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コルセットの中に入った本に脇腹がごつごつ当たって痛みを感じながらも、夜会の大きな見せ場であったダンスをなんとか終えたメリッサ。少し離れた席からは王妃と乳母が大泣きしているのが見えるため、きっとうまくいったのだろうと一安心する。
そんなダンスの後、メリッサの傍で不審に動く人物がいた。
「きゃぁ、これは大変失礼しましたっ!!」
メリッサの純白のドレスに広がる赤いワインの色。そこにいるのはついさっき誰よりもキツく睨みつけてきたクライン侯爵の愛娘であるジュリーだった。
クライン侯爵はつい先ほど、酒に酔いすぎて自分の不倫を大々的に口にして問題となり、会場を追い出されていたが、ジュリーはそんな中でも家に帰るつもりはなかったらしい。彼女はワインを零してしまったメリッサに許しを請うように、周囲の視線を集めながら必死に懇願する。
「すみません、つい手が滑ってしまって。美しいドレスに私はなんてことを…」
慌てているように見えて、ジュリーの扇の裏からは馬鹿にするような笑みが漏れているのが分かる。この場でメリッサがどんな反応をするのか、多くの貴族たちに見せつけたいのだろう。ここで怒れば王子妃としての器がないとされ、逆に簡単に許してしまっても王子妃としての立場を見せられない。
ただ…メリッサにとってワインの掛けられるだなんてありきたりなシチュエーションは、既に家庭教師であったシャルルとの間で練習済みである。むしろ、いきなり爆竹を鳴らしたり、この場に蜂を連れてきて暴れさせたりといった想定外の方がきっと緊張したに違いない。
「ジュリー、顔をあげて。着替えは他にも用意しているし、ちょうどダンスを踊って息をつきたいと思っていたの」
「うぅ…お許しください」
「あらあら、泣かなくて良いのよ。あぁ、よかったらこのハンカチを使って。涙で折角の綺麗なお化粧が台無しよ」
メリッサはそうして、ハンカチを手にしてジュリーに近づく。周囲からメリッサは心優しい花嫁として映っているだろうが、メリッサだってやられてばかりではいなかった。
近づけばすぐにわかる泣き真似を見ながら、まるで本当に涙が出ているように目元を吹いてやり、にっこりと笑みを見せるメリッサ。ジュリーはまるで全てを見透かされているとでも思ったのか、顔色が一気に悪くなる。
(…ふぅん。ここでやり返してくるような根性があるわけでもないみたいね)
彼女の鋭い爪で顔を傷つけられたり、彼女のスカートの中に隠し持ったナイフで刺される覚悟くらいはしていたメリッサだったが、簡単にジュリーが引き下がってしまったことに少しだけあっけなさを覚える。
しかし、この状況を面白がっていたのはメリッサだけではなかった。
「ドレスが濡れたままでは風邪を引くだろう?俺がドレスを脱がしてやろうか?」
メリッサの体を自分の方に引き寄せて、熱い視線をこちらに向けてくるヴァンス。彼の目元が明らかにこの状況を楽しんでいるのが分かる。彼だってもう何人もの貴族を相手にしてつまらない政治話を続けてきたこともあり、都合の良い相手を少しからかって遊びたいのだろう。
メリッサは小さな溜息をついて、仕方なく彼の演技に付き合ってあげることにした。
「そんな恥ずかしいこと、ここで口にしないでください…っ。ですが、この機会にあなたが用意してくれた他のドレスに着替えることにします。どうか着替えを手伝ってくれませんか?」
そう言って誘うようにヴァンスの首元に手を回し、体をべったりとくっつけるメリッサ。すると、ヴァンスは簡単にメリッサを抱き上げてくれ、会場の視線が一気に集まる。メリッサがヴァンスの肩越しにみたジュリーは、明らかにメリッサに向けて怒りのこもった視線を向けているのが分かる。
「ヴァンス様、流石に焚き付けすぎてしまったかもしれません」
「いや、構わない。このくらいの方が楽しくなるだろう?」
「…本当、モテる夫を持つと本当に苦労させられますね」
会場を出て控室にゆっくりと歩みを進めるヴァンス。そんな中でヴァンスは少し悩んだような表情のあと、とあることを口にした。
「このままじゃめった刺しにされかねないから、お前はいつも以上に警戒すべきだろうな」
「ドレスの下に鎧でも着ましょうか?」
「ぶはっ…そんな姿想像させるな、はは」
楽しそうなヴァンスの笑みが漏れる中、2人は控室に足を踏み入れるのだった。




