第十章 召喚
王城の大広間に、修平は一人で立っていた。
広間は修復され、かつての事故の痕跡は消えていた。だが、修平の目には——新しく引き直された魔導管の経路が、青白い糸のように見えていた。
以前よりは改善されている。だが、まだ不十分だ。
「シュウ」
アリシアの声が響いた。
彼女は、玉座の前に立っていた。その隣には、年老いた国王の姿もあった。
「よく来た」
「——お召しに応じました」
修平は、深く頭を下げた。
「堅苦しい挨拶は不要だ。今日は、お前に正式な任務を与えるために呼んだ」
アリシアは、一歩前に出た。
「魔王軍の侵攻は、日に日に激しさを増している。我が軍は、劣勢に立たされている」
「聞いています」
「原因の一つが、魔導兵器の性能差だ。敵の兵器は、我々のそれよりも遥かに効率がいい」
「ええ」
「お前の技術があれば、その差を埋められるかもしれない。そこで——」
アリシアは、正式な勅令書を取り出した。
「鷹野修平——いや、シュウ。お前を、王国魔導技術局の『特別顧問』に任命する」
修平の目が、わずかに見開かれた。
「特別顧問……」
「身分は平民のままだが、技術局の全ての資源を使う権限を与える。必要な人員、資材、設備——全てお前の裁量で動かせる」
「——ありがとうございます。ですが」
「何だ」
「一つ、お願いがあります」
「言え」
修平は、アリシアの目を真っ直ぐに見た。
「俺は、設計だけしていればいい立場には、なりたくありません」
「どういう意味だ」
「現場に行きます。前線で、自分の手で施工します。それが——俺のやり方です」
アリシアは、しばらく黙っていた。
やがて、彼女は——笑った。
「お前は、本当にブレないな」
「——すみません」
「謝るな。それでいい」
アリシアは、勅令書を修平に手渡した。
「お前のやり方で、やれ。ただし——」
「ただし?」
「生きて帰れ。死んだら、技術が失われる」
修平は、小さく頷いた。
「——努力します」
◇
特別顧問としての最初の仕事は、王城の魔導設備を全面的に調査することだった。
修平は、エリーゼとミラを伴って、城内を隈なく歩き回った。
「ここが主幹の分電盤。ここから各棟に分岐している」
「接続部の処理は——まあまあですね」
「まあまあじゃダメだ。改修リストに加えておけ」
調査には一週間かかった。
その間に発見された問題点は、百を超えた。
「——これほど多いとは」
エリーゼが、調査報告書を見て溜息をついた。
「王城の設備でさえ、この有様なんですね」
「貴族の魔導師たちは、設計するだけで現場を見ないからな。施工は平民任せ、メンテナンスは放置。こうなるのは当然だ」
修平は、調査結果を元に、改修計画を立案した。
「まず、最も危険な箇所から優先的に直す。同時に、魔導兵器の開発に必要な設備も整える」
「人手は足りますか」
「足りない。だから——」
修平は、リカルドを見た。
「工房から、信頼できる職人を集めてくれ。俺が直接教育する」
「——わかった」
◇
二週間後、修平の「チーム」が結成された。
リカルドを筆頭に、工房から選抜された職人が十人。そして、エリーゼ、ミラ。
さらに、意外な人物も加わった。
「——ゴルドさん」
修平は、目を丸くした。
「なぜ、ここに」
「フン」
ゴルドは、相変わらず仏頂面だった。
「お前の図面工法、認めてやると言っただろう」
「それは——」
「戦争だからな。お前一人では手が回らんだろう。手を貸してやる」
修平は、少し驚いた。
だが、すぐに笑顔になった。
「——ありがとうございます。助かります」
「礼を言うな。仕事をするだけだ」
◇
チームでの作業が始まった。
修平が設計と全体指揮を担当し、リカルドが現場のまとめ役。ゴルドはベテランの経験を活かして、難しい施工を担当した。
「ここの接続、少し曲がってるぞ」
「ああ、すまん。直す」
「いや、俺がやる。お前は次の準備をしろ」
かつて対立していた者たちが、今は一つのチームとして機能している。
修平は、その光景を見て——静かに満足していた。
これが、自分が目指していたものだ。
経験と技術が融合し、世代を超えて協力する。
そういうチームを、作りたかったのだ。
◇
一ヶ月後、王城の魔導設備の改修が完了した。
同時に、魔導兵器の試作機も完成した。
「——これが、新型の魔導砲か」
アリシアが、巨大な砲身を見上げた。
「はい。従来型の三倍の魔力伝送効率を達成しています」
「三倍……敵と同等か」
「いえ。まだ若干劣りますが——」
修平は、砲の操作盤を指さした。
「運用方法を工夫すれば、敵を上回る可能性があります」
「どういうことだ」
「この砲は、単発での威力では敵に劣ります。しかし、連射性能では勝っている。複数を連携させれば——」
修平は、図面を広げた。
「敵の単発の大砲を、こちらの連射で圧倒できます」
アリシアは、図面を見つめた。
「——面白い」
「ただし、これを実現するには——」
「何が必要だ」
「現場での細かな調整です。図面だけでは完璧にはならない。だから——」
修平は、アリシアの目を見た。
「俺自身が、前線に行きます」
アリシアは、しばらく黙っていた。
やがて、彼女は頷いた。
「——わかった。許可しよう」
「ありがとうございます」
「ただし、条件がある」
「何でしょう」
「私も行く」
修平の目が、見開かれた。
「——は?」
「前線への視察だ。王女が自ら前線を訪れれば、兵士たちの士気も上がる」
「しかし、危険です——」
「お前に危険を冒せと言っておいて、自分だけ安全な場所にいるつもりはない」
アリシアの目が、真剣だった。
「これは、私の戦争でもある」
修平は、何も言えなかった。
この王女は——本気だ。
「——わかりました」
彼は、深く頭を下げた。
「では、一緒に参りましょう」
◇
前線への出発は、三日後に決まった。
その前夜、修平はスラムの避難所を訪れた。
「——シュウさん」
ミラが、驚いた顔をした。
「明日、出発なのに——」
「最後に、ここを見ておきたかった」
修平は、避難所を見回した。
以前よりも、状況は改善されていた。照明は安定し、衛生設備も整っている。子どもたちの目にも、少しだけ光が戻っていた。
「——ありがとな」
「え?」
「お前のおかげで、ここまで来られた。俺一人じゃ、何もできなかった」
ミラは、少し照れくさそうに目を逸らした。
「——べつに。私は、あんたについてっただけだ」
「それが、大事なんだ」
修平は、ミラの肩に手を置いた。
「俺が前線にいる間——ここを頼む」
「……わかった」
「避難所の人たちを、守ってくれ」
ミラの目が、決意に満ちた。
「——任せろ」
修平は頷いた。
そして、夜の王都を見上げた。
明日から、戦場へ向かう。
見えないところで、確実に繋ぐ。
その仕事を、戦場でも——続けるのだ。




