第15話 見知らぬ少女
南向きの窓から日差しが注がれる。
午前の光は、日盛りよりもやわらかく、絹のような肌合いだ。
この時間帯は、ティータイム。窓辺の席でお茶をしながら、日光浴を楽しむ。それが、シャルロッテの日課である。
けれど今朝は違った。何も手につかず、体内に小火が出る。
──訓練場へ続く道を、スワードが、見知らぬ少女と並び歩いていたのだ。
(……どなたかしら?)
目を眇め、思わずカーテンの影から身を乗り出す。
軽装に剣を佩いたスワードは、いつもよりもずっと凛々しい。陽光に透ける銀髪が、波打つ水面のように輝いている。
そして隣の少女──。鎖帷子をまといながら愛らしく笑い、ドレスも宝飾もいらないほどの自然な華やぎを放っていた。
二人の歩幅が、妙にぴったりだ。
少女が小鳥のようにぴょんと跳ねるたび、スワードが柔らかく目を細める。
(ま、まさか……彼女も怪力令嬢? 王宮はか弱いレディ養成所だったの?)
焦る心を鎮めようと、シャルロッテはティーカップを手に取った。
──パリン。
持ち手が割れて、紅茶が指先を濡らす。
「お、落ち着きましょう……。そう、冷茶でも飲んで──」
けれど、手が震えて仕方がない。
スワードが拒絶していないことも、気になった。
花屋の店員にはあれほど憮然としていたのに、あの少女には優しい。
まるで──初々しい恋人同士みたいに。
「ま、まさか……《《本物》》の恋人!?」
脳内で、寸劇が始まる。
『怪力令嬢なんて、おそばに置くなんて酷いですわ』
『監視のためだ。私とて本望ではない』
『ふふ。知っておりますわ。意地悪を言ってみただけですの』
『まったく……肝を冷やすのは君くらいだ』
(合ってる! スコーンとミルクティーくらい合ってる……!)
自分の空想に息が詰まる。
時計の針は正午を回っていた。普段ならスワードが訪れる頃だが、今日は訓練だ。
──そんな折、ドアがノックされた。
「どうぞ!」
期待を込めて振り向いたシャルロッテの前に立っていたのは、スワードではなく、執事長のエドワードだった。
「殿下からのご伝言です。今日の訓練はお休みだそうです」
「お休み? な、何かあったのですか?」
「急務が入られまして。おや、そちらのカップはお取り替えしますね」
彼が退室したあと、部屋には静寂が戻る。
シャルロッテはジュエリーボックスを取り出した。
中には、スワードから贈られた野花の指輪。萎れかけても、どんな宝石より美しい。
指でそっと花びらを撫でると、あの日の声が甦る。
『わたし達は恋人だ。その自覚を持ってほしい』
──ミシッ。
気づけば、ジュエリーボックスが手の中で潰れていた。
(こ、これは……!)
胸の奥が焼けるように熱い。
花屋で感じた、あの胸焼けが蘇る。
息が詰まる。喉が乾く。なぜ、こんなにも苦しいのか。
(なんて不敬な……殿下に、こんな気持ちを抱くなんて!)
両頬をパチンと叩く。
痛みがじんじんと広がり、涙が滲む。
それでも、この感情は消えてくれなかった。
──知りたい。
この胸の熱の、名前を。
思考を振り切るように、シャルロッテは踵を返した。
そして、気づけば騎士の訓練場へ向かっていた。




