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王妃たちとのお茶会を終えて自室に戻ってきたメリッサは、自由時間として与えられた午後の時間を何もせずにぼーっとソファに座って考え事をしていた。
王妃と乳母はあんな風に話していたものの、メリッサにとって一番不安に思っているのは”ヴァンスに未練を持つ令嬢たちの嫌がらせ”だった。特に、ヴァンスは今まで派手な遊び方をしていたのだから、色々と恨みを買っていてもおかしくない。
なにより、メリッサとヴァンスの結婚は突然発表されたものであり、ヴァンスを思っていた令嬢たちにとっては予想外のことだったはずだ。あの遊び人のヴァンスが夜遊びを辞め、今は1人の妻だけを愛しているなんてこと自体、信じられないとメリッサとヴァンスの関係を怪しんでくることすらあり得る。
「とりあえず、ドレスは汚されたり、焼かれたりする可能性もあるから、万が一のために何着も着替えを用意しておかなきゃ。誰かに差し出されたお酒は飲まずに飲んだふりをするのと…コルセットも厚いものにしておくと刃物を通さないかしら…」
そんなことをぶつぶつと唱えていると、ふと部屋にヴァンスの姿があることに気付いた。ついさっきまで訓練していたのか、汗で濡れた髪はかき上げられ、身に着けている衣服も胸元まで大きく開けられていた。
「…あら、冷たい飲み物をご用意しましょうか?」
「あぁ、そうしてくれ」
こうしてヴァンスが突然、部屋にやってくるのももう慣れたことだった。
周囲を騙すためにも、メリッサとヴァンスは仲の良いふりをしなければならない。特に遊び人だったヴァンスが今は一途になったと思わせるためにも、頻繁にメリッサの部屋にやってくる。ノックをしてほしいとお願いしているものの彼が守ってくれたことは一度もなく、時には着替えを見られてしまったこともあったが…ヴァンスにとってはメリッサの体はあまり魅力的ではないのか、すっと視線を逸らされることが多かった。
「…動きづらいコルセットは勧めないぞ。そんなので、どうやって俺とダンスを踊る気だ」
メリッサが部屋に用意されていた果実水をコップに注いでいると、少し不機嫌そうなヴァンスがメリッサにそう告げてくる。
「えっと…私、口に出していました?」
「お前のその癖は直した方が良いと思うぞ。そのうち嘘もバレる」
「…あぁ、私の嘘が両親には通じなかった理由が今わかりました。どうしてか、お菓子を盗み食いしたときはいつもバレてしまっていたんですよね。うちは弟妹たちもいるのに」
そんな風に話していると、なぜかヴァンスはじっとメリッサを見つめてきた。
「…ヴァンス様?」
「あ、いやすまない」
そう言った彼は果実水が入ったグラスを受け取った後、1口飲んで「そんな風に笑うんだな」なんて呟く。
「確かに、あなたの前ではいつも作り笑いばかりでしたね」
「あぁ、俺はあれが一番嫌いだ」
「それは失礼しました」
特に思ってもいない返事をして、メリッサは彼の向かいにあるソファに腰をかける。
「正直、刃物によるトラブルは起こりうると思いますか?」
「ないとは言えないな…。まぁ、そう言った時は俺が守る」
「それは困ります。刺されるのであれば、あなたよりも私の方が最適ですから」
第2王子であるヴァンスが刺されることがあるのであれば、必死に身を乗り出しても自分が刺された方が良い。それはメリッサだけでなく、王子妃教育が行われる中でもシャルルから告げられていることだった。
「いや、そんなことはさせない。当日は持ち物検査を徹底する予定だ」
「どうでしょう。令嬢方はドレスの中に刃物を隠し持つ場合が多いと聞きます。いくら男前のヴァンス様とは言えど、全員のドレスを捲り上げて調べるわけにはいかないでしょう?」
「確かにそうだが…」
「やっぱり私のコルセットの中には、分厚い本を入れておきます。刺さったとしても内臓を傷つけなければ、死ぬ確率も少ないでしょうから」
そんなことを話し、自分の本棚を見てどの本を入れるべきかと考えるメリッサ。するとヴァンスは、メリッサの目の前に小さな剣を置いた。王家の印が入った豪華そうな装飾がされたその剣。シャルルの授業で、王家の紋章が入ったものはとてつもない価値のものであると聞いたことがある。
「万が一の場合はこれで反撃しろ」
「こんな国宝級のものはいただけません」
メリッサはそう言って剣をヴァンスの方へと押し返すと、代わりに小さなペーパーナイフを取り出した。
「当日はこのナイフを持っていくつもりです。それに、私の胸元じゃこれほど小さなものじゃないと隠せないんですよ」
メリッサはわざとらしくヴァンスの好まない小さな胸を見せて、そう告げる。ナイフを胸に隠しておくのは王妃からの助言だったが、あまり大きくないメリッサの胸には隠しておけるものも限られてしまうのだ。
「確かにそうだな」
「分かっていただけて、なによりですよ」
初夜の事件があって以来、ヴァンスとの間には砕けた会話が増えた気がする。といっても、この部屋に居られる間、重苦しい雰囲気で過ごさせるよりも多少こういった会話ができる方がメリッサも気が楽だった。
「まぁ、この小剣はお前にやる。…金に困ったときは売れば多少の金になるだろう」
「こんな名刺みたいに身分を証明する剣なんて売れないですし、誰も買い取ってはくれないですよ」
「…いいから、お前が持っておけ」
結局、ヴァンスはそう言い残して去っていったために、メリッサは小剣を受け取るしかない。その後、メリッサはまたぶつぶつと話しながら、本棚からコルセットに入れる本選びを始めるのだった。




