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「だ、だから欲しいのは金か、それとも宝石かって聞いてるんだよ!!」
(これは…何の記憶だろうか?)
頭の奥でぼんやりと流れる記憶があって、メリッサは静かに目の前の光景を見ていた。そこにいるのは小さな男の子であり、その手には今日メリッサが身に着けたようなあの豪華なネックレスが握られている。
「お前にはこの王家に伝わる秘宝をやっても良い。これさえあればどのパーティに居たってお前が目立つだろう?それに、売れば10年以上も贅沢をして暮らせるはずだ」
「えー、でもそんなのいらないよ。私宝石好きじゃないもん」
男の子にネックレスを差し出されて、小さな女の子は困ったようにそう口にする。女の子は熱でもあるのかぼんやりとしており、クッションに顔を預けるようにして沈み込んでいた。
「じゃぁ、何が欲しいっていうんだよ。ないのか?お前が欲しくても手に入らないもの」
そう聞かれて、女の子は少し悩みだすものの…メリッサにはなぜか女の子が願うものが分かってしまった。女の子はきっと甘くて、とろけるような、あの…。
「…ベリーたっぷりのケーキが欲しいです」
「っ、あはははははは」
誰かの騒がしい笑い声が聞こえて、メリッサはゆっくりと目を覚ます。周囲を見渡すとそこは寝室であり、目の前には笑い転げるヴァンスの姿があった。
「げほっ、くく、あはははは、腹痛すぎる。溺れそうになって気を失っていたくせに、目覚めた途端、ケーキを欲しがるのかよ」
そう告げるヴァンスに、すぐさま乳母でもあるシャルルがやってきて扇で頭を打ち付ける。痛みでヴァンスの笑いは静かになったものの、ヴァンスはまだ変わらず顔を隠して笑っていた。
ヴァンスの声を聞いてやってきたのか、王妃が心配そうにメリッサの顔を覗き込んで話しかけてくる。
「メリッサ、体は大丈夫?お医者様が頭を打ったかもしれないと話していて、私…本当に心配で…」
そう話す王妃が涙しているのを見て、メリッサは途端に申し訳なくなる。そういえば、猫を虐める貴族たちを見つけてつい我慢できず、駆け出してしまったのだ。
「あの…本当に申し訳ありません。王妃様にもシャルル様にも、恥じない振る舞いをすると約束したはずだったのですが…」
「そんなことはどうだって良いの。まずはあなたの体が心配なのよ!もう一度、お医者様に見てもらわないとね」
そうして医者がやってきてバタバタと診察までしてもらっている間、メリッサの前に国王陛下がやってくる。ヴァンスと同じ髪色や瞳をしているものの、厳格で目を見つけられるだけで怯えてしまうような威厳を持った陛下の姿。この国では策士とも知られ、強引でありながら隙の見せない交渉術を持って様々に国を発展させてきた人でもあった。
メリッサが今回の偽装結婚を引き受けることになったのも、国王陛下からの強気な交渉を受けてなのだが…そんな彼が怖い顔には似合わない小さな猫を抱いていた。橙の瞳を輝かせながらも可愛く「にゃー」と泣く姿に、メリッサの気持ちも和らぐ。
「この子、あの時の…無事だったのね」
「あぁ、君と猫とは運命的なつながりがあるようだな、メリッサ」
国王陛下がそう話すのと同時に、メリッサの元にあの猫がやってくる。ざりざりとメリッサの手を舐めてくれる猫を見て、メリッサは確かに陛下と出会った時のことを思い出した。
あの時も確かに猫がきっかけだった。しかし、メリッサが過去を思い出すよりも前に、陛下が口を開く。
「メリッサ、君の失態を責めるつもりはないが…今後は多少は演技をしてもらうつもりだ」
「演技ですか?」
「あぁ、君は”子猫を助けようとして貴族たちの前に身を投げ出し、突き飛ばされて池に落ちた”はずだ。それでいて、我が王家に伝わるネックレスもこうして酷く傷つけられてしまったのだから、あの貴族たちには責任を取ってもらわないといけないだろう?」
陛下の言葉に、傍にいた全員の視線がメリッサに向かう。ついさっきまで笑い転げていたヴァンスも、今は真剣な面持ちでこちらを見ていた。
「あ…私は頭を強く打ち付けたせいか、当時のことをよく覚えていなくて…」
メリッサがそう頭を押さえて目を伏せた途端、目の前の陛下が満足そうに頷くのが分かる。その場にいた全員がこうして共犯者になったのだ。
メリッサが猫を助けた当時、池の中に落ちたのは自分がバランスを崩したからだった。しかし、王家としてはメリッサの失態よりも、今はあの場にいた令息たちによって”メリッサが突き飛ばされた”となるほうが都合が良いのだろう。
「最近良くない噂を聞く貴族たちだったしな。メリッサ、君が責任を感じることはない」
そうしてにっこりと笑う陛下を前に、やっぱり恐ろしい人だと感じるメリッサ。この人は…出会った当時から本当に恐ろしい人なのだ。




