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可愛いは悪 回帰した悪役皇女はうつむかない  作者: 緋色の雨


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エピソード 1ー3

 人質皇女はうつむかなないから少し改題しました。

 お手数をおかけします。

 

 辺境伯の街へと向かう馬車の中、同席している侍女――リネットへと視線を向ける。

 私はアグナリア王国の者達から、祖国を捨てて自分だけ逃げた卑怯者と認識されていることを知った。だけど、アルと同様に、リネットは私に不快な視線を向けてこない。

 いつも澄まし顔で、私の身の回りのお世話をするだけだ。

 だが、そんな彼女の素の顔を見る機会があった。それは、私が魔導具で作った水を飲んでいたときのことだ。その魔導具に、リネットが強い興味を示したのだ。


「ヴェリア皇女殿下、それはノクシリア皇国産の魔導具ですか?」

「え? えぇ、そうよ。なんてことのない、水を出す魔導具だけど……」


 水を生み出す魔導具は古くからある。小さな魔石から、何リットルもの水を生み出すことが出来る優れもので、旅人にとっては欠かせない魔導具である。

 別に珍しがるようなモノじゃないはずだけどと小首を傾げる。


「水の魔導具はたしかに珍しくありませんね。ですがアグナリア王国の王都では最近、ノクシリア皇国から輸入されてきた魔導具が人気なんです。ヴェリア皇女殿下はご存じですか?」


 リネットはライトブラウンの瞳をキラキラと輝かせている。それで私は彼女が抱く好奇心がどこへ向いているのかを察した。


「もしかして、ドライヤーのことかしら?」

「そうです! やはりヴェリア皇女殿下はご存じなんですね!」


 馬車の向かいの席に座っていたリネットが身を乗り出した。その圧力に気圧されながら、私は魔導具について思い返した。


「貴方こそよく知っているわね。あれは最近になって売りに出されたばかりのはずよ」

「実は私も魔術師なんです」

「へぇ。どうりで貴方から感じる魔力が大きいと思った」

「影纏いの魔女にそう言っていただけるなんて恐縮です」


 リネットはそう言ってはにかみ、「だから、他国から流れてきた珍しい魔導具に興味を抱き、人気と名高いノクシリア産の魔導具を取り寄せました」と続けた。

 私は彼女の目的を読み切れず、「それで、なにが聞きたいの?」と尋ねた。


「実は、ドライヤーの魔導具の素晴らしさに感動し、同じ魔導具を作ろうと研究したんですが、私が作ったドライヤーだと、どうにも髪がパサついてしまって」

「あぁ……なるほどね」


 平然と答えながら、内心では少し驚いていた。

 ドライヤーがアグナリア王国に輸出されてまだ半年程度だ。その短期間に完璧ではないとは言え、コピー品を作るなんて優秀な魔導具師にしか出来ないことだから。

 同時に、彼女が躓いている原因も察する。


「貴女が知りたいのは、ノクシリア製のドライヤーだと髪が傷まない理由かしら?」

「もしや、ご存じなのですか?」


 私は明確な答えをせずに微笑んだ。


「もし知っていると言えばどうする?」

「どうすれば教えてくださいますか?」


 質問に質問で返してくる。

 その瞬間、私が考えたのは損得勘定だ。

 余談だけど、この世界にも特許という概念はある。ただ、現代の地球と比べると方の整備は全然追いついていないし、他国、それも敵国の技術ともなれば権利なんて関係ない。

 むしろ、敵国の技術なら全力で盗もうとするのが普通だ。


 だけど、いや、だからこそ、魔導具にはコピーに対する対策が施されている。完成品から魔導具に刻まれている術式を読み解くのは非常に困難だ。


 だが、ドライヤーを開発したのは私だ。

 前世で得た科学知識と、回帰前に得た魔導具の知識で生み出した。それをアグナリア王国で設立した商会で売り出し、経済的な武器とした。

 ゆえに、私はドライヤーの製作に必要な術式をすべて記憶しているのだけど……


「私の質問にも答えてくれるのなら、ヒントくらいは教えてあげるわよ」

「……どのような質問でしょうか?」


 どうすれば教えてくれるのかと言ったくせに、リネットは私の条件に警戒心を示す。あるいは、私がアグナリア王国の内情を探ろうとするのを見越しての罠だったのかもしれない。

 ひとまず、踏み込んだ質問は避けるべきだ。そう判断した私は、最初からそれが聞きたいことだったかのように、「聞きたいのは、ドライヤーの感想よ」と笑った。


「感想、ですか?」

「ええ。使い勝手や技術力について、率直な意見が聞きたいわ」

「分かりました。では率直にお答えします。発想自体は素晴らしいと思いました。ただ、所感だと、魔力の変換効率はあまりよくないなと」

「へぇ……そうなのね」


 魔術の術式は日々発展しており、国によっても術式が違う。つまり、リネットが魔力の変換効率が悪いと感じたと言うことは、アグナリア王国の術式が優れていることを示している。


 ……変換効率が高いなら、コスト面で諦めたモノも作れるわね。それらを交渉の材料にすれば、アグナリア王国の力を借りられるかもしれない。

 そんなことを考えながら会話を進める。


「ドライヤーで髪がパサつく原因だったわね。ノクシリア製のドライヤーは、熱風にマイナスイオンが混ぜてあるの。だから髪が痛みにくいのよ」

「……マイナスイオンとはなんでしょう?」


 リネットがコテリと首を傾げる。上の空で失言したと気付いた私は咳払いをして、「水蒸気が混ぜてあるの」と言い直した。


「水蒸気……なるほど、だから髪がパサつかないんですね」

「ええ、まぁ、そんな感じ」


 正確には、マイナスイオンが空気中の水分子と結びついて髪に付着するから痛みにくい、である。ただ、この世界の文明レベルで説明することは出来ない。

 これらの知識は、私が前世で得たものだから。


 だから、私は水蒸気を混ぜると説明した。それですら、この世界の住人には難解な話の可能性があったが、リネットは理解しているようだ。

 どうやら、リネットとは話が合いそうだ。いつかは本格的に魔導具の講義もしてみたいと思う。だけど、リネットは人質である私に付けられた侍女だ。


 気安い性格に見えるが、さっき私が質問をしたいと言ったときに警戒を露わにしたことを考えても、私の監視役を兼ねていると思う。

 不用意に距離を詰めるべきじゃない。


 私はリネットから視線を外し、窓の外に流れる景色に目を向けた。遠くには草原が広がり、角の生えたウサギといった、脅威度の低い小さな魔物の姿などが見える。

 私はそれらを眺めながら、ふと思いついたかのように口を開く。


「ノクシリア産と言えば、最近新しいお菓子が人気なのを知っているかしら? たぶん、それもアグナリア王国へ広まっているはずだけど」

「そのようなお菓子があるのですか?」


 お菓子についてはまだ広まっていないようだ。私はアグナリア王国でも売り出されているであろうお菓子について話をする。

 彼女は甘党だったようで、ずいぶんと話が弾んだ。


 そうして他愛もない話に花を咲かせていると、一行は国境付近にあるバートン辺境伯の領都、ウルスラの街へと到着した。

 窓の外を見ると、石造りの強固な家々が連なり、道を行き交う人々の姿が見える。


 道行く人々の馬車へ向ける視線に険しさが感じられる。国境沿いと言うこともあり、アグナリア王国への警戒心が王都よりも強く根付いているのだろう。

 だが、活気は悪くない。その理由が、たくましい商人達が非公式にアグナリア王国と交易をしているから――というのは皮肉としか言いようがないが。


「国境沿いの街を見ると、この国と戦争しているという実感がわきますね。休戦協定が長く続き、平和が訪れるといいんですが」


 周囲から向けられる敵意に当てられたのか、リネットがどこか怯えたように呟く。私は相槌を打ちつつも、このままだとリネットの望む未来はこないだろうなと考える。

 アウグスト陛下は休戦協定を破るつもりだし、そうでなかったとしても、ノクシリア皇国は近い未来に周辺国に食い荒らされ、難民がアグナリア王国にも流れることになるだろう。


 もちろん、私はその未来を変えるつもりだけど……

 どうしたらいいのかな?


 私が当初に立てた計画は崩れ去った。

 それでも、弟を諦める訳にはいかない。アグナリア王国からノクスを救うには、アグナリア王国とノクシリア皇国の両方に協力する人物が必要だ。


 将軍や宰相の手は借りるのは難しい。

 そう考えたときに浮かび上がったのがバートン辺境伯、私に味方していた者の一人だ。彼と接触することが出来れば、この行き詰まった状況を変えられるかも知れない。

 遠くに見える屋敷に視線を向け、私は馬車のシートにゆっくりと身を預けた。

 

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