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陛下とのお茶会で気まずい時間が続き、こういう場合は話しかけられるのを待つべきだろうか…とメリッサが悩んでいた頃、静かに動き出したのは陛下の胸元にいた猫だった。
陛下の胸元からテーブルへと移動して、大きく伸びをした後は紅茶やクッキーに鼻を近づけて匂いを嗅ぎながら、優雅に歩き出す猫。
そうして猫はゆっくりとメリッサの元まで近づいてくる。
「あ…もしかして、この匂いが分かったの?」
メリッサは猫が自分の胸元に鼻を近づけてすり寄ってきたことから、野イチゴを隠し持っていたことを思い出す。ちょうど午前は牧場の手伝いに行っており、お土産に野イチゴをもらったのだ。小腹が空いていたことから母親の用事が終わったら食べようと隠していたものを、メリッサは子猫へと差し出した。
「お気に召すならどうぞ」
差し出した野イチゴをちろちろと舐める猫を見て、つい笑みが漏れるメリッサ。しかし、それと同時に自分に向けられる視線に気づく。
「あ…申し訳ございません」
メリッサは目の前にいる陛下のことをすっかり忘れていたことに気づき、慌てて手をひっこめようとした。しかし、子猫は野イチゴを片づけられると思ったのか、メリッサの指に噛みついてくる。ちくりと指に痛みを感じるメリッサだが、今は目の前で感情の読めない笑みを浮かべる陛下に向き合うことにした。
「…確か、5年ほど前のことだ。君はその猫と同じようにうちの子に餌付けをしていただろう?」
陛下から突然そう声を掛けられて、メリッサは戸惑う。陛下がうちの子というのだから、きっとこの国の王子殿下たちのことを言っているのだろうが、メリッサにはこの国の第1王子とも第2王子とも接点がないはずだった。
「えっと…」
「君が今手にしているベリーを使った豪華なケーキがあったはずだが、覚えていないかい?」
ベリーのケーキ…と告げられて、メリッサには確かに思い当たることが1つあった。
5年前の第1王子の誕生祭のときのこと…だったはずだ。メリッサは仕方なく連れられたパーティで挨拶周りを終えた後、壁際で食事を楽しみながら過ごしていた。そんな中、突然目の前で貴族の令息たちがトラブルになって、そのうち1人がメリッサの方へと突き飛ばされたのを覚えている。
その衝撃で近くのテーブルにあったワインが一気にメリッサの上から振ってきたのである。メリッサは酷いワインの匂いに一気に視界が揺らいで…確かそれで…どうしたんだったろうか。
メイドたちに囲まれながら、体を清められて、新しいドレスまでプレゼントされたのを覚えている。…あぁ、それで気まずそうにするぶつかってきた男の子と顔を合わせたのだが、彼がもしや、陛下のいう息子なのだろうか?
そう言えばあのとき、色々と弁償や金銭の話をされて…上手く断れなくて美味しいケーキを希望したのを覚えている。ワインのせいで思考が正常じゃなかったのもあったが、パーティで出ていたケーキがあまりにも美味しすぎて領民たちにも食べさせてあげたくて、持ち帰りたいと考えたのだ。
ただ…男の子ともそれっきりだったはずだ。
そう考えていたメリッサだったものの、その後に告げられた陛下の言葉に一気に背筋が冷えるのを感じた。
「私が君の元を訪れた時、君がケーキを息子の口に無理やり詰め込んでいるのを見て、衝撃を受けたんだよ。不敬であることを恐れずあの子をたじたじにさせる女性なんて、この先現れないとね」
陛下の言葉にぼんやりとしていた5年前の記憶が頭の中に鮮明に流れ出し、自分がどれほどとんでもないことをしてしまったのだろうと思い出す。
すると、メリッサの思いに気づいたのか、陛下も意味深ににっこりと笑みを向けてきた。
「君とは良い関係を築けると思うんだ。君が私の提案を受けてくれるなら、領地の人々は今よりも豊かな暮らしが出来、甘いケーキも食べられるだろう。いいね?」
「はは…」と乾いた笑いが漏れるメリッサの前を、野イチゴを味わって満足した様子の子猫が歩いていく。メリッサをからかうようにフワフワのしっぽを振りながら、目の前の子猫は陛下の腕の中で小さく丸くなるのだった。




