第十三章 試験運転
勝利の余韻は、三日と続かなかった。
魔王軍は撤退したが、それは一時的なものに過ぎなかった。斥候からの報告によれば、敵は後方で再編成を行い、新たな兵器を準備しているという。
「次の攻撃は、一週間以内に来る」
司令官が、作戦会議で告げた。
「今度は、規模が違う。本隊が動く」
修平は、黙って聞いていた。
一週間。
その間に、防衛システムをさらに強化しなければならない。
「シュウ」
アリシアが、修平に向き直った。
「何ができる」
「——いくつか、アイデアがあります」
修平は、立ち上がった。
「まず、魔導砲の配置を見直します。今の配置では、死角が多すぎる」
彼は、要塞の見取り図を広げた。
「砲を増設し、全方位からの攻撃に対応できるようにします。そのためには——」
「何が必要だ」
「追加の魔導管と、魔導石。それから、時間」
「時間はない」
「わかっています。だから——」
修平は、深く息を吸った。
「俺と俺のチームが、全力でやります」
◇
作業が始まった。
昼夜を問わず、修平たちは砲台の増設と配管工事に取り組んだ。
だが、問題が発生した。
「——魔導石が足りない」
リカルドが、困った顔で報告した。
「王都からの補給が、間に合わないらしい」
「どのくらい不足してる」
「必要量の三分の一程度しかない」
修平は、眉をひそめた。
魔導石がなければ、砲は動かない。いくら配管を完璧に引いても、エネルギー源がなければ意味がない。
「——何か手はないか」
「一つだけ、あります」
エリーゼが、静かに言った。
「魔導石の効率を、さらに上げることです」
「効率を?」
「はい。今の設計では、魔導石の魔力を百パーセント使い切れていません。接続部での損失や、変換時のロスがあります」
「それを改善すれば——」
「少ない魔導石でも、同じ出力を維持できます」
修平は頷いた。
「——やろう」
◇
効率改善の作業は、難航した。
既存の設計を見直し、接続部を再加工し、魔力の流れを最適化する。一つ一つは小さな改善だが、全体として積み重ねれば、大きな効果が期待できる。
だが、時間がない。
「——シュウ、休め」
リカルドが、作業中の修平に声をかけた。
「もう三日、ろくに寝てないだろう」
「大丈夫だ」
「大丈夫じゃない。お前が倒れたら、チーム全体が止まる」
修平は、手を止めた。
確かに、リカルドの言う通りだった。体が重い。目がかすむ。判断が鈍っている。
「——わかった。少しだけ休む」
◇
仮眠を取っていると、夢を見た。
前世の夢だ。
あの日——落雷に遭う直前の、現場の風景。
屋上で、空を見上げていた。紫がかった雲。稲光。
そして——
「鷹野さん」
田中の声。
「三階東側の絶縁抵抗、やっぱり低いですね」
「ああ。再チェックしよう」
「はい」
田中の背中が、階段を駆け下りていく。
その姿を見送りながら、修平は思った。
——田中に、伝えそびれたことがある。
絶縁抵抗の測定は、数値だけを見るな。トレンドを見ろ。
今日の数値が基準内でも、一ヶ月後、一年後にどう変化するかを想像しろ。
俺たちの仕事は、今日の安全だけじゃない。
十年後の安全を作っているんだ。
そして——
夢の中で、修平は気づいた。
この世界でも、同じだ。
俺がやっている仕事は、今日の戦いのためだけじゃない。
この世界の、十年後、百年後の安全を作っているんだ。
◇
目が覚めた。
窓の外は、まだ暗い。
体を起こすと、隣にミラが座っていた。
「——起きたか」
「ああ。お前、ここで何を」
「見張ってた。あんたが倒れないように」
修平は、小さく笑った。
「——ありがとう」
「礼はいらない」
ミラは、立ち上がった。
「——なあ、シュウさん」
「何だ」
「あんた、なんでそこまで頑張るんだ」
修平は、少し考えた。
「——わからない。でも」
「でも?」
「俺にできることは、繋ぐことだけだ。だから、繋ぐ。それだけだ」
ミラは、しばらく修平を見つめていた。
やがて、彼女は言った。
「——私も、繋ぐ」
「え?」
「あんたの技術を、私も受け継ぐ。そして、次の世代に繋ぐ。そういうことだろ」
修平は、目を見開いた。
そして——笑った。
「ああ。その通りだ」
「なら、私も頑張る。あんた一人に任せない」
「——ありがとう」
二人は、並んで夜明けの空を見た。
東の空が、少しずつ白んでいた。
◇
試験運転の日が来た。
効率改善を施した魔導砲——改良型「雷撃」——を、実際に発射して性能を確認する。
「準備完了。発射します」
操作員が、砲を起動した。
青白い光が、砲身に集まる。
そして——
ドォン!
轟音と共に、光線が放たれた。
目標——五百メートル先に設置された岩——が、粉々に砕け散った。
「——すごい」
見守っていた兵士たちから、歓声が上がった。
「以前より、威力が上がってないか」
「連射速度も速い」
修平は、流量計で数値を確認した。
「魔力伝送効率、九十二パーセント。目標達成です」
「素晴らしい」
アリシアが、満足げに頷いた。
「これで、魔導石の消費量を三十パーセント削減できる」
「はい。残りの魔導石で、一週間は戦えます」
「よくやった」
◇
だが、喜びも束の間だった。
その夜、異変が起きた。
修平が就寝しようとしていたとき、突然——要塞全体の魔導灯が、一斉に消えた。
「——何だ?」
修平は、跳ね起きた。
外に出ると、要塞中が混乱していた。
「魔導設備が、全部止まった!」
「何が起きた!」
修平は、【配線術】のスキルを発動した。
青白い糸——魔力の流れ——を追う。
そして——
「——主幹が、切断されている」
彼は、走り出した。
主幹配管室へ。
扉を開けると——
そこには、刃物で切断された魔導管と、見知らぬ人影があった。
「——お前は」
人影が、振り返った。
フードを被った男。顔は見えない。
「シュウ……とかいったな」
男の声は、低く冷たかった。
「ヴァルター様からの、伝言だ」
「ヴァルター——?」
修平の目が、見開かれた。
ヴァルターは、王都で逮捕されたはずだ。なぜ——
「ヴァルター様は、まだ終わっていない。お前の技術は、王国を救わない。むしろ——」
男は、懐から何かを取り出した。
魔導石だ。だが、色がおかしい。黒ずんでいる。
「——破滅させる」
男が、黒い魔導石を床に叩きつけた。
瞬間——
轟音。
爆発。
修平は、吹き飛ばされた。
◇
意識が戻ったとき、修平は瓦礫の中にいた。
体のあちこちが痛む。だが、動ける。
「——くそ」
周囲を見回す。
主幹配管室は、半壊していた。魔導管は滅茶苦茶に破壊され、魔力が漏れ出している。
このままでは——
「要塞全体の魔導設備が、使えなくなる」
修平は、立ち上がった。
体が悲鳴を上げる。だが、止まるわけにはいかない。
「——シュウ!」
リカルドの声がした。
彼が、煙の中から駆け寄ってきた。
「無事か!」
「ああ。だが——」
「状況は聞いた。工作員だ」
「ヴァルターの手下だ」
「ヴァルター——あいつ、まだ手を回していたのか」
修平は頷いた。
「今は、そんなことを言っている場合じゃない。設備を復旧させないと——」
「だが、この状態で——」
「やるしかない」
修平は、破壊された魔導管を見つめた。
【配線術】で、被害状況を把握する。
主幹は完全に破壊されている。分岐管も大部分が損傷。
だが——
「——まだ、生きている部分がある」
「生きている?」
「ああ。被害を受けていない管がある。これを使えば——」
修平は、即座に計画を立てた。
「破壊された部分を迂回して、新しい経路を作る。本来の設計とは違うが、応急処置として機能する」
「どのくらいかかる」
「——三時間」
「三時間?」
「その間、要塞の防衛は——」
「魔導兵器なしで戦うしかない」
◇
リカルドが、司令官に報告に行った。
修平は、チームを集めた。
「状況はわかったな。三時間で、魔導設備を復旧させる」
「三時間って——」
「不可能だ」
「可能にする」
修平の目が、鋭くなった。
「図面はない。でも、俺には十年の経験がある。この現場を見れば、何が必要かわかる」
彼は、チームを見回した。
「俺を信じてくれ。そして——俺の指示に従ってくれ」
チームのメンバーたちは、顔を見合わせた。
やがて、リカルドが口を開いた。
「——言われなくても、そのつもりだ」
「俺もだ」
「私も」
全員が、頷いた。
「——ありがとう」
修平は、深く息を吸った。
そして——
「作業開始だ」
◇
三時間の戦いが始まった。
修平は、全神経を集中させた。
破壊された経路の代わりに、新しい経路を構築する。残っている管を繋ぎ合わせ、即席の配線を作り上げる。
「ここに、バイパスを作る」
「了解」
「この接続、強度が心配だ。補強しろ」
「わかった」
チーム全員が、修平の指示に従って動いた。迷いはなかった。彼らは、修平の技術と判断を信頼していた。
一時間が経過。
二時間が経過。
そして——
「——完了」
修平が宣言した。
三時間ちょうど。
「テストする」
エリーゼが、流量計を接続した。
「魔力、流れています。伝送効率——」
彼女は、数値を確認した。
「——七十パーセント」
「本来の設計より低いが——」
「動く。これで動く」
修平は、大きく息を吐いた。
そして——
要塞中の魔導灯が、一斉に点灯した。
歓声が上がった。
「——やった」
「復旧した!」
修平は、その場に座り込んだ。
全身が、鉛のように重かった。
だが——
「シュウさん」
ミラが、近づいてきた。
「すごい。本当にすごい」
「——いや、みんなのおかげだ」
「でも、全部の指示を出したのは、あんただ」
修平は、小さく笑った。
「これが——俺の仕事だから」
◇
夜明けが近づいていた。
東の空が、白み始めている。
アリシアが、修平のもとに来た。
「——よくやった」
「ありがとうございます」
「だが、問題がある」
「何ですか」
「工作員が、情報を持ち出した可能性がある」
修平の顔が、曇った。
「どんな情報ですか」
「要塞の防衛システムの詳細。魔導砲の配置。弱点」
「——つまり」
「敵は、我々の手の内を知っている」
修平は、黙った。
苦労して構築した防衛システムが、敵に筒抜けになっている。
次の攻撃では、敵はその弱点を突いてくるだろう。
「どうする」
アリシアが、問いかけた。
修平は、しばらく考えた。
そして——
「——配置を変えます」
「変える?」
「敵が知っているのは、今の配置です。それを変えれば、敵の情報は役に立たなくなる」
「だが、時間が——」
「やるしかありません」
修平は、立ち上がった。
「一日で、全ての砲台の配置を変更します」
アリシアは、修平を見つめた。
やがて、彼女は——笑った。
「——お前は、本当にしぶとい奴だな」
「よく言われます」
「いいだろう。やれ」
修平は頷いた。
そして、チームのもとへ戻っていった。
戦いは、まだ終わっていない。




