郎もだ。
「小野監督!景山さん!どうでした?」
と後ろから声をかけたのは天聖ルナのひづるだった。
「ひづるちゃん、どうでしたって?」
「いやだわ」
といって
「『前!』」
というといきなりあきあの姿に変わったのだ。
セーラー服姿のあきあがここにいる・・・ということは
「あの天聖ルナはひづるかい?」
「ええ」
「いつ変わったんだい?」
「屋上から飛び降りたときですよ」
「全然わからなかったよ」
「わかったら大変だわ・・・うふふふ」
「あきあさん、はい」
と椅子を持ってきたのは司ゆりあ、マネージャー補助の最初の仕事だった。
「あきあ、この先はどうなるんだい?」
「薫さんの江口京香先生を悪霊が襲うの」
「あっ、皆!ごくろうさん」
「とっても面白かったわ」
「本当に学校に行ってたみたい」
これはほんとうの女子高生の女優だ。
でもまだ、マネージャーがつくほどの女優ではないので雑用も自分でしなくてはならない。
だから皆、自分でパイプ椅子を持ってきているのだ。
あきあが呪文を唱えると、目の前の角度が変わり本校舎を背後にして沙月が天聖ルナを追って行く。
「きゃあ」
という叫び声。
そこは体育館裏、その路地に聖奈の担任京香が黒い化猫に追い詰められていた。
体育館裏の備品倉庫で少し昼寝でもと思って扉を開けたとたん妙なうなり声が。
慌てて扉を閉めた京香だったが物凄い力で扉ごと吹き飛ばされてしまった。
「痛い!」
立ち上がろうとした京香だが、どうやら足をくじいているらしい。
フと見ると破られた扉から黒い四脚の動物がのそりと現れた。
京香は叫び声を上げようとしたが、声にならない。
「ひ~~」
という呼吸音がするだけだ。
この動物、普通ではない。黒い猫みたいだけど、
その体格はライオンか虎のように大きい。真っ白な牙をみせる大きな口からは
唾液がしたたりおち、そして、その目・・・緑色に光るその目・・・額にも金色の目が光っている。
その額の目を見てしまった京香、急に手足の自由が奪われてしまった。
化け猫が近づいてくるが身動きも叫びも出来ない。
化け猫の異様な臭気が鼻についた時、ようやくその恐怖から
「きゃあ!」
と叫び声が出たのである。
その時、
「待て!」
と凛々しくも可愛い声が聞こえてきた。
化け猫がゆっくり振り返る。
「お前は誰だ!」
というように
「ギャオウ!」
と首を振りながら叫ぶ化け猫。
「闇よりいでし悪霊よ、ここはお前達が来るとこではない闇に帰れ!」
「ギャオウ~~」
こしゃくなとでもいうように威圧する叫び声。
「ふふふ・・従わぬのなら従わせてみせよう。天聖ルナ!破邪の剣」
というと持っていた短剣を頭の上にかかげる。
そして左手の親指と人差し指の股で刀身をゆっくりとすべらせていく
と青白くひかる長剣と変わった。
天聖ルナと向かい合う化け猫、じりじりとタイミングをはかっているようだ。
が・・・次の瞬間、化け猫が天聖ルナに向かってジャンプする。
天聖ルナのジャンプも同じタイミングだった。
お互いがぶつかり合う瞬間、天聖ルナの長剣が弧を描く。
すくっと立った天聖ルナ・・・だが、片足を切られながらも逃げ出した化け猫に
「逃すか!」
と持っていた長剣を化け猫めがけて投げたのである。
「ぎゃっ」
といって化け猫から黒い霧が四散してあとには、短剣が地に突き刺さり
普通の黒猫が倒れていた。
天聖ルナは短剣を拾うとその猫に手をかける。
すると、黒猫はいきなり飛び起きて走り去った。
「よかった。生きていたのね」
と猫を気遣う京香の元には様子を見ていた沙月がかけよってきた。
「先生!大丈夫?」
と言っておこそうとしたが
「うっ」
と痛みのため腰をおとしてしまう。
そこに天聖ルナが歩みより、京香の脚に手をかざすのだ。
その手かざしが終わってから
「先生、立ってみてください」
と声をかける。
痛い足を地につけないよう庇いながら沙月の肩に手を回して立ち上がった京香。
恐る恐るだが痛みのあった足を地面につけてみる。
「ん?・・・・」
最初は軽く段々足を押さえつけるように最後は跳んでみた。
「痛く・・・痛くないわ・・・どうして?」
と天聖ルナの顔を覗き込む京香。
「詳しくは申せません。ただ・・癒しの術だと思ってください」
「ふ~ん、癒しの術ねえ・・・・ところで、あんた何者?」
「私は天聖ルナ、悪霊・怨霊退治の術師です」
「悪霊・怨霊退治?」
「はい、では又」
といって跳び上がると体育館の屋根に着地して・・・消えた。
「先生、大丈夫ですか?」
「ええ、でも何だったのかしら。まるで夢をみていたみたい」
「お~い、サッキ-!京香先生!」
と駆けてくる聖奈。
「どうしたのよ、二人共。こんなところで」
という聖奈を横に立った沙月が聖奈の腕を『ギュッ』とひねる。
「痛い!」
「えっ?どうしたの?」
「いいえ、何でもありません」
といいながら聖奈と沙月は声無き言葉で言い合いを
(聖奈!しらばっくれてさ)
(しょうがないじゃないの)
(じゃあ、クレープ3つ!)
(う~ん・・・クレープ2つでかんべんして!)
(しょうがない、じゃあ約束よ)
と二人で右手の人差し指を合わせあって
(シャシャシャン、シャシャシャン、シャシャシャンシャ)
「ところで、あんた達どうしてこんなところにいるの?」
「えっ!」
「まさか、授業をサボったってことじゃあ・・・」
顔を見合わせてから
「キャア~~」
と逃げ出した聖奈と沙月。
「こらあ~、お前達!そんなことしていたら私の授業の単位をあげないわよう」
と走る二人に向かって叫んだが
「今日はありがとう、ほんとうに助かったわ」
と小さな声で二人に感謝する京香。
「う~ん」
と両手をおもいきり上げて背伸びしてから
「さてと、せっかくの自習時間がつぶれてしまったから
もう1時間自習にして保健室のベットで一眠りするか」
そういって本校舎に向かう江口京香。
「OK、カット!」
小野監督の声がBスタジオに響いた。
スタッフ達の拍手が鳴りやまない。
それほど感動ものの女優達だけのドラマ。
誰の演技指導もないまま・・・二人の天才に引きずられて思わぬ力を発揮した若き女優の卵達。
皆晴れ晴れとした笑顔であきあや薫の周りに集まってくる。
「何だか、自分に感動だわ。あきあさんに乗せられたにしてもこんなこと出来るなんて」
「私、本当に沙月になりきっていた。台本もないのに・・・これが本当の演技なのね」
「あきあ姉さん、私このドラマ大好き!
あきあ姉さんと共演した映画もテレビドラマもそうだったけど今回もとっても楽しいわ」
「ひづる、私もよ。あきあと一緒だとなんだか凄くしっくりして楽しい現場になるのよね」
と薫がにっこりと笑いながら言うのだ。
「あのう・・」
と横にいた岩佐メグが口をはさんだ。
「わたし自身凄く驚いています。台本があっても
こんなにスムーズな演技が出来ないのに、それがアドリブでしょ。
自分でも不思議なんですが次々と台詞が出てくるんです。
これって、あきあさんのあの不思議な術のせいなんですか?」
「違うわよ。私こんなことで術なんか使わないわよ。
あれはあなたの実力よ。サッキ-!」
「本当?ありがとう、聖奈!」
とお互いに役名を呼び合う。
「しかし、君達よくやったよ」
「ああ、おれの脚本なんていらないんじゃないかい」
と谷がすねる。
「特別番組のあと、少し手直ししてこれを第一話として放送してもいいな」
「ルークはどう思う?」
「台本なしでこれだけやる・・君達日本の女優達の実力を見直したよ。
というよりもこんなの出来る女優アメリカでいるだろうか。
一度やってみたい。あきあくんをまぜてね」
とあきあに向かってウインクする。
その心は絶対にあきあを主演にして映画を撮ると決心をしていたのだ。
★★
やはり、女優はスタジオがしっくりとする。
・・・ということで会議の続きはこのスタジオ内に長テーブルとパイプ椅子を
持ち込んでおこなう事になり、会議室にいた飛鳥警視正達も降りてくることになった。
静香専務やまゆみ社長と城田部長が話し合っているテレビ局の上層部との
打ち合わせはまだ続きそうなので、こちらはこちらで進めることにした。
決めなければならないことがたくさんあるのだ。
みんなが思い思いの席についたとき、ドアがあいて
「遅くなってすいません」
と捜査に出ていた飛鳥京と犬飼洋子、飛鳥泉と有佐ケイが戻ってきた。
スタッフ達が用意していた椅子に腰掛けた4人に
「京!泉!あなた達の調べたことをここで報告しなさい。
・・・と、その前に二人のモバイルを沙希ちゃんに」
飛鳥警視正の言葉にスーッと立って双子の警部の元に行ったのは
マネージャー補助となった司ゆりあだ。
さすが商社で総合職についていたキャリア、その行動はスムースだった。
早乙女薫事務所でNo.2といわれる順子はそんなゆりあを
(この子は使えるわ。マネージャーというより城田さんの下につけたほうが
いいかもしれない)と思った。
「すいません。CCDカメラを2台と先ほどの工具類を・・・」
というあきあの声にスタッフが2人立ち上がって部屋を出ていく。
「じゃあ、私から報告します」
と言ってバックの中から警察手帳を出す飛鳥京警部。
「えーと、この3ヶ月の間に最初の被害者、・・・えーと、司祥子・・さん・・
のあと間隔をあけて同じ犯人と思われる犯行が4件、
合計5人の女性が犠牲となっています。
被害にあった女性は16歳の高校生から26歳の女性まで、
いずれの女性も心臓をとられ、血も抜き取られていました」
言葉を引き継いで飛鳥泉警部が
「私は所轄と新聞社に行って事件の資料を揃えてきました。
写真はここでは見せられないものはもってきませんでしたが
被害者の顔写真だけをもってきました」
とファイルをテーブルの上に乗せる。
「泉警部!その写真を見せてください」
というあきあに、泉の横に座っていた犬飼洋子がテーブルの上にあった写真を
テーブルの向かい側に座るあきあに持っていく。
写真を渡されたあきあは
「洋子さん、そこで少し待っててね」
といって写真を1枚1枚見ながらテーブルの上に置いていく。
そして、全て置き終わったとき、スス-っと写真を並べ変えて
「この順番にこの人達は殺されたのですね」
という。
何をするのか?・・・とあきあのすることを見ていた洋子が目を真ん丸くして
「どうして?・・・どうしてわかるの?」
と驚いていたのを見て京と泉が慌てて立ち上がって走り寄ってきた。
並べられた写真をみて洋子と同じ反応を見せる双子の警部達。
そんな様子を見て飛鳥警視正はさすがに落ち着いた態度で
「どうしてそんなことが判るのか教えてくださいね」
「最初の犠牲となったゆりあさんのお姉さん、祥子さんは能力者ではありませんでした。
でも偶然、・・いえ、運が悪く怨霊の餌食となってしまった結果、
復活したばかりの怨霊に少しだけ力が復活しました。
でも能力者でない女性をいくら餌食にしてもこれ以上の力をつけることが
できません。だから、祥子さんより能力者のこの人が第二の犠牲者になったのです。
こうして怨霊は次々と犠牲者の能力を超える能力者を獲物として選んだのです。
でも今の状態ではこの結界からは出る事ができません。
でも、結界内から獲物の女性を引き寄せるだけの力はつけてきたようです」
「あっそうか、では、あの目撃者の言葉は・・・・」
「はい、真実です。結界内に引き入れた女性をおのれの欲望のために犠牲にした瞬間だとおもいます」
「沙希!そんな恐ろしい奴と戦おうというの?」
「ええ、だってあの怨霊と戦えるのは今の日本で、私だけですから」
「沙希ちゃん!こうなったら公私の私として聞くわ。私達が手伝えることがないの?」
「日和子叔母様、明日の夜深夜0時に決行しますから
できれば周囲10キロに住む住民は避難させてほしいのです」
「周囲10キロ?・・・そんなに?・・・」
「ええ、あの結界はすでに綻びだらけです。将門の怨霊の他の小さな雑鬼は
その綻びから出て既に悪いことをしていたはずです」
「そういえば」
と泉がいう。
「あの付近では軽犯罪が多発しているんです。
犯人を捕まえてみればなぜこんな人がというのが大部分だったし、
犯人も自分がしたことを憶えていないらしいんです」
「雑鬼は人の心に入り込み、人としての良心を眠らせてしまいます。
怨霊との戦いであの結界はすぐに消滅するに違いありません。
そうなれば雑鬼より恐ろしい悪霊達が住民達に被害を及ぼすに違いありません」
「だったら、沙希ちゃんがあの結界を修復するか張りなおすことは?」
「いいえ、あの結界を張った呪文はわかりません。だから張りなおせません。
結界を張りなおすということは今の結界を消滅してからでないとできませんし、そうなると・・・」
「そうなの、消滅した瞬間に怨霊・悪霊が飛び出してしまい
沙希ちゃん1人では手のほどこしようがない・・・ということね」
「はい、それに怨霊とは亜空間で戦う必要があります」
「亜空間?」
「はい、先日のテレビドラマでのあの空間です。でも、あの怨霊がこちらの誘いに
乗ってくれるかどうか・・・」
「じゃあ、付近の住民の避難と・・・それから?」
「はい、出来ればあの付近のお寺全てで読経をおこなっていてほしんです。
悪霊・怨霊を鎮めるためです。どれほど効果があるかわかりませんが」
「わかったわ、奈緒警視!」
「はい、今から総監に報告に行って来ます」
といって立ち上がって出ていく。
「明日の深夜0時からだと準備はどうする?あきあくん」
と小野監督。
「瑞姉!あれを」
というと瑞穂があきあから預かっていた透明ケースをあきあに渡す。
その中からあきあが出したのは12個の球形。
その球形に呪文をかける。するとバラケて宙に飛び上がる球形の『ステーション』宙で大きくなる。
「おお~」
と声をあげるテレビ関係者達。
これが『ステーション』なのか。
あきあに1台だけ地上におろしてもらって中を調べるスタッフ達、ルーク監督や景山ももう夢中だ。
「あきあくん。カメラマンを乗せて試写というか試乗してもいいかい」
「いいですわ。でも一応は5人乗りとなっていますので」
カメラをセットして乗り込むカメラマンとルーク監督、そして景山も同乗する。
宙に浮いてそれからいきなり消えてしまった。
2階のモニター室とテーブルの上に乗せたモニター1台。
皆が見守る中、『ステーション』はテレビ局の屋上より10m上空に停止していた。
モニターに写る夜景は素晴らしい。
皆そんな撮影風景のモニターを見ていたとき、乾社長達上層部の役員達と
静香、まゆみ、城田がBスタジオにはいってきた。
「これは・・・これは何なんだ・・・」
というBスタジオ内の宙に浮いている球形体、驚くのも無理はない。
「これはあの東都テレビの放映のときに使った『ステーション』ですよ」
「これがそうなのか」
という乾社長に
「現に今カメラマンとルーク監督、そして景山が乗り込んでテストをしています」
といってモニターを指差す。
モニターは夜景が写っていたが急にスピードをあげて高速道路上空をそって進み
そして、ヘアピンのように180°曲がるとテレビ塔があるこのテレビ局の
上空に戻ってきた。空中に止まった『ステーション』はそのままゆっくりと
建物に向かって降りてきた。屋上の床を・・・そして15階もの階層を
通り抜け、このBスタジオの天井から姿を現し、床についた。
『ステーション』から降りてくる乗員達。
特にルーク監督は何も言わず真っ直ぐにあきあに向かってきて、前に立ち止まると固い握手をした。
本当はキスをしたかったが小野監督にあきあの男嫌いは言われてきたのでこれで辛抱しているのだ。
それほど感動的な乗り物だった。これでカメラアングルを考える楽しみは大きい。
小野監督と景山は『中央』に『メインステーション』にはカメラマンと
ジョージ・ルーク監督、その通訳としてゆりあが、そして『中央』からの指示と
各『ステーション』への指令は前回で慣れている瑞穂が担当する。
他の出演者や関係者となっている早瀬の女達は『中央』となるこのテレビ局に詰める事になる。
『ステーション』は今、小さくなって再びあきあのケースに収まった。
そこに警視総監に報告に行った松島奈緒警視が帰ってきた。
あの間警視と見知らぬ男二人を連れている。
「飛鳥警視正。総監のお言葉です。東京都民の生命を守る事が第一です。
そして危険回避は警察の仕事でもあります。飛鳥警視正のもとでよろしく
計らってほしいとのことです。
・・・こちらの人達はあの現場にある所轄署の署長と捜査課長です」
飛鳥警視正に挨拶する二人の所轄のトップ達、
しかし、その表情はとても信じられないという心の中がありありと伺える。
「それと沙希さんに言われたお寺での読経ですが、なかなかこちらの真意が伝わらなくて・・・」
と奈緒警視がいうと
「わかりました。やはり本山から言って貰わなければだめですね」
とあきあが言う。それからひづるに向かって
「ひづるちゃん。ヤタさんに御用があるんだけど」
「御用?」
「ええ、大至急なの」
「いいわよ。・・・ヤタさん出てきて!あきあ姉さんが御用なの」
いきなり『カァー』と鳴き黒いヤタガラスがあらわれる。
もうみんな慣れたものだが、いきなりこの場に連れてこられた所轄の刑事達は驚きで固まっている。
叫びたかったがそんな無様な真似はできない。
「ヤタさん!お願いがあるの。今から比叡山奥の院の蓬栄上人様の所へ行ってね」
と言ってからヤタさんに黒い首輪をつける。
「ひづるちゃん、表に行ってヤタさんを飛ばせてきてね」
ひづるがヤタさんを肩にとまらせて走っていくと、律子もひづるの後から走っていく。
先ほどから声をかけるタイミングを図っていたスタッフが
「あきあさん。CCDカメラです」
と2台のカメラを渡す。
「工具もこちらに」
とテーブルに工具を置く。
そして、呪文を唱えると工具箱からドライバーが飛び出し モバイルのネジをはずしていく。
つまりあきあは術でモバイルを改造しようとするのだ。
驚いたみんなの目が自分に向けられているのに気づいたあきあ
「これは、すでに改造をしましたから同じ改造手順は私の中にありますので」
という。所轄署の刑事達もうポカンとするだけで声もでない。
「景山!このBスタジオは明日の深夜までに使う予定があるのか?」
という小野監督に
「いや・・・誰か、知っているか?」
「明日の予定は・・・いえ、ありません」
「じゃあ、悪いがあきあくん。もう一度ステーションを出してくれないか」
「どうするんですか?」
「出来るときに準備をしておきたいんだ」
「いいですけど」
「皆!・・・特にカメラマン!これから与えられたステーションが自分の城になる。
これからカメラをセットして本番中に故障などしないよう万全のチェックだ。
明日の深夜のあきあくんはそれこそ命がけなんだ。
そんなあきあくんに後で恥ずかしくない撮影をしなければならない。
わかったな。わかったら、さっそく準備だ。・・・・あきあくん頼む」
あきあが再び出した『ステーション』。全て地上に降ろす。
小野監督はその外側に書いてある番号にカメラマンを振り分ける。
無論、Vテレビ屈指のカメラマンは『メインステーション』を与えられた。
それぞれ与えられた『ステーション』にカメラを乗せていく。
その時、モバイルから
『カァー』と鮮明な声が聞こえた。ヤタさんの声だ。
「どうやら、ヤタさんが比叡山についたようです」
といって呪文を唱えるとヤタさんの見た比叡山の様子がBスタジオの壁に映し出される。
『やや、これは不審なカラス!』
という声はあきあのよく知る武者僧の天鏡だ。
「天鏡さん、天鏡さん。私です。日野あきあです」
『おお!・・・あきあ殿か。・・・こ・・このカラスは?』
「これは、わたしの式神です。天鏡さん、蓬栄上人様はおいででしょうか」
『お上人はおられます。少々お待ちを』
と画面から消える。
少し経つと痩せてはいるが白いころもの老僧があらわれた。
『あきあ殿かな?』
「はい、少し待ってください」
と呪文を唱えるとこちらで見える画像の中にスクリーンが現われ
あきあの姿がうつる。ヤタさんの口から出るあきあの画像だ。
「お上人様!大切なお願いがあります」
と用件をいう。簡潔にだがその内容にはお上人とはいえ驚きの声が洩れる。
『では、明日の深夜にあきあ殿があの平将門の怨霊を調伏されるのか』
「はい」
『とんでもない出来事じゃなあ。年が経てば結界も綻ぶか・・・
あきあ殿が京都の結界を張りなおしていただかなければ、この京都も恐ろしいことになったのじゃな。
あきあ殿、首塚の周りの寺が読経を拒否したとはとんでもない坊主共じゃ。
わかった。わしもそちらに行く。天鏡達荒い武者僧をつれてな。うおほほほ・・・』
「お上人様、私甘えてよろしいのでしょうか」
『何を言われる、あきあ殿。こちらこそあきあ殿に世話になっておる。
それに平将門は恐ろしい怨霊じゃ、少しでもあきあ殿にお力になれれば・・・』
「わかりました。ではお願いいたします」
『おお、そうじゃ。あきあ殿。このことを東北のかの地にいる峰厳に伝えてはくれないじゃろうか』
「峰厳和尚様に?」
『そうじゃ。あの男、いまでこそ山寺で自堕落な生活をしているそうじゃが、
比叡山で一緒に修行をしていたころあの男は素晴らしい修行僧じゃった。
あの男がいればあきあ殿も安心して怨霊の調伏に専念できるはずじゃ』
「わかりました。では、式神のヤタガラスをこのまま東北の地に向かわせます。
ではお上人様、明日お待ちしております」
『カァー』とヤタさんが鳴いて画像が切れた。
「沙希ちゃん。明日警察が東京駅にお迎えにいきますよ」
「叔母様!よろしくお願いします」
と飛鳥日和子警視正に頭をさげる。
この様子を見ている観客となっている者達、なんだか身体があわだってくる。
スタッフ達はカメラマンの調整を手伝い、
早乙女薫事務所のマネージャー達は軽い食事や飲み物の準備と動き回っている。
女優の卵達も例外ではない。
ただ、静かに目を閉じて心を落ち着かせる様子のあきあを見守る。
警察関係者、中でも飛鳥警視正は飛んでいって抱きしめて思い留まらせたいのだが、
今の自分の立場では動きがとれない。松島奈緒もそうだ。
恋人でもあり早瀬の家長でもある沙希をやめさせたいが、
怨霊の調伏などやれるのは沙希しかいないのだ。
「飛鳥警視正!いえ、お母さん。私もあの『ステーション』に乗り込みます」
「私も」
「わたしだって」
「だったら私も」
と京、泉、ケイ、洋子、そして奈緒までが必死な目で飛鳥警視正を見つめる。
「どうして?あなた達が乗っても沙希ちゃんの役にはたたないわよ」
「わかってる。でも少しでも近くで沙希のこと見守りたいの」
これが必死に訴える女達の心のうちだ。
「わかりました。・・・小野監督!」
と後ろを振り返って呼ぶと
「なんでしょうか?」
とステーションのそばで1台1台チェックをしていた小野監督が答える。
「この子達がその『ステーション』に乗り込みたいそうですが、
よろしいでしょうか?」
と聞くと一瞬だが女達の顔を見ていたがにやりと笑って
「いいですよ。そのかわり1人づつ別れて乗り込んでください」
という。
「そうだ!各人があのモバイルを持って乗り込んでいただいたら助かるんですが」
「静香ちゃん、モバイルは?」
「手持ちは今はありません。会社に電話して持ってこさせます」
といって電話をかけ始めた。
「あっ、岡島さん。悪いけどあのモバイルを10台持ってVテレビのBスタジオに
持ってきてくれないかしら。ええ帰る準備をしてきてくれたらいいわ」
「静香ちゃん、3台でいいのに」
「だって、2台はあるからあと10台でしょ」
「しょうがないわね。静香ちゃんも乗り込む気?」
「だって、あと6人必要なはずよ。律子、順子、杏奈、吉の洋子に私・・・
あと一人だけど智子や京子にいえばふっとんでくるわ」
「あら、私は?」
という薫に
「女優陣は駄目よ。世間に知られた人達に何かあったら大事でしょ」
プっと膨れる薫とひづるだがこれは静香の言う通りである。
このざわめきの中、椅子の上で1人座禅を組む日野あきあ・・・
何と見事な姿であろう。
するといきなりドアから黒いヤタガラスを肩に乗せた僧侶が1人現われたのである。
ヤタガラス・・・ヤタさんはすぐにその肩から椅子に座り、
あきあを見つめる天城ひづるの肩に飛び移る。
あきあの背後に回った僧侶、
「ふ~む、見事な・・・」
と小声で言った。
その声が聞こえたのかどうか『パチ』っと目を開いたあきあ、背後の僧侶に
「どうしてですか?峰厳和尚様!」
「さすがじゃ、千賀子殿には一片の隙もないわ」
峰厳和尚はあきあをなじみであるドラマの役名で呼ぶ。
「どうしてここまで?」
と聞くあきあ。
峰厳和尚はスタッフに用意された椅子に座ってあきあと向き合う。
「先ほどのことじゃ、本堂で経をあげたあと境内に降りたときじゃ。
天空より真赤な龍が降りてきてのう」
「えっ?じゃあ、紅龍様が?」
「そうじゃ、紅龍殿が千賀と一緒にわしを迎えにきたのじゃ。
今、千賀子殿が怨霊の調伏という大変なことをしようとしている。
天界の方々は直接、力を貸すわけにはいかぬから、
わしに東京に行って千賀子殿に手を貸すようにということじゃった」
「それでは、紅龍様は?」
「母龍の緋龍殿も陰ながら見守っておると聞く。紅龍殿は母の元に行ったのじゃ」
「わかりました。峰厳和尚様、本当に来て頂いてありがとうございます」
「そのヤタガラスは途中で会ってのう、ちょうど良かった。でないと行き違いじゃった。わははは」
と笑う。
「和尚様、明日蓬栄上人様も来られます」
「おお、それも聞いておる。蓬栄と会うのもひさしぶりじゃ」
「沙希ちゃん、今京都府警から連絡がきたわ」
と携帯電話を切りながら沙希に言う。
「比叡山のお上人様達、総勢20名。今比叡山を出発されたそうよ。
お上人様のためにといっては失礼だけど、澪に一行についてくるよう電話をしておいたからね」
「うわあ、お婆ちゃまに知られてしまうわ」
「大丈夫よ、比叡山の僧侶一行に帯同するだけとしか伝えないように
言ってあるからお母様に心配かけることはないわ」
「よかった」
とあきあはため息をついた。
「どうやら、千賀子殿は明日の怨霊との戦い秘策が浮かんだようじゃな」
「はい、私決心しました。調伏するのに邪魔なあの結界を破ってから怨霊と戦います。
和尚様達には平将門について出てくる悪霊・雑鬼共を調伏してほしいんですけれど」
「よかろう、わし達の経は将門のような強大な怨霊に対抗できるとは思わぬ。
今の世、千賀子殿だけがたよりじゃ。したが雑鬼や悪霊などはわしらで調伏してやる。
だから安心して怨霊と戦うがよい」
「怨霊は亜空間に引きずり込みます。私1人なら亜空間に自由に出入りできますが
怨霊もろともとなると和尚様達の読経が必要なのです」
「千賀子殿、経は坊主の専売特許じゃ。心配せずとも良い」
「心配など・・・」
「ははは・・・やはり、千賀子殿は変わっておらぬ。優しくて強い。
不動明王様と菩薩様が宿っておられるからのう」
こうして、峰厳和尚にこわれるまま、横笛を取り出すあきあ、
その清廉な音色はテレビや映画で聞いたとはいえ、実際のその場で聞くのとは大違いである。
テレビスタジオには雑多な人の気を好む雑鬼達があつまる。
しかし、この退魔の笛で一蹴されてしまった。
スタジオ内、いやテレビ局の建物内に清涼な風が流れる。
気分が悪かったものも一度に治ってしまうのだ。
横笛の音色はまだ続く。
聞き入る人たちの心に明日への戦いを不安を消しながら・・・・