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第4話 ピクニック



 王宮から馬車を走らせ、およそ一時間半。

 都心からそう遠くない場所だが、一本通りを曲がると、大自然が広がっていた。

 王国随一の公園、サムソン大公園である。


 か弱くなる訓練のため、スワードと模擬恋人同士になったシャルロッテ。

 今日は、はじめての模擬デートである。


 行き先は、あらかじめ決められていた。

 大自然の中ならば、心安らかとなり、怪力化を制御しやすいのではないか。

 ──と、スワードに提案されたのだ。

 そこで白羽の矢が立ったのが、このサムソン大公園だった。


 サムソン大公園は、世界でも指折りの、広大な敷地面積を有する。種々の草花が植わり、季節で公園の表情が変わる点も、魅力の一つだ。

 

「わあっ……! 素敵なところですね!」


「ここが評判で旅行客も増えてな。おかげで、今は人気の観光スポットだ。ああ、それはヒマワリといって、この時期に育つ季節花だな」


「ヒマワリというんですね」


 シャルロッテは、背高のヒマワリを見上げた。

 太陽に似た顔をして、上へ上へと成長している。


「そんなに背を伸ばして、空を目指しているのかしら? 太陽になりたいの?」

 

 シャルロッテはヒマワリに話しかけた。

 すると、隣に立つスワードが、堪らないといった様子で吹き出す。


「ははっ! 向上心があるんだろう、君と同じだ」


 そう言って、シャルロッテを見下ろし破顔した。大きな瞳を細め、無邪気に笑う。

 

 かっこいい、可愛い……。

 シャルロッテは密かに昂った。けれど、森林から吹いてくる薫風が、顔の熱を鎮める。

 これが、森林浴の効果だろうか。


 ランチタイムとなり、二人はレジャーシートの上に、ランチボックスを並べた。

 スワードがランチボックスの蓋を開ける。

 すると、その瞬間、シャルロッテは動かなくなった。

 異変に気がついたスワードは、声をかける。


「どうした?」


「殿下……こ、これは……わざとですか?」


 ランチボックスの中を凝視して、シャルロッテは言った。

 油で照った赤いタコ型ウィンナー。

 赤と緑色のうさぎ型リンゴ。

 茹で卵は、星型をしていて。

 笑顔のミートボールと目が合う。

 生まれて初めて見る、かわいい料理だ。


 ──なんてかわいいの!

 全身の血が強火にかけられ、シャルロッテの持つフォークが折れ曲がった。

 サンドイッチを頬張るスワードは、昂るシャルロッテを観察する。


「食べないのか?」


「……殿下、うさぎさんとタコさんです」


「そうか。こっちはくまさんだ」


「あ、かわいい……じゃなくて! これは由々しき事態です! 料理がかわいすぎて、興奮してフォークが持てません!」


 折れ曲がったフォークを手に、シャルロッテは泣き言を言う。

 よそ事を考えるスワードは、くまのミートボールを口へ運んだ。


「わたしじゃなく、食べ物に昂るのか」


 そう言って、スワードは唇を尖らせた。

 シャルロッテは項垂れて長嘆息する。


「こんな事はじめてです……」


 自分が食べ物に対しても昂る、節操無しの人間とは思わなかった。

 

(サンドイッチは手で食べられるとして、他はどうしたものかしら。手掴み? そんなのってありかしら? いいえ無しよね)


 シャルロッテは、あらゆる食べ方を思索した。

 フォーク代わりに小枝で刺して食べるのは、どうだろう。

 それか、花の茎を巻きつけて口へ運ぶか。

 けれど、美しい小枝や花を手折るなど、万死に値する……。


 ──ああもうっ! 殿下がせっかく用意してくださったランチを、食べられないなんて!

 渋顔のシャルロッテは、頭を抱えた。


 スワードは深くため息をつき、おもむろにバスケットに手を伸ばした。中から大量のフォークがジャラジャラと出てきて、山積みにされる。

 すると、その内の一本をシャルロッテに手渡した。


「そんな顔をするな。こんな事もあろうかと替えを用意してきたから」


「これ、わざわざ用意してくださったのですか? わたしのために……?」


「この量のフォークを使う者が、君以外にいるか?」


 スワードは首を傾げ、シャルロッテに微笑む。

 ──さすがは王太子殿下!

 彼が次代の国王なら、この王国は安泰である。


「……でっ、殿下っ……!」


 シャルロッテは感涙した。

 これだけ怪力体質に向き合ってくれる神が他にいるだろうか、いや、いない。

 自分のために、そして彼のためにも、絶対にか弱くならなければ。

 ──全力で挑むわ!

 

 それから、5分程経過した。

 シャルロッテの眼前に、大量のフォーク()()()()()が、山積みになっている。

 最後の一本を手にしたが、


 メキッ! と、音を立て折れてしまって。

 これで、すべてのフォークが、天に召された。

 スワードは思わず目を丸くし、食事の手を止める。


「一応、50本用意していたんだが……君はかわいい物に弱いようだな」


「そ……そのようです……」


「自分でも知らなかったのか?」


「かわいい食べ物を見たのは、はじめてだったので。シルト家(うち)はなんというか……渋い? 趣向の家でして」


 思い返してみれば、我が家(シルト侯爵家)にあるかわいい物は、ごくわずかだ。

 例えば…………あれ、思いつかない。

 自分の家にあるかわいい物が、思いつかない。

 要するに、そのくらい、かわいい物がないのである。だから、昂って壊す機会がなかったのだ。


 ──まさか、事前対策? 

 怪力の被害を最小限に抑えるために、かわいい物を、あらかじめ排除したのかもしれない。

 石橋を叩いて渡るタイプの父が、考えつきそうな事である。

 シャルロッテは長嘆息した。


「わたしがいながら食べ物の方に昂るとはな。大したご令嬢さまだ」


 スワードはシャルロッテの手を取り、自分の方へと引き寄せた。そして顔を突き合わせ、くまのミートボールを、彼女の口に押しつける。


「むぐ!?」


(はい!? えっ!? 何!?)


 わけも解らないまま、ひとまず受け入れる。

 ミートボールを口にするシャルロッテは、恐る恐る咀嚼した。


 口中に旨みが広がる。歯がなくても食べられそうなほど柔らかく、肉汁が溢れた。

 くまの色の正体は、デミグラスソースだ。

 よく煮込まれたソースなのだろう、甘くて少しほろ苦い。


(なんて美味しいの!? タコさんはどんな味かしら?)


 無意識のうちに、タコウィンナーへ熱い視線を送るシャルロッテ。

 視線を追うスワードは、ウィンナーをフォークで刺した。そして、花のような笑顔で、シャルロッテに告げる。


「訓練のルールを決めた。今後、カトラリーの交換は、()()()()()()()()1()0()()までとする」


「え!? じゅ、10本って……こう言ってはなんですが、10本なんてサクサク()()()しまいます!」


「だろうな。だからそれ以降は、わたしが君に食べさせる」


「ふぁむ!?」


 シャルロッテが大きく口を開けた瞬間、スワードは間髪入れず、ウィンナーを押し込んだ。


「なにか言ったか? ん?」

 

 なにも言えないシャルロッテは、恨みがましくスワードを見やる。

 するとスワードは、殊更楽しそうに破顔した。


「こっちは訓練用の予算まで組んでいるんだ。たかがカトラリーのために、予算消化するわけにはいくまい。そうは思わないか?」


 シャルロッテの口にミートボールを押し込みながら、スワードは言った。

 当のシャルロッテは、ミートボールの美味しさに耽っている。


「それが好きか?」


「はい! やっぱり王宮のシェフは腕が良い……」


「そうじゃない。わたしの食べさせ方が上手いんだ」


 フォークの先でシャルロッテの唇を優しくつつき、言い含む。

 ひんやりとした感触が、シャルロッテの唇に残った。同時に、このフォークが、スワードが使っていた物だと思い出す。


 ──これが間接キス!?


 恋愛未経験のシャルロッテでも知っている。

 これは恋愛の初級ハプニング、間接キスである。

 恋愛小説によると、間接キスは、恋に火をつける着火剤なのだとか。


 これは、模擬恋人として実施される訓練だ。

 スワードは模擬恋人として、シャルロッテと間接キスをした。おそらく、昂りを促進させようとしたのだろう。そして怪力化の制御を訓練させようとした、と。

 ……出だしから難易度が高すぎる。

 心臓が痛いほど跳躍し、シャルロッテは渋顔となった。

 

「どうした」


「いえ、ただ、恋人って命懸けだなと……」


「ふっはははっ! 君は本当に面白いな!」


 スワードは声を上げて笑う。

 その笑顔は、先程までの意地悪さが無く毒気が抜けており、まるで無邪気な子供のようでもあった。

 

 シャルロッテがその笑顔に見惚れると、スワードはおもむろに手を伸ばす。

 そして、シャルロッテの口角についたソースを指で拭い、自分の口に運んだ。


「美味い。シェフのことは褒めておこう」


「ちょっ……!!」


 シャルロッテは目にも止まらぬ速さでナプキンを広げ、慌てて面隠しした。


 今のは、何という名前の行為だろうか。

 口元を間接的にペロリと舐めたから、間接ペロリと名付けよう。

 シャルロッテは、興奮と羞恥のあまり、小さく震える。

 

「──シャルロッテ」


 シャルロッテはハッと顔を上げた。

 ──はじめてスワードが、自分の名を呼んでくれた。たったそれだけなのに、驚くほど胸が弾む。


 どの花よりも美しい青の瞳を細め、スワードは、喜悦の眉を開いた。そして赤いうさぎ型リンゴを摘み、おもむろに、ぽってりとしたシャルロッテの唇に付けた。


 ──キス、だ。りんご味のキス。


 シャルロッテが目を丸くすると、スワードは白い歯を溢す。


「かわいいな」


「あ、殿下もうさぎが好き……あむ!?」


「うさぎさんが待ちくたびれたようだ。早く食べろ」


「んんーっ!?」


 昂るシャルロッテは懸命に咀嚼した。

 甘くほのかに酸っぱい赤りんご。

 仄聞したところによると、初恋の味は甘酸っぱいのだとか。


 つまり、これが、初恋の味なのだろうか。

 そんな事を、おぼろに思考する。


 爽やかな風が吹いた。

 希少な花も、どこからか咲きにやってきた野花も、皆一様に美しくなびいていた。

 



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