第十四章 裏切り者
配置変更の作業は、予定通り一日で完了した。
だが、その代償は大きかった。
チーム全員が、疲労の限界に達していた。
「——もう、立てない」
若い職人の一人が、その場に崩れ落ちた。
「少し休め」
リカルドが、彼を支えた。
「シュウ、お前もだ」
「俺は——」
「お前が一番、限界に近い。わかってるだろう」
修平は、自分の手を見た。
震えていた。
「——わかった」
彼は、壁にもたれかかった。
目を閉じると、すぐに意識が遠のいていった。
◇
夢を見た。
今度は、この世界の夢だった。
スラムの路地。暗い夜。壊れた魔導灯。
そして——ミラの弟の話。
「先月、うちの弟が——死んだよ。魔導灯が爆発して」
修平は、夢の中で問いかけた。
——俺は、何のために戦っているんだ。
答えは、すぐにわかった。
あの子どものような悲劇を、繰り返させないため。
見えないところで、確実に繋ぐ。
それが、俺の仕事だ。
◇
目が覚めると、外が騒がしかった。
「——何事だ」
修平は、跳ね起きた。
外に出ると、兵士たちが走り回っていた。
「敵襲か?」
「違う。捕虜だ」
「捕虜?」
「昨夜の工作員を捕まえた。尋問が始まる」
修平は、急いで尋問室に向かった。
そこには、アリシアとリカルド、そして数人の将校が集まっていた。
部屋の中央に、縛られた男が座っている。昨夜の工作員だ。
「——お前の名は」
尋問官が、低い声で問いかけた。
「……カイル」
「所属は」
「魔導師ギルド。ヴァルター様の直属だ」
「ヴァルターは、王都で逮捕されたはずだ」
「逮捕されたのは、身代わりだ。本物のヴァルター様は——」
カイルは、不気味に笑った。
「——魔王軍の本陣にいる」
会場が、騒然となった。
「魔王軍の本陣だと?」
「本当か?」
「ヴァルター様は、王国を見限った」
カイルは、淡々と続けた。
「貴族の特権を守るためには、むしろ魔王軍の方が都合がいい。彼らは、力ある者を重用する」
「裏切り者め——」
「裏切り?」
カイルは、鼻で笑った。
「お前たちこそ、裏切り者だ。平民の技術者を重用し、貴族の権威を踏みにじった」
彼の視線が、修平に向いた。
「お前だ、シュウ。お前のせいで、全てが狂った」
修平は、黙って聞いていた。
怒りよりも、悲しみに近い感情が、胸の中で渦巻いていた。
この男は——技術を、人々を守るためではなく、権力のために使おうとしていたのだ。
「——一つ聞きたい」
修平は、カイルに向き直った。
「何だ」
「お前は、魔導技術で何をしたかった」
「は?」
「俺は、人々の生活を良くしたかった。見えないところで、確実に繋ぐ。それが俺の目標だ。お前は?」
カイルは、しばらく黙っていた。
やがて、彼は言った。
「——力だ」
「力?」
「魔導技術は、力だ。それを持つ者が、世界を支配する。お前のような甘い考えでは、何も変えられない」
修平は、静かに首を横に振った。
「——お前は、間違っている」
「何だと」
「力だけでは、世界は変わらない。変わったとしても、それは長続きしない」
修平は、窓の外を見た。
要塞の中庭で、兵士たちが訓練をしている。職人たちが、設備の点検をしている。
「本当に世界を変えるのは、地道な仕事だ。見えないところで、毎日続ける仕事だ。それが——」
「黙れ」
カイルが、吠えた。
「綺麗事を並べるな。結局、お前も勝者の側にいるから、そんなことが言えるんだ」
「——そうかもしれない」
修平は、静かに認めた。
「でも、俺は——俺のやり方を変えない」
◇
尋問が終わった後、アリシアが修平を呼び出した。
「カイルの自白で、いくつかのことがわかった」
「何ですか」
「ヴァルターは、魔王軍に我々の情報を流していた。魔導兵器の設計図だけでなく、要塞の防衛計画、兵力配置——全てだ」
修平の顔が、曇った。
「つまり——」
「敵は、我々のことを全て知っている」
アリシアは、重い溜息をついた。
「そして、もう一つ」
「何ですか」
「敵の総攻撃は、明日だ」
◇
作戦会議が開かれた。
司令官、将校たち、そして修平とアリシア。
「敵は、我々の弱点を知っている。正面からの戦いでは、勝ち目がない」
司令官が、厳しい表情で言った。
「撤退を検討すべきではないか」
「撤退すれば、北方全域が敵の手に落ちる」
「しかし——」
議論が紛糾する中、修平は考えていた。
敵は、我々の情報を持っている。
だが——
「——一つ、提案があります」
修平が、口を開いた。
全員の視線が、彼に集まった。
「敵が知っているのは、昨日までの情報です」
「だから何だ」
「今日、全てを変えればいい」
修平は、立ち上がった。
「配置を変え、戦術を変え、敵の予想を裏切る。そうすれば——」
「無茶だ。一日でそんなことが——」
「できます」
修平の声が、力強くなった。
「俺たちは、三時間で魔導設備を復旧させた。一日で配置を変更した。不可能を可能にしてきた」
「だが——」
「今回も、できます」
修平は、アリシアを見た。
「——殿下。俺を信じてください」
アリシアは、しばらく修平を見つめていた。
やがて、彼女は——笑った。
「——信じよう」
「殿下!」
将校たちが、抗議の声を上げる。
「この男は、平民だ。戦争の素人だ。なぜ——」
「平民だからこそ、常識にとらわれない発想ができる」
アリシアは、毅然と言った。
「そして、彼は——これまで、不可能を可能にしてきた」
彼女は、修平に向き直った。
「やれ、シュウ。お前の力で、この要塞を守れ」
「——はい」
修平は、深く頭を下げた。
そして、走り出した。
時間がない。
だが、やるしかない。
見えないところで、確実に繋ぐ。
それが、俺の仕事だ。




