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エピソード 1ー4

 ウルスラの街へと到着した私達は領主の屋敷に立ち寄った。

 バートン辺境伯のバジルは私を味方する人間の一人だ。今後のことを話しておきたいが、同行するアウグスト陛下の騎士が警戒しているのは明らかだ。

 さりげなく、バートン辺境伯に面会を出来ないかと申し込んでみたが――


「申し訳ありません、ヴェリア皇女殿下。我々はアウグスト陛下より、貴女を他の貴族に会わせないよう命令を受けています」


 予想通り、アウグスト陛下の騎士に止められてしまった。だが、ここで諦める訳にはいかない。なにか方法はと考えていると、不意に騎士の一人が咳払いをした。


「ヴェリア皇女殿下、退屈なのでしたら、領都ウルスラを見て回ってはいかがですか?」

「……え?」

「我らは既に貴女の身柄をアグナリア王国に委ねています。バートン辺境伯に面会されては困りますが、貴女が外出することに問題はありません」


 そんな巫山戯た話はない。

 この騎士はなにをと首を傾げた私はすぐに理由に思い至った。


「貴方は、まさか……」

「そう言えば名乗っていませんでしたね。私はグレイ。アウグスト陛下の近衛騎士であると同時に、貴女に不肖の息子を救われた父親です」

「貴方の息子?」

「アウグスト陛下は、貴女が越権行為で兵を動かしたと仰っていましたが、それによって救われた命もあるということです」

「そう、ですか……」


 私の選択で救われた人がいると知って少しだけ気持ちが軽くなる。


「さぁ、ヴェリア皇女殿下。散歩なら早くなさってください。日が暮れてしまいますよ」

「そう、ね。そうさせてもらうわ」


 私はそう言って部屋を出る。

 けれど、そこにはアルとリネットが待ち構えていた。


「ヴェリア皇女殿下、どこへ行かれるのですか?」

「……最後に街を見て回りたいの」

「そう、ですか。では我らが同行いたしましょう」


 グレイが心配げに私を見るけれど、私は問題ないと頷いた。

 という訳で、私はアルとリネットを伴って外出した。アルは無地のマントを羽織って、アグナリア王国の騎士であることを隠しているが、まれに険しい視線を感じる。


「ヴェリア皇女殿下はどこへ向かっているのですか?」

「この街の外れよ。面倒になるまえに急ぎましょう」


 私は目的の明言を避けつつ、街外れに向かって足を速めた。そうしてしばらく歩くと、街外れにある大きな壁が見えてきた。それを見たリネットが小首を傾げる。


「あれは……防壁、ではないですね。なんの壁でしょう?」

「……戦没者の壁ですね」


 リネットの疑問に答えたアルの声色は強張っている。だが、それも無理はない。戦没者の壁とは、戦争で亡くなった兵士達の名前が刻まれた記念碑だから。

 アルがわずかに警戒心を露わにした。


「このようなところへ連れてきてどういうつもりですか?」

「哀悼の意を捧げに来たのよ」


 貴方達への当てつけじゃない。そんな言外の意図を込めつつ壁のまえに立つ。そびえ立つ壁を見上げれば、夕日に照らされた壁の見渡す限りに名前が刻まれていた。

 さぁっと風が駆け抜け、銀色の髪が風になびいた。


「私の命令で多くの兵士が亡くなったわ」

「……ヴェリア皇女殿下。将は己の信念のために命令し、兵はそれを信じて戦うのです」


 不意に男の声が響いた。振り返ると、アルが私に気遣うような視線を向けている。彼の整った顔に夕日が降り注ぎ、そこに哀愁を纏わせていた。


「彼らが選んだ結果だというの?」

「私はただ事実を言ったまでです」


 アルは私を慰めようとしてくれているのだろう。たしかに、私の命令で救われた命も少なくはないのだろう。だが同時に、私の命令によって死んでしまった者もいる。

 それに――


「だが、その信念が偽りならば、兵の死は無意味なものになる」


 新たな男の声が響き、私の心の声を掻き消した。

 その声の方へ視線を向けると、赤い短髪の男が歩いてくるところだった。引き締まった身体に、野性味のある顔立ち。その男のことを私はよく知っている。


「ここに来れば、会えるかもと思っていたわ、バートン辺境伯」

「……ええ、俺もそう思っていましたよ、ヴェリア皇女殿下」


 彼はそう言って歩みを進める。

 相手の素性が分かったからか、アルの警戒がわずかに薄まった。それとほぼ同時、バートン辺境伯は残りの距離を一足で詰め、私の首元に短剣を突きつけた。


「――なっ!? 貴様、どういうつもりだ!」


 虚を突かれたアルが腰の剣に手を掛けて声を荒らげる。だが、バートン辺境伯が私に突きつける短剣をわずかに動かすことで牽制し、アルに下がれと命じた。


 アルは歯ぎしりをしながら二歩ほど下がる。

 その直後、リネットがアルのまえに立った。油断なく構える彼女の手には短剣が握られている。おそらく、ただの侍女ではないのだろう。だけど、いまはそれをたしかめている場合じゃない。私は首元に突きつけられた短剣に意識を戻す。

 短剣の切っ先が、夕日を受けて妖しく輝いていた。


「バートン辺境伯、私をどうするつもり?」

「それは貴女の答え次第だ。ヴェリア皇女殿下」


 彼の赤い瞳には揺るぎのない意思が込められている。返答次第で私を殺すつもりなのだろう。そう感じさせるだけの気迫が彼の体躯から滲んでいた。


「いいでしょう。――アル、リネット、手を出さないでくださいね」

「しかし……っ」

「大丈夫です、話をするだけですから」


 私はアルの言葉を遮り、バートン辺境伯に視線を戻す。


「それで、質問というのは?」

「むろん、貴女がここにいる理由だ。ヴェリア皇女殿下。貴女は、この国はもう長くない。ゆえに、この国を緩やかに終わらせるとおっしゃった。それが民のためになるからと。だから、我々は貴女の横破りの命令にも従った」

「ええ、その件についてはとても感謝しているわ」


 彼の協力がなければ、私の計画はもっと早くに頓挫していただろう。

 だが、感謝する私を前に、バートン辺境伯は顔を歪めた。


「ならばなぜ、ノクス殿下ではなく貴女がここにいるのだ!」


 背後で、アルとリネットが息を呑んだ。敵国の彼らでさえ、私の裏切りを蔑んだ。自国の者の怒りがどれほどのものかは想像に難くない。


「答えよ、ヴェリア皇女殿下。自分だけ安全な隣国へ逃げるおつもりか!」

「……その点については、すまないと思っているわ」


 その瞬間、バートン辺境伯の精悍な顔が大きく歪む。


「……まさか、自分が逃げるための計画だったと認めるのか?」

「すべては過ぎたこと、結果がすべてよ」

「――っ!」


 眼前にある刃がギラリと光った。アルが動こうとするが、私は「来てはダメよ!」と叫んだ。


 そうして、バートン辺境伯をまっすぐに見据える。彼は短剣を振るったが、その一撃は私の頬の薄皮一枚を切り裂いただけだ。頬がわずかに血で濡れるが痛みは一切感じない。

 彼が私を殺さないのは予想通りだった。

 私が死ねば、戦火に巻き込まれるのはこの地の住民だから、領民を愛す彼がそんな選択をしないことは知っている。そうしてたたずむ私をまえに、バートン辺境伯は大きく息を吐いた。


「ヴェリア皇女殿下。貴女の力がなければ、ウルスラの街はとうにアグナリア王国に占領されていただろう。貴方は我らの恩人だ」

「その結果、貴女の部下を多く死なせたのに?」

「だが、多くの者が救われたのも事実だ。だから、貴女が臆病風に吹かれたのだとしても、俺はかまわないと……そう思っています」


 そう言って短剣を引く。

 彼の答えは完全に予想外だった。


「私を許すというの?」

「恩人に感謝こそすれ、恨むことはありません。さきほど言ったように、貴女が逃げるというのなら見逃しましょう。しかし、これが望まぬ事態であるのなら……」


 彼がそう口にした瞬間、周囲から鎧が擦れるような金属音が響いた。それから、壁の向こうや、周囲の物陰から武装した兵士達が姿を見せた。

 いつの間にか私達は包囲されている。それに焦ったのか、リネットが慌てた口調で捲し立てる。


「バ、バートン辺境伯、独断で我が国との休戦協定を破るおつもりですか!」

「独断? 我らが忠義を尽くすのはヴェリア皇女殿下だ。この国を破滅に追いやる皇帝でもなければ、我が領地に戦火を落としたそなたらでもない」


 ゆえに、私を救うためならばなんだってすると、そんな覚悟がにじみ出ている。私はようやく、彼がこの場に姿を現した理由を知った。

 彼は、私を逃すためにここにいる。

 私は、自分が彼らにここまで想われるほどのことをしたのだろうかと自問自答する。

 分からない。

 だけど、私には彼らを導いた責任がある。


「バートン辺境伯、兵を下げなさい」

「ヴェリア皇女殿下?」

「私がアグナリア王国へ向かうことはたしかに想定外です。しかし、アグナリア王国との休戦協定を破る訳にはいきません。これは……ノクスの立てた計画ですから」

「ノクス皇太子殿下の? それは、どういう……」


 困惑するバートン辺境伯をまえに、私は「彼らのまえで内情をぶちまけたくはなかったのですが……」と息を吐いた。


「簡単に言うと、私は護るべき弟に護られた愚かな姉、という訳です」

「……っ。それは、まさか」

「ええ。私の立てた計画は、弟が引き継ぐことになるでしょう」


 その身を犠牲に、民と家族を守る。私の計画と子細は違えども、おおよその方針は同じはずだ。つまり、弟は私の代わりに死ぬことになる。

 ……このままなら。


「――ですが、弟をむざむざ死なせるつもりはありません」

「なにをなさるおつもりですか?」


 バートン辺境伯の赤い瞳に期待が滲んでいる。私はその期待に応えられないことに罪悪感を抱きつつ、それでも包み隠さずに「分かりません」と答えた。


「……分からない?」

「いまの私はただの人質で、アグナリア王国の協力を得られるかも分かりません。たとえアグナリア王国の協力を得られても、この国に協力者がいなければ意味がありません。人質となった私が、ノクスを、この国を救うのは、それほど困難なことなのです」


 弟がアグナリア王国で快適な暮らしが出来るような根回しは終えている。だけど、アグナリア王国からノクシリア皇国に干渉することは想定していなかった。

 アグナリア王国に到着した私が幽閉される可能性だって否定できない。

 だけど、それでも、私は諦めない。


「バートン辺境伯。保証もなければ見通しも立っていません。それでも、もう一度私を信じてくれるのなら、いまは引き、来たるべき瞬間(とき)に力を貸してくれませんか?」


 こんな言葉しか言えない自分が不甲斐なくて恥ずかしい。それでも視線は逸らさずにバートン辺境伯を見つめていると、夕日が地平線に消え、空が夜色に染まり始めた。

 そうして空が夜色に染まったとき、バートン辺境伯はその場に跪いた。


「仰せのままに、ヴェリア皇女殿下」


 もうすぐ夜が来る。でも、明けない夜はない。


 運命が望む結末などくれてやるものか。弟の未来も、この国の命運も――すべて、私が奪い返す。

 だから、私はうつむかない。

 ――これは、敵国で始める人質皇女のレコンキスタ。

 

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