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(でも今は、弱気になっている場合じゃないわ)
馬車の床に顔をこすりつけて口元の布をなんとかずり下げたメリッサは、その後、這いずりながらもジュリーのもとへと近づく。ジュリーはメリッサの行動にびくりと肩を揺らしながらも、不安げな視線を向けてきた。
「あなたが私を嫌っているのは分かっているわ。でも、今は協力しないと抜け出せないこと、理解してくれるかしら?」
メリッサがそう話すと、途端にジュリーの瞳に涙が溜まる。しかし、彼女は一度目をつぶって何かを考えた後、決心したようにじっとメリッサのことを見つめ返してきた。
「ありがとう、ジュリー。私たち、無事逃げ切ったら友達になりましょうね」
そんなメリッサの言葉に、彼女の表情が少しだけ柔らかくなったのがわかる。そうしてメリッサはジュリーと協力して太ももの小剣を手にすると、お互いの拘束を解き、荷馬車の隅で声を潜めて逃亡計画を練ることにしたのだった。
「私、最初は意識を失ったふりをしていたのだけど、犯人たちは私をメリッサだと勘違いしているようだったわ。あの場にいたのはドレス姿の私と、まるで平民の様な格好のあなただったから勘違いしてもおかしくないけれど、それにしても顔を知らないまま誘拐をするなんて…なんて間抜けなのかしら」
そう話すジュリーの言葉に、ついさっき聞こえた男たちの「片方」や「処分」なんて言葉を理解する。確かにメリッサはクッキーづくりのために粉で汚れても良い地味なドレスとエプロン姿だったのだから、勘違いされてもおかしくないだろう。ただ、メリッサにとってはそんな状況が都合よく感じた。
「ならきっと、このままあなたはメリッサとして振舞った方が良いわ。あの人たちの狙いが私だっていうなら、酷いことはしてこないでしょうし」
「そんな…」
「万が一逃げることになっても、動きづらいドレス姿のあなたの方が捕まる確率が高いはずよ。そうなるくらいなら、最初からあなたをメリッサとして扱った方が私だって逃げやすいもの」
メリッサはそう告げると馬車の中を柔らかく照らしていた結婚指輪を外し、ジュリーの指に付けることにした。相変わらずサイズが合わずに落ちそうになる指輪だが、王家の紋章まで掘られているのだから、これで多少はごまかしも効くだろう。
「それに私にはこの小剣があるもの。万が一の時は、私がこれを振り回せば男たちもきっと怯むはずよ」
「…わかったわ。あなたの言うとおりにする。でも無理はしないで。私にこの指輪は似合わないわ」
「ええ、ここを無事に逃げ出したらお茶会に招待するから、指輪を返しにきてちょうだいね」
今まではメリッサを敵視していたジュリーだったが、こうした状況に巻き込まれてお互いに相手の存在が心の支えになる。
きっとただ1人、こんな荷馬車に押し込められて平気でいられるはずがない。メリッサはジュリーと体を寄せ合いながら、お互いを勇気づけるようにして強く手を握るのだった。




