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第一部 第十八話          第一部 完

夢はなんだか凄く楽しかったのに目覚めは最悪だ。ひどい頭痛で吐きそうになる。

今は生理ではないし、その前兆でもない。だって1週間前に終わったところだから。

起きる気もないので横向きに体勢をかえようとしてギョッとした。

裸身の女性が背を向けて寝ていたからだ。腰から下はシーツに包まれていたが

真っ白な肌がまるでマシュマロのように思えて何故か触れてみたくなる。


女性の裸を見て、こんなことを思うのは生まれて初めてだ。

触れてみたい・・・・そういう欲求で手がゆっくりと肌に近付いていく。

いまにも触れん・・・としたときだ。

「う~ん」

といって寝返りをうちこちらを向いたその顔は・・・思わず

「あっ!」

と声を上げてしまった。


自分にとって今一番逢いたくない女性、『早瀬沙希』その人だったからだ。

総監に紹介されたとき、その体から発する不思議な魅力に引き付けられてしまった。

その上、逢ったばかりというのに何故か隠していた秘密を見抜かれたのだ。

「始めまして奈緒さん。あなたのお母様奈美叔母様にはお世話になっております」

そう言われたときは思わず叫びそうになった。

この人には何も隠せない・・・その恐ろしさでその場から逃げ出したのだ。


どうして並んで寝ているのか、訳がわからなくて混乱してしまう。

急に恐くなって後に下がろうとする。

「奈緒さん!恐がらないで!」

という声が聞こえたのはそんな時だ。


沙希の表情は動かない。眠ったままなのに・・・・この声は確かに沙希の声だ。

「奈緒さん!・・・私、あなたを助けたい!あなたの心の闇を閉ざしたいの」

突然!奈緒の身体がオコリにかかったようにブルブル震え出した。

「イヤ!・・・イヤ!!・・・・イヤ~~~~~」

よくぞこんな大声がというほど大きな声で叫びまくった。


混乱の中、声が枯れるまで叫けんでいたがついに

「は~・・・は~~」

と息がしにくくなって大きく深呼吸をつづけた。

そして体温が急激に下がり寒くてしかたがない。

下半身にあった毛布を引きづり上げて、首までかぶりブルブル震えている。

どうしても身体の震えはとまらない。温めて欲しい!痛烈にそう思った。


「奈緒さん、その寒さはあなたの心の闇なの・・・」

「聞いた風なこと言わないで!!」

心の中の自我がまだ奈緒に仮面をかぶせている。

このままこの少女に弱みは見せたくなかった。

今日まで自分ひとりで生きてきたのだ。これからだって・・・でもなぜだか心に風が吹き荒ぶ。


「寒い!・・・寒い!・・・どうして?・・・どうしてこうなるの?・・・」

エリートとして男共をあごで使ってきた自分だ。

憎い男への復讐が現実になっているのに寂しさだけで喜びなんて一つもない。


「私を抱きしめて!」

という沙希の言葉に

「何を言うの?」

「早く!私を抱きしめるのよ!」

そんな命令口調は自分の上司以外言われたことはない。

それを自分より年下のこんな少女にいわれるなんて・・・反発が湧き上がってくる。


「いやよ!」

そういって起き上がろうとした。

しかし、どうしたわけか身体がいうことを利かない。

かえって沙希に近づこうとする欲求で頭の中が一杯になっていく。

沙希の身体にすりよっていく自分自身に、

「駄目よ!」

そう身体に言い聞かせるが、どうにもならない。

沙希の少し小ぶりだが柔らかな乳房、ピンクの乳首・・・・が目に入って・・・

そして・・・ついに・・・・


素裸の女性を抱くなんて生まれて初めての経験だが・・・なんなの?これは・・・

(温かい・・・・そしてなんて柔らかい肌なの?・・・・

この気持ち良さって・・・ああ~~たまらない・・・)

いつのまにか震えが止まっていた。


「奈緒さん。キスしていいわよ」

「だ・・駄目よ!女同士でそんな~~」

「あら、女同士ではないわよ」

と自分の股間に固いものが当たっているのに気づいた。

「えっ!」

と飛び上がりそうになる。

突然襲うあの男との・・・がフラッシュバックのように蘇ってくる。

「いやあ~~~」

再び叫び声が。


「奈緒さん!落ち着いて!・・・自分の身体で感じるのよ・・・・」

そういう沙希の言葉にどうにか嫌悪感が薄らぐ。

「奈緒さん、感じて・・・そう、私の心をその肌で・・私の息遣いを・・・・

もっと感じるのよ・・・・・」

なにか遠い昔の記憶にあった心地良さが心に身体に湧きあがってくる。


「さあ~~」

と言われて誘い込まれるように奈緒が口付けする。

最初は軽く・・・しだいに激しく・・・・

そして、ハッと気づいた。今まであった頭痛が嘘のように消え

身体中に今まで感じた事がない元気が溢れているのだ。


奈緒は不思議そうに自分の唾液で濡れた沙希の唇をみる。

「頭痛がなくなり、元気が身体に溢れているでしょ」

「どうしてなの?」

奈緒の話し方もその心も少しづつ変わってきていた。無論、本人は気づいていない。


「原因は不明よ。でもうちの会社の人とも早瀬の女達とも毎日のようにキスをしてあげるの。

沙希から元気がもらえるからと言われると嬉しくなっちゃう。

勿論、女性だけよ。私は男は虫唾が走るくらい嫌いなの」

「だって・・・」

と奈緒が見つめるのは沙希の下半身。


「奈緒さん!あなたは以前の私、男だった頃の私とそっくりなの」

「男だった・・・ころ?」

「そうよ。私の首筋を見てちょうだい。薄っすらと傷跡が残っているでしょ」

沙希の首筋をみてみる。なるほど良く見なければわからない傷後が残っている。


「これは私が幼い時に死のうと自分で包丁を刺した傷なの」

「ええ~~・・・」

「優しさは女々しい・・つまり女だと言う風土で育ったの。

男尊女卑の強烈な九州の片田舎で育った私は気の優しい男の子だった」


「それがどうして?」

「その土地では優しさは弱さだ、女々しいといわれていたの。

でも私は男らしいといわれていた男達の暴力的な猛々しさというものには

吐き気がするほど嫌だったし、とことん反発したわ。

そして5歳のとき、疲れきっていた私は包丁で自殺をはかったのよ。

たった5歳よ。そして、そんな私を神様は罰を与えた・・・この声のことよ。

だから学生時代は地獄の日々だった。

その生活から救ってくれたのは『早瀬理沙』・・・理沙姉との出会いがすべてだったわ。

その時よ、この声が天からの授かりものだとわかったのは・・・。

だから、私は男が嫌い、触られても虫唾がはしるわ。

女性は大好き・・・だから、私も女性になりたい。

でも、私には使命があるの。早瀬の伝説の御子としてのね・・・・」


沙希の血を吐くような思いは、奈緒の頑なな心の闇を溶かしはじめた。

自分だけではなかったのだ。

「奈緒姉、あのね・・・」

「姉と呼んでくれるの?」

「だって年上でしょ。今の私からみれば」

「今の私?」

「ええ、本当は25歳なんだけど平安時代に安倍晴明様の元で修行をしたとき

あやまって術を自分にかけてしまって若返ってしまったの。だから今は16歳よ」


「ああ~、駄目!混乱する・・・・」

「すぐ慣れるわよ。私のそばにいれば・・・」

「私を沙希ちゃんのそばに置いてくれる?」

「律姉も順姉も男達からうけた心の傷は一生背負わなければならないけれど

私もそれを受け持って負担を軽くしてあげるの。だから一生ここにいるわ。

奈緒姉もよ」


沙希の一言でかたくなだった心がまるできれいさっぱりと洗われたように軽くなっていく。

そのはずむ心でギュッと沙希を抱きしめる。


「奈緒姉・・・いいわよ・・・」

「私に光をちょうだい」

睦みあう二人に愛の嵐が・・・・・


なお、後日談として

休暇明けの朝、警視庁に出勤する松島奈緒の姿はいつもは黒が多いのに、

今日は鮮やかな薄いピンクのパンツスーツ。

鼻歌を歌いながら、その足どりは軽やかにステップを踏んでいいる。

警視庁の玄関、立ち番の警官二人に敬礼しながらにこやかに

「おはよう」

という姿は今までと余りにも違うので思わず警官同士顔を見合わせて

「今の誰?」

とその後ろ姿を目で追っていく。


受付の婦人警官達にも笑顔で挨拶してエレベーターの前に立った。

受付は大騒ぎだし、奈緒の回りに出勤してきた男女が皆、

首を捻りながら奈緒を見つめ『ヒソヒソ』と話をしているのだ。

エレベーターに乗り込むと、さっきから同僚達に肘で押し出されていた

女の子が決心したのか奈緒の前に立ち

「あのう・・・・松島奈緒警視殿・・・・ですよね」

「そうよ、どうかしたの?」

「いいえ、・・・こんなこと言って失礼でしょうが、凄く素敵です!」

面食らった奈緒だったが、その素直な言葉ににっこりと笑って

「ありがとう」

というと

「うわ~、警視殿が笑ってる!」

と女の子達の言葉にドキっとする。

こんな当たり前のことで騒がれるなんて、いかに自分が皆との間に壁をつくっていたのか良くわかる。


「あのう、警視殿」

「ちょっと待って!・・・出勤途中だけど、まだ制服をきていないの。

今は公私の私よ。だから名前を呼んでちょうだい」

その言葉に喜ぶ女性達、そして面食らっている男性達。


エレベーターを降りても更衣室は同じなので女性達とは話しながら歩く。

「きっと今日は奈緒さんのことで大騒ぎになるわ」

「どうしてよ?おおげさなんじゃない?・・・」

「いいえ、奈緒さんは女性達に人気があるんです」

「私が?」

「ええ。今までは近寄れない冷たさだったからクール・ビューティなんて呼ばれていたんですよ。

でもこれからはもっと人気がでます。だってこんなに親しみがもてるんですもの」

「あのう、どうして急にかわられたのですか?・・・少し失礼な言い方ですが」

女性達の視線が奈緒に集まる。


「そうねえ、どういったらいいかしら。日野あきあに術をかけられたからといったら信じる?」

「ええ~~~」

「嘘~~」

更衣室の中に女の子達の声が響く。


「だってあきあと私はいとこ同士だもの」

「ええ~~~」

「嘘~~」

今度は更に大きな声となった。


「本当なんですか!」

「そうよ」

「これって、凄いことですよ。あのスーパーヒロインといとこだなんて」

「どうして?・・・あの飛鳥京警部も飛鳥泉警部もいとこだし

そして飛鳥日和子警視正は私の叔母様よ」

みんな目を丸くして呆然としている。


「何?・・・知らなかったの?」

こっくりと頷く女性達。

「じゃあ、他の人には内緒よ」

といっても、すぐに広まってしまうだろう。


「日野あきあってどんな人ですか?」

「一言では言えないわ。可愛くって、頭が良くて、優しくて、天使みたいな人

でも本当はとても怖い人。だって、あきあの前にでたら何も隠せないもの」

「ほんとうなんですか?」

「でも、あの人本当は男性と聞きましたけど」

「ええ~~」

「でも、それは公然の秘密だけれど、あまり他の人には話さないでね。特に男性には・・・」

「はい、男ってやつは偏見の塊ですからね」

「さあ、今からは公私の公よ」

「はい、警視殿」

といって敬礼をする。


「でも、警視殿。今までと全然違う。かっこういい!」


女の子におでられて悪い気はしなかったが、さあこれからは仕事だと部屋に入る。


「本当に松島くんなのかね?」

と警視総監に驚きの声を上げさせてしまった奈緒、

顔を赤くしながらうつむいた。

「さすが、早瀬沙希だ。ここまで一人の人間を変えてしまうなんて」

「総監!聞きましたよ。私に一服盛るのを許可されたでしょ」

「いや!・・・なに・・・その・・・」

と言葉に詰まっているのを見て、クスっと笑う。

「総監!いいんです。おかげで私、生きるって素晴らしい事だと判りましたから。

ありがとうございました」

「いや・・なに・・・」

と奈緒に礼をいわれてとまどう総監。

その後言った奈緒の言葉にびっくりしたのだ。

「総監!子供が出来ても私は絶対に警察は辞めませんわ。

私は日本初の女性警視総監を目指してますから」


                      ★


里の朝は心地よい。人間国宝の井上貞子も京都とは違う朝を迎えたが

なぜかいつもより寝起きはスッキリとしていた。

「おはようございます」

と障子の向こうから真理の声がする。

「ああ、真理はん、おはようさんどす」

「お母様、寝覚めのお茶です」

といって床の横に置き、まずは身体を起こした貞子に羽織を着せてから障子を開け放つ。

「おお~、見事な桜どすなあ。こんな季節に満開の桜をみれるとは

寿命が5年も10年も延びる思いどすえ」

「そうですわ、お母様にはもっともっと長生きをしてもらわなければ」

といって湯呑みを貞子の手に持たす。


「真理はん、弟子達は?」

「はい、みなさん朝早う起きられまして、里の中を散歩中です。

若い人をひきつれて、それはもう子供みたいに

・・・でも、もうすぐ戻られると思いますわ・・・あら」


真理の位置から廊下を歩いてくる沙希の姿を見て声をあげた。

後から奈緒がついてくる。

沙希は廊下に座って

「お婆ちゃま、おはようございます。良く寝られました?」

「ああ、小沙希ちゃん。おはようさんどす。

ここは年を取ったうちにとって天国みたいなとこどすなあ。

すっかりくつろがせてもらって夢もみんで、すっかりおねぼうさんどす」

と笑う。

「さあさ、そんなとこに座らんでこっちに入ってきよし」

沙希は奈緒に合図して一緒に立ち上がって貞子の横に座りなおす。


「お婆ちゃま、紹介します。うちのいとこで松島奈美叔母様の娘さんで奈緒はんいいます。

警視庁で一番偉い警視総監の秘書官をやられているんどす。位も警視さんでえらいんどすえ」

「松島奈緒ともうします。これからよろしくお願いします」

簡単な挨拶だったが、貞子は

「おお~おお~奈緒はんいいはるんか、お母はんにそっくりどすなあ。

お母はんにはえろう世話になっておるんどすえ」

「いえ、そんな・・・」

「あんたはん、何かすっきりされてますなあ。なんの屈託もないまるで赤ちゃんみたいなお顔どす」

と貞子に言われて顔を赤くする。


「あのう・・・私も『お婆様』とよんでよろしいのでしょうか?」

「いいどすえ、先生とかいいはったら、うち怒りますェ」

といってからからから笑う。すっかりご機嫌だ。


「あらあら、今日はお顔の色がいいですねえ」

と澪がはいってきた。後ろから看護師が続く。

朝の診察の時間なのだ。

出て行こうとする沙希を呼び止め、何やら耳打ちする澪。

わかったと頷いた沙希は貞子に

「ほんならお婆ちゃま、またあとで」

といって奈緒を連れて出ていく。


沙希が次に向かったのは地下にある診療の入院スペースだった。

ドアをノックしてから少しドアを開けると

「おはよう、少しいい?」

と声をかける。

出てきたケイが沙希の後ろに奈緒の姿をみて

「あっ!」

と声をあげる。

でも奈緒は何も言わなくてニッコリと笑うだけだ。

きっとケイの母の病状を思ってのことだろう。


「どうお?お母様」

「ええ、今ぐっすりと寝ています。先ほど澪先生が診察されて痛み止めの量を控えます。

といわれたのですがどうしてでしょう」

「お母様のことは心配しないで!

今日の午後にはケイさんを喜ばせてあげるわ」

「午後に・・・ですか?」

「そう、もう少しの我慢よ。さあ、あなたも一緒に朝食にいきましょ」

と1階のレストランにつれだす。


レストランの入り口で操が立っていた。

「おはよう沙希ちゃん。奈緒ちゃんにケイさんでしたわね」

と笑顔で挨拶をされ、挨拶を返すと

「沙希ちゃんとケイさんにお話があるの。奈緒ちゃんは先に座っていてくださいな。

一番奥に席をとってあるから」

と言って操は二人を連れて行った。


奈緒はしかたがないから、一人レストランに入って行く。

一番奥の席はパーティションで区切られていたので奈緒から何も見えない・・が、

1歩足を踏み入れて

「あっ!」

と声をあげた。

母の奈美が座ってコーヒーを飲んでいたからである。

一瞬足が止まったが、引き返さなかったのは

やはり沙希との心と身体の交わりが奈緒を変えたのだろう。

今なら素直に母のことを受け入れられる。だから・・・奈緒は母の向かいに座った。


操が沙希とケイをレストランに入れずに表に連れ出したのは

奈美と奈緒を二人っきりにしてやる為だった。

沙希もそれと察していたので満開の桜の下で時間をつぶすことにした。

「綺麗だわ」

とケイがゆっくりと舞い落ちる桜の花びらを見て言った。

ケイにとって昨日の出来事は激動の1日だった。

そして・・・今日もそんな予感が・・・というより沙希が確信させてくれたのだ。


「おはよう」

「おはよう、沙希!」

と瑞穂とひづると律子と杏奈・・・そして夕べ遅くに里に帰ってきた理沙が横にいる。

帰ってきたとたんに

「とうとう日野あきあが私の妹だとばれてしまったわ」

とレストランで休息を取っていた沙希やママ達に報告した理沙。

「それでどうしたの?」

「編集長に呼ばれて、愚痴られる愚痴られる・・・まだ頭がガンガンするわ」

「理沙姉、首になっちゃうの?」

と心配する沙希に

「何を言っているのよ。あなたの姉である私を絶対に首になんかできないわよ。

雑誌社としては飼い殺しにしてでも私を手放しはしない。

だって現代のスーパーヒロイン、天才女優の日野あきあの姉でもあるものね」

と笑う。

「よかった」


「沙希姉さん!ここってとっても素敵ね」

ひづるが沙希の身体に飛びついていう。

「ふふふ・・・もっといいところがあるのよ」

「えっ?どこ?連れてって!」

「いいわよ・・・でもお昼からね。里の人全員といかなくてはならないから」

「お昼からね、わかった」

とうれしそうに今度は桜の周りを飛び回る。


「沙希姫~さ~ま~~・・・」

その声の方向を見ると

山の中腹にある高校への坂道を降りてくる一団が目に入った。

よく見ると高校生達と着物姿の高弟達の集団だった。

高校生の何人かは坂道を走って降りてくる。元気な少女達だ。

高弟達は少女達に手をひかれながらゆっくりと歩いてくる。


孫に手をひかれたお婆さんや、娘と手をつないだお母さん

そんな集団に見える高弟といっても年齢層の幅は広い。

いつも舞妓たちには厳しい高弟たちも今日は笑顔で一杯だった。


「沙希姫様!」

と高弟達が呼ぶのを聞いていた高校生達も沙希のことを

「沙希姫様」

と呼ぶようになっていた。

「やだなあ」

というと

「あなた様は沙希姫さまのお生まれ代わりですので沙希姫様とよばれて何の支障がございましょう」

と高弟達にきつく言われて、前世で沙希の姉であった静香や律子も

『静香姫』『小律姫』と呼ばれて、

すでに本人達も受け入れてしまっているので沙希も従わざるをえない。

ただし、他の関係のない人の入る前では

決してその名で呼ばぬように言ってはいるが・・・。


                      ★★


午後になり、里の人に導かれ頭から被せる白い浴衣に着替えさせられた

今日この黄金の湯に初めて足を踏み入れた井上貞子と高弟達、

早瀬の血を引く有佐ケイの母ひとえは沙希の術によって宙に浮かされ

里の少女達によって黄金の湯に導かれてきた。ケイはあとに続いている。

又、客として里に招待された菊野屋の女将や舞妓達と芸妓達も続き

犬飼洋子は飛鳥京と、天城ひづるは早乙女薫と大空圧絵の間にはさまれている。

鳴海京子と大原智子、吉備洋子と土御門瑞穂も理沙に連れられて続いている。

こうして里のものも含め全ての人たちが黄金の湯を前に砂金の上にたっていた。


「凄い!」

誰ともなく声があがる。

足元の砂金といい、岩壁にキラキラ光る宝石の数々・・・声もでない始めて訪れた人達。

そこに、黄金色のシースルーの浴衣の沙希。

律子はピンク、静香はブルーと浴衣を着て一番後から現われたのだ。

そして、そのまま湯の中に入り、この間隆起した岩の横にたつ。

そこから里の住人を見渡す。沙希のよく知る人々、顔を始めて見る人々

半々という多数の女性達、沙希を始めてみる早瀬の女達は興味深げだ。


「ようこそ、皆様。よく里にいらっしゃいました。

そして、久しぶりに里へ来られた方、お帰りなさい」

と本家の真理が挨拶をする。


「じゃあ、みなさん。お湯の中で禊をしてください。

そして、沙希ちゃんと静香ちゃんと律子ちゃんにお水をもらって呑んでください」

といって自ら湯の中に入っていく。

みんなもその後に続く。湯にゆっくり浸ってから水をもらって呑むがなんだか凄く美味しい。


有佐ひとえは少女達に助けられ、久しぶりに湯につかりとても気持ちが良さそうで

ケイは母の笑顔をみて、もう胸がこみあげてきて我慢するのに大変だった。

いつも水は唇を濡らすだけなのに、今日は一口飲んで

「おいしい」

と声をあげたのだ。

もう我慢の限界だった。

「う・・うう・・・」

と嗚咽を洩らす。

それをみて、泉が飛んできて優しくケイを抱く光景は何ともいえない気持ちになっってしまう。


「では、沙希ちゃん。あとはお願いね」

と真理に言われ、岩の上にたった沙希はみんなに

「今、皆さんに呑んでもらったお水はついこの間見つかった聖水です。

悪心を無くすという聖水、別に皆さんを疑って呑んでいただいた訳ではありません。

今からこの里の秘密の一つを解明する訳ですが

今の聖水を飲んでいなければそこにはたどり着けないのです。まだこの里には秘密があります。

でもそれは年をかけてゆっくりとあきらかにしなければならないのです。

これは我師安倍晴明様の言葉であると共に、天におわすある方のお言葉でもあるのです」

と言葉をむすんだ。


「すいません。天におられるある方とはどなたでしょうか?」

と質問するのは沙希が顔もみたこともない女性だった。

「それは・・・」

という沙希のことばを

「それはきっと菩薩様です」

と答えたのはひづるだった。


「菩薩様?」

という声でざわめいたとき

「ひづるはよく存じてますね」

という声をかけたのはもう沙希であって沙希ではなかった。

目を閉じた沙希が神々しいまでの顔で皆を見下ろしていた。

これは沙希の術ではない。そう沙希を知っているものは思った。


それほど人間離れした笑顔だった。

「あっ」

といって沙希に向かって手を合わせて拝むのは年をとった女達だ。

若い女たちは呆然としていたがやがて年をとった女達に見習ったのか

自然とそうなったのかいつのまにか手をあわせている。


「お母ちゃん、あの時とおんなじどす」

と花世がいえば

「へえ、そうどすなあ。あの時、阿修羅様になったあと菩薩様が小沙希ちゃんに乗り移らはった。

あれって本当やったんやわあ」

という女将の声。


「早瀬の女達、争いを無くす様安倍晴明に呪術をかけられ幾世代、

苦しみこそあれ、女としての幸が薄かった女達。

争いごとが無くなるのはまだまだではあるが、

一つの芽がでたことは皆も感じているとうりじゃ。だが決して無理をしてはならない。

時にまかせてゆるりとこの里を守っていくのじゃ。

そしてこの里の秘密はこの沙希のいうとおりに時をかけて解明すればよい」


沙希の身体に乗り移った菩薩様が続ける。

「有佐ひとえよ、そなたの苦しみいかばかりか察するにあまりある。

だが、その苦しみはもうすぐ癒える。そなたが天に召されるのはまだまだ先じゃ。

これからはこの里にて身体を休めながら心静かに暮らすと良い」


と言ってから沙希の身体が上昇する。如々に広げた両手が水平に伸びたとき、

沙希の身体がそのまま水平方向に移動して湯と反対側の壁に張り付きそのまま姿が

壁を通り抜けるように消えた。


「あっ!」

と叫ぶ女性達、しかし瞬時をおかず『ゴー』という轟音がして沙希が消えた壁の下部が両方に開く。

音が消えると空いた暗い洞窟が照明がついたかのように明るくなる。

そしてその中から沙希が出てきたのである。


そして、有佐ひとえが寝かされている砂金の砂地にくると

「ケイさん、私の術でお母様を連れて行ってもいいんだけど、どうする?ケイさんがおぶっていく?」

というとすぐに

「私がおぶっていきます」

有佐ひとえはさっきから両手を合わせて涙を流すばっかりだったが

「お母様、少し痛いと思うけれど我慢できる?

娘のケイさんがおぶっていくから」


「とんでもございません、沙希姫様のお手をわずらわすことなどできません。

娘におぶってもらいすから。・・・でも、さきほどの菩薩様のいわれたこと

信じてもよろしいんでしょうか?」

「お母様!菩薩様のおっしゃること疑ったら罰があたるわよ。

それにお母様の身体を治す事ができないと

わざわざここまで連れて来た意味がありません」

といって笑う。


「ああ~、ありがたいことです」

といって沙希までも拝むのだ。

「いやだ・・お母様、私は神様ではありませんわ」

「いえ、私にとって沙希姫様は神様なのです」

という。仕方がないからそのまま立ち上がる。


「沙希ちゃん、後はまかせて」

と澪が近付いて言った。

「じゃあ、わたしお婆ちゃまと行くから澪姉さん、頼みます」

といってこの場を離れて井上貞子に近寄っていく。


「さあ、お婆ちゃま」

といって貞子に向かって背を向けしゃがみこんだ。

「小沙希ちゃん、それは何のまねどすか?」

「うち、いつもお婆ちゃまに心配ばかりかけとるさかい、罪滅ぼしどす」

という

「そうかて小沙希ちゃん・・・あんた」

といって何か沙希の優しさにジーンとする貞子。

「いいから、いいから・・・私にお婆ちゃま孝行させてよ」

そう言われて『はっ』と気づくのは沙希の肉親の情の薄かったことだ。


実の母にも捨てられた沙希の前身・・・

「お師匠様、沙希姫さまの言われる通りに」

とそばから口を添える志保達高弟にも後を押され、ようやく沙希の背中に乗るのだ。


「小沙希ちゃん、重おすか?」

「いいえ、うちこうしてお婆ちゃまをおぶるのって夢どしたんどすえ」

という。

そして後ろを振向き、

「ケイさん!後ろについてきて」

といってから階段を下りていく。


照明もないのに壁が光る。この不思議には誰も声がでない。

両側に手摺があり、ステップも広く階段の段差も低いので足腰の悪い人でも

楽に降りられるようになっている。


少し時間がかかったが階段は終わり、

少し下へ向かうスロープが左に緩やかにカーブしている。

そしてその先には上の黄金の湯よりも広く、砂地も同じ砂金で出来ていた。

湯の色は黄金色で湯のそばのところどころに黄色い美しい花が咲いている。


「お婆ちゃま、このままゆっくりと湯の中にはいるんどすえ」

といって湯の中に足をつけていく。少しぬるめで入りやすい。

「お婆ちゃま、どうどす?」

と少し浸かってから沙希が貞子に聞いてみる。

「小沙希ちゃん、これは驚きどす。

うちの足、シクシク痛んでいた神経痛の痛みが取れたんどす。長年あったんどすえ」

と叫ぶようにいう。


そばでは有佐ひとえがケイにむかって

「ケイ!私の身体の痛みがすっかり取れているの!」

と驚いたようにいう。

「母さん!」

とびっくりした目で母の様子を見つめる娘。

「私、この里に戻ってきてからどことなく身体の調子がいいなあって感じていたの。

今はもう病気になる前の母さんの元気が戻ってきていると思うほどよ」

「お母さん、戻ったらきちっと診察しましょうね」

と付き添っていた澪が、そういってから驚きの目で沙希をみつめる。


こんな様子はあちこちでみられる。

特に高弟達は年齢のせいで身体のどこかが悪く、

医者に掛かっていた人がほとんどだったから・・・。

若い人でも病気ばかりでなくレストランの厨房で手を切って傷を造った人、

女子高生は元気が良すぎて生傷が絶えてはいない。

でもこの湯につかることでそんな傷が消えてしまっている。


沙希は湯からあがって

「皆さんにいっておきます。この湯は不老不死の湯ではありません。

現在からだに持っている病気や怪我を治すだけです。

でも軽い怪我や病気はいやしらず重い病気、長年かかっていた病気は

一日では完全には回復できません。

最低でも3日はこの湯にゆっくりつかってください。

でもこの湯に浸かったからって病気にかからないと思っては駄目ですよ。

この湯はいわば癒しの湯です。

特に有佐ひとえさんのように重い病気に掛かっていた人は

残りの人生をこの里で暮らし毎日この湯に入っていてくださいね」


「沙希さん!ありがとう」

というケイに

「何を言っているの。私のお姉さんのお母さんでしょ。だったら私のお母さんだもの」

「えっ、そう呼んでくれるの?」

「あたりまえよ、ケイ姉!」

「良かったじゃない。ケイ!いい妹が出来て」

と泉。

「ええ、私一人っ子だったでしょ。妹が欲しかったの」

「まあ、とんでもない妹だけどね」

「泉姉!」

と膨れる沙希にみんなの笑い声が・・・。


「沙希!洋子が話があるんだって」

と京が犬飼洋子を連れてくる。

「沙希さん、ここに連れてきてもらって凄くうれしいんですが

どうして連れてきていただけたのですか?」

「なんだ、そんなことで悩んでいたの?沙希にきいたけど

洋子の身体にも早瀬の血がながれているんだって」

と京がいうと

「でもだいぶ薄くなってたけれどね」

と沙希が後をうける。


「わたしも早瀬の血が?」

「そうよ。洋子姉にも早瀬の血が確実に流れているのよ」

「洋子姉・・・あっともう一人洋子姉がいるんだったわ」

とそばにいた大空圧絵が声をかける。

「沙希ちゃん、そんな心配いらないわよ。この洋子は普段吉って呼ばれているの。

だから吉と呼んだらいいわ」

と横にいる吉備洋子に言うが、その顔は驚きで少女のように口に両手を当てている。


「ほんとに?ほんとうに?姉と呼んでくれるのですか?

別にわたしは早瀬の一族でもないのに」

と嬉しそうに・・そして心配そうにいう。

「そんな心配しなくてもいいわよ、吉姉。

ここにいる女性全て早瀬の血を引いているわけじゃないのよ」

「よかった。私本当にここに来て良かったと思っているの。

私も一人ぼっちでしょ。なんかみんなが姉妹のようで」

「よかったじゃない、吉!・・・一度にたくさんの姉妹が出来て」

という圧絵に喜ぶ吉備洋子。


「ところで、沙希ちゃん。私、仕事がないときはここに帰って来るわ。

腰の痛みがすっかり消えちゃった。後で澪先生に診てもらうけど」

「賛成ですわ、圧絵さん」

「ちょっと、沙希ちゃん。私もそんな呼び方で呼んでほしくないわ。

もうこんな年だから叔母さんでもいいけど・・・」

「じゃあ、圧絵叔母様!」

「う~ん、嬉しい」

と沙希に抱きつく圧絵。


「ところでさあ、沙希。私も京だし、有佐もケイでしょ」

「そうかあ・・・」

「あ・・あのう私、学生時代は有佐ケイを縮めて『アケ』って呼ばれていました」

とケイが京に遠慮深げにいう。

「それで決まりね。アケちゃん」

という泉。


そこで、いきなり後ろからだれかに抱きつかれた沙希。

「ちょっと・・・瑞姉、くるしいわ」

「あっ、やっぱり判っちゃったんだ。・・沙希、私猛烈に嬉しいの」

「どうしたのよ」

と沙希。

「私、ずっと車椅子生活だったでしょ。それを沙希が助けてくれた。

目も見えるようになったし、身体も動けるようになったわ。

でもどこか違和感があったの。何か自分の身体ではないって・・・・。

でも、お湯につかってそんな違和感が消えちゃったわ。

自分の思い通り身体が動くってもう最高よ」


みんなに聞くと女性の身体は神秘に満ちている。

だからいろんな病気があるのだ。

そんな病気がすべてなくなったと喜びの声が・・・・。


                      ★★★


みんな湯につかってゆっくりしている。

この湯は温度のせいで湯あたりすることも少ない。

しかし、若い人はそんな時間が我慢できないらしい。

一人去り二人去り・・・レストランの厨房の人も夕食の準備があるので全員引き上げた。


「小沙希ちゃん。うち、ここでもう少しのんびりしているから・・」

という貞子に心配する沙希だが

「大丈夫どす、弟子達もいるから」

若い人は若い人で過ごす時間があるからと沙希をお湯から上げる。


「じゃあ、上がる時は呼んでくださいね」

といってから 姉達と戻っていく。


こうして沙希は里の秘密を又一つ解明して里の女性達に福音をもたらした。

あの湯はこの里から出して効果が続くのかわからないが

京都のお婆ちゃまの隣りの地下につくる温泉の湯としようと考えている。

これは医者である澪と相談する必要がある。


沙希に関してはもう直ぐ『妖・平安京 雪の章』のゲーム発売と同時に映画が上映されるのだ。

今でも騒がれているのにこれ以上騒がれるのは勘弁してほしいがどうしようもない。

ソフトを作ったりと何かを作るのは大好きだ・・・でも女優ももう辞められない。

あのカチンコが鳴る中の演技、身体が熱くなってもうどうしようもないのだ。

あの感覚を知るともう止められない。

これから先、どんな映画やテレビに出るのかはわからないが、凄い楽しみだ。


沙希は外に出て飛び上がった。飛行術で結界内の様子を見るために

まずは結界の周囲を見て回る。沙希の身体から光る珠が3つ出てきて

沙希の身体をぐるぐる回りながら飛び回っている。

結界内は凄く広い、そして沙希の目からみて、この隠れ里にはまだまだ秘密が眠っている。

金や宝石だけではない。もっと別の宝や資源が眠っているのだ。

それほどこの地は恵まれている。よくぞ沙希が結界を張るまで無事だったものだ。


沙希は結界内の中心とされるところに浮かんでいた。

見下ろす真下には女子高がある。

思い思いに歩く里の女性達、アリのように小さなその姿・・・


沙希には彼女達を守り、そして次代の早瀬の子供達をつくる使命がある。

その兆候は本人はまだ気づいていないが、真理、操、薫、理沙、律子にあらわれているのだ。


こうして沙希は広大な隠れ里を見守る。そして早瀬の女達の幸せも。

「沙希~~」

「沙希~~」

「沙希姉さん~~」

松島奈緒と有佐ケイ、犬飼洋子と吉備洋子、鳴海京子と大原智子。

そして土御門瑞穂と天城ひづるの声が聞こえる。


新しく早瀬の女となった彼女達、そろそろその元に行かねばなるまい。

沙希は本家の屋敷のあの桜の樹に向かって降りていく。




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