第八章 火種
王城の大広間で、爆発が起きた。
被害は甚大だった。魔導炉が暴走し、噴き出した魔力の炎が広間を焼き尽くした。侍女三人が重傷、衛兵一人が死亡。
事故から三日後、修平はその噂を耳にした。
「王城で事故だと?」
「ああ。大広間の魔導設備が吹っ飛んだらしい」
リカルドが、暗い顔で言った。
「それで——犯人探しが始まってる」
「犯人探し?」
「施工した職人が悪い、という話になってるらしい。下請けの工房が責任を問われてる」
修平の眉が、ひそめられた。
「——どの工房だ」
「『銀葉工房』。うちと同じくらいの規模の工房だ」
「施工不良が原因だと、もう断定されたのか」
「いや、まだ調査中のはずだが——」
リカルドは、苦い顔をした。
「上の連中は、早く犯人を決めたがってる。責任を誰かに押し付けないと、自分たちに火の粉が飛ぶからな」
修平は、しばらく考え込んだ。
「——現場を見せてもらえないか」
「王城の? 無理だろ。お前、出入り禁止になってるじゃないか」
「裏から入る方法はないか」
リカルドは、呆れた顔をした。
「——お前、本気か」
「本気だ。施工不良が本当の原因かどうか、確かめたい」
◇
その夜、修平はスラムの「顔役」に連絡を取った。
以前、照明を直す活動で関係を築いた裏社会の人間だ。
「王城に入る方法を教えてほしい」
「——正気か、あんた」
顔役は、目を丸くした。
「王城だぞ。捕まったら首が飛ぶ」
「わかっている」
「なんでそこまでする」
修平は、静かに言った。
「無実の人間が、罪を着せられようとしている。それを止めたい」
顔役は、しばらく修平を見つめていた。
やがて、彼は溜息をついた。
「——わかった。方法を教えてやる。ただし、自己責任だ」
◇
深夜、修平は単独で王城に潜入した。
顔役が教えてくれたのは、下水道を通るルートだった。城の地下に通じる古いトンネルがあり、そこから城内に入れるという。
汚水の悪臭に耐えながら、修平は暗いトンネルを進んだ。
やがて、出口が見えた。古い排水口。格子が腐食して、人が通れる隙間ができている。
そこから這い出ると、城の厨房裏だった。
夜中の城内は、静まり返っていた。修平は物陰に隠れながら、大広間へ向かった。
事故現場には、まだ立ち入り禁止の札が立っていた。衛兵もいたが、交代の隙をついて中に入る。
広間は、焼け焦げた残骸で埋まっていた。
壁は黒く煤け、天井は一部が崩落している。魔導炉があった場所には、溶けた金属の塊が残っていた。
修平は、【配線術】のスキルを発動した。
青白い糸——魔力の残滓——が、かすかに見える。
それを辿っていくと——
「——これは」
修平の目が、見開かれた。
魔導炉への配管。その設計に、重大な欠陥があった。
三つの系統が、同じ分岐点で合流している。しかも、その分岐点には過負荷対策がない。三つの系統を同時に使えば、分岐点に魔力が集中し——
暴走する。
だが、これは——
「施工の問題じゃない」
修平は、呟いた。
「設計の問題だ」
この設計図を描いたのは、施工した職人ではない。設計したのは——
貴族の魔導師だ。
◇
証拠を集め、修平は城から脱出した。
翌朝、彼はエリーゼに報告した。
「事故の原因は、施工不良じゃない。設計ミスだ」
「設計ミス?」
「ああ。三つの系統を同じ分岐点に集中させていた。負荷計算をしていれば、絶対にやらない設計だ」
エリーゼの顔が、青ざめた。
「でも、王城の設計をしたのは——」
「貴族の魔導師だろう」
「……ええ」
「つまり、本当の責任は、設計した魔導師にある。施工した職人じゃない」
修平は、図面を広げた。
「これが、俺が現場で見た配管のスケッチだ。この設計を誰がしたか、調べられるか」
エリーゼは、図面を見つめた。
「——調べます」
◇
三日後、エリーゼが調査結果を持ってきた。
「設計をしたのは——ヴァルター・ギルド長の弟子の一人でした」
「ヴァルターの……」
「名前は、マルクス・フォン・ヴァイスベルク。若手の魔導師ですが、家柄が良く、ギルド内で出世が期待されている人物です」
修平は、眉をひそめた。
「つまり、ヴァルターの派閥の人間か」
「はい」
「だから、責任を平民の職人に押し付けようとしている」
「おそらく」
エリーゼの声が、震えていた。
「どうすればいいですか」
「——証拠を公開する」
「公開?」
「設計図の欠陥を、誰の目にも明らかな形で示す。そうすれば、職人に責任を押し付けることはできなくなる」
「でも、相手は貴族です。私たちが告発しても——」
「だから、俺たちだけじゃ無理だ」
修平は、窓の外を見た。
「もっと高い立場の人間が必要だ」
◇
その夜、意外な訪問者が工房に現れた。
「——鷹野修平、いや、シュウという男はいるか」
工房長が、慌てて応対に出た。
「どちら様で——」
「第一王女、アリシアだ」
工房が、騒然となった。
第一王女。王国で最も権力を持つ女性の一人が、平民の工房に来るなど、前代未聞のことだった。
修平が、前に進み出た。
「——俺がシュウです」
アリシアが、修平を値踏みするように見た。
「お前が、ギルドを打ち負かした男か」
「そうです」
「そして、王城に不法侵入した男でもある」
修平の体が、強張った。
「——どこから」
「衛兵から報告があった。怪しい人影が城内をうろついていた、と。調べたところ、下水道からの侵入経路が見つかった」
アリシアは、冷たい目で修平を見据えた。
「普通なら、即座に処刑だ」
工房内に、緊張が走った。
「しかし——」
アリシアの口元が、かすかに緩んだ。
「興味がある。なぜ、お前は危険を冒して城に入った」
修平は、一瞬迷った。
だが、ここで嘘をついても意味がない。
「——大広間の事故を調査するためです」
「事故?」
「施工した職人に責任が押し付けられようとしている。でも、本当の原因は設計ミスだ。それを証明したかった」
アリシアの眉が、わずかに上がった。
「——証拠はあるのか」
「あります」
修平は、図面を取り出した。
「これが、現場で確認した配管のスケッチです。三つの系統が同じ分岐点に集中している。負荷計算をすれば、絶対にやらない設計です」
アリシアは、図面を手に取った。
しばらく見つめた後、彼女は言った。
「——なるほど。確かに、これは設計上の欠陥だ」
「おわかりになりますか」
「私も、魔導理論を学んでいる。この設計が危険なことは、理解できる」
アリシアは、図面を返した。
「お前の主張は、理にかなっている。だが——」
「だが?」
「証拠があっても、それを公にするには、政治的な力が必要だ。設計を担当したのは、ギルド長の派閥の人間だろう」
「はい」
「彼らは、自分たちの失態を認めない。むしろ、お前を潰しにかかるだろう」
修平は頷いた。
「わかっています」
「それでも、やるのか」
「やります。無実の人間を見殺しにはできない」
アリシアは、しばらく修平を見つめていた。
やがて、彼女は——笑った。
「——面白い」
「は?」
「お前は、本当に面白い男だ」
アリシアは、修平に向き直った。
「いいだろう。私が力を貸そう」
「——本当ですか」
「ただし、条件がある」
「何でしょう」
「お前の技術を、私に見せろ。ギルドを打ち負かした実力が本物かどうか、この目で確かめたい」
修平は、深く頭を下げた。
「喜んで」
◇
三日後、王城の評議会で、修平の証言が行われた。
アリシアの後押しにより、修平は特別に城への出入りを許可された。
評議会には、貴族や高官が集まっていた。ヴァルターの姿もあった。
「大広間の事故について、新しい証拠が提出された」
司会役の大臣が、宣言した。
「技術者シュウの証言を聴く」
修平が、前に進み出た。
図面を広げ、説明を始める。
「事故の原因は、施工不良ではありません。設計上の欠陥です」
彼は、配管の構造を詳細に説明した。三つの系統の合流点。負荷計算の欠如。暴走のメカニズム。
「この設計では、三つの系統を同時に使った瞬間、分岐点に過負荷が発生します。事故は、必然でした」
会場がざわついた。
ヴァルターが、立ち上がった。
「待て。この男の証言は信用できない。平民の技術者が、貴族の設計を批判するなど——」
「黙れ」
アリシアの声が、冷たく響いた。
「技術的な議論に、身分は関係ない」
「しかし——」
「議論があるなら、技術で反論しろ」
ヴァルターは、言葉に詰まった。
修平の説明は、論理的で明快だった。技術を理解できる者なら、誰でも納得できる内容だった。
しばらくの沈黙の後、大臣が口を開いた。
「——評議会として、この証言を採用する」
ヴァルターの顔が、蒼白になった。
「大広間の事故の責任は、設計を担当した魔導師にある。施工した職人には、責任を問わない」
修平は、深く息を吐いた。
無実の人間を、救うことができた。
だが——
ヴァルターの目が、修平を射抜いていた。
そこには、深い怒りと——憎悪があった。
「——覚えていろ、平民」
彼は、低い声で囁いた。
「この屈辱、必ず返す」
修平は、何も答えなかった。
戦いは、まだ終わっていない。
むしろ、本当の戦いは——これから始まるのだ。




