第十一章 設計図
前線への道のりは、三日かかった。
馬車で移動する間、修平は新型魔導砲の設計図を何度も見直していた。
「——まだ見てるのか」
隣に座るリカルドが、呆れた声を出した。
「もう十回以上は見てるだろう」
「完璧にしたいからな」
「十分完璧だろう」
「いや、まだ改善の余地がある」
修平は、設計図の一点を指さした。
「ここの冷却系統。もう少し効率を上げられるはずだ」
「お前は——本当に完璧主義だな」
「完璧なんかじゃない。ただ——」
修平は、窓の外を見た。
荒れた街道が続いている。途中、焼け落ちた村をいくつも通り過ぎた。
「失敗したら、人が死ぬ。それだけは——避けたい」
リカルドは、何も言わなかった。
ただ、静かに頷いた。
◇
北方要塞に到着したのは、夕刻だった。
要塞は、巨大な石造りの城壁に囲まれていた。だが、あちこちに戦闘の痕跡が残っている。崩れた塔、焦げた壁、修復中の門。
「——ここが、最前線か」
修平は、要塞を見上げた。
「シュウさん」
先に到着していたエリーゼが、駆け寄ってきた。
「お待ちしていました。こちらへ」
要塞の中は、兵士たちでごった返していた。武器を手入れする者、食事をとる者、負傷して横たわる者。
戦争の現実が、そこにあった。
「——これが、戦場か」
修平は、静かに呟いた。
前世では、戦争など想像もできなかった。平和な日本で、インフラの仕事をしていただけ。
だが、今——
目の前に、戦争がある。
「シュウ」
聞き覚えのある声がした。
振り返ると——
「——リカルドさん? いや、違う——」
そこに立っていたのは、見覚えのある顔だった。
「俺だ。ベルモント伯爵邸で一緒に働いた、あの——」
「マルコ!」
リカルドが、驚きの声を上げた。
「お前、志願兵になったのか」
「ああ。家族を守るためだ」
マルコ——かつて見習いだった若者——は、今は兵士の格好をしていた。
「シュウさん。あなたがここに来てくれて、嬉しいです」
「——お前こそ、無事で良かった」
「まだ、死んでませんよ」
マルコは、苦笑した。
「でも、正直言って——厳しい状況です」
「どのくらい」
「敵の魔導兵器が、強すぎるんです。こっちの投石機や弓では、全然歯が立たない」
修平は頷いた。
「だから、俺たちが来た」
◇
要塞司令官との会談が行われた。
司令官は、五十代の厳格な将軍だった。
「特別顧問殿。話は聞いている。新型の魔導砲を持ってきたと」
「はい」
「早速、見せてもらえるか」
修平は、設計図を広げた。
「これが、新型魔導砲『雷撃』です。従来型の三倍の魔力伝送効率を達成しています」
司令官が、設計図を見つめた。
「——確かに、従来のものとは違うな」
「ただし、これを最大限に活用するには——」
「何が必要だ」
「要塞の魔導設備を、全面的に改修する必要があります」
司令官の眉が、ひそめられた。
「改修? 今から?」
「はい。現状の設備では、この砲に十分な魔力を供給できません」
「どのくらいの時間がかかる」
修平は、しばらく考えた。
「——三日です」
「三日?」
司令官は、目を見開いた。
「敵の総攻撃は、早ければ五日後だ。三日で改修を終わらせて、残り二日で砲を配置・調整するのか」
「はい」
「可能なのか」
修平は、静かに言った。
「可能にします」
◇
改修作業が始まった。
修平は、まず要塞全体の魔導設備を調査した。
【配線術】のスキルを発動し、青白い糸のような魔力の流れを追う。
「——ここが主幹。ここで分岐して、各防御設備に繋がっている」
「問題は」
「効率が悪すぎる。魔力の半分以上が、途中で失われている」
修平は、図面を広げた。
「改修計画を立てる。主幹の配管を太くし、分岐点を最適化する。接続部は全て改良型で施工し直す」
チームが動き始めた。
リカルドが現場指揮。ゴルドが難しい施工を担当。見習いたちが資材を運び、エリーゼが技術サポート。
修平自身も、最前線で施工に参加した。
「ここの接続、俺がやる」
「シュウ、お前は全体を見てろ」
「今は人手が足りない。俺も働く」
一日目が終わる頃、改修の三十パーセントが完了した。
二日目、六十パーセント。
三日目——
「——完了だ」
修平は、最後の接続部を確認した。
夜明け前。要塞の魔導設備は、完全に生まれ変わっていた。
「魔力伝送効率、測定します」
エリーゼが、流量計を接続した。
「——結果は、従来の二・八倍です」
「予想通りだ」
修平は頷いた。
「これで、新型砲を最大出力で運用できる」
◇
砲の設置と調整に、さらに二日を費やした。
その間も、敵軍の偵察隊との小競り合いが続いた。
「敵の本隊が動いています」
斥候からの報告が入った。
「明朝には、この要塞に到達する見込みです」
司令官が、修平に尋ねた。
「砲の準備は」
「完了しています」
「本当に、敵を撃退できるのか」
修平は、静かに答えた。
「——やってみます」
◇
その夜、修平は城壁の上に立っていた。
北の地平線に、無数の松明が見える。敵の本隊だ。
「——あれが、魔王軍か」
隣に、アリシアが立っていた。
「怖いか」
「……正直に言えば、少し」
「お前でも、怖いと思うことがあるのか」
「俺は、ただの電気工事士だ。戦争なんか、経験がない」
アリシアは、小さく笑った。
「——私もだ」
「は?」
「私も、戦争は初めてだ。王城で戦略を立てるのと、実際に戦場にいるのとでは、全く違う」
彼女は、松明の列を見つめた。
「だが、逃げるわけにはいかない。民を守るのが、王族の務めだ」
「——そうですね」
修平は頷いた。
「俺も、逃げない。見えないところで、確実に繋ぐ。それが俺の仕事だから」
アリシアは、修平を見た。
「——お前となら、勝てる気がする」
「光栄です」
「明日——よろしく頼む」
「はい」
二人は、夜の空を見上げた。
星が、静かに瞬いていた。
明日——決戦が始まる。




