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結婚前のこと、メリッサは領民たちに交じって家畜の世話をしたり、逃げ出す家畜を追いかけて泥だらけになったりと騒がしい日々を過ごしていた。
一応爵位のある貴族ではあるが、家は酷く貧乏だった。ここ最近続いている冷害のせいもあるが、人の良い父が領民たちが貧しい思いをしないようにと、自身の財産を崩して支援を行っていたからである。
火の車だった家計は嫁いできた母によってきっちり管理されるようになったが…それでも家計に余裕があるわけではなかった。幸い、母の教えもあって、メリッサの姉だけはしっかりと貴族学校に通って格上の貴族の元に嫁ぐ予定となっている。一方で、姉の優秀さに隠れてメリッサは領民たちと泥だらけになって農作業をし、好き勝手に過ごしていた。
もちろん、いつかは貴族の男性の元へと嫁がなければならないだろう。そんなときには、広い領地を持っていて、メリッサを自由にしてくれるような年上の…なんなら初老を迎えた男性の元でも、第2夫人や第3夫人としての扱いでも良い。豪華なドレスにもアクセサリーにも全く興味を示さないメリッサは、幼いころからそんなことを考えていた。
「おーい、メリッサ。奥様が呼んでるぞ」
「わかったー。着替えたら行くって伝えといてー」
声を掛けてきた使用人に、そう元気に返事をするメリッサ。家畜小屋を掃除していたために酷く汚れていたメリッサは、母にバレないうちに湯浴みをしてしまおうと使用人たちが出入りする裏口を目指して歩いていた。しかし、そんな道中で中庭の木を見つめる見知らぬ男性を見つける。
格好的には貴族の男性のようにも思える。何か思い悩んでいるように思えるものの、メリッサは自分の服を見返して、これじゃ声を掛けられないとその場を去ろうとした。だが、タイミング悪く、こちらに気付いた男性に声を掛けられてしまう。
「君、ちょっと来てくれ」
そう声を掛けてきた男性は、メリッサの方へ向かって優しそうに笑みを向ける。そんな状態で逃げ出せるわけにもいかなくて、メリッサは「汚い格好ですみません」と声をかけた。
「いや、ここのご婦人と庭でお茶会をしていたんだがな、どこからか猫の声が聞こえて。探しに来てみたら、この子が居たんだ」
そう男性が指をさした先には、確かに木の上で縮こまる小さな猫がいた。その猫は橙の瞳を不安げに揺らしながら、風が吹いて葉が揺れる度にあちこちを警戒しているようだった。
「わぁ、どこからか迷い込んだみたいですね」
メリッサはそんな状況にすぐさま木を登っていき、震える子猫を捕まえた。しかし、最後に子猫を抱きしめたままで飛び降りたのがいけなかったのか、子猫は驚いてしまい男性の方へと走って行ってしまう。
「おっと、すばしっこい子だな」
そう告げたのは猫に対してだったのか、メリッサに対してだっただろうか。男性が満足そうに猫を抱えて去って行った後、メリッサも母親に呼ばれていることを思い出して、急いで着替えを進めたのだった。




