第十九章 繋がる世界
目が覚めたとき、修平は柔らかなベッドの上にいた。
白い天井。清潔なシーツ。窓から差し込む、柔らかな光。
「——ここは」
「王城の医務室よ」
聞き覚えのある声がした。
首を向けると、アリシアが椅子に座っていた。
「——殿下」
「お目覚めね」
アリシアは、微笑んだ。
「三日間、眠っていたわ」
「三日——」
修平は、ゆっくりと体を起こした。
全身が痛む。だが、動けないほどではない。
「戦争は——」
「終わった」
アリシアの声が、穏やかだった。
「魔王軍は、撤退した。要塞は、守り抜いた」
「——そうか」
修平は、大きく息を吐いた。
「よかった」
「貴方のおかげよ」
「俺の——?」
「即興の魔導砲。あれで、城壁の穴を守り続けた。貴方がいなければ、要塞は陥落していた」
修平は、首を横に振った。
「俺一人の力じゃない。みんなが——」
「わかってる」
アリシアは、立ち上がった。
「でも、全てを繋いだのは、貴方だった。人を繋ぎ、技術を繋ぎ、希望を繋いだ」
彼女は、修平の目を見つめた。
「貴方が繋いだのは、配線だけじゃない」
修平は、しばらく黙っていた。
やがて、彼は——小さく笑った。
「——ありがとうございます」
◇
数日後、修平は歩けるようになった。
医務室を出て、王城の廊下を歩く。
至るところで、兵士たちが頭を下げた。
「シュウ様、ありがとうございます」
「あなたのおかげで、命を救われました」
「英雄だ。あなたは、英雄だ」
修平は、戸惑いながら歩き続けた。
英雄——
その言葉は、自分には似合わないと思った。
俺は、ただの電気工事士だ。
見えないところで、黙々と仕事をする。それだけの人間だ。
◇
中庭で、リカルドと再会した。
「——よう、シュウ。起きたか」
「ああ」
「元気そうで何よりだ」
リカルドは、満面の笑みを浮かべた。
だが、その体には、包帯が巻かれていた。
「リカルドさん、怪我は——」
「大したことない。腕を少し切っただけだ」
「大したことあるだろ」
「お前に比べれば、軽傷だ」
リカルドは、笑った。
「お前は、三日も寝てたんだからな」
「——すみません」
「謝るな。お前は、よくやった」
リカルドは、修平の肩に手を置いた。
「俺は——お前と一緒に戦えて、光栄だった」
修平は、少し照れくさくなった。
「——俺もです」
◇
ミラとも、再会した。
「——シュウさん」
彼女は、修平の姿を見ると、駆け寄ってきた。
そして——
抱きついた。
「——え」
「よかった——本当に、よかった」
ミラの声が、震えていた。
「目が覚めなかったら、どうしようかと——」
「大丈夫だ。俺は、簡単には死なない」
「——馬鹿」
ミラは、修平の胸を叩いた。
「心配させるな」
「——すまん」
修平は、ミラの頭を撫でた。
「でも、お前も無事でよかった」
「当たり前だ。あんたに教わった技術で、生き延びた」
「そうか」
修平は、小さく笑った。
「——よかった」
◇
エリーゼとも、会った。
「シュウさん。お体の具合は」
「だいぶ良くなりました」
「無理しないでくださいね」
エリーゼは、心配そうな顔をしていた。
だが、彼女の目には——新しい光があった。
「戦争が終わって、いろいろなことが変わりそうです」
「変わる?」
「はい。魔導師ギルドは、解散が決まりました。代わりに、新しい組織ができます」
「新しい組織——」
「『王立魔導工学院』。貴族も平民も関係なく、技術を学べる場所です」
修平の目が、見開かれた。
「それは——」
「シュウさんの技術を、正式に認めるということです」
エリーゼは、微笑んだ。
「そして——シュウさんに、学院の設立に協力していただきたいのです」
「——俺が?」
「はい。貴方の知識と経験が、必要です」
修平は、しばらく考えた。
学院の設立。
技術の継承。
それは——自分がずっと、やりたかったことだ。
「——わかりました」
彼は頷いた。
「協力します」
◇
夕方、修平は城壁の上に立っていた。
夕日が、王都を照らしている。
遠くに、北方の山々が見える。かつて、魔王軍が侵攻してきた方角だ。
「——終わったのか」
修平は、呟いた。
戦争は、終わった。
多くの人が死に、多くのものが失われた。
だが——
新しいものも、生まれた。
技術は継承され、人々は繋がり、世界は少しだけ——良くなった。
「——シュウさん」
背後から、ミラの声がした。
「こんなところにいたのか」
「ああ」
「何を考えてる」
「——いろいろとな」
修平は、夕日を見つめた。
「俺は——この世界に来て、何ができたんだろうと」
「何ができたって——」
ミラは、修平の隣に立った。
「たくさんのことをしただろ」
「そうか」
「照明を直した。工房を変えた。戦争を勝利に導いた」
「俺一人の力じゃない」
「でも、全部を繋いだのは——あんただ」
ミラは、真剣な目で言った。
「あんたは——この世界を変えた。見えないところで、確実に」
修平は、少し驚いた。
そして——笑った。
「——お前、成長したな」
「うるさい」
「いや、本当に」
修平は、空を見上げた。
夕日が、紫から藍へと滲んでいく。
あの日——前世で死んだ日と、同じ空の色だ。
「俺は——まだ、やるべきことがある」
「何を」
「学院を作る。技術を継承する。この世界の、十年後、百年後の安全を作る」
修平は、ミラを見た。
「一緒に来るか」
「——当たり前だ」
ミラは、にやりと笑った。
「どこまでも、ついていく」
「——ありがとう」
二人は、夕日を眺め続けた。
見えないところで、世界は繋がっていく。
一本の配線から、一人の職人から、一つの希望から。
それが——修平の仕事だった。
そして、これからも——続いていく。




