第一部 第十話
昨日の清明神社の一件以来、天城ひづると両親、大空圧絵との距離がグンと近づき、
いづれも個人事務所だったので昨夜の話合いで早乙女薫事務所に席を移すことになった。
大空圧絵はマネージャーと二人三脚だったので何の問題もなかった。
東京の事務所に電話すると残っていたマネージャーも仕事が軽くなったと喜んでおり、
さっそく薫の事務所へ行って今後のことを打ち合わせてくるという。
事務所もすぐにも閉める予定だ。
天城ひづると両親も三人の家内事務所で母親がマネージャーを務めていた。
しかし、父親と子供の二人をマネージメントしていたので
つい眼が届かなくなりひづるを我儘にしてしまったのだ。
父親にしてもつい手薄になり活躍の場がせまくなっていた。
薫の事務所に移ることにより母親も以前の天城鶴世の芸名でカンバックするという。
ひづるがあきあと共演することが凄い刺激になったらしい。
そして、ひづるはあきあのアドバイスでこの映画が終わると学業を優先さす。
そのかわり学校の休みの日や夏休みや冬休みなどは忙しい。
女優の仕事があればそちらが優先だが、なければコンピューターの仕事の助手や
もしくは杏奈の仕事の助手をさせて、社会の一般常識を覚えさすのだ。
父母もあきあの方針には全面的に賛成だった。
城田は退職して田舎に引っ込むというのをまゆみが説き伏せて、
城田のいままでの人脈と経験を沙希のつくるソフトのメディア関係のヘッドに据えた。
鳴海京子は単独インタビューの記事をひっさげてフリーになる。
実際はあきあのそばを離れたくなくなったというのが真実らしい。
天涯孤独だというこの京子いづれは里につれていくことになるだろう
しかし、たった一日でこれだけの人間を自分の周りに引き付けてしまう沙希に
「あんたって子はまあ・・・・」
と薫、まゆみ、律子、杏奈が顔を見合わせてあきれ返ってしまっている。
支配人とホテルオーナーの心づくしで朝食を終え、
美味しいコーヒーを飲んでいた一同にロケバスの到着を知らせてきた。
東京へ帰る京子と行く城田もこの日のロケは見逃せないと一同についていく。
ロケバスは市民球場についた。バスを降りるとさっそくあきあは球場周囲を見て歩く。
あきあはひづると律子と杏奈を連れて行く。
というのも杏奈もひづるもあきあにくっついて離れないからだ。
球場周囲を警備する助監督にその周囲5mを安全区域と定め
マスコミの車をその中に入れるよう依頼する。
もしそれ以上のところに止めると何も映らなくなるとアドバイスをした。
一度張った結界内には出入りは出来ない。
昨日会場にいた助監督には身にしみてわかっていることだ。
あきあ達が球場内に入ると次々とマスコミの車がやってきた。
場所をとるのは大きなテレビの中継車だ。
場所取りが始まると弾き飛ばされ、結界区域内に入れない車が出てくる。
泣く泣く手持ちのビデオ撮りとなるのだ。
しかし、中継といっても生では流せないからビデオ撮りと変らない。
そのビデオの映像も肝心なところは砂嵐で映像を見せないとあきあが言う。
スタンドに立つ関係者、マスコミ陣、撮影スタッフはスタンドのあちらこちらに配備され、
決死の覚悟のカメラマンと助手がグラウンド上にたつ。
今日はシーン10、出演者は姉のあきあと弟のあきあ、
そして天城ひづるが演じる幼いあきあの3人だ。
しかしどんな怨霊、鬼の類があきあの術によって生みだされるのか知れたことじゃなかった。
共演者は出番がないのにすべて顔を揃え、映画会社の役員も揃って来ている。
時間となった。あきあが球場外の人から中を隠すため結界を張る。
烏帽子と公達姿は安倍晴明と同じ、その凛々しさと可憐さにどよめきがおこる。
高々と祝詞をあげる、今日のロケの安全も願っているのだ。
そして始まった・・・・・・・・・・・・・・・・・。
「北の玄武、東の青龍、南の朱雀、西の白虎、これ四神相応の陣という」
そして、高々と宙に五芒星を描きその手で地を刺し貫いた。
広い空間が揺れ周囲に広がっていき、あきあが示した球場から5mのところで止まった。
透明のドームで球場が覆い尽くされている。
あきあは次々と術を使っていく。
平安京の建物が空間から現れ、平安の庶民が歩き出した。公達もいる。
何だこれは・・・何も聞かされていないマスコミは仰天した。
こんなの本当とはいえない。マジックにしても大きすぎる。
或る記者はスタンドから飛び降り、通り過ぎる人たちにインタビューしようとした。
しかし、捕まえようとしても身体を通過してしまう。
つまりSFでいうホノグラムのようなものである。
つぎに平安京の建物の壁を人々と同じくホノグラムとおもって激突してしまう。
スタンドの失笑をかって戻ってきた記者は
「わからん、全然わからん。あの建物は本物だった。
でも人々は・・・俺この世界にホノグラムがあるってこと聞いたこと無いぜ」
あきあが話だした。
「今道を歩いている人々は平安時代の人々です。いま時の流れをさかのぼって
ここに再現しました。実体はありません。つまり影だけです。
この平安京の建物は私が術で再現したものです。実体はあります。
これより撮影の中で術で出現させる怨霊悪鬼の類は実体があったり影だったりします。
つまりこのグラウンドに下りないでください。
グラウンドのカメラマンも危ないとおもったらスタンドに逃げてください。
撮影のために大切な命をかけないでほしいのです。
スタンドは二重の結界内ですので安全です。
グラウンドに降りると鬼は人間の匂いに敏感に反応します。
昨日もある場所で人間が鬼に食われるのを見たところです。
あんなこと二度と嫌なんです」
と区切り
「ひづるちゃん聞こえる?」
「は~い」
広い砂利道に模したところから声だけが聞こえる。
「いま、ひづるちゃんは或る場所で小さな結界内にいます。
今は姿はみえませんが闘いが始まると術で見えるようにします。
だから安全なんです。ひづるちゃん、絶対にそこから出たら駄目よ」
「わかりました」
と声だけが聞こえる。
「では」
とあきあは公達姿を解いていった。
杏奈が手伝って素早く杏奈デザインの黒い衣装に
皮を黒く塗って作ったケースを上下2本の黒い紐で太腿に結わえ付ける。
そのケースには黒い鉄扇が入れられた。
胸の膨らみを無くす為サラシを巻く、股間に膨らみは強調しない。
ただ、アクション中にチラッと見えるだけだ。
メイクをしている間、肩で息をくりかえす。
「こんなに締め付けなくっちゃだめなの?胸が苦しいわ」
「何を言っているの。この間からのことを考えれば贅沢な悩みよ」
とメイクをする杏奈にくぎをさされてしまう。
「できました」
杏奈の声で立ち上がるあきあ。
「じゃあ、あきあくん。姉のあきあを頼むよ」
頼むよっていったって・・・と記者が笑っていると
律子が手渡した人型にあきあが息を吹き込む。
いきなり白い衣装の姉のあきあが現れた。
「あなたわかってるわね」
「はい、ご命令通り」
「監督、始めてもらってけっこうです」
「よし、助監さん、合図を」
助監督が無線で合図をする。
しかし、こんなこと初めて見せられた記者達は驚きで頭の中が真っ白となっている。
まるで現実とはおもえなかった。
助監督に
「記者さん達煩いよ」
と注意されても混乱が続いている。
携帯で連絡しようとしても結界内は電波も通さない。
なんだこれ・・・と携帯を投げ捨てる記者もいた。
日頃から傍若無人な記者に腹を立てていた映画人は失笑している
「一発本番」
「一発本番」
「ヨーイ・スタート」
カチンコの音と共に男のあきあ(=弟)、女のあきあ(=姉)が
対峙し、横に走りながら弟は鉄扇、姉は杖を振りかざしている。
弟が飛び、それを追いかけ姉が追う。
『ガッ』と音がして火花が散った。姉の杖は仕込みの杖だ。
双方立場が逆となった。弟が飛んで姉の頭を掠めるとまた『ガッ』と音がして激しい火花が飛んだ。
鉄扇で頭を打ってきたのを杖で防御したのだ。
弟は塀の上に立った、姉も地の利の不利を悟って相対する位置の塀の上に飛び乗った
「弟よ、闇を支配し人の命を奪うのは止めなさい。そして、私の中に帰るのです」
「姉上!そうして、僕を縛りつけるのですか、そんなの真っ平です。
姉上こそ、僕の軍門に下るのです。
どうです、僕と闇を支配しませんか。ずっと気持ちがいいですよ」
声はひくいがさすが兄弟よく似ている。
「そんなことで人の命を奪っているのか、もう許さぬ」
キッと鋭い目で睨みつけ、血が出るほど強く唇を噛み締めた。
姉は飛行術で弟の上を飛び越え、地上に降り立った。そして、地の上になにやら書き記す。
その様子を見て『フン』と冷たく笑う弟。
どうやら弟は姉の手の内を知り尽くしているらしい。
やおら鉄扇を広げると、闇の亡者よ再びこの地上へ生まれ出よ。
全ての人間共の血を吸い、肉を食らい尽くせ。と鉄扇を振り下ろす。
するとどうだろう地の底より穴があきゾンビの兵士があらわれた。
『ヒー』女性記者の悲鳴が聞こえる。
姉も負けず壁の中より土の兵士を呼び出す。
兵士同士の闘い、敗れたものは土に返っていく
残り少なくなった兵士を見て、弟は再び鉄扇をもっと大きく振り下ろす。
「地獄の悪鬼、青鬼、黒鬼よ、地獄より我の申し出に応じよ。
さすればいくらでも人間を食わしてやるぞ」
「お~う」
とすさまじい声がして天より黒雲が降りてくる。
そこから大きな手がでて雲を掻き分け頭が出てきた。
一本角の恐ろしい顔をした鬼だった、
牙がとがっていかにも人間を噛み砕いてしまいそうだ。
「ぎゃ~」
気の弱い男性記者が凄い声を上げて気絶した声だ。
身の丈が5mの鬼が二匹残っていた兵士を敵味方構わず、ムシャムシャ食べ散らかしている。
「う~~、まずい」
どこかのCMのような台詞だった。
「ん?」
っと鼻をピクピク動かして何やら臭っている。
「こりゃ、生きた人間の臭いだ。う~~美味そうに、酒の匂いもしていやがる」
と、カメラマンの方に寄っていく。
「おう、いたいた。随分太ってうまそうだ。二人もいるなあ。
黒鬼の太郎ジャ、お前はあの細い方を喰え。わしはあの背がちっちゃいが太い方を食らう」
「何をいうだ、青鬼の次郎ジャ。逆だ。俺が太い方を食らうからお前が細い方を喰え」
「なんだと!」
と喧嘩を始めてしまう。
「今のうちにはやく!」
逃げろというあきあの声にスタンドのほうに走りだした。
必死に走るが日頃の酒びたり生活が長いため、すぐに『ゼイゼイ』と息が上がってしまった。
足が動かない。それでも生きるために走った。スタンドの上から監督が腕をグルグル回し、
「走れ、走れ・・・・・馬鹿!何をスピードを緩めるんだ。早く早く! 大事なカメラは落とすな」
何故か、この言葉で笑ってしまった。
走りながらわらう?気が可笑しくなってきたのか・・・でも恐怖と背中あわせだ。
急にドスドスという大きな足音が聞こえてくる。
何故か足が止まりカメラの照準を当てて撮影体制に入ってしまう。
恐怖と仕事、ファインダーの中で二匹の鬼が恐ろしい顔でゆっくりだが序々に大きくなってきた。
「先輩!なにやってるんですか。・・・・早く早く・・・・」
再び走りだしたが、今度は逆にカメラを構え撮影しながら走りだした。
(俺って馬鹿だ!何をやってるんだ。此処で喰われてしまったら仕事なんて関係ないのに・・・・
俺、根っからの映画馬鹿なんだなあ)
大きな手が下りてきて、カメラマンを握り潰そうとしたとき
弟のあきあが投げた鉄扇が鬼の頭に当たり、後ろに倒れこむ。
「あにするだ!」
鬼が怒りだした。
弟を捕まえようとするが、飛行術で飛び回り、鬼通しがぶつかり合う等、鬼は手も足も出ない。
その間にカメラマンと助手はスタンドに飛び込み助かった。
スタッフ達が駆け寄り、二人をスタンド上に運びあげる。
「よかった、よかった・・・・」
監督や皆に小突かれながら、ほっと息をはいた。
と急に二人とも大声で泣き出した。恐怖から開放された瞬間だ。
「判った。判った。あとであきあにお礼を言っておくんだな」
と宙を飛び回っている。不思議な少女に眼を向ける。
一瞬目が合った瞬間『ニコっ』笑った気がした。
すると頭の中に(良かった、本当に助かって良かったわ・・・
でも、これからはもっと身体を鍛えた方がよくてよ!愛する富士子さんのためにもね)
という声が聞こえた。
助手のほうには(良かった、本当に助かって良かったわ・・・
でも、これからはもっと身体を鍛えた方がよくてよ!
監督の横にいるストップウオッチを持った愛する山本和子さんのためにもね)
という内容だった。慌てて監督の横を見ると座り込んで泣いている彼女がいた。
カメラマンと助手は再びあきあに目を移すと、鉄扇で鬼を懲らしめていた。
まだ芝居が続いていたのだ。
「凄い!」
「ええ、凄い子だ」
お互いにいいあっていた。因みにこの二人は自堕落な生活から足を荒い、
マラソンや水泳で身体を鍛えてカメラマンは映画にテレビに大活躍をし、
助手は戦争カメラマンとして世界各地を飛び回っている。
カメラマンとして、また子供達の保護者として有名だ。
弾丸の飛び交う中、なん人の女子供を危ない場面から助けたかわからない。
勇気ある行動を誉めると
「いやあ、ぼくは昔、一度死んでいるんです。鬼に食われかけたとき少女に命を助けられましてねえ」
と冗談を言っていた。表情は真剣に・・・だが
話をもどす。
鬼を完全に制圧した弟は
「この馬鹿鬼!」
ときつい言葉を言い放つ。
「あの女がお前達をきりきざんで、地獄の業火で焼こうとしているいのが判らないのか。
お前達の肉を狙っている他の鬼達の餌にしようと思ってるのを・・・・」
「ええ~~・・・・そんなのいやだ!」
「俺達をあいつらの餌にだとう・・・」
鬼達は弟の指差す、平安京の大屋根に立つ女を見て怒り狂った。
鬼は壁を壊し、木々を踏み潰し姉にせまっていく。
姉は一つ大きな息を吐き、天と地に願い、雨を呼んだ。
グラウンド内は大雨だがスタンドは晴れている不思議な光景だ。
雨は溢れ洪水となった。姉は雷を呼び、龍神を呼んだ。
激しい雷の中厚い雲の間から何かが降りてきた。
大きな龍がとぐろを巻き、その中から龍が口をあけ火の玉を鬼に向け吐き出した。
頭を押さえしゃがみこむ青鬼・・・・火の玉を浴びた黒鬼の片手がない。
龍と鬼の闘いは鬼の捨て身の攻撃で片足を失い、しかし、青鬼は火の玉をまともに浴びて消滅した。
片手を失った黒鬼はもう一方の手も失い、
慌てて自ら開いていた地獄へと通じる穴に飛び込んで逃げていった。
龍は『キュウーン』と一声泣いて雷雨の中を天に戻っていく。
雷雨が止み、分厚い雲間から光が差し込むとあっというまに雲が消滅する。
残ったのは破壊された建物と敵対する姉弟だが・・・・・
場面は倒れこんだ姉を見下ろす弟の冷たい微笑だった。
「どうだ、姉上。僕のほうが貴女より強い、貴女は僕の軍門に下ったのだ」
「いえ、そうじゃない。そうじゃないのよ、弟よ。
闇は光あればこその闇、光なければ闇は存在しないのよ。この世から光を消しては駄目!」
「言うな!姉上。僕は貴女が大嫌いだ!いつもそうそんな冷たい目でぼくを見ていた。
姉上の熱い血潮・・・・でも僕の血潮は冷たい・・・身体が寒いんだ」
そんな情景をみている記者達
「私なんだかあの子が可哀想・・・・」
「でも、あいつ悪いやつだぜ」
「でも、あの子はじめからあんな冷たい目の子じゃなかったはずよ。
きっと赤く熱い血が身体に流れていたのに違いないわ」
心の思いを激しくぶつける弟。そして
「姉上!とうとうこの時がきたのだ。貴女は僕になる。
姉上を僕が吸収するのだ。アハハハ・・・・・」
狂ったように笑う弟のあきあ。
どうやら姉の意識が閉ざされたようだ。光が消え、闇が襲う。
ただ一点、月の光がスポットライトのように姉の姿を映し出す。
たじろぐ弟・・・・。
「いけない!いけないわ・・・・」
「誰だ!」
「いけないのよ、あなたがそんなことしたら・・・・」
「誰なんだ、何処にいる」
「わたしはここよ・・・・・」
と弟の心の臓あたりから青い小さな光の玉、
姉の心の臓あたりから赤い小さな光の玉が飛び出してきて
お互いが反発しながらも惹かれあい上から下へと降りてきて
二つがとけあった瞬間、明るい光の玉となった。
その光が幼い少女の姿にかわる・・・天城ひづるの幼きあきあだ。
スタンドにいた母親が父親の袖を強く握り締める。
「ああ~~」
父親の手が母親の肩に回り強く寄り添いあう。
娘の登場の仕方が思いがけなく、舞台人として娘があきあと出会った幸運を喜んだ。
こんなこと一生あるものではない。
演技が続く。
「お前は・・・・・?」
たじろぐ弟のあきあ。
「私はあなた。あなたの幼いころのあきあよ」
「幼いころのあきあ?僕はお前なんて知らないし、知りたくもないね」
弟の反発は強い。でも天女のような微笑をうかべて
「そうね、あなたには生きていく上で大事なものが欠けているものね」
「僕は完璧だ・・・欠けているもんなんかない」
「わからないの?」
「僕の術も姉より強い。師の安倍晴明よりも強いんだ」
「馬鹿ねえ」
「何?馬鹿だと・・・・」
「ええ、あなたはお馬鹿さん。子供といっしょね」
「ええい、言わせておけば」
と少女に手の平から衝動波を浴びせる。
でも少女は片手でそれを掃うだけでその衝動波は、
とんでもない方向へとんでいき壁にあたって壁が爆発する。
「そんな子供だまし私には通じないわ」
「子供だましだと・・・・・・」
完全に頭に血がのぼり、少女に対して攻撃をしかける。
しかし、術とは冷静でなければ威力が欠けてしまう。
現に少女に仕掛けた衝撃波は尽く威力を失い、手の平から『ボウン』と
音がするだけでなにも飛びはしない。
「あら、どうしたの?それがあなたのいう闇の支配者の術なの?
そんなもの女子供にだって通じないわ。
私だって何の修行もしていないのよ。そんな子供にあしらわれているなんて・・・」
「くそっ」
と今度は鉄扇で少女に打ちかかる。少女は軽くかわすだけで当たりもしない。
弟は座りこんでしまった。
「こんなこと・・・・こんなこと・・・・」
あまりの悔しさにわれを忘れて泣き出してしまった。
何か人間らしさを取り戻している。
幼いあきあはそんな弟の頭を撫でていった。
「可哀想に!、寂しかったのね。あのね、あなたに欠けているものは”思い出”・・・
人は思い出がなければ生きた証がないのよ。
人は感情で左右される。感情は思い出が抑制してくれるの。
貴方は感情を爆発させてしまった。思い出がないから抑制できない。
だから、私みたいな子供にあしらわれてしまったのよ。
もう、あなたには力が残っていないわ。ゆっくり眠りなさい」
といって手をかざして弟のあきあに光を当てる。
弟の姿が消え、青い光の玉に変って幼いあきあの手の上で浮かんでいた。
すると声がかかった。
「やい、子供!僕はお前に負けたんじゃないからな。ぼくは姉の身体で少し眠るけど今度は負けない」
といって倒れている姉の身体に入っていった。
「ふふふ、面白い。あの子、面白い。ええ、いいわ。いいわよ。
今度あなたが出てくるの楽しみにしているわ」
姉の身体が青白く光り、その光が身体に吸収されていく。
「さあ、あきあ起きなさい。私の力を分けてあげるから立ち上がりなさい。
あなたはこれから、あの雪夜叉という鬼を退治にいかなくてはならないのよ。
こんなところで倒れている暇はないはずよ」
といって手をかざし光を当てると、
幼いあきあの姿があの光の玉となってあきあの身体に吸い込まれていった。
『パチッ』っと眼をあけるあきあ。
すくっと立ち上がると呪文で菅笠を被った旅姿に変り歩き出した。
もった杖から『チリン・・・チリン・・・』と小さな鈴の音が鳴っている。
いつ出てきたのか、白い靄がかかりその中に姿が霞んでいく。
一度立ち止まって、振り向き少しあげた菅笠から覗く横顔の唇の赤さがとても印象的だった。
静かに静かに、靄が濃くなり姿が見えなくなった。
『チリン・・・・チリン・・・」鈴の音が小さくなって消えていった。
★
「カーット」
監督の大きな声が鳴り響いた。
思わず『ハー』という大きなため息があちらこちらから流れた。
「監督お疲れ様です」
監督の背後から声がかかる。
「おお、そこにいたのかね」
「はい、先ほどからずっと」
「あきあくんあれは・・・・」
白い靄は晴れていたが、破壊された平安の建物の無残な姿がそこにあった。
しかし、あきあが
『ピー』と口笛を吹くと
さーっと跡形もなくなりもとのグラウンドに戻っていた。
「凄い!」
助監督が一声あげる。
共演者達が全員あきあの元に集まってきた。握手を求められる。
「君に負けない演技をするからね」
「今からわくわくする。明日からの演技を楽しみにしてくれ」
など、口々にあきあに戦線布告をしていく。輪の外では薫がにこにこしている。
「監督!では結界を解きます」
「おお、そうしてくれ。でも大丈夫なのか?マスコミの連中」
「ええ、変な反応をするとは思いますが、スタッフの人達には?」
「伝えてある。マスコミの記者達の話に合わせておけって」
「じゃあ」
と宙に五芒星を描き、拳で地面を叩く。
空間が揺らめき、あきあの身体に入ってきた。静かだった世間の音が聞こえてくる。
マスコミの記者達は一瞬頭を振り、あれっという顔をしたが
すぐにそれも忘れてしまったのか、監督の傍に集まってきた。
「あれれ、監督!もうあのセット片付けてしまったのですか。いつのまに?」
「君が気絶している間にさ」
小野監督はにやにや笑ってる。
「いやだなあ、気絶なんてしていませんよ」
「こんな広い場所を借りる必要があったのですか?」
「ちゃちなセットでしたよねえ」
「ああ、急につくった張りぼてだからねえ。
こんなところ借りたのだって、ここしかなかったからだよ」
「あの鬼の衣装どうしたのですか?」
「ああ、あれか。友達に着ぐるみマニアがいてねえ。
彼から借りたんだよ。今、取りにきてもって行っちゃた」
「でもあんなので、この映画大丈夫なんですか?」
「ああ、特撮の腕のいいのがスタッフにいるし、CGもあるからねえ」
監督のでたらめを聞いていると噴出しそうになるのでそばから一歩一歩離れていき、
走ってスタンド外まで行って笑い出す共演者やスタッフ達・・・・。
あきあは律子や杏奈、まゆみ、薫がつくる壁の中で全身タイツから胸に巻いた
黒い晒しをはずして、ホッと息をついた。
「あきあ姉さん!」
ひづるが走ってくる。術で外野のスタンドに移しておいたのだ。
「凄い!凄かった。わたし途中でおしっこをちびりそうになっちゃったわ」
「えらかったわよ、ひづるちゃん」
「わたしね、ママに『あなた、あんなにお芝居が上手だったのかしら』って言われちゃった。
変な誉め言葉よねえ」
ひづるはあきあの隣に腰掛け、身体を持たれかけていた。
「私ねえ、あきあ姉さんの演技にひっぱられるのがわかったの。
だって、あれってあきあ姉さんじゃなかったわ。本物だったもの。
薫姉さんが言っていた、あきあ姉さんがやるのって全て本物だっていうの。よくわかったわ」
ジロリとまゆみが薫を睨みつけ、
「誰が薫姉さんなの?」
「私のことよ・・・・」
「薫はひづるのママより年上じゃないの、ねえひづるどうして?」
「だって薫姉さんって呼ばなければいろんな手を使ってお芝居中に笑わすっていうの
もし、薫姉さんって呼べば、あきあ姉さんが作ったソフトを買ってあげるって」
「まあ!あきれた。薫!よくもそんな子供だましの手を使って・・・・。
それにあきあの作ったソフトを買うって?どうせ、静ちゃんからチョロマカス気でしょ」
「へへへ、ばれたか」
「ひづるもひづるよ。そんなことで買収されるなんて」
「ごめんなさい」
っていってからあきあの影にかくれてまゆみを見つめる。
でも眼が笑っておりペロリと舌を出していた。
傍で見ていた両親も、我が子に出てきた子供っぽさを喜び、
訳隔てなく事務所の代表格の天才女優早乙女薫も新人女優天城ひづるも
しかりつけるまゆみ社長を頼もしく思い事務所に入った喜びを噛み締めていた。
「さあ、今日はお仕事が終わりだから・・・・」
「え~、やったー。ねえどこか遊びにつれていってほしいな」
「駄目!ひづる貴女最近学校をさぼってばかりでしょ。
これから、ホテルに帰ってお勉強よ。家庭教師もいるし・・・」
「家庭教師って?まさか・・・・」
といって薫がまゆみを指差す。
「うん?」
と自分を指差し無言劇。
「馬鹿!なんで私が家庭教師をやらなくちゃならないのよ。家庭教師っていえばそこにいるでしょ」
と律子を指差す。
「えっ、私?」
と輪の外で面白がっていた律子だったが急に自分におはちが回ってきて驚く。
「静ちゃんから聞いているわよ。高校のときから小学生の家庭教師をしていたらしいじゃないの。
その子を最後まで面倒をみて東大法学部に入学させたのは誰でしたかね。さぼるんじゃないわよ。
律ちゃんはこれからひづるの学業を最後までみること。
これは昨夜、静ちゃんとお兄さんの社長に了解を取っているわ。
お二人とも律子を自由にお使いくださいって・・・・」
「う~ん、頭が痛くなってきた」
「凄い!」
このマネージャーさんにこんな才能があるなんて・・ひづるの関心がピークになる。
「あきあ・・・いや、沙希ちゃん!」
「えっ、今度はわたし?」
「ええ、例のカーナビのCDのことで、警察庁の長官付き秘書、飛鳥日和子警視正
つまりあなたの叔母様の紹介で京都府警の広報の方が三人、
一時間後にホテルにきて沙希ちゃんの説明を求めています。
それに、あなたが『警視庁捜査第1課の警部 飛鳥泉』と
『警察庁広域捜査課 警部 飛鳥京』のために作ったスキャナー付きモバイルも
京都府警が採用・・・いえ、ひっきりなしに事務所に全国の警察から紹介がかかっているそうよ」
「凄い!凄い!凄すぎる」
ひづるが叫ぶがこの少女の才能に唖然とするひづるの両親。
「それから、モバイルをもう少し改良してくれと、夕方にも京も泉もくるそうよ。
それに時間があれば第三弾のソフト開発を急がしてくれと社長がね・・・」
「もう、兄さんったら。沙希の身体を休める時間もとってしまう気なの?」
「律姉、心配いらないわ。第五弾までの構想は頭の中に出来上がっているから」
「それから、母親の天城鶴世さん。
父親の片岡新三郎さん。あなたたちはわたしと東京に戻っていただきます。
今後のスケジュール調整をします。
特に天城鶴世さんあなたはNHKの朝の連ドラの出演が決定しました。
主人公の義理の母親役です。半年間の拘束を覚悟してくださいね。
そして、父親の片岡新三郎さん。貴方は1週間後に金毘羅歌舞伎に出演が決定しました。
共演は中村勘三郎さん、市川団十郎さんです。演目は東京に帰ってからわかります。
そして、大河ドラマ「織田信長」の出演です。明智光秀役です。
スケジュールがびっしりつまるかもしれません。
ご家族の団欒をなるべく取る様にしますが、
すれ違いがあっても電話で連絡するようにしてくださいね。携帯電話は持っていますか?
えっ?持っていない。明日事務所で契約してお渡しします。
ええ、扱いやすい機種にしますので安心してくださいね。
ひづる、事務所の経費だからって無駄に電話したら駄目よ」
「やったー、携帯持ちたかったの。でも電話するのって、
パパとママと律子先生とあきあ姉さんだけかな」
「こら!私は?」
「あっ、薫姉さんも」
「それに、事務所にもね。事務所には朝昼晩の連絡を欠かさないようにね」
「は~い」
元気のいいひづるの返事だ。
「あっとそれから・・・」
「何よ、まだあるの?」
じっと薫の顔を見ながら
「わたしは東京へ帰ったら事務所の体制変更の為、しばらくこっちにはこれないけれど、
順子と澪先生が・・・特に澪先生は1週間の休暇をとってくるそうよ。薫、絶対に喧嘩はだめよ」
「ええ~、澪が来るの?あっちゃ~あいつ何しにくるのかしら」
「なにしに来るって・・・あきあの・・・」
と沙希をみる。
「あっそうか。でもあいつ、何かしかけて早く返しちゃえ・・・」
「ねえ、あきあ姉さん。澪先生って?」
「私のママの7番目の妹なの。薫姉さんは、6番目の妹なのよ」
「じゃあ、あきあ姉さんって、早乙女薫さんの親戚なんだ」
「そうなの姪にあたるのよ」
「でもなんで薫姉さんって・・・・・あっ」
「判るでしょ。薫姉さん、澪姉さんって言わなければどんな目に合わされるのか」
「怖い!」
「でしょ・・・特に澪姉さんは腕のいいお医者さまなのに薫姉さんと喧嘩するの。
でも、誰も止めないのよ」
「お医者様なのに・・・・・何故?」
「とても面白いから」
「うわあ、見てみたい」
「ふふふ、これからいやでも見れるわよ」
「あきあくん、今日はこれでいいから」
「監督!どうでした?ものになったでしょうか」
「ものになったでしょうかって?これほどの迫力がある撮影って今までやったことがないよ。
何の特撮の要しない大スペタクルだからなあ、時にあの鬼って君の想像したものかね」
「いいえ、地獄での暴れん坊を連れてきただけですから」
としらっと答える。
「じゃあ、本物じゃあないか」
「はい」
「ではあの龍は?」
「琵琶湖に眠っていた龍を連れてきました。無理やり起こしてしまったので怒ること怒ること、
でも龍の子を助ける約束をして許してもらいました」
「龍の子を助ける?」
「はい」
「ちょっと待ってくれないか」
といってスタッフを呼び集めた。
そして、スタンドであきあの話を聞くことになった。
スタッフ全員と残っていた共演者、そしてあきあ達、無論京子と城田もいる。
もういくら奇想天外の話でもあきあの話となれば別だ。
もう神経が麻痺しているのか嘘!とはもういえない心境となっている。
「話は簡単です。江戸時代の初期、
ここから遠い東北の地に母の龍が住む大きな湖と女の子の龍の住む小さな湖があったそうです。
でも、女の子の龍はお転婆で湖を氾濫させたり、
農作物を食い荒らしたりで住民達をとても困らせていました。
住民達は江戸の偉いお坊さんに頼みこみ、
その地に来て貰って結界を張って湖から出さないようにし、そ
の地の高い山の土を術で湖に持ってきて埋めてしまいました。
子供の龍の泣き声で大きな湖から母の龍が助けようとしましたが
位の高い天の神がついている偉いお坊さんにはかないません。
母の龍は逃げようと天高くあがった龍に偉いお坊様は般若信教の巻物を飛ばして
龍の身体に埋め込んでしまったのです。
龍はたまらずに落下して琵琶湖の湖底深くで眠りにつきました。・・・・・
以上です。簡単なお話でしょう」
沈黙が続いたが、監督の横にいたプロデユーサーの一人が手をあげて
「質問よろしいですか?」
と聞いてきた。
「その龍に埋め込んだと言われる巻物はまだ龍の身体の中ですか?」
「いえ、わたしが取り除きました」
といって手のひらを開けると巻物が出現した。
「では・・・」
「いえ、龍の暴れるのを心配されているのでしょう」
「はい」
「心配いりません。この巻物よりもっと強烈な呪詛の紙を埋め込んでおきましたから。
いまごろはかの地の湖の底で眠っています」
「子供の龍は?」
「地の中でお坊様を呪いながら成長しています。
今では母親より大きくなり力が強くなっています。だから、かの地は地震が多いはずです」
「あのう、江戸から呼んだというお坊様の名前はわかっているのでしょうか」
「はい、徳川家と繋がりの深いお坊様、天海上人様です」
「やはり・・・・」
みんな
「ん?」
と言う顔で木村プロデユーサーを見つめた。
「実は・・・」
といいかけるのをあきあが止め
「あなたはかの地が故郷ですね」
「はい」
「これから少し言いにくいことをいいますがよろしいでしょうか?」
木村が頷くとあきあがズバリ
「あなたは後3年しか生きられません」
みんな『えー』という顔で二人を見つめなおす。
木村は驚いていない。
「実は私の父も祖父も又曽祖父も・・・
江戸時代をたどれば全ての長男が40で亡くなっているんです。私もあと3年で40です。
覚悟は決めているんですが、私も人間ですね。
あなたのような女優が現れたことで、もっと生きたくなった。
この話が出なければ、あきあさん貴女に相談したでしょう」
「原因はわかっています」
とあきあ。えっという顔の木村に
「あなたのご先祖様が江戸から天海上人様をお呼びになった」
「はい、7人の村人が血判状を書いて私の先祖が天海様のもとに向かったそうです。
他の6人の子孫はいづれも江戸時代のうちに絶えてしまいました」
「どうしてうちだけが残ったのかわけがわかりません」
「そうでしょうか?」
「えっ?」
「そうでしょうかといったのです。あなたのうちには天海上人様からの
お手紙が残っているのではないですか?」
「はい、今は額にいれて飾ってあります。なにが書いてあるのか達筆過ぎて読めませんが」
「天海上人様はやはりこのことを見越して呪詛破りを書面にしたためていたのでしょう。
でも、天海様の予想された以上に呪詛が強かったのです」
「あきあ、その龍さえ自由にしてやれば・・・」
「いいえ、わからないわ、薫さん。自由にしてやれば呪詛をやめるのか。
だって何百年も自由を奪われていたでしょ。それだけ呪詛は強くなってるのよ」
みんながあきあを見ている。
「わたしが呪詛破りをしても、どうかしら・・・・龍と対決しなければどうなるのか・・・・
でも、やってみる価値はありそうね。
母親の龍からくれぐれも頼むって言われちゃってるから・・・・」
みんな呆れ顔だ。龍から頼まれごとをされるこの少女は・・・・。
「あのう」
と手をあげた木村と同様のプロデユーサーの畑中、この人はテレビ局からの
出向だった。
「小野監督に伺います。この龍の救出劇を映画では使わないんでしょう」
「ああ、無理だな。これはエピソードとしても話につながりがないし
無理やりいれてしまうと話が散漫になってしまう」
「木村さんに伺います」
「何?」
「さきほどからかの地といわれていますが、東北のどのあたりですか」
「ああ、蔵王の近くだよ」
「シメタ」
思わず口にしてしまった畑中、でもテレビ局員独特の図々しさで
「監督」
「何だ」
「雪夜叉との対決は蔵王でしたね」
「そうだ」
「ではこの企画うちでいただけませんか?」
「また、龍を救おうってお笑いタレントなんかでお茶っを濁すあんな茶番か?」
「いやだなあ、テレビ局はあんな下劣なものばかりじゃありませんよ」
「違うのか。でもあきあばかりでお茶を濁すのも反対だ。そんなのにあきあは出させない」
「判っていますよ。あきあさんは少々の企画じゃ僕も反対です。
でもそれが少々の企画ではないとしたら?」
「なにがいいたい」
「どうもあきあさんはノンフィクションのドラマをフィクションに変えてしまう女優さんだ」
「いいとこ見てるじゃない、あの畑中って男」
と大空圧絵が薫に耳打ちする。頷いた薫。
「でも、あくまでもドラマ仕立てで実際に龍を救おうと考えています。
もっとも、今考えたのだから筋もなにもまだありませんが」
「ふ~ん、テレビ局としては上出来だ。よし、谷を貸してやろう。・・で、何時間番組だ」
「はい、どうしても4時間がほしいです」
「駄目だ!5時間だ。前半の2時間はドラマ部、後半3時間は地下の龍との対決だ。
その呪詛がどうなるかはあきあと龍次第だ。
もし、時間が短くなったら今日のロケのフィルムを貸してやろう、問題は長くなったらだ・・・」
「はい、うちがスポンサーになりましょう」
と声がかかった。
振り向くと静香と澪と順子が立っている。
「おお、専務さん」
「よく野球中継が長くなったらやってるじゃありませんか」
「おお、あの手か」
「私のところも乗りますよ」
と来ていたスポンサー全員が申し込んだ。
「さて、出演者だが」
「ここにいますよ。何でもします。お手伝いさせてください」
飛龍高志が手をあげた。すると全員があげていく。
「薫さん、あんたもか」
「あたりまえじゃないの、わたしはあきあの保護者だもの」
「そうよ、今更何を寝とぼけたことを」
「圧絵さんもか」
「じゃあ、全員じゃないか」
「監督、僕らは駄目なんですか」
「お前達テレビは・・・・・」
「へへへ、あきあさんのはテレビでも映画と同じですよ」
「仕方ないなあ、俺だけ行こうと思ったのに」
「監督はずるい」
「うるさい!」
映画の脚本は一段落していたので、谷はさっそく今日から本書きに取り掛かることになった
まゆみは後を順子にたくし、ひづるの両親と城田、鳴海京子を連れて東京に向かった。
ホテルに向かうロケバスの中・・・・さっそく、やってる
「澪、何しにきたの」
「何しにって、決まってるじゃないの。沙希ちゃんの様子見よ」
「へえ、沙希ちゃんは元気よ。もう帰ったら?」
「何よ、それ」
「だって、澪がいると落ち着かないの」
「へええ・・・何か悪いもの食べたの?」
「ホテルじゃ、VIP待遇なの。悪いものなんか何もないわ」
「じゃあ、薫姉さんの頭に出来てるおできのせい?」
「おできだって?どこにじゃい」
「だって、薫姉さんの脳みそって腐っておできだらけじゃないの。私が手術してあげようか」
「澪なんかに手術してもらったら私死じゃうよ」
「死んだら香典あげるよ」
「いくら?」
「10円」
「ええい・・・・・二人共うるさい!」
順子の怒りに首を竦め
「ごめんなさい」
とあやまる。
「ね・・・」
とあきあにいわれて隣に座るひづるは
「ひひひ・・・・・」
と笑いころげる。想像以上だった。
天才女優といわれる早乙女薫の以外な子供っぽさ、そして、こんなお医者様がいたのだろうか。
それにしても
「順子さんって凄い!」
天下の二人を叱りとばすのだ。
「だって事務所のナンバーツウだからね」
と律子。
「まゆみさんがいなくなって少しほっとしたけど・・・」
「とんでもないわ。ある面ではまゆみ社長より度胸があるし
どんな人でも遠慮なく叱り飛ばすわよ。ひづるも気をつけなさいね」
「芯は優しい人だからお母さんの代わりに甘えてもいいわよ」
とあきあ。
「あきあ姉さん」
「なあに」
「沙希さんって呼ばれているんでしょ」
「本名が早瀬沙希っていうからね」
「あの晴明神社で出てきたお姫様は沙希姫っていうんでしょ」
「ええ、私あの人の生まれ変わりだって」
「凄い!・・・・あのう、私も沙希さんって呼んでもいい?」
「いいわよ。でも女優やってて皆の前じゃあ、あきあだからね」
「わかりました」
★★
ホテルに帰るとロビーで思わぬ人が待っていた。
京姉と泉姉がくることは聞いていたが、まさか日和子叔母様まできているとは思わなかった。
ひづるを紹介すると目をぱちくりとして挨拶をした。
大空圧絵は良く知っているのか、日和子と懐かしそうに挨拶をしている。
薫と澪は日和子の前では年が少し年が離れているせいか 借りてきた猫のようにおとなしい。
その様子が可笑しいとひづるが笑う。
京も泉もひづるが気に入ったのか自分達の間に座らせている。
ひづるも双子が珍しいのか二人の顔を見上げては悦にいっていた。
「沙希ちゃん、ここの支配人に聞いたけど凄いことしたそうじゃない」
「凄いこと?」
「晴明神社のことよ」
「あれは、私というより私の師のおかげです」
「師というと安倍晴明様ね」
「はい」
「今もわたしの目を通してこの世を見ておられます。さっきのロケだって
師は大笑いされて楽しんでおられました」
「へえ、いつも見守っていただいているのね」
「はい」
そこに京都府警の広報の担当者が3人訪れ、警察専用のカーナビについて説明を求めてきた。
沙希と警察関係者だけの打ち合わせとなった。
沙希側には飛鳥日和子警視正、飛鳥京警部、飛鳥泉警部が出席した。
京都府警の係官からいえば警察庁は警察の本山であり
その本山の警察庁長官の秘書とはいえ警視正である。
目の上のその上の又上、雲の上の存在の人が目の前にいるのである。
恐縮しきりであった。又双子の娘が花の警視庁捜査第1課の警部であり
もう一人が警察庁広域捜査の警部であるとはもうただ事ではない布陣であった。
その上肝心の早瀬沙希という少女といってもいいこの若い女性が
今評判の日野あきあという天才女優でもあり、ソフトの開発者として世界の有名人でもあるのだ。
その天才がまた警視正の姪だなんてもうなんという家族なんだろう。
1日でつくりあげたというカーナビのソフトは警察専用の凄いソフトであることは
試作品を使ってみて一目瞭然であった。
そして今、噂のスキャナー付きのモバイルを見せられては
生唾を呑みこみ喉から手が出そうになる状態に陥った。
その上、二人の警部から改良してほしい内容を聞くとこの少女は
「そんなこと」
といって、ノートパソコンにつなぐとほんの5分もかからずに改良してしまった。
パソコンのキーボードを叩くスピードの速いこと速いこと、本当の天才を目の当りに見た脅威。
改良された商品は今まで以上に魅力的だった。
さっそく予算計上の上・・・・といったが警視正が首を振り
「捜査官全員のは無理だが係りに2台はいきわたるように警察庁が購入します」
という嬉しい話が出たときはガッツポーズさえ出てしまうところだった。
京都府警との打ち合わせが終わり係官が帰っていくと、やっと食事ということになった。
最上階のレストランの特別室に集まった全員は美味しい料理に舌鼓をうつ 一族の団欒だった。
そこに小野監督から本日のロケのダイジェスト版ができたと連絡があり
一同タクシーに分乗して京都太秦撮影所に向かった。
撮影所には殆どのスタッフ、共演者があつまっておりあきあ達が一番最後だった。
見知らぬ客も大勢おりスポンサーの関係者と
畑中のテレビ局の直属の上司や社長、役員などが顔を揃えていた。
あきあの関係者の新しい顔、飛鳥日和子、京、泉が
警察関係者であると判ると少し驚いた様子で、あきあの叔母であるとわかると
何かほっとしたようだ。
ロケのダイジェスト版の試写が始まると、ロケに来ていなかった人にとって
思いもかけないその迫力に声をあげ、生唾を飲み込む連続で
試写が終わり明かりが点くと、皆汗ビッショリで
沙希を良く知っている日和子、京、泉にしてもすぐには立てないぐらい緊張の繰り返しだったそうだ。スタッフにしたって現場にいたもの全員があの恐怖を思い出していた。
ひづるにしても結界にいたのでロケの様子は全然見ていない。
今、あらためてどんなことが起こっていたのかを知って青ざめた顔と
パクパクあくだけの声のでない状態がしばらく続いた。
女医の澪がいたおかげで、大事にはいたらなかったが、
あらためてあきあの凄さと自分を守ってくれていた優しさに感謝した。
小野監督が前に出てきて
「このロケは全て本物です。あきあくんの陰陽師としての術が
このロケの映像をここまで迫力のあるものにしました。
この場にはマスコミ関係者を大勢呼んでいましたが
術を使えるということであきあくんの今後に悪影響が予測され
球場の結界を解くと同時にマスコミ関係者たちの記憶を操作しました」
「ちょっと、そんなことが出来るのかね」
畑中の会社の大下社長が聞いてきた。
「はい、ここにいる。共演者、スタッフ達が証人です。
間違った記憶で、特撮をしていたと思い込んでいます。
これを見ても特撮プラスCGだと思うでしょう。
実際はこんなもの現在の技術ではとてもできるものではありません」
「本当かね」
社長は自分の会社の技術スタッフに聞いている。
「はい、このフィルムをどこからみても。CGではありませんし特撮でもありません。
こんなフィルムが存在することが驚異です。出来るとしたら本物だけです」
「ふ~む」
と考えこんでいる。
「よろしいでしょうか」
と日和子が発言を求めた。
「今、大下社長さんが考えていることは、このあきあがペテン師か
ここの大勢の人にかつがれているのでは、と心で思ってると想像します」
「その通りです」
「ですから私はこの日野あきあの叔母という立場ではなく、
警察庁長官付き秘書 警視正 飛鳥日和子という公の立場から報告します」
「おお~」と言う声が響く。
「このことは京都府警が調査して大勢の目撃者から調査の結果真実だと証明されています。
でもこのことは絶対表に出さないでいただきたい。
もし、これを誰かに話したとしたら・・・家族でも恋人でも駄目です。
死ぬまで心に秘めていただきたい。
全国の警察網があなたを追い詰め世間を騒がす騒乱罪で摘発し、
微々たる罪を加えて刑務所の独房で一生を過ごしてもらいます。
何せ人一人が鬼に食われて死んでいるんですから」
みんなビクっし背をのばす。
「この中での目撃者は?」
そんなものいるのかいなと思っていると
あきあを中心に杏奈、律子、薫、圧絵、ひづるの6人が手をあげた。
みんな吃驚して声もない。
「それだけですか?」
薫が答える。
「東京に帰った事務所のまゆみ社長、そこの天城ひづるの両親、
そして女性の友の記者鳴海京子、先輩の城田老記者」
といったとき、眼をむくように反応する脚本家の谷と小野監督。
何も聞いていなかったのだ。口の堅いやつめ・・・そう思った。
「そして、ホテルの支配人です。後は晴明神社の神主さんとお弟子さん達です」
「わかりました。東京に帰った人は明日さっそく口止めをしておきます。
さて、日野あきあは当事者ですから発言を控えさせますが、当日どのようなことが
あったのか順番に話しなさい。では早乙女薫から・・・・」
恨めしそうな顔をしたが、根が話し好き女優であることも手伝って
皆の想像力をかきたてるように話し出した。
ホテルの支配人からの話で晴明神社に行った皆は何百年開かなかった封が
あきあの術によって開いたこと。
その手紙こそ師の安倍晴明からあきあに託された手紙であったこと。
(ここであきあを知らない人はそんな馬鹿なという顔をしている)
そして、手紙を開けたことにより晴明の結界が長い年月の末のほころびにより最終段階を迎え、
あと1時間で結界が解かれ、朱雀門が開いて悪霊、鬼たちが出現することを語った。
次は大空圧絵が引き継いで話し出した。
これまた、大女優の風格で話しがうまい。
「あきあさんが・・・・・」と話が始まった。
京都の結界を張りなおすには、清流から汲んだ清水、新しい墨がいること。
墨は京都であることですぐに用意できたが清水はもう京都にはないこと
和歌山の熊野古道にある清流の清水が一番近いことが話された。
和歌山の熊野古道・・・と聞いてビクっと身体を動かしたのがテレビ局の大下社長だった。
「よろしいか・・・」
と発言をすぐに求めた。
「では。その熊野古道の清流の清水とやらを用意されたのですか?」
あきあは発言を封じられているので圧絵が答える。
「はい」
「でも、この京都から熊野まで何百キロ離れていると思いますか?
1時間以内なんてとてもとても・・」
と笑い出す。嘘を見つけたというばかりに・・・・・。
でも圧絵は淡々と答えた。
「ええ、そうでしょうね。普通はそう思いますわ。
その時実際、私もこれは出来ない・・・京都はどうなるのか・・・・と
震える思いをしていましたもの」
社長は次にいった圧絵の言葉にあっけにとられた.
懐紙で作った式神?ヤタノカラスだと?・・・・話についていけそうもない。
だから、こうきりだした。
「実は、私は今言われた熊野の出身で今いわれた清流は、代々私の家が守ってきています。
その清流は私の実家の庭から沸き出でているのです。
今も実家で私の弟が清流を守っています。
いかがでしょう。私にはにわかに信じられないので、
もう一度その式とやらで清水をくんできていただけないでしょうか」
といった。
日和子はあきあを見ると頷いたので
「よろしいでしょう」
とスタッフの手により懐紙のかわりに半紙、それと水を汲む壷が用意された。
スクリーン前の机の前にあきあが立った。
「少し待っていただきたい」
と社長の大下は携帯を取り出すとどこかへかけはじめた。
「ああ、わしだ」
どうやら熊野の実家にかけているらしい。みんなこの展開に固唾を飲んで聞いている。
「どうだ、信じられない話だろう・・・。えっ、お前は信じる?
えっ、昨日の昼間見かけただと?式かどうかはしらないが、
カラスが器用に壷に清水をくんでいただと?夫婦でみていた?
ああ幸恵さんにかわってくれ。・・・・・わたしです。
今の話、本当ですか?・・・はい?ただのカラスではなかったですと?
熊野権現の熊野誓詞のヤタカラスにそっくりだったのですか?
・・・・はい、かわってください。・・・・ああ、わしには信じられない。
そこでどうだろう。今からその式を飛ばして清水を汲んできてもらうので
その式のヤタカラスがきたら、ワシの携帯に電話くれないか?ああ、すまんがお願いする」
といって携帯を切った。
社長はあきあをみて
「ではお願いする」
あきあは半紙を器用に折ってから、左の手のひらに置き、
右手で印を結んで呪を唱える。
『フッ』と半紙に息を吹きかけると『バタバタ』と羽をばたつかせて黒いカラスが現れた。
「おおう・・・」と声をあげる観客席。初めて見る人の驚きはすさまじいが
なんどもみている人でもその術には声をあげてしまうのだ。
机の上に降り立つとあきあの顔を見上げている。なるほど、普通のカラスと違っている。
「昨日はごめんね。ひづるの命を守ってくれて・・・
ええ今日も昨日と同じことをしてほしいの、この壷に清水を汲んできて」
するとヤタカラスがなにやら言っているようにみえた。あきあがにっこり笑った。
初めてあきあを見る人はまずその笑顔に魅せられる。あきあは観客席にいるひづるを呼んだ。
ひづるはいそいであきあの元にかけつける。するとちょこっと飛んでひづるの肩の上にのった。
「その子、ひづるのこととても心配していたんだって。
だから無事な姿をみてからお役目をはたしたいだって・・・」
ヤタカラスはまるで猫が人に甘えるようにひづるの首に頭をこすりつけている。
ひづるはもう胸がいっぱいになった。
「さあ、あなたの手であの窓をあけて飛ばしてあげて」
ひづるはいわれたとおり窓をあけると手のひらを前に出す。
ヤタカラスはちょこっと跳んで手にうつり、
『カア』と一声泣いてからものすごいスピードで飛んでいった。社長は生唾を呑んで見ている。
「ねえ、あきあ姉さん。あきあ姉さんの眼は大丈夫なの?」
「ええ、今は前みたいに切羽づまった状態じゃないし、あの子も二度目で慣れているでしょうから」
二人が話しているとスタッフによって椅子が用意され
スクリーンの前に腰をおろしてヤタカラスが帰ってくるのを待つことになった。
「さて、この間にに話の続きを聞いていきましょう」
日和子の進行で再び圧絵が話しだした。
あきあの眼をヤタカラスに与えたことによって動けないあきあの指示で
あきあの前に神官達の手によって祭壇がつくられたこと。
そこまでの話がやく10分間・・・社長の携帯が鳴り出した。
「何・・・もう来ただと?この京都から熊野まで10分じゃないか、
器用に水を汲んで、もう飛び立ったあ?神の使い?
いいから次を・・・えっ、写真をとったのか。それじゃFAXで送ってくれないか」
と携帯を耳からはずし、
「ここのFAX番号をおしえてやってほしいんだが」
スタッフが急いで替わるとFAX番号を教え、電話を社長に渡してから急いで部屋を出て行った。
息つく間もない展開に初めてこの場にいる人達は目を白黒させている。
眼の前の少女により世間での常識が崩れ去り、新しい常識・・・・・
いや、失われていた常識といったほうがいい、平安時代にあった陰陽道・・
現代にも脈々と続いているらしいが、眉唾ものばかりだ。
式を使い、結界を張り、鬼や悪霊を呼び出すこの少女、薄ら寒いものを感じる。
マスコミにこの少女の力を隠す・・・我々もマスコミの一員だから
この少女の力を暴露すればどのような展開になるかわかりきっている。
だが、これだけは隠しとおさねばならない。
マスコミといっても、いろんな連中がいるのだから・・・・金のために人の秘密を嗅ぎあてる。
金・・・金・・・金の亡者がマスコミを動かしていることが多いのだ。
今後のマスコミの道義をとわれる瞬間なのだ・・・と思う。
目の前に座ってなにやら楽しげに天城ひづると話しているこの少女・・・
日本という歴史ある国の乱れを正していくかもしれないのだ。
とテレビ局の大下社長は考えている。ともかくテレビ局各社が集まって相談する必要を感じていた。
スタッフがとびこんできて
「社長、送られてきました」
もう見る必要のないものだったがこうして実際見てみると
少女の術に対する恐れというものを感じる。
もし、少女が穢れてしまって術を悪用すれば・・・・しかし、今はそうならないことを願うだけだ。
『バタバタ』という羽の音がすると窓からヤタカラスが飛び込んできて
机の上に壷をおいて『カア』と一声叫ぶとひづるの肩の上に飛び乗った。
社長はもう何もいわない。
「ひづるちゃん、そのヤタカラスあなたに預けるね」
「えっ?・・・本当?やったー、ヤタさん、これからよろしくね」
「ヤタさん?」
「ええ、この子の名前よ」
「ふふふ、じゃあ『ヤタさん』あなたはその字を呼ばれたらこの世に姿をあらわし、
この子を守るのですよ。・・・・これでいいわ」
「ねえ、あきあ姉さん。今のは何だったの」
「このヤタカラスに呪をかけたの」
「シュ?」
「呪いと書いてシュというの」
「えっ、呪い?・・・・怖い」
「そうじゃないの。人の一番身近な呪は名前なの」
「名前?」
「ええ、たとえばひづるちゃんは天城ひづるという”シュ”によって縛られているの」
「縛られている?」
「そうよ、例えば天城ひづるさんって呼ばれると、振り向くし立ち止まるでしょ。
これでもし違う名前を呼んだとしたら、ひづるちゃんは知らない顔で通り過ぎるでしょうから。
名前で縛られているってのはそういうことなの」
「じゃあ、もし天城ひづるって名前がなくなったら私も消えちゃうの?」
「いいえ、消えたりはしないわ。それはそれであなたは存在するのよ。どうお?少し難しいかな」
「はい、何となくわかるけど」
「じゃあ、ヤタさんを何に入れておこうかしら」
「入れる?」
「ええ、いつもそのままではね。呼ばれたら出てこれるようにしなくちゃ・・・」
「???」
「ひづるちゃんはいつもその熊のお人形のキーホルダーぶら下げているわね」
「ええ、これ私のお守り」
「ちょうどいいじゃない。そこにヤタさんをいれるわね」
といってから『フッ』と息をかける。
いきなり姿がきえてしまった。
そのかわり人形の足が『ぽんぽん』とひづるの身体をけっている。
どうも不思議な光景だった。
「ひゃあ、くすぐったい」
といいながらけらけら笑う。
「出てきて、と言葉に出したり願いをかければヤタさんが現れるし
入っていなさいとか眠りなさいといえばお人形の中にはいるわ」
観客の大部分は不思議な面持ちで二人の会話を聞いていた。
見ようにみれば舞台の上で二人がお芝居をしているようにみえる。ただこの話が現実なだけだ。
「では、話のつづきを・・・・」
と日和子の言葉に律子が立ち上がる。
薫、圧絵と話がうまい女優のあとでは話し方のつたなさなが目だってしまったが
かえってその話かたが現実味をもたせ、迫力のあるものとなった。
そして律子の次にこれも素人の杏奈が引き継いだ。
燃やした半紙の炎が鬼の顔になりその場にいたものにせまってきた話は観客の怯えをつのらせ、
臆病な神官の弟子を鬼が喰らう様は観客を震えあがらせた。
そしてひづるに危険が及んだときのあきあの行動、
そしてあきあの命のローソクの火を鬼が吹き消す有様は
「わたしが悪かったの・・・わたしのせいであきあ姉さんは死んでしまうところだったの」
と泣き出してしまったひづる。
好奇心により呼んでしまった命の瀬戸際のやりとりとが
恐ろしい情景を観客に想像させることになった。
次にひきついだひづるの話
「わたし、あきあ姉さんが死んでしまったと思ったの」
だから、あふれた涙によってあきあの瞳の奥から現れた安倍晴明。
術によって炎に清水がかけられ鬼が退治された話は観客をほっとさせた。
その結果、危なかったあきあの命は力強い炎で復活し
京都の結界は四神相応の陣という術で再び再生した。
この先、幾年月持つかわからないが、第二のあきあの誕生が待たれる。
そう締めくくられた。
「ほう・・・・・」
という声で静寂が破られた。
「畑中くん、急ぎ特別枠を準備したまえ。放送時間は何時間かかってもかまわん。
これはテレビという枠では納めきれない。だから、監督は小野さん。あなたに頼む」
小野監督の頷きによって話しが進められる。
「しかし、新たなスタッフや共演者は入れたくない。ここにいるスタッフ共演者でカバーしてくれ」
みんな
「うおー」
という喜びで沸いた。
「しかし、これだけは絶対守っていかなくてはならん。
日野あきあくんの力のことだけは絶対秘密にするんだ。
あきあくんも術のことはここにいるみんなの前だけだ。
見知らぬ人の前では絶対にみせてはならない。・・・いいね。
我々もマスコミだがマスコミの者には気をつけろ。
社内といっても他の部のものにも口を閉じていろ、畑中。
トップ屋、一匹狼の記者には特に気をつけろ!
できたらそんなブラックな記者のデーターを作って皆にくばれ」
風雲急を告げるとはこのことだった。大下社長の言葉によって
次々と決まっていく機密事項。女性スタッフによって纏められいくが
あきあのことは全て機密事項の中からも削除された。
そして、日和子によって
「今言われたブラックな記者については警察のほうでデーターを
渡しましょう。とにかく今息吹いた芽はこの先の日本を救うことになるでしょうから」