第17話 スワードの焦燥
段々小さくなるシャルロッテの後ろ姿を、スワードは呆然と見ていた。
(……逃げられた、のか?)
真夏だというのに、心臓に木枯らしが吹く。
去り際の、あの顔は何だ?
シャルロッテは、表情豊かな女性だ。
驚けば、目玉がこぼれ落ちそうなほど見開く大きな瞳。怪力を抑え込むとき結ばれる、ぽってりとした唇。高揚して赤くなる頬は、完熟りんごのようで。
真っ直ぐ向けられた瞳には、いつだって自分が映っていた。
──だが今、そこにスワードはいなかった。
(機嫌を……損ねたのか?)
けれど理由が分からない。
今朝は会議を終えたら、午後から"か弱くなる訓練"をする予定だった。
ところが早朝、騎士団長アルターが訪れ、「シャルロッテの近衛志願者に稽古をつけてほしい」と依頼したのだ。
だから、彼女の身の安全を確保するために引き受けた。それだけのことだった。
……が、結果はこの有り様だ。
「訓練は中止だ。わたしはシャルロッテを連れ戻す」
スワードは汗みずくのシャツを脱ぎ捨て、替えのシャツを手早く羽織る。稽古を受けていた《《少年》》は、慌てて彼を追った。
「俺も行きます! ぜひ怪力令嬢さまにご挨拶を──」
「その名で呼ぶな」
冷ややかに言い放つと、スワードは少年の頬をねじり上げた。
「ふひはへんっ!」
「次は舌を切り落とす」
強く言い含めて、手を離す。
少年が涙目で頬を押さえるのを横目に、スワードは薄く笑んだ。
("怪力令嬢"か。わたしと共にいれば、そんな風に呼ばせないのに)
痛いほどの焦燥が、胸の中で渦を巻く。
彼女が自分を避けた理由が分からない。
ただ、彼女が"もう笑ってくれないかもしれない"と思うだけで、息が詰まった。
「……逃がすものか」
スワードは踵を返し、厩舎へと向かう。
灼けるような風が、彼の頬を打った。
馬の鬣を掴み、鞍へ飛び乗る。金具が鳴る音が、胸の鼓動と重なる。
焦燥がスワードを突き動かしていた。
馬の嘶きを響かせ、王都の門へ駆け出す。
向かう先は──シャルロッテの実家だった。




