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「はは、まるで別人だな」
数日が過ぎたある日のこと。1人で執務室に引きこもっていたヴァンスの元にやってきたのは懐かしい姿だった。
「遊び人だった弟が政略結婚したはずの妻にこんなに振り回されているなんて、よっぽど魅力的な妻なんだな。俺も早く会いたいよ」
「…兄さん」
「義母さんが倒れたって聞いて航を引き返してまで駆けつけて見れば…義母さんよりもお前の方がよっぽど顔色が悪いじゃないか」
目の前にいるのはこの国の第1王子でもあるセドリックであり、ヴァンスとは腹違いの兄だった。即位前に世界を見て回りたいと船に乗って国を離れていた彼だが、メリッサの失踪を聞いて戻ってきたらしい。
聡明で人々からの関心も高い、ヴァンスにとっても憧れの兄であるセドリック。そんな彼がずっと夢だった船旅を諦めてまで戻ってきたことが、ヴァンスにとっても物凄く申し訳なく感じた。
本当ならばあと2年は自由にあちこち見回っていたはずなのだ。
「俺も結婚前だからわからないが、お前がそこまで変わるっていうなら政略結婚も悪くないって思えるよ。まぁ、俺の場合はどこかの姫様を迎え入れることになるだろうがな」
「…でも、俺はメリッサを守れなくて…」
「ははは、全くどうしてこんなに弱気になってんだよ。お前は俺になんでも押し付けて、好き勝手遊んできたくらいには面の皮が厚いやつだったじゃないか」
そう言って近づいてきたセドリックは、ヴァンスの手を引くと近くのソファに座らせ、そのまま顔の上に手を当てる。ヴァンスの疲れ切った瞳にセドリックの指の冷たさがじんわりと広がった。
「今は少し寝ろ。今のお前は考え込んでても悪いことしか思い浮かばないはずだ。こういう時には意外にな、寝た方が良い方向に転がるんだよ」
セドリックのそんな優しい声と共に、ヴァンスの思考がゆっくりと沈んでいく。メリッサが苦しんでいるかもしれないときに眠るのには罪悪感が募っていたものの、セドリックの言葉で少しだけ救われるような気がした。
それからどれだけ経っただろう。ヴァンスは声を掛けてきた使用人の声で起きる。
「ヴァンス様。実は、メリッサ様の家族の方がその…」
それは突然のことだった。ヴァンスがすぐさま乱れた服を整えて応接間に向かうと、そこにはメリッサの両親とメリッサによく似た顔つきの姉の姿があった。彼らを応対しているのはセドリックであり、そうして、そんな彼らと共にこちらに微笑む…彼女の姿がある。
「旦那様、他の女をベットに連れ込んだこと反省しましたか?」
こちらを見て意地悪気ににっこりと笑うメリッサの姿に、ヴァンスはどっと緊張が解けた。空笑いが漏れながら、その場に膝が崩れ落ちる。
彼女はあくまでも他の使用人たちの前では、世間の噂にある”嫉妬で家出した妻を演じているようだった。
「あ、あぁ…本当にすまなかった…。メリッサ…戻ってきて、良かった…」
ヴァンスは安堵と共に様々な感情が一気に湧き上がってきて、胸がいっぱいだった。涙で視界が歪むのを感じながらも、今はそれ以上言葉が出ない。
「私の母もこうして昔、飛び出したんだって話を聞いて、真似をしてみたんです。その結果、今は仲の良い夫婦となっていますしね」
「メ、メリッサ。それ以上は…」
「ふふ、でもこれで私たちも仲の良い夫婦になれますよね?」
ヴァンスは浮かぶ涙を見られたくなくて、メリッサの前で顔を上げられなかった。
最初は父親の命令で決まった結婚で、望まない結婚相手だったはずのメリッサが今は特別な存在となっていた。彼女がいう仲の良い夫婦に…俺たちは本当になれるのだろうか?




