優斗とマリア
沖縄県のとある離島にて。
雨宮家とバリ王族のプリアタン家の結婚式が開かれた。
神父は聖書を右手に持ち静かに待つ。
荘厳なパイプオルガンの音色と共に、優斗はゆっくりと歩みを進める。この日が来ることを一番願っていたのは優斗のアニキではなく母ちゃんだった。母ちゃんは優斗の晴れ姿にうっすら雫を浮かべていた。アニキが隣で母ちゃんの背中をさする。
純白のサマードレスに身をつつむマリアは長いまつ毛のカールした瞳の奥に凛とした一筋の灯を輝かせていた。優斗との身長差は約10センチほど。優斗は泣きたい気持ちをグッとこらえていた。その様子が年上のマリアにはとても可愛いらしく映っていた。
「誓いますか?」
神父はいう。
「誓います」
優斗とマリアの声が高らかに教会に響いた。
誓いのキスをする際にマリアは優斗を見上げた。優斗の目は潤んでいる。マリアはうなずき(私が優斗を幸せにするから)小声で言った。
チャペルの鐘は鳴り響き
鳥たちは大空へ羽ばたいた。
ヒデキとヤスは式が終わると無言で海辺に立った。ヒデキの肩がかすかに震えていたのをヤスが気づき、そっと手を伸ばして肩を抱いた。
ナナミとなつみはブーケの奪い合い。マリアの友人たちは微笑んでその様子をみていた。
新婚初夜のこと。
神々の住む島と謳われる沖縄県の中でも最高の純度を誇る海辺に優斗とマリアはいた。
マリアは優斗の肩に頭を寄せて爽やかな風に吹かれていた。宝石箱をひっくり返したような水面の輝き。その光景を観た刹那、全ての記憶がモノクロームのように優斗の脳内を駆け巡る。
「最後くらいカッコつけさせてください!」
優斗はバーンとドアを開けて飛びだした。ヒデキは親友のヤスに電話していた。その日、ヤスは横浜にいた。ヒデキから「優斗が羽田に向かったからよろしく」と言われた。
(なんかよくわかんねーけど金を貸してやれってことか?)
ヤスは事情が掴めぬままタクシーで羽田へ向かった。
その頃、雨宮家では。
「ん?母ちゃんか。珍しいな」
「オニィちゃん。この手紙は?」
「あぁ。優斗の小指だよ」
「優斗。外国へ行くのかい?」
「たぶん。今日あたり行くと思う」
「でもあの子。またパスポートでも忘れてないかい?」
「あ!あんにゃろー!」
アニキは優斗の机の引き出しを片っ端から漁った。通帳の下に隠れていたのは優斗のパスポートだった。
「母ちゃん。ちょっと出掛けてくる!」
優斗はイマジネーションを働かせてみんなのことをイメージしていく。
マリアはそれに気づき
「どうしたの?」とたずねる。
「オレ。ずっと一人だと思ってた。
オレ。いつも見えない何かに怯えていた」
マリアはうなづく。優斗は話しを続ける。
「オレ。大切なことを見失っていた」
優斗がいうとマリアは微笑む。
純粋さを奪われた。とある日の痛み苦しみ。
傷つけあうだけが恋愛じゃない、と。
誰かが笑って励ましてくれた。
人は一人では生きられない、と。
正論を言われるたびに嫌気が差してた。
ありがとうの意味すら知らぬ。
暗闇に放り出された少年の恨み。
でも、あなたに出逢えて
僕は強くなれた。
優斗は我に返りマリアに謝る。
「ユート。そのまま。続けて…」
マリアはいう。
優斗は深呼吸して朗読を続けた。
「我がこころの友よ!
全てのアニキや姉貴たちよ!
可愛い弟や妹たちよ!
生まれてきてくれてありがとう!」
生まれてはじめて素直な気持ちを表現できたことに優斗は万感のこもる想いで呟いた。
「マリア。ありがとう」
マリアは優斗の声に泣き濡れた。
向日葵畑には無数の天使が宿ると云う。
優斗とマリアは永遠を誓った。