蒲田の夜は、今日も…
秋空深い闇に隠れるように、優斗は真夜中の街を彷徨っていた。焼トンをホッピーで流し込むサラリーマンや土方のオジサンたちを横目にバーボンロードを歩く。サンライズ商店街の正面入り口には行き場を無くした若者たちがたむろしている。年は優斗よりも上だろうか。
パチンコ屋の看板はピンクと紫のネオンが激しく瞬き、正気を失った中年男性を誘惑する。その先に見えたのは、中国人の娼婦たち。相手が男性と見るや、なりふり構わず声をかける。
「オニィさん。マッサージ。3000エン」
チャイニーズドレスの谷間から溢れる桃を押し付けながら甘い声をかけているようだ。
優斗は少しうつむきながらも娼婦の前を難なく通り過ごした。
タクシー乗り場にはたくさんの人びとがいて、泡の抜けたビールのように苦い顔して並んでいる。夢を見るのは勝手だ。だが、夢から覚めた後に後悔するくらいならば蒲田なんかに来なきゃいい。優斗は思った。
雑居ビルのエレベーターは開き、奥からちどり足の男がひとり出てきた。そろそろ冬だってのにヨレヨレの白いTシャツの上に貧乏くさいイエローのパーカーを羽織ってる。優斗の目には大学生風に見えていた。待機していた制服姿のボーイがすかさず話しかける。
「どうでした?リナちゃん」
ボーイは小声でいう。
「めちゃくちゃ最高っすよ!」
言って大学生風の男はニヤニヤした。タバコをとりだすと、ボーイが素早く火をつける。
「リナちゃんは何気に歌も上手いんすよ」
ボーイは自慢気にいう。
「そうなんすか?」
男は興味深々なようだ。
「うちの系列店のキャバクラにヘルプで行くこともあります。もしかしたら、ピンク卒業してキャバにあがるかもしれないんで。オニィさんラッキーっすよ!キャバ嬢とプレイできる店なんて蒲田じゃうちくらいっすよ」
ボーイがいうと胸ポケットから名刺を取り出して男に渡した。
「ワンダーウォール蒲田。リナちゃんも所属してるキャバクラです。また何かあればよろしくお願いします」
大学生風の男がタクシー乗り場へ消えて行くのを確認して、ボーイは無線機で「5番客Z確約」と呟いた。
「アニキ。お腹すいた」
優斗はボーイの背後から声をかけた。
「うわっ!」
大袈裟なまでなリアクションをして
「なんだ。優斗か…」
すぐさま我にかえる。ボーイはそれが腹違いの弟であることに気づいた。