真夜中のつけ麺エンペラー
「優斗、美味いか?」
アニキはウーロン茶を片手に言う。
「……」
優斗はアニキの質問には答えず、黙々とチャーハンをかっこむ。思えば、昼飯にソーメンを食べた以降は、ほとんど何も食べていない。優斗は夢中でチャーハンを喰らう。
「ほら。これも食えよ」
アニキは小さい丼にタンメンを取り分けてやった。優斗は礼も言わず、タンメンのスープをレンゲですくって飲んだ。
「優斗。今日も母ちゃん帰って来なかったのか?」
アニキの言葉に優斗は少しイラついた。帰って来ないのはアニキだって同じじゃないか。
「母ちゃんのことなんてアテにしてないよ。そんなことより、いつになったらオレもアニキの下で働かせてくれるんだ?」
「もうちょっとだけコンビニで働いてろよ。そのうち引き抜いてやるから」
優斗は嬉しくなって、タンメンをズルズルっと食った。アニキはずっと微笑んで優斗を見ていた。
優斗はせっかく進学した高校を不登校になり、そのまま学校を辞めた。バンドがやりたかったのだ。学校を辞めてからは、地元のコンビニで17時から22までアルバイトをしている。が、優斗は年の離れたアニキと同じように、ヤクザ崩れのような男になりたかったのだ。母親は不倫中でアニキはヤクザまがいの仕事をし、父親なんかはとっくの昔に蒸発した。そんなクソみたいな人生だって同情されるほど落ちぶれてやしない。オレみたいな不幸な生い立ちの人間なんて蒲田にゃ腐るほどいるし、ロックバンドのサイドギタリストにはお似合いだ。
飯を食べた後、アニキはすぐ仕事に戻った。スキンヘッドで体格の良いマネージャーの男に何度も頭を下げているアニキがみえた。それをみて優斗は少しだけ泣きそうになった。
家になんて帰りたくない。本当はこのまま始発を待って海にでも行きたい。誰もオレのことを知らない町へ行き、異邦人と出逢い、夕暮れまで海辺で戯れていたい。
優斗のスマホがブルブルっと震えた。
『オニヅカヒデキ』
その昔、自由が丘を仕切っていた元チーマーのリーダーである。コンビニの同期のナナミちゃんからの紹介でヒデキと優斗は知り合った。
「ヒデキさんがこんな時間になんの用事だ?」
この時、優斗はまだ人生のスイもあまいも知らぬ純粋なる少年だった。