不良の森のコカ・コーラ
優斗はHONDAのモンキー100カスタムのエンジンをかけた。こいつを買うまでに無茶なアルバイトも幾つか掛け持ちした。
ギュルギュルギュルー
モンキーにまたがり環八を羽田方面へ道なりに走り抜けていく。産業道路を左折して、四つ目の信号を右折する。気がつけば金属と油の匂いがする。すでに工場地帯に入っているようだった。森ケ崎海岸のドンつきにある中学校跡地の前についたら連絡しろ。それがヒデキの指示だった。昔、アニキの用事で穴守稲荷までは来たことがあるが、その先は優斗も土地勘がない。
ましてや夜明け前の工場地帯は、バイオハザードでもプレイしているかのような怖さがある。
その昔、優斗は興味本位で事故物件を調べていたことがある。森ケ崎海岸近くのアパートや工場跡地も事故物件が多い。5チャンネルでは、幽霊の類も出ると噂されている。
富士の樹海にも引けを取らぬ恐怖と戦慄。優斗の足がすくむ。刹那、迷い猫がモンキーの行手を阻んだ。車体はよろけてタイヤがスリップした。静寂の町に自動販売機のファンの音が微かに聞こえていた。優斗は十字をきった。
自動販売機で細い缶のコーラを買ってタバコに火をつけた。
ガードレールに腰をかけ、空を仰いだ。ガスの匂い立ち込める町では、見たこともないほどの星が瞬いていた。優斗は想像をめぐらす。
『オニヅカヒデキ』
自由が丘の元チーマーのリーダー。優斗が密かに好意を寄せていたナナミすら、ヒデキにとってみれば、単なるセフレの一人。抱いた女は数え切れぬ。セックスとドラッグに明け暮れたホスト時代を経て、紆余曲折あったらしいが、いまや、立派な実業家か。
…勝てない。この男にだけは。何もかも。
「アハハっ。何やってんだ?オレ」
優斗は見知らぬ町で笑い声をあげた。
今夜は、酒池肉林。
地獄の釜が開こうとしていた。