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「ふふ、今話題の奥様じゃないですか?その姿、とってもお似合いですよ」
クッキー作りが終わって一段落し、メリッサが子供たちとともに教会の中庭で絵本を読んでいるときだった。突然声を掛けてきたのは、つい先日にメイド姿でも顔を合わせたジュリーだった。彼女は豪華な自分のドレスと比べ、クッキー作りのために地味なドレスとエプロンを身に着けたメリッサを馬鹿にする。
「クッキーが焼ける頃だから、戻りなさい」
ジュリーがやってきたのを見て、メリッサはこの場にいる子供たちに火の粉が向かないようと先に帰す。不安そうにする子供たちだが、貴族の令嬢とのトラブルで嫌な思いをしている子も多いため、素直にメリッサの言葉に従ってくれた。
その際、メリッサは中庭の木の陰からこちらを伺う騎士の姿を確認する。一応、メリッサにも護衛は付けられているため、何かあれば彼が間に入ってくれるだろう。メリッサも万が一のことを考えながら、自然に絵本を自分の胸の位置へと持ってきた。
「下働きのメイドに浮気されるくらいなのですから、奥様もそうして汚れた姿をしていた方がヴァンス様に愛されるはずですわ。こんな似合わない結婚指輪なんか贈られて、本当は愛されていないこと、令嬢たちの間では噂になっていますのよ」
ジュリーがそうしてちらりと視線を向けたのは、メリッサの指に付けられた橙の宝石が煌めく指輪だった。確かにジュリーの言う通り、指輪はサイズが合わず、落ちてしまいそうなほどに大きい。
王妃や乳母のシャルルが、この結婚に不満を持ったヴァンスがカタログで適当に目を付けたこの結婚指輪を選んだのだと溜息ながらに話していたのも聞いたことがあったが、メリッサは意外にもこの指輪を気に入っていた。というのも、橙の宝石は特殊なものなのか、いつもどこかじんわりと温かさを感じるのである。
メイドの姿をして屋敷で洗濯をしていた時もこの指輪を胸元に入れていたのだが、冷たい水を使っていても、指輪の傍から体がぼんやり暖かくてありがたかったのを覚えている。
「まぁ!そんな噂が広がっているのね。私はどうも疎くて…。それにこの指輪、お手紙を書くときにちょうど良いのよ。ほら最近なら、窓を開けると気持ちいい風が入ってくるじゃない。この指輪を置いておくと、手紙が飛んで行かなくて助かっているのよ」
「なっ…まさか、ヴァンス様からの結婚指輪をそんな使い方をしているなんて!信じられない!!」
そうして、ジュリーの前でにっこりと余裕な笑みを返すメリッサ。こうした令嬢同士のギスギスは夜会以外ではしたくなかったのだが、ここで逃げるわけにもいかないことから仕方ないだろう。
それについさっき戻った子供たちがそれとなく王妃や乳母たちに声を掛けてくれれば、ジュリーも大人しくなるだろうと、今は時間を引き延ばすことだけを考えていた。
しかし、そんな中で事件が起こる。
突然、ジュリーが駆け寄ってきた男たちに取り押さえられ、近くの荷馬車に連れ込まれてしまったのである。
「っ、何をしているの!!」
ジュリーを連れて行こうとする男たちにメリッサが抵抗しようとすると、そのままメリッサもお腹に強い一撃を受けて、怯んだ隙に捕らえられてしまう。
「メリッサ様!お前たち、一体何者だ!」
「おい、早く馬を走らせろ、今すぐ出せ!!」
すぐさまメリッサのそばに控えていた騎士たちが馬車を止めようとするものの、馬を強く打ったこともあり、荷馬車は勢いよく走り出す。騎士たちがメリッサを呼ぶ声を背中で聞く中…メリッサはそのまま意識を手放してしまうのだった。




