第11話 シルト侯爵家
「シャルロッテお嬢さまのお帰りだ! 全員集合!開扉用意だ、位置につけ!」
シャルロッテが帰宅すると、屋敷内は星雲状態となった。使用人たちが皆自分の持ち場から離れて、エントランスに集結する。
そして、扉の装飾部に綱を括り付け、掛け声と共に、後ろへ引いた──。
屋敷の扉が開かれ、二人は中へ入った。
調度品が多く設えられた、絢爛たるエントランスである。
それでも、王都の屋敷に住まいを移してからは、随分と寂れた印象になったのだが。
──けれど、何よりまず目を引くのは、そこに倒れる、大勢の使用人の姿だった。
仰向けで息を切らす侍従、四つん這いで咳き込むメイド、壁に寄りかかる料理番達……。
全部を合わせると、ざっと100人はいそうだ。
その中から、代表で、タキシード姿の男が進み出た。胡麻塩頭と瓶底のような眼鏡が特徴的な、初老の男である。
彼の名はセバスチャン。シルト侯爵家の執事長をしている。
激しく息切れをする彼は、よろめきながら、シャルロッテの元へやって来た。
「ゼェ……ゼェ……お帰りなさいませ……! シャルロッテお嬢様……!」
「たっ、ただいまセバスチャン。みんなもお迎えありがとう」
──そしてごめんなさい!
この綱引き開扉をしてもらうたび、胸が痛む。
だって怪力令嬢のせいだから。
「シャルロッテ嬢、今のは何ですか? 使用人総出で、綱引きをしているようでしたが」
背後のスワードから語りかけられた。
シャルロッテに緊張が走った。
この珍妙な「綱引き開扉」を説明するには、怪力の裏話をしなければならない。けれど、
──自分の口から言うのは、ちょっと。
「うっ、うちの扉は普通より、ちょっと重めに出来ているんです。だから、みんなで綱引きをして開けるんですよ。そうよね? セバスチャン」
そう言って、シャルロッテは横へずれて、立ち位置を変えた。
すると眼前にスワードが現れて、そのご尊顔を見るなり、セバスチャンは凍り付いた。……察したようだ。
「えっ、ええ! お嬢様のおっしゃる通りで! 扉が重いだけでございます! しかも、ほんのちょっとでございます! ええ、はい!」
シャルロッテの目配せで、セバスチャンは口裏を合わせた。強引にその場をやり過ごそうと、二人は必死で……。
すると、メイン階段の階上に、1人の少年が現れた。
「ちょっとじゃないよ。それ、300Kgあるから」
そう言って、少年は、優雅に階段を降りて来る。
紅茶のようなレッドブラウンの髪、ミルク色の肌。シャルロッテに瓜二つの面立ち。
彼の名は、ベルナール・シルト。シャルロッテの、四歳下の弟である。
スワードに正対しベルナールは言った。
「この屋敷は、姉上のために怪力仕様になってんの」
「怪力仕様?」
「そ。姉上の怪力に合わせて、色々頑丈に作られてんの。この扉もさ、男から花をもらった姉上がぶっ壊したんだよ。んで、木製の扉から、300kgのチタンに仕様変更されたんだけど……」
「怪力化していない平常時のシャルロッテを含み、300kgの扉は、誰も開閉する事が出来ない。だから使用人総出で綱引きをする、と?」
「そーゆーこと。てか、あんた誰?」
シャルロッテは戦慄く。そして、ベルナールのうしろあたまを押し、力ずくで低頭させた。
シャルロッテの面色が、見る見るうちに失せていく。
「たたた大変申し訳ありません!! この子ったら、壊滅的な世間知らずでして……!!」
「それは姉上でしょ!!」
シャルロッテの手を払いのけ、ベルナールは顔を上げる。
スワードは、恭しく答えた。
「近衛騎士団のソードと申します。王太子殿下より、令嬢の護衛を拝命いたしました」
「はいっ!? 何をおっしゃるんですか殿っ──」
スワードはすかさず、唇の前で人差し指を立てた。
秘密にしろ、と。そういう事らしい。
騎士が王太子だとは梅雨知らず、ベルナールは、不敬極まりない発言をする。
「あー、姉上を囲う、あの変態王太子の差し金なんだ?」
──この人が、その変態王太子ですが!?
戦慄するシャルロッテは、息を詰めた。ひやりと冷たいものが、背中を流れる。
横目でスワードの顔色を窺う。けれど、彼は、
「ええ、変態王太子の差し金です」
そう言って、綺麗に微笑むだけだった。
肩透かしを食らったベルナールは、眉根を寄せる。
すると、何かを案出したような顔を上げた。
「うちの怪力仕様、特別に見せてあげよっか? ついでに、仕様変更になった裏話も教えるよ」
「シャルロッテ嬢の裏話ですか? ぜひお願いします」
「え!? ちょっ、ベルナールよしなさい! お客様を連れ回すなんて!」
──これ以上は恥の上塗りですが!?
『綱引き開扉』を知られただけでも、大恥をかいたというのに。
スワードは、なんて思ったのだろう。
怪力裏話を聞いたスワードが、鼻白んだらどうなる?
愛想を尽かされて、訓練も取りやめにされたらどうしよう。
止めるようベルナールに頼むも、袖にされて。
結局、三人で、屋敷の奥へと進んで行った。
◇◇◇
「──ここはビリヤードルーム。姉上が十歳の時に、仕様変更したんだ」
三人は、屋敷のあらゆる場所へ、足を運んだ。
バスルームやパウダールームはもちろん、音楽室や温室まで。シャルロッテが頻繁に出入りする場所は、すべて怪力仕様だった。
とはいえ、玄関扉ほど極端な仕様ではない。
材質を大理石から鋼に変更しているとか、その程度ものだ。
スワードを見やると、それほど驚く様子もない。
──やはり王太子は肝が据わっている。
などと、シャルロッテは思うのだった。
最後に訪れた場所は、ビリヤードルームだ。
空き部屋になってから随分経つため、天井の四隅に蜘蛛の巣が張っていた。
室内を回視するスワードは、ベルナールに問うた。
「それで……どれが怪力仕様に?」
「全部に決まってんじゃん」
そう、ベルナールは、吐き捨てるように言った。そして、ビリヤードボールを、足元に落とす。
バリッと破裂音を立て、床板が陥没した。
「昔、ゲームに勝って姉上が喜びまくってさ。そん時にぶっ壊れて、仕様変更されたんだよね」
「へえ、それはすごい」
怪力裏話を聞き、スワードは目を大きく見開いた。すると、途端に神妙な面持ちとなった。おもむろに膝をついて、ボールを拾う。
「鉄ではないな。ドラフラムですか?」
「そ。この部屋のほとんどがドラフラム製。父上が、わざわざ取り寄せたんだ」
「これだけあれば、屋敷をあと二軒は購入出来ますね」
「まーね。要するに、姉上は金がかかる女ってこと」
得意満面で、ベルナールは鼻を鳴らした。
ドラフラムは、オリハルコンに次ぐ硬度の鉱石だ。おまけに軽量で、武器に最適。
現在は、王宮騎士団のために採掘されている。
市場の流通は滅多にない。採掘量が少ない希少な鉱石だからだ。
どうしても欲しければ、現状では、他国から輸入するしかない。
それには当然、相当の出費額が発生するわけで。
言うなれば怪力仕様は、大金そのものである。
「でもま、普段の姉上はこれを持てないし。男が使うにしても、すんごく重くて疲れるじゃん? だから、うちでビリヤードする奴は、いなくなったんだよね」
「安易に仕様変更してもダメ、という事ですね」
「姉上の怪力は色々複雑で、ものすごーく面倒だから。すんごく手がかかるから」
そう言って、ベルナールは、スワードを睨め付ける。
──何かあったのだろうか。
まるで、スワードに、個人的な恨みでもあるかのようだ。あと、姉の事を極端にサゲるし。
ベルナールの恨みを買った覚えは、シャルロッテにはなかった。
……覚えている限りは、だが。
こっそりと上目遣いでシャルロッテは、スワードを見る。
彼は微笑みを絶やさず、王太子然としていた。
会話が途絶え、三竦みのような空気が流れる。
すると突然、バンッと扉が開かれた。
シルト侯爵である。
スワードとベルナールの空気感から、何かを察したようだ。侯爵の面色が見る見るうちに、引いていく。
蒼白な侯爵は助けを求め、シャルロッテに眼差しを向けた。
哀愁漂うシャルロッテは、目顔で言った。
(時すでに遅しですわ。お父様)
侯爵は、目眩を起こし壁に手をつく。
嵐を呼ぶ一泊二日が、始まろうとしていた。




