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第一部 第十二話


おはようひづるちゃん。早いわね」

「おはようございます。沙希姉さん」

庭で緑の蝶とたわむれているひづるが明るく挨拶する。


「おはようございます。あきあ様、杏奈様」

といって十二単姿の玉藻、葛葉、紅葉がお茶をもってあらわれた。

その後ろからあの高弟で一番弟子の山野葉志保が困った顔でついてきていた。

「みんな、おはよう」

といってから、志保の顔をみて

「どうされたのですか?」

聞く。


「いえ、沙希お嬢様にお茶をお持ちしようとしたのですが、玉藻さんたちが

これは私達のお役目だといって・・・・」

「すいません、この子達一生懸命なんです。少し大目に見てやってください」

と頭をさげる。

「あらあら、いけません。私のようなものに頭をさげては・・・・

それでは、沙希お嬢様・・・」

「山野葉さん、その沙希お嬢様というのは止めていただけません?」


「いいえ、だめでございます。前世とはいえ私は沙希お嬢様の乳母でございました。

それに沙希お嬢様は大恩ある師匠のお孫さんにあたる方、

どうして、粗略に扱えましょうか。それに沙希お嬢様こそ私を山野葉さんだなんて

他人行儀な・・・・志保とお呼びくださいませ」

と言い放つ。


やれやれと困った顔の沙希だったが3人のあたりまえですよという顔で

助けにはならない。

「沙希!あんたが少しだけ我慢すればいいのよ」

と杏奈にまで言われては何も言えなくなる沙希。


庭ではひづるが蝶といっしょに相変わらずとびまわっている。

そこに玉藻が声をかけた。

「これ、胡蝶。そろそろ姿をあらわしたらどうじゃ」

その声で蝶が垂直に舞い降り、そこから美しい黒髪の着物をきた少女があらわれた。

「だって、お姉さま。わたしひづるが大好きなんだもの。

姿をみせて嫌われたくない」

「胡蝶さん、相変わらずねえ。もっと自分に自信をもったら?」

と沙希が声をかける。


「わたし、あきあみたいにきれいじゃないもの」

「これ、もうご主人様でしょ。それを呼び捨てにして」

「だって晴明様からはこのひづる様がご主人だといわれているのよ」

ひづるはびっくりしたようにこの光景をみていた。


「でも、その十二単姿はこの現代には合わないわねえ。山野葉さん」

といっても返事をしない。

「仕方ないわね、では志保さん」

「はい、なんでございましょう。沙希お嬢様」

「この子たちに合う着物を選んでくださいな」

「はい、承知しました」


「ご主人様、この十二単ではいけませぬか」

「今では誰もそんなものは着ていませんよ」

「でも・・・・・」

「目立ってはいけないでしょ」

といわれると、しかたない。


「わ~い、胡蝶ちゃん。私が着るもの選んであげる」

といって胡蝶の手をとり自分の部屋につれていく。

「あっ、すっかり忘れておりました。お師匠様がお呼びでございます」

「えっ、お婆ちゃまが・・・」

もうすっかり師匠を『お婆ちゃま』と呼ぶようになっていた。

「じゃあ、志保さん。この子達の着物のことお願いしますね」

「はい、わかっております。沙希お嬢様」


沙希が師匠・・・・いやこれからは祖母と呼ぶことにする。

祖母の部屋の前で正座して手をつく。

「おはようございます。お婆ちゃま、小沙希でございます」

「おお、小沙希ちゃん、おはいりやす」

沙希はきょうは撮影のため白いジャケットのパンツスーツを着ていたが

作法はきちっと守っている。杏奈も沙希を見習っている。


「小沙希ちゃんは何着ても似合いはるなあ」

沙希は祖母が座っている反対側に座る。

「ほんに」

と後ろにひかえる高弟が相槌をうつ。

高弟にとっても沙希はもう、いなくてはならない大切な存在なのだ。


「お婆ちゃま、で御用事はなんでしょうか」

「そうどした、小沙希ちゃんは今日ホテルに泊まりはるんどすか?」

「ええ、余りお邪魔をしたら」

「何をいいはるんどすか、小沙希ちゃん、あんたはうちの孫どす。

ここはあんたの家どすえ。それに時間があればあんたの舞を皆に教えてくだされ」


その時

「失礼します」

といって入ってきたのは薫達、昨夜から泊まっていた全員だ。

日和子叔母達3人は京都の警察にすべてをまかせてひとまずこの家に戻ってきていた。


昨夜のうちに東京に帰るというのを祖母は強引に泊めたのである。

「日和子はん、あんた東京に帰りはるんどすか。寂びしなるなあ」

「何をいわれますか、またいつでも泊まりにきますよ。

私にとってもう京都に家ができたんですからね。お母様」

といって祖母をうれしがらせる。日和子の乳母だといわれていた高弟も

「本当どすえ、必ずどすえ」

と日和子に約束させている。

「京はん、泉はん。あんた達もどす」

「はい」

と嬉しそうに返事する双子達。


「ねえ、沙希ちゃん」

と日和子が沙希にいう。

「もう、みずくさいことはいいっこなし。

沙希ちゃんは、お母様のところに皆と一緒にお泊りなさい。

そしてお母様に甘えなさい。それがお婆ちゃま孝行ですよ」

といわれた。皆の顔をみてみるとそれぞれが頷いている。


日和子が

「お母様、ここにいるのは早瀬一族の女達、後のことはよろしくお願いします。

澪さん、お母様の身体のことよろしくね」

「日和子姉さん、まかせておいて」

というと、薫がつい

「へえ、澪が人間国宝のお母様の主治医ねえ」

といってしまい


「これ薫、どうしてあんた達、顔を見合わせればいつも喧嘩ばかり、

それもつまらないことばかりで」

と日和子に叱られ

「すいません・・・・」

と首をひっこめてあやまる。


いつも見慣れている早瀬の女達も初めてみる高弟や祖母も

この天才女優とエリート女医とのちわ喧嘩には笑いがもれてくる。


「わかりました、お婆ちゃま。遠慮したんでは駄目なんですね。

こうなったら遠慮なく甘えさせてもらいますわ」

「私もいいの?」

庭先からもう一人少女を連れてひづるがいった。

「いいどすえ。ひづるはんのことは晴明はんからも重々頼まれているんどすから」

「わ~い」

と庭先を跳び回る。


「ちょっと、ひづる。その子は誰なの」

順子が聞く。

「何言ってるの。この子は胡蝶ちゃんよ」

「胡蝶ちゃん?」

「わからない?・・・昨日晴明のおじさんからあづかった、緑色の蝶々の・・・」

「えっ?あの蝶がこの子?」


「順子さん、どういうわけかひづるちゃんは式神に好かれてしまうの。これも才能ね」

「わたし、少し頭が痛くなってきた。式神にすかれる天才子役か・・・・」

「私天才じゃないもん・・・・天才は沙希姉さんだもん」

まあいいかと順子は思った。ここまでいい子になったもの。


「ご主人様、これでいいんでしょうか」

といって山野葉志保がつれてきた玉藻、葛葉、紅葉は現代の着物をきせられ、

あの腰まであった黒髪もアップにされていた。

沙希の顔をじっと心配そうにみている。

「良く似合っているわ。いきなり洋装は無理だと思っていたけど

やはり着物はよく似合っているわ」

と沙希にほめられて嬉しそうに顔を見合わせている。


「その着物をこの時代のタガにします」

といって術をかける。

ほっとしたような3人。

「さあ、私の中に・・・・」

というと小さな玉に変り沙希の身体の中に入っていく。

いつみても不思議な光景だった。


「じゃあ、私達はこれで失礼します。お母様、又近いうちにまいりますので。

澪さん、お母様のことお願いね」

といって京、泉とともに立ち上がった。

「私達も撮影所にいきましょうか」

と順子が促す。


「じゃあ、胡蝶ちゃん」

ひづるがいうと、いきなり緑の蝶になり胸に止まると蝶のエンブレムとなった。

そして、東京へ帰るもの、撮影所へいくものにわかれ

井上貞子宅を後にする。澪だけが残って高齢の貞子の主治医として診察をすることになった。


東京の姉である真理に電話して今日までの経過を話すと

姉の松島奈美をつれて京都にくるという。

井上貞子、前世では早瀬一族の沙希姫の祖母に挨拶をするのだと言う。

もしかしたら、裏の空き地を買い取って診療所をつくるという計画が練られたのだ。

気の早い決断かもしれないが、高齢の貞子のためには早いほうがいい。


                      ★


撮影所に入ると、いつもより多いマスコミが日野あきあを取り囲む。

「あら、どうしたんですか?」

「今日の新聞見ませんでしたか?」

「すいません、今日は少し忙しかったので新聞をみる暇がなかったんです」

これは、本当であった。本日新聞第一面を賑わしている大事件のことを見ていない。


「でも、日野あきあさんに良く似た人が事件の置屋さんに出入りするのを

見ていたものがいるのですよ」

「わたし、昨日熱を出して撮影所を休んだんです。

だから、今日監督さんに謝ろうと思って早くきたのですが・・・・」

マスコミの追求をかわす。


そこへ

「お~い、あきあくん。どうだ身体の調子は?」

「はい、昨日お薬をのんで一日寝ていたらすっかり元気になりました」

「ははは、いつも元気ものの君が熱を出すなんて、・・・鬼の霍乱かなあ」

「まあ、いやな監督!」

といってぶつ真似をする。


それをみていたマスコミの記者達、どうも違うのかなあと首を振りながら撮影所を出て行く。

「ははは、さすがだね。うまいうまい・・・」

と監督があきあの顔をみて笑い出す。


通り過ぎて様子を見ていた薫達も笑いながら戻ってきた。

「まあ、あきあにとってはチョロイものね」

「まあ、薫さん、人を詐欺師のようにいって」

と睨みかえす。その顔が可愛いと思わず

「うわあ、沙希ちゃん素敵!」

と飛び上がっているのだ。


「ちょっと、ちょっと薫さん。皆見てるわよ」

撮影所に入ってきたスタッフや出演者たちが

そんな早乙女薫の様子を見て笑っている。

「かまうもんですか」

といって沙希の手を握ると急ぎ足でスタジオに入っていくのは、

さすがに恥ずかしくなった結果らしい。


スタジオに入っていくと、スタッフや共演者、そして来ていたスポンサー、

テレビ局の大下社長やそのスタッフが拍手であきあ達を迎えた。

テレビ局のスタッフ達はメイキング編を作るといって張り切っている。

ひそかに昨日の事件もカメラに収めていた。

もちろんあきあの関連を裏付ける事実は削除してだが・・・・。、

だから筋立てが相当苦しくなるのはしかたがない。


彼らはこの事件をすべて推理し術を使って解決したのがあきあだと知っていた。

しかし、あきあを表に出せない理由は知ってのとおりだ。

あきあに対する信頼感は絶大だ。

だから、女性スタッフなどひそかにあきあにいろんな相談を持ちかけているらしい。

恋愛や子供の問題、家庭の問題など・・・

だが、あきあのいうことはズバリと当たっているのだそうだ。


小野監督はそんなあきあに対し全面的なこの映画への参加を持ちかけた。

勿論、今までもほとんどがあきあの力によるものだが

さきほど聞いた人間国宝の井上貞子が驚いたという舞いの才能や

名人級の横笛を映画に生かしていきたいのだ。

いろんなものを映画に入れれば話が散漫になるのだが

主人公の陰陽師あきあの才能だと考えればそんなことはなくなる。

日野あきあが後、どんな才能を秘めているのかそれを考えるとわくわくしてくる。

だから、いろんなことをさせたいのだ。


そんなときこのスタジオに、黒い服を着た年寄りが尋ねてきた。

「日野あきあさまにお会いしとうございます」

といったこの年寄りがスタッフに渡した名刺には

『土御門家 執事 林六右衛門』と書いてあった。

「土御門家?どこかで聞いたことがあるが」

という小野監督の言葉に

「それ、俺知っています。一度取材にいったことがあるんです」

というテレビクルーの若いカメラマンが言った。

あきあにとって初めて聞く名前だったのでそのカメラマンの言葉に耳をかたむける。


「何しろ京都の古い名家で、平安時代より続いているそうです。

聞いた話ではあの安倍晴明を開祖にしているとか、陰陽道に通じているそうですが

今ではすっかり没落して、当主も先年なくなり今はその執事と若い娘が暮らしているだけです」

と簡単な説明だったが安倍晴明を開祖にしているという土御門家には非常に関心が寄せられた。

「会ってみるわ」

といって立ち上がって、通されている控え室に向かった。


「わたしが日野あきあですが」

というと立ち上がった老人、ほっそりとした背の高い人だった。

70をもう超えているが、眼光は鋭く鷲鼻が特徴的だった。

老人はあきあの若さに驚いていたが、それを表情に出してはいない。

「あなた様が日野あきあ様ですか」

「はい」

「お若い方ですなあ」

「すいません、これから撮影が始まりますので・・・ご用件は何でしょうか?」

「おお、これは申し訳ありません。昨日、比叡山の結界をお破りになったとか」

「どうしてそれを?」


「やはりあなたでしたか。あの結界は我主人の開祖安倍晴明様がお張りになったもの、

昨日比叡山のお上人様からご連絡を頂きまして素人同然の人間に結界を破られた。

これは結界を守ってきた土御門に問題ありとお叱りを受けたのでございます」


「そんなあ。あれは結界を1次的に開けてください。

とお願いしたのにしてくれなかった比叡山側に問題ありと思います。

私は警察のお手伝いとして結界を破ったのであり、

その結果可哀想な女性達の遺体と犯人を捕まえることが出来ました。

何も文句がでることはないと思います」

あきあは何か自分達が悪いことをしたのだといわれているようでつい口ぶりがきつくなっていた。


「いえ、別に貴女様をどうのこうのというつもりはありません。

土御門の家が守ってきた結界を破った方がどういう方なのか

見てきてほしいと我家の主人である瑞穂お嬢様に頼まれましたので」

「お嬢様に頼まれて?・・・ではそのお嬢様が直接・・・・」

「いえ、瑞穂お嬢様は身体が弱く、お目もお見えにならないのでございます」

「そんな人が土御門家のご主人・・・・・」

「はい、昨年にお父様である土御門善次郎様が事故でお亡くなりになられて

お嬢様が後を継がれられましたのに急にお体を悪くされまして・・・・」


「お父様がなくなられ、瑞穂さんの身体もわるくなった・・・・?」

とあきあは考え込んでしまった。そして・・・・・

「お父様のお名前は善次郎といわれる・・・もしや御長男ではなく、御次男・・」

「ほう、・・・よくおわかりで。その通りでございます。

御長男善太郎様と善次郎様はお母様が違う異母兄弟でしたが

お若い時に善太郎様は悪い仲間に入られてしまい父親善造様に勘当され

それ以来、行方不明になっておられます」

「それは今でも?・・・・」

「はい、善次郎様はいろんな手をつくされ兄上をお探しになっていましたが

とうとうそれもかないませんでした」


「もう一つお伺いいたします。土御門家は陰陽道に通じていると聞いておりますが」

「はい、兄善太郎様は平成の安倍晴明といわれるほどの術者でございます。

でも道を踏み外されたのも陰陽師としてありあまる才能におぼれてしまったのが原因でした。

その才能に比べお心は弱うございました。

善次郎様は術者としては兄上にとてもとてもかなうものではありません。

しかし、名門土御門家を維持していくのは天才の兄上善太郎様よりも

平凡だった善次郎様のほうが適していたのかもしれません。

多くの弟子達も善次郎様を慕いお仕えしてきました」

「そのお弟子さんたちは?」

「はい、比叡山につめています」

「それで、比叡山のお坊様がお怒りになったのですね」

「はい、まことにもって情けない話ではございますが」


「初対面である私によくそこまで打ち明けていただけました」

「いやあ、日野あきあ様。あなたは不思議なお方だ。

人をここまで引き付けるお方は私は初めてでございます。

お嬢様が元気であられたら貴女様とはよいお友達になられるものを・・・」

と涙をながす。


「その瑞穂さんについて聞いてもよろしいですか」

「はい、御年18歳でお小さいときは元気なお嬢様でございました。

でも14歳のときに原因不明の高熱を発症され下半身が動かなくなられ、

お目もその高熱が治まったときにお見えになれなくなっていました。

お医者様に見せてもとうとう原因がわかりません」

といってから頭をさげる。


「日野あきあ様、お願いでございます。あなた様のお力でこの土御門家をお救いください。

そして瑞穂お嬢様をお救いください。

こうしていてもあなた様から凄いお力を感じられます。

このままではお家がつぶされてしまいます」


「すいませんが私には家がどうなろうと関係はございません。

でもそこまで追い込まれたのは私の責任、比叡山の一件は私におまかせください。

そして瑞穂さんのこと。今はなぜだか判りませんがこのままお宅にいてはお命が危ないです。

どこか安全なところに避難しなくてはなりません」


「はい?お命があぶない!」

頷くあきあ・・・・しばらく考えていたこの執事は思い切って

「どうでございましょう、ご迷惑をおかけついでと申しては言葉が悪いのですが

日野あきあ様にお嬢様を預かってはもらえないでしょうか」

「私もそう考えていたとこです。・・・であなたは?」

「私はお家を空けることができません。いろいろとお家の習慣がございます。

毎日毎日する仕事は多うございます」

「そうですか、でも気をつけてくださいね」


「あのう・・・さっそくですが、お嬢様を車に乗せて連れていているのですが」

「それを早く言ってくださいな」

といって律子と順子を呼び出して、スタジオにつれてくるように頼んだ。

「では、私はこれで・・・」

と執事は順子達と出て行った。


あきあはスタッフのミーティングルームに顔をだした。

広いこの部屋には監督やスタッフ達そして共演者達、当然のごとく薫の姿もみえる。

皆しらっとした顔をしていたのを、あきあが『ぷっ』と吹き出して言った。


「監督も皆もそんな顔をして、どうせ今のを見ていたんでしょ。

ヤタさんが天窓から覗いていたのを知っているんだからね」

「ほらね私、あきあ姉さんにきっと見つかるから止めようといったのに

薫姉さんがやれやれって・・・」

ボカっと薫に叩かれるひづる。


「こらっ、ひづる!あんたが率先して嬉しそうにヤタさんに命令してたんじゃないの

それにヤタさんをその人形から呼び出せるのあんただけだからね。

空涙はやめなさいって。そんなのこの薫様の前でみせるの10年早いって」

泣きまねしていたひづるは急にあきあにせまった。


「ねえ、あきあ姉さん。これも事件なんでしょ。瑞穂さんが家にいたら命があぶないって」

「あらあら、皆さんどうしてこう好奇心が強いんでしょ」


「それはこっちが言いたいよ。

君にはどうしてこうも次から次へと事件が飛び込んでくるのか。なあ、みんな」

「はい、それがあきあさんの凄いところだとおもいます」

とスタッフの一人。


「で、あきあさん今回我々がする役割は・・・・・」

「しようがないなあ・・・」

といいながらも、本当に私ってお騒がせ屋のかなあとつい思ってしまう。

でも、事件を通じていろんな女性達が自分の周りにあつまってくるのが嬉しくてたまらない。


「では、あの土御門という家のことをもっと詳しく調べてください。

そして、長男の善太郎氏を悪い道に誘った原因となるもの。

次男の善次郎氏が死亡した事故とは、そして現在の土御門家の役割です」


「よしわかりました」

といって若いスタッフ同士が役割を割り振っている。

「おいおい、我々の仕事は映画つくりだからなあ」

「わかってます、監督」

「でも、監督が一番楽しんでるんじゃないかな」

「そうそう、あとで根掘り葉掘り聞くのは監督だからな」


そこへ順子が車椅子をひき律子がバックをもって入ってきた。

サングラスをかけ、背筋をピンとのばすこの少女、さすがに名門の後継ぎである。

美少女とはいえないが清純な可愛らしさがあった。

「あの、日野あきあさんは?」

少女は多くの人の気配を悟ってか周囲を見回している。


「私が日野あきあよ。貴女が瑞穂さんね」

と車椅子の前にかがみこんで瑞穂の手を握る。


「まあ、想像した通りだわ。いい香り、これラベンダーですね。それに温かい手」

「ありがとう、瑞穂さん。あなたは二つ年上だから私のお姉さんよ」

「えっ、日野あきあさんは16歳って聞いたけど本当だったの?」

「ええそうよ」

「それにしても私よりも年上って感じがするけど」

「そうよね、いたらぬ姉達を持って私、苦労しているもん」

ボコっという音。目のみえぬ瑞穂さえ顔をしかめたほど痛そうな音だった。


「痛あ~~い~~~!薫姉さん・・・・酷い」

「誰が至らぬ姉なのよ」

手をふりながらいう。

「それにこの石頭!・・・手が腫れてきちゃったじゃないの」


「はいはい、姉妹漫才はそこまで。さあ撮影開始だよ」

とニヤニヤしながら小野監督がいった。周囲の皆がこれが楽しみ・・・・という顔で笑っている。

普段のあきあから見られぬ姉達との会話を『笑いの会話』として

ひそかに収集して売り出そうとよからぬ企みをしている連中もいたのだ。


眼の見えぬ瑞穂には判らないだろう、あきあの秘術で結界を張り

帝の御所を出現させて舞と横笛の撮影をするのだ。

しかし、眼の見えぬ瑞穂には特別な感覚がある。

御所の出現時に空気が変わったのを敏感に察知していた。

「何か変」

横にいた薫、順子、律子、杏奈、ひづるにしか聞こえない小さな声。

「どうしたの?」

と薫が聞く。

「ここの空気が変わったの。何だか清々しい空気がする」

といったところに笛の音が・・・その笛の音ったら・・・・なんという音色だろう。

初めて聞く薫、順子、ひづるというこの横笛という音曲に精通していないものにも

ただごとではない上手さを感じ取れた。

「凄い!凄すぎる。・・・この笛、あきあさんが吹いているんですね」

見えない眼から涙を溢れさせ薫のほうをじっとみている。


笛の音が消えていった。スタジオ内に静寂が訪れる。

「カット」

という声は余りの見事さに遅れてしまった。

「なんて見事な・・・」

この映画の音楽を担当する音楽家がつぶやいている。


「私の家に伝わる伝説にちょうどこの横笛というものが出てくるんです」

その横笛に感動している瑞穂が話す。

「その横笛『緋龍丸』を吹いて怨霊や鬼を退治する安倍晴明様の弟子に

安倍あきあ様という方・・・ちょうど日野あきあさんと同じ名前ですが

その方が吹く笛は悪霊、怨霊を消し去ってしまったそうです。

その方は突然、安倍晴明様のところからいなくなってしまわれたのです。

あきあ様は龍に乗って天に帰ったとか、

安倍晴明様の命令で唐天竺のほうにいってしまわれたとかいうお話が残っています」

という話に薫達が顔を合わせる。


そして、ポツンと瑞穂にいう。

「その話の続きを教えてあげようか」

「えっ?」

「安倍あきあって人がどこへ行ったかということよ」

「ええ~、ご存知なんですか?」

「これはいずれ瑞穂ちゃんが知ることになるから、早いか遅いかだけだから教えておいてあげる」


「安倍あきあという人は、実は男の子と女の子の二つの体を持っていて、

時空を越えて安倍晴明様の元で10年間の修行をし

そして現代に戻ってきて今、『妖・平安京』という映画に出ているわ。

映画の中では術で平安京を再現し、本物の鬼や龍と闘い

一条戻り橋では幽霊となった舞妓さんの体を捜すために

比叡山の結界を破った結果、その身体を探し出し犯人を捕まえたの。

その舞妓さんは安倍晴明様に連れられて天に上っていったわ」


薫の話を呆然と聞いている。話がすぐに理解できなかったが

その話の奇想天外さに

「え~~」

と声をあげている。

「嘘でしょ」

「いいえ、これはこの映画の関係者は全て知っていることよ」

「それに、今でもあきあの眼を使って晴明様はこの世を見守っているの」

「では・・・・本当?」

と律子やひづるや杏奈と順子の顔を見回す。

無論目が見えないので直接は見えないがその気配でわかるのだ。

全員が頷いているのを悟ると、思わず口を両手で押さえてしまう。


そこへ撮影の終わったあきあが戻ってきた。

汗ひとつかいていないが、匂うラベンダーの香りが一段と強く漂っている。

「あきあさん、一つ聞いてもよろしいですか?」

「なあに、瑞穂さん」

「今の笛は?」

「ああこれ?これはねえ『緋龍丸』といって昔無くしてしまったの。

でも昨日思わぬところから私の手元に帰ってきたのよ。

久しぶりにこの曲吹いたからうまくいったかどうか」


「いいえ、すごく・・・すごく素敵でした」

「ありがとう」

「あの、あきあさん・・・」

「なあに」

「今あきあさんが吹いていた場所に連れていってほしいの」

「どうして?」

「なんだかそういう気分になってしまって」

「いいわよ・・・」

といって車椅子を押していく。


しばらくの間、撮影は休憩だから皆スタッフルームに戻っている。

残っているのはあきあ達、早瀬の女達だ。

車椅子は白砂利の上を押されて御所の帝が座っていた場所近くにきた。

「やはり・・・」

「どうしたの?」

「これ薫さんのいわれた通りですね」

「ん?」

「私も土御門に生まれた女です。

目が見えなくてもこの場所が術でつくられているかどうかはわかります」

「薫姉さん!」

「だって、隠しておけないでしょ。話すのが早いか遅いかだけで・・・・」


「いいわ、そのとおりよ。ここは私が術で呼び出した場所なのよ」

「安倍あきあというのは?」

「わたしの名前なの」

「家にあなたのお話が伝説として伝わってきているのです」

「ええ~・・私が?」

と伝説となっているあきあの話を聞かせた。

「そうかあ、あの時突然戻ってきたから、そんな話になっていたのね」

「でも年が・・・・」

「そうねえ。私が平安時代に行ったときは25歳だったけど、

修行途中で16歳に若返ってしまったの」

「若返ってしまったのですか?」

「そうよ」


「では今度は私が聞く番よ」

「なんでしょうか?」

「聞きにくいけど、瑞穂さんがそんな身体になった病気の原因ってわかってるの?」

「いいえ、私が中学に入学したその日に急にめまいを覚えて倒れてしまったんです。

それから三日三晩高熱でうなされ、その次の日には平熱に戻ったんですけれど

下半身が麻痺し、目も見えなくなっていました」

「変ね」

「どうして変なの」

と薫が聞く。

「瑞穂さんって帝の女御様にかけられた呪いと同じ症状なの。

そのときは、呪いをかけた術者を倒して呪いを解いたのだけど・・・」

「その術者って?」

「蘆屋道満っていうの」

「あっその人知ってる。小説に出てたけれど晴明様を倒そうとした悪い陰陽師・・・」

「良く知ってるわね」

「だって晴明のおじさんの事をもっと知りたいと思って勉強してるの」

「律姉!」

「わかってるわよ。でもこれは歴史の勉強よ」


「薫姉さん、澪姉さんに一応診察してもらいましょ」

「いいわ、私が連絡しておくわ。あきあはもう撮影でしょ」

「ええ、こんどは舞なの」


撮影は順調に始まり・・・・終了した。

舞もあきあの独断場で振り付けの師匠が口を出す隙などない。


迎えにきた澪は全員が乗れるワゴンタイプのレンタカーを借りていた。

井上貞子の家にはすでに高弟たちが迎えにでており、

驚いたことにママの真理、操、理沙、そして松島奈美の顔がのぞいている。

久しぶりの再開だった。

広い稽古場が全員の顔合わせの場所となった。

今別室で瑞穂を澪が急遽呼び寄せた看護師二人と診察している。


祖母とママ達はすでに挨拶が終わっているらしく、祖母がニコニコしているのがとてもうれしい。

あきあの式神、玉藻、葛葉、紅葉も呼び出し、ママ達に引き合わせておいた。

あきあが主人だが、その縁に続くこの場所に集まった女達、

この3人も高弟たちに混じって一生懸命に世話をしている。

操は日本料理の料理人を連れてきており、すでにお昼にその腕をみせているらしく

「とてもおいしかった」

「久しぶりに本当の料理を食べた気がします」

と高弟たちから声が聞かれている。


驚いたことにこの家の裏の空き地を早瀬一族によってすでに買い取られ

この家の女性達の診療施設等をつくる予定だと聞いた。

表面上は普通の家としてつくられるが地下3階の近代的な施設になるのだ。


そこに瑞穂の診察を終えた澪が二人の看護師が押す車椅子に乗った瑞穂を連れて現れた。

「お婆ちゃま、この人が土御門家の現在の当主、土御門瑞穂さんです」

「おお、あの京都でも名家の、でもその姿は・・・・」

「澪姉さん、いかがでしたか?」

「うん、この人の身体は現在の医療の上から診察してどこも異常なし、

目も見えないはずはないし、下半身も動かないはずはないの。

でもおかしいのは何かが神経組織を阻害しているのよ。こんなのいままで見たことないわ」


「やはり・・・・」

「やはりってどういうことよ」

「瑞穂さん。呪いをかけられているわ」

「呪い!!」

「ええ、私が帝の女御様を診たときと同じなの」

「悪いのは蘆屋道満だったのでしょ」

「ええそうよ。あの男は晴明様の秘術『泰山府君の祭り』を盗もうとしていた。

だからわたしはあの男と対決した。そして確かに地獄へおちていったわ。

だから身体を炎で焼き残った骨と頭蓋骨を古井戸に埋めたことは、

私しか知らないはずなのよ・・・・」


「いいえ、家の古文書に蘆屋道満が埋められた場所を示す地図があったのを

幼いときに見つけた記憶があります。

道満が焼かれたとき晴明様の弟子があきあ様を心配して様子をうかがっていたそうです。

そして心覚えにその場所を書いた図面を残していました」


「しまった。あの時の人の気配が兄弟子広遠のものだったのか。

いそいで女御様の様子をとあせっていたのが悪かったわ」

「でも、その道満は死んでいるのでしょ」

ひづるが聞く。

「ええ、恐ろしい術者だった道満は死んでいるわ。

でも術者が志を曲げて道満の頭蓋骨を持てば力が強大になり第二の道満になる可能性があるの」

「じゃあ、それって」

何か恐ろしい予感がしてくる。


「こうなれば、その頭蓋骨の行方ね」

「あきあはどこに埋めたかわかっているのね」

「ええ、はっきりとね」

「それって・・・・」

地図を広げてあきあが指さしたところは・・・・・・・。


「ここは土御門家の敷地の中・・・・」

「ねえ、瑞穂さん。お宅に古井戸がありますか?」

「ええ・・・・。でも・・・」

「でも?・・・」

「はい、でもあの古井戸に近づくたびに何だか嫌な感じになるんです」


「これは何かありそうね」

と沙希は思案顔になる。

「少し考えさせて・・・。あっ、律姉。静姉は?」

「今日は京都府警と例のモバイルの試作品の実験なんだって。

それに昨日の発信装置も京や泉に見せられたらしく、その打ち合わせもかねて。

でも、もう戻ってくると思うわ」

「あっちゃあ、あれもう京都府警が知っちゃったの?」

「だって京と泉よ、もう自慢たらたらよ」


「あれだけ、黙っててといったのに」

「無理よ無理!あの子達にとって自慢の妹ですもの。あなたの手になるものは

全て相手の鼻先にぶら下げてしまうのよ」

「もう、何もつくってやらないから」

「それも無理、沙希あんたは姉たちに頼まれると全然断ろうとしないもの」


「ふふふ・・・・・」

深刻な話題の中に姉妹たちの明るい話題は周囲をほっとさせ笑いを誘う。

「小沙希ちゃん、気いつけなあかん。

いろんな事件があんたを呼ぶのや。それがうち心配で心配で・・・」

「大丈夫、お婆ちゃま。今度の事件かて半分とけてます。あともうちょっとなんや。

それにおばあちゃまが心配するようなこと、うちしまへん」

祖母が一番好きなのは、日野あきあでもなく早瀬沙希でもなく無論安倍あきあでもない。

あの舞妓姿の小沙希であった。だから小沙希と呼ぶ。

高弟達も小沙希のあきあが一番好きであった。

でも事件が小沙希を放っておかないらしく次から次へとふりかぶってきている。

だからこうして話を聞いているだけでも心配で心配で・・・・。


                    ★★


静香が帰ってきたのはそれからしばらくたったころで皆に今日の結果を報告する。

「あのモバイルに発信機を1つつけることにしたわ。

でも沙希ちゃん、もう次から次へ新しい発明しちゃうものだから、私もう右往左往よ」

「いえ、あれは菊奴さんの壊れたゲーム機を見ててふっと思いついただけだから」

「思いついただけであんなものつくちゃうの?

あれを見て科学警察の偉い技官さんはもう驚いていたわよ。これは21世紀最大の発明になるって」

「おおげさよ」

「いいえ、あれ一つで世界中の飛行機の様子がつかめるし

それにきっとNASAが抛っておかないっていってたわ。

宇宙開発や探査衛星につければ宇宙のことがもっと解明されるって・・・・」


「凄い!凄い!・・・沙希姉さんて凄すぎる」

ひづるが飛び上がっていると

「ほんにほんに」

と祖母もにこにこ顔だ。

そんな凄い発明をこんな少女がやりとげる。

まだ顔を知らない瑞穂にとって凄い神秘に思われるのだ。


「そんなことより・・・・」

と自分のやったことはもう頭になく静香にお願いをする。

「今から『時追い』をするから律姉と共に私のそばをはなれないでほしいの」

というのだ。

『時追い?』

と聞くと魂を時とともにさかのぼらさせ、目的のものを現代まで監視するという術なのだそうだ。

凄いエネルギーを使うからブレスレットを持っている静香とアンクレットを持っている律子に

そばにいてもらってその宝石のエネルギーで力のカバーをしたいということだった。

もし、途中でエネルギーがなくなったら時間軸から離れ『時の放浪者』になるという。

無論皆強硬に反対した。


「いやや、そんなのいやどす」

祖母の反対は強烈だった。

でもあきあは順々に皆を説得していく。自分しかやれないのだ。

みんなしぶしぶと頷いたが、澪がいった。

「では、こうしよう。私が沙希ちゃんの身体の状態を監視するわ。

危ないと思ったら呼び戻すから・・・・」


これは皆賛成した。今度はあきあがしぶしぶ頷く番だ。

庭に用意された一角にしめ縄を張った四角の空間、その中に横になった

あきあ、あきあを見守る澪、エネルギーの宝玉の持ち主静香と律子

そして式神の3人がこの結界の中にいた。

3人の式神は以前の十二単で術を促す祝詞を唱えるのだ。失敗はゆるされない。

「あるじ殿、よろしいでしょうか」

頷くあきあに祝詞が開始された。

横になって印を結び、

「アビラ・ウンケン・ソワカ」

と3回唱える。

すると、徐々にあきあの身体が浮き上がってきた。


3人の祝詞が続く、結界外の薪が消えないよう高弟たちが見守っている。

稽古場から見守る祖母。その手にはママの真理の手がしっかりと握られていた。

目が見えない瑞穂は車椅子で座りその手を握るのはすっかり仲良くなったひづるだった。


みんなの見守る中、あきあの魂は時の流れに逆らって、昭和・・・大正・・・明治

と時代をさかのぼっていく。

魂を跳ね飛ばすような時の抵抗に合い、スピードが弱くなっていく。

江戸・・・安土桃山・・・ときどき『時の放浪者』たちがあきあにすがろうとする

しかし、そのつどその者達は土に返っていった。

光があきあに近づいてくる。温かいその光には思いがけなく師の安倍晴明がいた。

「さあ、あきあよ。もうすぐだ」

師の励ましに徐々にスピードがあがり・・・そして、おちていった。


「ここです」

あきあの声に頷く晴明。

炎に焼かれる蘆屋道満と剣に身をゆだねるあきあ、

「おのれおのれ・・・この仇は地獄の炎に焼かれても忘れはしないぞ。

安倍晴明、安倍あきあよ・・・」

といって全てが焼かれ骨となって体がくづれていった。

古井戸にその骨を捨てるあきあ、それを見ていた兄弟子の広遠・・・・

そして、目的の監視がはじまった。

はや回しのように時が進む。晴明を案内する広遠、

そして安倍家本流として土御門家の設立、古井戸に結界を張った広遠の死、


「広遠は道満を憎んでいたのだ。兄を殺され、妻を奪われた仇だったのだ。

だからあの古井戸のある土地に土御門を安倍の本流としてつくらせた。

結界を張ったのも地獄からよみがえることを信じた結果だ。

だが広遠の結界はもろい。時代と共に消え去ったとみえる」


「晴明様、道満は道満はどうしたのでしょう」

「やつは地獄から蘇っている。頭蓋骨を手にした奴に乗り移ってな」

「でもどうして道満は晴明様を目の仇にするのですか?」

「道満はわしのもとへやってきたのもはっきりとした目的をもってのことだった。

奴の術者としての実力は高い。だがその心持は感心せんかった。

だから道満の目的である『泰山府君の祭り』を奴に教えることはせなんだ。

それでわしから術を奪おうとして呪いなど小癪な卑怯な手を使ってきたのだ。

だが今の道満、あきあにとっても強敵だぞ」


「はい、わかっております。あの瑞穂にかけた呪いの強烈さ、以前の道満ではありません」

「そうか、そこまでわかっているのなら何もいわん。重々気をつけるのだぞ」

といって晴明の光は去っていった。


時代がゆっくりと下っていく。井戸に変化はない。

土御門家ゆかりの小さな子供達が時々覗きに来ては母親に叱られては戻っていく。

時代は昭和まで帰ってきた。太平洋戦争が起こっていたが戦火はここまでこない。

平成の世に移り変わった。・・・・・・・そして


ある夜、古井戸のそばに二つの黒い影・・・・

一つは投げ入れた縄梯子から古井戸に入っていく。

もう一つは古井戸からの土をせっせと運び出す。

あくる夜も・・・・・・・あくる夜も・・・・二つの影を邪魔するものはいない。


そしてついに、白い髑髏が古井戸から出てきた。

井戸の外の影は髑髏をもち、四角い箱に入れている。

そこを素早く井戸から這い出た黒い影が白く光る短刀で黒い影の背中を刺し貫いた。

何度も何度も刺し貫く。絶命したのを確かめその死体を古井戸に投げ込む。

そして古井戸に入りなにやら音をさせていたが

古井戸から出てきた影は運び出していた土をもう一度古井戸に投げ入れる。

古井戸の中を覗きこんでいた影の素顔を月明かりが照らし出す。

醜悪に歪んだその顔・・・・・・。

「やはり」

とあきあは自分の推理の正しさに頷いたが、犯人の醜悪さに吐き気を覚えた。


その後、犯人は注射液で当主の善造を薬殺し、後を継いだ善次郎を車の運転中、

術で身体の自由を奪って、谷ぞこへ転落させて殺したのだ。

そして、床下に呪いの札を埋めて土御門家の最後の後継者である瑞穂の身体を不自由にしたのだ。


目的を達したあきあは元の時代に帰っていく。


それとともに浮かび上がっていたあきあの身体が緩やかに降りていく。

ひかれた布団のうえで『パチッ』と目覚めたあきあ。

でも犯人の醜悪さを思い出し思わず吐き気がこみ上げてきた。


「どうしたの?」

澪の言葉に吐き気を飲み込み思わず涙ぐむ。

「どうしたのよ?」

「いえ、犯人の醜悪さを思い出したら気分が悪くなったの」

という。

「犯人がわかったの?」

冷たいタオルで頭を冷やされ、ようやく気分が楽になったあきあは

「ええ、私が推理した通りだったわ。本人の悪心もあるけ完全に道満に乗り移られているのよ」


「誰だったの?」

「いえ、今は言えないわ」

「どうして?」

「道満に悟られてしまう恐れがあるから」

「そんなあ」

「あの男は油断がならないわ。術で人をあやつるなんて朝飯前よ」


「怖いひとどすなあ」

「ええ、だからお婆ちゃま。早く道満を再び地獄に返す必要があるのよ」

「どうするの?」

「髑髏を破壊するの。そうすることによって道満の力は消滅するわ。

でも乗り移られている人間は・・・・・・」

「どうなってるの?」

「もう駄目かもしれない。あの男は人の魂、エネルギーを食い物にするから。

だから慎重にも慎重を重ねねば・・・・・作戦かあ・・・」

といって考え込んでしまった。


こうなったら沙希は外から何を言っても聞こえない。

それを知っている静香と律子は縁側に座り込んでいる沙希を残して皆奥へと引っ込むよう指示をした。

残っているのは式の3人、彼女達は主人の考えを邪魔しないように気配を消して待っていた。


「小沙希ちゃんて本当に頭のいい子どすなあ」

としみじみ祖母になった井上貞子がいう。

「ええ、それに優しくて思いやりがあって、私達の宝ですわ」

とママの真理。

「ええ、ええ。うち、早く逝ってもいいなんて思っていたんどっせ」

「何を言われるんですか、貴女は前世とはいえ私達の親、

今度沙希ちゃんの映画を取り終わったら早瀬一族の隠れ里にきていただきますわ」

「ほんまどすか?」

「ええ、その時は皆さん一緒にね」

と高弟達を見回している。

皆顔を見回して嬉しそうだ。


その時、緩やかだが力強い笛の音が聞こえてきた。聞いていると心が穏やかになる。

「あれが・・・・」

初めて聞く笛の音。聞いてはいたがこれほどのものだとは思いもしなかった。

笛を吹く沙希の姿が浮かんでくる。

琴の名手として隠れた存在だったがもうたまらなくなってきた。

ふとみると、立てかけられた琴が師匠のうしろに・・・・

「すいません・・・あれを・・・・」

弾いてもよろしいですかともいえず師匠の顔をみる。

驚いてはいたようだが、興味が湧いたのか『コクン』とうなずく。


いそいで琴を用意すると、いつも肌身はなさずもっている形見の琴爪。

目を閉じ、じっと耳をすます。

そして笛の音に合い和するように弾き出した。

山のようなうねりも、谷川のせせらぎのような旋律にも笛の音との濁りがない

笛の音がゆっくりと近づいてくる。

沙希は琴の音の奏者が真理だと知って一瞬驚いたが乱れはない。

そして、目を閉じ再び音曲の世界に入っていく。

皆・・・・特に井上貞子はこの二人の名手に感銘を受けていた。

いわば両者とも名もない奏者・・・したが今の世ではこれほどの技量の持ち主はいない。

二人の合奏はおわった。静かな余韻は風の音。


真理は琴の前で頭をさげ

「つたない演奏でお耳を汚しました」

という。

「何をいわはるんどすか。今日はいいものを聞かせてもらいました。

寿命が数年延びた気がします。真理はん、お願いどす。ときどきここでお琴を聞かせておくれやす。

小沙希ちゃんとの演奏が一番だけど、

あんたはんのお琴だけでもここにいる弟子達に教えてくれはらへん?」

「はい私でよければ・・・・でも私の琴でいいんですか?」

「あんたは名人どす。こないな人、今まで世にうづもれていたとは驚きどす」


人間国宝に感銘を与えた二人だったが、土御門家の出来事には沙希はまだ迷いがあった。

この事実を瑞穂に知らせるかどうかを・・・・だがこのまま事実に蓋はできない。

沙希は祖母と真理に事実を知らせ了解をとった。

驚愕の事実にいたましげな祖母の顔、真理は静かに車椅子の横で瑞穂の手を握った。


沙希は『時追い』での見知った出来事をみんなに淡々と話し出した。

その淡々とした話にどれだけの事実が隠されていたのか。

「いや~~、嘘でしょ!・・・・・」

瑞穂の叫び声だけがこの家に響きわたる。

痛ましそうな女達。


「もうこれだけの事実はあなたに隠してはおけないの。

つらいかも知れないけれど、瑞穂さんあなたは自分の力で乗り越えなければならない。

誰も手助けはしてくれないわ。冷たいと思うかもしれないけれど、これはあなたの為なのよ。

これからの土御門家、あなたの手でもりかえしていかなければならないの。

『時追い』をしているとき、

晴明様が現れて私に土御門家のことよろしく頼むって言われて天に帰っていったわ。

でも土御門家は私では駄目なのあなたしかいないのよ。今は私、頑張れとしか言えない」


突き放すようだが、その中に含まれている沙希の温かさ。

年配の祖母や真理は沙希の心がびんびん響いてくるのだが、

この若い瑞穂にはどうなのだろうか?


落ち着かせるため静香と律子によって瑞穂は別室に運ばれていった。

静香の『まかせて』という胸をポンと叩いたジェスチャーに少し肩の荷をおろした沙希・・・

いや安倍あきあ。


「沙希ちゃん、これからどうするの?」

「ええ、私。これから比叡山の結界を張ってくるわ」

「大丈夫なの?」

「大丈夫よ。殺されたりしないでしょうから」

「そんな、危ない冗談はしないで!」

と真理に叱られ、ごめんなさいと謝る。


                     ★★★


黒のパンツと黒い長袖のシャツ、暗闇に紛れて走りつづける。

空中の飛行術を駆使して障害物を乗り越えていくあきあ。

あきあの周りには光る小さな玉・・・・式の玉藻、葛葉、紅葉がついてくる。

比叡山は目の前だった。なるほど結界がなくなっているためか邪鬼、怨霊が飛び回っている。

あきあが指示すると喜んで式神は邪鬼たちを消滅させていく・・・

というのは言葉がよいが餌として食っているのだ。主人はこうして式神を成長させていく。


比叡山の奥院に進入した。

「誰だ!」

さすが奥院までくると修行僧の格が上になっている。少しの気配でも悟られる。

あきあは闇の中から

「お上人さまにお会いしたい」

「正体もあらわさぬやからに会わせる訳にはいかぬ」

「なるほどいわれるとおり」

といって月明かりの中にでる。

黒い衣服のほっそりとした少女の姿があった。

その周りには3つの光る玉が少女を守るように飛び回っている。


「やや、女か。ここは女人禁制の比叡山奥院、それを知ってのことか」

「もとより」

「それにその光る玉はなんじゃ」

「これは私の式神」

「何?式神だと?妖しい奴、みんな出会え・・・・」

修行僧が木々の間から飛び出してくる。


女だという遠慮もない。鋭い太刀筋さすがのあきあも簡単には倒せない。

「さすが、比叡山の武者僧」

「なに!それを知っているお前は・・・・」

四方からとびかかる僧をあしらいながら・・・・なるべく怪我をあたえないように当身を使っていた。


「昨日、結界を破ったものといえば・・・」

「おおお、お前なのか。この比叡の結界を破ったお前が一体なんの用だ」

「土御門家・・・・・」

「えっ?」

「土御門家を助けたい」

「なにを?」

「そのために参上した。結界も張りなおそう。 私が土御門家を助けるために協力をお願いしたい」

といって持っていた棒を放り出し、その場に座ってしまった。


「こしゃくな」

といって打ち倒そうとする武者僧、あきあは静かに目を閉じたままだ。

「待て!天鏡!」

建物の扉が開いた。

「お前は覚悟を決めたそのものを打とうとするのか」

「すいませぬ。結界を破ったこのものが憎うございました」

「そもそも昨日の警察からの申し出を断ったお前のせいではないのか」

「はい、申し訳ございませぬ」

「その女、一体お前は何者じゃ、この比叡山の結界を簡単に破るその力・・・・」

いぶかる上人に正直に答える。


「はい、安倍晴明様に直接の修行をうけ安倍あきあという名前をもらったものです」

「なにをたわけたことを」

と再び天鏡がどなりつける。

「まあよい。その安倍晴明の弟子がこの比叡山の結界を張りなおすというのか」

「はい、ついこの間は京の結界を張りなおしたところです」

振り上げる棒を押さえる上人。


「では、結界を張ってもらおうか」

「はい、その前に土御門家の弟子衆を集めてもらいたい」

「土御門の手をかりるつもりか」

「いいえ、結界は私一人で充分でございます。

弟子衆を呼ぶのはその後の話をしやすくするため・・・・」


上人は天鏡に命じ土御門家の弟子達を呼び集めた。

集まった弟子達は女人禁制のこの場に少女の姿をみて吃驚している。

あきあは上人に

「一言いっておきますが女人禁制のこの場に侵入したことをおわびしておきます。

しかしながら私は女性でもあり男性でもあるのです。

でもこれは女人禁制の場に入った私の気休めの言葉なのでしょうか」

といってニッコリ笑った。


「おおお・・・」

と集まった皆に驚きの声。

上人の驚きははその笑顔の見事さにだったのだが。

「では、始めます」

といってから玉藻、葛葉、紅葉と声をかける。

そのつど姿をあらわす十二単の女達。


驚きの声はもうでない。少女の強力な力がこの一端でもわかる。

少女の後ろにかしずく3人の式神、

「北の玄武、東の青龍、南の朱雀、西の白虎、これを四神相応の陣という」

祝詞をあげて

「ええい!」

と地面を手刀で刺し貫く。


すると空間が揺れてサーっとその揺れがひろがっていった。

「おおう・・・・・」

土御門家の男達、比叡山の修行僧、武者僧が果たせなかった結界を

この少女が一瞬にしてこの張ってしまったこの事実。

天鏡はその強大な力に屈服してしまった。

「申し訳なかった」

その言葉であきあはこの男の純真さに好意をもった。


「お上人さま、結界を張ったとはいえこの中はまだ邪鬼、怨霊の類は残っていましょう」

といって名器『緋龍丸』をとりだし吹きはじめた。

比叡山の山並みに流れる笛の調べ、その清涼とした音色が邪鬼、怨霊を消滅させていく。


「見事な・・・・」

笛の音が終わった。

比叡山に流れる清々しい風、心の汚れが洗い流されいく。

「上人さま、この方は・・・」

「菩薩様じゃ」

月明かりがその顔に神々しい姿を二重うつしのように見せていた。

思わず拝む天鏡と上人・・・・。

はっと気づき

「止めてください、お上人さま」

と手をとる。


「では、今土御門家が危機に瀕している事実をお話します」

奥の院の別室、集められた弟子達と武者僧、そして上人。

あきあは話し出した。

蘆屋道満と師の安倍晴明の確執、道満が狙っていた『泰山府君の祭り』の秘術、

悪行をつくした結果のあきあとの対決。火が道満の身体を焼き尽くした。

道満の白い髑髏を古井戸に投げ捨てたあきあ、


事実を見た兄弟子が残した土御門家に伝わる古文書。

祖父善造の死、長男の行方不明、次男の善次郎の事故死、

そして最後の後継者の瑞穂の身体の問題。


「以上が土御門家が直面している危機の前兆なんです。

私は陰陽道の秘術『時追い』で平安時代に戻って古井戸を監視していました。

そして、犯人を知りました」

「誰なんです?犯人は」


「いえ、今は知らないほうがいいでしょう。

知ったら、あなた達は前後の見境なく犯人と対峙するでしょう。

犯人は恐ろしい蘆屋道満です。

犯人は道満の力を手に入れようとして逆に道満に身体を乗っ取られたのです」

「どうしたらいいのですか?」

「道満の術を破るしか仕方がないのです。そこで皆さんにお願いがあります。

道満を倒す手段として瑞穂さんにかけられた呪いを解く手段として・・・・」


「えっ、呪いですと?」

「はい、瑞穂さんは呪いによって身体が不自由になっているのです」

「ちくしょう!」

「だから皆さんにこの犯人との対決の舞台を作ってほしいのです」

ということであきあが授けた作戦が決行される。


その日の土御門家、電話に出た執事の林六右衛門。

「はい、えっ皆さん帰ってこられる?そうですか。ではお嬢さんに連絡します。

ええ、お嬢さんは今お知り合いのところにいっておりますが。

いえ、連絡と言われましても・・・・・。はい、明日には戻られるとおもいます。

ええ~、修業道場をあの古井戸のあたりに?・・・はい?・・・明日から?

急にされるんですねえ、比叡山のお上人様がこられての法要に間に合わせる? わかりました」

首を振りながら電話を切る。急な話に戸惑いがあらわれているのだ。


そして、月が雲に隠れ闇が訪れるころ、

ひたひたと足音がして影が移動してくる。古井戸の前でぴたっと立ち止まった。


肩にかついだ縄梯子を古井戸に投げ込む。

縄梯子に足をかけ古井戸に降りようとした瞬間、ライトが一斉にその影をうつしだした。


腕を上げて必死に顔を隠そうとしながらも、逃げ場所を捜している。

そして古井戸の中に逃げ場所を求め飛び込もうとした瞬間、

「私たちの仕掛けた罠にかかりましたね、修行道場を建てるからという電話に

古井戸にあるものを隠しておいたおまえは、古井戸を攫われては見つかってしまうと

それをどこかに移動させようとしましたね」

樹の上の張り出た枝に腰掛け話しをするのは、あきあだった。

黒い衣装に顔には覆面、そして般若面をかぶっているのだ。


これはこの瞬間を映画のスタッフとテレビクルーがカメラに収めているためで

あくまでも正体を隠そうとする苦肉の策だった。

ライトは撮影用の照明で昼間のうちにわからぬようセッティングしておいたものだ。

「お・・・おまえは誰だ!」

「私か・・・、私はおまえを地獄へ送り返す使者、

そして、この京都の守護をまかされているもの・・・・・

『般若童子』とでも覚えていておいてもらおうか」

と男の前に飛び降りた。


「私が何をした」

「おや?・・・・この場に及んでそう開き直りましたか。

では、私がおまえのやった犯行の全てを解明してあげましょう。

お前はある目的でこの土御門家に入り込み、一歩一歩だが着実にその目的を達成していこうとした。

その目的を達成するためあるものを手にする必要があった

おまえは当時、当主であった善造氏の長男である善太郎氏を土御門家の古文書をみせ

あるものを探し出そうと持ちかけた。安倍晴明の再来といわれていた善太郎氏は

陰陽道を深く追求するあまり、おまえの悪辣な罠にかかってしまった。

つまり善太郎氏は行方不明などではなくおまえの手にかかりその古井戸の中に埋められているのだ」


このあきあの声は遠く離れた場所に設置してあるテレビモニターに映しだされ、

テレビクルーと見ていた土御門家の弟子達は思いもかけないあきあの推理に

犯人に対する怒りで飛び出そうとしていた。

止めたのは比叡山のお上人と来ていた武者僧の天鏡だった。

天鏡はすっかりあきあに惚れこんでおり、あきあに身を守りたい為にきていたのだ。


「たとえ、そんな死体が出てきたとしてもワシがやったという証拠があるのか、

証拠があるのなら出してみろ」

「おや、そのいなおりがおまえがやった証拠・・・・」

「そんなもの・・・・」

「そうよ、そんなもの証拠にはならないわね。

でも、おまえは忘れている。善太郎氏の遺体に残されているあるものを・・・」


男は考えていたようだが、いきなり『はっ』としてあきあの般若面をみた。

「思い出したようだね。そうおまえがめったづきにした短刀の柄、

おまえが古井戸から取り出してきたあるものを大切に木の箱にしまう間に

刃に巻きついてしまった善太郎氏の肉が短刀をぬけなくした。

つまり善太郎氏が命を引き換えにした犯人を告発する品!

そう、べったりとおまえの指紋がついた短刀がね・・・・」


「ちくしょう!・・・・・」

「だが、お前には計算違いがあった。土御門家を乗っ取るつもりが

土御門家を根絶やしにする行動に出てしまった。

善造氏の薬殺、そして善次郎氏を悪意の術で事故死させた。

いづれもおまえを操った”あのもの”がさせたもの。

そして、今度は最後の土御門家の後継者、土御門瑞穂を呪い殺そうとした。

だが、まだ”あのもの”の力が弱く、目と下半身の自由を奪うだけだったが、

いづれ殺してしまうつもりだったのだろう」


そして、男を指差し

「そうですよね。土御門家の執事、林六右得門!」

「え~」

弟子達から驚きの声がもれる。照明のせいではっきりと顔がわからなかったのだ。

一斉照明が消えて、あきあ=般若童子と執事の林にスポットライトがあたる。


「執事、林六右衛門こと、善造氏の双子の兄土御門善一、

顔を変えて土御門家に入り込みその強大な力を手にいれ、再び顔を戻して

善造氏と入れ替わって土御門家を我が物にしようとした。

これ明白である。だが、おまえはもう”あのもの”に支配され、

その意識一片たりとも、残っていまい。

出て来い!・・・地獄から蘇りし蘆屋道満!!」

その言葉で男の肩が上下に揺れ始めた。


「クックックッ・・・・・」

笑っているようだ。

「ふふふ・・・・・良く見破ったな・・・・」

男の顔が崩れ始め、その下から総髪の鬼の顔が現れた。

「どうやら、地獄で変ってしまったようだな」

「そうだ!・・・地獄の業火な焼かれ、針で全身を貫かれその痛み永遠に続く無限地獄・・・・

だが、安倍晴明への復讐のため、耐えてきたのだ」


「哀れな・・・・」

「哀れだと?・・・・あともう一人・・・

あの娘さえ呪い殺すことができれば、我目的達成できたというのに・・・・」

「それだけではあるまい・・・そのあと、恐ろしいことを考えていたのであろう」

「よくわかったな。・・・・ワシは闇の入り口を開け鬼や怨霊をこの世界に解き放つつもりだ。

この世を地獄にかえてやる・・・」

といって般若童子にかかっていった。どこに隠していたのか太い杖で・・・・。


般若童子は飛び上がり空中で回転して井戸の淵に立った。

その手には黒い鉄扇をもっている。これで相手をしようというのか

道満は杖を途中から二つに分けるとキラリと光る刃があらわれた。

仕込み杖をもつ道満、般若童子を追いかけながら呪文を唱える。

どこからきたのかこうもりの大群が般若童子に襲い掛かる。

こうもりに身体の自由を奪われて倒れる般若童子、

「ふふふ・・・どうじゃ、わしの術もこうして復活してきた

おまえのようなものに負けるはずがない」

「道満、おごりじゃのう。・・・・上には上がいるものと知れ」

つちにかえってしまうこうもり。どこにいったのか般若童子の姿が見えない。


「ははは・・・ここじゃ、ここじゃ」

と月の中に般若童子の姿、宙に浮いていたのだ。

「今度は私の番じゃ」

というと印を結ぶ。般若の唱える声に呼応したのか

月の中からバッタの大群が道満を襲う。

逃げ惑う道満。しかし、さすが道満。術をかけるとバッタはただの紙にもどってしまう。

今度は体術とばかりに道満も宙をとび般若を襲う。

杖の刃と鉄扇がぶつかると出る赤い火花・・・・

だが道満は、じりじりと般若を追い詰めていく。


さがる般若が石につまづいたのか倒れこみ、道満の杖が般若に打ちかかった。

「あっ」

みんなが立ち上がったその時、般若の姿が木に変っていた。

「ふふふ・・・変わり身の術じゃ」

「おまえは・・・・こんな術を使える・・・・おまえは・・・?」

「忘れたか、お前を地獄に追いやったこの私を・・・・・・」

「なに!・・・・そんなはずは・・・・そんなはずはない!」

「そうかな、道満。お前がこうして蘇ったのだ。

私が蘇らないというのは、お前の身勝手な考えかたじゃ」

「おまえは安倍・・・」

と言ったところで

「あるじ殿・・・・あるじ殿・・・・」

と3人の式神が十二単姿で宙をとんでくる。

その手には頭の大きさの木箱が・・・。


「しまった・・・・」

慌てる道満。いきなり式神たちに襲い掛かろうとする。

しかし、元はといえば安倍晴明の式神たち、そんなことには驚かない。

道満にしても本体ではなく、身体が微にわたって自由には動かない。

「玉藻!葛葉!紅葉!・・・・・その箱の中の道満の髑髏を破壊せよ」

と言う声に

「はっ」

といって地上に降り立つ。

取り戻そうする道満だったがすでに遅く、

紅葉の手が思いっきり道満の髑髏を敷石に叩きつける。


「ぐえっ」

という叫び声とともに

地上に落下した道満。身体をえびのように反らしながら、顔を押さえ地上をころげまわっている。

そして・・・・両手をひろげ動かなくなった。

顔が崩れ・・・・肉体が崩れていく。・・・・そして服だけで肉体が土に返ってしまった。


立ち尽くす、般若。みんなが駆け寄ってくる。

比叡山のお上人と武者僧たちが経を唱えながら寄ってきた。

「あっ、お上人さま」

といって般若の面と覆面をとって玉藻に渡した。

「恐ろしい男であったのう」

「はい、林執事はとうに道満に肉体を奪われていたと思われます」

「哀れな男よのう」

「はい」


「この髑髏は封印をして比叡山に納めて置こう」

といって武者僧に入っていた木の箱に破壊された髑髏を

一片の残りもなくひろい集めるよう指示をした。

「それにしてもあきあ殿、おぬしはすごい」

という天鏡に

「そんなこと・・・」

といって照れるあきあ。

「天鏡、おまえももっと修行しなければなあ」

とお上人にいわれて、

「はははは・・・・」

とテレ笑いをしていた。


「あきあくん、一応警察に電話をしておいたけれど」

「小野監督、あとはおまかせします」

という。

「そうか、じゃあ早く帰んなさい。警察にはうまいこといっておくから」

「ややこしいことになったら飛鳥叔母様に頼みますから」

「ああ、そうなったらお願いする。ただ心配なのはこれをこのまま放送できるかどうか」

「でも、信じないでしょう」

「そうだろうなあ。ま、ロケをしてて本物にぶちあたったとでも言おうか」


ということで比叡山に帰るお上人さまを送ってから、あきあは祖母の家に帰った。


危険だからといって家に待機してもらった女性達は心配でじりじりしていたらしい。

玄関でみんなに抱きつかれ大騒ぎになった。

祖母の部屋に行くと余程心配していたらしい、涙をうかべながら

「あんた、もうこんなことやめなはれ。うち、もう心配で心配でたまりまへんかった

こんな思いもう二度といやどす。なあ、約束して・・・・」

「はい、お婆ちゃまも心配させるなんて、うちもあほや。

もうこんなことしまへん。やくそくします。ごめんなさい」

とあやまってようやく安心させた。


「ごめんなさい。私のために・・・・」

「なにいってんの、みんなうちがやったこたやから、あやまんのはあたりまえどす」

と舞妓言葉でいうとはじめてあきあの口から聞いたことなので目を白黒させている。


「そうや、瑞穂さんにいいはなしどす。玉藻はん、あれを」

「はい」

といってわら人形をわたす。

わら人形には両目には1本づつ、下半身にはたくさんの針がさされている。


「瑞穂さん、目を閉じていて」

といってから、あきあは印を結んで呪文を唱えながら一本づつゆっくりと

針を抜いていく。

全部を抜き終わると、縁側に出て庭に降りわら人形に火をつけた。

ボーッと火がわら人形にかかっていた呪いを消していく。


「瑞穂さん、もう目をあけてもいいわよ」

その声に徐々に・・・だが、恐る恐るといったほうがいいかもしれない。

すぐには視力は戻らないのか『ボー』とした目の前の様子が段々とくっきりはっきりとしてくる。

『にっ』と笑う一人の少女、黒い衣装をきているがその笑顔が『どきっ』とするほど美しい。

胸が苦しいほどどきどきしてきた。

急に涙が溢れ出す。目の見える嬉しさか少女への恋しさなのか

「どうしたの?」

といって庭からとんできた。


この声は日野あきあの声だ。こんな少女だったのか。

恋しさ愛しさがつのってくる。目が開いたうれしさに比べてもより以上の恋心。

そしてはっと気づく、この人は男の身体をも持つと聞いている。

周りの人の目が気になった。でも私を優しく見ているだけ、あきあを見つめる

その人たちもまた恋をしている。そして『あなたもなのね』といっている。

あきあは神秘の人、そして女性をひきつけ恋をさせる。


あきあが瑞穂に手をだした。

「つかまって!」

という少し強くいわれても、甘く聞こえてくるのが不思議。

手を出すと、握ってくれる手の優しさ温かさ・・・・。

「はい、立って!」

従順にしたがってしまう。

立てる筈がないと日頃は拒否してしまう身体の筋肉も何故か動いているのだ。

「はい歩いて!」

足が片方づつ動いていく。痛みはないが固まってしまっている筋肉が

悲鳴をあげる。だが一歩一歩と歩幅が広くなる。


「はい、今日はこれまで」

澪先生の声が響く。

「じゃあ、今日は終わり、又明日ね」

その優しさに又涙ぐんでしまう。


「あきあ、撮影の予定聞いている?」

「ええ、明日は横になっての撮影ばかり」

そうだ、この人はこの京都に撮影に来ているのだ。

撮影が終われば帰ってしまう。急に寂しくなってくる。


さっきからずっと瑞穂を観察していたのが薫だった。

表情がくるくるかわる面白さで観察していたが

「この子も沙希ちゃんを好きになってる」

と思うといじらしくなってきた。


「ねえ、瑞穂ちゃん。あなた土御門の家をどうするの?」

「はい、私家を出ようと思っています。土御門家は陰陽道の名家です。

でも私にはあきあさんのような力はありません。

私がいなくても土御門家はお弟子さんたちが守り立ててくれます。

かえって私のようなものがいないほうが良いかもしれないのです」

「では、瑞穂ちゃんはこれからどうするつもりなの?」

「考えていません。でも身体が不自由だったために学校もいっていないし

勉強もしていないから・・・・でもこの年で学校へ行くにしても・・・」


「じゃあ、こうしない?私の付き人をするのよ。そうしたら、

学校へいくよりももっと勉強できるように優秀な家庭教師をつけてあげる」

そばで聞いていたのが律子。

「薫姉さん、もしかしてその優秀な家庭教師って」

「あら、もしかしなくても律ちゃんしかいないじゃないの」

「だって私には・・・・」

「一人面倒みるのも二人面倒みるのも一緒じゃない」

「もう・・・・薫姉さんは勝手に次々と決めていくんだから・・・・」

「あら、いやなの?」

と睨むと

「嫌じゃないわよ。ふ~」

とため息をつく。


自分の歩むべき道をこうして人に決められて普通、腹が立つのに

この人たちがこうして決めていってくれると何故か嬉しくなってしまうのだ。

「いいんでしょうか?」

「いいわよ、そのかわり覚えることが多くてよ。

とくにあきあの身の周りは大変、女優一筋じゃあないから

普通ではつとまらないわ。いっぱい努力をしなければね」

とあんにあきあの身の回りも見させてあげようという薫の優しさだった。


こうして今日も大変な1日が過ぎていった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「ねえ、花世さん姉さん!小沙希さん姉さんの映画もうすぐ京都での撮影終るんやて」

「えっ?ほんまどすか?・・・どうして豆奴ちゃんがそこまで知っているんえ」

「うち、ついこの間、簪が壊れてしもて修理に小間物屋はんにいったとき、

杏奈はんに会ったんどす」

「杏奈はんに?」

「へえ!・・・杏奈はんあの時より着物に興味持たれて

いろんなもん見に来てはったんえ。そうそう高弟の志保先生も一緒どした」


「じゃあ、豆奴ちゃんは?」

「へえ、お仕事まで時間があったさかい・・・」

「よかったなあ・・・・う~ん、やっぱりうち、悔しい・・・・」

「そやけど、花世さん姉さん。あんとき・・・」

「へえ、お母ちゃんと一緒にいろんなお寺さんを回ってきて、お守りいっぱいもらってきたんえ」

「そやったら花世さん姉さん・・・」

「へえ、身体が二つ欲しおました」

「いややわあ、花世さん姉さん」

と叩く真似をする豆奴。


「あっ!・・・・シッ!・・・・」

と急に花世が豆奴に黙るよう促した・・・・。

何がなんやら判らず花世を見る豆奴。


「やっぱりや、この琵琶の音・・・・この声・・・紫苑ちゃんえ」

といって声のする方へ小走りに走りだした。

「あ~ん・・・待ってえ・・・・」

と言いながら花世の後を追う豆奴・・・・。


花世の目にちょうど清水さんの境内に上がる階段のそばで見物人が輪になっているのが見えた。

見物人の首と首の間から見ると・・・・

(あっ!・・・いるいる・・・・)

琵琶を弾きながら謡っている紫苑の姿があったのだ。


紫苑の前にはセーラー服の少女が一人膝を立てて座っている。

あつかましいと思いながらも

「すんまへん、ちょっと通しておくれやす」

と花世と豆奴は見物人に声をかけてから身体を横にして進む。

見物人も相手が二人の舞妓とあって『おっ』と驚いた顔をしながらも道をあけてくれた。


セーラー服の少女の横に腰を下ろす二人、吃驚する少女だが気にする二人ではない。

紫苑のほうも気にすることなく琵琶を弾き終えた。


「紫苑ちゃん、元気どした?」

「へえ、つつがなく」

「今日は謡詠みやってえへんの?」

「へえ、やれるお方がいまへん」

「じゃあ、リクエストしてもよろしゅおすか?」

「へえ」

「平家物語やっておくれやす」

「平家物語って長おすえ」

「そやから、祇園精舎から・・・塵に同じ。まででよろしおす」


琵琶の音曲と共に、テノールのいい声が流れだした。


『祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。

     娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす。

          おごれる人も久しからず、唯春の夜の夢のごとし。

              たけき者も遂にはほろびぬ、偏に風の前の塵に同じ』


なんか物語りの景色が頭の中をよぎっていく。

「ふ~・・・・」

と思わずため息が出る素晴らしさだった。


紫苑は琵琶を横に立てかけると

「今日はもう琵琶は終わりどす。お三味でなんかひきまひょか」

というと目の前に舞妓がいるせいか

「祇園小唄を弾いてくれないか」

と見物人から声がかかった。


「へえ」

といって三味線を手に取ると撥で糸を奏でながら糸巻きを絞り込んで

絞り込んでいく。

そして今度は先ほどと違ってもっと高音の澄んだ声で謡だした。


『♪つきはおぼろに ひがしやま

     かすむよごとの かがりびに

         ゆめもいざよう べにざくら

             もゆるおもいを ふりそでに

                 祇園こいしや だらりのおびよ ♪』


いつもお座敷で舞っているので聞きなれているとはいえ

この紫苑の声は特別だった。

この紫苑の三味線で舞ってみたい・・・・・

いや、あの小沙希ちゃんと紫苑ちゃんの競演が見てみたい・・・・

そんな欲がふつふつと湧き上がってくる。


「なあ、紫苑ちゃん。お願いがあるんどす」

「なんどすか?」

「直ぐとは言わへんけんど、わてら紫苑ちゃんのお三味で或る舞妓ちゃんの舞を見たおす」

「或る舞妓ちゃんて?」

「へえ、うちらのおっしょはんの井上先生がその舞妓ちゃんの舞に

何の文句もつけはらへんほど名人なんどす」

「へ~・・・けんどうち、この祇園界隈でいろんな舞妓ちゃんや芸妓はんの噂を聞きますけど、

そんな舞妓ちゃんのこと聞いたことおへんえ」


「そりゃそうどす、その舞妓ちゃん本式の舞妓ちゃんと違うんどす」

「えっ?偽者どすか?」

「偽者?・・・・違う・・違う・・・違いますえ。

その舞妓ちゃん、その気になったらこの祇園で大看板になられはります。

けんど皆さんそんなことさせまへん。ものすごう大事なお方なんどすから。

その舞妓ちゃん、小沙希さん姉さんいわれるんどすけど、

小沙希さん姉さんは京舞の名人やし、横笛も名人なんどす。

こんなお方、この日本に・・いいえ世界中捜したっておへんえ。

もし、いるとしたらうちの目の前にいる人だけどす」


「えっ?・・・うち?・・・・いえ、いえ、うちはただの謡詠みどす」

「紫苑ちゃん、うちら舞妓いうても、まだまだ素人みたいなもんどす。

けんどそんなうちらの耳にも紫苑ちゃん、あんたの琵琶とお三味はただ事ではおへん。

そしてその声・・・その節回し・・・言っちゃ悪いけんど、

うちらの芸妓のお姉ちゃんやおっしょはんにも紫苑ちゃんみたいな人おられへん。

そやからうち、見たいんどす。

小沙希さん姉さんと紫苑ちゃんの競演・・・・ねえ、お願いどす」


「う~ん・・・しょうおまへんなあ。けんど、いついつって約束できまへんえ。

うち、浮草家業が身についてしまってるさかい・・・・・・・。

どうも足任せ風任せという暮らしが性に合ったんどすなあ」


「いいんどすえ、約束さえしてしていてくれたら。

うち、それだけでこれからの修行がんばれます。

少しでもお二人に近づけるよう修行ができるおもうんどす」


「それやったら、約束もっともっと先に延ばしてもええなあ・・・」

「いやあ、いけず!・・・・」


そういいながらも、紫苑の爪弾く三味の音につい時をたつのも忘れて語り合う。




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