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第一部 第十七話


「えっ?・・・1ロット1000台で3ロットですか?」

と城田部長が驚きの声を出す。

モバイルといっても本体だけでも20万円近くするし、しかも受信機兼用となる

スキャナ搭載され特殊なソフトがインストールされているのだ。

定価が25万円では安いくらいだ。


「NASAでの総売上が7億5千万、しかも本体がバージョンアップするごとに

古くなった本体は破棄されるのですか・・・・やはりアメリカは凄い!」

「でも、城田さん。アメリカはあくまでも余禄よ。問題は日本国内なのよ。

これから打ち合わせにいく警察がどれくらいの数字をいってくるか・・・だわ」


「いえ、佐野専務。それ以外にもこれは非公式ですが日本の航空会社から

引き合いがきているんです。どこから情報を得たのか不明ですけれど」


「ふ~、まゆみ社長、城田部長。とにかくえらいことになったわね」

と静香専務が言ってから、先ほどから窓際の自分の机で『カチャカチャ』と

ノートパソコンのキーボードを無心に打ちつづける沙希を眺める。

まゆみも城田も同じ気持ちだったのか沙希に視線を送っている。

なんという少女なのであろうか。言葉も出ないとはこのことだ。


瑞穂は自分の机で生まれて初めて触る真新しいノートパソコンを

隣りの席の律子に教えてもらっている。

杏奈にしてもついこのあいだ静香にノートパソコンを渡されたばかりだし

興味はあったといっても初心者と同じだからこうしてパイプ椅子を持ってきて

これまた律子に教えてもらっっていた。


沙希がキーを叩くのを止め

「さあ、できたわ」

と言ってCD-ROMをパソコン本体から出し、ケースに収めた。

立ち上がって3人のいるソファに近づいて

「専務!はいこれ!」

「えっ?もう出来たの?」

「出来たって?」

とまゆみと城田が同時に聞く。


「NASAの人が来て電話で呼ばれるまでの15分間、

早瀬部長がパソコンでお仕事をされていたでしょう。あれゲームを作っていたんです。

それが今の打ち合わせの席上社長の眼に止まってしまい、

面白いから完成させるように言われたのです。

・・・・それがもう完成なのですか?早瀬部長。

律子さん。ゲームの製作ってこんなに短時間で出来るものなのですか?」

と瑞穂がいう。


「とんでもないわ。だってさっきの時間と今の時間を合わせても

1時間も経っていないでしょ。そんな時間でゲームをつくるって不可能よ。

半年以上、1年以上かけることはざらよ」

とお化けをみるように沙希を見る。


「やだわ、そんな顔で見ないで!・・・だって暇だったから思いつくままよ」

と言ってから

「専務、ゲーム名を『ミラクル・チェーン』に変えました。

私はこの回限りです。あとはよろしくお願いします」

と言って専務にCD-ROMを渡したとき、瑞穂の机の上の電話が鳴った。


「はい、早瀬部長室です。はい・・・えっ?警視庁から?・・・

はい、つないでください。・・・はいこちら株式会社オクトの早瀬沙希です。

・・・えっ、はい・・・もう少し、ゆっくりと・・・

えっなんだ、泉姉!なにを慌てているの?・・・・えっ、テレビをつけろって?」

と聞くと律子が素早く行動してテレビをつける。


テレビでは報道特集を組んで銀行強盗が人質をとって銀行にたてこもっている事件を放送していた。

偶然来合わせた警察関係者が犯人と格闘したがもう一人の犯人に

後から銃撃され今フロアで倒れたままだと、

そしてそこは地の海だということを開放された一人の女子行員が報道陣に囲まれて話している。


「えっ!なんですって!」

と瑞穂が立ち上がり顔色がスーと青くなった。

聞いていた全員が瑞穂に走り寄る。


「貸して!」

と沙希が瑞穂から受話器をひったくるように取る上げる。

「泉姉!私・・・沙希!・・・ええ・・・どうして?・・・それじゃあ、私のためじゃない・・・」

と泉と話している。


「どうしたの?・・・瑞穂!しっかりしなさい!・・・」

とまゆみ社長が瑞穂を叱る!

「その警察関係者って・・・・京姉なんだって・・・・・」

と魂が抜けたようにつぶやく。


沙希の電話が続いている。

「私、行くから・・・えっ、有佐ケイって婦人警官が?・・・わかったわ」

といって受話器を置く。

その後姿からメラメラと怒りの炎が上がっているのを誰の眼にも見える。

しかし、こちらを向いた表情は笑顔だったが、かえって怒りが凄まじいことを意味していた。

そして

「私、行くわ。もうすぐ婦人警官が迎えにくるの」

「私も行くわよ」

と怒りで顔を真赤にした瑞穂と杏奈がいう。

「私もよ」

と律子。


「ちょっと待って!・・沙希ちゃんはもう止められないわね。・・まゆみ姉さん!」

と静香が3人に言ってからまゆみを振り返る。

「沙希ちゃんが被って顔を隠せるものをあのテレビ局から借りられない?」

「わかった、電話する」

と言っただけで受話器を取り上げる。城田部長は前職を生かして

携帯電話で事件の顛末を昔の記者仲間から聞きだしている。


「玉藻、葛葉、紅葉!・・・出てきなさい」

沙希の目の前に着物姿の3人が現われた。

「聞いていたと思う。すぐに行って京姉さんの様子を見守っていてほしい。

もし、その命消えかかったら何としてもこの世に踏みとどませるのじゃ」

「はっ」

「犯人にはその姿見せてはならぬ。判ったな!」

と怒りで平安時代に話していた言葉使いに戻っていた。 3人の式神は姿を消した。


「駄目だ!開放されたのは病弱の女子行員一人だから、あの後の銀行内の様子がわからない」

と城田が携帯を切る。


その時、ドアが開き専務秘書の岡島直子が顔を見せる。

「早瀬部長!下に有佐ケイという婦人警官の方が」

「すぐ行くわ」

沙希が返事する。そして皆を見回して頷いた。

「沙希ちゃん!がんばって・・・京ちゃんを助けて!」


「沙希!今テレビ局の大下社長と連絡がとれたわ。

現場がテレビ局の近くだからあのロケに参加させていた

若いスタッフに面を持たせるって・・・だから、がんばってって!」

まゆみの励ましに頷く。


会社の玄関を出ると赤いポルシェが停まっていた。

そして運転席から婦人警察官の制服を来た若い女性が出てくる。

赤いポルシェと婦人警官なにか違和感があるが、今はそんなことを言っている場合ではない。


バラバラとあきあ番の記者達があつまってくる。

「あきあさん、どこへ行かれるんですか?」

と言ってくる記者達。

「ごめんなさい。今日は女優の日野あきあではなく早瀬沙希として警視庁で仕事の打合せなの」

と言って車に乗り込んだ。


この車を追いかけようと記者達が車に乗る間に

ポルシェはスピードを上げてマスコミ陣をまいてしまった。


「私、こんなことがなかったらあきあさん・・・

いえ沙希さんあなたに逢えたのはもっと嬉しかったのに・・・」

「大丈夫よ、私が京姉を絶対に救ってみせる!」

「えっ?あなたが?・・・」

「そう・・・だから、これからあなたが目にすることは誰にも内緒よ」

ケイはその言葉に驚いた目で助手席の沙希をみる。


沙希は九字を切った。

「『臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前』」

ボワっと沙希の差し出した両手の上で明るい光の玉が出現した。

「ハエ次郎!聞こえますか?」

「姉御!よく聞こえてますぜ。いえ、何もいわなくてもけっこうでやんす。

あっしの仕事は京という姉御の命を姉御の式神と共にこの世にとどめるお役目・・・

ということ・・・へえわかっておりやす。

じゃあ、その銀行とやらへひとっ走りでいってきやす。

おっと、姉御。姉御の大一番の芝居をこの目でしっかりとみておりやす。

では、ご免なすって!」

と言って消えた.


運転しながらも唖然とした表情で沙希をみる。

(ハエ次郎ってあのドラマに出ていたわ。・・・じゃあ、あれって本当の事?

この人って・・・この人って凄い!)


沙希は人差し指で空中に五芒星を描き呪文を唱えると沙希の衣装が変わった。

この衣装は以前蘆屋道満と対決した京に守護神般若童士と同じものだった。

またあの再現をするのか。


ポルシェは現場近くでロケ車から手をふる若いスタッフの横で停まった。

助手席の窓を開けると見覚えがあるスタッフから布で包んだものを渡された。


「あきあさん!またやるんですね。僕達あのドラマにかかわったスタッフ全員が来ています。

無事に事件を解決してください」

「ありがとう」

というとスタッフは急いでロケバスに戻った。


沙希がその布をあけるとあの時とは少し違うが同じく『般若の面』があった。

「あるじ殿!」

と車内に紅葉の声が響いたのはそんな時だった。

「京様の命の灯が消えかかっております。早くあるじ殿の癒しの術を!」

という言葉に

「わかった、すぐ行く」

といって面を被り車を出る。


ロケバスから沙希の姿を撮影するスタッフがいた。

女性アナウサーが何やら沙希を見ながら話している。


沙希は有佐ケイ巡査と瑞穂、律子、杏奈に

「心配しないで!京姉は無事に連れてかえるから」

といって飛び上がった。飛行術で銀行の屋上まで飛んでいく。

地上ではその姿に気がついたのか指を指しながら大騒ぎだ。

チラっとその様子を見てから沙希は呪文を唱えるとその姿は床を通り抜け、

五階下の銀行フロアに出た。


驚いたのは犯人と人質になっていた20数人の銀行員達だ。

両足が天井から現われ脚・・・腰とその姿があらわになっていく。

「あ・・・赤井の兄貴!・・・なんだあれ!」

とライフルを持った野球帽の男が指差して思わず兄貴分の名前を叫んでしまう。


全身を表したその姿、恐ろしい般若面の人物は空中で留まった。

銀行強盗に人質になっている今の状況は恐ろしいが、

宙に浮くその人物をみると唖然として固まってしまう。

「なんだ!・・・お前は!」

赤井と呼ばれたサングラスをかけた中年の男が言い放つ。


宙に浮いたその人物は答える前にフロアの床で地の海の中で虫の息の婦人警官に

右手をあげその手の平から光を発した。

すると青白いその顔にみるみると血の気がさしてきた。

流れだした血液は身体に戻しようがないが出血はとめられる癒しの術だ。

その証拠に

「姉御!これで大丈夫でがす」

といってハエ次郎が琥珀のブローチの中に戻ってくる。


「安!いいから撃て!」

と言う声で犯人達が発砲する。

その銃声は表の警官隊まで聞こえ、『スワ』っ何事かと銀行の包囲網を狭めた。

そして建物の隙間から中の様子を窺っていた警官から報告がはいる。


「なに!宙に浮いている般若面の人物?・・・・なにを馬鹿な!」

指揮官が吐き捨てた。

それを聞きとがめたのが自分の娘が人質になり、

なおかつ撃たれて瀕死の状態だということで現場に来ていた飛鳥日和子警視正だ。


「待って、それって本当のことかもしれない。

間警視、あなたは京都の土御門家の事件を覚えていない?」

「はっ、・・土御門家ってあの京の守護の般若童子って言う奴ですか?」

「私が見てきます」

といって銀行に近寄っていく。

「警視正、やめてください。危ないですから・・・」

といって止めたが止まるはずがない。

一番位の上の人が行くのだから自分も行かなければならないのだ。


結局隙間から二人して中の様子を見る事になった。

「何だ!あれは!」

指揮官、間警視の驚きの声。

だが、飛鳥警視正の口から

「沙希ちゃん・・・」

という言葉が洩れたのには気付いていない。


般若面の身体の回りにライフルの玉がとまっている状態は異常であった。

般若面が指を鳴らすと『パラパラ』と玉が床に落ちる。

「あははは・・・おほほほ・・・」

初めて般若面が声を・・・・笑い声を発した。


「誰だ!・・・お・・お前は・・・」

赤井の声が震えている。

「わたしか」

と女性の声、般若面は女性だった。しかもかなり若い。

「私は天に命じられ、この東の京の守護をまかされた『般若童子』とでも呼んでもらおう」

「えっ般若童子?」

「君!知っているのか」

身体をロープで縛られている行員達のささやきがはじまった。

「ほら、あの京都で有名になった『般若童子』だわ」

「ああ、今京都で有名になっている・・・」


「うるせえ!」

と言って安がそばにいた女性行員の腕をつかんで立たせて銃を女性行員の喉元に

あてる。

「へへへ・・・これでどうだ」

といやらしい笑いを浮かべる。

「助けて!・・・」

と震える声で叫ぶ女性行員。

でも般若童子は慌てない。


安に指先を向けるとその手が自由を失って銃が床に落ちた。

両手は身体の横に張り付き動かない。身体が棒のようになっている。

そして、ゆっくりと身体が宙に浮きだした。

そして、床上1mのところで身体が宙で横になったまま留まってしまった。


「兄貴~~~兄貴~~助けてくれ!」

声だけは自由になるのか安の情けない声がフロアに響く。


「くそ!・・これでどうだ」

銃撃では駄目だとわかったのか赤井はライフルを逆さに持って般若童子に打ちかかっていくが、

般若童子とでは腕の差が格段にあリ過ぎる。

手に持つ細いムチが生き物のように赤井を翻弄し続け、

ついには赤井の銃を持つ腕がしなるムチで打たれ、『ピシ』という音ととも、

「うっ」

と声を上げて銃は手から離れた。般若童子は銃をフロアの隅にむかって蹴る。


赤井は懐から短刀を抜くと振り回し始めたが、

般若童子のムチが的確に赤井の身体を打ち据えていき、

赤井の動きがやけにスローモーになっていった。

その結果、短刀も床上に落としてしまい、

赤井は膝から床に倒れこみついには身体を横にしたまま動けなくなってしまった。

般若童子が赤井の身体を打っていたのは人の身体にあるツボ、

そこを打つことによって運動神経を麻痺させたのだ。

筋肉を動かすだけでも酷い痛みが身体中に湧き上がるのは痛みの神経も過敏にさせたからだ。


沙希は酷く怒っていた。それでも命まで奪おうとは思っていない。

だけど悪い事をした報いをその身体に叩き込んでやったのだ。

これ以降、何か悪いことを考えるだけで身体中に痛みがぶりかえすことになる。

京姉にやった報いは警察病院でうんと痛い思いをしたあと治るが

刑務所でゆっくりとこれからの人生を考えればよいのだ。


沙希は赤井を安と同じように宙に浮かせた。

そして、真言を唱えると銀行員達を縛っていたロープが『ハラリ』と床に落ちた。

「さあ、行きなさい」

と人質の銀行員達を解放した。

「ありがとうございます。般若童子様」

そう声をかけ、礼をして人質達は飛び出していく。

沙希は血の海から京を浮かせてから

「玉藻、葛葉、紅葉」

と声をかけると

「はい、あるじ殿」

「ここは終わったわ。もう戻りなさい」

「はっ」

というと京の身体から3つの赤い玉が出てきて沙希の身体に戻っていく。


人質と入れ替わりに飛び込んできたのは飛鳥日和子警視正と間警視、

そして、泉と有佐ケイ巡査も続き警官達も飛び込んできた。

何も知らない警官達は中の様子をみて驚きで足を止めてしまう。

「沙希ちゃん」

と声をかける飛鳥警視正に『えっ』とびっくりした表情で二人を交互に見つめる間警視。


般若童子はその面に手をかけると素顔をあらわした。

ニッコリと笑うその顔は・・・・・えっ?・・・あの天才女優の日野あきあだ。

「おおう~~」

と声があげる警官達、飛鳥警視正はその集団に

「いいわね、この秘密をいったら誰でも日本中を追い掛け回して逮捕して

刑務所の独房で一生くらすことになるからね」

といってから

「紹介するわね。女優の日野あきあこと今度警視庁で採用になったあの機械の発明者早瀬沙希よ。

そしてわたしの姪ッ子なの」

「おおう~~」

と再び声があがる。何だか沙希の存在が身近になった気がする警官達の思いだ。


「日和子叔母様、京姉はもう大丈夫よ。

私の式神達が命の炎を再びつけてくれましたから」

「玉藻さんと葛葉さんと紅葉さんね」

「ええ・・・それとハエ次郎も・・・」

「ありがとうハエ次郎さん」

というと

「およしになってくだせえ。照れてしまうじゃござんせんか」

という声が響く。

みんな驚いて周囲を見渡すが誰もいない。


そういえば、あのドラマで『ハエ次郎』っていうのが出ていたなあと皆、沙希を見てしまう。

京を宙からゆっくりとタンカに乗せる沙希、救急隊員には

「だいぶ失血していますから、その点をお医者様に言ってくださいね」

という言葉も忘れない。隊員達と救急車へと急ぐ泉。どうやら付き添うようだ。


「沙希ちゃん、あなたのおかげで大事にならなくて済んだわ。ありがとう」

という日和子に

「そんなあ、でも京姉に何かあったらと思うと気が気ではなかったわ、日和子叔母様!」

と正直にいう。


そんな時

「あのう」

と私服の刑事が声をかけた。

「どうしたの?」

と飛鳥警視正が聞くと

「すいませんが、犯人達を宙から降ろしていただけませんか」

「あっ、ごめんなさい」

というと再び九字を切った。

「『臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前』」

すると犯人達の身体が1mの宙から床にドンと落ちた。


「ギャア~~~!痛~~い!!」

赤井が大きな悲鳴をあげる。その尋常でない痛がり方に不審げな刑事達。


「ごめんなさい。その男、身体の痛みを司る神経を鋭敏にしてやったの。

如々にはもとに戻ると思うけれど嘘をついたり悪い事を考えても

今の痛みがぶり返すようになっていますわ。

だから取調べも正直に言わなければ今の痛みが襲ってくるはずです。

この人、これから一生嘘をついたり悪い事はできません。考えるだけでも駄目です。

今も痛みはすぐ治せますが、京姉への仕打ちを考えると治す気はありません」

ときっぱりいう。


「いやあ、本当ですか・・・これは助かります。

この男達の背後関係も、銃の入手ルートを調べなければなりませんが、

痛がったり叫んだりすると嘘ってことになりますね。これは楽な取調べになりそうですなあ」

と笑う刑事達。


「叔母様、今日の打ち合わせは延期します?」

「いいえ、沙希ちゃんのおかげで事件も解決したし京も無事だし

少し時間が遅れるけれど警視庁の大会議室で警察庁との合同で打合せをやりましょう。

そうだわ、間警視あなたも機器導入の委員だったわね。

どうする?誰かに任せる?」

「いいえ、とんでもない。誰かに任せる事なんてそんなもったいないことできません。

絶対に私も出席します」

といって胸をはる。

そんな間警視の受け答えが面白いのか、誰からともなく笑い声が。


こんな大事件が最後に笑いあえるなんて・・・この少女のおかげだった。

今ここに立ち会えたことが自分の一生の思い出になる・・・・

警官になって初めてのことだった。凄く嬉しいことだった。


「大変!大変!・・・沙希さん。報道陣が記者会見を要求しています」

と救急車を見送りに行っていた有佐ケイ巡査が飛び込んできた。

「えっ?私に?」

「もちろん、沙希さんとはわかりませんが東の京の守護神『般若童子』さまに」

「あ~あ、これだからマスコミの人って嫌なのよね」

といいながらもにっこり笑って

「いいわよ、でも何も言わないでおこうっと」

といって般若面を被りなおす。

なにか警官達、刑事達・・・はたまた間警視までも何故だかがわくわくしてくる。

今からは天才女優日野あきあの登場なのだ。


「有佐さん!」

「いえ、ケイと呼んでください」

「じゃあ、ケイさん。先に車で待っていてください。

そして私が飛び上がったら車を発車させてください」

というと

「沙希さんはどうするんですか?」

「大丈夫よ、途中で乗り込むから」

その言葉で一瞬沙希の顔を見つめたが、慌てて出て行った。


「待ってください」

出ようとする沙希に声をかけた女性がいた。

さっきからいつ声をかけようかタイミングを見計らっていたのは気配で判っていた。

「わたし、飛鳥京警部の下で働いています。犬飼洋子といいます。

今回は本当にありがとうございました」

というお礼をいうのは警察庁広域捜査班の女刑事だった。


沙希は面をはずし洋子の手をとって握手をすると 笑顔を残しつつ再び面をつけ銀行から出ていく。

警官達は誰彼もブラインドの隙間から表の様子をみようとしていた。


外に出た沙希に一瞬驚いたように静まり返った報道陣、けれども我先に飛び出してくる。

しかし、沙希は地上2mの宙に浮き上がった。

あっけにとられる報道陣。

「我は東の京を守護するようにと天から命じられたもの」

という沙希に

「あなたのお名前は?」

「もうすでにご存知の事と思うが・・・」

「いえ、あなたの口からお聞きしたいのです」

「わが名は般若童子」

「では先の京都での土御門家の事件を解決したのはあなたでしたか」

「いや我ではない。あれは我の双子の妹じゃ」


「すいませ~ん。その面をはずして素顔をみせてください」

これはテレビのレポーターだ。

「何、我の素顔だと?・・・何を申す、これが我の素顔じゃ」

と面のおでこをポンポンとたたく。

「いやあ、その面の下を覗かしてほしいんですが」

「いやじゃ、もったいない・・・」

その言葉に報道陣も銀行内の警官達も『プッ』と噴出してゲラゲラ笑い出した。


レポーター泣かせの受け答えとはこのような会話なのだ。

はて、こんな会話どこかで聞いた様だが・・・と考える記者がいた。

実はこの手法は早乙女薫の専売特許であったのだ。


「般若童子!あなたはどこに住んでおられるのですか?」

すると指を上に向けて

「天じゃ」

「天?そんなところにあなたの住まいが?」

「そうじゃ、我の住まいは宇宙そのもの。・・・ひろいぞ~~」

なんだかこの般若童子、笑いの壷をこころえているようだ。

一言一言にどことなくユーモアがある。


「我はもう帰らねばならぬ」

「もう少し・・・もう少し・・・お願いします」

「駄目じゃ、妹がゆうげの仕度をしておるでのう。

はよう帰らねば妹の頭から・・・・角が出る・・・・」

おあとがよろしいようで・・・・・と続くような落ちで会見が終わった。


般若童子は突然天空に向かって飛んいき、ふっと消えてしまった。

あっけにとられた報道陣、沙希の会見の落ちに腹を抱えて笑う警官達。


走っていた赤いポルシェの天井からいきなり沙希が宙から現われたのには酷く驚いたケイ、

しかしなんだか嬉しくて仕方がない。

「やったね、沙希」

と律子と瑞穂と杏奈に後部座席から声をかけられた。

三人は持っていたパソコンで今の報道を見ていたのだ。


車は警視庁についた。

有佐ケイ巡査の案内で警視庁内の大会議室に通された。

ガランとした室内では笑顔で迎える静香専務とまゆみ社長そして城田部長がいた。

「あっ、静姉にまゆみ姉さん。それに城田さんも・・・」

「沙希ちゃんよくやったわね」

「京姉ったら、私においしいケーキを食べさせたいって自分で買いに行った途中で

寄った銀行で災難にあったの」

と沙希がいう。


「でも良かった。誰も死ななくて・・・

銀行の人達もみんな怪我はなかったんでしょ?」

「ええ、それは大丈夫」

「しかし、相変わらず見事に事件を解決しましたね。

それにあの記者会見、近頃にはない大ヒットですよ。でも明日から取材攻勢が大変だなあ」

「でも私って判らなかったでしょ」

「それはそうですが、日野あきあ・・・いえ早瀬沙希がいるところ『般若童子』が現われる。

さきほどそういうレポーターもいましたよ」

「いやだなあ、それ」

「沙希ちゃん、今日この打ち合わせが終われば1日早いけど里に帰っちゃいましょう」


「そうねえ、瑞姉、律姉、杏姉。そうする?」

「ええ、温泉に入ってゆっくりとしましょう」

と律子。

「いいですなあ」

と羨ましそうな城田、でも里は男性が立ちいれられないことを知っているのだ。

「城田さん、その間に事務所のこと頼みますね」

「はい、わかりました」


その時、ドアが開いて制服の男性・・・テレビで時々見る長谷部警視総監が

女性秘書官を連れて入ってきた。

「おおう、あなたが日野あきあさんこと早瀬沙希さんですね」

と手を出して握手をしてくる。

「わたしも叔父様のお顔は存じていますわ。長谷部警視総監」

「これ!沙希ちゃん。叔父様だなんて」

と静香が注意をするが

「ははは・・・いいですとも、あなたに叔父様なんて呼ばれるなんてとても光栄です。

そうそう、紹介しましょう。私の秘書官をしてもらっています、松島奈緒警視です」


紹介された松島警視・・・20代なのだろうかとても若いのに警視だなんて・・・

エリートなんだろうなあと瑞穂は少し気後れしてしまう。

でも眼鏡をかけたその表情冷たくてとっつきにくい。

それでも沙希は笑顔で奈緒警視の手を握って驚くべき言葉を言った。


「始めまして奈緒さん。あなたのお母様奈美叔母様にはお世話になっております」

奈緒警視は身体をビクっと震わし驚いた表情をしたが

それも一瞬だけで再び冷たい表情に戻ってしまった。

ゆっくりと沙希の手をはがし総監に目で挨拶をして歩き去った。

「なんなの!あれは」

律子はくやしげに瑞穂に言う。


「すまない、早瀬さん。彼女は仕事が出来るのだが表情が乏しくてねえ」

と総監が自分の秘書の行為を謝るのだ。

「いいえ、叔父様。・・・そうだ、この1週間ほど奈緒警視に休暇を与えていただけませんか」

「休暇を?・・・彼女は有休をほとんど取っていないので

1週間の休暇を与えるのはやぶさかではないが・・・・」

どうして?という表情がうかがえる総監だ。


「実をいいますとあの方と私はいとこ同士なのです。

・・・いえ、そんな間柄でも今日始めてお逢いしましたの。

でも私、奈緒警視の心の闇を今、この手でしっかりと掴みました。

1週間後には明るい松島奈緒警視を総監のもとにお届けすることを約束します」

というとしばらく沙希の顔を見つめていた総監が優しい声で

「いいでしょう。さっきの事件を見ているとあなたは常人ではない。

そのあなたが言い切ったのだ。おまかせして間違いはありますまい。

でも、どうします?彼女は休暇をとることは決して承知しないでしょう」


「非常手段に訴えます」

といて呪文を唱えると沙希の開いた両手の上に小さな白い錠剤が浮かんでいた」

「おお~」

と目の前で初めてみる沙希の術に驚く総監。

「これは市販の睡眠薬です。副作用はおきがけに少々頭痛がするだけです」

といってから

「ケイさん!」

と控えている有佐ケイに声をかけた。


呼ばれて前に出てくるケイ、

呪文をかけテーブルの上に今いれたばかりと思うほどいい香りの湯気が立つ

コーヒーがあらわれた。その中に白い錠剤を入れる沙希。

「これで一服盛ります」

といって

「うふふ・・・」

と笑った。

「あっそうだ」

といって次に出したのはチーズケーキ、

「これは奈緒警視が大好物なの」

とついでに出したお盆の上に置く。


「ケイさん、お願い。これで奈緒警視に一服持ってきて!」

ケイは心配そうに総監の様子を伺う。

総監が頷いたので、

「私、やっちゃいますね・・・うふふふ」

と嬉しそうに出て行った。


「ねえ、ケイさんって面白がってなかった?」

と律子が瑞穂に聞いている。

「ええ、なにか悪戯っ子みたい」


総監は名残惜しみながら

「じゃあ、これから国会に行かなければならないから・・・」

と出て行った。

「ねえ、まゆみさん。奈美叔母様に娘がいたなんて聞いていなかったけれど」

静香が聞くと

「私も始めて知ったわ。・・・ねえ沙希ちゃん。あの奈美さんの娘って本当なの?」

「ええ、間違いないわ。でもかなり屈折しているみたいよ。

でも楽しみ!これで里にかえる楽しみがひとつ増えたもの」

という沙希の喜びの声。


「ねえ、律姉。なんだか奈緒さんが可哀想。

相手が沙希じゃあどんなにがんばっても勝てっこないもの」

という杏奈の言葉にそうだそうだとみんなが頷いている。

「みんな何納得しているのよ」

と沙希は携帯電話を耳にあてながら言う。


「あっ、もしもし、澪姉さん?沙希です。・・・ええ?テレビ見てたの?

お婆ちゃまが心配していたって?・・・ごめんなさい。

でも京姉があんなことになってたから我慢が出来なくて。・・・・

私の番記者が引き上げたって?・・・そうねえ、私がこっちに来ているのはもう広まっているから。

・・・そう今夜がチャンスよ・・・お婆ちゃまと志保さん達高弟全員を・・・

それから里から来ている人も・・・里出身だという看護師さんも全員よ。

そう、目立たなくして里に行ってね。

引率はママにまかせていいわ。そうなの澪姉さんに頼みがあって電話したの。

澪姉さんは一足先に東京に来てくれない?・・ええ、澪姉さんしかできないことよ。


都立ひとぎ病院の内科の患者さんを一人、里に連れてきてほしいの。

ええ、言うわよ。内科305号室・・・ええ、4人部屋よ。

名前は有佐ひとえ・・・有るという字に佐渡の佐よ。ひとえはひらがなのままなの。

どうしてって?・・・この人も早瀬の一族なの。でも癌であと半年ももたないって。

ええ、娘さんには一緒に行って貰うから。転院させるっとでもいったら連れ出せる?

よかった。ええ・・・娘の名前はケイ・・・いえカタカナのケイなの。

じゃあ、よろしく。・・・今?今は警視庁の大会議室の中・・・

えっと・・わたしとね。まゆみ姉さんと静姉、それに城田さん・・・

ええ、わかってるわよ。それから律姉に瑞姉と杏姉よ。じゃあ、よろしくね」

といって電話を切った。


目をまん丸とした皆がみつめる中、沙希は静かに椅子にすわった。

「今、聞いたとおりよ」

といって口をつぐむ。

そこへ有佐ケイが入ってきた。

沙希に敬礼して

「お役目無事に果たしました」

と報告する。


「奈緒さんの様子は?」

「最初持って行ったとき不思議な顔をされましたが、警視総監からっていうともうあとは簡単。

あっというまに眠ってしまわれました」

「今は?」

「ええ、ソファに横にして毛布をかけておきました。

仕事が忙しいときは同じように仮眠をとられますので」

と報告するが皆が自分を見る目つきがさっきと違っているので

「ん?」

という顔で周囲を見渡す。


「ケイさん。お願いがあります。あとで小谷澪という人から私の携帯に電話があります。

そうしたら東京駅まで迎えにいってほしいのです。律姉もお願い!一緒に行って!」

「わかったわ」

と返事を聞いてから

「それから都立ひとぎ病院へ行って有佐ひとえという人を迎えにいってほしいんです」

と聞いて

「ええっ!」

と驚きの声をあげる。


「心配いらないわ。小谷澪という人は私の叔母様であるし天才的なお医者様なの。

これからよく聞いて答えてね。ケイさんは早瀬一族ってお母様に聞いたことは?」

うんと頷いてから

「少し・・・・」

と声がか細くなっている。

「じゃあ、あなたにも早瀬の血が流れていることも?」

やはりコクンと頷く。


「では、よく聞くのよ。今日明日中に早瀬の女達は隠れ里というところに

みんな集まらなければならないの」

「早瀬の一族だからってどうして病院から・・・」

退院させてしまうのと悲痛な叫びがあがる。


そこで沙希はケイの手をとってにっこりと笑う。

「ケイさん、あなたはお母様に5年も10年も長生きしてほしいでしょ。

早瀬の里には女性にしか効かない不思議な効能の温泉が湧き出ているの」

とそばで聞いている城田を意識して女性という言葉を強調する。


「だから、今日あなたも里にお母様と一緒に行くのよ」

律姉、お願い・・・と自分の携帯電話を渡し、

電話が鳴ったらすぐに東京駅にかけつけるよう伝言する。


「ケイさん、あなたも1周間の有休届けを出していらっしゃい」

二人が出て行くと全員が一様に『ふ~』と深いため息をもらす。

きょうは本当、なんと言う日なのか・・・・・。


                     ★


会議が始まる前、飛鳥日和子が沙希のもとにやってきた。

「沙希ちゃん・・・・ほら」

と指し示すところに京の姿がみえる。

「よかった。もう退院出来たのね」

「沙希!ありがとう」

と京とともに泉もやってきた。

「もう大丈夫なの?」

「うん、血が一杯流れすぎて少しふらふらするけれどもういいよ」

という返事に一同、ほっと肩をなでおろす。


「でも、沙希が『般若童子』の姿で降りてきたとき私、天井の上から見てたのよ」

「だったら、あと少しの時間で魂と肉体のつながりが切れてしまっていたんだわ」

「そう、そのとき沙希の式神達が必死で押しとどめていてくれたのよ」

そんな京が今ここに無事な姿でたっている。改めて沙希の凄さを実感する。


そして会議が始まった。本当にこれだけの人数が委員なのだろうか?

大学の教室みたいなこの会議場、

もう満員で座る椅子のないものは立ったり階段のステップに腰をかけたりしているのだ。

今日の出来事と早瀬沙希・・・いや日野あきあが来るということで仕事を手早く

片付けて駆けつけてきたのに違いない。


沙希の開発したナビのCD-ROMは誰一人反対のいないまま採用となった。

というのはもうすでに一部のパトカーにはこのナビが積まれ、テストも終了しているのだ。

問題はモバイルだった。本庁のスーパーコンピューターと連動したこれは

現場での指紋採取、照合と短時間でおこなわれるのだが

現場の警察官に使いこなせるかが問題となっていた。

そして、スキャナーを使っての追尾装置もだ。

小型軽量といってもボタンのように小さな発信機とモバイルの受信機

これをどうすれば良いのだろうか、それに言われるほど受信機が高性能なのか?


みんながケンケンガクガクとざわめいているとき、

「はい!」

といって手をあげた女性がいた。

すくっと立ち上がったその女性、京の下で働いているという犬飼洋子刑事だった。


「私たち広域捜査では遠距離でも容疑者の行方をつかまなければなりません。

だからどうしてもその居場所を確認するための対策をする必要があるのです。

だからこの追尾装置の性能をこの目でみたいと思います。

あ・・・あのう・・・あきあさん・・・いえ早瀬沙希さんのあの不思議な術で

いま、見せていただけませんでしょうか?」

と最後は消えるような声で遠慮しつつ話した。


犬飼洋子刑事は京都での出来事を京から聞いているのだろう。

沙希は飛鳥の叔母を見て、

そして京と泉、静香とまゆみ、城田・・・そして瑞穂の顔を見る。いづれも頷いている。


「じゃあ」

と言ってから

「むやみやたらに発信機を移動させても仕方ありません。

この中で一番遠いところに在籍している方はどなたですか?」

「はい、北海道警です」

「沖縄県警です」

と日本両極端から声が上がった。

「それともう一つ、私がロケでお世話になった京都府警の方は?」

手を上げたのは男女二人の警察官だった。


「では、この3つの県でテストをします。土御門さん、半紙を」

というと瑞穂が半紙を一枚づつ、その3つの警察署から出張で来た警官に渡す。

「すいません、今から所属されている署に電話してください。

そして電話に出た人の名前をその半紙に書いてください。

今から式神を飛ばします。そして向こうについたらその名前を書いた

紙をファックスしてもらってください。わかりましたね」

というとさっそく室内にある警察電話にむかった。

ほかの署のものは固唾を呑んで見守っている。


電話を終えた警官達はペンを置いた。その紙を瑞穂が回収する。

3枚の紙を渡された沙希は

「今からすることは常識を外れています。だから他の人には言ってはだめです。

例え言っても信用はされませんから」

といって一枚一枚に持ってきた受信機を紙に両面テープで貼り付ける。

呪文を唱えるとその紙が白い鳩に変わった。


「おおう~~」

と目の前で見せられた術はさすがに警察官といえども驚きの声をあげる。

そして沙希は3台のモバイルを出し、スイッチを入れ受信画像に切り替えた。

それを1道1県1府の警察官の前に瑞穂が持っていく。


沙希は窓に近寄りガラス戸をあけようとしたが、2~3人の婦人警官が

走りよってきて

「私達がしますから」

と言って窓を開けてくれた。


「さあ、あなた達のお役目よ。あなたは北海道へ・・・あなたは京都よ。

そしてあなたは沖縄ね。さあいってらっしゃい」

というと鳩が飛び出していき凄いスピードでそれぞれの方向へ散っていった。


警官達も窓に連なって鳩を目で追っていたが、あっというまに消えてしまった。

「あっ・・・す・・すごい・・もう、千葉だ!」

液晶をみると日本地図上に赤い点が移動しているのがわかる。


目的地まで着く間、沙希はモバイルの使い方を伝授する。

何故か頭に焼き付けられるように記憶されていく。

(俺こんなに頭がよかったのかなあ)と不審がる警官達。

(なんだ、こんなので良かったんだ)と納得する警官もいる。


「モバイルの使い方は以上です。どうですみなさん。頭に焼き付いているでしょ」

「えっ?じゃあ、これは早瀬さんの力ですか?

てっきり俺、頭が良くなったと思ったんですが・・・」

と若い警官が発言して笑いを誘っていた。


もう誰もこの少女を疑うものはいない。

昼間のあの般若童子といい、今の不思議な術といい

この新世紀に不思議な少女の出現はなぜか明るい未来を予測できるのだ。


「あっ、うち達の京都についたわ」

「じゃあ、電話をしてください」

京都府警の警官が電話のところにとんでいく。

「その時間わずか15分というところですか。凄い!」

間警視が隣りに座る飛鳥警視正に囁いた。


「間警視、だからといってあの子を事件に引っ張り込まないでね」

と釘を打つ飛鳥警視正。

「わかっております」

といいながら、難しい事件のときはどうして事件に引きづり込もうかと思案していた。


「早瀬さん、あの鳩はうちの署長の手が触れたとたんに半紙に戻ったようです。

あっ、今ファックスがきました」

と言ってファックス用紙を沙希のもとに持ってきた。


「どうです?あなた達が書いた文字に間違いありませんか?」

「間違いありません」

ときっぱりという。

「モバイルのほうはどうですか?」

「はい、赤い点が我署の上で止まっています」


5分遅れで北海道、沖縄と次々モバイルの画面上赤い点が止まっていた。

京都府警と同じく手続きをふむ道警と県警、両方とも間違いなしと確認がとれた。

「これでよろしいでしょうか?犬飼さん」

すると犬飼洋子が立ち上がって

「わたし、元々早瀬さんを疑ってなんていません」

と強い口調でいう。

「京都でいろんな事件を解決され、昨日のあのドラマ・・・あれって本当のことだったんですね。

そして今日は銀行強盗を捕まえ、般若童子として空を飛んで消えられた。

こんなこと出来るのは早瀬さん・・・世界中を捜してもあなただけです。

いえ、早瀬沙希さんというよりこういう不思議をされるときは

私はどうしても日野あきあさんと呼ばせていただくほうがピッタリします。

・・・事件現場と今、2度もお会い出来て本当に感激です」

と言って座った。頬が赤く染まっている。


こうして合同の会議は終わった。

CD-ROMとモバイル、そして発信機とどれ位の数量を発注するのか

日本国中の警察署からの注文数を集計するのは警察庁の役目となった。

注文数全てを発注すればよいのだが、なにせ高いものである。

警察庁が国家予算を計上している中から支払われるのだから注文できる数量も限られてくる。

だから数年がかりで数を揃えることになるだろう。


沙希達が会議室を出るともう有佐ケイ巡査と律子の姿はすでにない。

「ねえ、泉姉。少し手伝ってほしいの」

と早瀬の一族が固まっている中で沙希が言い出した。

「何なの?沙希!」

「一人連れ出してほしい人がいるの」

「誰?それ・・・」

「警視総監の秘書官である松島奈緒警視よ」

「えっええ~~」

「一服盛って眠らしてあるから」

というと目をむいている。傍で聞いている日和子叔母も京も同じ状態だ。

「心配いらないわよ。長谷部の叔父様も了解していることだから」

というと安心したようだが

「長谷部の叔父様?」

と警視総監をそんな呼び方をする沙希に驚いてしまう。


「ちょうどいいわ、あの人も連れて行きましょう」

「あの人?」

「ええ、京姉の部下の犬飼洋子さん。あの人も元をただせば早瀬の女よ

だいぶ血が薄くなっているけれど」

「えっ?そうなの?」

と京が驚いて声を出す。だったら・・・・と洋子を引っ張ってきた。


「洋子さん、あなた明日から1週間休暇届を出しなさい」

「えっ?どういうことですか?」

「あなたの血のルーツに連れていきます。そこはあなたにとってとても大切なところになります」

「わたしの大切なところ?」

「ええ、そこであなたは生まれ変われるのですよ」

「犬飼、私と一緒に行こうよ」

「そうねえ、沙希ちゃんの推奨なら大歓迎よ」

という飛鳥警視正に犬飼洋子が驚いたように

「警視正も行かれるんですか」

「そうよ、だって早瀬一族の隠れ里だもの」


「私、行きます。警部!私の休暇届受け取ってください」

と京に言う。

「いいわよ。一緒に行きましょう」

「じゃあ、洋子さんも手伝って!」

と言って沙希が京と泉と洋子をつれて警視総監の秘書官室に行った。


松島奈緒警視は毛布にくるまって良く寝ていた。

こうしてみるとあどけない少女のような表情だ。なんの屈託もありはしない。

「沙希、どうして運ぶの?」

「体をもって運んだら怪しまれるわよ」

「じゃあ」

と言って呪文をかけると沙希の式神の玉藻、葛葉、紅葉が現われた。


「玉藻、葛葉、紅葉、この人の体を怪しまれずに連れ出すように」

「ちょっと待って」

と京が止める。

「あんた達!私の命をたすけてくれてありがとう」

と飛鳥警視正に聞いたのだろう式神たちに礼を言う。

「なんのなんの、あれはあるじ殿の力のおかげじゃ。礼を言われるのならあるじ殿に」

と言ってから光の玉になると奈緒警視の体に消えていった。

一瞬呆然とする犬飼洋子刑事だが沙希を見ると何故か当たり前のように思ってしまうのだ。


奈緒の眼がパチっと開いた。そして身体を起こすと立ち上がった。

平安時代の式神達には靴を履く習慣はない。

だから、そのまま立ったままだ。沙希が靴を履かそうとすると

「わたしが」

といって洋子が沙希にかわってローヒールを履かす。


こうして車のところにいくと静香達が待っていた。

「城田さんは?」

「事務所に帰ったわ」

とまゆみ社長。

「じゃあ、行きましょうか」

と静香が言う。


車2台で分乗して出発したのは夕闇が迫っていた頃である。


                     ★★


月明かりの中、桜の花びらが舞い落ちている。

だがそれもすぐに蕾になり再び満開の桜となる。

ここは早瀬の隠れ里、年中、過ごしやすい春という不思議な空間。

こんな里にしたのは今、車から降りた沙希の力なのだ。


2台の車は本家の前に止まった。

出迎えたのは京都で別れたママや薫、ひづるもいる。京子もいる。大空圧絵もいる。

沙希が知り合って早瀬一族に認められた女性達が全員いるのだ。

勿論、井上貞子の高弟達も全員顔を揃えていた。

みんな笑顔で沙希を迎えるのだ。

「まあ、沙希ちゃん。あなたって人は・・・行く先々で事件が待っているのね」

とママの第一声がそれだった。やはり心配していたのだ。


「お婆ちゃまは?」

「居間で沙希ちゃんのくるのを待ってますよ」

「沙希ちゃん」

と声をかけたのは薫だ。

「私達、旅の準備で朝からバタバタしていたでしょ。

あんな事件が起こっていたないて一人も知らなかったの。

でも京都の撮影所にいる小野監督から電話があって

『あきあが凄いことをやっているから、すぐテレビをつけろ』と教えてくれたの」


「それからはもう大変!沙希姉さんがテレビで空を飛んでビルに降りたところは

録画だったけど何回も放送していたから、心配した菊野屋の人達もとんでくるし

みんな荷物をつめるのをやめてテレビに釘付けだったのよ。・・・痛い!」

最後のはひづるが薫の話を横からかっさらったために薫に頬をつねられた悲鳴だ。


「沙希ちゃん!あなたが心配をかけたからその心痛を癒してもらおうと・・・・

ほら、お客様よ。といっても、もう身内と同じだけど」

とママが示すほうには・・・・。

「お母ちゃん・・花世ちゃん・・・花江さん姉さん・・・」

と沙希が驚きの声をあげる。菊野屋の女将と舞妓や芸妓すべて顔を揃えているのだ。


「小沙希ちゃん、心配したんえ」

と女将の涙声一つで沙希は言葉が出なくなった。

「小沙希さん姉さん!今回は大目にみます。京はんが巻き込まれはったさかい。

でも次からは駄目どす」

と花世のきついお叱りもただ頷くだけだ。

みんなの自分を想ってくれる心がビンビンと身体中に伝わってくるからだ。


そんな様子をみていた犬飼洋子は上司の飛鳥京警部に

「いいとこですねえ、ここって。・・・でもどうして今頃桜が?」

「これは、沙希がやったことなのよ。ここって、冬はとても寒くて過ごし難いところだったの。

でも前回沙希がこの里に来たとき、初めて術というものをつかったのが

見えなかった二人の老婆の目を直すことだったの。

そのときこの里の気候が一変してしまったのよ。

桜は散っても直ぐ咲くし、気温もこの温度で一定なの」


「あきあさんのやることって、すごく素敵です」

「そうねえ、・・・あっと洋子さん、ここでは上司も部下もないの。

私が年上だから、沙希が言っている様に京姉と呼びなさい。

わたしは洋子って呼び捨てにするから」

「というと私、あきあさんのことどういえばいいのですか?」


「沙希のこと?沙希はまだ16だからあなたがお姉さんよ。洋子姉さんと呼ばせて

あなたは沙希って呼び捨てにすればいいのよ」

「えっ?まだ16歳なんですか」

「本当は25歳だけど平安時代にタイムスリップして安部晴明様のもとで

修行していたときにあやまって若返ってしまったのよ」

「平安時代で修行?」

「ふふふ・・・信じられない話だけど、あとで詳しく話してあげる」


「ねえ、澪姉さん。ケイさんは?」

「ああ、診療室でお母さんの横についているわ・・・これからどうするの?

私の診察でもよくもって半年よ。いくら私でも直せないわよ。もう全身に癌組織は広がっているもの」

と鎮痛な面持ちで話す。

「大丈夫よ。この里の温泉は特別なんだから」

「あの温泉の効能はそこいらの温泉より確かに良く効くけれど癌までは治せないわよ」

「ううん、あの温泉ではないの。私がお婆ちゃまや高弟の人たちのように

お年寄りを呼んだのはもっと凄い温泉のことよ」

「ちょっと待ってよ。そんな温泉のこと聞いたことないわよ」


「私この前いったでしょ。この里にはまだまだ秘密があるって」

「じゃあ・・・」

「そうなの。・・・、澪姉さん。ひとえさんを動かせる?」

「動かせるけど、あまり振動を加えたら痛みで身体がつらいわよ」

「わかった。なんとかするわ。それともうひとり、車の中で寝ている人がいるの」

「えっ?」

と澪が首をふるのを無視してママの横にいる松島奈美のところへいき、手を引っ張ってつれてくる。


「奈美叔母様、お願いがあります。私がある人にすることを目を瞑っていてくれますか?」

「いやあねえ、沙希ちゃん。何のことを言っているの?」

「その人ってあることからかなり屈折してしまって、この人生を楽しんでいないんです。

以前の私と同じなのでその人のことほっておけないんです。

お願いです。許すといってください」


奈美はそんな沙希の様子に目を見張っていたがあることに気づき

『はっ』と息を呑む。

沙希は黙って車のドアのノブに手をかけ一気に引き開けた。

するとそこには毛布にくるまれた一人の女性の姿があった。あどけない表情で眠っている。


「この人のこの顔が本当の自分なのですね。普段は仮面をかぶって表情をかくしています。

でも人って眠っている間本当の自分をさらけだします。

奈緒さんは学生時代ある恐ろしい経験をしてしまったのですよ。

奈美叔母様に決していえない性的暴力を・・・」

「ではあの男に・・・」

頷く沙希、

「普段は優しい義父の仮面で騙されて気づいたときは

がんじがらめで抜き差しならない状態になってしまっていたのです。

奈緒さんは優しすぎたのですよ。愛している母に自分の苦しみは見せられないと

我慢に我慢をかさねて自分を捻じ曲げてしまいました。

・・死ぬ勇気なんてくそくらえです。そんなの勇気とはいわない! でも奈緒さんは勘違いされた。

勇気がないから・・・自分の肉体を殺せないから心を殺してしまった。

・・・心に闇を住まわせてしまったのです。

奈緒さんは今、なにも感じていないはずです。

楽しくもない。食事も美味しいと思ったことはない。

これからの人生空虚にただ生きるだけ・・・・でもそんなの生きているとは言わない。

自分が死の床にいるとき『ああ~~生きてきて本当によかった』と納得することが

生きているってことだと思うのです」

沙希は自分自身のことを重ね合わせて血を吐くように思いを語った。


そのとき、『パチパチ』と沙希の後ろから拍手の音、しだいにそれが大きくなる。

振り返ると涙を拭きながらも拍手をする皆の姿が

「やだなあ、聞いていたの?」

「だって、そんな大きな声で話していたら嫌でも聞いちゃうじゃないの」

といって薫が鼻をぐずりながらいう。

寝ている女性のもとに真っ先にあゆみ寄ったのが、律子と順子。

どちらも同じように悲しくて苦しい経験の持ち主だ。


「沙希ちゃん、この子を地獄から助けてあげられるのは沙希ちゃんだけよ。

私達見守っているから、この子の笑い声を聞かせてね」

と言うママが

「奈美ちゃん、いいわね。何もかも沙希ちゃんにまかせるのよ」

奈美もすでに決心していたのだろう、直ぐに頷いた。


「沙希!奈緒さんを私達に運ばせて」

という順子と律子。

「いいわよ、律姉に順姉。奈緒さんを落としたらだめだよ」

「こら!沙希!・・・こいつ!」

と沙希の頭を叩く。

わざと笑いを誘うようなそぶりで場をなごませる3人。


「沙希お嬢様はほんにお優しい!」

と前世で乳母の山野葉志保。

「さすが小沙希さん姉さん、ほれぼれするえ。でもなんだか哀しいどす」

と花世。

「やっぱり小沙希ちゃんはうちの娘どすえ、優しいとこうちにそっくり」

「何を言われるんどすか」

と自画自賛の菊野に舞妓と芸妓達は唖然とする。


「ねえ、律ちゃん先生!」

と自分も奈緒を運ぶのを手伝っているひづるが声をかける。

「なあに、ひづる」

「沙希姉さんて神様?」

「どうしてそんなこというの?」

「だって、沙希姉さんの身体と重なって優しい菩薩様の姿が見えたもの」

「菩薩様?」

「うん」

「ひづるは菩薩様を知ってるの?」

「だって、映画で雪夜叉が天に召されるとき菩薩様が現れたでしょ」

「そっかあ・・・そうだった。じゃあ、ひづるが見たのは本当に菩薩様なんだ」

「うん、でも今日だけではないのよ。

あきあ姉さんでいるときも見えることが時々あるもの」

「じゃあ、やっぱり私の見間違いではないんだあ」

「律子先生も?」

「そうよ、やっぱり沙希は天から使わされたのね」


こうして里は賑やかに1日が暮れていった。

明日は沙希による里の秘密の解明がおこなわれるのだ。



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