第二十章 新しい朝(最終章)
戦争から一年が経った。
王都は、復興の真っ最中だった。破壊された建物が再建され、新しい道路が整備され、街に活気が戻りつつあった。
その中心に——「王立魔導工学院」があった。
◇
朝日が差し込む教室で、修平は講義をしていた。
「魔導管の接続で、最も大切なことは何か」
彼は、黒板に図を描きながら問いかけた。
「漏れを防ぐこと」
一人の学生が答えた。
「正解。でも、それだけじゃない」
修平は、学生たちを見回した。
「大切なのは、『なぜ漏れを防ぐのか』を理解することだ」
「なぜ……?」
「漏れを防ぐのは、効率を上げるためだけじゃない。人の命を守るためだ」
修平は、窓の外を見た。
「魔力が漏れれば、事故が起きる。事故が起きれば、人が傷つく。俺たちの仕事は——そういう悲劇を防ぐことだ」
学生たちが、真剣な表情で聞いている。
「技術は、手段に過ぎない。目的は——人々の生活を守り、良くすること。それを、忘れるな」
◇
講義が終わると、修平は学院の廊下を歩いた。
至るところで、学生たちが活動している。
実習室では、若い職人の卵たちが、魔導管の接続を練習している。
研究室では、エリーゼが新しい絶縁材の開発を進めている。
訓練場では、ミラが見習いたちに図面の読み方を教えている。
「——シュウさん」
ミラが、修平に気づいて駆け寄ってきた。
「講義、終わりましたか」
「ああ」
「どうでした」
「まあまあだな。まだまだ、教えることはたくさんある」
「そりゃそうですよ。あんたの知識は、一年じゃ伝えきれない」
修平は、苦笑した。
「——確かにな」
「でも、少しずつですけど——みんな、成長してますよ」
「そうだな」
修平は、訓練場を見渡した。
一年前は素人だった若者たちが、今では一人で施工ができるようになっている。
技術は、確実に継承されている。
「——よかった」
修平は、小さく呟いた。
◇
午後、リカルドが学院を訪ねてきた。
「——よう、シュウ。久しぶりだな」
「リカルドさん。珍しいですね、こんなところに」
「たまには、顔を出さないとな」
リカルドは、周囲を見回した。
「立派になったな、学院」
「ええ。みんなの努力の結果です」
「お前の努力だろ」
「俺一人じゃ——」
「わかってる」
リカルドは、笑った。
「でも、全部を繋いだのは——お前だ」
修平は、肩をすくめた。
「——よく言われます」
「本当のことだからな」
二人は、学院の中庭を歩いた。
「俺は、軍を辞めた」
リカルドが、唐突に言った。
「辞めた?」
「ああ。戦争は終わったからな。これからは——平和な仕事がしたい」
「平和な仕事——」
「この学院で、教えてくれないか」
修平は、驚いた。
「リカルドさんが?」
「俺だって、三十年の経験がある。若い奴らに教えられることは、いくらでもある」
「——そりゃそうですけど」
「どうだ」
修平は、しばらく考えた。
そして——笑った。
「——大歓迎です」
◇
夕方、アリシア王女が学院を視察に来た。
「——素晴らしいわね」
彼女は、学院を見回しながら言った。
「一年で、ここまでの規模になるとは」
「殿下のご支援のおかげです」
「私は、お金を出しただけよ。実際に作り上げたのは——」
「みんなの力です」
修平は、いつものように言った。
アリシアは、微笑んだ。
「貴方は、変わらないわね」
「変わりませんよ。俺は——ただの電気工事士ですから」
「電気工事士——」
アリシアは、首を傾げた。
「その言葉、まだ意味がよくわからないわ」
「いつか、説明します」
「楽しみにしてるわ」
◇
夜、修平は学院の屋上に立っていた。
星が、静かに瞬いている。
一年前の戦争が、まるで遠い昔のことのように感じられた。
「——シュウさん」
背後から、声がした。
振り返ると——エリーゼ、ミラ、リカルド。
そして、多くの学生たちが、屋上に集まっていた。
「——何だ、お前ら」
「今日は、学院設立一周年です」
エリーゼが、微笑んだ。
「みんなで、お祝いをしようと思って」
「お祝い——」
「シュウさんのおかげで、この学院があります」
ミラが、言った。
「だから——ありがとう、って言いたくて」
修平は、呆然とした。
そして——
目頭が、熱くなった。
「——お前たち」
「泣くなよ、シュウ」
リカルドが、笑った。
「らしくないぞ」
「泣いてない」
「嘘つけ」
みんなが、笑った。
修平も——笑った。
◇
星空の下、ささやかな宴が開かれた。
食べ物を分け合い、酒を酌み交わし、語り合う。
かつて敵対していた者たちが、今は仲間として笑い合っている。
修平は、その光景を見つめていた。
見えないところで、繋いできた。
人を。技術を。希望を。
その結果が——ここにある。
「——シュウさん」
ミラが、隣に座った。
「何を考えてる」
「——いろいろとな」
「まだ、やることがあるの?」
「ああ。まだまだ、たくさんある」
修平は、星空を見上げた。
「この世界には、まだ改善すべきことが山ほどある。魔導技術は、まだ発展途上だ。安全基準の整備、技術の標準化、教育システムの確立——」
「——止まらないんだね」
「止まれないんだ」
修平は、小さく笑った。
「俺は——繋ぐことしかできない。だから、繋ぎ続ける」
「一人で?」
「いや」
修平は、周囲を見回した。
仲間たちが、笑い合っている。
「みんなで——だ」
ミラは、少し照れくさそうに笑った。
「——私も、ついていくよ」
「ありがとう」
◇
宴が終わり、みんなが帰っていった。
修平は、一人で屋上に残った。
夜明け前の空が、薄く白み始めている。
——俺は、勇者じゃない。
修平は、心の中で呟いた。
——ただの電気工事士だ。
この世界に来て、派手なことは何もしていない。
魔王を倒したわけでも、国を救ったわけでもない。
ただ、見えないところで、黙々と仕事をしてきただけだ。
配線を繋ぎ、人を繋ぎ、希望を繋いできた。
それが——俺の仕事だ。
そして、これからも——続けていく。
「——新しい朝だ」
東の空が、オレンジ色に染まり始めた。
修平は、屋上から降りた。
今日も、仕事がある。
学院では、学生たちが待っている。
工房では、新しい技術の開発が進んでいる。
街では、改善を待っている場所がまだまだある。
見えないところで、確実に繋ぐ。
それが——鷹野修平の仕事だ。
◇
学院の門をくぐると、学生たちの声が聞こえてきた。
「シュウ先生、おはようございます!」
「おはよう」
修平は、いつものように答えた。
「今日も、よろしくお願いします!」
「ああ」
彼は、学院の建物を見上げた。
一年前は何もなかった場所に、今は立派な学舎が建っている。
これは——みんなで繋いできた結果だ。
そして、これからも——繋ぎ続けていく。
「——さあ、始めるか」
修平は、教室に向かって歩き出した。
新しい朝が、始まった。
見えないところで、世界は確実に繋がっていく。
一本の配線から、一人の職人から、一つの希望から。
これは——派手な英雄譚ではない。
見えないところで世界を支える、職人の静かな物語。
そして、その物語は——これからも、続いていく。
終




