第3話 秘密の模擬恋人
測定を終えたアルターとムンテーラは、退室した。部屋は、シャルロッテとスワードの二人きりである。
「わたしと恋人になろう」スワードからそう言われ、シャルロッテは長い沈黙ののちに言った。
「えっと、これは王族ジョーク(?)かなにかで……」
「王族ジョーク? なんだそれは」
(こっちが訊いたのですけれどっ……!)
雑然とした頭の中で、シャルロッテは右往左往する。そして、スワードに握られている手を、思わず振りほどいた。怪力令嬢は腕力はもちろん、警戒心も強かったりする。
「要は、形から入ろうという訓練だ。君の最終的な目標は恋をすることだろう。違うか?」
そう言ってスワードは、シャルロッテの方へ脚を向け眼光を鋭くした。
「しかし年頃の男を相手にすると、君は怪力化してしまう。だから、わたしが君の相手を務め、実際のデートを想定して訓練するんだ。謂わば『模擬恋人』と『模擬デート』だな」
「なるほど……実戦を兼ねた訓練ですね」
けれど、模擬恋人が「王国の麗星」とは凄まじい火力である。というか強火力すぎて、デートが成立しなさそう。
恋愛小説の中で、デートシーンは、ときめきが凝縮していた。それで大いに昂り、壊したテーブルは数知れない。
そんな自分が、スワードとデート?
──見える。昂り続けてショック死する自分が。
死を想見したシャルロッテは、一言断りを入れた。
「でっ、では、他の人と模擬恋人になります!」
「は?」
スワードの得意顔が一瞬で失せた。
シャルロッテは堰を切ったように言う。
「だだだだって、普通の殿方とだってろくに話せないんですよ!? それなのに、お相手が殿下だなんて! 昂りすぎて人死にが出るかと……」
──わたしとか、わたしとか、わたしとか!
「他に頼める男がいたら、君は今、ここにいないと思うが。おっと失礼」
と、スワードは喜色満面で言った。
図星を突かれたシャルロッテは、返事に窮した。ぐうの音も出ない。
シャルロッテは膝の上で、ドレスをぎゅっと握る。その強張る手を取り、スワードは言った。
「もう一度言う。君の恋人は、このわたしだ」
そして、手背にそっと口付けた。
シャルロッテの全身が総毛立ち、血液の流速が上がる。
──これだから無理なのに!
スワードとは模擬恋人になれないことを、再確認する。しかしス熱い眼差しを向けられると、シャルロッテは閉口した。
再び手背に口付けられる。
……熱い。
熱望が唇に宿っているかのように、スワードの唇は熱かった。
「わたしの恋人になってくれ」
腰に手を回しシャルロッテの耳に「頼む」と、潤いのある低音で言う。
「恋がしたいなら、わたしとすればいい。それじゃ不満か?」
「つまり、模擬恋人の殿下と、模擬の恋をする……という事でしょうか?」
模擬の恋──。
そんなもの、この世にあるのだろうか。
「思う存分、わたしに惚れると良い」
スワードは器用に片眉を上げ、好戦的な笑みを浮かべる。
模擬恋人と、模擬デートと、模擬の恋か──。
その上で、昂りをコントロールし怪力化を抑制しなければならない、と。
まったく、気が遠くなるような難題だ。
けれど、訓練が成功すればか弱くなれる。そして世界が広がるのだ。
シャルロッテは、スワードを上目で見た。
「不束者ですが、よろしくお願いいたしますっ!」
そう言って、シャルロッテは心に誓った。
必ずやり遂げる。必ずか弱くなってみせると。
すると、小さく笑ったスワードが、シャルロッテの額に、羽根のように軽やかなキスをする。
「こちらこそ。恋人殿」
シャルロッテは硬直した。
彼女がそうなるのは、昂った時である。
そして御多分に洩れず、今日の締め括りとして、ソファの座面を壊してしまうのだった。




