表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

14/23

第14話 花と墓標



 毎年、命日は、必ず雨が降る。

 今年も御多分に漏れず雨だ。厚い雨雲のせいで、陽光は限りなく淡い。


 馬車に揺られること一時間。一行は、小丘に辿り着いた。種々の野花に囲まれた、一基の白い墓がある。


 ──イリス・シルト、愛すべき想い出と共に。


 墓石に名が記されている。

 イリス・シルト。彼女こそが、シルト侯爵の妻であり、シャルロッテとベルナールの母だ。


 ミルクティー色の髪、ミルク色の肌、菫色の瞳をしたイリスは生前、見る者を魅了した。かく言うシルト侯爵も、心を奪われた一人である。

 恋愛結婚が浸透していない王国で、恋愛結婚をした、ごく珍しい夫婦だった。


 この丘は、二人の想い出の場所である。

 愛の告白をしようと、茂みに薔薇の花束を隠し、ここへ連れて来た。


 けれど、間抜けにも侯爵は、花束を見失って。ようやく見つけた彼は全身、土まみれだったという。


 『──これからもずっと薔薇をくれる?』


 抱腹絶倒のイリスは、そう言ったのだった。

 墓に薔薇の花束を供え、侯爵はそっと語りかけた。


「今年の薔薇も美しいだろう? 今年はな、ものすごくビッグなお客さまが来てくださったぞ」

 

 「すんごくビッグだから」眠る妻へ耳語する。

 スワードは前へ進み出た。


「久しいな、侯爵夫人」


 そう言って、スワードは跪く。湿土で膝が汚れた。すると、駆け寄ったシャルロッテが屈んで言う。


「殿下! お膝がっ……」


「いや、構わない。こうでもしなければ、示しがつかないだろう?」


「しめし?」


 スワードはおもむろに、懐からある花を取り出した。青色とも紫色とも取れる、目もあやな花である。


「アイリスですね?」


 花へ吸い寄せられるかのように、侯爵が歩み寄って来る。





「君に返礼出来ずにいて、夫人は、さぞ無念だろうと思ってな。律儀な女性(ひと)だったろう?」


(薔薇のお返しに、アイリスを贈っていたの? 全く知らなかったわ)


 シャルロッテはアイリスを、じっと眺める。

 すると、頭を擡げたベルナールが言った。


「自分の名前と瞳の色を、父上に送っていたんですか?」


 そういえば、そうだ。

 ア《《イリス》》、そして紫色の瞳──。

 意想外にロマンチックな女性(ひと)だったらしい。


「おしどり夫婦として二人は有名だったからな。これは夫人の代理だ。受け取ってくれ」


「ふぐっ……ありがとうございます……うっ……」


 アイリスを受け取り、侯爵は感泣した。

 見かねたベルナールは、ハンカチを出そうとして、ジャケットの懐をまさぐる。

 スワードは破顔し、晴れやかに言った。


「気にするな。これは賄賂でもあるからな」


「……へ?」


 侯爵の滂沱の涙が、ぴたりと止まった。


「シャルロッテの家族と、顔合わせをしておきたかったんだ。付き合いが長くなるから」


「え?」「は?」侯爵とベルナールは揃って、言葉を失った。

 ──それはどういう意味? いや、あれしかないか。

 錆びついたネジのようにぎこちなく、二人の首が回る。そして、花の鑑賞を楽しむシャルロッテを見やった。それに気がつくと、


「なっ、なによ。二人とも変な顔しちゃって」


 と、シャルロッテは怪訝な顔になる。

 侯爵とベルナールは、眉根を寄せた。徹夜明けのような、この先の疲労を、前借りしたかのような人相で。そして、大きなため息を吐いた。

 




 膝を折るシャルロッテに、スワードは手を差し伸べる。

 

「『将を射んと欲すれば、まず馬を射よ』だ。まずは、外堀から埋めないと」


「外堀? 王宮を増築されるのですか?」


「いや? だが、前向きに検討しよう。家族が増える時に備えて」


 話の見えないスワードの言葉に、シャルロッテは首を傾げる。そして、侯爵とベルナールの方を見た。けれど、二人とも苦笑を浮かべるだけだ。


 墓前に立つシャルロッテは、静かに合唱する。そして、眠る母に心で語りかけた。


(シャルロッテは今、人生の転機の真っ只中にいます。わたしの怪力を理解くださった方がいて……)


 怪力と向き合ってくれる人、家族を知ろうとしてくれる人。やさしく笑いかけてくれる人。

 それから──


「シャルロッテ」


「はっ! はい!!」


 真後ろから名前を呼ばれ、シャルロッテは、爆ぜるように振り向いた。

 光を浴びるスワードが、神々しく見える。


「雨が止んだぞ」


「え?」


 あり得ない。命日は必ず雨だ。

 母を亡くした家族の涙のように、毎年必ず雨が降る。何かの呪いかのように。例外はない。


 恐る恐る傘を下ろし、シャルロッテは驚愕した。

 ──雲一つない、抜けるような青空だ。

 鮮麗な虹がかかっている。美しい晴れの間。

 シルト一家の三人は、顔を見合わせた。


「……姉上、何かした?」


「わたしは怪力なだけよ! 祈祷師じゃないわ」


「こっ、こんなことは初めてだ。まさか……」


 三人はスワードを凝視した。

 いつも通り悠然とする彼は、肩に落ちた雨の雫を、手で払い落としている。そして三人の熱視線に気がつくと、花開くように微笑んだ。


「さあ、帰ろうか。わたし達の王宮へ」


 柔らかな風がシャルロッテの頬を撫でた。

 白い墓石の元で、アイリスが揺れる。若葉の青い薫りが、遠く遠く運ばれて行った。



 ◇◇◇





 ◇◇◇


 帰りの馬車の中、シャルロッテはスワードのはす向かいに座った。

 今回は微行のため王宮の馬車を使わず、シルト侯爵家の馬車を使う。大きくて立派な造りだが、王宮のものには敵わない。

 車体が揺れると、互いの膝頭が触れた。


「実に有意義な一泊二日だった。怪力仕様なんて、他で学べるものじゃない。ベルナールは、堂々たる小侯爵だった。本当に侯爵の息子か?」


「ううっ……本当に、何から何まで、どうお詫びすれば良いのか……」


「ははっ! いや、そうじゃない。楽しかったんだ」


 弾けんばかりの笑顔を見せるスワード。

 シャルロッテは安堵する反面、密かに思った。

 ──この人、相当お疲れなのかもしれない。


 あの小心者すぎる父と、尊大な弟を面白がれるなんて。そもそも、怪力令嬢の訓練を手伝ってくれる時点でおかしいのだ。

 きっと公務に忙殺され、判断力が鈍っているのだろう。……お気の毒に。

 不憫に思ったシャルロッテは、


「殿下、わたし解ってますから! たまには、ゆーっくりお休みくださいね!」


 と、労りの笑みを浮かべた。

 「何の事だ?」脈絡のない言葉に、スワードは首を傾げる。


 すると、馬車が大きく揺れた。シャルロッテの視界も揺動し、スワードは、素早く彼女を抱き寄せる。そして、膝の上にそっと座らせた。

 目と鼻の先に彼の顔がある。


「ひぇ!? でででで殿下、これは一体!?」

 

「ゆっくり休ませてくれるのだろう? 愛情深い恋人を持てて、わたしは果報者だな」


 そう語るスワードは、喜色満面だ。そしてシャルロッテの額に、自分の頬を擦り寄せる。


 ──違う、こうじゃない!

 いつにないスワードとの密着度に、シャルロッテは面映くなった。

 スワードの顔が良すぎて、心臓が痛い。


 筋肉に力が蓄積されるような感覚がした。

 今、たぶん、怪力化をしているはず……。

 現実逃避のために、シャルロッテはぎゅっと目を瞑る。すると、スワードは、


「集中しろ。それでは癒されない」


 と言って、目蓋にそっと口付けた。

 狼狽したシャルロッテは両手で、急いで面隠しする。


(そうよシャルロッテ、集中しなさいっ。殿下の模擬恋人を《《まっとう》》するのよ!)


 これは、か弱くなる訓練の一環だ。

 模擬恋人のスワードは、体を張って、訓練に付き合ってくれているのである。彼のためにも成長しなければ! ──と、思ったのだが。


「む、無理……眩しすぎて無理……」


 指の間からスワードを見て、シャルロッテは嘆息した。

 




 彼を相手に訓練する限り、自分は永久に、怪力化から抜け出せない気がする。だって、

 ──顔も声も香りも良すぎる!

 《《これ》》に太刀打ち出来る乙女なんて、大陸中探してもいないはずだ。誰だって昂るだろう。


「シャルロッテ、手を」


 スワードは、シャルロッテの顔から手を引き剥がした。そして顔を突き合わせ、花のかんばせを見せる。


「作ってみたんだ。わたしは存外、手先が器用らしい」


「何を……っひぇ!?」


 左手に手を触れられたシャルロッテの顔から、猛火が吹き出た。

 ──薬指に指輪が付けられている。野花で作られた指輪である。

 その上に、スワードはキスを落とした。


「これくらいは許されるだろう?」


「おおお恐れ多いです。こんなっ、恋人みたいな……」


 と、動揺したがシャルロッテは思い直した。

 これは模擬恋人から模擬恋人へ向けたプレゼントだ。つまり、これは模擬プレゼント、模擬指輪である。……いや模擬指輪って何?

 高血圧だろうか、昂りすぎて頭が痛い。


「何を今さら、わたし達は恋人だ。その自覚を持ってほしい」


「そ、それは、その……模擬恋人ですよね?」


「はぁ。では模擬恋人殿、何をすれば私を好きになってくれるんだ? 教えてくれ」


 手背を撫ぜられるシャルロッテ。

 ──何をされたら好きになるか、なんて分からない。

 ただ、これだけは断言できる。

 彼以上に自分を昂らせる人はいないのだと。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ