第七章 貴族の壁
修平の名が王都の工房に広まり始めた頃、思わぬ事態が起きた。
ある日、工房に一通の書状が届いた。
差出人は——魔導師ギルド。
「『魔導回路図』および『新施工方式』について、ギルドへの説明を求める」
工房長の顔色が変わった。
「——呼び出しか」
「どういうことですか」
修平が尋ねると、工房長は重い溜息をついた。
「魔導師ギルドは、魔導技術に関する全ての権限を持っている。新しい技術を使うには、ギルドの承認が必要なんだ」
「承認……」
「お前が考案した技術は、まだ正式に承認されていない。勝手に広めているとして、問題視されたのだろう」
修平は、嫌な予感を覚えた。
ギルドの長——ヴァルターという男のことは、エリーゼから聞いていた。保守的で権威主義。平民の技術など認めるはずがない、と。
「——俺が行きます」
「お前がか」
「はい。この技術を考案したのは俺です。責任は俺が取ります」
工房長は、しばらく考え込んでいた。
やがて、彼は頷いた。
「わかった。だが、一人では行くな。エリーゼを連れていけ」
「エリーゼさんを?」
「彼女は、魔導学院の研究生だ。貴族の立場からお前を援護できる」
◇
魔導師ギルドの本部は、王都の中心部に位置する荘厳な石造りの建物だった。
正面の大扉を潜り、受付で名前を告げると、広間へ通された。
そこには、十人ほどの貴族——魔導師ギルドの幹部たち——が、円形に並んだ椅子に座っていた。その中心に、銀髪の男が立っている。
ヴァルター。
ギルド長だ。
「よく来たな、平民」
ヴァルターの声は、氷のように冷たかった。
「お前が、『魔導回路図』とやらを考案した男か」
「はい」
「ふん。見たところ、まだ若い。どこで魔導技術を学んだ」
「遠い国の、小さな工房です」
ヴァルターの目が、細くなった。
「『遠い国』とは、どこだ」
「申し上げられません」
「なぜだ」
「——私の出身地は、この国と国交がありません」
周囲の貴族たちが、ざわついた。
「国交がない? どういうことだ」
「スパイではないのか」
「怪しい奴だ」
ヴァルターが手を上げ、静粛を促した。
「まあいい。出自は後で調べる。今日は、お前の『技術』について聞きたい」
彼は、書類を手に取った。
「『魔導回路図』——魔導管の配置を紙に描き出す方法。『改良型接続方式』——接続部を金属板で補強し、樹脂で密封する方法。これらの技術を、ギルドの承認なしに広めていると聞いた」
「——はい」
「それは、ギルドの規則に違反している」
ヴァルターの声が、厳しくなった。
「魔導技術に関する新しい方法は、全てギルドの審査を経なければならない。お前は、その手続きを無視した」
「手続きは存在しなかったと理解しています」
「何だと?」
「私の協力者——エリーゼさんが、ギルドに提案を持ち込みました。しかし、門前払いを受けた」
ヴァルターの顔が、わずかに強張った。
「——それは、提案が不適切だったからだ」
「不適切?」
「平民が考案した技術など、信用できるわけがない。審査の価値もない」
修平は、静かに言った。
「——その技術のおかげで、ベルモント伯爵邸の魔導設備は、従来の五倍以上の効率を達成しました」
周囲がざわついた。
「五倍だと?」
「嘘だろう」
「いいえ、事実です」
エリーゼが、一歩前に出た。
「私は、魔導学院の研究生として、この技術の効果を検証しました。論文は学院に提出済みです。データは全て記録されています」
ヴァルターの目が、エリーゼに向いた。
「お前は——工房長の娘か」
「はい」
「父親に迷惑をかけるつもりか」
「技術の正当性を証明することが、迷惑になるとは思いません」
ヴァルターの顔が、怒りで紅潮した。
「——口の減らない小娘だ」
彼は立ち上がり、修平を睨みつけた。
「いいだろう。お前の技術が本物かどうか、ギルドの審査で確かめてやる」
「審査?」
「そうだ。我々が指定する条件で、お前の技術を試す。合格すれば、正式に承認しよう。不合格なら——」
ヴァルターは、冷たく笑った。
「お前と、お前の協力者たちを、王都から追放する」
◇
審査の内容は、理不尽なものだった。
「三日以内に、王城の一画の魔導設備を改修せよ。使える人員は三人まで。資材は自己調達」
エリーゼが、憤慨した。
「これは、明らかに不可能な条件です! 通常なら二週間はかかる工事を、三日で? しかも三人で?」
「条件はこれだ」
ヴァルターは、冷然と言い放った。
「受けるか、受けないかは自由だ。ただし、受けなければ——技術の承認は永遠に得られない」
修平は、黙って考えていた。
確かに、普通の方法では不可能だ。だが——
「——受けます」
「シュウさん!?」
エリーゼが、驚いた顔で振り返った。
「受けるのか、本当に」
「ああ」
修平は、ヴァルターを見据えた。
「ただし、条件があります」
「条件だと?」
「審査の結果は、ギルドの幹部だけでなく、王城の関係者全員に公開すること。そして、合格した場合——技術の使用権を、全ての職人に無償で開放すること」
ヴァルターの眉が、ぴくりと動いた。
「……いいだろう。どうせ、不可能な条件だ。お前が失敗するのを見届けてやる」
◇
工房に戻り、修平はリカルドとミラを呼び出した。
「三日で王城の改修。三人でやる」
「——正気か」
リカルドが、目を見開いた。
「普通にやったら、絶対に無理だ」
「普通にやらない」
修平は、図面を広げた。
「まず、現場を調査する。不要な作業を全て削る。本当に必要な改修だけに絞り込む」
「それでも——」
「次に、事前準備を徹底する。必要な資材は全て揃え、加工は工房で済ませる。現場では、組み立てるだけ」
リカルドは、図面を見つめた。
「——なるほど。工場生産方式か」
「そうだ。現場での作業時間を最小限にする。そのために、計画と準備に時間をかける」
ミラが、口を開いた。
「私は何をすれば いい」
「お前には、俺の手元についてもらう。工具を渡し、資材を運び、細かい作業を補助する」
「——わかった」
修平は、二人を見回した。
「三日後、俺たちの技術が本物かどうか——世界に見せつける」
◇
審査の日が来た。
王城の一画——第三管理棟と呼ばれる古い建物。魔導灯二十個、魔導管五十メートル、分電盤一基。通常なら二週間の工事だ。
修平たちは、夜明け前から作業を開始した。
事前に全ての資材を加工し、図面に従って番号を振ってある。現場では、番号通りに組み立てるだけ。
「一番の管、こっちに持ってきてくれ」
「了解」
ミラが素早く動く。
「接続は、俺がやる。リカルドさん、次の管の準備を」
「わかった」
三人の動きは、まるで機械のように正確だった。無駄な動きがない。迷いがない。全てが計画通りに進んでいく。
見物に来ていた貴族たちが、驚きの声を上げた。
「なんだ、あの速さは」
「まるで、予め決まった型通りに動いているようだ」
「図面を使っているからだ。全員が、何をすべきか理解している」
一日目が終わる頃には、全体の四十パーセントが完了していた。
二日目、六十パーセント。
三日目——
「——完了しました」
修平が、ギルドの審査員に報告した。
日没まで、まだ二時間あった。
ヴァルターの顔が、青ざめていた。
「……品質検査を行う」
審査員たちが、設備を点検した。
魔力の漏洩率。接続部の処理。器具の取り付け精度。
全ての項目で、基準を大幅に上回っていた。
「——合格」
審査員の一人が、渋々と認めた。
「これは、驚くべき品質だ。従来の施工では、ここまでの精度は出せない」
ヴァルターは、歯を食いしばっていた。
「——認めよう」
その声は、絞り出すようだった。
「お前の技術は、本物だ。ギルドとして、正式に承認する」
修平は、深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
「だが——」
ヴァルターの目が、陰険に光った。
「覚えておけ。今日のことは、忘れない」
◇
審査の結果は、王都中に広まった。
「三日で王城の改修を完遂した平民がいる」
「図面を使った新しい施工法だそうだ」
「貴族のギルドを相手に、真っ向から勝負して勝った」
修平の名は、一夜にして有名になった。
工房には、他の工房からの見学者が殺到した。弟子入りを希望する若者も現れた。
だが、修平は浮かれていなかった。
「——これで終わりじゃない」
ある夜、エリーゼにそう言った。
「終わりじゃない?」
「ギルドの承認は得た。でも、ヴァルターは俺たちを敵視している。いつか、必ず報復してくる」
「報復……」
「それに、承認されたのは技術だけだ。俺たちの地位は、何も変わっていない」
修平は、窓の外を見た。
夜の王都。遠くに、王城の明かりが見える。
「本当の戦いは、これからだ」
◇
数日後、予想は的中した。
ヴァルターが、王城に働きかけた。
「あの平民は、危険な人物だ。出自が不明で、ギルドに反抗的。王国の魔導技術を乱す存在だ」
結果、修平は王城への出入りを禁止された。
せっかく得たギルドの承認も、実質的には意味がなくなった。
「——くそ」
リカルドが、怒りを露わにした。
「あの野郎、陰で手を回しやがった」
「予想していたことだ」
修平は、冷静だった。
「表の道がダメなら、裏から攻める」
「裏?」
「スラムでの活動を、さらに広げる。民衆の支持を得れば、いずれ王城も無視できなくなる」
リカルドは、首を横に振った。
「気が遠くなるな」
「時間はかかる。でも——」
修平は、小さく笑った。
「俺は、諦めない」
◇
その頃、王城の奥深くで、ある人物が修平の噂を耳にしていた。
「平民の技術者が、ギルドを打ち負かした?」
第一王女アリシアは、報告書を手に取った。
二十代前半、金色の髪、鋭い眼差し。王国の実質的な指導者と呼ばれる女性だ。
「面白い」
彼女は、唇の端を上げた。
「その男——シュウと言ったか。会ってみたいものだな」
報告書の片隅に、修平の名前が記されていた。
運命の歯車が、ゆっくりと回り始めていた。




