第十六章 要塞施工
敵の撤退から三日が経った。
要塞は、束の間の平和を取り戻していた。だが、誰もが知っていた。これは、嵐の前の静けさに過ぎないと。
「敵は、再編成を終えた」
斥候からの報告が入った。
「今度は、さらに大規模な軍を率いてくる。予想される敵兵力は——」
司令官の顔が、青ざめた。
「——十万」
要塞の守備兵は、三千。三十倍以上の兵力差だ。
「正面からの戦いでは、勝ち目がない」
「撤退を——」
「撤退は許されない」
アリシアが、厳しい声で言った。
「この要塞が落ちれば、王都への道が開く。王国全体が危険にさらされる」
「しかし——」
「援軍は来る。あと七日、持ちこたえればいい」
「七日——」
将校たちの間に、重い空気が流れた。
十万の敵を相手に、七日間。
それは、ほぼ不可能に思えた。
◇
作戦会議の後、修平はアリシアに呼び出された。
「シュウ。率直に聞く」
「何でしょう」
「この要塞を、七日間守り抜くことは可能か」
修平は、しばらく考えた。
「——正直に言えば、厳しいです」
「そうか」
「でも——」
修平は、顔を上げた。
「不可能ではありません」
「どうすれば」
「防御を強化します。今の魔導設備を、さらに改良します」
「どのくらいの時間が必要だ」
「——三日」
「三日で、何ができる」
修平は、図面を広げた。
「まず、城壁の魔導防御を強化します。今の設計では、敵の集中砲火に耐えられません」
「どうやって」
「魔力の流れを分散させます。一点に集中しないように、分岐回路を増やす」
修平は、図面に線を引いた。
「次に、攻撃力を上げます。『雷撃』の連射速度を、さらに向上させます」
「可能か」
「冷却系統を改良すれば」
アリシアは、図面を見つめた。
「——やれるか」
「やります」
修平の声に、迷いはなかった。
◇
三日間の突貫工事が始まった。
修平は、チームを二つに分けた。
一つは、城壁の防御強化。リカルドが指揮を執り、分岐回路の増設を行う。
もう一つは、「雷撃」の改良。修平自身が担当し、冷却系統を再設計する。
「——ここの配管を太くしろ」
「了解」
「この接続、強度が足りない。補強しろ」
「わかった」
チームは、修平の指示に従って動いた。
三日三晩、ほとんど休みなしで作業が続いた。
◇
工事の最中、思わぬ援軍が到着した。
「——お久しぶりです、シュウさん」
エリーゼが、物資を運ぶ馬車と共に現れた。
「エリーゼさん。なぜここに」
「王都から、追加の魔導石を持ってきました」
「追加の——?」
「父が手配してくれました」
エリーゼは、微笑んだ。
「シュウさんの技術を、無駄にするわけにはいきませんから」
修平は、深く頭を下げた。
「——ありがとうございます」
「お礼はいりません。私も、手伝いますよ」
◇
エリーゼの参加で、作業効率は格段に上がった。
彼女の魔導理論の知識が、修平の実践技術を補完した。
「この回路、理論上は不安定ですが——」
「実際に動かしてみれば、問題ない。俺の経験では」
「なるほど。では、こう改良すれば——」
「ああ、それなら効率が上がる」
二人の協力で、「雷撃」の連射速度は従来の一・五倍に向上した。
城壁の防御も、大幅に強化された。
◇
三日目の夜、工事が完了した。
修平は、城壁の上に立ち、自分たちの仕事を眺めた。
新しく引かれた魔導管。増設された分岐回路。改良された冷却系統。
見た目には、ほとんど変わらない。だが、内部は全く別物になっていた。
「——シュウさん」
ミラが、近づいてきた。
「すごいですね。三日で、これだけの工事を」
「みんなの力だ」
「でも、全部を繋いだのは——」
「俺一人じゃできなかった」
修平は、ミラを見た。
「お前も、成長したな」
「え?」
「最初に会った頃は、ただの孤児だった。今は——立派な職人だ」
ミラの顔が、赤くなった。
「——べつに」
「本当だ。お前がいなければ、今日の工事は間に合わなかった」
「……ありがとう」
ミラは、照れくさそうに目を逸らした。
◇
翌朝、敵の総攻撃が始まった。
地平線を埋め尽くす大軍。十万の兵が、要塞に向かって進軍してくる。
「——来たか」
修平は、城壁の上に立っていた。
隣には、リカルド、ミラ、エリーゼ——チームの仲間たちが並んでいる。
「怖いか」
リカルドが、問いかけた。
「——少しだけ」
「正直だな」
「嘘をついても、仕方がないからな」
修平は、深く息を吸った。
「でも、逃げない。俺たちは——ここで戦う」
「ああ」
リカルドは頷いた。
「一緒に戦おう。最後まで」
◇
敵の攻撃が始まった。
魔導砲の砲撃、歩兵の突撃、攻城兵器の接近。
だが、修平たちの防御は、予想以上に堅かった。
強化された城壁が、敵の砲撃を弾き返す。改良された「雷撃」が、敵兵器を次々と破壊する。
「——効いてる」
修平は、流量計で数値を確認した。
「魔力の漏洩、ほぼゼロ。設計通りだ」
「すごいですね、シュウさん」
エリーゼが、感嘆の声を上げた。
「これが、あなたの技術の真価ですね」
「俺だけの技術じゃない。みんなで作り上げたものだ」
修平は、城壁の下を見た。
チームのメンバーたちが、それぞれの持ち場で戦っている。
見習いたちが、砲の操作を行っている。
職人たちが、損傷した設備を修理している。
全員が、自分の役割を果たしている。
「——これが、俺たちの力だ」
修平は、小さく呟いた。
見えないところで、確実に繋ぐ。
その仕事が、今——世界を守っている。




