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第1話 夢見る怪力令嬢



 新緑が美しい季節の、昼下がり。

 葉もれびが輝く白亜のガゼボで、シャルロッテは、趣味の読書に熱中していた。

 お気に入りの小説の、最新刊である。


 この作家が書くヒロインは、ひと味違う。

 前々作のヒロインは天然パーマ、前作はそばかすに悩む、コンプレックスがある女の子だった。

 現実世界では嫌厭される容姿の彼女たちだが、最後は必ず、ヒーローと結ばれる。


「わたしも、ヒロインになれないかしら」


 ため息をつき、おもむろに本を閉じた。

 設えられたティーテーブルに手を伸ばし、カップとソーサーを持つ。

 その瞬間、カップとソーサーの2つが、同時にぱっくりと割れた。


「ヒロイン、無理よねっ……!!」


 冷たいお茶が盛大にこぼれ、シャルロッテは渋顔になる。


 シャルロッテは、シルト侯爵家の長女である。

 ミルクティー色の髪とエメラルドの瞳、男受けのする、ビスクドールのような目鼻立ちをした娘だ。

 身分も容貌も申し分ない彼女だが、求婚される事は滅多にない。

 その理由は、一にも二にも、彼女の体質にある。


「シャルロッテお嬢さま! この一時間で、すでに三つお壊しですよ!?」


 シャルロッテのそばに控える、メイドのマーサが吃驚した。


「ごっ、ごめんなさい。つい興奮しちゃって」


「はあ、今日にはじまった事じゃないですが、お嬢さまの怪力体質も困ったものですねぇ」


「おかげで婚約破棄もされたしね」


 シャルロッテとマーサは揃いで、嘆息した。

 『怪力体質』こそ、シャルロッテが求婚されない諸悪の根源で。


 シャルロッテは、極度の「緊張」を感じたり、「怒り」「恐怖」「驚き」「悲しみ」「幸福」それら感情が昂ぶると、怪力化してしまう体質なのだ。


 過去の事例をあげれば……お茶会でドレスを褒められた歓喜で、ティーカップを割った事がある。またある時は、舞踏会でダンスを申し込まれた驚喜で、シャンパングラスを割った。


 平民を轢こうとした馬車に憤怒し、車体を持ち上げた事もある。

 それと、嵐で倒伏してきた大木を、恐怖のあまり、真っ二つに割った事もあった。その時は、期せずして子供を救出していたそうで。

 そして「怪力令嬢」という異名が認知され、求婚が激減したのも、その頃である。


 それでも、シャルロッテの見目形に惹かれた男がいて、婚約もした。

 けれど、次から次へと明るみに出る怪力エピソードに、愛想を尽かしたのだろうか。半年を待たずして、シャルロッテは婚約破棄されてしまったのだ。

 

『僕は、か弱くて守ってあげたくなるような淑女が好きです。シャルロッテ嬢は、見た目に反し怪力なので……いただけませんね』


(わたしだって、心は繊細でか弱い女ですけれどーっ!?)


 などと、シャルロッテは胸中で叫んだりもした。


 仄聞したところ、彼は現在、華奢でか弱そうな平民の娘と交際しているという。

 公爵令息という身分でありながら、侯爵令嬢のシャルロッテより、「か弱さ」を選んだのだ。

 か弱さは身分を超える。

 国境をも超えるかもしれない。

 か弱さこそ正義であり、世の真理だ。

 

「神さま、わたしもか弱くなって恋がしたいです」

 

 シャルロッテは合掌し天をあおいだ。

 しかし見えたのはガゼボの天井だけである。

 すると、マーサがおもむろに口を開いた。


「お作りになった生ショコラケーキが、そろそろ冷えた頃ですね。本当に王宮へ持って行かれるのですか?」


「ええ! 王宮にずっと泊り込みで、お父さまもお疲れでしょう? だから、サプライズで差入れするの。喜んでいただけるといいけど」


「きっとお喜びになられますよ。なにせ、お嬢さまが調理用具を壊さずに作られた、貴重おーーなケーキですから」


「……そ、そこなのね」



 ◇◇◇



 王宮に到着したシャルロッテは、父のいる会議室へ向かった。飛び跳ねる雀のごとく、軽やかに、長廊下を進んでいく。

 どんな顔をして父は喜んでくれるだろう。

 天井まで届く巨大な会議室の扉を、衛兵が開いた。


「ご機嫌ようお父さま! お疲れだと思ってケーキをお持ちしっ……きゃっ!?」


 軽快なステップを踏み、シャルロッテは入室した──その時。室外へ出る人物とぶつかり、よろけたところを、咄嗟に支えられた。



「──すまない。平気か?」


 頭上から、甘やかで艶のある男声がした。


「いいえっ、わたしこそ!」

 上目でその人を見て、シャルロッテは謝罪する。すると、蛇に睨まれたかのように固まってしまった。


(う、嘘でしょう? まさかそんなっ……!)


 シャルロッテは、その人を一度だけ見たことがあった。

 舞踏会の人だかりの中で冷然と、しかし、誰よりも美しく微笑む人。彼は──


「スワード殿下!! うちの娘が大変申し訳ございません!!」


 シャルロッテの父、シルト侯爵が大声で謝罪した。

 シャルロッテがぶつかったその人は、この国の王太子、スワード・シュッツ・ラズルシェーニだった。


 彼は、ラズルシェーニ王国の王太子にして、王国随一の美男である。


 雪影のような銀髪と深海のような青瞳。彫像のような目鼻立ちをしている彼。

 権力や美貌を兼ね備える彼は、淑女たちの憧れの的だ。しかし同時に、女性を寄せ付けない事でも有名である。

 どれだけ秋波を送られようとも、彼が靡く事はない。

 そんな彼に付けられた異名は、「王国の麗星(れいせい)」。

 誰も手が届かない存在である事から、その名が付けられたらしい。


 そんな超大物と出し抜けに遭遇し、シャルロッテは言葉を失った。


(まままさかスワード殿下とお会いするなんて、しかもぶつかってしまったわ!)


 と、シャルロッテの緊張感が増していく。


「シャル! お前なぜここに!?」


 そう言って、シルト侯爵は娘のもとへ駆け寄った。シャルロッテは、紅潮し小刻みに震えている。その姿を見て、侯爵は蒼白になった。

 のぼせ上ったシャルロッテは、支離滅裂な事を言う。


「おとっ、お父さま! わっ、わたし生ショコラを壊さずに……調理器具をケーキが差し入れにっ!!」


「落ち着け! 何を言っとるかさっぱり分からん!!」


 そして固まった娘を見て、急速に青ざめる。

 シャルロッテが固まるのは、最悪の前兆だからだ。


 怪力令嬢のシャルロッテは、父親と使用人以外の男と、まともに接する事がなかった。

 だから年頃の男を前にすると、「緊張」や「興奮」で一気に昂ってしまう。

 その結果スイッチが押され、怪力化してしまうのだ。

 だから、シャルロッテが手にケーキなんぞを持っているこの状況は、非常にまずい。

 

(相手はスワード殿下だぞ!? シャルロッテが緊張しないわけがない!! 今世紀最大の大大大大大ピンチ!!)


「シャル、今すぐ帰りなさい! そうじゃないとお前っ……!!」


 背筋が凍るシルト侯爵は、シャルロッテに退場を命じた。

 すると、スワードが横槍を入れる。


「大袈裟だぞ侯爵。こんな事で怒るほど、わたしは狭量ではない。ところで、シルト家の令嬢というと……」


 スワードが言いさすと、シャルロッテの持つ箱が、

 ──グッチャアア!!

 と、音を立て盛大に潰れた。潰れた箱を持つシャルロッテの手が震える。


 「王国の麗星」スワードを目の前に、シャルロッテの「緊張」が頂点に達してしまったのだ。

 伝家の宝刀、怪力化をしてしまったのである。

 スワードを見やると、彼の真っ白なチュニックの至る所に、チョコレートが飛沫している。

 箱が潰された勢いで、生ショコラケーキが飛び散ってしまったのだ。


(終わった……)


 「不敬罪」が頭をよぎり、シャルロッテは蒼白になった。

 一方のスワードは目を丸くし、シャルロッテと潰れた箱を見る。すると、何か閃いたように言った。


「なるほど、君があの『怪力令嬢』か」


「ひっ!?!?」


 そう言って、狩りをするがごとくスワードはシャルロッテの手首を、性急に掴んだ。

 獲物を逃すまいと、眼光炯々としてシャルロッテを見やる。

 シャルロッテの全身の毛穴から、汗が噴き出た。膝から崩れ落ち、スワードの足元にひれ伏す。


「こっ、高貴なお召し物を汚してしまい、大変申し訳ございません! たたた確かに私は『怪力令嬢』ですが、わざとやっているわけではありません! か弱くなって人並みに恋がしたいだけの、普通の人間です……!」


「殿下、どうかお許しを! この忌まわしき怪力体質で、自らの首を絞める憐れな娘なのです! 罰するならどうか、わたくしめを!」


 シャルロッテに続き、父のシルト侯爵も土下座する。二人とも、すでに涙と鼻水でぐずぐずだ。

 すると、スワードは膝を折りシャルロッテの顎を掴んで、顔を突き合わせる。そして、何か悪巧みするような調子で片頬笑んだ。


「罪には問わない。が、代わりに王宮に住め」


「「はい?」」


 さすがは親子である。シャルロッテと侯爵の腑抜けた反応が、綺麗に重なった。涙でしとど濡れる間抜けな顔で、二人はスワードを見る。

 彼は、なんとも楽しげに話を続けた。


「わたしは、陛下の代理で軍事を担っている。『怪力令嬢』の謎を解明できたら、それを応用して、兵力を底上げ出来そうじゃないか?」


「へ? ですが、殿下の軍事事業は、すでに施策を進めていらっしゃ……」


「何か言ったか? 侯爵」


 そう言って、スワードは侯爵を一瞥した。


「いいいえ!? 何も!?」


 侯爵は跳ね上がり、閉口する。

 王太子の命令を断れる身ではない。

 それは、シャルロッテも解っていた。


「恋がしたいのだろう? シャルロッテ・シルト」


 スワードはシャルロッテの顔を覗き込み、ニカッと白い歯を溢した。


「わたしが、か弱くなる手伝いをしよう。君はか弱くなれる、わたしは兵力を上げられる。これでWin-Winだと思うが、どうだ?」


「殿下がお手伝いを……?」


 ──なぜ、そんな事を申し出るのかしら。

 一瞬、シャルロッテは躊躇った。

 しかし王太子の支援なら、訓練資金(訓練する過程で見込まれる、物損額と保険費)が豊富だろうし、これ以上にない勧誘だ。

 けれど、うまい話には裏があると言うし……


「やります! わたしをか弱くしてください!」


 結局、シャルロッテは誘いに応じた。

 迷いはあったが、不安はない。


(見てなさいっ、わたしを怪力令嬢と呼んだ人達! シャルロッテ・シルトは、必ず生まれ変わってみせるわ!)


「決まりだな。まずは茶でも飲んで、今後の事について話そう」


「はっ、はい! わたしがお茶を淹れますね──」



 ◇◇◇



 その日、王宮中がざわついた。

 とある令嬢が、王宮のティーポットを二個とティーカップとソーサーを五客、そしてグラスを四杯、立て続けに割ったらしい。


 やる気で昂り怪力化した、シャルロッテ・シルトの仕業であった。




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