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第一部 第十五話


「千賀子さん!あなたは・・・・」

今までの不思議を見ていた女将が、身体の力を抜いて座る千賀子に驚きの言葉を発した。

「女将さん」

と何の衒いもない黒い瞳を女将に向ける。


その瞬間!女将は何も言えなくなった。

・・・・いや何も言わなくても千賀子の心が3人に判るよう開け放たれたといってもいい。

千賀子の心にあるのは、ただ・・・千賀と紅龍のために・・・それだけだった。


「千賀子さん!あなたは自分のこと・・何も考えていないの?」

「私?・・・・私はこのため・・・この日のために生を受けたんです。

先ほどそれを知ってしまったんです。

私がこの地に来たのも必然だし、こんな力を授かったのも必然、

そして私がこれからしようとしていることも必然なんです。

だから、私の身に何があっても・・・私の人生の必然・・いえ、運命なんです」


女将はそういう千賀子に向かって

「でもご家族のこと・・・・」

といいかけたが

「菩薩様に与えられたもう一つの命、

・・・このお寺の門をくぐるまでの記憶しかない私を置いていきます」

「意識が目覚めた時には、このことは黙っていてください・・・

和尚様にもお願いします。かなちゃんも内緒よ・・・・」

と言って頭を下げる。


すると千賀子の身体が左右に揺れて二重三重とダブって見え出した。

そしてスーっと左右に身体が離れた。薄くなり向こうが透けて見える身体、

そして序々に肉感的になった方の身体がドーゥと横倒しに倒れてしまった。


「お姉ちゃん!」

かなが駆け寄って身体を揺さぶる。

「大丈夫よ、かなちゃん!・・・その千賀子お姉ちゃんは眠っているだけだから」

と頭をあげて座りなおした千賀子がかなを見つめて言った。


不思議そうに2人の千賀子を交互に見つめる・・・かな。

「女将さんや、奥にある布団を持ってきてくださらんか」

和尚に言われて奥に走り去る女将を見つめながら

「かなちゃん、その千賀子姉さんをよろしくね」

と立ち上がる。


こんな不思議な現象を目にして、何か大変なことがこれからおこると小さな心で感じ取ったのか

「待って!」

といって立ち上がった千賀子の手を握ろうとした。


でもかなの手は千賀子の身体を通りぬけてしまうのだ。

「かなちゃん、わかったでしょ。今のお姉ちゃんは人ではないの。

でもがんばって千賀さんと紅龍さんを幸せにしてくるから。

ネ!・・・かなちゃん。皆の幸せをお祈りしていて!」

と湖のほうに向き直る。


「待て!」

という和尚に振向く千賀子。

「千賀子さんや。・・・・止めても止まらぬかのう・・・」

頷く千賀子に

「では、これをお主に預けておこう。

これは弘法太子が書いたと言われておるありがたい経典じゃ」

和尚が懐から出してきたその古ぼけた経典は勿論、千賀子には触れることは出来ない。

だが、千賀子の力は経典を光に変え身体の中に吸収したのである。

和尚の手の中のありがたい経典はただの古ぼけた紙に変わってしまった。


「では」

といって皆にお辞儀をすると夕闇せまる湖に向かって滑るように飛び出ていった。


かなが振り返ると母が布団に寝かせた千賀子に掛け布団をかけている。

「母様!千賀子姉さん大丈夫?」

と懸命な口調で聞くわが子に

「ええ、心配いらないわよ。よく眠っているわ」


その様子に和尚は

「さて、わしの読むお経では微々たる力添えしかならんが無いよりましじゃろう」

とこの寺のご本尊となる大日如来像の前に座りお経を唱えはじめた。


かなはこの本堂の廊下の欄干に身を置き、眼の前に広がる湖を見つめ、

まるで天女様のように見えたもう一人の千賀子に思いをはせていた。


                    ★


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「ようし、これからが正念場だぞ!機器類のの点検の指示を頼む。瑞穂くん!」

「わかりました!・・・監督!」

と言ってインカムのスイッチを切り替え

「こちら、メインステーション!・・・そちらの機器の状態はいかがですか。

報告してください。状態によっては『ステーション』の配置をかえますので至急願います」


「こちらステーション2・・・点検異常なし!」

       ・

       ・

       ・

       ・

       ・

       ・

「こちらステーション12・・・点検異常なし」


「『中央』応答願います。こちらメインステーション! 各ステーション共異常ありません!」

「ご苦労!あきあの姿は、こちらに送られてきているが、見逃しちゃあ駄目だぞ」


「はい!判っています。各ステーションのカメラが全部映し出しているはずです。

でもこのステーションって凄いですね!

こうしてあきあのスピードに合わせて飛びまわれるんですから」


「こんなことに驚いていてはあきあと付き合ってはいられんよ。

それより、東京から連絡が入った。すごい反響らしい。

放送中にもかかわらず、視聴者から電話がありパンク状態で

ほかの部署から人手を回しても、収拾がつかないそうだ。・・・・

あとは重要な後半部だ、撮りそこなうような無様なまねはしたくない。

死んでも撮りつづけろ!・・・各ステーションにそうハッパをかけておいてくれ」

「判りました。・・・・あっ!・・・今、千賀子が母龍の緋龍と交信しています。

声は届いていますか?」


「ああ・・・うまく入ってきている。

でも何かこのドラマはテレビの向こうでじっくりと見ていたいな」

「皆そう思っていますよ。インカムに各ステーションからの声が聞こえていますが、

このドラマの進行に合わせて興奮した声が聞こえてきます」

「おいおい、そんなことで大丈夫か、カメラマンはもっと冷静にな」

「おほほほ、監督こそ大丈夫ですか? 興奮して倒れないように!何しろお年寄りですから!」

「こら!」

という声と共にインカムを切った。


瑞穂は横にいる智子に『二ッ』と笑いかけた。

「瑞穂も言うようになったじゃない」

「ええ、この現場にいれば、特にあきあの後に付いて回っていれば自然とこうなりますよ」

「そうだなあ。日野あきあについていれば少々のことなんか驚かなくなるよな」

・・でもあきあのあの表情いいなあ。たまらないよ・・・実際!」

とカメラを覗きながらカメラマンがいう。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


千賀子の身体が移動していく。

夕暮れに感じる肌寒さはいまは感じられない。

『千賀子よ』

と緋龍が呼びかけてきた。

「はい!緋龍様・・・何でございましょう」


『何故置いてきた!・・・何故?・・菩薩様にいただいた命を置いてきたのだ。

あれがなければ千賀子は・・・』

「いいのです、あれで。・・・・こんな力!・・人はもってはいけないのです。

人は弱いものです。このまま・・・力を持ったまま平穏に暮らせるほど私は強くありません」


『そうか』

と言って緋龍は黙ってしまったが、千賀子があの古い祠に近づいたとき

「待て!」

と緋龍が千賀子を止める。


『待て!・・・千賀子よ。・・・・これを共に連れて行け!』

と言って湖から青白く光った大きな珠が浮かび上がってきた。

一旦ピタリと静止し、今度は千賀子に向かって進んでくる。


あれほど大きかった珠が千賀子に近づくほど収縮していき

千賀子の広げた両手の平に乗る頃には、直径5cmぐらいの珠になっていた。

クリスタルな球の中に青白く燃え上がる命の炎。

「緋龍様!・・・これは!・・・・緋龍様、貴女の命!」

「千賀子!・・・我が子紅龍の為に命を捨てようとするそなた。

母として二人に出来るこれがただ一つの道なのだ」


しばらく、湖をみつめていた千賀子。

想い人のために狂う我が子を想う母の悲しみ、

・・・湖の湖面にただ一つ広がる波紋は母の涙・・・・か。


「わかりました。緋龍様の想うがままに」

というと両の手の平に浮いていた珠がスーと千賀子の胸に吸い込まれていった。

赤い珠は千賀の魂・・青い珠は緋龍の命、こうして二人と共に祠の扉の前に立つ。

『ギー』と扉が開いた祠の中、人の眼には判らないだろうが

今の千賀子にははっきりと見えた。


まるで鳴門の渦潮のように中の空気が渦巻いているのだ。

触れるだけで吸い込まれていくだろう。

千賀子は足元に転がる石を取り上げ、渦の中心に向かって投げた。

すると一瞬止まったかに見えた石が物凄い勢いで吸い込まれていったのだ。


千賀子は祠の前で指で宙に文字を描く。

そして最後に両手を使って『臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前』と唱える。

眼の前の渦に制動がかかりそのスピードが落ちてきて、

ゆっくりゆっくりと波紋が消えていき完全に渦が消え去った。


千賀子はこれが見納めのように1度周囲をゆっくり見回してから

思い切って祠の中に飛び込んだ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「『中央』!・・・『中央』!・・・今から地下に入ります」

「OK!・・・気をつけてくれよ!・・・・」

「はい!・・・・・・・エェ~~~~~~!・・・何よ、ここは!」

「・・・・・・・・・おい・・おい・・・ここに写ってるのは本当か!」


「はい・・・・宇宙空間のように見えるんでしたら・・・・間違いありません!」

「だが・・・・これは・・・・本物じゃあないだろう」

「はい!・・・・これは・・・・私の考えを言ってよろしいか?」

「なんだい・・・・考えって!」

「これは直感的に心の中に浮かび上がってきたんですが、

ここは想念の世界・・・・想念の小宇宙・・・・紅龍が呪いで作り出した・・・

えっ?・・・どうして?・・・・そう、わかったわ!」

「どうした!・・・何がわかったって?・・・・」


「いえ、今あきあが話し掛けてきたんです。

あきあ自身、ここがこんなことになっているなんて予想していなかったので

監督に各カメラアングルがこれでいいかどうか聞いてくれって」


「OK!わかった!・・・これから指示をする。1~5番はそのまま・・・・

6番はそこから右15度・・・・そうそう、そしてもっと引いて・・・・・OK!」

と小野監督の指示でてきぱきとアングル調整がされていく。


「よし、これでOKだ。あきあくんに伝えてくれ」

この間30秒もかかっていない。・・・ドラマは続行中である。


「OK!・・・伝えました。もう直ぐあきあ・・・いえ、千賀子の姿が現れます。

でも目の前に広がるこの空間凄いですねえ。

あの緋龍さんの命の珠も本物なら千賀さんの魂も本物・・・・なんて!」

「なんだって!・・・・そうなのか。

では、フィクションはドラマの一部の人物設定だけかあ・・・」

とテレビモニターを感慨深かげに見つめる。


・・・・と、目の前の赤い大きな星の中心あたりに白く輝く点があらわれ

段々と大きくなり・・・・人の形をとっていく。


千賀子だ・・・・・いよいよ、クライマックスの時間となるようだ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


(ここは?)

と千賀子は目の前に広がる宇宙空間に息を呑む。

大きな赤い星を中心とした大小の星々がすぐそこに浮かんでいるのだ。

少し動けば星の引力に引き込まれてしまいそうな錯覚に陥る。


『ここは紅龍様の創り出した世界です』

「千賀さん?」

『はい!』

「あなたはこの世界に来たことがあるの?」

『はい・・・でもいつもここまでです。ここから先には進めません』

「そうでしょうね。これは紅龍様が創り出したというより、

無限に広がる宇宙のように広い心・・・紅龍様の心の中が具象化されたものです。

でもまだ紅龍様がご存知ない事・・・もっともっと成長される必要があるのです」

(千賀子!・・・我が子紅龍はこんな大きな心の持ち主なのですか?)

と緋龍の言葉が聞こえる。


「はい、紅龍様が成長された暁には大日如来様の元にいかれる方・・・・・

失礼ですが緋龍様より数段格が上でございます」

とキツイことをサラリと言ったが緋龍の返事はない。

ただこれは千賀子だけがわかったこと・・・緋龍はニッコリと笑っておられたのだ。


『千賀子様・・・では今・・・紅龍様は一体どこに?』

「紅龍様は・・・・ほら・・・あそこ・・・あの黒い点があるでしょ」

『えっ・・・あれが紅龍様!』

「そうよ。あの米粒のようなあの小さな点が今の紅龍様!」

『だって・・・・』

「千賀さん。今では判るでしょ。

人を呪ったり苦しめたりする心の狭さは具象化するとあんなものなの。

この広い宇宙とあんな小さな米粒のような姿・・」

『私も自分で自分の命を捨てた身・・・私もあんなものなのね・・・』

「そうね。でもそれを悔いた今は違いますよ」


(千賀子!これからどうする?)

「はい、紅龍様を説得するにしろ、戦うにしろ・・・

あの心の中に入っていかねばどうすることも出来ません」

といって印を結びセーマン・ドーマンを唱える。


拡大する紅龍の心・・・・真っ暗な闇が広がる心の世界。

一歩中に入るとその臭気と嫌な空気が充満しているのだ。

これが人を呪刹をくりかえしてきた結果、出来た灰汁が広がったものだ。

草が多く繁り湿地帯のような地面に生えている木々も不気味な枝ぶりである。

空には星もなく、どんよりともやがひろがり前が見えにくい。


いやな臭気には心を重くする。そこで千賀子は身体の回りに円形のバリアをはり

清浄な空気をその中に引き込み千賀子は前に進んでいく。

足元でガサガサという音・・・・

何本もの腕が地から伸びて千賀子の足を捕らえようとしているのだ。

目の前に次から次へと腕が伸び上半身をあらわし、

そして全身を表したのは生ける屍ゾンビのような地獄の住民・・・紅龍に呪刹され、

天に上れず闇に引き込まれた闇の住民・・・千賀子を捕らえようと襲ってくる。


この世界で千賀子が術を使うのはかなりつらい。

バリアだけでも負担となっているのだ。

必死に走るが草に足をとられて思うように進まない。

このバリアだけではゾンビにはひとたまりもない。

・・・といきなりズズーっと足を取られる。

いや取られるばかりでなく身体が沈んでいくのだ。

あっという間に飲み込まれてしまう。しかしバリアに包まれているので呼吸は楽だ。


前が見えない・・・ドロドロの沼で泥に手足がとられてまだ沈んでいく。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「今、あきあが底なし沼に呑み込まれていきました」

「大丈夫なのか?」

「はい!事前にあきあからの連絡がありこのまま飲み込まれていくそうです。

この底に何かあると言ってきました。こちらも下にいきます」

「おいおい、何も映らないのじゃあ・・・」

「いえ、ちょうどビルの壁面で硝子で囲まれたエレベーターのような感じです。

あちらの空間とは異なるのでこのようになるそうです・・・じゃあ」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


身体が吸い込まれるスピードが上がり、

『スコン』と何か抜け落ちるように通り抜け、真下に落ちていった。


スクっと立ち上がったのは水辺であった。どこかで見たことがある光景だった。


『ここは紅龍様の湖です』

「現代はここは埋められてしまっているのですね」

『そうです。お母様の緋龍様の湖しかありません』

「あっ!あれは・・・」

と前の水辺に座る人影が2つ・・・・・


近寄って見るとそれは千賀ともうひとりの少女だった。

『あっと紅龍様』

「えっ?この人が紅龍様?」

『ええ・・・これはどういうことでしょう』

二人が動く様子がない。固まったままだった。


動かない千賀の頬を触ると暖かい。

そして湖を見ても波紋が動いていない。

『これは・・・・?』

千賀子にしてもわからない。

こうして立ち尽くしていると何か目がおかしくなる。


波紋がゆっくりとこちらに動いているように見えてきた。

『あっ!千賀子様!・・・私の手が段々と上に上がってきます』

「えっ・・・本当?」

と目を移す。


千賀に言われた通り

ゆっくりと・・・しかもスピードを上げて動いている。

はっとした千賀子!


「いけない!・・・このままだとこの地の時に呑み込まれてしまう」

と周囲を見回した。

周囲には何もない。そして、自分達が落ちてきた空の穴が序々に閉じようとしているのだ。


慌てて術を唱え、飛翔する。穴が縮んでいく・・・・。

ようやく飛び込んだ千賀子はそのまま急上昇した。

底なし沼から飛び出した千賀子が着地したのはさっき来たときとは反対側の地。

つまり底なし沼は通り抜けたということだ。

この向こうではゾンビ達が凄いスピードで動きまわっている。


「いけない!・・・早くこの空間の時に戻らなければ・・・」

『千賀子様どういうことですか?』

「あの底なし沼の底の世界・・・あれは紅龍様の千賀さんとの思い出の世界です。

だから時間がゆっくりゆっくりと流れているのです。

あの地に立った瞬間に私の身体はあの地の時の流れに呑み込まれていました。

そして、あの地の千賀さんを頬を触ることによって時に呑まれる速度が急激に速まったのですよ」

『ではこの地の時には・・・』

「ええ、このままでもゆっくりと時が戻りますが、いつ襲われるか油断はできません」

といって草や木に触れて早く時を戻そうとする。


ゾンビ達の動きが急激に遅くなってきていた。

「もういいでしょう・・・進みます」

と前進を始めた。バリア内の清浄な空気のおかげで身体のつらさは少ない。

しかし、バリアを張っている術の負担が重くのしかかっているのだ。


ようやく湿地帯のような区域を抜けたときには息があがっていた。

何物かに襲われることもなく歩いてきたのだが、

肩に何か重い荷物を乗せているように身体が前に傾き、

それと共に足を前に運ぶのが一歩一歩辛くなってきていた。


この湿地帯を抜ける頃には四つん這いで進むしか仕方なかった。

湿地帯を抜けたとたん肩に乗っていた何かがスーっと抜け落ち急に楽になった。

「あれって、何だったの?」

途中から声もかけてこなくなっていた千賀が答える。

『千賀子様、あれはこの地そのもの。

私も押しつぶされ、どうにもできませんでした。

でも千賀子様だからこそ、この地をぬけられたと思います』


体力が戻った千賀子が立ち上がった。

「でも、ここは」

と見回すと立っているのが高い崖の上だとわかる。

はるか下に広がるのは雲海・・そして向こうに微かにみえる山。あの山に紅龍様がいるのだ。

そして・・・・この広大な景色の空は赤く染まっていた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「もう、あきあ・・・驚かせて!・・・まだ心臓がバクバクいってるわ」

「智姉・・私もよ。千賀子とあきあが重なってしまって

本当に術が使えないっと思って見てられなかった」

「あの子ったら、いろんな見せ場を計算しているのよ。

陰陽師としての力はあの紅龍さん以上なのに

自分の力を1/4に封印してしまってるんだもの」

「あきあの力が凄すぎるのよ。

でも紅龍さんを力で押さえつけても何もならないって言ってたわ。

だから対等の力で戦うんだって」


「でも、これって紅龍様を助けるって企画よね」

「そう・・・でも今の紅龍様って陰の力に囚われてしまっているので

力と力との戦いをしなければならないんだって。

そしてその最後の最後が究極の瞬間だって言ってたわ」

「そんなあ・・・それって・・・・」

「そうなの。究極の瞬間って傷つき倒れる瞬間かもしれないっていってた」


究極の瞬間・・・・それが一刻一刻近づいている。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


『千賀子様!・・・ここからはどうやって?』

「この雲海の上を移動しましょう」

と言った瞬間、崖の上から飛びおりた。

ゆったりと鳥の羽が落ちるような落下は不思議に体力が回復してくる。

雲海に立つ頃にはすっかり元気を取り戻していた。


足を動かさず『スー』と移動するその術は身体の負担にはならない。

千賀子は黒髪をなびかせて移動していく。その瞳きらきら光って美しい。

雲海を半分まできたころ、突如『ゴ~~』と雲のあちらこちらで渦が巻き始め、

その渦が段々大きくなっていく。

そして、あっという間だった。身体がきりもみ状態で下方に吸い込まれて行く。


『ガツン』と下半身に衝撃が走って放り出される。

『う~ん・・・・』といながら頭をあげて周囲を見渡す千賀子。

ここは薄い緑色の世界だった。

上を見ると紫色の雲が広がっている何だか気分が悪くなるような配色だ。


この濃い緑の斜面に散らばっている亀の甲羅のようなものは?・・・千賀子は立ち上がった。

そして、飛び上がって雲の上に出ようとするが

半分ぐらい飛びあがったとき又、身体がキリモミされひきずり込まれる。

術で抵抗しながら下方を見るとあの亀の甲羅のようなものの中央が開き、

赤く光ったそれから渦を出しているのが判る。


千賀子は抵抗するのを止め、自ら飛び降りた。

これって一体何なんだろう?

千賀子は体力を温存するためこの緩やかな斜面を上っていく。

この足元にあるわあるわ亀の甲羅が斜面に張り付いている。

他には白い骨が散らばっているのだ。


いきなり甲羅の下から細い触手が2本出てくる。

くねくねと動きながら千賀子に迫ってきた。

触手だけでなく甲羅自体の動いて千賀子にせまってくる。

その数何百・・・いや何千・・・数限りないそれがせまってくるのだ。

『これは亀甲虫という』

そう言ったのは千賀子を見守りつづけて緋龍様。

「亀甲虫?緋龍様それは一体・・・」


『龍の体内に住み着いているいわば人の身体でいえばウイルスのようなものじゃ』

「ウイルスですか」

『そうじゃ。だが普通こんなに数が増えることは無い。せいぜい50か100か。

亀甲虫は体内に増えると心も蝕む、

いや紅龍の場合心が陰に蝕まれたからこんなに数が増えたのだろう』

「では、この亀甲虫を退治すれば紅龍様のお心は・・・・」

「本来の心に戻りやすくなるだろうな」


「では!」

というと

『臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前』と九字をきる。

すると目の前に金色に輝く珠が浮かんでいた。

千賀子は珠を右手でつかんで天の方向に差し上げてこう叫んだ。

「善なる光よ!我の心と共に!!」


すると金色の珠から強い金の光が一筋出てきた。光はどこまで行くのだろう

その光が珠を中心に回り始めた。

するとその光が扇型に広がり周囲全体を照らし出す。

千賀子の全身が金の光の中にいる。力が溢れてくるのがわかった。


やがて光が消え珠も消えると周囲の情景が一変していた。

勿論、亀甲虫は全て消え、どんよりとした周囲の緑色もスキっとした透明色に変わり、

上空の紫色の雲も白い雲に変化していた。


千賀子は雲の上に出るため飛び上がった。

山と雲海は以前健在だったが、ここの情景も一変していた。

千賀子がやってきたあの湿地帯があった地域が消滅し、小宇宙が直ぐ傍に見えていた。

紅龍の心の闇の一部が綺麗に祓われていたのだ。

外堀から埋めていく・・・そんな言葉がふっと浮かぶ千賀子。

昔の戦国武将の戦略だ。


「行きますよ。千賀さん・・・緋龍様!」

というと千賀子の身体が山に向かって移動していく。


山が目の前に高くそびえるのがわかる距離に近づいた時

『バチッ』という音と共に電気に打たれたようなショックを受け

はじき飛ばされてしまった。

一瞬気を失っていた千賀子。

『千賀子様!・・・千賀子様!・・・・』

という千賀の呼びかけにようやく気が付いた千賀子。

まだ身体が痺れて思うように動かない。


千賀子の身体から青く光る珠が飛び出したかと思うと

千賀子の身体に沿って移動する。

緋龍が千賀子の身体の痺れを吸い取っているのだ。

青い珠が再び千賀子の体に消えたとき、やっと立ち上がれた。


でも心理的ショックはまだ残っている。

いきなりだったので呆然とするだけでなく膝がガクガクとしている。身体の痺れが残っているのだ。

そこで千賀子は大きく深呼吸をはじめた一回二回と・・・・段々と落ち着いてくる。


「何よ!一体・・・・」

とよく目を凝らして見ると透明のバリアが張ってあるのだ。

バリアは地上からここの天空の端まで覆っていて山を守っている。


『千賀子様!どうすれば良いのでしょう』

「私、ものの本で読んだことがあります。いくら堅い守りの城でも1箇所どこか弱いところがある。

・・・いえ、1箇所弱いところをわざと作ると・・・・」

『千賀子!そのとおりじゃ。我ら龍の身体も堅い鱗で守られているが

一箇所弱いところがある。それが逆麟じゃ』


緋龍の言葉を聞いて決心したのか

「地に降ります」

といって雲海に飛び込んだ。


真ッ逆さまに地に突っ込んでいく・・・

地に近づくにつれゆっくりと落下する。

地上10mぐらいで一時宙に止まり、身体を回転させ足を地に向けた。

そして、地に立った。地は先ほどの千賀子の力で一変したままであった。


バリアは地の底から天に上っていた。

千賀子はそのバリアに沿って移動を始めた。

この広大な地域・・その長い距離を術で一瞬のうちに調査をする。

千賀子の超感覚はバリアの弱いところを一箇所見つけた。

それは、針の穴のような小さなものだった。


直接にバリアには触れられないので、術に千賀子の思いをのせる。

『バリアよ消えろ!』・・・・・と。

その小さな針の穴から『ピシピシ』とひび割れが生じ始めた。

小さなひび割れがバリア全体に広がるのはそんなに時間がいらなかった。


バリア全体に広がったひび割れの一箇所『ピシッ-ン』とはじけ飛んだと思ったら、

『パリン』といって硝子板が内側から割られるようにその全体がはじけ飛んだ。

そして、割れたバリアは一瞬のうちに細かい粒子となって宙に消えた。


今まであったバリア内の山肌は何もない赤茶けた土で出来ていた。

まるで噴火したあとの山のように草木も生きた証も何もなかった。

表面の土質は手でさわると風化したようにポロポロと落ち、

一歩踏み出すと片足が30cm近く土の中に入っていく。


「千賀さん!何か感じない?」

『ええ・・・感じます・・・これは紅龍様の悪しき心、人を呪って・・呪って・・』

「千賀さん!今は嘆くのはお止めなさい。他に・・・他には・・・?」

『いいえ・・・何も・・・いえ!聞こえます!・・・・聞こえます!

小さな声ですが・・・・私を呼んでいます!・・・千賀!・・・千賀!・・って』


「千賀さん、呼びかけに返事をしてあげて!」

『紅龍様!・・・紅龍さまあ~・・・』

「もっと!・・もっと!強く!・・・もっともっと強く!・・・千賀さん!」

『紅龍さまあ~・・・わ・た・し・の・こうりゅうさま~~~・・・』


奇跡はおこる・・・・信じていればきっと・・・・信ずればこそ・・・

『千賀~~!・・・千賀!・・・千賀か?・・・』

『こ・・紅龍様・・・そうです。私です。千賀です。・・・」


『おぉ~~千賀!・・・いまどこにいる?・・・逢いたい!・・・逢いたい!・・』

『ここです!・・・ここにいます!・・・・山の麓!!』

と千賀が言った瞬間に山が唸りだした。・・・いや、大きな地震が起こったのだ。


千賀子は直ぐに地面から2mぐらい上に浮かびあがった。

山の麓から地割れが発生し、山の中腹が突如爆発し大きな穴があく。

山が・・・崩れだしたのだ。

大きな穴から『ギュワォ~ン』と叫び声が聞こえ、黒い大きな龍の顔が出てきた。


黒い龍が千賀子を睨みつけ、

『何だ!お前は!・・人間ではないか!』

地に響くような低い声は千賀子の心にどす黒い波紋を起こした。


言い放つ口から胸が悪くような臭気が立ち込めてくる。

これが人を呪って200年生き続けてきた結果なのか。

『違う!・・違う!・・あれは私が愛し続けてきた紅龍様ではない!」

そう、千賀が言い切るくらいの変わりようだ。


『人間であるお前がよくここまで来れたな』

と尊大なものの言い方をする。

見ると龍の顔がいびつに歪み、目が真赤に染まっていた。


『何しにきた!・・・・ここまで何しに来た・・・

ここはお前のような人間の来るところではない。帰れ!』

「ふふふ・・・お前は気がつかないの?」

『何が可笑しい!・・・何が気が付かないのだ・・虫けらめ!』


『お前は、その虫けらの人間がどうしてここまでこれたのか考えもしないのかえ』

こうなったら千賀子も『お前』扱いにしている。

だって目の前にいるのは紅龍ではないのだから・・・・。


『や・・・やかましい・・・・そうだ。・・・・いいことを考えた!

わしは人間を呪って呪ってきたのだ。お前を人間以外のものに変えてやろう。そして、喰ってやる!』

と呪いの術をかけた。


千賀子の姿は一瞬にして醜いカエルの姿に変わってしまった。

しかし、あっというまにもとの姿に戻る。

『やや!・・・・お前は何者だ!。俺様の呪いを破るなんて!』


「上には上がいるものと思い知りなさい」

と言って呪文を唱える。

するとあんな大きな黒い龍が一瞬のうちに一匹のハエに姿を変え、

小さな丸い透明の珠の中に捕らえられてしまった。


『た・・・助けて・・助けてくれェ~~』

「ハエの分際でえらそうななことを言うんじゃないの。

あんたはもともと紅龍さんに寄生していた一匹のハエ!

それが紅龍様の呪いのおかげで長生きをして、術を使えるようになっただけじゃないの」


『すいません・・・ごめんなさい・・・もうしませんから。姉御・・・殺さないで』

つい笑いが出てしまう。

「お前!・・・名前ぐらいあるんでしょ」

『へっ?おいら?・・・・おいらにゃ名前なんてねえ』

「じゃあ、私がつけてあげましょう。龍なんてもったいない。

ハエ次郎・・ではどうかえ?・・・気に入らなかったらハエタマ・・・」

『姉御!・・・どうかあっしの名前で遊ばねえでくだせえ・・・ハエ次郎でけっこうでやんす・・・』

「ところで、ハエ次郎!お前は江戸もんかえ?」

『えっ?おわかりでした?・・おいらは生粋のお江戸育ち・・江戸っ子でやんす』


『くくくく・・・』

と笑う千賀の声が聞こえる。

『あっ!・・あんたは?』

『ハエ次郎さん・・・私も元はといえばお江戸育ち・・でも物心ついたときは

母に連れられて旅から旅・・・行き着いたところがこの地なの』

『へえ・・でお前さまの名は?』

『私?・・・私は千賀っていうのよ』

『ええ~~、お前様が千賀さま・・・では紅龍様とは恋仲の間柄・・・』

『どうしてそれを?』

『へえ、あっしは天海僧正様がこの地を訪れるとき、その小物の男にくっついてきたんでやんす。

この地に着いてみれば大騒動・・・あっしは騒動に巻き込まれて気がついたときには

紅龍様の耳の中、そこを封印されて閉じこまれてしまったんでござんす』


千賀子はしばらくこの会話を聞くことにした。

『あっしは必死に耳の中から出ようとしたんでやんすが、駄目でした。

でもそれがよかったんでやんす。それでなかったらおいらとっくにあの世行き。

でもこの長い間、おいら紅龍様の呪いと千賀様を呼ぶ声の中で生きてきやんした』

といってから腕で鼻をすする音。


何も見えなくてもハエ次郎の一挙一動が 実写のように頭に浮かんでくるから不思議だ。

『良かった・・・良かった・・・どうか紅龍様を救ってあげておくんなさい』

何だかとても人情家のハエのようである。


『でもね、ハエ次郎さん。私は自分の命を自ら縮めた身、

紅龍様をお救いしたあかつきには天に上ってお仕置きを受けるのですよ』

『そんなあ・・・ねえ、姉御!どうにかならねえんでござんしょうか』

「自殺は天の掟では特に罪が重い。わたしの力ではどうにもならぬ」

と千賀子がいうと急にキレだしたから面白い。


『やいやい・・・さっきからおとなしくしていたらつけあがりやがって

何だと~自殺したから力にならないだとう・・

ええい、そんなこという奴は姉御でもなんでもない!杯をたたきかえしてやる』

さすが江戸っ子気が短い。


『止めろ!下郎!』

『なんだとう・・・』

と振向くしぐさ

『ヒエ~~~~~~』

と腰を抜かして逃げようとするが足腰が言うことを利かなくて、

腕だけで逃げようとしている。・・・その必死さ・・・。

そんな光景が千賀子の頭に飛び込んでくる。


「プッ」

と思わず吹き出す千賀子。

『ひ~~~~~~~~~~』

千賀はお腹を押さえて転げ回って笑っているようだ。

声に出ないぐらいお腹が痛くなって・・・・・。

「千賀さん、身体に悪いわよ。声に出して笑ったら?」

というと

『だって!だってえ~~~ひひひひ~~あははははは~~~』

と大声で笑い出した。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「あはははは~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」

「いひひひひひ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」

ここはステーションの中!


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


千賀子にはいつも表情がない緋龍に笑いがうかんでいるのがわかった。

『姉御!!・・・助けてください!』

『あら、ハエ次郎!姉御でもなんでもなかったのじゃあないの?』

その千賀子の言葉が可笑しいと又、千賀が笑い続ける。

年はといえばまだ10代、箸を落としても可笑しい年代だ。


『ハエ次郎、そのお方は緋龍様といわれ紅龍様の母龍さまなのじゃ』

『ハエ次郎!よしなに・・・』

緋龍様も人が悪い・・・わざとハエ次郎に丁寧な言葉を使う。

『ひえ~~~・・・こここ・こち・こち・・こちら・・こここ・・そ』

といっただけであとは黙り込んでしまった。


『ガタガタガタガタ』という音が聞こえた.

ハエ次郎の身体の震える音と歯が鳴る音だ。

急にハエ次郎のことが可哀相になった千賀子は

「ねえ、ハエ次郎」

と優しく声をかける。

『あっ・・・・はは・・はい・・・あねご・姉御・・・・』

「落ち着きなさい、ハエ次郎!・・・誰もあなたを取って喰おうというのじゃないんですよ」

『あっ・・は・・はい・・』

「でもね、ハエ次郎。この世に生を受けたもの全て死を向かえたら全て

天に帰って裁きを受けるのが宇宙の掟・・・それは判るでしょ」

『は・・はい』

どうやらハエ次郎、千賀子の優しい語りかけに少し落ち着いてきたようだ。


「人を呪い多くの人の命を縮めてきた紅龍様も、

自ら命を絶った千賀さんも宇宙の掟でいえば重罪にあたります。

でもね、ハエ次郎。互いの愛する心は不変なのよ。菩薩様もそうおっしゃっています」

『はい!』

「だから千賀さんはどんな罰をうけようと愛を貫くつもりなのです。わかりますね」

『はい』

といいながらポロポロ涙を流すハエ次郎。

笑い転げていた千賀もかたちを改めてきちっと正座し千賀子の話を聞いている。


「ハエ次郎!あなたも江戸っ子でしょう。千賀さんと紅龍さんとの愛を助けてあげなくちゃあ」

『判りやした。もうそれ以上言われなくてもいいっす。

あっしはこの命、お二人のために投げ出す覚悟でやんす』

「じゃあ、聞くわよ」

『へえ・・・』

「紅龍様は今どこにいるの?」

『紅龍様は天海僧正様に封印されあの山の地下で眠っておられるんす。

でも肉体はそうでも精神は悲しいほど病んでおられるんす』


「千賀さん!あなたはもう一度紅龍様に呼びかけてください」

『わかりました。紅龍さまあ!・・・聞こえますかあ・・・紅龍さまあ~~・・』

『おお!千賀!待っておった、お前の声が届くのを・・・千賀・・・千賀・・

見たい!・・・・お前の姿をみたい!』


千賀子はその声を聞いて山の頂上があった地点まで飛び上がり、そこでとどまって下方を見る。

もう山としての形は保たれてはいない。

でも大きく掘れこんだ地底に湖が見えその中に赤い龍がとぐろを巻いて眠っていた。


『紅龍様!・・・私です。千賀です。・・・上を見てください!』

『おお~・・見える!見えるぞ!・・・・いや・・・誰だ・・・お前は誰だ!

お前は人間ではないか!・・・・それに、お前は千賀ではない!』


「やはりね!・・・人を呪わば何とやら・・・紅龍さん!

あなたには千賀さんが見えないのね。・・・心が病んだあなたには何も判らない」


『言わせておけば勝手なことを!・・・わしは人が憎い・・・憎い・・・憎い!

恋しい千賀を奪った人間が憎い!・・・・だからお前を殺す!』

「ふふふ・・・やはり駄目な紅龍さん・・・そんなことしか思えないのね。

人はあなたの思っているより、もっともっと強いの。

例え一時期憎しみを持ったとしても人は変わる。・・・・人は変わるのよ。

だって人は愛することが出来るから・・・愛を持って戦えるから・・・・」


『わからん・・・わからん・・・

お前は普通に人間なのにどうして我が身を見て平然としていられるのだ。

それにその内から溢れる力・・・人間なのにどうしてそんな強い力を持てる。

人はそんな力を持てば歪みがでるはずなのに・・・

お前は平然と受け入れている。何故だ!・・・・何故なのだ・・・』


「人は守るべきものがあれば強くなれる。どんなことでも受け入れられる。

わたしは守りたい!・・・愛するひとりの少女の真心を!・・・母が子を想う心を!

だから、あなたのその闇の心をぶち壊す!」

といって呪文をとなえる。


呪文と共に千賀子の身体が内から黄金の光が溢れてきて、身体中が輝きだした。

眩しいほどの輝きの中、千賀子の身体から衣服がはがれ落ち、

黄金に輝く甲冑を身に着けた少女戦士に変身した。

手には黄金に輝く槍を・・・手には弓、腰には刀、そして矢を数本背負っている。

この武器は肉体を傷つけるものではない。精神攻撃に対するものだ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「凄い!あきあのあの姿、本当の女性ヒロインの姿だわ」

「そうねえ、愛の戦士というのかな」

「でも変身しちゃうんだもの、驚いたわ」

「ねえ、監督!あの姿のヒロインで映画ができるんでは?」

「そうだなあ、考えてみよう」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


千賀子は手に持った槍を地中湖に眠る紅龍に投げた。狙いは龍のもっとも弱い逆鱗に。

槍は千賀子の狙い通り逆鱗に当たったというより、逆鱗に触れたのだ。


『うう~~、おのれ!・・・おのれ!・・・』

精神は肉体につながっているので逆鱗にふれたのがわかったのであろう。怒りに我を忘れ狂いだした。しかし、肉体は封印されているため動きはしないが精神での攻撃が千賀子を狙いはじめた。


それは人の形をとった闇の住民達が千賀子を取り囲んだのである。

こうして宙で浮遊しての戦いが始まった。

千賀子には武道を習った覚えはない。

しかし、こうして戦ってみると相手の攻撃が全て読めるのだ。

攻撃をかわし、又受けて打つ。だが相手はそんなことで倒せない。

打っても打ってもすぐ立ち上がり向かってくるのだ。


千賀子は腰の利剣を抜いた。白く輝くそれは相手を切ると消し去る。

縦横無人に動きまわって全てを切り倒したあと地中湖に降りていく。


地中湖畔に降り立った。

どこからか硫黄の臭いがするのは気のせいか。湖水は白く濁っている。


『お前はそんな姿をしているのか・・・どこか千賀に似ている・・・

ううう・・・・頭が・・頭が痛い・・・・千賀~~!・・・助けて・・くれ~~』

『紅龍様~~・・・紅龍さまあ~~~・・・』

千賀との結びつきが、紅龍の心を変えようとしている。


人を呪う心の闇を切り捨てようと紅龍自身苦しんでいたのだ。

千賀がこうして近くまできたことによって紅龍の愛が目覚めた・・・

そう思っていいのかも知れない。


千賀子は背中から黄金の矢を一本取り出すと弓につがえ

『ギュ~ン』と引くと少し斜め上をめがけて矢をはなった。

矢は地中湖の真中に着水すると水深く進んで行く。


しばらくすると矢が着水した位置から湖面が泡立ちはじめた。

そしてゆっくりと円を描きながら現われたのが白い着物を着た少女と

黒い着物を着た少女だった。

正反対の位置に立って睨みあいながらゆっくりと円の周囲を回っている。


そして、ゆっくり・・・ゆっくり・・動きがとまった。

着物の色は違えど、二人とも同じ少女。

『千賀子様!・・あれが・・・あれが・・・紅龍様です!・・・

でも、紅龍さま・・・がお二人。・・・これはどういうことでしょう・・・』


「千賀さん、あのお二人。どうやらあなたと愛を誓った紅龍様と

人を呪って闇に引き込まれた紅龍様の二つの心・・・

千賀さんの呼びかけであなたの紅龍様が目覚めたのですよ」


『紅龍さま~~~』

千賀の声で振り返った白い着物の少女、

しかし、その時、黒い着物・・・いや、闇の紅龍が右手を上げその手の平から

赤く燃える珠が紅龍様に向かって発射された。身体に当たってもんどりうって倒れる紅龍様。


『あっ!紅龍様が・・千賀子様・・早く・・早く・・・紅龍様をお助けください』

千賀子は素早く矢を射る。矢は千賀子の術に操られ見事右手の腕を射ぬいた。

『ううっ・・おのれ~~~おのれ~~~』と腕の矢に手をかけると

『ググーー』と力をいれて引き抜いた。だがこの矢は鬼や邪を制する退魔の矢。

『ジュジュ』と矢を掴んだ手の平から白い煙があがる。

矢を投げ捨てた闇の紅龍!こちらを向いて手の平を向けた。しかし、何も出てこない。


紅龍は恐ろしい顔をして口を開けた。

『ギャオウ・・・』と声を上げると凄まじい炎が千賀子を襲った。

2回3回と地上を回転して逃げる千賀子・・・・

しかし、炎は千賀子をめがけて追ってくる。


両手を前にだしてバリアを張る、炎の勢いはバリアの温度を急激に上げた。

このままではもたないとおもった千賀子は勢いをつけ湖畔を走り湖水に飛び込んだ。

炎は千賀子を追っているのだろう湖水の温度が上がってくる。


水中の透明度は最悪だ。ほんの30cmの前も見えない。

術で透明度をあげることは可能だが、そうすれば闇の紅龍からも丸見えだ。

千賀子は人差し指から光を出す。光線は広がりあたったところだけ透明になった。

もう水温は風呂の適温40°ぐらいまで上がっている。


湖底を照らすと、とぐろを巻く赤い龍の頭のところに白い着物の紅龍様が沈んでいた。

抱き起こしてみると肩先の着物が破れ、白い肌に赤黒い火傷のあとがくっきりと残っていた。


千賀子は紅龍様を地上に引き上げた。

湖水の温度はもう100°ちかくまで上がっていて水蒸気がたちこめ始めていた。

でも身体のバリアのおかげで熱さは感じない。

紅龍様を岩陰に寝かせると身体の中の千賀を呼び出した。

赤い珠が千賀の姿になると

「千賀さん、紅龍様を頼みます」

『あっ!千賀子様は?』

「私ですか・・・私はあの闇の紅龍を倒します!」

と言って右手を上にあげると、あの黄金の槍が現われた。


最後の戦い・・・千賀子はそう思った。こうなれば力を全開で戦うまでだ。

千賀子は飛びあがるとこちらを睨みつける闇の紅龍にいった。


「あなたは闇にかえりなさい」

『うるさい!・・・よくもこの身体を傷つけてくれたな・・・許さない』

といって闇の紅龍が変化した。

黒い龍が現われ、その口から連続で炎の玉が千賀子に向かって吐き出される。

身を翻して避けるとその玉は岩壁に当たり爆発し、

大きな岩や石が湖畔に落ちて、もうさきほどの情景のおもかげはない。


千賀子も槍を投げつけ、龍の頭につきささると龍は怒りくるって

尻尾で千賀子を打ち倒そうとしている。


千賀子は飛びあがり利剣を抜きはなって、

その襲ってくる尻尾に向かって利剣を上段から振り下ろすと、

『ガッ』という音とともにスパっと尻尾が切り落とされた。


尻尾はトカゲの尻尾のように切り落とされてもクネクネと動きまわっている。

『ギャァ~~』凄い声をだして岩壁にぶち当たると岩や石と共に落下した。

でもその岩を跳ね飛ばして浮かびあがった。

でなにやら身体を動かしているのだ。

『ちくしょう!・・・・畜生!』

「闇の龍よ!・・失った体を再生しようとしても無駄よ。

この利剣に切られたところはもう再生はできないわ」


その言葉で龍は身体ごと千賀子にぶつかってくる。

間一髪飛び上がってそれを避けた千賀子。

龍は岩の上に落ち身体をくねらして苦しがっている。

「もうこれ以上あなたに戦う気力は残っていないわ。あなたをこれから浄化します」

といって利剣を高く振り上げ、左手を鍔元に添えると

左手がさやであるかのようにゆっくりとぬく。


すると刀身がそこから光輝きはじめた。刃先まで抜くとそのまま龍に向かう。

美しい刀身からの光線が龍に向かった。光線が球形にかわって龍を覆いつくし、

球形の中でキラキラ光る金色の粉が龍に張り付いたのだ。

ゆっくりゆっくりと龍の黒い色が抜けていく。

キラキラと光りながら龍の姿が透明になりやがて消えていった。

張り付いていた金色の粉も土にかわり、地の土と交わりあう。

光線の球形も消えた。


終わった・・・闇との戦いも・・・紅龍を元にもどすのも・・・・

そして二人の愛の行く末も決まった。


千賀と紅龍様は千賀子が施した球形のバリアの中で宙に浮いていた。


『姉御!終わったのですかえ』

戦いの間おとなしくしていたハエ次郎の久方の言葉だ。

「ええ」

といいながらバリアを指し示すとバリアの球形が湖畔に下りた。

千賀子もバリアのよこに降り立つとバリアを消した。

紅龍様も千賀の介抱によって意識を取り戻していた。

千賀の助けによって立ち上がった紅龍様は千賀子をみつめて

『そなたは?』

「私ですか?・・・私はそう・・・愛の戦士です」

といって惚けた。


『姉御!姉御は格好いいっすねえ』

ハエ次郎の言葉に少し笑みを浮かべて

「紅龍様!あなたはこれで自由です」

『しかし、わしは・・・おろかにも龍神としてこの手で守るべき人間を

・・・多くの人間の命を奪ってしまった・・・悔いても悔いても悔やみきれない!』


『紅龍様!・・私も天の掟を破った身!二人でお裁きを受けましょう』

『千賀!・・・これからはわしと一緒ぞ』

『はい!紅龍様・・・例え何があっても、もうはなれはいたしませぬ』

「紅龍様!・・・あなたにお逢わせしたい方がいらっしゃいます」

といって手を合わせて手の平を上にむけると

千賀子の身体から青い珠だ出てきた。


『あっ!・・・それは母上の魂!』

『我子、紅龍よ。よくぞ目覚めてくれた。母は嬉しい』

『しかし、母上!私は・・・・私は・・・』

『それ以上言わなくても良い。そなたの起こして罰は母も受けましょう』

『母上!・・・千賀は!・・・千賀は!・・・』

『判っておる。千賀も一緒じゃ。もう、離させはせぬ』


「紅龍様!あなたの封印を解きます。・・・いいですね」

というと『臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前』と九字をきる。

そして呪文を唱える。


すると湖底から凄い光が飛び出してきた。

一瞬にして光に包まれた。・・・・そして・・・・


                      ★


ここは龍雲寺の本堂、千賀子が行ってしまってからの時間がいやに長く感じられる。

千賀子は本堂に敷いた布団の中で寝たっきりだ。

傍でつきっきりで手を握っているかなは、本堂の欄干に立つ母に向かって声をかける


「母様!お姉ちゃん・・大丈夫よね」

「大丈夫よ。千賀子さんは」

とそんなとき闇の中、子湖しこのあったあたり、今は草木も生えない荒地から

一筋の光が地中から天に向かって伸びたのである。


「和尚様!あれは何でしょうか?・・・」

「判らぬ!・・・じゃがもしかしたら・・・」


一筋だった光が二筋・・・三筋と数が増え、数分後には大きな光の束になって

周囲を照らしている。

だがそれも急激に天空から消えはじめ、

やがて光が収束したころ埋められていたはずの子湖に水を湛えている様子が窺える。


そしてそこから4つの光が本堂に向かってきた。

3つに光は境内に留まったが黄金色に輝く光は寝ている千賀子の上に止まり

ゆっくりと降下して千賀子の身体の中に吸い込まれていった。


パチッと目をあける千賀子、

「あっ!お姉ちゃん。お姉ちゃんが気がついた」

大声をあげて喜ぶかな。

「かなちゃん、ありがとう。見守っていてくれたのね」

かなの手をギュッと握ると身体を起こしてたちあがった。

この身体は生身だったので少しふら付いたが、かなと女将に助けられて本堂の欄干に進む。


境内の3つの光は寄り添っていたが、やがて人として千賀子達の前に立った。。

千賀はもうひとりの少女・・・紅龍様と寄り添っている。


『千賀子様、ありがとうございました。貴女様のおかげです』

と千賀。

『千賀子殿!この恩決して忘れませぬ』

と紅龍様。

「紅龍様、千賀さん。もうその手を決して放しては駄目ですよ」

と千賀子が言うと、二人は決意を表情にあらわし、

『千賀子殿!わかっております。もう決してこの手は放しませぬ。

では私達、これより天に上って裁きを受けてまいります』

といって再び珠になり、上空にあがると赤い龍の姿に戻った。

赤い龍の回りに千賀の赤い珠が飛び回り、やがて龍の体内に入っていった。


境内に残った美しい女性・・・勿論、緋龍が変化した仮の姿だ。

『千賀子様!これよりあの子達を天に送ってまいります。

それからは未来永劫、この地を守りぬきます』

「あっ、緋龍様!・・私のこの力をお返しいたします。

緋龍様でございましょ、私にこのような力を与えたのは。

こんな力を私いつまでも持っていては・・・・」


『ほほほ・・・何をおっしゃられる。その力はもともとあなたが持っていたもの。

わたしは千賀子様の力を呼び起こすきっかけを与えたに過ぎませぬ。

そんな力は我々龍族にも持ち得ない天界のあるお方だけのもの』

「緋龍様!その天界のお方とは?」

『いえ、私の口からはとても申せませぬ。それはあなた自身の力でお調べください。

それに貴女様にはこの先、いくつもの試練が待ち受けております。

その力はその試練を乗り越えるためのもの』

「試練?・・・私はこれからも今日のような出来事が待ち受けているとおっしゃるのですか?」


『はい、でもそれ以上は申せませぬ。

千賀子様!あなたは闇の力を光に変えられるお方。

そのような御心の持ち主が力を恐れてはいけませぬ。

あなたの優しい御心はいくら力を受け継ごうとビクともするものではございますまい』


「緋龍様!あなたは私を買い被っておられる」

『おほほほほ・・・、私、貴女様の前世・・・・いえ、もっともっと古くから存じております。

でもいつの時代でも貴女様は変わられませぬ。

いえ、多くの試練を乗り越えるほど大きくなられる・・・心配は無用でございます。

あっ、それから今までの貴女様に対する数々の無礼、お詫び申します。

私はこの地より千賀子様のご無事をお祈りしております。・・・では』

といってから珠にかえり湖のうえまでとんでいき龍の姿に戻った。


二匹の龍は真っ直ぐに天空を目指し、星の瞬きの間に消えていった。


                      ★★


こうして前代未聞のドラマが終わった。

深夜を過ぎての終了時間は明日の視聴率を集計してみなけれが判らないが

番組途中のテレビ局での反応から凄いことになりそうだ。


涙ぐんだ木村プロデューサーに迎えられて車に乗り込んだ女優陣一同、木村家の居間に落ち着いた。

呪いが解けたことで家族中が明るい。


この家は今日、女ばかりなので木村プロデューサーは一人、

男達が泊まっている旅館に戻っていった。


深夜までの仕事の疲れで食事のあと皆、直ぐに寝てしまったが

朝早く、全員すっきりくっきりと元気よく目覚めた。


みんな三々五々に、顔を洗ったり化粧をしたり身支度をしたりと帰る準備をしている。

もう1日か2日、この地でゆっくりとすればいいのだがどうしたわけか全員、今日帰るという。

理由は一つ、昨日のドラマの世間の反響をその身で感じたいのだ。


早く起きて手早く自分の準備を終えて今日の沙希の服装を準備していた杏奈、

杏奈の仕事は沙希が私人・・・公人関係なく沙希の服装を整え、メイクを施していく。

だから昨日のあきあのテレビでの服装も杏奈が監督達と打合わせて用意したものだ。

杏奈が沙希個人のファッション・コーディネーターについたとき

自分の友人達や母のミチルのコネを使っていろんな衣服を集め

沙希の普段の衣服としてピックアップした。


けれど沙希があれよあれよと女優の仕事もやるようになり、

そして杏奈が見ていてもドキドキするような不思議な力と

薫から天才といわれる演技力で日野あきあの名前が日本中で知られた今、

私人の早瀬沙希が着る服装も変わっていかざるをえなかった。


元来無頓着な沙希は杏奈にとって楽な相手だが

沙希の名前が有名になるにしたがってその沙希についている杏奈の名前も

ファッション業界に知れ渡り、注目されその重圧に胃がキリキリ痛むことがあった。


元はといえば軽いノリの若い女性だ。

けれど環境が変わったことで杏奈自身も変わらざるをえなかった。

ガチガチに肩に力が入っていた杏奈の肩の力を抜いたのはやはり沙希だった。

「杏姉!どうしてそう肩に力をいれているの?最初の杏姉はそんなんじゃなかったわよ。

もっと楽にいこうよ。杏姉が選ぶ服を着るのは私よ。いくら私だって嫌いな服は着ないわ。

誰がなんと言おうと杏姉の着せてくれる服って大好きなの」


なんだかホッとして体が軽くなる。

抱きついてキスをして元気をもらったのはいうまでもない。

あと杏奈に残っている問題と言えば沙希に付いているせいで自分の目で衣服を選べないことだ。

それを律子に相談すると

「そんなこと何でもないじゃないの。

大体自分でも何もかもやろうっていうことが間違いなのよ。

そんなことすれば自分の目が固定されてしまうかもよ。

杏奈にはたくさんの友達がいるじゃない。

その子達に沙希の服を選ばせてから杏奈の目にかなうものを沙希に着せればいいのよ。

それと小さな・・・これからというメーカーと提携して杏奈のデザインした服を作らせたら?・・・。

杏奈もこれから人を動かすってことを覚えなければね」

と杏奈に外部にプロジェクトを作ることを忠告した。


今日、京都に帰る沙希と別れて東京で仲間達と会い、仲間達が持ってくる服をピックアップするのだ。

それと共に仲間達のめがねにかなったこれからというメーカーに

集まってもらって仲間達とメーカーの選定をする重大な日だ。


沙希とは沙希の会社で明日待ち合わせることになっている。

NASAから人が来て沙希が開発した通信機の打ち合わせがあるからだ。


「ねえ、沙希姉さん!今、テレビ各局が昨日の番組のことを取り上げているわ」

とひずるが部屋に飛び込んできた。

「各局がとりあげているの?」

「ええ、でもどの局も内容は同じなのよ。いろんな人を集めて話あってるわ」

といったとき

「ふふふ・・・面白いわよ」

と薫が入ってきた。

あきあは杏奈に髪を整えてもらいながら朝のお茶を楽しみ、

同部屋の瑞穂と智子はお化粧に余念が無い。


薫はテーブルであきあに向かい合って座り

「いろんな評論家を集めて、こんなドラマが実際作れるかどうか・・ですって。

でも古い人は駄目ねえ、固定観念に凝り固まってしまって・・」

「あら、私も古い人間よ」

と大空圧絵もマネージャーの吉備洋子を連れて入ってきた。

マネージャーの吉備洋子は薫やまゆみと同年代で、

昨日始めて逢ったあきあ達も気軽に話せる女性だった。

でも今は洋子があきあをみつめる視線には恐れと尊敬が入り混じり、じっとあきあを見つめている。


「ねえ、圧絵さん。今日どうするんですか?」

「勿論、あきあと同じ行動よ」

「私、一度京都のお婆ちゃまのところに帰ってから、里に行くつもりですけれど」

「いいわよ、私もその通りにする。洋子も一緒よ」

「えっ?私も?・・・いいんですか?」

「あたりまえじゃないの。あんたは私の家族だから」

「洋子さん!圧絵さんの言われる通りよ。みんなで一緒に行きましょう」

とあきあも口をそえる。


「いいなあ、私は今日テレビ局にいかなければならないの」

と智子がいうと

「私だって、きょう東京で打ち合わせよ」

と杏奈が沙希のヘヤーを手で整えながら

「沙希!終ったわよ」

「ありがとう、杏姉」

といってから

「ねえ、智姉は静姉や理沙姉と一緒に里にいってよ」

「うん、わかったわ、そうする」


「ねえ、私はどうずればいいの?律子姉さん」

といつのまに入ってきたのか、柱にもたれていた律子にひづるが聞く。

「ひづるはオフよ。だから沙希と一緒に行動するの」

「やったあ!」

と飛び上がって喜ぶひづる・・・でも律子の一言がひづるをどん底におとした。

「・・・と喜ぶのはまだ早い。列車の中と京都で勉強と・・・前にだした宿題は?」

「あっ!」

といってしょげかえるひづる。

『ぷっ』と噴出した瑞穂だったが、律子はそんな瑞穂をギロリと睨み

「瑞穂!あんたも笑っている場合?」

「えっ?」

「あんた、この前出した宿題忘れたでしょ。今日はその罰としてひづると一緒に列車の中で勉強よ」

青い顔になる瑞穂に同類とばかりに喜ぶひづる。


「凄いわね。早乙女薫事務所のマネージャー達、みんなまゆみにそっくりになってきた」

「あら、薫さん。そんなこと言ってもいいの?」

と睨みつけたのは事務所のNo.2の順子。


「ああ・・やばい・・やばい」

と薫は首を縮めてしまう。


その時

「あっ!」

と叫んだのがひづるだ。


「ねえ、あきあ姉さん。ドラマの最後に出てこなかったけれど、

あの『ハエ次郎』って本物なんでしょ」

「あっ!忘れてた。・・・ハエ次郎!」

「えっ?あれって作り物ではなかったんですか?」

「馬鹿ねえ、洋子。後半部の台本真っ白だったでしょ」

「あれって、みなさんの台本もなんですか?

私また、後半出てない人のは何も書いていないと思ってたの」


「そうよねえ、今テレビでやってる反応は誰しもなんだわ」

「知ってる人だけよ」

と薫がいう。

「ねえ、あきあ。あれって全部本当なんでしょ。でも名前はみんな千賀子って呼んで

あきあって全然呼ばれなかったわ。私不思議で仕方がないの」

「あれはね、実際は千賀さんも緋龍様も紅龍様も実際はあきあって呼んでいたの。

でも術で千賀子って皆には聞こえるようにしていたのよ」


じりじりとまっているのはひづる。また話が長くなりそうなので

「ねえ?ハエ次郎は?」

と思い切って横から声をかける。

「じゃあ、紹介するね」

といって伸ばした右手を広げると透明の球の中に一匹のハエ。


「いや!気持ちが悪い・・・」

「どうお、ハエ次郎。ひづるちゃんに気持ちが悪いといわれたけれど」

『姉御!お願いでござんす。あっしを見放さないでおくんなさい』

「ねえ、あきあ姉さん。これ何か言っているの?」

「ひづるちゃんに聞こえる?」

「いいえ、なんにも・・・でも何か話しているように思えるわ」


「じゃあ、お話できるようにしょうかな」

といって呪文をかける。

「姉御!姉御に見捨てられたらあっしはチリとなって消えてしやいます。

おねげえでやんす。おそばにおいてくだせえ」


「うわあ~~ほんとうにしゃべってる。それにおかしな言葉使い!」

「あきあ、それってほんとうにハエなの?」

と瑞穂が聞く。

「そうなの。天海僧正様がこの地を訪れるとき小物についてきた一匹のハエ、

それが紅龍様の耳の中に入って呪詛をうけ200年の長きに渡って生きてきたのよ。

いわばお化けかな?」

「姉御!化け物呼ばわりは悲しゅうござんす」

「どうする?ひづるちゃん。この江戸っ子のハエ次郎は・・」

「とっても面白い!・・・でもこの姿・・気持ちわる~い!」


「ひづるちゃんが今つれている、ヤタさんや、胡蝶さんとは少し違うけど」

といってひづるが持っている熊のぬいぐるみに目がいった。

昨日、この家のお母さんにもらったという。


「ねえ、ハエ次郎。あなたひづるちゃんのあの小さなぬいぐるみに姿を変えられる?

だめだったら私がやってあげるけれど」

「でも、姉御。あっしは姉御のそばを離れると生きてはいられやせん」

「そっかあ、駄目かあ・・ごめんね、ひづるちゃん。

このハエ次郎は術者のそばでしか生きられないの。

ひづるちゃんのお友達にしてあげようと思ったのに。あら・・・ヤタさん、怒ってるね」

みるとキーホルダーの熊さんの足がぽんぽんとひづるの胸を打っている。


そして胸についていた蝶のブローチが宙にとびたって少女に変化した。

「主殿、そんなきたない奴。主殿のおそばにおいたらいけませぬ」

といってから再び蝶にかえり、ひづるの襟に張り付いた。


「ねえ、姉御!あっしはそんなに汚いんでござんしょうか」

と情けなさそうにいう。

「そうねえ、その姿は決して綺麗とはいえないわねえ」

「じゃあ、あっしはどうしたら・・・」

「ハエ次郎はどうしたい?」

「へえ、あっしは姉御のそばにおいていただければそれだけで」


「じゃあ、こうしましょう。私のこのブローチ琥珀で出来ているの。

そしてこの琥珀の中、空洞になっているのよ。よかったら、ここに入っている?」

「えっ!いいんですかい」

「いいわよ」

「では、さっそく」

といって、琥珀の中にはいっていく。


「よかったね、ハエ次郎!」

というひづるに

「へえ、ありがとうござんす。・・・グスン・・」」

なんて、少しシュンとするハエ次郎の哀愁のある声が聞こえた。


「どうしたの?洋子」

「信じられない!・・・目の前で見ているのに・・・それでも、夢みてるみたい」

「ふふふ、そうでしょうね」

「それに、こんなの見て平然としている圧絵さん達にも・・・」

「私達も最初は洋子と同じよ。あきあのそばにいるともう慣れっこになってね」

「それでも圧絵さん。昨日のドラマにはさすがの私達も驚いたわねえ」

と薫。


「私、あの『ステーション』に乗ってみたかったわ」

とひづる。

「私と洋子は旅館での出演が終わった後は『中央』というの?

小野監督の傍にいたから『ステーション』からの映像を全て見ていたわ。

どうしてあんなことが出来るの?あんな恐ろしい世界にいながら・・・。

あの12あるってステーションをカメラ割を考えながら全部をあきあが動かしていたんでしょ」


「でも100%ではなかったわ。ある程度までは『ステーション』を動かすけれど

カメラワークはやはりプロのカメラマンの技よ。それより気が気でなかったのはアクシデントよ」

「それでも動かしていたのは事実でしょ。

私とひづるとあと幸田さん、それから律子と順子それに少数のスタッフ達は

本堂の奥にあるテレビで見ていたんだけど、特にあの世界の最後の場面、

光に包まれたあの世界から龍雲時の本堂に場面が切り替わったときは、

凄くスムーズにいったでしょ。なにか録画を見ているようだったわ」


「あんなのなんでもないわ。あのステーションは最初の位置に戻る機能を

つけていたの。だから光に包まれた瞬間に元に戻るスイッチを入れただけよ。

もっともその時に瑞姉に元に戻るからって報告をしていたから」


「私の頭の中に次から次へとあきあからの声が聞こえるでしょ。

いつもせっぱつまった状態での指令だから気が休めなかったわよ。

ドラマが終わったときはもうふらふら・・・・」

「でも瑞穂はけっこう楽しんでいたじゃないの」

「何言ってるの、智姉みたいに100%楽しんでなかったわよ」

「あら、私もきちんと仕事をしていたわよ」

と口喧嘩をするがこれはいつものことで皆ニヤニヤしているだけ。


「ところでさ、あきあ。あのステーションってどこへやってしまったの?」

薫がきいた。

「持っているわよ」

という平然としたあきあの返事に皆びっくり、

ニヤニヤ笑いながらバックの中からナイロン袋を出してきた。

中には直径3cmの球が12個入っていた。


「えっ?これがそうなの?」

「そうよ。でもこれでも中はけっこう複雑なのよね」

「これってあきあが作ったの?」

「ええ」

「こんなの、いつ作ったのよ。あきあにはそんな時間がなかったはずよ。

京都では撮影があったし、あんな恐ろしい事件が3つもあったのよ。不可能だわ」

と順子がいう。


「これ、里で作っておいたの」

「里で?」

「ええ、そうよ」

「だって、里でもそんな時間は・・・」

「あったわよ。ソフトを作るのと同時進行でね」


「ああ~~、あんたと話してると頭がいたくなってくる」

と順子が嘆く。女優以外の世界でもマネージングしなくてはならないのだから。

「順子姉さん、どうして?」

となんのくったくもなく聞くのはひづる。


「だってこんなの日本の映画関係者や世界中の・・・特にハリウッドから絶対に注目されるわよ」

「心配いらないわよ、順子。こんなの作っても動かせるのあきあだけでしょ」

頷くあきあにほっとする順子。

「でも、あきあをハリウッドに連れていくってこと考えられるわね」


「あっ、そうか。あきあを海外でデビューさせると女優以外でも

こんなののマネージメントをする必要も出てくるのね。

こりゃ、とてもあきあのマネージャーは一人では対応できないわ」


「順子、もうすぐNASAからあきあ・・・いえ沙希ちゃんを訪ねてくるんでしょ。

もしかしたらNASAに出向くってことも考えられるわよ」

「駄目よ!そんなの駄目!・・・今から日本中の騒ぎの中に帰って行くのよ。

そんな上に海外ですって?冗談じゃないわよ」

怒る順子に律子も頷いた。


今の状態はいろんなことに手を出している時ではない。

里へかえってゆっくりと休養しなくては身体が続かないだろう・・・と思う。


そんなとき、木村プロデューサーのお母さんが朝食の準備が出来たから

と呼びに来たのを期に女性全員が居間の食卓に移った。


こうして、この地を立ち日本の喧騒の中に帰っていくあきあ・・・・・。



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