アメノヒトヒラ
「あー、どこかに格好よくて、金持ちで、いつまでも私を大切にしてくれて、私の言う事なら何でも聞いてくれる男いないかなー」
神村律子はコーヒーを飲みながら、雨の降る窓の外を眺めていた。
そして、そのぼやきを突っ込むために一人の男が部屋に入って来た。
「いませんよ。そんな男」
「でも、この世界には腐るほど男の人いるのですから、一人くらいならいても良いじゃないですか、熊谷先生?」
「本当にいるなら会ってみたいものです。それはそうとお客さんですよ、神村先生」
「お客さん?」
熊谷の白衣の後ろに隠れていたのは小さな女の子だった。
女の子は熊谷の白衣をしっかりと掴み、ちらちらと神村を覗き見る。
「昔の患者さんですか?それとも親戚の子とかですか?」
「いや・・・知らないですね」
「そうなんですか?ああ、そうそう。ここのタオル借りますね?」
雨に打たれたのか、その女の子はずぶ濡れであった。
熊谷は頭からタオルをかぶせ、女の子の頭を拭いてやる。
女の子は手を熊谷の手に重ね、目をつむる。
「何か熊谷先生っていい父親になりそうですね?」
「ああ、何故か良く言われます。でも、その前に恋人もいないんですけどねぇ」
「・・・私がなってあげましょうか?」
「これで大分乾いたかな。あとは着替えだけど、ここには君のサイズに合うようなものは無いからなぁ。どうしようかな・・・ああ、神村先生、本当にこの子の事知りません?」
「知りません」
「そっか。君、本当に神村先生に用があって来たの?」
女の子はこくりとうなずく。
そして、恐る恐る神村に女の子は近づこうとするが、神村はギンッと睨みつけるので、また熊谷の背に隠れるのである。
「何こんな小さな子に威嚇してるんですか?」
「だってぇ~」
「だってじゃありませんよ。もう。昼間っから酔っぱらってるんですか?」
「酔っぱらっていません」
「じゃあ、ちゃんとこの子の話を聞いてあげてください。大丈夫。おじちゃんが付いているから、怖くないから」
女の子はもう一度こくりとうなずく。
「おじちゃん。律子、今晩は一緒にお酒飲みたい♡」
「今晩も、でしょ。いい加減ふざけないでちゃんと聞いてあげて・・・」
「分かったわ。もち、熊谷先生の全おごりで」
熊谷は大きくため息をついた。
それから女の子は神村に耳打ちをし始めた。
ふむふむ、うんうんと何だか神村は納得したようで、急に立ち上がり宣言する。
「熊谷先生、外に出るわよ」
熊谷は女の子と共に神村に散々連れ回された揚句、たどり着いたのは近くの公園だった。
「居たわね。貴方の探してたのはそこよ」
神村が指差したのは公園の遊具。
滑り台やネット、吊るされたタイヤ等がくっついた遊具。
その中の一つのトンネルを女の子は覗きこむ。
そして、その顔がぱあっと明るくなった。
トンネルから出てきたのは同じ顔をしたもう一人の女の子。
「良かったわね」
そう神村が言うと、二人は深くお辞儀してその場を去っていった。
「双子?一体何だったんですか?私には何が何だか・・・」
「熊谷先生はアメノヒトヒラって知らない?」
「・・・知りません」
「雨は『降る』ものよね?」
「え、ええ」
「そして、雨は『止む』もの。最初に私達の元に来たのが『降る』方で、さっき見つけたのが『止む』方。彼女達は二人で一対なの」
「・・・それってあの子達が人間じゃないってことですか?」
「そうなるわね」
「だって、先まで私にも見えてましたよ!」
「そうね。おかしいわね。よほど彼女が困っていたのか、それとも熊谷先生が・・・」
「も、もしかして今のは全部神村先生のホラ話とか・・・そんなこと・・・ないですかね?」
「そう熊谷先生が思いたいならそれでいいと思いますが」
うやむやにごまかされて、熊谷は腑に落ちない様子だ。
一方そんな事は気にしていない様子の神村は天を見ていた。
「そろそろ『止む』わ」
神村の言葉通り、先程まで降っていた雨が止んでいく。
偶然?
それとも空を見ていれば分かる事?
それとも・・・
熊谷の心の中は三つ目の選択肢を信じようとしていた。
「神村先生って本当に一体何者なんですか?」
「何者ってどういう事です?」
「何か、神村先生って人離れしていると言うか。もしかして本当は妖怪だったり、とか思ってしまうんですよね」
それは冗談のつもりで言った一言。
しかし、神村は熊谷の言葉ににこりと笑って見せる。
「ま、まさか本当に妖怪なんですか?」
「さあ?熊谷先生のお好きなように」
そう言って神村律子は差してきたビニール傘をくるくると回しながら、その場を後にするのだった。