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その日の朝、目覚めたメリッサが感じたのはむせ返る様な酒の匂いだった。
起き上がろうとすると体中が痛み、特に下腹部あたりに鈍痛が走る。ふと、布切れの音が聞こえて隣を見ると、そこには瓶ごとワインを飲み干すヴァンスの姿があった。
「…ぇ」
ヴァンスの名前を呼ぼうとするがなぜか声が掠れてしまって出ない。メリッサが驚いて口をパクパクさせていると、ヴァンスの視線がこちらを向いた。
「あぁ、目が覚めたのか」
そう話すヴァンスの瞳は酒のせいなのか、とろんと丸くなっていた。結婚式のために綺麗に整えられた彼の髪も今はぼさぼさである。裸の彼はガウンだけを着ている状態であり、メリッサは少しだけ目の行き場に困った。
「いいか、俺は言われたことはやったからな!これで俺の仕事は終わりだ。…ひっく、侍女たちを呼んできてやる」
ヴァンスはそう言い、酒瓶を片手に部屋から出ていこうとした。しかし、突然足がもつれたのか、そのまま倒れ込む。幸い近くにあったソファがヴァンスの体を支えてくれたために大きな怪我には繋がらなかったようだが、その後、酷いワインの匂いと共に彼が動かなくなった。
(…酷い惨状ね)
メリッサは倒れたままのヴァンスを心配したものの、じっと凝らしてみると彼の胸が上下しており、眠っていることがわかった。…ただ、彼が倒れた拍子にこぼれたワインが床に広がってしまった。そのままゆっくりと広がっていくワインは、傍に落ちていた花冠に迫っていく。白く綺麗な花で作られた花冠にワインが染みこんでいくのを見て、胸が痛くなったメリッサは痛む体を抑えてベッドを出ることにした。
ずるずるとベッドを降り、様々な物が散らかった床を目にする。昨日まで身に着けていた美しい宝石はバラバラになり、身に着けていたはずのウェディングドレスも全部引き裂かれている。両親が身売りの様な形でメリッサを送り出すことになるからと…貧乏だった家計にも関わらずに今日のために用意してくれたドレスだった。
メリッサは花冠の場所まで動く気力もなく、そのまま破れてしまったドレスを手にして床に寝転がる。自分には似つかわないほどの豪華な寝室と調度品。メリッサがあのまま領地で過ごしていたら、手にするはずもないものばかりである。
(これが幸せな花嫁の姿なのかしら…)
この政略結婚において、子供を持つことは決して避けられないことだった。第2王子である彼にとって、自分の血を繋ぐ跡継ぎの存在は重要で…メリッサは誰もが憧れる王子妃という立場に選ばれたのだから。
ベッドを降りて冷たい床に寝転がっているせいか、下腹部の痛みがより強く広がっているのが分かる。体中にだるさが広がり、熱っぽく感じるのはこの部屋に広がるワインの匂いのせいだろうか。
「おはようございます、朝の支度のお手伝いに参りました。…メリッサ様…?きゃ、なんてこと!!」
それから少しして、部屋の様子を見に来てくれた侍女が悲鳴を上げたことで、様々な人が集まってきてしまった。中でも結婚を誰よりも祝っていた王妃と乳母はこの惨状を見て、顔を真っ青にしていた。酒で眠りこけているヴァンスを叩き起こし、怒鳴り声を上げる2人。
メリッサは侍女たちに介助されながら体を清められ、医者からは数日は安静にして過ごすように指示を受ける。
国王が上手く話をまとめてくれたことで、”ヴァンスは運命の相手を前にして初夜で暴走してしまった”だなんて不名誉な噂が流れたようだが…それもいい気味なのかもしれない。ヴァンスがこの先一生、そんな恥ずかしい過去を背負っていくのだろうと思うと、メリッサの傷の痛みも少しだけ和らぐ気がするのだった。




