雨宮家のシークレット
その夜、珍しくアニキが家にいた。優斗はリビングルームのソファーで寝ているフリをしている。アニキは優斗に毛布をかけてあげた。
ふだん滅多に家に帰らないアニキのことだから、今すぐ話しかけなければどこかへ行ってしまうと優斗は思った。だが、アニキは優斗のそばを離れなかった。
「なぁ。アニキ」
たまらず優斗は話しかける。
「なんだ?」
アニキは少し疲れた声でいう。
「オレ。この先どうしたらいい?」
「それは自分で考えろ」
「なんだよ。さっきはギター諦めんなとか散々言ってたくせに…」
「優斗。所詮、カエルの子はカエルだよ」
アニキは意味深にいう。
「どーゆー意味だよ?」
「うちらの親父な。アイツ最低な男だった」
「まぁな」
「優斗の母ちゃんはまだマシな方さ。ひょっとしたら親父は優斗の母ちゃんだけを愛してたかもな」
「そーなん?」
「あぁ。優斗の母ちゃんと違って、オレのお袋なんてヒドイ扱いを受けたさ」
「どんな?」
「気に入らないことがありゃすぐにお袋を犯すし、飯だってテーブルごとひっくり返すしな」
「ホント最低なやつだったね」
「あんまり記憶ないだろ?」
言ってアニキは笑った。
「んで。カエルの子はカエルって話しな」
「そう。それ」
「うちの親父ってプロのギタリストだったんだよ」
「え。ウソだろ?」
「いやマジで。けっこう売れてたらしい」
「売れてたらこんな貧乏な暮らししてるかよ」
言って優斗は笑った。
「優斗。今だから言うけどな。うちの家系っていうほど貧乏じゃないぞ」
「はぁ?こんなスラム街の端っこのマンションあてがわれたくらいで魂売るのか?もしうちが貧乏じゃなかったらアニキだってあんな仕事やってねぇだろ?」
「まだまだ子供だな。俺は好きであの仕事やってんだよ」
「ウソだろ?」
優斗はこのセリフを何回言ったか正確に記憶していない。雨宮家が持つ家系の不思議さに触れて、それ以上言葉にならなかった。
「まぁ。夢を追ってたのは優斗だけじゃねぇよ。俺だって夢のために今の仕事をしてる。けど、俺の夢の話しはまた今度にしよう。それで、お前にはまだまだ話してないことたくさんあるけど、悪く思うな。色々、忙しいからな」
「アニキ。今日これで最後の質問にするよ」
「あぁ。そうしてくれ」
「アニキだったらマリアを追いかけてバリに飛ぶ?それとも、距離をとって夢を優先する?」
優斗はアニキに答えを委ねた。
「最後に難しい質問きたな。オレだったら…。どうするかな。所詮、優斗とマリアちゃんの問題だから一概には言えないよな」
「だよな」
「でも、俺だったら夢を諦めずに夢を叶えることに専念するな」
「つまんねー!」
優等生的なアニキの発言に優斗はイラっときた。
「うるせーよ。これじゃまるで誘導尋問じゃねーか。マリアちゃんを追いかけたいなら好きにしろよ」
「そんな金あったら苦労しねぇよ」
「まぁな」
言ってアニキは時計をみた。
「もう2時じゃん。早く寝ろ。俺は仕事に戻るから」
「おやすみ」
言って優斗は毛布に顔を埋めた。




